遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
ep114「第3章プロローグー忘却の夢」
君が居た場所。君が居る場所。
もう、帰れない。
どこに帰るのかを、忘れてしまったから。
―…
漆黒の闇の中で、『誰か』が夢を見ていた。
何もない、何も思い出せない…経年的な記憶の劣化のせいか、それとも別の何かが原因なのかはそのモノにも分からないものの…
それでも、全てを忘れてしまった闇の中で。その『誰か』も、忘却に抗いながらどうにかつなぎ続けているソレに縋る思いを抱いてしまうのは、偏にその夢がその誰かにとってかけがえのないモノなのだという証明でもあるのだろう。
…繋ぎ止めているのは、忘れたくない『3人』の記憶。
そう、もう顔も、名前も、姿も、声も、何もかもを思い出せないほどに劣化してしまった断片的な記憶で…この誰かに、だって決して忘れたくない存在の記憶が、3つだけあった。
一人の少年と、一人の少女と…そして、一人の老人。
ソレが誰なのかは分からない。コレが誰なのかはもう思い出せない。
それでも、この漆黒の黒の中、全てが消え去っていく無限の闇の中で…忘却に抗い、神に抗い、いつまでも記憶に杭を打ち続け、消えさらないようにしているのは、最早意地とも呼べぬ執念にも似た何かなのだろうか。
…一体、どうしてこの3つの記憶を忘れないように抗っているのかすら、この夢の見ている誰かもまた長く生き過ぎたせいで忘れてしまったと言うのに。
そう、どうせ、目が覚めれば簡単に忘れてしまうと言うのに…
それでも、この夢の中でのみ会えるこの3つの記憶に会いに来てしまうのは、この夢を見ている誰かにおいても、この夢がその無意識の中における最も重要な部分となっているからに違いないはず。
気を抜けば、忘れてしまいそう…けど、忘れたくない。
一体いつぶりになるのだろう。起きている時には認知しない、深く眠っている時にしか認知出来ない無意識の中でのみ抗う事が出来るソレに数年振りに会いに来たからこそ…
まだ忘れていなかったこの夢を、この夢を見ている誰かはひどく懐かしく感じた共に…
…『自分』が、深く眠っていることを自覚してしまったからこそ。
いつ振りかも思い出せぬこの眠りから、無理矢理引き剥がされる感触を覚えてしまい―
―…
『…以上、興奮冷めやらぬチャンピオンズ・リーグの特集でした。では続いてのニュースです。シンクロ王者【白竜】が失踪し、シンクロ召喚の王座が空位となってから今日で2ヶ月。決闘界では未だ混乱が続いており…』
暗い部屋に静かに流れる、雑音のようなTVの声で釈迦堂 ランは目を覚ました。
机の上に肘をつき、ゆっくりとその両の瞼を持ち上げ…
その仕草はおよそ常日頃から【化物】らしい立ち振る舞いをしているランが見せるにはあまりにも人間染みた、彼女らしからぬ惚けた仕草とも思える代物ではあるのだが…しかし今この場においては、ソレを誰に見られるわけでもないのだから、自分という存在が眠っていたという珍しい現象に対し、【化物】と呼ばれる彼女はその覚醒しつつある意識の中で一体何を考えていると言うのだろう。
覚醒する直前に、何かの『夢』を見ていたような気もするものの…しかし覚醒と同時に泡沫の『夢』のことなど綺麗さっぱり忘れてしまったランからすれば、自分が夢を見ていたという感触を何やら物珍しく感じている様子でもあり…
「…フッ、珍しい事もあるものだ。この私が夢を見るとはな…まだそんな部分が残っていたとは。」
ポツリと呟かれたランの言葉は、薄暗い部屋の中でTVの雑音に掻き消されて消えていく。
彼女が何を考えているのか。彼女が何を感じているのか…
…果たして、『彼女』は一体『何』なのか。
ソレらの全てを知る者は今ここには居らず。それは彼女自身を含めて、『誰一人』としてここにいる漆黒の【化物】が『何』なのかを、知っている者は何一つとして存在していないのだ。
しかし…
そんな中でも唯一つだけ、分かっている事がある。
「さて…ではそろそろ始めるとしよう。新たな世界をここに創ろう…この世界を全て壊して。」
眠りから覚め、ゆっくりと立ち上がった漆黒の【化物】の意識があまりにも…
あまりにも冷たい眼で…
この世界へと、向けられていた―
物語は、この半年前から始まる―