遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep102「閑話ー天城 遊良、後編」

地獄を見た。

 

世界の誰にも見向きもされず、世界そのモノからはじき出されてしまったかのような感覚を『この時』の遊良は感じていたことだろう。

 

それは『Ex適正が無い』と宣告された直後…

 

周囲の人々が突然『敵』となり、突如として自分を傷つけ、痛めつけ、蔑み、虐げてくるというその日常の変貌が…果たして、幸せな日常を生きていたはずの幼い遊良に、一体どれだけの地獄を見せたというのか。

 

 

…昨日まで親しかった近所の人が、ゴミを見る目で離れていく。

 

…昨日まで親しく接していた同級生たちから、心無い言葉をぶつけられる。

 

…昨日まで接点など無かった街の人から、駆除されることを願われる。

 

…昨日まで関わることなど無かった悪人たちから、幼いその身に暴行を受ける。

 

…昨日どころかコレからも関わることなど無いはずの者たちから、メディアを通じて見下される。

 

 

下等で、劣種で、低レベルで底辺。Ex適正の無い者など自分達と同じ世界に住む資格など無いのだと…まるでそう言わんばかりに人々は声を荒げ、誹謗中傷と罵詈雑言の津波をある日から突然一人の少年へとぶつけ始めたのだ。

 

 

…その侮蔑と侮辱に塗れた言葉の嵐は、幼い遊良を簡単に飲み込んでしまった。

 

 

一時はその才能から、将来はプロ確実と勝手に盛り上がっていた周囲だったと言うのに…『Ex適正』が無いと分かった瞬間に、遊良の全ての才能を無価値と決め付け、遊良にはもう価値が無いものだと決め付けて離れていったのだ。

 

…一体、自分が何をしたと言うのか。

 

しかし、そんな疑問を持つことすら許されず…幼い日の遊良は、ただただ突然変貌してしまった世界に地獄を見せられ続けた。

 

…味方などいない。誰も助けてはくれない。

 

両親が失踪し、幼馴染も現れてはくれないその数日はまさに地獄のピークだった。蔑まれ、虐げられ、傷つけられ、痛めつけられ…命からがら自宅に戻れば、大事な家は心無い他人によってボロボロに壊されていた。

 

 

 

だから…そこで遊良の心は、一度折れてしまった。

 

 

 

それ故、自分がどうやって生き続けられたのを…この時の遊良は、全く覚えていない。

 

ただ、壊れた部屋の隅で小さく固まって…

 

食べることも眠ることもせず、呆然とした虚ろな目で意識もなくただ固まっていた。それはまるで無機物のように、幼い遊良は『何』もせず命がただただ消えるのを待っているだけだったのだ。

 

 

…ゆえに、遊良は覚えていない。

 

 

記憶もないあの頃、ただ死ぬのを待っていたあの頃に、どうして自分は死なずに生き長らえ続けたのか。

 

…遊良は知らない。面白半分で自分を虐げようと現れる、性根もガラも悪い大人達に…幼い鷹矢が牙を剥き、命を賭して輩を追い返していたことを。

 

…遊良は知らない。眠ることも食べることもせず、死んだ魚のような虚ろな目でただそこに小さく固まっていた自分の命を…幼いルキが、どうにかして繋いでいてくれたことを。

 

 

…時には鷹矢が大怪我を負う事もあった。それでも鷹矢は何度だって立ち上がり、ひっきりなしに現れる敵から遊良を守ることをやめなかった。

 

…時には、本当に命の灯火が消えかけた事もあった。それでもルキは決して遊良を見捨てず、口移しで食べ物を押し込んだり、介護をするようにして食から排泄までの世話をしたりした。

 

それは他の誰も出来ることではなかっただろう。少なくとも決闘市中から『死んでほしい』と言われていた遊良に、心の底から『死んでほしくない』と鷹矢とルキが願っていたからこその献身。

 

だからこそ、世界の全てが敵になるという地獄に放り込まれた遊良が…微かにこの世界に戻ってこられたのは紛れもなく、全てを諦め死のうとしていた幼少のこの頃に鷹矢とルキが決して遊良を見捨てずにいたからこそに違いない。

 

 

それ故、今この場では遊良が覚えていない『絶望』の日々は語られず、そして【黒翼】に引き取られるきっかけやその経緯はまた別の機会にて描かれるのだとしても。

 

 

それでも地獄のような幼少期を過ぎた後も、天城 遊良という『Ex適正』の無い人間が受けてきたこれまでの人生における『迫害』は決して軽いモノでは断じてなく…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

夏も終わったとある日。

 

 

 

―『決まったぁぁぁぁぁぁあ!優勝はまたもや『逆鱗』!怒涛のチャンピオンズ・リーグ4連覇達成だぁぁぁぁぁぁぁあ!』

 

 

 

決闘市東地区にある、遊良と鷹矢の自宅…そのリビングに置かれているTVから、『古い映像』の音声が響いていた。

 

…それは20年以上も昔の映像。

 

そう、王者と同格と称えられていた伝説のデュエリスト、『逆鱗』の劉玄斎がまだ現役時代の映像であり…

 

 

 

―『いやぁ圧巻のデュエルでしたねぇ!急上昇中の世界ランク5位、『鮫肌』を物ともしない快進撃!天宮寺さん、【王者】の立場からして今回の『逆鱗』のデュエルはいかがでしたか?』

―『ケッ!今の奴とまともにデュエルできんのは俺らかトウコか不死川くらいだっていっつも言ってんだろうが。朴城(ほおじろ)のヤローとの結果が見えてるデュエルなんざ見ててなんも面白くねぇってんだよ。』

―『ハハ…さ、流石は【王者】と同格と謳われるデュエリストのデュエルでしたね。ではCMです。』

 

 

 

―『…では、【白鯨】は最後の【巨竜の羽ばたき】ではなく、最初のターンの【手札抹殺】こそが勝負の決め手であったと睨んでいるということでしょうか。』

―『はい。初手で発動した【手札抹殺】で、『逆鱗』の手札にはすでに【巨竜の羽ばたき】が手札に加えられており…それを、最後のターンまで『鮫肌』は見抜けなかった。これがデュエルの明暗を分けたのでしょう。』

―『なんとハイレベルな攻防なんでしょう。朴城(ほおじろ)選手も世界ランク5位であると言うのに、やはり『逆鱗』の進撃を止められるのは【王者】以外には居ないと言う事なのでしょうか。ではこの後もシンクロ王者【白鯨】の解説と共にデュエルを振り返っていきましょう。一旦CMです。』

 

 

 

その中でも、TVに映っていたのは4年に1度開催される世界最大級のプロデュエリスト達の祭典、『チャンピオンズ・リーグ』を通算で6連覇した『逆鱗』の最盛期とも呼ばれる最も激しいデュエルが行われていた1つの試合。

 

古い録画であるためか、所々映像が掠れはしても。それでも、所々に聞こえるMCや解説も、『逆鱗』の偉業を称えるモノばかりとなっていて…

 

…しかし、それも当たり前か。

 

何せ、かつて世界の頂点に確かに君臨していた男の現役時代かつ全盛期の激しいデュエルの映像は、その戦いから30年以上経った今でもなお色褪せない…あまりにハイレベルかつあまりの迫力となりて、遊良達の家のリビングにありありと映し出されているのだから。

 

 

…また、その映像に見入るようにして。

 

 

ソファに腰掛け、目を見開いて『逆鱗』のデュエルを眺めていたのは他でもない…

 

 

この家の家主とも呼べるであろう、決闘学園イースト校2年の天城 遊良であった―

 

 

 

―『前人未到の4連覇、おめでとうございます!この勢いなら貴方が【王者】になることに誰も反対しませんよ!?』

―『クハハハハ!何度も言わせるんじゃねぇぜぇ?【王者】になんか興味ねぇよ!』

―『流石のコメントです!4年後の『チャンピオンズ・リーグ』も勿論出場なさるんですよね?』

―『終わったばっかだってぇのに気が早ぇ奴等だぜ!けど任せときなぁ、次も優勝は俺のモンだからよぉ!』

 

 

 

ソファに腰掛け、力なく座り。

 

学園が休みの日曜日、それももう昼間だと言うのに食事を取った様子もなく…

 

古い録画から流れ出る、祖父かもしれぬ人物の声を聞き逃さぬようにTVの前に居座り映像を眺め続けるイースト校2年、天城 遊良。

 

…一体、遊良はいつからTVの前に鎮座しているのだろう。

 

折角の休日、それも【決島】の喧騒がようやく落ち着いてきた静かな日曜日であるにも関わらず。

 

テーブルの上に置かれた、飲まれた形跡の無い麦茶のグラスの氷は全て溶け…結露がガラスのテーブルに広がっているその様は、およそ遊良が何時間も前からこのリビングでTVを見ていたということに他ならない。

 

また、遊良の目の下に出来た隈が物語っている。

 

きっと、学園の事や家の事以外に使える『自分の時間』の、およそほとんどを遊良は…

 

今の状況と同じように。TVの前に座って、『逆鱗』の映像を見ていたに違いないのだろう…と。

 

 

そう…

 

…遊良はここ1ヶ月間、暇を見つけては父の遺品である『逆鱗』の過去の映像を無作為に見続けていた。

 

…中には、父がまだ生まれてもいなかった頃の映像もあっただろう。

 

一体、なぜそんな古い映像まで父が持っていたのか。そんなこと今の遊良には分からない事とはいえ、それでも遊良は父の遺品である『逆鱗』の映像に没頭することで…自分と、父と、そして『逆鱗』に、本当に『繋がり』があるのかどうかを遊良はその目で確かめようとしているとでも言うのか。

 

この日は鷹矢が『プロ入り』の件で朝から学園に呼ばれているためか、朝早くから邪魔者のいないリビングでただただ食い漁るようにして…『逆鱗』の映像を見続ける遊良の姿は、とてもじゃないが寝不足の常人の集中力とは思えない程に発揮されていて。

 

 

 

「おじゃましまーす!って遊良!また『逆鱗』のビデオ見てたの!?」

「…これまだ見たことない奴だったから。」

「…最近ずっとじゃん、夜更かししてまで見続けるなんて体壊しちゃうよ、もう。」

「…あぁ、気をつけるよ。」

 

 

 

また、来訪してきたルキに対しても、返す言葉がどこか生返事のような実入りの無いモノとなっている辺り…

 

【決島】で知った劉玄斎との『繋がり』の可能性は、遊良の中にある『ある感情』を今再び呼び起こしているのは最早間違いなく。

 

…編集された録画が次の場面に切り替わる間に、来訪したルキの為にコーヒーを入れようと立ち上がりつつ。

 

キッチンへと向かう遊良の足取りが、少々フラついているように見えるのは遊良が寝不足であり空腹であるということの何よりの証明。

 

そう、肉体的疲労がピークであるにも関わらず、体の悲鳴であるソレらに対して遊良が全く興味を抱いていないその様子は…遊良が、本気で寝食を忘れて『逆鱗』に没頭している何よりの証拠でもあり…

 

 

 

「それより今日は1人で来れたんだな。おじさん、もう外出許可出してくれたんだ。」

「ぜーんぜん!今日だって家出るときうるさかったんだから!『怪我が治ってないでしょ!家から出ちゃいけません!』って騒いでさ。もう完全に治ってるのに。お母さんが止めてたけど、お父さん下手したらまた着いてくるとこだったよ。」

「…仕方ないだろ。『本当』のことは言ってないけど、【決島】で怪我して入院したって聞いておじさんもおばさんも相当心配してたみたいだし。」

「流石にホントのことなんて言えないよ。理事長先生からもホントのコト言っちゃダメって言われてるし。あ、でもさ、お母さんはちょっと感づいてるみたいなんだよね。ヒビも残ってないのに何でわかるのかなー…」

「…そりゃそうだろ、親子なんだから。」

 

 

 

果たして…そんな状態であるにも関わらず、どこか普段通りに振舞おうとしている遊良の今の姿はルキの目にはどのようにして映っているというのだろう。

 

…心ここにあらずの様な、気の抜けている風な遊良。

 

いくら【決島】での戦いが激しすぎるモノだったとは言え、普段から気を張って生活をしている遊良がよもやここまで何か1つの事に囚われていると言うのは…これまでの遊良を良く知るルキからしても、どうにも違和感を感じてしまうに違いないと言うのに。

 

 

 

 

 

…あの激闘が繰り広げられた『決島』から、1ヶ月が経った。

 

 

 

 

 

『決島』の余韻も既に落ち着きを見せ始め、現在の決闘市の話題は専ら『学生プロ』になると公言したイースト校2年の天宮寺 鷹矢の話題で持ちきりとなっている。

 

…しかし、それも当然か。

 

何せ『開会』と共に世界に波乱を巻き起こした選手宣誓から始まり、『閉会』の時にはまさかのプロ入りを公言したのだ。

 

世界初となる、決闘学園の学生が『学生のまま』でプロデュエリストになるというその暴挙は…最初から最後まで騒動を起こし続けた鷹矢らしい宣言であると言えばそうなのだが、それでも世間は休む事を知らずに新たな騒ぎに噂を広げ続けていて…

 

 

 

「…でも、本当にもう何ともないのか?ほら、後遺症とか治りきってないとことか…」

「だから大丈夫だよって言ってるじゃん。もう全快しました。遊良までお父さんみたいなこと言わないでよ、もう。」

「…そう言うなよ。目の前でまたアレ見ちゃったんだから。」

 

 

 

また、『決島』にて【紫影】の策略により…その体から『神』が解放されかけたルキも、この1ヶ月の間に健康体と言えるまでに完全に回復していた。

 

一応、『決島』のあとの3日の休養で、崩れていた体は見た目的には元に戻り…意識も問題なく回復していたために、【白鯨】による護衛の下にルキは決闘市の自宅へと無事に送り届けられたルキ。

 

…しかし、それでも少女の体から『神』が解放されかけた代償は軽くなく。

 

そう、いくら見た目的には行く前となんら変わりない状態であったとは言え、決闘市に帰ってきたばかりのルキの体の中のダメージは、完全には回復しきれていなかったのだ。

 

 

…表向きには怪我による跛行。しかし実際には『神』降臨の代償。

 

 

決闘市に帰ってきた当初のルキは、歩く事すらままならない状態であった。無論、ルキの両親にはイースト校理事長である砺波 浜臣が自ら謝罪すると共に説明がなされたのだが…

 

…それでも、ルキの体の『事情』を誰よりも良く知る両親が、砺波の説明から何を思い何を感じたのか。この1ヶ月間、ルキは学園にもほとんど登校せずに休養をさせられていた。

 

出席日数や単位的なことに関しても特例が認められたのも大きかったのだろう。ことイースト校においては、理事長たる砺波の一声により『決島』にて負傷した学生には登校免除の期間が一定数認められ…

 

…それによって、ルキはこの1ヶ月間、ほとんど家から出ることなく生活させられていた。

 

だからこそ、遊良と鷹矢が毎週お見舞いに行っていたとは言え。学園が休みの日曜日に、遊良と鷹矢が住むこの『家』に1人で来たのだってルキにとっては久方ぶり。

 

先週は父親が送り迎えをすると言って聞かず、門限も決められていた為にルキからすればそれはそれは窮屈であったに違いないことだろう。

 

…まぁ、とは言えルキも、【決島】で『あんな目』に遭って文字通り死にかけた身であると言うのにも関わらず。

 

全快した今では、何事も無かったかのようにして振舞えている辺り…彼女もまた、相当な胆力の持ち主であると言う事には変わりないのだが…

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「…それで、遊良昨日は何時に寝たの?」

「…あー…えっと…あれ、そう言えば何時だっけ…」

「…ベッドで寝た?」

「…いや、ここで…」

「…」

「い、いや、ちゃんと寝たって。部屋に戻るのが面倒でここで寝たけど…」

「…ねぇ遊良、最近ちょっと変だよ。いつもは10時にスイッチ切れる癖に、最近ずっと夜更かししてるなんて。それにこの前鷹矢が愚痴ってたよ?最近、遊良のご飯が手抜きだって。」

「う…」

 

 

 

来たばかりだというのに、どこか怒っているかのように責め口調で遊良に攻め寄り始めるルキ。

 

そう、いくら遊良に遭うのが1週間ぶりとは言え…今の遊良の状態が明らかにおかしいと言う事は、長い付き合いであるルキにはすぐに理解できるのか。

 

普段通りに振舞おうと取り繕っては居ても、隣に腰掛けた遊良の表情が明らかな疲労を抱いているのはルキの目には一目瞭然。普段の遊良をよく知るルキからすれば、遊良がココ最近夜更かししているということでさえ違和感を感じてしまうのだから。

 

 

 

…【決島】が終わってから、ここ最近の遊良は明らかに以前とは違う。

 

 

鷹矢の生活には支障をきたさないようにしてはいるものの、自分自身は食や睡眠に興味を失ったかのようにして1つの事に没頭するという、普段の規則正しい生活を送る遊良からすれば考えられないその変化。

 

…ルキだって、【決島】で遊良に何があったのかは本人から聞いている。

 

敵の策略で死にかけたことも、鷹矢との決勝の行方も…その後に、島に『何』が起こったのかも。

 

そんな、自分が気を失っている間に起こったことをこと細かく全て聞いているために…ルキもまた、遊良が今現在『何』でこうなってしまっているのかは無論よく理解できていて。

 

 

 

「私だってさ、『逆鱗』が遊良のお爺ちゃんかもしれないっての、すっごくビックリしたけど…でもさ、理事長先生も言ってたじゃん、後から絶対分かる時がくるって。」

「…わかってる。だから別にヤケになったわけじゃないって…ちょっと気になっただけだよ、なんで父さんがこんなに『逆鱗』の試合の映像持ってたんだろうなってさ。」

「…おじさんも知りたかったとか?自分と『逆鱗』が親子なのかもしれないの。」

「どうだかな。父さんは本当の事を知ってたのかもしれないし…普通に、ただの大ファンだったのかもしれない。今じゃ、もう分からないけど。」

「…」

 

 

 

けれども、こうして話している間にも遊良の雰囲気は落ちていく。

 

…ルキは懸念していた。

 

【堕天使】を失った時に現れた『昔の遊良』の雰囲気が、今再び蘇ろうとしていることを。

 

今の遊良の姿に、ルキは見覚えがある。そう…『生』を捨てた様に振舞う今の遊良の姿は、弱り傷付いていた昔の遊良の姿そのモノなのだ。

 

生への執着を捨て、命を削りゆくその姿は…かつての幼少期に、家族というかけがえのないモノを無くしたばかりの幼いときの遊良の姿そのモノであり…

 

似ている…寝食を忘れ何かに没頭し、不安を払拭しようともがいている今の遊良は、家族をなくし天涯孤独となってもソレを受け入れられずに苦しんでいた、幼少から中学まで遊良が纏っていた『孤独』の雰囲気に良く似ている。

 

…遊良がこうなってしまった原因はきっと、【決島】で戦ったという【紫影】という敵のせいなのだろう。戦いが終わった後もこうして遊良の心を蝕む敵の言葉に、ルキは会ったことも無い【紫影】に対する怒りすら感じており…

 

 

…きっと、遊良は悩みすぎて夜も満足に眠れていないはず。

 

 

食事も満足に喉を通らず、時間が空けば『逆鱗』と自分の共通点を見出そうと必死になって過去の映像にしがみ付く。しかし確証が得られず、ただ時間だけが過ぎていくそのもどかしさの所為で…また、眠れぬ夜に襲われ続けて…

 

…そんな状態になっていることが、ルキには容易に想像できる。

 

そしてこの状態を放っておけば、きっと間違いなく遊良は『昔の遊良』にまた戻ってしまうと言う事も…

 

 

 

 

 

だからこそ―

 

 

 

 

 

「はいはい、色々余計なこと考えちゃって寝れなくなってるんでしょ?でもダメだよ、ちゃんと寝ないと。」

「…いや、それはわかってるんだけど…」

「ダメダメ、わかってないじゃん。もー、仕方ないなー。ほら、枕貸してあげるから、今から少し寝ておきなよ。」

「…え?」

 

 

 

名案が浮かんだようにして、自らの腿を軽く叩きつつ…徐に、遊良へと寝転がるように促し始めたルキ。

 

しかし、このリビングには枕などあるわけがなく…

 

そう、ルキの体勢からもわかる通り。それはどこからどうみても、『膝枕』の体勢となっていて―

 

 

 

「…いや、なんで膝枕?」

「昔こーやって寝かしつけてあげたじゃん。」

「いつの話だよ…」

「先生のとこに行く前くらい?」

「あー…俺が覚えてない時か…」

「そうだよ。あの時だって遊良こーしないと寝なかったんだから。ほらほら、いいから寝なさい!」

「あ、おい…」

 

 

 

また、いくら幼馴染とは言え。

 

年頃ゆえか、少々の気恥ずかしさを抱いている様子の遊良を意に介さず…ルキは少々強引に遊良の頭を引き倒したかと思うと、自らの脚の上へと遊良の頭を寝転がらせてしまったではないか。

 

…他に見ている者が誰もいない空間で、ルキに膝枕される形で…半ば無理矢理に、寝転がされてしまった遊良。

 

造りの違う体付き、衣越しでも伝わる柔らかな感触。子どもの頃とはまるで違う、年頃の男女が膝枕をしているというその光景。

 

それは、いくら2人が幼馴染だとは言え…

 

あまりに近すぎる距離と距離であり、決して他人には…特に、ルキの父には見せられない光景であるとも言えるというのに。

 

 

 

「…ちゃんと治ってよかった。心配だったんだ、手も、脚も…治るのか…」

「子どもの頃に一回見てるじゃん。」

 

 

 

…まぁ、とは言え遊良も真っ先に感じることが男女のアレコレではなく。

 

覚えていないどこか懐かしい感触に対し、真っ先に思い浮かぶのが【決島】で崩れ落ちたルキの肢体がちゃんと『治って』いることへの安堵でもあるのだから…

 

この近すぎる距離は、遊良に対する『ある感情』を自覚したルキにとっては遠すぎる距離とも言えなくも無いのだろうが。

 

 

 

 

 

…そうして―

 

 

 

 

 

穏やかに揺れるカーテンの動きと、微かに差し込む日の光が夏の終わりと共にリビングに流れ込み…

 

静かな日常の僅かな音が、遊良を眠りへと促すと…

 

 

 

「…」

「あ、もう寝ちゃった。」

 

 

 

よほど寝不足が続いていたのだろう、ルキが遊良の髪を一撫でしたその瞬間に。

 

ルキから感じる温かな体温のおかげか、気落ちしていたはずの遊良はどこか安堵した表情を浮かべながら…

 

すぐに、眠りについたのだった―

 

 

 

「…寝顔、昔とおんなじ。」

 

 

 

子どものようにすぐに寝付いた、遊良の寝顔を眼下に見下ろしながら。

 

穏やかに眺めるルキの表情は、決して子どもと呼べる段階などでは断じてなく…

 

徐々に大人へと変わりつつある、成長途中の子どもの年代。しかし、ずっと子どもでは居られないことをルキは理解しているからこそ…【決島】の時に気付いてしまった、遊良に抱く自分の『感情』に対し。果たしてソレが何なのかを、ルキは既に気付いてはいる。

 

けれども、あえてその感情に『名前』をつけないように努めている彼女もまた…まだまだ、大人にはなりきれていないと言う事なのだろう。

 

 

 

…遊良の髪を優しく撫でつつ、ルキは静かに思いに耽る。

 

 

 

傷付きながら、遊良はこれまでずっと戦ってきた。

 

認められぬ日々を耐え、立て続けに襲い来る障害を乗り越え。それが今こうして身を結び始めた事で、少なからず世界は変化してきている。

 

…しかし、遊良がここに至るまでに一体どれ程の苦労があったというのか。

 

 

天涯孤独…血の繋がった家族の居ない、世界に1人取り残されているという物悲しさ。

 

 

頭ではわかっていても、心では納得できていない。それは遊良もまだ16歳という、決して大人にはなりきれない年齢であるがゆえに…血の繋がった家族がいるかもしれないという可能性を、少しで与えられればソレに縋りたくなってしまうのもまた当然で…

 

すでに振り切ったはずの遊良のソレが、今再び浮かび上がってきているのは偏に【紫影】という敵によって、遊良が微かな揺らぎを与えられてしまったからに違いない。

 

そんな、せっかく良い方に変化してきている世界の中で。【紫影】の所為で再び『孤独』に苛まれ始めた今の遊良の姿は、果たしてルキの目にはどう映るのだろう。

 

 

孤独…それは遊良がずっと抱えている、決して逃れられない深すぎる闇。

 

 

それが、ルキにはよくわかる。だって、ずっと遊良を見てきたのだから。

 

それ故、心をすり減らしても『孤独』に抗おうとしている今の遊良の姿を見て…優しく遊良の髪を撫でるルキの目には、かつて遊良が受けてきた仕打ちが痛いほど思い出されているのか。

 

…遊良は、強くなった。

 

それこそ、かつての遊良からは考えられない程に―心も体もデュエルの実力も、今の遊良は段違いに強くなった。

 

しかし、今でこそ『Ex適正』を諦め、前に進む事を決めた遊良も昔は…それこそ『中学』の時は、周囲の醜悪さに本気で心を折られかけていた。

 

…その頃の遊良が何を感じていたのかは、もちろんルキだって良く知っている。

 

もし去年に遊良が【堕天使】の力を得なかったら、きっと今も遊良はあの頃のままだったに違いないのだから。

 

 

…そよ風がカーテンを揺らす音すら、静寂のリビングでは良く聞こえる。

 

 

戦いに疲れ、心をすり減らし…疲れ果てて寝息を立て、安心しきったように眠る遊良の顔を眺めるルキの表情はどこまでも穏やかで…

 

そんな、これまでの遊良の、その全てを近くで見てきたルキが…

 

今再び『孤独』を感じているであろう、穏やかに眠りに着いた遊良へと…

 

何かを思い出しながらも優しく…とても、慈しむような声で―

 

 

 

 

 

「おやすみ、遊良。」

 

 

 

 

 

…と、静かに零したのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

ルキは思い出す。

 

どこか世を捨てたような雰囲気の今の遊良と、良く似ていた『中学』の頃の遊良の事を。

 

…そう、幼少期の頃の迫害ももちろん酷いモノだったが、遊良の精神的なダメージで言えば中学の頃が最も酷かったといえるだろう。

 

当然だ。心が大人になりつつある高等部生と違って、体の成長に心がついて来ていない中学の年代と言うのは、子どもの無知なる残虐さに大人の性悪な残酷さが複雑に絡み合う特別な年代であり、子どものような幼稚な心で大人のような洒落にならない事をしでかす年代なのだから。

 

…その頃に受けた周囲からの酷い仕打ちは、過ぎ去った過去とは言え今もなお遊良に深い傷を与えている。

 

ルキが思い出すのは、遊良が最も深い『孤独』に苛まれていた頃…子どもの幼稚な憎たらしさと、大人の汚い性根が入り混じった腐臭に苛まれ続けていた『中学』の頃のこと。

 

一人になる時間が増えてしまったために、孤独に押し潰されそうになっていた…遊良が、最も孤独を感じていた頃。

 

 

 

 

 

…物語は、一度過去へと遡る。

 

 

 

 

 

遊良が世界から見放された後…

 

 

 

遊良が、最も孤独を感じていた日々へと―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またフッたの!?これで何人目!?」

「しかも今度は3年の花見川先輩でしょ!?」

「…だって興味ないんだもん。」

 

 

 

肌に纏わりつく湿気が、もうすぐ夏が訪れることを告げているような梅雨のある時期の事。

 

初等部を卒業し、この春から決闘市内の公立中学へと入学したばかりの高天ヶ原 ルキは…

 

未だ馴染まない中学校の制服に、微かな違和感を抱きながらも。放課後の教室にて、2人のクラスメートと雑談に花を咲かしていた。

 

 

 

「勿体無いなー、花見川先輩、もう決闘学園の推薦決まってるって噂なのに。彼氏が決闘学園なんて自慢できるのになー。」

「仕方ないよ、だってルキには天宮寺君が居るんだもんねー。」

「だから鷹矢はただの幼馴染だって言ってるでしょ?鷹矢と付き合うとか冗談じゃないよ、もう。」

「もーテレちゃってー。【黒翼】の孫と幼馴染とか勝ち組じゃん!」

「…本気で嫌なんだけど、鷹矢の面倒見るの。」

「またまたー。羨ましすぎだよ、天宮寺君と幼馴染で、今日だって3年生に告白されたのに。どうやったらそんな人生歩めるのか不思議すぎー。」

「これで天宮寺君が【王者】になったらホント勝ち組だよねー。【王者】の奥さんになれたら人生イージーモードすぎー。」

「…」

 

 

 

しかし、当のルキの反応など何処吹く風で。ルキの感情を置いてけぼりに、どこまでも無意味な妄想を膨らませ続ける2人のクラスメート。

 

…女3人寄れば姦しいと言うが、他人の色恋沙汰をここまで誇張して盛り上がれるのは一種の才能か。

 

鷹矢の面倒を見ることに、ルキが本気で嫌がっていることにも気付けず…しかも将来的にずっとなんて、心の底から遠慮したいことに違いないというのに。

 

…何が勝ち組か。何がイージーモードか。

 

あのグータラでだらしない鷹矢の世話を、今後ずっと人生を捧げて行うなんて考えたくも無い。そんな【王者】の孫という栄誉に隠された当人の事実を、全くもって見ようともしないクラスメートたちの姦しい会話に溜息を吐きたい衝動をルキは抑えつつ…

 

ふと、窓の方を見て…

 

 

 

「あ、そういえば目黒君が皆でカラオケ行こうって言ってたじゃない?ルキも誘われてたでしょ?ねぇねぇ、私たちも一緒に行っても…」

「ごめん、私そろそろ帰るね。」

「え?カラオケ行かないの?」

「うん、断ったの。じゃあまた明日。」

 

 

 

そして、窓の外に『何か』を見つけたのか―

 

ルキは突然立ち上がったかと思うと、そそくさと帰り支度を済ませ…同級生への別れのあいさつも手短に、カバンを背負うと何やら急ぎ足で教室を後にしてしまったではないか。

 

…引き止める時間もありはしない。

 

きっと2人の同級生もあっけにとられてしまったことだろう。何やら急に急ぎ始めたルキの様子に、名残惜しいと思う暇も無かった事を同級生たちは感じつつ…

 

ルキの居なくなった教室で、少女達は再び会話をし始める。

 

 

 

「ルキちゃん、急ぎの用事でも思い出したのかな?カラオケ行かないなら一緒に帰りたかったのに。」

「そういえばルキっていっつも1人で帰ってるよね。あーあ、ルキがカラオケ行かないなら私も行けないじゃん。いいよねー、入学早々モテる子は余裕でさー。」

「カラオケ行きたかったの?」

「違うでしょ。どうみても合コンじゃん。目黒君、最近ルキにアタックしてるし。」

「ルキちゃんモテモテだね。あ、でも1人で帰って大丈夫なのかなー。ほら、最近アレに付きまとわれてるって…」

「え?アレって?」

「ほらー、天城だよ天城。なんかさ、最近ルキちゃんに付きまとってるって噂なってて…」

「あー知ってる!一昨日もルキに付きまとってたんだってー!先輩が帰り道に見たって言ってた!気持ち悪いよねー!」

「やだー、気持ちわるーい!」

 

 

 

山の天気よりも変わりやすい、変化し続ける少女達の話題は留まる事を知らずに放課後の教室で花を開き続ける。

 

しかし、たった今変わったその話題に…子どもらしからぬ強い嫌悪が入り混じっていたことを、少女達は気付けているのだろうか。

 

…伝え聞いただけの噂話と、見てもいないその光景が果たして事実であるのかすら考えることもせず。

 

それが、事実無根であるかもしれぬ事になど気付けるはずもなく…本当の事を何も知らぬ女子生徒達は、ただただ嫌悪のままに言いたい放題で好き勝手に言葉を交わすだけで―

 

 

 

―…

 

 

 

校門―

 

 

 

「あ、いたいたー!もー、何で先に行っちゃうの?一緒に帰ろって言ったじゃん、もう!」

「…あぁ、ルキか。」

 

 

 

急いで教室を出てきたルキは、急ぎ足で校門の所まで走ったかと思うと…

 

目の前を歩いていた、1人の少年へと向けてそう声を投げかけていた。

 

…しかし、ルキに声をかけられた少年の雰囲気はどこか暗く。

 

見るからに重々しい雰囲気。他人から話しかけられるのを拒否しているかのような佇まい。梅雨の空気よりもなお重く暗く湿っていると感じてしまう少年のその雰囲気は、まるで自ら気配を消そうとしているかのような立ち振る舞いにも見える代物であり…

 

きっと、帰路についていた他の生徒達も思ったに違いない。一体なぜ、こんな可愛い少女が『こんな男』に自分から声をかけたのだろう…と。

 

そう、とてもじゃないが、ルキが声をかけた少年はこの決闘市東地区第1中学校においても『悪い意味』で有名な生徒であり…何より、先ほどルキのクラスメートが噂していたような、悪い噂のある生徒であったのだから。

 

そんな男が、なぜ高天ヶ原 ルキという入学早々から男子生徒の噂になるほどの容姿を持った少女と近づいているのか。そんな分際ではないはずなのに…と、帰路についていた他の生徒ならば誰しもがそう思ってしまったに違いない。

 

…けれども、そんな風に周囲に思われていることなど意に介さず。

 

高天ヶ原 ルキはその赤い髪を揺らしながら、暗い雰囲気の少年へと向けて更にその口を開き続ける。

 

 

 

「ねぇ遊良、なんでいっつも先行っちゃうの?一緒に帰ろうよ。」

「…俺といると色々言われるだろ。」

「別に気にしないのに。」

 

 

 

ルキが話しかけた、『悪い意味』で有名な男子生徒。それは紛れもなく、ルキと同じくこの春から中学に入学した同級生である『天城 遊良』であった。

 

しかし、ルキと話している男子生徒が天城 遊良であることを認識した途端…他の生徒達の視線があまりに分かりやすく変化し、また所々から隠そうともしない陰口が何処からともなく囁かれ始めたではないか。

 

…なんで天城みたいな奴が高天ヶ原と帰ってるんだ?

 

…身の程を考えろよ屑野郎。

 

そんな、所々から聞こえる陰口が天城 遊良の学校での立場を表している。人通りの少ない校門近くで、その場にいたほぼ全員から敵意の目を向けられることがまるで正しい光景かのようなソレは…まるで、この場には天城 遊良への陰口を言う者しか居ない様。

 

けれども、誰もがその態度を改めようとはしない。それは、天城 遊良は悪く言われるのが当然だというのが生徒達の常識であるのだと言わんばかりに―

 

 

 

―当然だ。何せ天城 遊良は『Ex適正』を持っていないのだから。

 

 

 

…Ex適正を持っていない、デュエリストの出来損ない。

 

…融合召喚も、シンクロ召喚も、エクシーズ召喚のどれも使う事が出来ない落ち零れ。

…皆が当たり前に出来ることが出来ない、底辺以下の最下層。

 

…生きている価値のない、屑の中の屑。

 

それが、この場にいる生徒達の常識。

 

誰もがみな天城 遊良に侮蔑の目を向け、蔑み見下し嫌悪を抱きながらその視線を1人の少年へと突き刺していて―

 

 

 

「…ほら。こうなる。ルキだって嫌だろ、こうなるの。」

「だから抗議しようって言ってるじゃん。言われ放題なんて嫌だよ、鷹矢にも手伝ってもらってさ…」

「…いいよ別に。それより鷹矢とルキに迷惑かけない方がいい…だから、学校じゃ俺に関わらない方が…」

「遊良…」

 

 

 

そんな、言いたい放題の周囲と…多勢の悪意に押し潰された遊良に対し、歯がゆい思いと苦い悔しさがルキを襲う。

 

…小学生の頃は、遊良に対しここまで陰口を言われる事は少なかった。

 

何せ、小学生の頃は登校するよりも師である【黒翼】との修業の時間の方が長かったために、遊良はほとんど小学校に通ってはいなかったのだ。

 

まぁ、登校した時は登校した時で、子どもの純粋な悪意に晒されていたのだから…遊良にとっては学校にいい思い出などなく、また小学校側からしてもトラブルの元となる天城 遊良が登校してくるよりは居ないほうが何かと都合が良かったのもあったのか、遊良の登校の少なさには目を瞑っている節がった。

 

東地区にある【黒翼】の持ち家の1つに引き取られ、そこで鷹矢と共に日々修業に明け暮れ…後見人がエクシーズ王者【黒翼】という後ろ盾もあってか、ほとんど小学校には通わなかった幼い頃の遊良。

 

…小学校の頃はそれでもよかった。

 

荒みきった社会との隔離と、【黒翼】からの厳しすぎる修業は幼い遊良に余計な事を考えさせないようにするためには必要なことだったから。デュエルの知識と力を無理矢理祖の小さな体に詰め込む毎日に加え、なぜか【黒翼】に『質の高い料理』を要求されたために遊良のデュエルの腕と料理の腕はメキメキと上達していき…

 

また、最低限の基礎知識は身につけておけと、デュエルの他に学校で習う初等教育も独学で勉強させられていた遊良は、小学校の間はあまり外の悪意に触れることなく過ごす事が出来ていた。

 

 

しかし、中学に入った途端…なぜか【黒翼】は、家を空けることが増えてしまった。

 

 

ろくに説明もせず、あるのは必要最低限の連絡と入金のみで…対面で修業していた小学生のときとは違い、今の修業は最低限の指示を己が読解し、独学と我流にて手探りで進めるのみ。

 

また、運の悪いことに。遊良が入学した中学の教師陣が、軒並み小学校教諭ほど不登校に寛容ではなかったことと…

 

保護者のいない1戸建てに、中学生が1人で住み着いているといる苦情が近隣から中学に寄せられたことも災いしてか、現在遊良は半強制的に中学校に登校させられてしまっていて。

 

 

…そして、遊良を待っていたのは小学校以上の『悪意』の嵐。

 

 

中学生と言うのは、体付きは大人へと変わる成長段階にあっても…その心と言うのは到底大人にはなりきれないモノであり、ある意味子どもと大人の悪い所を混ぜ合わせたような醜悪さを見せてしまうモノ。

 

それ故、子どものような純粋な悪意に混ざって。大人に変わりつつある者達から遊良が受けるのは、汚泥のような粘つく悪意。

 

しかも、ソレが毎日なのだ―

 

 

…周囲からは常に陰口が聞こえ、その中身は全てが侮蔑や中傷、否定や拒絶のモノばかり。

 

…無視されるだけならばまだ良い。体格の良い者からわざとぶつかられる事はしょっちゅうで、言いがかりを付けられ暴力を受けることだってある。

 

…そんな陰湿な行為に対しても、教師たちは誰も助けてはくれない。

 

 

悪意の伝染、協調意識。遊良への醜い仕打ちに対し、生徒達も教師たちも誰もが我関せず。

 

無理矢理学校に登校させているのは学校側の癖に、その遊良がどんな犯罪まがいの事をされたとしても…他の生徒達には何のお咎めもなく、他の生徒が調子にのって更に悪意は増長する。

 

…だから、遊良は早々に理解した。学校に、自分の居場所など無いのだ…と。

 

中学校入学からもうすぐ2ヶ月。吐き気を催すほどの邪悪な空気を、入学して早々に中てられてしまった遊良の表情はどこまでも暗く…

 

 

 

「早く帰ろう?気分悪いよ。」

「…あぁ。」

 

 

 

そうして…

 

眩暈がする、吐き気がする…人の性根が腐ったような、そんな醜悪な腐臭がするこの場から…

 

早く遊良を連れ出そうと、ルキが遊良の手を引いて歩き出そうとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「おい高天ヶ原!なんでそんな奴と一緒にいるんだよ!」

 

 

 

…遊良への陰口しかない校門に、突如として響いたのは癇癪のような声。

 

そして、その声に反応して…思わずルキが反射的に振り返ったソコには、何人かの仲間を引き連れた1人の男子生徒が怪訝な目でルキの方を見ているではないか。

 

 

 

「…誰?」

「あー…同じクラスの人。なんか最近しつこくて…」

 

 

 

それは最近、ルキによく絡んでくる…もとい、よく話しかけてくるクラスメートの内の1人。

 

確か初等部の全国的な大会でベスト8に入ったとか何とか、そんな様なことを誇らしげに自慢していた事をルキはふと思い出しつつ…

 

…しかし、そんな男子生徒はルキが見るからにうんざりした顔をしていることに気付いていないのか。

 

声を荒げた男子生徒は、今まさに帰ろうとしていたルキへと向かって。集団の中から一人飛び出すと、見るからに苛立っている様子を隠す気もなく…

 

続けて声を荒げながら、周囲の注目を受け早足でルキの方へと近づいてきて―

 

 

 

「約束があるから俺とは遊べないって断ったくせに、何で天城なんかと帰ろうとしてんだ?おかしいじゃねーか!」

「…目黒君には関係ないじゃん、私が誰と帰ったって。」

「関係あるだろ!お前、俺と付き合ってんじゃないのかよ!」

「は?付き合った覚えなんて無いんだけど。勝手なこと言わないでよ、もう!」

「付き合ってるようなもんだろ?クラスみんなが俺達のこと付き合ってるって思ってるのに。」

「何それ…知らないし、そんなこと…」

 

 

 

ルキの言葉に聞く耳持たず。あまりに勝手な言動を、男子生徒は恥ずかしげもなく述べ続ける。

 

…事実無根、虚偽の拡散。

 

ルキの気持ちを無視したその言動は、どこか周囲に自分の意思を見せつけているかのよう。そう、男子生徒の物言いは、高天ヶ原 ルキという入学早々男子生徒の間でも噂になるほどの容姿を持ったクラスメートは…他ならぬ『自分のモノ』なのだという事を、大声で周囲にアピールしたがっている様にも見える代物。

 

数人の男子生徒を引き連れていたことから、彼はクラスの中でも中心的な人物であるのだろう。しかし、あまりに勝手なことを述べる男子生徒の言葉に、当のルキは明らかな苛立ちと呆れの表情を浮かべているというのにも関わらず。

 

こんなにも分かりやすくルキに拒絶されていることにも気付かずに、男子生徒は更に言葉を荒げ続けるだけ。

 

 

 

「何言ってんだよ!この俺が付き合ってやるって言ってんだから喜べよな!俺は全国大会ベスト8だぞ?それに兄貴は決闘学園に通ってるんだ、すげーだろ!何が不満なんだって!」

「はぁ…あのさ、私よりデュエル弱い男は嫌って言ったはずだよ。」

「う、うるせー!授業のデュエルなんか本気でやるわけねーだろ、アレは負けてやっただけって言ってるだろーが!そ、それよりなんでよりにもよって天城と一緒に居るんだよお前!そんな屑にやさしくしてやる必要ないだろ!」

「私が誰と居たって私の勝手でしょ!それより遊良を屑って言わないで!」

「はぁ!?なに天城なんか庇ってんだ!Ex適正無い奴なんて人間じゃねーじゃんか!それより女の癖に俺に逆らうなよな!いいからこっち来いよ!みんなでカラオケいくんだ、俺の彼女なんだからお前も来い!」

「ちょっ、やめて!」

 

 

 

すると、男子生徒は何を血迷ったのか―

 

癇癪と、見栄と。ルキの事を、まるで自分の所有物かのように言い捨てた男子生徒がなんと嫌がるルキを無理矢理に―

 

強引にその腕を掴んで、引っ張っていこうとした…

 

 

 

その時―

 

 

 

「…やめろ。」

「…あ?」

 

 

 

…それまでルキの後に居た、男子生徒に屑といい捨てられ蚊帳の外においやられていたはずの天城 遊良が。

 

 

横から、ルキを庇うようにして…

 

男子生徒との間に、割って入ったのだ―

 

 

 

「ッ…テメ触んじゃねぇ!気持ち悪ぃんだよ天城の癖に!」

「…ルキが嫌がってる。」

「あぁ!?喋んじゃねーよ屑!天城の癖にキモいんだよ!つーか俺の女に触ってんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!あぁ!?」

「…」

 

 

 

しかし、遊良の行為に対してもなお自分の行為を悪いとも思っていない男子生徒は、あろうことか遊良に対して侮蔑を吐き捨てる。

 

…簡単に吐くその言葉は、自分の言葉に一体どれ程の棘があるのかを理解出来ていないのだろう。

 

そのまま男子生徒は、掴んでいたルキの腕を離しつつ…

 

今度は遊良へと向かって威嚇を見せたかと思うと、まるで自分が悪い事を言っている自覚など微塵も感じていない様に遊良へと向かって、逆に激昂を見せ始めて。

 

 

 

「どうしたんだ目黒君!」

「おい天城ぃ!目黒君に何しようとしたんだよ!」

「目黒君に手ぇ出そうとしてんじゃねぇよ屑野郎!」

「ぶっ殺すぞ天城テメェ!」

 

 

 

また、男子生徒の後ろから。

 

ぞろぞろと、彼の取り巻きらしき男子生徒の幼い集団が現れ始め…これまた口々に、汚い言葉にて遊良へと攻め寄り始めたではないか。

 

…その誰もが未だ幼さの残る顔立ちをしているにも関わらず、しかも着慣れぬ制服に逆に着られている風体であるにも関わらず。

 

集団ゆえの同調意識から、恐い物知らずの子犬のように更に激しく吠え続ける。

 

 

 

「テメェ目黒君の女になに手ぇ出そうとしてんだコラァ!」

「テメ天城ぶっ殺すぞ、あぁ!?」

「高天ヶ原は目黒君と付き合ってんだよ!屑野郎が近づいていい女じゃねーんだよ!」

「ちょっと!私がいつ目黒君と付き合ってることになったの!?勝手なこと言わないでよ、もう!」

「クラスで話し合ったんだよ、高天ヶ原と目黒君くっつけよーぜって。な、目黒君!」

「そう言う事だ。だからお前は俺の女なんだよ!」

「は!?何それ信じらんない!」

「女は黙ってろよ!それより天城ぃ!テメェ勝手に俺の女に近づいてんじゃねーよ!この屑!」

「…」

 

 

 

話にならない…

 

全く持って、話が通じない―

 

会話が成立しないというのは、こういう事を言うのか。言語は一緒のはずなのに、理解のレベルが異なっている錯覚を遊良が覚えたのも無理はない…

 

それはまるで、大人と幼児では会話が成立しないかのように。大人になりきれない体付きで、どこまでも幼稚な言葉を並べる男子生徒達は遊良とルキの言葉を聞こうともせずに好き勝手に騒ぐだけなのだ。

 

…このままでは埒が明かない。

 

多勢に無勢。いくら子犬の様な集団でも、数が集れば厄介な事この上ない。話も通じず、聞く耳も持たない…

 

そんな自己中心的な物言いしかしてこない男子生徒達に対し、遊良は一体何を思ったのか。

 

何やら遊良は、そっとルキに顔を近づけると静かに耳打ちをし始め…

 

 

 

「…ルキ、親玉のこいつ、強いのか?」

「去年初等部の全国大会でベスト8なったんだって。」

「あぁ…鷹矢が優勝したやつか…じゃあアイツにこう言ってくれ…、…、…」

「え?で、でも…」

「…いいから、その方が手っ取り早い。」

「お、おい!テメェ俺の女に何して…」

「…はぁ、わかったよ。………ねぇ目黒君、あのさ、もう埒が明かないからさ、手っ取り早くデュエルで話付けようよ。あなたが遊良に勝ったらカラオケでもなんでも付き合ってあげるよ、もう。」

「マジか!?」

 

 

 

すると、遊良に何を言われたのか。

 

何やら観念したかのような言葉を、深い溜息と共にルキは零し始めたではないか―

 

…そして、その言葉を聞いて。激昂していたはずの男子生徒は一転、ルキの提案に飛びつくようにしてその態度を変え始めた男子生徒。

 

それは彼からしても、ルキが提示したこの『提案』は彼にとってはあまりに『有利』な提案であったに違いない事であり…

 

 

―これで名実ともに高天ヶ原 ルキを手に入れられる。

 

 

きっと、彼は今こう考えているに違いない。

 

ルキの零した、『遊良に勝ったらカラオケでもなんでも付き合ってあげる』という言葉の中から…『遊良に勝ったら』と、『付き合ってあげる』という単語を都合よく抜き出し。

 

高天ヶ原 ルキの呈示した、あまりにか弱い抵抗に対し…既に勝利を確信している雰囲気を隠す気もなく、ニタニタと下種な表情を浮かべ始めている様子にも見え…

 

―負けるはずがねぇ。

 

―何せ、相手は『あの』天城 遊良なんだ。

 

―Ex適正の無い雑魚なんか相手じゃねぇ。

 

―勝ったら高天ヶ原は俺のモノ。

 

―そんな簡単なことでいいのか、楽勝すぎじゃねーか。

 

―勝ったら高天ヶ原は俺のモノ…ぐふふ…

 

…と、思春期特有の性欲に駆られた下世話な妄想に思いを馳せつつ。

 

デュエルもしていないのに、天城 遊良という『Ex適正』の無い底辺以下のデュエリストに既に少年は何やら勝ち誇りながら…恥ずかしげもなく、顔をどこまでも緩めたままで…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「でも遊良に負けたら二度と近づかないで。ゆ、遊良…て、程度に負ける男なんてだいっっっっっキライだから!」

 

 

 

下世話な妄想に緩んだ男子生徒へと向かって、嫌悪を乗せたルキの言葉がぶつけられる。

 

『遊良程度』…ルキらしからぬ、どこか言いたくなさそうに放られたソレは、今さっきルキが遊良に耳打ちされていたモノで…

 

 

―『こう言ってくれ…天城程度に負ける男とは付き合いたくないって。俺とデュエルするように仕向けて…』

―『え?で、でも…』

―『…いいから、その方が手っ取り早い。』

―『…はぁ、わかったよ。』

 

 

 

ルキだって、言うのは嫌だったに違いない。嘘でも建前でも仕方なくでも、遊良の事を、『程度』と言い捨てるだなんて。

 

けれども、確かに遊良の言う通り。激昂し、話の通じない精神年齢の低いこの男子生徒から手早く手を切るには、こうする事が最も早いのだとルキだって理解したからこそ本当に仕方なくルキはソレを口にした。

 

なぜなら、ここは決闘市…

 

デュエリアと並んで、2大デュエル大都市に数えられるほどの世界有数のデュエルが栄えている都市の一つ。

 

この世界においては、デュエルにおける約束は絶対であるからこそ…最もシンプルかつ最も分かりやすい方法をとることが、この場を切り抜ける為の最適解といえるのであり…

 

 

 

そう、最適解であるのだが…

 

 

 

「ぶひゃははは!目黒君がEx適正無い雑魚に負けるわけないだろ!」

「冗談キツいぜ高天ヶ原!目黒君と天城じゃ勝負にもなんねーよ!」

「つーか天城ってデュエルできんのかよ!Ex適正無い癖にルール知ってんのか?」

「いいじゃねぇか!その話乗ったぜ! Exデッキ使えないとかそれデュエリストじゃねーし、ンな屑野郎なんてソッコーでワンキルしてやるよ!」

「…」

「ダッセェな!ビビッて声もだせねーのか?デュエリストじゃねー癖にデュエルディスク構えてんじゃねーよ!この出来損ない!」

「雑魚が調子乗ってんじゃねーよ!」

「Ex適正無い奴にどうやったら負けるってんだよ!負ける方が難しいぜ!」

 

 

 

まだデュエルをしていないのにも関わらず、既に勝った気でいる男子生徒とその取り巻きはどこまでも陳腐な挑発を繰り返すのみ。

 

…そんな彼らは気付いていない。

 

そう、どれだけ大声を荒げて、遊良を威嚇している気になってはいても…その言葉では、遊良は全く慄いていないと言う事を。

 

…汚い言葉を並べただけの、その幼稚で陳腐な子犬の威嚇に遊良は決して慄かない。

 

何しろ、『本物』の大人の、『本物』の悪意によって幼少期に地獄を見てきた天城 遊良が…この程度の精神年齢の相手に、恐れを抱くはずもないのだから。

 

 

 

 

 

…陳腐な挑発を繰り出してくる、男子生徒の言葉を無視しながら。

 

 

 

 

 

淡々と…遊良はカバンを下ろすと、その中から自らのデュエルディスクを取り出し始め―

 

 

 

「おっ、野良デュエルか?」

「いきなりどうした?誰が戦るんだ?」

「なんかさー、天城 遊良がデュエルするんだってよ。」

「マジか!?天城 遊良ってあのEx適正無いやつだろ!?デュエルできんのかよ!」

 

 

 

人通りの少なかった放課後の校門に、次第に形成される人だかり。

 

わらわらと円を形成していくその様は、これより始まるデュエルに対し誰もが足を止めその戦いを見ようとしているからなのか。

 

…何しろ、いくら決闘市には決闘学園『中等部』が無いとは言え。

 

そこは天下の2大デュエル大都市に数えられる決闘市。いくら公立校であろうとも、生徒、教師、用務員、職員、事務員から部外者にいたるまで誰もがデュエリストであるのは当然で…

 

放課後に当然、何も無い場所でデュエルが始まるのであれば。それは誰が戦う場合であっても、一時注目を受けるのは至極当然ともいえるのか。

 

そう…

 

それは例え、Ex適正の無い天城 遊良であっても―

 

 

 

「…行くぞ。」

「おい約束だぞ高天ヶ原!俺が勝ったら、お前は一生俺の女だからな!」

 

 

 

円の中心、人だかりの真ん中で。

 

既に勝った気でいる男子生徒が、注目を浴びる自分に酔いしれつつ…

 

現れたデッキから手札を引くと、目の前に対峙している天城 遊良を全く視界にも入れないまま―

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

それは、始まる。

 

 

 

先攻は、男子生徒。

 

 

 

「俺のターンだ!雑魚なんてソッコーで蹴散らしてやるぜ!【ヘル・ドラゴン】を通常召喚!それを除外して手札から【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】を特殊召喚する!」

 

 

 

―!

 

 

 

【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】レベル10

ATK/2800 DEF/2400

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

男子生徒が呼び出したのは、漆黒の鋼を纏った1体のドラゴンであった―

 

それは『真紅眼』の名を持った、ドラゴン族おける強力なカードの1枚であり…

 

…有名ゆえに高額、高額ゆえに希少。

 

Exデッキ至上主義時代のこの時代においては、メインデッキには大型モンスターをあまり入れないことが定石とされている。

 

しかし、そんな時代であっても容易な特殊召喚の条件と、そして類稀なる展開力を授けるこのカードの効果は…ドラゴン族を扱う大勢の者にとっては、喉から手が出るほどのカードである位置づけにこの【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】のカードはカテゴリ化されているのだ。

 

…それはいくら原典と呼ばれている『白と黒』の御伽噺にて、敗者と扱われている『真紅眼』のカードであっても関係無い。

 

そう、希少なカードを持っていると言うことは、それだけの金を持っている家の息子であると言う事。そんな紛れもないレアカードに数えられるソレを、男子生徒は早々に呼び出しつつ…

 

 

 

「うおっ、さすが目黒君!いきなり攻撃力2800のダークネスメタルだぜ!?」

「すげーレアカードだ!これでEx適正ない雑魚なんてイチコロだぜー!」

 

「最初の【ヘル・ドラゴン】もレベル4なのに攻撃力2000だったし…やるなあの1年!」

「あいつ、イースト校行った目黒先輩の弟なんだってよ。只者じゃないな…」

 

「もう勝負は見えてんだろ。Exデッキ使えないのにダークネスメタルに勝てるわけねーもんな。」

「それな。Exデッキつかえなくてどうやってデュエルすんだって話。」

 

 

 

また、ざわざわと…

 

デュエルが始まったばかりだというのに、男子生徒の呼び出した1体の大型モンスターによって…少年の取り巻きや上級生達の声が、放課後の校門にざわめきを起こし始めて。

 

…それは始まったばかりだというのに、もう攻撃力の高い大型モンスターを呼び出したが故の盛り上がりなのか。

 

一般家庭では手に入れられない希少なレアカードを見た、未だ幼さの残る中学生たちの目には…真紅に輝く攻撃力2800の大型モンスターの姿が、どこまでも雄々しく映っている様子で―

 

 

 

「ははは!最初から俺の勝ちは決まってんだよ!【竜の霊廟】発動!デッキからチューナーモンスター、【ギャラクシー・サーペント】を墓地に送って、更に【アックス・ドラゴニュート】も墓地におくる!そしてダークネスメタルの効果発動だぜ!墓地から【アックス・ドラゴニュート】を特殊召喚!【死者蘇生】も発動!【ギャラクシー・サーペント】を特殊召喚!」

 

 

 

【アックス・ドラゴニュート】レベル4

ATK/2000 DEF/1200

 

【ギャラクシー・サーペント】レベル2

ATK/1000 DEF/ 0

 

 

 

少年の場に出揃う3体のモンスター。一息にこれだけの展開を見せるその腕前は、およそ中学生になりたての少年が見せるデュエルとしては確かに評価に値する代物とも言えるだろう。

 

…下級としては破格の攻撃力を持ったモンスターと、それに続けてチューナーモンスターを揃え。

 

そのまま、男子生徒は盛り上がりの中で更に己の気分を上げつつ…

 

 

 

「天城なんて相手にもなんねーぜ!いくぜ、レベル4の【アックス・ドラゴニュート】に、レベル2の【ギャラクシー・サーペント】をチューニング!混沌より生まれし闇の炎が腐った世界を焼き払う!血の契約に従い我と共に覚醒せよ!我が魂!最強の切り札!ここに降臨!」

 

 

 

仰々しい台詞に導かれ、男子生徒のモンスターが空へと舞い上がる。

 

空に向かう4つの星が、2つの光輪に包まれた時…

 

それは空から落ちる光の柱を突き破って、夕暮れの空に現れるのか。

 

今、男子生徒の場に現れるのは…

 

 

 

 

 

「シンクロ召喚!来い、レベル6!【レッド・ワイバーン】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

【レッド・ワイバーン】レベル6

ATK/2400 DEF/2000

 

 

 

 

 

現れたのは燃える翼竜。灼熱を喰らう小さきドラゴン。

 

炎を纏いし翼を広げ、夕暮れの空に鳴き声を響かせ…

 

呼び出されし轟きを、対戦相手へと雄々しく向ける。

 

 

 

「どーだ!どんな強いモンスターも殺す俺の最強の切り札だぜ!まっ、天城程度じゃ俺のモンスターの攻撃力超えるなんて最初っから無理なんだけどな!ははははは!」

「アレが切り札…」

「これでお前は終わりなんだよ!次のターンに【アックス・ドラゴニュート】も蘇生できるし…Exデッキが使えないんじゃ何も出来ねーだろ!雑魚が何しようと終わりだ!ターンエンド!」

 

 

 

男子生徒 LP:4000

手札:5→1枚

場:【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】

【レッド・ワイバーン】

伏せ:なし

 

 

 

そして…

 

やりたい事をやりえたのか、どこか満足気にそのターンを終えた男子生徒。

 

確かに初っ端から大型モンスターと、彼が自信満々に切り札と呼んでいるモンスターを揃えられる腕前を持つ辺り…小学生から上がったばかりの年齢にしては、それなりに腕に自信があるのも頷けると言えるだろうか。

 

とは言え、いくら勝ちを確信しているとは言え。伏せカードも無しでそのターンを終えるというのは、些か油断しすぎとも言えなくもないのだが…

 

 

…しかし、今のこの場にはソレに引っかかる生徒達は居はしない。

 

 

そう、誰もが大型モンスターと切り札を揃えた男子生徒に関心し、既に決着は付いているのだと思い込んでいる。

 

何しろ、相手はあのEx適正の無い天城 遊良。Exデッキが使えない雑魚には、この場をひっくり返す事など出来ないはずで…

 

きっと天城は今頃になって力の差に気付き、強者に喧嘩を売った愚かさを悔やんでいる頃だろう。この場にいる部外者の誰もが、そう思っていて―

 

 

 

「…俺のターン、ドロー。【手札抹殺】を発動。お互いに手札を全て捨てる。」

「あ?」

 

 

 

しかし、そんな周囲を意に介さず。

 

自らのターンを向かえ、周囲の思惑など全く気にも留めずに…淡々と、1枚の魔法カードを手札から発動した天城 遊良。

 

…それは自分と相手の手札を、丸ごと全て入れ替えてしまうという手札交換用の魔法カード。

 

けれども、ソレは通常ならば手札事故のときに使うような、起死回生を賭けた一か八かのカードであると少年達は授業で習っているために…

 

遊良が使ったそのカードに対し、周囲からは嘲笑と失笑が零されつつ。対峙している男子生徒もまた、遊良へと向かって更に煽りを強め始める。

 

 

 

「初っ端から手札事故かよ!やっぱ雑魚だな!おらよ、1枚捨てて1枚ドローだぜ!」

「5枚捨て5枚ドロー。続けて【トレード・イン】を発動。レベル8の【マスター・ジーグ】を捨てて2枚ドロー。【闇の誘惑】発動。2枚ドローして【終末の騎士】を除外。【調和の宝札】も発動、【亡龍の戦慄-デストルドー】を捨てて2枚ドロー。」

「あ?【調和の宝札】?」

 

 

 

けれども、いくら男子生徒が煽ろうとも―

 

それでも遊良のドローは止まらない。恐るべき勢い、恐るべき速度で見る見るうちに入れ替わっていく遊良の手札と、次々と引かれていく遊良のデッキの勢いはカードを発動するたびに更にその速度を増し続けるのか。

 

…ドローに、ドローと、ドロー。

 

多彩なドローソースを使用し、遊良の手札が次々に入れ替わっていく―

 

 

 

「おい!いつまで手札交換してんだこのクズ!つかデストルドーはチューナーじゃねーか!何でテメェがチューナーモンスター使ってんだよ!シンクロ召喚出来ねぇ雑魚が!」

「2枚目の【闇の誘惑】発動。2枚ドローして【堕天使アスモディウス】を除外。」

「チッ、ウゼェな。シカトかよ天城の癖に。」

 

 

(あ…)

 

 

 

そして…苛立ちを隠さぬ男子生徒を他所に。

 

次々とドローを繰り返してきた遊良を見て、観戦に回っていたルキはふとこのデュエルの展開が既に見えてしまっていた。

 

…そう、この場にいる誰もが皆、手札を入れ替え続ける遊良のデュエルの本質に気付いていない。

 

遊良のやっている事の意味、遊良のデッキ捌き、遊良が行っているデュエルを見てもなお…中学生たちの誰もが皆、遊良のことを小馬鹿にしたり見下したり野次を飛ばし続けているが…

 

誰も…誰も気付いていない…

 

 

 

(気付いてなさそう。もうこのターンで終わりなのに。)

 

 

 

誰もが男子生徒の勝利を確信して居る中で、ただ一人このデュエルの勝敗を限りなく正確に予測している様子の高天ヶ原 ルキ。

 

それはきっと、幼少の頃から遊良を見てきたルキだからこそ感じ取れるモノなのだろう。

 

そう、一見無意味に思われている連続ドローも、遊良にとってはデッキをフル回転させている証。初期手札と合わせて、遊良は既にデッキの約半分…実に19枚ものカードをデッキから引っ張り出しており、ルキとてその動きを見れば既にこの勝負の行方がハッキリとその目に見えてしまっているのだ。

 

それはEx適正が無いと言われてから今まで、修業によって鍛え上げた遊良のデュエルのいつもの流れであり…

 

…この場でただ一人、ルキだけが理解出来ている。

 

遊良がデュエルの流れを掌握していることも、遊良のデッキが既に温まっていることも…

 

もう、遊良の準備が整っていることも―

 

 

 

「…そろそろいいか。俺の墓地にはモンスターが5種類。手札からレベル8、【影星軌道兵器ハイドランダー】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【影星軌道兵器ハイドランダー】レベル8

ATK/3000 DEF/1500

 

 

 

瞬間…

 

遊良の場に現れたのは、星の軌道を回る宙からの狙撃者。

 

触手のような多腕の先から、今にもレーザーを撃ち放たんとしているその姿は…およそ機械だとは到底思えぬ、異星からの侵略者のようにも見える代物であり…

 

…墓地のモンスターの名前が、全て異なる場合にのみ呼び出せるその特異な召喚条件も去る事ながら。

 

攻撃力3000、それをいとも簡単に場に呼び出して。自分のモンスターを誇っていた男子生徒へと向かって、多腕の触手が怪しく蠢く。

 

 

 

「攻撃力3000!?天城の癖に調子乗るんじゃねぇ!ンなモンスターぶっ殺してやる!レッド・ワイバーンの効果はつど…」

「遅い。破壊される前にハイドランダーの効果発動。デッキを上から3枚墓地に送って、【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】を破壊する!」

「なっ!?」

 

 

 

また、いきり立つ男子生徒が自らの切り札に命じるよりも早く―

 

そう、火炎の翼竜のその口から、マグマの炎弾が放たれるよりも前に…チェーンに乗せて発動を宣言した遊良によって、影星軌道兵器はその多腕の触手から一瞬の後に多数のレーザーを放ち始めるのか。

 

…狙いは、黒竜。

 

これもまた、墓地のモンスターの名前が全て異なる場合にのみ扱える効果ではあるものの。それをいとも簡単に行いつつ、男子生徒が自信満々に呼び出した大型モンスターを無慈悲にもレーザーで簡単に撃ち抜き…

 

そのまま、【レッド・ワイバーン】の放った炎弾によって。ハイドランダーは破壊されてしまったものの、それでも自慢のドラゴンをこんなにも簡単に破壊されてしまった男子生徒が何やら焦ったような声を荒げてしまうのも無理はなく。

 

 

 

「くそがっ、天城の癖に俺のダークネスメタルを…けど所詮はその程度だ!まだ俺の場には我が魂が…」

「まだだ。墓地の【リ・バイブル】の効果発動。俺のExデッキの枚数は0枚、LPを2000払って墓地から【リ・バイブル】を特殊召喚する。更に墓地のデストルドーの効果も発動。【リ・バイブル】を対象に、LPを半分払って墓地からデストルドーを特殊召喚。そのレベルを1下げる。」

「はん!Ex0の雑魚は自分からLP3000も減らすのかよ!やっぱ雑魚だな、まともなデュエルなんて出来な…」

「永続魔法、【冥界の宝札】を2枚発動。そして2体のモンスターをリリース。レベル8、【フォトン・カイザー】をアドバンス召喚。」

 

 

 

―!

 

 

 

【フォトン・カイザー】レベル8

ATK/2000 DEF/2800

 

 

 

…そして、止まらない。

 

男子生徒が低俗な煽りを漏らそうとも、遊良は止まらずに動き続ける。

 

…一見すれば纏りの無いようにも思えるデッキを、まるで嵐のようにして無理矢理に回転させて。

 

連続して連続してモンスターを呼び出していくその様は、およそ先のターンの男子生徒の動きとは比べ物にならない程に洗練されたデッキ捌きとも言えるだろうか。

 

…一体、校門に集った中学生たちの何人がソレに気付いているのだろう。

 

そう、場に伏せカードもなく、墓地に防御札もなく、そして手札に何も用意していないであろうこの状況で男子生徒が…

 

もう、遊良を止められないことに―

 

 

 

「【フォトン・カイザー】の効果により、デッキから2体目の【フォトン・カイザー】を特殊召喚する。」

「2体目!?で、でもレベル8が2体いたって、お前エクシーズなんて出来ねーだろーが!」

「…【冥界の宝札】2枚の効果で4枚ドロー。続けて【アドバンスドロー】を発動。【フォトン・カイザー】1体を墓地に送って2枚ドロー。【貪欲な壷】も発動。ハイドランダー、ギルフォード・ザ・ライトニング、フォトン・カイザー、マスター・ジーグ、ガンナードラゴンをデッキに戻して2枚ドロー。」

「なっ、何枚ドローして…」

「…よし、手札を1枚捨てて装備魔法、【D・D・R】を発動。除外されている【堕天使アスモディウス】を特殊召喚する。」

 

 

 

―!

 

 

 

【堕天使アスモディウス】レベル8

ATK/3000 DEF/2500

 

 

 

「ま、また攻撃力3000だと…け、けどそれがどうした!まだ俺のLPは残…」

「いいや、このターンで終わりだ。【死者蘇生】発動、墓地から【神獣王バルバロス】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

 

連続して現れる、遊良の大型モンスター達。

 

その数実に3体…まさに一瞬の出来事のように、実に3体もの最上級モンスター達が勢揃いするその流れに果たして観客に徹している中学生たちは着いてこれているのだろうか。

 

…攻撃力の高いレベル8のモンスターが3体。

 

Ex適正が無いために、エクシーズ召喚をする事はできないとは言え。その必要性すら感じさせない場が完成した今となっては、3体もの最上級モンスターが揃ったこの場はまさに圧巻とした言い様がないことだろう。

 

…そう、アレだけ動いて、これだけ召喚して…それでもなお手札に余裕を残しつつ、墓地にもまだ何かを仕込んでいるその佇まいは圧倒的実力差がなければ出来ない芸当なのだ。

 

それはまるで、Exデッキなど使う必要が無いかのように―

 

 

 

 

 

 

 

―もう勝負はついている。

 

 

 

 

 

 

「こっ、攻撃力3000が2体ぃ!?」

「バトルだ!【神獣王バルバロス】で【レッド・ワイバーン】に攻撃!そしてフォトン・カイザーとアスモディウスでダイレクトアタック!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

男子生徒 LP:4000→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

一蹴…まさに、一蹴するかの如く。

 

校門に鳴り響いた無機質な機械音は、紛れもなくデュエル終了を告げる合図となりて放課後の学校に反響する。

 

…それは正真正銘、このデュエルの勝者と敗者がきっかりと別れたと言う事。

 

この場に集った誰もが皆、己の目を疑っている。そう、決着は次のターンになるであろうと誰もが思っていたところで、突如としてデュエル終了を告げる合図が鳴り響いたことにこの場にいる中学生の誰もが驚きを隠せない様子で…

 

 

…どうしてこのデュエルの勝者が『天城 遊良』と表示されているんだろうか。

 

…一体何が起こったんだ。

 

…天城は意味のわからない動きをしていたのに、いつのまにデュエルが終わったんだ。

 

…なんで天城が勝っているんだ。

 

 

まだ後攻の1ターン目で、これからデュエルが盛り上がるところだったはず。次のターンに男子生徒が更に大型のドラゴンを呼び出して、天城を完膚なきまでに蹂躙するはずだったというのに…

 

…きっと、この場の誰もがそう思っているに違いなく。

 

 

 

「お、お前ふざけんなよ!あんなデュエルなんて授業じゃ習ってない…あんな…滅茶苦茶なデュエル…」

 

 

 

…そして、敗れた男子生徒の方はと言えば。

 

無機質な機械音が響き終わったその直後に、力なく地面に尻もちをつき…何やらブツブツと、俯きながらその声のトーンを次第に落としていくだけではないか。

 

…気まずい沈黙に包まれた校門では、その情けない声がよく通る。

 

しかし、それも仕方がないのか。何せあれだけ馬鹿にしていた天城 遊良に、凄まじい勢いで蹴散らされたのだから…

 

想像していた結果とは正反対の現実を飲み込めず、その反動でプライドが大きく傷つけられてしまっているのも仕方がないと言え…

 

すると…

 

 

 

「あ、あんなにドローしたら誰だって…俺だって…あんだけドローしてたら勝てるに決まってる…なのに…」

「だったら…」

 

 

 

負け惜しみにもならない情けない声で、ブツブツと泣きそうな声を漏らし続けるこの男子生徒の声が気に障ったのか。

 

帰り支度を始めていた遊良が、ふと男子生徒へと向かってその口を開き…

 

 

 

 

「だったら…お前もすればいいだけだろ。俺と同じ事。」

「なっ!?」

 

 

 

遊良の声に反応し、思わず顔を上げてしまった男子生徒。

 

…その表情は驚きと憔悴、そして悲嘆と絶望が入り混じったかのようなモノとなりて、自身の敗北を受け入れられずに感情がごちゃ混ぜになっているかのようにも見える。

 

 

―無理だ…

 

 

きっと、遊良にそう言われた男子生徒の心中は『こう』なっているに違いない。

 

―関連性のないカードばかりを使って、あんな暴風雨のようなドローを繰り返せるわけがない。

 

―Exデッキを使わずに、レベル8の最上級モンスターがあんなに連続で出せるわけがない。

 

―手札を整えながら同時に墓地や除外に必要なカードを用意するという、あんな凄まじいデッキ捌きなど出来るわけが無い。

 

それは無意識の感情の露出。どう足掻いても自分では出来ないモノを目の前で見せ付けられてしまった男子生徒の頭の中には、嫌でも感じさせられた圧倒的な『差』と言うモノがグルグルと渦巻いており…

 

そう、デッキを手足のように扱うセンス、妨害を乗り越えて展開する技量、Exデッキを使えないのに次々に現れる大型モンスターと、そんな質の高いデュエルの基礎に加えて…

 

1ターンでデッキの半分以上を引くといった、ソレらを纏める『ドロー』と言うまるで天城にだけ許されたかのような『芯』のあるデュエルなんて自分に出来るわけが―

 

 

 

「あ、あんなデュエル出来るわけが…ッ!?」

 

 

 

そして…

 

 

そう言いかけて、男子生徒は『そこ』で気付いてしまった―

 

 

そう、『出来るわけがない』と認めてしまった瞬間に、自分の何もかも終わってしまうのだ、と。

 

それは紛れもなく、デュエルが始まる前にこの男子生徒が自分の口で言っていたことに起因する。

 

 

 

―『Exデッキ使えないとかそれデュエリストじゃねーし』

 

―『Ex適正無い奴にどうやったら負けるってんだよ!負ける方が難しいぜ!』

 

 

 

己が口にしたことに、今更になって襲われている男子生徒。

 

Ex適正が無い…それはどうしようもない出来損ないの証。

 

融合も出来ない。シンクロも出来ない。エクシーズも出来ない。Exデッキからモンスターを呼び出すことが出来ない、そんな底辺以下のデュエリストのデュエルに対して…

 

そのカスより優れているはずの自分が、天城のデュエルに対し『出来るわけがない』と認めてしまうことは男子生徒にとってどれだけ屈辱的なことなのだろう。

 

…Ex適正の無い天城 遊良に、デュエルで負けるなんておかしい。けれどもどうやったって、負けた理由が他に思いつかない。

 

屈辱と、怒りと…そして止めどなく襲い来る情けなさが、男子生徒の口から負け惜しみを言わせようとしている。けれども男子生徒がソレを出来ないのは、天城 遊良というEx適正の無い出来損ないにどうしても負けを認めたくないからで…

 

 

 

「遊良、もういいでしょ?行こ?」

「…あぁ。」

 

 

 

そして…

 

敗北により沈黙してしまった周囲を一瞥して。

 

デュエルディスクを仕舞った遊良が、ルキに引っ張られるようにしてこの場から去ろうとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「い、イカサマだ!」

「…え?」

「お前!イカサマしたんだろ!じゃないと…じゃないとお前が俺に勝てるわけない!」

 

 

 

沈黙していた校門に突如響いたその声。

 

それは紛れもなく、たった今敗北したばかりの…涙を浮かべながら立ち上がった、敗者であるはずの男子生徒から放たれた声であった。

 

しかし、何を血迷ったのか…

 

敗者であるはずの男子生徒は、口を噤む事もなく…自分がどれだけおかしな事を口走っているのかにも気がつかぬまま、更にその口を開くのみ。

 

 

 

「この勝負は無効だ!無効!無効!無効!」

「ちょっと!何勝手なこと言ってるのよ!もう!」

「うるさい!イカサマしてないとおかしいじゃないか!自分が有利になるカードをどこかに隠し持ってたんだ!じゃないとあの場面で都合よく【死者蘇生】と【D・D・R】が手札にあるわけない!」

「…俺、27枚ドローしたんだけど。」

「ざっけんな!何が27枚だ!普通そんなにドロー出来るわけないだろ!それにあんな都合よく墓地と除外に切り札が用意してあるわけない!隙を見て墓地に仕込んだんだ!それかデュエル始まる前に墓地に置いといたに決まってる!」

「…」

 

 

 

荒唐無稽、支離滅裂。

 

デュエルディスクが判定を行う正式なデュエルにおいて、イカサマの入り込む余地が無いことなど幼等部の子どもだって知っていることだと言うのにも関わらず。

 

そう、遊良の行ったドローは全てカードの効果による正しい処理。墓地と除外から呼び出したモンスターだって、【手札抹殺】や【闇の誘惑】やその他のカードを駆使して準備したちゃんとした戦術。デュエルディスクが展開する前では、墓地にカードなど仕込めるはずもないのだ。

 

デュエルディスクには、しっかりとログも残っている。それにこんな大勢の観衆の前で誰にもバレずにイカサマを行うなんて出来るわけもない。

 

それに、そもそもデッキ以外から取り出したカードがデュエルディスクに反応しない事は、説明されるまでもない常識以前の問題だと言うのに…

 

 

 

…そんなありえない声を上げる男子生徒に、呆れてモノも言えない遊良とルキ。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「おいおいマジかよ!やっぱりイカサマだったのか!」

「だよな!じゃないと天城が勝てるわけないじゃん!」

「正々堂々戦った目黒君に謝れ!卑怯者!屑野郎!イカサマ野郎!」

「Exモンスター使えない癖に勝つなんておかしいと思ったんだ!この卑怯者!」

「雑魚が!そこまでして勝ちたいのかよ!」

「…やっぱイカサマだったのかよ。」

「そういえばおかしかったもんな、天城のあの動き。」

「あんなのイカサマしねーと出来ねーもんな!Ex適正無いからって卑怯なデュエルしてんじゃねーぞ!」

「不愉快なんだよお前ぇ!」

 

 

 

次々と…

 

負けた男子生徒のみならず、その取り巻きから始まって…一体何を見ていたのか。ついには関係の無い生徒たちまで口々に遊良のデュエルをイカサマと断定し始めてしまったではないか―

 

…多勢に無勢。

 

Ex適正の無い天城 遊良が、デュエルで勝てるわけが無いと言う…自分達の常識に縛られているからこそ、こぞって天城 遊良のデュエルの勝利をイカサマだと断定しその声を荒げ続ける中学生たち。

 

その言葉の嵐が、果たしてどれだけ真実から程遠いのかを未だ彼らは知らず…

 

 

 

「な、なんでみんな遊良がイカサマしたって思ってるの?ね、ねぇ遊良、流石に私ももう我慢できな…」

「…いい、もう行こう…」

 

 

 

…そんな周囲の暴言の嵐に、遊良は一体何を感じるのだろう。

 

集団に背を向け、ルキを連れて…

 

 

 

 

「おい逃げるなイカサマヤロー!」

「お前なんか死んじまえー!」

「学校来んな出来損ないがー!」

「まともにデュエルできねーのかー!」

 

 

 

 

 

遊良は、その場を後にしたのだった―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

…余談だが、ルキを所有物扱いしたあの男子生徒は後日、公衆の面前でルキにこっぴどく拒絶され…本気で嫌われたために、それからルキにちょっかいを出してくることはなくなった。

 

まぁ、ルキの気持ちを無視して、無理矢理にルキをモノにしようとしていたのだから…ルキから本気で嫌われるたのも自業自得、当然の報いではあるのだが。

 

しかし、この日の彼の言動がきっかけとなって、遊良への風当たりが更に酷く醜くそして強くなってしまったこともまた事実。

 

そう、遊良のデュエルを『イカサマ』と言い放ったこの男のせいで、それから遊良の中学生活が更に酷いものになったことは紛れも無い事実であり…

 

 

 

「ルキちゃん、あんまり天城に近づかない方がいいよ?」

「そうだよ、アイツやばい奴じゃん。」

「なんで!?別に遊良悪い事してないじゃん!」

「だってイカサマしてるんだよ?授業のデュエルでも平気でイカサマしてるんだって…」

「イカサマなんてしてないよ!だって遊良は…」

「ねぇルキ、なんで天城を庇うの?正直趣味悪いよ。折角モテるのに。」

「そうだよ、天城なんてルキちゃんが庇ってあげる必要ないじゃん。」

 

 

 

(何…言ってるの…?)

 

 

 

怖い。何も知らないくせにそこまで言える周囲が、ルキは怖い。

 

…迫り来る同調の圧、押し付けてくる余計な非常識。

 

遊良の事を何も…何も知らない癖にどうしてそこまで言えるのか。

 

何度説明しても聞き入れてくれない。自分と遊良が幼馴染で、遊良は皆が思うような酷い人間では断じてないと言う事を…ルキが何度説明しても、何度説得しても、何度訴えても周囲は誰1人として聞き入れてはくれず。

 

そう、誰もが皆、天城 遊良はデュエリストの出来損ないで最底辺の落ち零れで、生きる価値のない屑としか思っていないのだ―

 

―全ては、天城 遊良がEx適正を持って無いから。

 

TVがそう言い、大人がそう言い、これまで自分達もそう扱ってきたから。その常識を帰られず、これまでもこれからも天城 遊良は『そういう存在』なのだと、誰もが思い込んでしまっているこの現状では…

 

いくらルキ一人が足掻いても、どうしても周囲は変わろうとはしてくれず…

 

 

 

「ね、ねぇ!あれ天城じゃない!?」

「うわっ!コッチ見てる!やだー気持ち悪いー!ルキ、行くよ!アンタ見てるんだよきっと!」

「え、ちょ、ちょっと待っ…」

 

 

 

そんな、友人を名乗る女生徒に引っ張られていくルキの目には…

 

遊良がまるで、『学校では自分と関わるな』と言っているようにも見えていて―

 

 

 

そして…

 

 

 

その日から、ルキは学内で遊良を見かけることが極端に減ってしまった。

 

…そう、鷹矢は嫌でも目に付くというのに、遊良はどこを探しても見つからなくなってしまったのだ。

 

学内の集会などでもそう。全校生徒が集っているはずの中に、どれだけ探しても遊良の姿が見つからない。少し前までは遊良の周囲は生徒達が避ける所為か、少し空間が開いていてすぐに見つけられたというのに…

 

 

学校行事もそう。中学の大会もそう。遊良は出てこない。見つからない。

 

 

学校にはちゃんと行っていて、同じクラスの者に聞けば一応授業には出てきているそう。それに放課後に家に寄れば、ちゃんとそこに遊良は居て…敵の居ない家の中での遊良の様子は普段通りであり、そこは少なからずルキも安心できる点ではあるのだが…

 

でも、それ以外の時間はどこにもいない。探しても探しても、ルキには遊良の事がどうしても見つけられず。

 

それはまるで、この時間だけ遊良が世界から消えてしまっているかのように―

 

 

 

―…

 

 

 

…血の繋がった家族がいれば、この孤独を慰めてくれたのだろうか。

 

電気もつけない自宅のリビングで一人、ぼんやりとそんな事を考えている遊良。

 

敵だらけの中学校、味方になってくれない教師、それに同調する生徒達。そんな者達から身を守るためとは言え、自分の気配を押し殺し誰にも見つからないように姿を消し続ける毎日を送っていると…本当に、この世界には自分の居場所も味方も何一つないのではないかという錯覚が、遊良の中では日々大きくなってきているのか。

 

 

世界にただ一人取り残されている感覚…それはきっと、本当の意味で『天涯孤独』になった者にしか理解できない絶対的な永遠の孤独。

 

…きっと、鷹矢やルキにだって理解など出来はしない。

 

父がいて、母がいて。他にも血の繋がった親族が分かる場所にいる者には、ソレが例え幼馴染達だろとも自分が抱いている孤独を決して理解してもらえないだろうと…ふと、遊良は考えてしまっていて。

 

…頭ではわかっている。鷹矢とルキが、どれだけ自分を大切に思ってくれているのか。

 

…自分だって分かっている。鷹矢とルキが、どれだけ自分にとって大切な存在であるのか。

 

けれども、遊良が感じてしまう孤独はそう言った類のことでは断じてないのだ。世界にたった一人、血の繋がった者が居ないという孤独は―

 

…世界の外に弾かれてしまった感覚、手を伸ばしても誰にも触れられない虚無。

 

頭ではなく、魂がそう感じている…誰も、本当の意味で自分とは『繋がって』はくれていないのだ…と。

 

…誰もいない、電気のついていないリビングでそんな感覚に苛まれ続けている遊良。

 

師の居ない事が増えたこの家は、中学生が一人で住むにはあまりに広すぎた。鷹矢もルキも放課後は必ずこの家に寄っていってはくれるものの、日も落ちてくれば必ず自宅に帰らなければならない。

 

…そう、鷹矢にもルキにも、自分の生活があるのだ。実家で、家族と共に、毎日を過ごすという当たり前の生活が。

 

しかし、遊良にはソレが無い。迎えてくれる家族もいない、生まれ育った生家もない…

 

そんな、鷹矢とルキが去った家の、冷たいソファで1人膝を抱える遊良のその様は…

 

かつての幼少期に小さく固まって命をすり減らしていた、いつかの彼の様でもあって―

 

 

 

 

 

 

 

…そんな時代が確かにあった。

 

 

 

誰からも認められず、世界からも見捨てられ…神に見放されたかの様な、言葉に出来ない地獄の日々が。

 

…一応、中学生活も後半に差し掛かれば周囲も多少は飽きたのか、遊良も当初ほど酷い言われようはされなくはなった。

 

けれども、その代わりに増えたのは無視という無関心…誰もがみな遊良を見ないようにし、関心を向けない者達が多く増えていき…

 

まぁ、とは言えそっちの方がうるさくない分、遊良のストレスは少しは減ったのだろう。口々のその存在を否定されない分、以前ほど遊良もふさぎ込むことは少なくなり…学校にいる間でも、少しは磨り減った遊良の心も回復はしてきてはいた。

 

…けれども、根本的なモノは何も変わってはいない。

 

そう、環境が変われば態度も変わる。

 

中学生活が終わり、決闘学園高等部に進学したあとも…しばらく遊良は、以前のように学園では自分の気配を殺す日々を送っていたのだ。

 

…そうしなければ、またルキと鷹矢に余計な迷惑をかけてしまうことを、遊良は知っていたから。

 

 

 

 

 

だからこそ、もしも高等部1学年の『あの日』に―

 

 

 

 

―『もう俺を…出来損ないとは言わせない!EXデッキが使えなくても、俺の存在を否定させない!』

 

 

 

【堕天使】を得た『あの戦い』が無ければ、きっと遊良の心はずっとずっと永遠に荒みきったままだったに違いないことだろう。

 

ほんの少しだけ捨て切れなかった、『いずれEx適正が手に入る』という一縷の望みすらも全て捨て去ったあの戦いで…

 

あの人形のような『謎の男』との戦いで、遊良がその望みを全て捨て去ってでも鷹矢とルキを救うことを選び、己の存在をもう誰にも否定させないという決意の元に【堕天使】を使い続けることを選ばなければ、きっと遊良は吹っ切って前へと進むことを選びはしなかったはず。

 

…まぁ、なぜか現在では遊良の【堕天使】はなくなってしまってはいるのだが…

 

 

 

…そう、物語は、次第に現代へと戻ってくる。

 

 

 

―『もう、認めてもらうのを待つのはやめる…これからは、認めさせてやるんだ。』

 

 

 

【堕天使】を手に、Ex適正への望みを全て捨て去った事で遊良は『耐える』ことを辞めた。自分の存在を否定してくる敵の全てに牙を剥くことを遊良は選び、自らの力で自分の存在を世界に認め背させてやるのだと、とうとう遊良は決意したのだ。

 

…選んだその道が、どれだけ険しいモノであろうと。

 

それでも遊良は、自らの足で立って戦う事を選び…

 

 

 

 

 

―その後の物語は、既に記されている通り。

 

 

 

 

 

大激戦が繰り広げられた【決闘祭】。そこで優勝したことで、世界は一気に変化の兆しを見せた。

 

決闘市を襲った『異変』。そこでの混乱が、遊良自身も知らなかった繋がりを思い知らせた。

 

大混戦が巻き起こった【決島】。そこでの戦いの全てが、遊良の血肉となり強さへと変わった。

 

屑の策略に立ち向かった【裏決島】。そこでの出来事が、遊良に衝撃の真実を落としてきた。

 

 

 

色々な事が起こった…

 

本当に、色々なことが起こった。

 

とても険しい戦いだった。そのどれもが簡単には解決できない道であり、けれども決して諦めることなく前へと進んできた遊良だからこそこれまでの戦いの全てに立ち向かうことが出来ていた。

 

その全てが遊良の軌跡。これまで遊良が戦う事を諦めなかったからこその身に舞い降りてきた、これらの全てが遊良の戦いの軌跡であり遊良の歩んできた人生の1ページであり…

 

…果たして、『これまで』の出来事が『これから』の遊良に何をもたらすのか。

 

それは未だ誰も知らない未来であり、過去があるからこそ今があるのだということが限りない真実となりて…

 

次第に、物語は現代へと移り変わってきて―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…ん…」

「あ、起きた?おはよ、遊良。」

 

 

 

見上げたそこにいる、優しく微笑むルキの顔を視界にいれながら。

 

目を覚ました遊良は、いまだ虚ろな思考の中でぼんやりと眠気の残滓を感じつつ…

 

なぜ自分がルキに膝枕をされているのかについて、眠る前の記憶を必死になって呼び起こしていた。

 

 

 

「あれ…ルキ…あ、そっか…俺…」

「よく寝てたよ。3時間くらい。」

「そんなに…ごめんな、枕にして。」

「大丈夫大丈夫。それよりよく寝れた?ちょっとうなされてたから。」

「…多分、昔の夢見てた…中学の頃かも…」

「あー…酷かったもんねー、あの頃。」

 

 

 

ルキの下肢の上で、片手で目を覆いながらそう言う遊良。

 

…一体、どんな夢を見ていたのだろうか。

 

その寝覚めの憂鬱さと、寝ている間にうなされていたというルキの証言から、既に忘れかけている夢の内容を思い出そうとしつつも思い出したくない衝動に遊良は駆られつつ…寝起きで動かせない体をだらりとルキへ預けつつ、惰眠の余韻に浸っていて。

 

けれども、不思議と頭はすっきりしている。

 

そう、3時間ほどとは言え、これまで碌に眠れていなかった遊良にとっては、ルキの膝枕の上という懐かしい安らぎの中での仮眠は、よほど質の良い睡眠となりて遊良の体を回復させたのか。

 

…寝る前まえ感じていた、体の重さも気分の憂鬱さも今は感じない。

 

その体調の改善に、遊良自身も驚きを感じている様子。アレだけ悩んでいた憂鬱な気分が、たった3時間の質の良い睡眠でこんなにも改善するものなのか…と。

 

 

…また、同じ時をともに過ごして来たルキからしても。

 

 

遊良がなぜうなされていたのかを即座に理解しながら、それでもソレを乗り越えてきた今の遊良に向けるその眼差しは優しさに満ち溢れており…

 

そう、かつて孤独を感じていた彼が、なんの恥ずかしげもなく幼馴染の少女にそう言えるのは偏に彼の心がかつての中学の時よりも確実に強くなっている証拠でもあるのだろう。

 

…少し昔を思い出していたルキにはソレが良く理解出来る。

 

睡眠不足により張り詰めていた遊良の顔色が、しっかりと睡眠をとれたことで晴れていると言うことに。

 

 

 

すると…

 

 

 

「それより腹が減ったぞ。いつまで俺を待たせる気だ。」

 

 

 

不意に…

 

寝起きの遊良の耳へと、隣のソファから聞きなれた声が聞こえてきて。

 

 

 

「あれ、鷹矢が何で居…あぁ、帰ってたのか。」

「1時間くらい前かなー。帰って早々『腹が減ったぞー!』ってうるさかったから黙らせてたの。」

「…うむ。ルキに凄まれたから何事かと思ったが…まぁ最近のお前はよく眠れていないようだったから寝かせてやっていたのだ。どうだ、偉いだろう?」

「はいはい、待てが出来て優秀ですねー鷹矢さんはー。偉い偉い。」

「おい待てルキ、なんだその犬扱いは…」

 

 

 

その声は紛れもなく、この家のもう一人の住人である鷹矢のモノであった。

 

…中等部の時の夢を見ていた所為か、少々記憶と現実の境界が曖昧になっているとは言え。

 

次第に覚醒しつつある遊良の思考は、高等部に入ってからずっと鷹矢とこの家で暮らしていることを忘れているわけでは断じてなく…

 

はっきりしつつある意識の中で、残った眠気をしっかりと切り離し。

 

ゆっくりとルキの膝枕の上から起き上がった遊良は、1つ伸びをしたその後に徐に鷹矢へと向かってその口を開く。

 

 

 

「何だよ、腹減ってるお前にしては随分気が利いた気遣いじゃねーか。」

「うむ。遊良を寝かせておいてやれば、起きた時に好きなモノを作ってくれるだろうとルキに言われたからな。1時間くらいならばギリギリ耐えられた。」

「…ごめんね遊良、鷹矢普段からうるさいからさ、こうでも言わなきゃ大人しくしなくて。」

「いや、ルキもありがとな。寝かせてくれて。」

「うん、どういたしまして。」

 

 

 

3人の間に交わされる言葉は、すっかりと普段通りの彼らの代物。

 

…頭が冴えている、気分が晴れている。

 

睡眠が大切だと言う事を、3時間ほどしっかり仮眠できた事でようやく遊良も理解したのだろう。そう、追い詰められているような感覚と、切羽詰っているような動悸の大部分が睡眠不足から来る思考の濁りだったと言う事を、眠れた今になって遊良もその身で自覚したのだ。

 

…余計な事を考えすぎて睡眠不足になり、その睡眠不足が思考を妨げ、妨げられた思考が遊良の気分を落としていたさっきまでの遊良の表情と…3時間ほど仮眠を取れた遊良の表情は全然違う。

 

人肌の温度の温かさのおかげか、ルキの膝枕でしっかりと睡眠が取れた今。久々にゆっくりと寝られた為に、どことなく思い詰めていた遊良の気分もかなり晴れ晴れしているようであり…

 

 

 

「よし、久々に良く寝れたから頭がすっきりしたよ。ゴチャゴチャ考えるのはもうやめるか。鷹矢、何が食いたい?気分がいいから今なら何でも作ってやるよ。その方がストレス発散にもなるしな。」

「カレーだ!肉をたっぷり入れた奴で頼む!」

「今から仕込めるわけねーだろ!…ったく、この前作った即席のやつでもいいか?少しは手間かけてやるけどさ。」

「うむ!アレはアレで旨かったからな!もっと旨く仕込んでくれるならば文句はない!物凄く食うぞ!俺は腹が減っているのだ!」

「わかったわかわった。…ルキも食ってくだろ?」

「もち!」

 

 

 

嫌な夢も見た気がする。

 

けれども睡眠の質自体は良かったおかげか、悩んでいたことの多くに何やら踏ん切りが遊良の中ではついた様子。

 

…根本的な問題は解決してはいない。けれども悩みすぎていても仕方が無い。

 

その答えに至るまで1ヶ月かかってしまったが、それでもたった数時間の睡眠が気分を晴らすことにある種の感動すら覚えそうな感覚を遊良は抱きつつ…

 

 

 

「けど少し時間かかるぞ?」

「うむ。遊良のカレーが食えるのならば何時間でも待ってやる。さて、ではカレーが出来るまでテレビでも見て時間を潰してやるとす…」

 

 

 

良い方に変わったリビングの空気の中で、鷹矢がふとリモコンでTVの電源を入れた…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

 

『…警視庁は本日、決闘市在住の天城 遊良容疑者を全国的に指名手配すると発表し…』

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「…え?」

「…む?」

「…は?な、何これ…な、なんで遊良が?」

 

 

 

夕方のニュースから聞こえてきた、耳を疑う突然の声に…

 

 

 

その、予想もしていなかった突然の事に…

 

 

 

 

 

 

遊良も。鷹矢も。ルキも。

 

 

 

 

 

3人は、固まってしまうのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

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