遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
ざわめきが収まらぬ決闘市。
つい先ほどニュースがソレを報じるまでは、いつもと変わらぬ退屈を感じる穏やかな日常が流れていたはずだと言うのに…
「ちょっと奥さん、ニュース見た?」
「見たわよー、天城 遊良でしょー?」
「怖いわよねー、殺人犯だったんですって?」
「残念よねー、【決闘祭】の感動返して欲しいわよねー?」
「天城 遊良やべーよな。殺人犯だぜ殺人犯。」
「この近く住んでるらしいぜ?」
「マジかよ!超コエー!」
「俺らで捕まえ行くか?」
「逆に殺されそー!ギャハハ!」
「寄り道してないで早く帰るわよ!」
「あまぎ ゆーらにころされちゃうから?」
「どこでそんな言葉覚えたの!いけません!」
「でもたっちゃんママが…」
「ダメなものはダメなの!」
軒差の前で。何気ない住宅街の通りで。
井戸端会議中の主婦や学校帰りの若者、果ては保育園帰りの幼子に至るまで…
つい先ほど夕方のニュースが報道した、天城 遊良の『指名手配』によって。決闘市の至るところで、その風景は一変した様子を見せていた。
遊良に対する指名手配…それは夏が始まる前に決闘市内を密かに騒がせていた、そして最近になってまた表立ち始めていた『失踪事件』に関すること。
そこに居たという痕跡だけを残して、人が煙のようにして居なくなってしまったというその事件は…少し前のニュースでは未だ証拠が見つからず、全てが謎に包まれたままの事件であったはず。
しかし、下手に影響力のあるTVによって報じられた、ほとんどの局による作為的に思える報道や放送によって、決闘市内での遊良の印象があたかも犯罪者であるかのように報じられてしまったのだ。
そう、遊良の現状は、捜査段階で容疑をかけられているだけに過ぎないと言うのにも関わらず。街の人々が口々にしているのは、既に遊良が『殺人犯』であるかのような悪意ある言動ばかり。
…偏向報道、情報交錯。
それもこれも、遊良が殺人犯で確定したかのように報道をしたTVのせい。まだ罪状は確定してはおらず、失踪事件の容疑をかけられている『容疑者』の段階であると言うのに…ソレほどまでに衝撃的だったニュースは、これまで改善を見せてきた遊良への印象という世間の目をいとも簡単に崩し去ってしまっていて―
そしてその声は、顔を隠しイースト校への道筋を急いでいる遊良の耳にだって容易に届いており…
「…TVの影響ってやっぱ凄いんだな…」
「感心してる場合じゃないでしょ、もう。」
「…だが指名手配されたばかりだと言うのに、扱いは既に大量殺人を犯した犯人のようだな。ろくな証拠もないというのにメディアに影響される…これだから大衆と言うのは嫌いなのだ。」
フードで顔を隠し、目立たぬように鷹矢とルキに挟まれ…イースト校へと向かっている容疑者、天城 遊良。
人通りの少ない道を選んでいるおかげか、ほとんど人とすれ違うことは無いとは言え…
それでも時折すれ違う人々が口にしているのが、自分に関するニュースの事であるのだから、身に覚えの無い罪に追われている遊良からしたら気分など絶対に良いわけがないはず。
口々に聞こえる事実無根を耳に入れつつ、逃走劇の緊張感の中…イースト校までの道のりを、見つからぬように歩き続ける。
「でもさ、なんで遊良が犯人にされちゃってるんだろ。失踪事件ってさ、前に鷹矢が見たって奴でしょ?」
「うむ。デュエルの痕跡と、人が居た痕跡だけが残されていたアレに間違いないだろう。とすれば…」
「あぁ、もしこの事件が前の事件と同じ奴の仕業だったら…犯人は多分…」
…そして、これだけ騒ぎが大きくなった事で。
遊良には、ある懸念が生まれつつあった。
そう、それは遊良も以前に、この『失踪事件』に関連すると思われる出来事を…実際に、その身に受けたことに他ならない。
それは1ヶ月前に開催された、決闘市とデュエリアの合同祭典、【決島】が始まる前のこと…
―『うるさい…うるさい煩い五月蝿い!お前の声を聞いていると虫唾が走る!お前の顔を見てると!イライラするんだよ!』
―『…デュエルだ…お前を…消し飛ばしてやる!』
―『…不愉快だ…天城 遊良!お前の存在が!どうしようもなく不愉快だ!』
―『消え去れぇ!天城 遊良ぁぁぁぁぁぁぁあ!』
(アイツが…また…)
遊良は、思い出す。
指名手配される原因となった、『失踪事件』の真犯人と思わしき男のことを。
…確証はないが確信はある。
なぜかデュエルが実体化し、負けた時に本気で『消滅』するかと思った…あの時に襲ってきたあのフードの男が、失踪事件を起こしている犯人である…ということを。
なぜなら、フードの男に襲われたあの時のデュエルで遊良はその身で思い知ったのだ。歴史の中に忘れ去られた、使い手など居ないはずの『儀式召喚』を使ってきた…あの謎のフードの男と、実体化したデュエルをして―
―遊良は、冗談抜きで本気で消されかけたのだ。
骨身が溶ける感触に襲われ、この世のモノとは思えない痛みに襲われるあの感覚。燃え上がるような苦しさの中で、自分の体が溶けて消えていってしまうのではないかというあの体験はおよそ普通に生きていては絶対に経験することなどないであろう。
そう、あの時の痛みは酷い拷問にも似た苦痛…いや、きっとそれ以上の恐怖、本当にこの世界から消えているという、自身の『消滅』という恐ろしさを骨身に痛感させられたほどの恐怖であったのだ。
…鷹矢が見たと言う、人が『デュエルをしていた痕跡』だけが現場に残っていたのはきっとあのフードの男とデュエルをして負け、そして本当に『消されて』しまったからなのだろう。
そんな、にわかには信じられない事実に確信を得ているのは…偏に、遊良もまた本気で消されかけてしまったから。
…しかし、どうしてあの時に自分は消えなかったのか。
そんなこと、今の遊良には決して分かりはしないこととは言え。それでも遊良からしたら、本気の本気で消滅してしまうのではないかという恐怖と、永遠に続く苦しみがずっと襲い掛かってきていたあの時の恐怖は決して忘れられるモノではきっとないはず。
そう、あの時のデュエル、忘れられるわけがない…
あの時のデュエルで、遊良は『堕天使』をなくしてしまったのだから―
「お前を襲ったというフードの男か?」
「あぁ…」
「だが奴はお前を襲ったのを最後に決闘市から居なくなったのだろう?その後の理事長の調査にも引っかかっていない事を考えると…なぜ今になってまた決闘市に現れたと言うのだ。」
「わからない…でも、あの時アイツは執拗に俺を怨んでるみたいだった…だから…」
「遊良がなんでか消えてないからまた来たのかもしれないって…こと?」
「…かもな。」
「…全く、理事長も何をやっているのだ。そんな危険な奴をみすみす決闘市に侵入させソレに気付かんなど。」
「お前のプロ入りのせいで忙しくしてるんだろ。」
「じゃあ鷹矢のせいじゃん、もう。」
「ぬぅ…」
とは言え、見つかるわけにはいかない緊張感の中にあっても。こうして幼馴染同士で会話を重ねられるだけ、3人揃っている彼らの心は負担に押し潰されてはいないのだろう。
緊張はしている。いつ誰に見つかるかもしれない切迫感と、見つかったら『終わり』なのだという絶望感はそう簡単に拭い切れるモノではない。
だからこそ、そうした悲嘆を少しでも感じぬように会話を挟む彼らの無意識はきっと行動としては間違ってもいないはず。
何しろ、人通りの少ない道筋を選んでいるとは言え、無言で顔を隠して急ぐよりもこうして何気ない会話をしている風に装う分…周囲の目も、少しは誤魔化せるはずなのだから。
「…そんな事はどうでもいい。それより問題はフードの男だ。もしこのデマを流したのが奴なのだとしたら、いったいどう言う手口で…こんな真似、普通の奴には絶対にできんぞ。」
「あぁ…警察とマスコミに手回しして動かせるなんて相当の権力がないと…」
「でもさ、こんな事が出来るならなんで失踪事件なんて起こしてるんだろね。遊良だけ憎いんだったらさ、関係ない人消さずに遊良だけ狙ってきそうだけど。」
「…そうだな。前の事件の被害者にも共通点なんて無いし、失踪してるのは俺も知らない人ばかりだった。なのに、なんで俺をあそこまで怨んでたのかが全くわからない。」
「ぬぅ…遊良はこれまで馬鹿にされる事は多くとも、人に怨まれるような事はなかったというのに。」
「あぁ。怨むより蔑む方にみんな行くからな。ソレはソレで割りと楽だったけど。」
「…ヤな慣れだね。…あとさー、わっかんないのは何で今になって失踪事件再開させたかだよ。意味ないことしすぎじゃない?しかも前と違って、今回は失踪事件起こってたのもニュースになってなかったじゃん。10人だよ10人、前と合わせて20人も行方不明なっててさ、ニュースになってなかった方がおかしいじゃん。ちょっとでもニュースなってたらこっちも絶対もっと早く動けたのに…」
「マスコミが隠してたんだろうな。んで、指名手配されるタイミングで騒いで…」
「こちらが油断しきったところで詰め掛け逃げ道を無くす算段だったのだろう。報道直後に家に詰め掛けていた記者共がその証拠だ。」
「あぁ…砺波先生まで欺くなんて相当本腰入れてたみたいだな。」
けれども、会話を重ねる中で。彼らの話題はどうしても、遊良の指名手配とその原因となった失踪事件に引っ張られてきてしまうのか。
…当然だろう、いくら緊張感に押し潰されないように、無意識に普段通りの会話を重ねようとしたとしても。
それでも事態は悪化する一方、事の渦中の真っ最中にいる彼らが、今の出来事に対し完全に意識の切り替えを出来るわけがない。
油断した…
遊良も、あの時の自分への襲撃を最後に失踪事件が鳴りを潜めていたからこそ、『指名手配』されるまで完全に油断してしまっていた。
…遊良の頭の片隅にあるのは、起こってしまったこの事態に対する自身の認識の甘さについて。
そう、世界中に幅広い情報網を持つ【白鯨】、砺波 浜臣を持ってしても失踪事件の犯人と思わしきフードの男が未だ掴めて居なかった時点で…再びあの敵が襲ってくるかもしれない事は、遊良だって一度は想定していたはずだというのに。
いや…事の顛末を師である【白鯨】に報告し、後の調査は【白鯨】が受け持ってくれていたからこそ…遊良は、ある意味で考えないようにしていたのかもしれない。
何せ襲撃を受けたその後も、すぐに合同祭典【決島】が控えていたのだ。更に言えばその【決島】での激しい戦いの数々と、ルキを救うために奮闘した事と鷹矢との決勝戦…そして裏決闘界の融合帝【紫影】が巻き起こした【裏決島】と、遊良には息継ぎする間もなく激しい戦いが待ち受けていたのだから…
色々ありすぎた【決島】での出来事と、それの余韻が冷め切らぬ中でどうしても考えずにはいられなかった『逆鱗』と自分の関係の可能性のことで…遊良の頭の中から、失踪事件とフードの男との出来事が薄れてしまっていたとしても、それはあまりに仕方の無いことと言えるのではないだろうか。
そうして…
「…うむ、どうにか見つからずにここまで来られたな。後は大通りを迂回して裏から…」
「…まて鷹矢。」
「む?」
誰にも見つからず、誰にも怪しまれず。
自宅からイースト校までの道のりを耐え切った遊良達が、イースト校へと続く最後の通りへと差し掛かったその時…
学園へと続く大通りから裏へと回ろうと、大通りへと差し掛かろうとした鷹矢を遊良が制したかと思うと。校門へと続く大通りの様子を、遊良が建物越しに物の角から伺った…
そこには―
「天城 遊良を出せー!」
「凶悪犯を匿う気かー!」
「お、落ち着いてくださーい!天城はここには居ませーん!学園は日曜で休みです!学生は誰1人学園には来てませーん!」
「ふざけるなー!自宅に居なかったんだぞー!」
「街にも目撃情報がないんだぞー!学校に隠れてるに決まってるだろー!」
「いませーん!天城は来てませーん!ほんとうでーす!本当なんでーす!」
「うるせぇー!犯罪者を出せー!警察に突き出せー!」
「これ以上被害を増やすなー!殺人犯を出せー!警察に引き渡せー!」
「居たらとっくに引き渡してますよぉー!なんで私がこんな目にぃー!」
「なんで俺が天城のせいでこんな目に遭わなくちゃいけないんだぁー!」
人、人、人…
そう、そこには見るからに記者ではない、明らかに一般人であろう決闘市の住人が数え切れない程の群れとなりて…
イースト校の校門へと、大勢詰め掛けていた―
…それは数にして、100や200では収まりきらぬ数であったことだろう。
ソレだけの数の近隣住民が、つい先ほどのニュースに影響され奮起して…自分達の生活をいち早く守ろうと、全く意味がないであろう集団となりて決闘学園イースト校へと詰めかけていると言うこれは紛れも無い証拠の光景。
いくら天城 遊良が所属する決闘学園イースト校に詰め掛けたって、事態が改善するはずがないと言うのに…
「テメェらも同罪だからな!殺人犯がいる学校の先公も犯罪者同然だ馬鹿野郎!」
「ひぃっ!?わ、私達は関係ありません!」
「あ、あくまで天城が勝手にやったことで…」
「だったらココ開けろぉ!校内探させないのが証拠なんだよ!」
「天城が隠れてるから開けないんだろー!匿ってんじゃねー!」
「門を開けろぉー!」
「そ、そんなことできませーん!り、理事長に殺されるぅー!」
「うわぁぁぁぁあ!全部天城のせいだぁー!」
けれども、近隣住民たちはそんな事も理解できずに。
自分達の生活が脅かされる事を何よりも危惧して、閉められた校門へと攻め寄って…事態を理解出来ていない無関係な教師たちへと向かって、罵詈雑言を浴びせ続けている近隣住民たちの怒号は更に激しさを増すばかり。
…きっと急遽呼び出された教員も、自分達がなぜこんな対処をさせられているのか理解も納得も出来ていないことだろう。
何せ、若手の教師たちは門を閉めつつも、どうして無関係の自分達がここまで攻められなければならないのかと言わんばかりに…
受け持った事もないたった一人の学生のせいで、こんな理不尽な目に遭っている事に対し半泣きになりながら、門をこじ開けようとしてくる近隣住民たちが学校に入らないようにしろという、逆らえない理事長からの命をただ無意識に実行しているだけなのだから。
そう、たった一人の学生のせいで…それもEx適正の無い問題児のせいで。
天城 遊良のせいで、関係のない自分達がどうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。
そんな、この状況を若手の教師たちにはどうにも納得いっていないようで―
「…正門はダメだ。裏門に回ろう。」
「うむ。」
「…そうだね。」
とは言え、遊良がこれだけの人だかりの中に出て行く事など出来るけがなく。
…しも奮起している住民たちに見つかってしまえば、たちどころに囲まれ何をされるか分かったモノではない。
何せ、あれだけの興奮状態にある住民たちが遊良の姿をその目に捉えてしまったら…きっとその勢いのまま、遊良に直接的な危害を加えてくるに違いないのだ。
…だからこそ、再び遊良達は建物の陰に隠れながら移動を開始する。
多少遠回りをしつつも、広大なイースト校の敷地をグルッと回りこむように…普段はあまり使われていない裏門の方へと、少々時間をかけながら見つからないよう細心の注意を払って。
しかし、正面の校門の真反対…
普段は使われていない裏門に、遊良達が次第に近づくと…何やら正門の喧騒にも似た叫び声や人だかりが見え聞こえ始めたではないか。
そう、それは紛れも無く―
「砺波理事長!イースト校から犯罪者が出た責任はどう取るおつもりですか!?」
「一言!責任者として何か一言!」
「何度説明させる気ですか!これまで被害があったと思われる時間、天城 遊良が学内にて授業を受けていたことは既に証明されていると何度言えばわかる!物理的に犯行は不可能だ!」
「ですが防犯カメラの映像が証拠として上がってるんですよ!これはどう説明されるおつもりですか!」
「学園側もグルということでしょうか!?グルなんですよね!」
裏門にて騒いでいたのは他でもない。
近隣住民たちとは明らかに違う、報道用の装備を纏ったソレは紛れも無くマスコミの記者たちであった。
…また、徒党を組んで学園内に攻め入ろうとしている記者たちの意識を引きつけようとしているのだろう。裏門ではイースト校理事長である砺波 浜臣が、直々に記者たちの相手をしていて。
「なぜそうなる!監視カメラの映像の方が偽装かもしれないと言うのに!」
「けど警察の調べがついているんですよぉ?【白鯨】は警察が偽装を見抜けないマヌケだと言いたいんですかぁ?」
「砺波理事長!天城 遊良を擁護するなら『やってない証拠』を出してから言ってくださぁい!こっちは『やった証拠』を出してるんですからねー!」
「ご自身の発言に責任を持ってください!砺波理事長!責任をー!」
「天城 遊良を擁護しようとした責任をー!」
「―!」
裏門に詰め掛けた記者たちを相手に、真っ向から反論を見せることで…
誰一人として学園内に入らせず、記者たちの注意を自分へとひきつけて口論しているイースト校理事長、砺波 浜臣。
この事態を生中継している局もあるのだろう。冷静沈着として知られた元シンクロ王者【白鯨】が、これだけ記者たちと真っ向から向き合い戦りあっている光景は中々撮れる絵ではない。
…だからこそ、記者たちはどこまでも『報道』と言う名の体を成したバッシングを盾に。悪魔の証明を強要しながら、まるでこれまで面白くない絵しか撮れなかった【白鯨】を撮ることに夢中になっているかのように…
学園内に立ち入るよりも、免罪符を得たのだと言わんばかりの意地汚さで一方的に【白鯨】を攻め立てまとわりつくのみ。
(話にならない…これだからマスコミは…)
そんな砺波の心の内は、ハイエナの如く群がる記者たちに対し明らかに苛立っているに違いないことだろう。
…砺波とて、先月デュエリアで行った記者会見のときのように、群がり調子に乗っている記者たちを無理矢理『圧』で黙らせることは簡単に出来る。
そう、人間を超えたその深海が如き圧力を用いれば、この場に群がった有象無象にデュエリアのとき以上の強制的な『沈黙』、一瞬で全員の意識を落とすことだって今の砺波には出来てしまうのだ。
けれども、今ソレをしないのは―
偏に、今の『この事態』が単純な力で黙らせたところで収まらないことを砺波もよく理解しているからこそ。
…一時的に黙らせるだけでは意味が無い。
一瞬黙らせるだけでもよかったデュエリアのときと、天城 遊良へのバッシングが行われている今ではまるで状況が違う。生中継もされているこの場で、記者たちを無理矢理黙らせるようなコトをしてしまえば…
きっと数瞬の後に、他の記者や視聴者のヘイトが更に増大するだけで…おそらくその後もひっきりなしに、別の記者たちが更に恐れを圧して向かってくるに違いないだろう。
だからこそ、後々の事態を考慮するためにも…今は下手に手を出してはいけないことを、砺波はこれまでの人生における経験則から理解している。
それに、自分の目的はここで記者たちの目を惹くこと。そう、すでに近くに来ているであろう教え子たちが、見つからずに学園内に忍び込めるように、と…
砺波は、どこまでも記者たちと正面衝突を続けるだけで…
それ故―
「やっていない証拠は既に呈示している通りだ!学園側の防犯カメラには、犯行時間とされているタイミングで彼が授業を受けているのがしっかりと映っている!出席確認も取れており、学生教師問わず目撃者も多数いるのが紛れも無い証拠でしょう!」
「ですが学園側が録画を偽装した可能性だってありますよねぇ!」
「ならば犯行現場のカメラも偽装されている可能性がある!とにかくこちら側も独自に調査を進めている最中だ、不確定な要素で我が校の学生を不当に貶める事はやめていただきたい!」
「ぐっ…で、ですけど警察の調べでは…」
「そうだそうだ!指名手配犯を擁護している学園なんて視聴者は信じませんよぉー!」
「この責任はどう取るおつもりですか!一言!一言!」
…真っ向から、真正面から。
言っても引かぬ、言い聞かせても納得せぬマスコミに対し。砺波は、あえて正面衝突を続けるしかなく…
「うぇー、理事長先生大変そう…」
「…砺波先生、記者の注意を引くって言ってたからわざと…」
「うむ。理事長の犠牲を無駄にするな。今の内に校内に入るぞ。」
そんな、裏門にて記者達に直接対応して気を引いてくれている砺波の姿に対し。
遊良達は、心の底から申し訳なさを感じつつ…砺波の意図を汲み、今度は記者たちに見つからないように迅速にかつこっそりと。
人が踏み入らないであろう藪の中を通りながら、広大なイースト校を取り囲む塀をどうにかして乗り越え…そのまま学園の敷地内へと、速やかに忍び込む。
…決闘学園のセキュリティは万全。それは記者たちもおいそれと忍び込む事は許されないほどに。
だからこそ、近隣住民も記者たちも誰もが塀を乗り越えることはせず、誰しもが正門もしくは裏門へと詰め掛けているのだが…
遊良達がセキュリティに引っかからないように、予め砺波が設定でもしておいてくれたのだろう。近隣住民たちや記者たちの意識の外を突いた侵入の仕方によって、どうにかイースト校内へと入る事が出来た遊良達はそのまま…
砺波に指示されていた通りに、最上階にある理事長室目指して速やかに移動し始めるのみ。
……
………
気配が無い。
教師たちも外での対応に出払っているのか、学園内には全くと言っていいほど人の気配が無い。
それはつまり、記者や住民が不法に侵入もしてきていないということでもあるのだが…
…まぁ、外の彼らからしても、個人かそれに近い人数でこっそり学園内に侵入して大量殺人犯の疑いがある遊良を探そうなんて度胸のある者は居はしないのだろう。
しかし、例え学園内に人の気配がなくとも。遊良達はあくまでも警戒心を緩めぬまま、理事長室目指して学園内を移動し続ける。
…遠目から発見されぬように、窓のあるところは身を屈めて外から見えないようにして移動する。
…階段では上と下に細心の注意を払いつつ、音を立てぬように忍び足で階段を上がる。
そうして…
本棟の最上階、遊良も数度しか入った事のないソコへと。
そう、荘厳なる装飾が施された、見るからに重々しい扉が出迎える『理事長室』へと辿り着いた遊良達は即座に室内へと入り込むと…
厳重なるその扉を閉めた後、ようやく大きな溜息を吐けたのだった―
「…はぁー…すっごい疲れたよ、もう…」
「そうだな…これでようやく一息つける…」
「…しかしよく見つからずに辿り着けたものだ。流石に何度かヒヤヒヤしたぞ。」
ソファに雪崩れ込み、思い切りうなだれ。天井を仰ぎ、大きな溜息を何度も吐きつつ疲労感を見せ始める遊良と鷹矢とルキたち3人。
…それもそのはず。ここまでの道のりにおいて、彼らも相当の緊張感をずっと張り詰めていたのだから。
見つかるわけにはいかないために、顔を隠し道を選ぶ。怪しまれないように、漂わせる雰囲気を街に溶け込むモノにする。濡れ衣を着せられた事を声高々に叫びたいのに、それをあえて我慢する。
…一体、ここに辿り着くまでにどれほどの苦労が遊良達にはあったのだろう。
およそ普通に生きていれば絶対に経験しないであろう状況に陥り、その中でも一筋の希望を目指してここまで辿り着いた遊良達の疲労感は…およそ常人が考えている、数倍も数十倍も重々しく圧し掛かってきているに違いないのだ。
だからこそ、あまりの精神の磨耗に遊良達は思い切り脱力を露わにする。
理事長室の厳かな雰囲気が、どこか外界の喧騒から守ってくれているかのような感覚を僅かに抱きつつ…
その緊張の糸をようやく緩められる場に辿り着けたことで、これまで押さえていた心労が一挙に彼らに押し寄せてきている様子を遊良たちは見せており…
…グッタリとする。気苦労に押し潰された体に、少しでも力を戻す為に。
…うなだれる。これから先のことを考える為に、僅かでも思考を回復させるために。
…倒れこむ。恥も外聞も捨て去って、一筋の光明を逃さぬように。
―そして、理事長室に着いてからどのくらい休んでいたのだろうか。
…時間的には1時間も経っていない、しかし疲れきった感覚的に数時間は休んでいた気もする。
肉体と精神の両方の疲労感から、時間の感覚が遊良達から綺麗さっぱり抜け落ちてしまったそんなタイミングで…不意に、理事長室の厳かな扉が開く音を鳴らしたかと思うと。
扉を開けたそこには…
明らかに疲れた顔をした、イースト校理事長である砺波 浜臣が立っていた。
「…君たち、無事で何よりです。」
「砺波先生…あの、ご迷惑をおかけして…」
「謝罪はいりません。この事態には私も納得が言っていない…こんな馬鹿げた事、君が受け入れる必要は全くありません。」
「でも…」
すぐさま立ち上がり、砺波へと向かってそう謝罪の言葉を述べた遊良に対し。
あまりの疲労に塗れてもなお、自身の教え子を気遣う優しきを感じさせながら…大らかな鯨の声にも感じられる、どこか優しさを滲ませたイースト校理事長、砺波 浜臣。
…【決島】が終わってから、鷹矢のプロ入りの件で限りない忙しさの中にあると言うのに。
それでも、教え子が不当な事件に巻き込まれていることに対し…こうして前線に立ってくれて、解決に向けて動こうとしている砺波が味方でいる事は果たして遊良にはどのように映るのだろう。
…砺波から零される言葉は、心の底から自分を案じてくれている代物。
それを遊良も感じられたからこそ、遊良は見るからに疲労に塗れている砺波へと向かって…
「俺のせいで、砺波先生まで…」
搾り出されるようにして零される遊良の声は、震えそうな体をどうにかして無理矢理抑え込んでいるかのよう。
そう、正門にて教師たちが、近隣住民に怒号を浴びせられていた光景は別にどうでもいいとしても。
裏門にて、砺波が記者たちと真っ向からぶつかり合っていた光景をあぁもハッキリと見てしまっては…自分を庇おうと、自分を守ろうして、記者たちからあれだけ好き勝手に言われている師である砺波を見てしまっては、遊良もどうしても申し訳なさが浮かび上がってきてしまうのか。
…それは鷹矢とルキに迷惑をかけるのとではまるで違う。
自分を引き渡す気満々だった正門側の教師たちには別に何も感じないとは言え、社会的立場のある人間、それも元シンクロ王者【白鯨】であり、決闘学園イースト校の理事長でもある砺波がその身を呈して自分を庇い続けてくれていることは、遊良からしても確かに嬉しくもあり心強くもあるのだが…
それでも、それ以上に遊良が砺波に浮かぶのは、心からの申し訳なさ。
遊良が思うのは、これ以上自分を庇い続けていれば砺波もまた社会的制裁を受けてしまうのではないかという危惧。そう、これまで一緒に生きてきた、これからも一緒に生きてくれると言ってくれた鷹矢とルキと、既に自らの地位を確立している砺波へと遊良が抱く感情は全くの別物なのだ。
かつては敵どうしだったとは言え、己の弱さを乗り越え過去を踏み越え師となってくれた【白鯨】が、こうした事態になってもなお庇おうとしてくれているのは遊良からすれば嬉しくもありつつも…
それ以上に、【決島】でも【裏決島】でも本当の味方であり続けてくれた砺波の今後を、どうしても遊良は案じてしまうのだろう。
…砺波にだって自分の生活がある。
養う家族や、守るべき家…学園の責任者として、教師たちや学生達の身の安全に加え、元王者としての決闘界での立場と言った大人の責任が砺波はきっと他人よりも多いはず。
…だからこそ、遊良は危惧してしまう。
元々は何の関係も無い間柄。元々は敵対していた間柄。ここに砺波の関係者が居たら、きっと自分を庇うことに反対の意を見せるはず…
身に覚えが無いとはいえ、元凶となってしまった自分を、自らを危険に晒してまで庇う道理など砺波にはないはずだ…と。
しかし…
「はぁ…何を言うのかと思えば…」
そんな教え子が何を考えているのか、ソレを師である砺波も察知したのか。
疲労しているはずの砺波はそのまま、呆れを浮かべながらも…
遊良へと向かって、再度その口を開き始くのみ。
「『でも』じゃありません。そんな事を君が言う必要はないと言っているでしょう?…君はもっと、この【白鯨】の教え子だという自覚を持ちなさい。今回ばかりは相手が相手とはいえ、この私の直々の教え子がこんな理不尽を受けること事態が間違っていることなんですよ。」
「ッ…そ、それでも…さっき、外の状況を見ました。俺のせいで、砺波先生に迷惑をかけて…」
「この程度、君を弟子にした時点で既に想定していました。それより腸が煮えくり返っているのはこちらの方だ…この私の教え子に、こんなにもふざけた真似をした者を…この私が、許しているとでも?」
「ッ…」
奮える…
厳かな理事長室の、悲嘆に塗れていた重々しい空気が。
―それは紛れも無い怒気…
そう、深い深い海の底にて、この世の頂点を極めた鯨が誰も見たことのないほどの怒りを押さえきれずに露わにしているのだ―
果たして…【王者】を超え、正真正銘の【化物】の領域へと至った【白鯨】が抱いている怒りはどれほどのモノなのだろう…
…有無を言わさぬ怒轟の集圧、横槍を許さぬ覇者の重圧。
何やらこの事件の『真相』を知っているような言葉を砺波は口にするものの、しかし到底ソレを聞けるような雰囲気ではない今の砺波の放つモノは、渦中の遊良でさえも宥めることなど出来はしない代物となりて真正面から中てられるのか。
そんな、深海にて震える鯨の怒りを受け止めきれる人間などすでにこの世界には存在せず…決して誰にも受け止めきれないであろう程の怒りを内包した白き鯨は、見るからに怒りの表情を未だ見ぬ敵へと向けるだけ。
「君が心配しなくとも、これは既に私の戦いでもあるのです。大体君が私の心配をするなど10年早い。だから君も下らない事ばかり考えていないで、事態の改善だけを考えて行動しなさい。いいですね?」
「は、はい…砺波先生…」
だからこそ、そんなモノを間近で中てられた遊良からすれば。
こんな果て無き怒りを抱いている者を気遣うことが、果たしてどれだけ間違いであるのかを無言にて理解させられてしまうのも無理はなく―
そうして…
必要の無い責任感と、背負う必要の無い責務を勝手に抱こうとしていた教え子を一喝しつつ。
ようやく本題に入れると言わんばかりに、砺波は苦々しい顔をしながら言葉を続ける。
「…そんな事より、少々まずい事になりました。」
「まずい事?それは一体なんなのだ?」
「確かな筋からの情報に寄れば、先ほど警察が君たちの家に突入したそうなのですが…しかし逃げた形跡があることから厳戒態勢を強め、これより決闘市の境に大規模な検問を敷き始めるそうです。」
「理事長先生、検問って…じゃあ遊良はもう決闘市から出れないってこと?」
「…そうですね、正攻法ではまず無理でしょう。しかしあまりにも動きが早すぎる…指名手配を発表してから、この短時間でこんなにも大規模な作戦を警察が取るのはあまりにも不自然です。」
「ぬぅ…ならば決闘市の中に隠れているしかないだろう。それこそこのまま学園の中で…」
「いえ、検問と同時に、警察は決闘市全域に捜索隊を編成し動き始めるそうなのです。おそらく、天城君と関係のある場所は真っ先に警察が来るはず…ここへも、すぐに警察が駆けつけてしまうかと…」
「ッ、そんな…」
「じゃあ逃げ場所なんてないじゃん!どうすればいいの!?」
「ぐ…八方ふさがりと言う奴か…」
砺波が放った言葉…それは紛れも無く、事態が悪い方へと向かっていると証明でもあった。
国家権力による、逃げ場のない包囲網。指名手配されたばかりの少年に対する仕打ちとしては、あまりに迅速かつやりすぎであるとさえ思えるソレは…鼠一匹逃さないと言わんばかりの通達となりて、あまりに無慈悲に遊良達へと伝えられるのか。
…まぁ、砺波がどうやってその情報を入手したのかはともかくとして。
確かに砺波の言う通り、指名手配が発表されてから2時間も経っていないこの短時間で、警察が広大な決闘市全域に包囲網と検問を敷くと言うのは些か迅速すぎる行動と言えるだろう。
…何せ、いくら遊良が20人あまりを失踪させた疑いのある凶悪犯と認識されているとは言え。
もし遊良が本当にそんな大犯罪を犯した凶悪犯であったのならば、マスコミが大々的に報道するよりも前に警察が何かしらの動きを見せているのが普通と言えるのだから。
そう、そもそもからして、指名手配をマスコミが大々的に発表したコト自体があまりにも不自然。また、普段の生活において、警察が大々的に指名手配を発表することなど極々稀な出来事であり…
更に言えば、日常におけるほとんどの犯罪者は指名手配されるよりも前に捕まる事が大半で、たとえ指名手配が生じたとしてもソレが大々的にTVで発表されるコトもまた稀と言うより『無い』に等しいことであるはず。
…しかし、今回はソレが生じた。そして、瞬く間にメディアがソレを取り上げて、決闘市内の騒動は更に大きくなってしまった。
マスコミの動きから考えて、指名手配の報道が成された時点で遊良が家に居たのはきっとマスコミたちにはとっくにバレていたのだろう。それこそ予め示し合わせて待機していたと考えられるほどに、あの時のマスコミたちの動きは迅速そのモノであった。
…だとすれば、ここで更なる疑問が生じる。
そう、ソレはたった今砺波が零した通り…警察の動きが、あまりにも早すぎるということ。
普通であればありえない。マスコミが大々的に指名手配を発表するまで動きを見せなかったほどに『鈍足』だった警察が、指名手配の発表から2時間も経たない内に大規模な布陣を敷くと言う事など。
…良くも悪くも、警察は大きな『組織』。
無論、マスコミも1つの組織的な集団といえばそうなのだが…しかし、メディアは警察と比べてもその『規模』はあまりにも違いすぎる。
国家の『安全』という名の正義に基づき、全国的に統率され訓練されている警察と…利益を求めて視聴率を貪るハイエナのようなマスコミは、根本からしてその『統率力』の大きさが異なっているのだ。
…つまりは、組織が大きくなればなるほど『事』を成すには時間がかかってくると言うこと。それは伝達にかかる手間の数一つとっても、許可を出す責任者の数一つとっても。
そう、組織が国家に近づけば近づくほど、規模が大きくなればなるほど命令を下すまでにはいくつもの摩擦が生じるのが常であり、組織の統率力が大きくなればなるほど実際の行動が実行されるまではソレ相応の『時間』が必要になってくるはず。
…しかし、今度は次なる一手をこんなにも『急速』に打ち始めた。
マスコミが指名手配を発表してから動きを見せた鈍足なる警察が、今度はあまりにも大規模な作戦をもう実行に移し始めるなどあまりにも不自然すぎる急な展開。それを踏まえれば、砺波が警察の動きを早すぎると言ったのも当然と言えば当然で…
巨大な組織である警察がマスコミとほぼ同じ側でこれほど大規模な作戦を展開出来ていることこそがあまりにも不自然。
短絡的に、反射的にエサに群がるマスコミという名のハイエナの行動とは違う…こんな事態になる前兆も予兆もなく、いきなり指名手配を発表した警察が広大な決闘市全土に包囲網を急いで敷くだなんて、巨大な組織にしてはあまりにも杜撰かつ粗雑な突貫工事のような動きとさえ思えてしまうことだろう。
それはまるで、この事態を引き起こした者、この事件の裏で糸を引いている者が、『警察』と『マスコミ』に同時に無茶な『指示』を直接出しているのではないかとさえ思える荒い動きとも思え…
何やら理知的なモノとは遠くかけ離れた、どこか私的な『感情』さえも思わせる粗さを滲ませていて―
しかし…
(どうする…これじゃ逃げ様がない…決闘市を出るにも時間が…)
砺波の言葉を聞いて、見る見るうちに大きくなっていく世間の動きを肌で体感し…心の内の焦りが、益々強くなっていくのを感じ始めている様子の遊良。
…このままでは、事態はどんどん悪化する一方。
そう、いくらマスコミと警察の動きが不自然だとはいえ、それでも確実に自分が追い詰められてきていることを遊良もひしひしと感じているのだろう。
…敵の動きが早ければ早いほど、焦りはさらに誘発される。
追い詰められてくるその感覚が襲ってくるたびに、遊良の心には次第に自分の所為でこれ以上どれだけ周囲の大切な人に迷惑がかかるのかが塊となって浮かび上がってきているのか。
…家から抜け出るときに、鷹矢とルキが言ってくれたことを遊良は決して忘れてはいない。
けれども、いくら隣に立ち続けてくれる人が傍にいるとは言え…どんどんと悪化し続ける現状に対し、遊良の心が折れかかってきているのもまた事実で…
「…そんな顔をしてはいけません。私は『正攻法では無理』と言ったはずです。」
「…え?」
けれども、遊良のあからさまな気落ちを見てもなお。
更なる手を打ってあるのだと言わんばかりに、何やら考えがあるかのごとく…
砺波は、更に言葉を続けて―
「先ほど『逃がし屋』を手配しました。君たちは今すぐ決闘市を脱出してください。」
「逃がし屋?何だソレは…と言うより、なぜ理事長がそんな奴を知っているのだ。」
「あぁ、それはトウコさ…いえ、ソレを君が知る必要はありません。ですが信用に足る人物です。それより君たちは逃げた後、しばらく身を隠す必要があるでしょう。」
「身を隠す?どこかに隠れると言う事か?」
「近くの町にでも隠れるの?」
「下手に街に隠れるのも悪手です。木を隠すには森の中とは言いますが…天城君の場合は【決闘祭】や【決島】で広く顔が割れていますからね、寧ろ人の居ない場所に隠れるのが最も効果的かと。ひとまずは決闘市の東…市外の近くの山にでも隠れなさい。あそこには、確かほとんど使っていない鷹峰の隠れ家があったはずだ。」
「あー…覚えてる、昔一回掃除に行かされたよね。」
「あぁ、確かロッジみたいな別荘だった。」
「えぇ、あそこはギリギリ決闘市外と言うことで、警察の意識から上手く外れているので隠れるのにはピッタリでしょう。何なら近隣の土地も鷹峰個人のモノなので、滅多に他人は近づかないでしょうし。」
「…理事長、やけにジジイの事情に詳しいのだな。」
「…それも遠い昔の話です。鷹峰があの辺の土地を買ったのも私や小龍との賭けに負けた罰ゲー…って、そんな事はどうでもいいんです。とにかく、今すぐにでも動き始めますよ。早く行動を起こさないと手遅れになりますからね。」
「…はい、砺波先生。」
そうして…
気落ちに潰されかけた遊良を、いとも簡単に引っ張り上げた砺波はそのまま理事長室の扉を開けて行動し始める。
…座る事もせず、休む間もなく即行動を起こし始める砺波の動きはまさに迅速。
色々と気になる過去を漏らしながらも、ソレを面白可笑しく話している暇など無いのだと言わんばかりに…
短い時間で話を纏め、時間がない事を行動で示し。そのまま遊良達を促すように、自ら理事長室を出て誰かへと電話をかけ始めて。
「…理事長先生ってさ、なんかウチの先生に似てるかもね。」
「うむ。まともだと思っていたが意外と侮れん過去を持っているようだ。」
「…そう言えば昔の砺波先生って『荒くれ者』って呼ばれてたって…」
また、今の砺波からは考えられない過去について、遊良達も色々な思いを抱きつつ。
それでも意識だけは現状をしっかりと見据えているため、遊良達3人もまた砺波に続いて迅速に理事長室を後にしようとし始めるのか。
そうして…
「まぁよい、今回ばかりは理事長が味方でつくづく良かったぞ。」
「ねー、去年は散々だったもんね。でもよかった、どうにかなりそうで。いこ、遊良。」
「あぁ。」
先に出た鷹矢とルキに続いて、遊良が理事長室の厳かな扉を潜ろうとした…
その時だった―
―『うわぁぁぁぁあ!うそだぁぁぁぁ!』
―『どうして…なんでこんな事に…』
―『消えろぉ!消えてしまえぇ!全部全部全部ぅ!』
「ッ!?」
突如…
瞬間的に襲ってきた、針を刺したような鋭い頭痛と共に―
遊良の脳裏に、記憶には無い謎の光景と…ソレに伴う酷い悲しみ、心に穴が開くほどの喪失感と虚無感が、突如として浮かび上がってきた―
…それはノイズのかかったような、砂嵐の走るテレビを見たような感覚。
一瞬のことで、その光景も感覚もすぐに消えてしまったとはいえ…
―見えたのは、何かが炎上している光景と…
―鮮血に塗れながら、誰かを抱えている両手と…
―そして酷く荒廃し倒壊した、見慣れないどこかの街の景色。
(なんだ…今の…)
頭痛がする…
全く覚えのない映像が突然見え、それに伴い生じる頭痛が何やら遊良の心に深く突き刺さるような悲しみを生じさせる。
そう、何やら心を直接傷つけられたかのような気持ちの悪い感覚が、遊良の心に残像のようにして反響し始めるのか。
…記憶にも無い光景だったと言うのに、なぜか自分が体験したことのように感じたソレに吐き気を催し。波のように向かってくる酷い喪失感と虚無感が、足を止めてその場に膝を突かせようとしてくる。
見えたのは見覚えのない場所、聞こえたのは聞き覚えのない言葉。しかし粗いノイズのかかった光景と叫びだったとは言え、なぜか酷く理解できるような悲しみを中てられた遊良は一瞬その場に足を止めてしまい…
「天城君、どうしました?」
「あ、いえ…すみません、すぐ行きます。」
…しかし、この現状においてはそんなことに気を取られているわけにはいかず。
突然見えた謎の映像に、遊良も一瞬だけ足を取られたとは言えども。すぐさまソレを振りきって、砺波に連れられるようにして遊良達は無人の校舎を素早く見つからないようにして移動し始めるのか。
…下に向かって階段を降り、外へと向けて物陰に隠れ。
そのまま、砺波に連れられ校舎の外に出た遊良達は…
『逃がし屋』が待機しているという出口、『裏門』を目指しつつも…
今一度、校舎の物陰に隠れつつ。慎重になりながら、その足を止めたのだった。
「…先程よりも記者が増えているか?」
「みたいだな…多分、このままじゃもっと増えそうだ。」
「理事長先生、逃がし屋さんってどこに来てるの?」
「記者たちの車に混ざって門の近くに停まっているはずです。…ほら、あの黒いワゴンがそうですね。」
「なるほど、記者たちに混ざれば車も目立たぬと言うわけか。」
「けどさ、マスコミがあんなに居たんじゃ車に乗れなくない?」
「あぁ…ここから飛び出しただけで囲まれそうだ…」
足を止めた遊良達の目に飛び込んできた光景…
それは見ての通り、先ほどよりも大軍となりて裏門に詰め掛けている記者たちの姿であった。
…まるで、砂糖の山にウジャウジャと群がる蟻のよう。
そう、少し時間を置いたために、先ほど砺波が対応していた時よりも更に多くの記者たちが再度【白鯨】の面白い絵面を撮ろうと、更なる群れとなりて押し寄せてきたのだろう。
…これでは、『逃がし屋』の所まで辿り着けない。
遠回りをしようとも、正門は未だに近隣住民たちが攻め懸けてきており…塀から外へと忍び出ようとも、校内に忍び込んだ時とは異なり無人の校内から大衆の居る外へとこっそり出るのは至難の技。
そう、校内に忍び込むときは、正門も裏門も教師たちや砺波が住民や記者たちの気を引いてくれていて…校内側の目を気にする必要も無いために、あくまでも遊良達は忍び込む所だけを見られないようにすればよかった。
…しかし、外に出るのは違う。
人気の無い所へと忍び込むのは内部の人の目が少ないために簡単であっても、人の少ない内側から多い外側へと見つからずに出るのは難しいこと。
ましてや、時間を負う毎にどんどんと住民たちや記者たちが増えてきている今となっては…
塀を乗り越えたところに、門から溢れた住民や記者がウロウロしていたとしても可笑しな話では断じてなく…
だからこそ…
「私が道を開きます。その隙に君たちは門を飛び出し、あそこに止まっている黒い車に乗り込んでください。」
あくまでも、取れる策はひとつなのだと言わんばかりに。
遊良達へと向かって、一瞬だけ腕時計を見た砺波が遊良達にそう告げたと同時に…遊良達もまた、砺波の言葉を何一つ疑うことなくすぐさま行動を始めようと身構え始めるのか。
そう、先ほどは『あえて』実行しなかった、人の意識すら簡単に押し潰して奪う深海が如き圧力。ソレを、今度は何の遠慮もなく砺波は放とうとでもしているのだろう。
…人間を超えた、正真正銘の【化物】のみが持つ人知を超えた圧倒的覇気。
そんなモノを常人、それもその他大勢の一般人に過ぎない記者たちがまともに中てられればどうなるのかは、遊良も鷹矢もルキも師である【黒翼】の姿を見て否応にも理解している。
そのまま…
これ以上時間はかけられないのだとして、裏門に群がっている記者たちに対応しようと。
砺波が、先立って物陰から出ようとした…
その時―
「お、おい!天城 遊良が発見されたってよ!駅前だ!」
「なに!?ここじゃないのか!?」
「くそっ!出遅れた!邪魔しやがって【白鯨】の馬鹿野郎!」
「いくぞ!逃がすなー!」
…
……
………
一瞬で…
そう、何が起こったのか一瞬で―
アレだけ蠢いていた記者たちの姿が一転。何やら意味深な捨て台詞と、【白鯨】に対する的外れな文句を誰もが口々に垂れ流しつつ…
裏門から、誰一人として記者たちがいなくなってしまったではないか―
「えっと…どういうこと?」
「遊良が駅前に居たらしい。」
「…なんにせよ、記者たちが離れた今がチャンスです。警察が検問を敷き終わる前に決闘市から出ましょう。」
…果たして、彼らの情報網には一体どんな情報が入ってきたのか。
しかし、そんな光景にいつまでもあっけに取られているわけにはいかない遊良達は、明らかに変な行動をしていた記者たちを意に介さず。
裏門近くに唯一つだけ残っていた黒いワゴンへと…
そう、砺波が手配したという『逃がし屋』の車へと向かって。手早く裏門から出て、乗り込むために手前でその足を止めて。
…ここまで綺麗さっぱり記者たちが居なくなってしまうと、逆に一台だけ残ったワゴンが悪い意味で目立ってしまう気もするとは言え。
一挙に隙が出来たこの現状を見逃す手は遊良達には存在しないのか、何やら砺波が運転席に座っていた男へと声をかけたかと思うと…
ワゴンの後部座席のドアが自動スライドし始め、『乗れ』というジェスチャーを受けて砺波を先頭に遊良達はワゴンへと乗り込み始めて。
そうして…
一体、どのくらい車に揺られていたのか。
時間にしては30分にも満たない時間だっただろう。亀のような体型をした、蛇のように細い目をした『逃がし屋』の運転に運ばれ…
警察も張らないような細い裏道を巧みに抜けつつ、幾重にも張り巡らされた警察の検問をまるで予知しているかのようにして。『逃がし屋』の車はスイスイと、決闘市の『外』へと向かって走り続ける。
…向かって居る場所からして、その場所は真っ直ぐ向かえば車だと10分もかからない場所。
そう、知る人ぞ知るような裏道を使い、警察の検問を交わしながら進んでいるためにここまで時間がかかってはしまったものの…
しかし、驚くべきはただの一度も警察とすれ違わなかったこと。
何せ少し視線を窓から除かせれば、ひとつ隣の道路で警察が何台も車を止めている光景がチラホラ見え隠れもしている箇所があったと言うのに。
まるで草の間をうねり抜ける蛇のようなドライビングテクニックを駆使し、表社会では決して味わう事の出来ないであろう『逃がし屋』の持つ『裏』のテクニックによって…
遊良達は安全かつ迅速に警察を交わしつつ、決闘市から出られるという『その場所』目指して、どこまでも車に揺られるのか。
走り続ける…
警察の網を、蛇のように掻い潜り。外からは見つからぬブラインドに隠された黒い車は、まるで亀の甲羅に守られているかのような安心感を遊良へと与えていることだろう。
そのまま、遊良達を乗せた車はしばらく走ったかと思うと…
「はい、着きましたよ、いひひっ…」
…という、どこかネバつくような声を逃がし屋が零したと同時に。
そう、その声質や雰囲気から、何やら【裏決島】で戦った性根の腐った捻じれた男の影が僅かに遊良達の脳裏にはチラついたものの…
しかし、確かに『着いた』と述べた逃がし屋が、車を止めたその場所は紛れも無く―
「情報によれば、ここはまだ警察さんが到着してない場所です。いっひひっ、警察さんも墓場には中々来たがらないんでしょうねぇ。とりあえず、ここから街の外に出られれば…ひとまず、時間は稼げると思いますよ。」
「…助かりましたよ『ブラックタートル』、報酬は後日指定の口座に。」
「毎度どうも。それではまたのご利用お待ちしてますよ、【白鯨】さん。」
「フッ、もう利用したくはないんですがね。では『劫火』の彼にもよろしくお伝え下さい。今回の件、色々と情報をありがとう、と。」
「えぇ、えぇ、確かに伝えておきます。」
逃がし屋が車を止めたソコは、決闘市の東地区にある丘の上の森との境目…
『霊園』…故人が眠る場所であった―
遊良も、これまで『ここ』には幾度となく足を運んだ場所でもある。
…何せ、ここには遊良の両親の墓があるのだ。まぁ、公的に死亡扱いされているとは言え、今もなお行方不明のままで死体も骨も何もかもが見つかっていないが故にいくら墓の下に両親が眠っていないとは言えども。
それでも、遊良にとってはある意味特別な場所でもある『ここ』に連れて来られた事は…果たして、遊良の両親もまた息子を決闘市から逃がしたいとでも言っているのだろうか。
…だが、確かに盲点と言えば盲点。
この東地区の霊園は決闘市の外れにある立地に加え、森と隣接しそのまま山に繋がってもいる場所。
そう、森も山も自然のまま手付かず。人の通りを想定されていない、開拓などされていない自然のままの野生の森と山に囲まれているこの霊園は…ある意味で、決闘市と市外の境界線の役目を果たしているとも言えるだろう。
つまりは、外に繋がる道など無いと判断され警察も検問を敷きようがない。道路や港や空港とも違い、陸海空、車も船もヘリや飛行機も使えないこの霊園はある意味『徒歩』で逃げるには持ってこいの抜け道とも言えるのだから。
「では子どもさん達………天城さん、ご武運を。」
「あ、はい…あの、ありがとうございました…」
「いえいえ…お礼を言うのは寧ろこちらです。」
「え?」
「ま、それはおいおい…それでは、私はコレで失礼いたします。」
そうして…
逃がし屋が何やら遊良をじっと見て、少々物悲しげな顔浮かべつつ去っていったのを見届けた後。
「…さて、では行きましょう。ぐずぐずしている暇はありません。」
先陣を切って歩き出した砺波に連れられるように、霊園の丘を登り始めた遊良達一行。
その砺波の足取りは速く、まだ警察の手が入っていないとは言え緩やかな上り坂になっている丘を早足で上る姿から、砺波も常に緊張感を切らしていない様子。
…まぁ、確かにまだ霊園には警察の包囲網は届いていないとは言え。いずれ警察が捜査の網を伸ばし、決闘市全域を取り囲むようにして人手を配置することは明らかなのだから、少しでも早く決闘市から出ようとしているのは説明するまでもないのだが。
そう、まだ包囲網の手が伸びていないこの瞬間だからこそ、徒歩にて山に逃げられる今の内に霊園から決闘市外に抜け出すのは出来るだけ早い方がいい。少しでも警察の手が遠いうちに、見つからない場所へと早く辿り着く事こそが現状においては最も優先すべき事なのだから。
…決闘市の喧騒が、丘の下から遠目に聞こえる。
けれども、街の喧騒に気を取られることもなく。そのまま4人は、霊園の丘を登りつつ…
途中で通った、天城 竜一と天城 スミレの名が刻まれた墓の前を立ち止ることもなく。
遊良達は霊園の端、墓も置かれていない草原を踏み進み…遠回りになるものの、【黒翼】の別荘がある2つ先の山を目指して覚悟を決め、無言でその足を進め続け…
いよいよ、遊良達の目に決闘市の境界線である『森』が見えてきた―
その瞬間―
「いたぞー!天城 遊良だー!」
「【白鯨】も一緒だぞー!やっぱり匿ってたんだー!逃がすなー!」
「止まれー!止まらんと撃つぞー!」
「ッ!?」
…背後から。
突然、いきりたったような大勢の声が…
複雑に絡み合いながら、遊良達へと向かってきて―
「ぐっ、もう見つかったぞ!」
「そんな!どうしよう!?」
「逃げるしかありません!走って!決して捕まらないように!」
「は、はい!」
…それは紛れもなく街の住人たち。
そう、いきり立った近隣住民、ハイエナのような記者たち、銃を持った警察官。
それが、大勢…大勢の者達が徒党を組んで、一目散に遊良達目掛けて物凄い勢いで走り近づいてきたのだ―
…まさか、もう見つかったのか。
霊園に着いたときに、僅かでも見られていたのか。折角決闘市から出られそうなここまで辿り着いたと言うのに、こんなところであんなにも大勢の人間に追いかけられたら森や山に逃れるどころではないと言うのに。
…そう、状況は極めて最悪。
決闘市から出るところを見られたら、どの方向へ逃げたのかが丸分かり。
それだけではない。あの勢いのまま追いかけられたら、きっと森の中で追い詰められて囲まれてしまうに違いないのだ。
捕まれば終わり…あれだけいきり立った住民たちに捕まれば、何をされるか分かったモノじゃない。
だからこそ逃げる…必死になって追いかけてくる住民たちから。
全速力で駆ける…捕まるわけにはいかないのだとして、ひとまず身を隠せそうな森へと向かって一目散に。
…飛び交う怒号、迫り来る轟き。
殴り殺しにかかってきているような住民たちから。エサにかぶりつこうとしている記者たちから。本気で銃を撃つ気でいる警察官から。
捕まるわけには決していかない。追いつかれるわけには絶対にいかない。ただただその一心で、遊良達は限界を超えてもなおその足を更に回転させ森の方へと走り続け―
そして…
遊良と、鷹矢と、ルキと、砺波が。
地図上にて決闘市の境界線となっている、霊園を越えた先にある『森』に飛び込んだ…
その時だった―
―!
突如…
そう、森に飛び込んだその瞬間に―
ありえない程の轟音が霊園の方から轟いたかと思うと、あまりに規格外な逆光が遊良達の背側から放たれ始めたのだ―
…それは、『光』…天へと立ち昇る真っ赤な重光。
思わず反射的に振り返った遊良は見た…
天へと立ち昇る真っ赤な重光が、霊園と森の境目からまるで決闘市を取り囲むようにして…
…否、高台になっているこの霊園の丘からは、『ソレ』がはっきりと見えてしまった。
紛れもなく、決闘市をぐるりと取り囲むようにして…
立ち昇る光の境界線が、決闘市全域から放たれて居る光景を―
すると―
「ひぃっ!?な、なんだこれぇー!?」
「いっ、痛いぃぃぃぃぃい!焼けるぅぅぅう!」
「ひぎぃぃぃぃぃぃい!た、たすけてぇぇぇぇぇ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!溶けるぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっ!」
高台になっている森から眺める限り、およそ決闘市『全土』を覆ったその光の中で―
遊良も、鷹矢も、ルキも、砺波もはっきりと…
そう、振り返ったその目で、4人はハッキリと見てしまった。
住民が…記者達が…警察が…
立ち昇る赤い重光の中で、あまりに悲痛な声を上げて―
―うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
―助けてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
―痛いぃ!痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
―ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっ!
粒子となって、消えていくところを―
…
……
………
…絶句。
まさしく書いて字の如く、それは言葉には到底出来ない光景であった。
人が、溶けた…
立ち昇る赤い重光の中で、人間が光の粒子となりて霧散していく光景を目の当たりにして。遊良も、鷹矢も、ルキも、そして人間を超えた存在となった砺波 浜臣でさえも…
ありえない光景をその目に映してしまったことで、彼らの口は言葉を忘れてしまったかのようにしてただ呆然として開いたままで…
…時間にて10秒にも満たない時間。
そんな短い時間の中で、しかしあまりに長く感じた10秒あまりの中で。
ゆっくりと…赤い重光の境界線上の『外』にいた遊良達は、轟音を上げて立ち昇っていた赤い重光がその勢いを弱めながら徐々に消えていくのを何が起こったのかもわからずに…
ただただ立ち尽くして眺めているだけ…
…そして、決闘市全域から立ち昇っていた、決闘市全土を取り囲んでいた赤い重光が完全に消えたのと同時に。
「…え?」
「ぬぅ…」
「な、なんだ…今の…」
「…」
ルキも、鷹矢も、遊良も、砺波も。
決闘市全域から立ち昇っていた赤い重光が消えたと同時に、あまりに静まり返った決闘市をその目に映しながら…
…そう、自分達を追いかけてきていた住民たち、記者たち、警察たちが『服』や『装備』などを残して肉体が消えたその光景を見たと同時に。
決闘市全域から感じられていた、人の営みの音が完全に消えたあえりない『沈黙』をその目で見ながら…
「…消えた…決闘市から、人の気配が全て…」
「と、砺波先生、き、消えたって…」
砺波が思わず零した、その言葉の意味も誰も理解できずに…
ただただ、立ち尽くしてしまうのだった―
―…
次回、遊戯王Wings
ep105「現れたモノ」