遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep115「新たなる舞台へ」

 

 

 

天城 遊良は落ち零れだ。

 

 

 

少なくとも、そう言われていた頃が確かにあった。

 

 

 

この世界に生きる者ならば、誰だって持っているはずの『Ex適正』を世界でただ一人持っていないデュエリスト…

 

この世界でだた一人だけ、皆が出来て当たり前のこと、呼吸をすることと同義のことが、どう足掻いても出来ないそんな人間の底辺…

 

そんな意味で、そうした言葉で。天城 遊良という少年は世界中の誰からも口々に『こう』言われ続けていた。

 

 

 

―デュエリストの『出来損ない』…と。

 

 

 

『融合召喚』も『シンクロ召喚』も『エクシーズ召喚』も、そのどれもが出来ないというデュエリストの成り損ない。

 

いくらデュエリストの真似事をしていても、所詮はただの出来損ないと誰もが天城 遊良の事を蔑み…見下し、侮蔑し、侮辱し、誰もが天城 遊良のデュエルを認めようとはしなかった。

 

そう、Ex適正という、当然のように誰もが持っているソレを持っていない天城 遊良という人間はまるでそう言われ続けることが義務付けられているのだと言わんばかりに―

 

それほどまでに、この世界において天城 遊良という少年はずっと世界中から蔑まれ続けてきたのだ。

 

 

―しかし、ソレも最早『過去』のこと、

 

 

そう、天城 遊良が高等部に進学してからのこの『2年間』において、彼はとてもじゃないがデュエリストの出来損ないとは決して呼べないような『偉業』の数々を達成してきた。

 

それは大衆の言うような、デュエリストの出来損ないには決して達成出来ないような…

 

イカサマや八百長の入り込む隙など無い、誰にも有無を言わせぬ輝かしくも素晴らしい功績の数々。純然たるその力を、彼は決闘市のみならず全ての世界に見せ付けてみせたのだ。

 

 

1年時…決闘市にて行われた学生達の祭典、【決闘祭】にて、王者【黒翼】の孫を退け見事『優勝』を飾って見せた。

 

2年時…決闘市とデュエリア合同開催の祭典、【決島】にて、プロ顔負けの戦いを繰り広げ『準優勝』してみせた。

 

 

その戦いのどれもが彼の実力の高さを裏付ける代物となりて、全世界に己の存在を刻み込むほどの存在感を彼は見せ付けていたに違いないことだろう。

 

そしてその他にも、公にはなっていないが決闘市を襲った『異変』や…突然の指名手配から始まった、決闘市を揺るがす『事変』にも彼は自らの力で真実まで辿り着き。彼は、人知れず数多くの決闘市に住む人々を救って見せたこともあったのだが…

 

まぁ、ソレを知っている者は数少ないのだから、ソレは一先ず置いておいたとしても。

 

それでも、【決闘祭】の優勝や【決島】の準優勝以上に彼に対する下卑の声を黙らせたのは他でもない…それは彼の、『出自』に関係するその血筋にあるとも言えるだろうか。

 

 

…何せ近年になって明らかになった彼の血筋は、一般人からすれば信じられないような出自であったのだから。

 

 

ただ、『Ex適正』が無いだけ…それ以外に持つモノ、彼が勝ち取ったモノ、彼が積み上げてきたモノは紛れも無い本物。

 

紫魔本家の歴史の中でも歴代最高との呼び声の高き前【紫魔】、紫魔 憐造を伯父に持ち。幼少の頃には世界最強のエクシーズ使いと呼ばれる王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰の指導を受けているというだけでは飽き足らず…

 

まだ公には公表されてはいないものの、世界最強の【王者】達と『同格』とされる元プロデュエリスト『逆鱗』、劉玄斎を祖父に持ち、現在では元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣の直接の指導の下、学生とはとても思えないような実力を日に日に磨いているというのだから…

 

血筋、才能、実力、修練…彼が世界に見捨てられたあの日からおよそ10年、その10年で明らかになった天城 遊良というデュエリストの持つモノは、一体どれほどのモノとなっていると言うのだろう。

 

 

 

果たして…

 

 

 

彼が『ここまで』辿り着く為に繰り広げてきた数々の戦いは、一体どれほど苦行に満ちた道のりだったのか。

 

その全てはこれまで紡がれてきた物語に記してある通り。今までに紡がれてきた彼の軌跡は、そのどれもが壮絶なる戦いの果てであった事は最早語るにも及ばないと言えるのだろうが…

 

その中で彼は数々の敵と対峙し、それと同時に傷付き続けてもきた。けれどもその戦いを経て成長した天城 遊良という少年の事を、今の時点で『出来損ない』と呼ぶ者はもう世界にはほとんど居らず。

 

…そう、彼は証明し続けてきた。

 

『Ex適正』が無いことなど、何もハンデには成り得ないのだとして。

 

きっと、それでも彼の事を今でも『出来損ない』と呼ぶ者は少なからずいるはず。

 

…しかし、ソレ以上に。

 

今、現状、現時点においては。天城 遊良という少年の事を、きっと認めている者の方が世界には大半のはずで―

 

 

 

 

 

そんな、自らの手で勝ち取った己の存在を胸の内に仕舞い込み。

 

 

 

 

高等部3年生という、最上級学年へと進級を果たした決闘学園イースト校3年、天城 遊良は…

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり春だな。ちゃんと寝たのにあったかくて眠くなってくる。」

「ねー。授業中とか寝ないようにするの結構大変だよね。」

 

 

 

 

 

昨年よりもどこか大人びてきた顔つきで、桜も散り終え既に葉桜となったいつもの通学路を…

 

幼馴染である、高天ヶ原 ルキと共に歩き、登校していた。

 

 

 

「鷹矢はちゃんと起きれたのかなぁ。任命式、今日の朝からだったよね?」

「竜胆さんにも頼んであるし、一応さっきコールした時は起きて電話に出たから大丈夫だとは思うけど…でもどうだろうな。アイツの事だから二度寝してるかもしれない。…っていうか、あの声の調子だと絶対に二度寝してるだろうな、あのバカ。」

「プロの任命式って欠席も遅刻も絶対にダメなんでしょ?プロになったのに自覚ないんだから、もう。」

「砺波先生も心配してたよ、アイツがまた何か『やらかす』んじゃないかって。ここ最近、砺波先生もずっと胃痛そうにしてるし…昨日だって、綿貫さんにも『要注意するように』って何回も釘刺してた。」

「でもさー、鷹矢だよ?」

「鷹矢だもんなぁ…」

 

 

 

…誰にも絡まれることなく、学園へと続く桜並木を歩き続ける遊良とルキ。

 

体付きも顔つきも、入学したてから見ると随分と大人へと近づいた彼ら2人ではあるものの…

 

しかし体の成長以上に、入学したてから最も変化した事と言えば、それは会話を重ねる彼ら2人の足取りが昨年までとはまるで違う、随分と『軽いモノ』となっている事とも言えるだろうか。

 

そう、それは今こうして誰にも邪魔されることなく、そして誰の目も気にすることなく2人揃って登校できると言う事に遊良もルキもまた無意識ながらも喜びを感じているのだろう。

 

何しろ遊良にEx適正が無いという、ただソレだけの理由で去年、それに一昨年にはいつもこの時期にこの辺りで遊良は誰かから絡まれていたのだ。

 

1年生の時は同級生から、2年生の時は後輩からと…とにかく、遊良とルキが並んで歩く事を、快く思わない人間が昨年までは確かに存在していた。

 

けれども、遊良が高等部の『3年生』、つまり最高学年となった今年度においては。最早こんな早朝から、遊良に絡んで来ようとする輩はすっかりと居なくなった様子。

 

それは遊良とルキが幼馴染であるという認知を、2年かけて周囲が理解したのもあるのだろう。

 

そしてそれ以上に周囲が遊良とルキに対し何も言わなくなったのは、偏に遊良が一昨年の【決闘祭】の優勝者であると言う事に加え…去年の【決島】の準優勝者であるという、その実力を否応なしに周囲に見せ付けたからこその対応の変化とも言えるはずで。

 

 

…特に、遊良が通う決闘学園イースト校においてはそれが顕著に現れている。

 

 

そう、この学園に通う学生の誰もが暗黙の了解として知っている。

 

【決闘祭】に優勝し、【決島】に準優勝した、イースト校どころか世界的に見てもすでに学生の枠に収まっていない『天城 遊良』というデュエリストに対し…

 

『Ex適正が無いから』という、ただその程度の理由で上から目線で喧嘩を売る事は…自分の身の程を知らない、自分と相手の力量を測る事が出来ない『弱者』が行うこととされているのだから。

 

 

 

…遊良の高等部入学から2年。

 

 

 

もう、遊良とルキが並んで歩いていることに、とやかく言う輩はイースト校には存在しない。

 

 

 

それ故、もう誰にも邪魔されることなく。遊良とルキは、桜並木が栄えるイースト校への道のりを春の陽気と共に歩き続けるだけであり…

 

今この場に居ないもう一人の幼馴染…エクシーズ王者【黒翼】の孫として知られる、もう一人の学生の枠に収まらないイースト校の3年生である『天宮寺 鷹矢』は、本日はプロデュエリスト達が一同に介する『任命式』に出席するためこの場には居らず。

 

だからこそ、遊良とルキが口々に鷹矢の事を話しているのは、一人デュエリアの地に飛び任命式に出席する予定の鷹矢の身を案じているが故の…否、鷹矢が寝坊して他の人達に迷惑をかけないかと、別の意味で心配しているが故なのか。

 

 

 

そうして…

 

 

 

周囲に怪訝な目を向けられるわけでもなく、誰に何を言われるわけでもなく、ましてや鷹矢に直接的な迷惑をかけられる事もなく。

 

穏やかな気持ちで、通いなれたイースト校の校門を潜り。ルキと共に、遊良が校内の玄関へと入った…

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

―『天城 遊良、至急理事長室まで。』

 

 

 

「…え?」

 

 

 

いきなり…

 

そう、登校していきなり。

 

まるで、遊良が登校してきたのを監視でもしていたかのようなタイミングの良さで…イースト校内に、『ある人物』の声が全校放送となって鳴り響いたのだ。

 

…そして、その放送が切れたその刹那。

 

その、あまりに意外過ぎる人物の校内放送を聞いて…既に登校していた学生達の誰もが、普段は声も聞けないその『ある人物』の突然の放送にザワザワと混乱を呈し始めたではないか。

 

…当然だ。

 

何せ今の放送は、紛れもなく決闘学園イースト校理事長の…元シンクロ王者【白鯨】としても知られた、イースト校理事長を務める砺波 浜臣の声であったのだ。

 

理事長という立場から、普段は決して校内放送を使うはずも無いと言うのにも関わらず…その【白鯨】が、一体どうしてこんな朝っぱらから学生一人を名指しして理事長室に呼び出したのかなど学生達に分かるはずもないために、その意外すぎる人物の直接の校内放送に自分達の理事長をどれだけ伝説的な人物かを知っているイースト校の学生達はにわかにざわめき始めていて。

 

…そして、ソレは呼び出しを喰らった当の遊良本人からしてもそう。

 

 

 

「…理事長室?」

「遊良…なに怒られるような事したの?」

「何もしてないけど…」

 

 

 

いくら遊良が、理事長である砺波から直々に修業をつけてもらっている直属の教え子という立場にあるとは言え。

 

あくまでもここが『学校』であると言う事から、遊良も学務時間内は他の学生達と『同じ立ち位置』にあるはずだと言うのに…

 

そう、これまでも砺波から何か重要な連絡や通達を言われるときは、決まって遊良の

『修業』の時間に行われてきた。

 

それは1つの決闘学園を預かる立場にある砺波からの、他の学生達への配慮と言う点も勿論なのだが…しかしそれ以上に、遊良もまた学内においてはイースト校における学生の一人であるという、その当然のようで今まで当然ではなかった、Ex適正が無い所為でこれまで立つ事が出来なかった『普通』の立場に、遊良もようやく立たせてもらったという砺波からの計らいでもあったはず。

 

だからこそ、デュエルディスクでの業務連絡ではなく。こうした、理事長直々の校内放送による呼び出しは遊良からしても想定外中の想定外。他の学生達同様に、遊良にしたって登校早々に呼び出された理由など全く分からないのだから…

 

内履きに履き替えてもいない玄関先で、いくら呼び出されたその理由を考えたところで無駄だというコトは理解しているのだろうが…

 

 

 

「この前の修業のレポート出し忘れてたとか?あ、理事長先生に生意気な口聞いたとか。」

「いや鷹矢じゃないのに…ッ、まさか鷹矢がまた何かやったとか!?」

「嘘!?ちょ、遊良早く理事長先生とこ行って!鞄持っとくから!」

 

 

 

しかし、ほんの少しの思考の後に。

 

彼らにとって、呼び出されても当然かもしれない『最悪』の原因のひとつがふと頭を過ぎったのか。

 

あまりに突拍子もない理事長室への直々の呼び出し。ソレは言い換えれば、それだけただ事ではない事が起こったのかもしれないという恐れを想像するにはあまりに容易。

 

…自分は何もヘマをした覚えがない。昨日も、修業は通常通り終わりレポートだって不備なく提出し『可』を貰った。

 

そんな、自分には呼び出される覚えなど微塵もない遊良だからこそ―

 

いつも問題を起こす方…鷹矢が、プロの『任命式』で何かをやらかしてしまったのではないかという恐れが遊良の心に焦燥となりて襲い掛かる。

 

 

―それ故、遊良はすぐに内履きへと履き替えると。

 

 

同じクラスのルキに鞄を預け、すぐさま玄関から足早に廊下を駆け始め。理事長室のある最上階を目指して、一目散に階段を上り始めて。

 

 

…途中ですれ違う学生達からは、色々な視線を向けられもした。

 

 

遊良と同じ戸惑いの視線であったり、得体の知れない呼び出しに対する同情の視線であったり…中には、【白鯨】に名指しで呼び出される事に対する羨望の眼差しも混ざっていたことだろう。

 

けれども、『それどころ』ではない遊良はただただ必死に。そんなモノには一切構わず、足を止めずに走り続けるだけ。

 

 

 

…朝から全力で階段を駆け上がり、切れる息にかまう事も無く走り続ける遊良。

 

 

 

そして、校内放送がかかってから数分の後に。

 

『悪い予感』と共に階段を駆け上がった遊良は、決闘学園イースト校、中央校舎の最上階、最上階にある、普段なら学生は愚か平の職員すら近づくことを恐れるような場所にある理事長室の前で…

 

一呼吸置いて、立ち止まった。

 

 

 

「はぁ…はぁっ…」

 

 

 

一つ…二つ…

 

遊良は理事長室の厳かなる扉をノックする前に、荒い呼吸をひとまず整える。

 

それはここまで急いで走ってきた所為もあるのだろうが、しかしそれ以上に何やら衝撃に備えた心の準備をしているかのような…そう、ソレはいくら砺波からの火急の呼び出しとは言え、疲労困憊のままで更なる衝撃を受けたくないが故の防衛本能が成せる技なのだろう。

 

…鷹矢は何をやったのだろうか…正式なプロのスタートの場でまた何か『盛大』にやらかしてしまったのだろうか。

 

そんな、最早自分ではフォローしきれない場所に行ってしまった鷹矢への心配が遊良の心に襲い掛かるものの。それをしかと受け止める準備もまた必要になってくるという事をこれまでの経験で痛いほど遊良も分かっているために、理事長室に入る前に手早く遊良は深呼吸を繰り返し…

 

…そして、ほんの十数秒の後。

 

呼吸をどうにか落ち着けたのか、意を決したようにして遊良が荘厳な扉を3度ノックし―

 

 

 

「…入りなさい。」

「し、失礼します…」

 

 

 

理事長室の中から、イースト校理事長である砺波 浜臣の声が入室の許可を出したのと同時に。

 

遊良は、理事長室へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

「…来ましたか。」

 

 

 

重々しい空気の中、他に誰も居ない理事長室にて佇んでいたのは、遊良を呼び出した張本人。

 

それは昨年度の【決島】での『ある出来事』を境に、およそこの世にある言語では形容し難いとさえ言える雰囲気を纏い始めた一人の男であり…

 

その彼の持つモノをあえて例えるとするならば、この世の何よりも深い海の底の底…海淵からコチラを見ているかのような、そう言った人間らしからぬ【化物】のような雰囲気を纏っているとさえ思える、人の領域からは観測できない場所に棲んでいるような不思議な雰囲気を醸し出していると言えるだろうか。

 

 

そう、この決闘学園イースト校の理事長室にて遊良を待っていたのは他でもない。

 

 

かつては元シンクロ王者【白鯨】と呼ばれていた、歴戦に名を残す伝説のデュエリスト…

 

 

 

―決闘学園イースト校理事長、砺波 浜臣。

 

 

そんな砺波は、部屋へと入ってきた遊良の方へと振り向く事もせず。

 

理事長室の大窓から、カーテン越しに校庭の方を見続けたまま。ただそれだけの言葉を遊良へと零すと、外界から隔離された理事長室にほんの数瞬重々しい雰囲気が漂い始め…

 

 

…それは時間にして数秒あるかないか。

 

 

しかしあまりに重々しいために、その数瞬は呼び出された遊良にとっては果てしない時間にも思えたことだろう。

 

何しろ、砺波の雰囲気が雰囲気だ。

 

いくら遊良も日々の修業で砺波と接する機会が多いからとは言え、こうして改まって話をするとなると話は別。砺波の持つ、人間のモノとは到底思えない佇まいを前にしては…遊良でなくとも、誰であろうと遊良のように緊張が全身を包み込んでしまうはずで。

 

 

 

「あ、と、砺波先生!鷹矢の奴、任命式で何かやらかしましたか!?もしかしてまた遅刻したとか…」

「いえ、彼なら大人しく出席させ…しているそうです。まぁ、開会ギリギリまで寝ていたようですが、今は一先ず大人しく出席しています。」

「そ、そうですか…」

 

 

 

だからこそ、そんな空気感に遊良が耐え切れずにそう言葉を発してしまったのも当然と言えば当然だろう。

 

けれども、そんな遊良の予想に反し…

 

背を向けたままの砺波から帰ってきた言葉は、どこか遊良の焦りを空振りさせるような言葉であった。

 

…では、砺波は一体『何の用』でわざわざ朝から遊良を校内放送で直々に名指しで呼び出したりしたのだろうか。

 

予想を外され拍子抜けしている遊良の表情から分かるとおり、遊良にとって最悪とも思える鷹矢の『やらかし』は無いと砺波は言った。それ以外に砺波を怒らせるような事をした覚えなどない遊良からすれば、ではどうして自分が呼ばれたのが分からなくなっていると言っても過言ではなく…

 

 

…再び、ほんの数瞬の重々しい静寂が理事長室を支配する。

 

 

その間も砺波は何を考えているのだろうか、遊良に背を向け窓の外をカーテン越しに眺めているだけであり…

 

一秒…また一秒と時間が過ぎる度に早くなる遊良の心臓の鼓動は、砺波に何をいわれるか分かったモノではない緊張から来る逸りでもあるのだろう。

 

 

 

そして…

 

 

 

いつまでこの緊張感が空気を張り詰めるのだろうかと、遊良が思ったその刹那。

 

ゆっくりと…

 

砺波は、朝日を背に遊良の方へと振り向きつつ。ようやく遊良と視線を合わせながら、何やら真剣な面持ちで…

 

再び、遊良へと向かってその口を開き始めた。

 

 

 

「さて、登校早々に君を直々に呼び出したのは他でもありません…天城君、近々開催される『世界最大のイベント』について、君は何を感じていますか?」

「…え?えっと…」

 

 

 

こちら側を向いた砺波の表情は、先ほどまでの重々しい【化物】のような雰囲気から一転。いつもの、修業で相対する砺波のモノとなっていて。

 

…そのいきなりの変化には、流石の遊良も思わず戸惑いを抱いてしまうのか。

 

けれども、砺波の雰囲気の変化に戸惑いを感じてばかりもいられない。一瞬だけ戸惑いを感じてしまったものの、すぐに遊良は砺波からの問いに対し思考を巡らせ始めるだけであり…

 

 

砺波は言った…『近々』開催される、『世界最大のイベント』…と。

 

 

今はまだ新学期、新年度が始まって1ヶ月も経っていない春の最中。

 

無論、年末に行われる【決闘祭】はまだまだ先の話だし、文化祭や体育祭といった各学園規模で行われる小さなイベントは砺波のいう世界最大のイベントとは程遠いと言えるはずで…昨年度の【決島】ような、他国の学園との大々的な合同祭典の話だって、今年は全く出てきてすらいないはず。

 

また、砺波の口ぶりから察するに、ソレは既に世間的にも周知の事実であるのだろう。だからこそ、昨年度に聞かされた【決島】のように、まだ一般に公表されていないようなイベントの事では断じてないと言うのは遊良にだって容易に想像がつく事でもあるのか。

 

…それ故、遊良はソレ以外に思いつくイベントをその記憶の中から探し出す。

 

最近話題になったこと…ソレこそ世界最大規模のイベントであるならば、ニュースにだってなっている様な…

 

そんな、『世界最大のイベント』と言われてその他に遊良が思い当たる節といえば唯一つ。

 

そう、本来ならば昨年度に開催予定だった、プロのトップランカーたちによるプロデュエリストの祭典。

 

その、4年に一度開催される、『チャンピオンズ・リーグ』が…

 

運営を行う【決闘世界】の諸事情によって、今年度に『開催延期』を発表していて―

 

 

 

「…それって…『チャンピオンズ・リーグ』の事…ですか?」

「そうです。では、その『チャンピオンズ・リーグ』について君が知っている事を述べて下さい。」

「は、はい…4年に一度開催されるプロの祭典で、優勝者は【王者】への指名挑戦権を得る事が出来る歴史ある大会です。出場者は12名と決められていて、世界ランクの上位順に出場資格を得る事ができ…」

 

 

 

 

しかし、砺波の意図が全く分からない遊良を他所に。砺波は、更に遊良へと問いを投げかけるだけではないか。

 

…遊良が説明するまでもなく、チャンピオンズ・リーグの事ならば元プロデュエリストどころか元シンクロ王者【白鯨】と呼ばれていた砺波が誰よりも詳しいはず。

 

何しろ、長きに渡り決闘界の頂点に立っていた程のデュエリスト。現場を知り尽くし、最前線で戦い続けていた、歴代最強のシンクロ王者とも言われていた砺波にとっては『チャンピオンズ・リーグ』の見解1つとっても、遊良のうろ覚え程度の知見よりも相当深い理解を持っているはずなのだ。

 

…そうだと言うのに、砺波は一体何を思い遊良にこのような事を聞いているのか。

 

4年に一度開催されるだとか、12名のトッププロが出場資格を得るだとか…

 

そんな、『誰』だって知っているような当たり前の事しか知らない遊良の話を、ただただ砺波は聞いているだけで…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「では、近年の『チャンピオンズ・リーグ』の優勝者は分かりますか?」

「はい。前回、前々回が現2位の『雷獣』の鳴神プロ…その前が【白竜】の新堂さん…その前は…24年間、『逆鱗』が6度の優勝を続けていました。」

「そうです。そして新堂君が出場したのは、彼がまだサウス校の3年生の時でした。プロに内定していたとは言え、まだプロではない学生が『チャンピオンズ・リーグ』に出場すると発表された時は大きな騒動にもなっていました。懐かしいものです。さて………天城君。ここまで話してきて…何か、気付く事はありませんか?」

「え?き、気付く事…」

「…君はさきほど言いましたね?『チャンピオンズ・リーグ』の出場選手は、『12名』と決められている、と。」

「はい…」

 

 

 

 

先ほどから、何か含みがあるような態度と言葉を零し続けるイースト校理事長、砺波 浜臣。

 

何やら不敵な笑みを浮かべている砺波の表情はどこまでも怪しく…

 

いや、怪しいと言えば語弊が生まれるものの、しかしその顔からはいつも厳格な砺波にしては珍しく、何かの『企み』すら感じさせられるモノとなりて遊良の目へと映っているのか。

 

…そして、ソレは表情だけでは断じてない。

 

普段から砺波の下について修業をつけてもらっている遊良には覚えがある…こうして、砺波が質問攻めしてくるときは、決まって遊良に自分で『何か』に気付かせたがっていると言うことを。

 

だからこそ―

 

 

 

 

 

「え?あの、砺波先生…も、もしかして…」

「フッ、察しのいい教え子で助かります。そう…今朝、【決闘世界】から通達が届きました。兼ねてから打診していた甲斐があったと言うものです。」

 

 

 

そう…砺波にここまで言われて、遊良は気がついた…いや、気付かざるを得なかった。

 

…それは本来ならば、思考の選択肢にすら入らないような想像…いや、妄想。

 

誰だって子どもの頃に一度は妄想するような、現実的には到底ありえない事。『チャンピオンズ・リーグ』をどこか遠い世界の出来事だと捉えていた、ある意味学生らしいと言えば学生らしい遊良が、そんな事は『ありえない』とまた考えてしまっていたが故の気付きの遅れ。

 

…だから、遊良も中々ソレに気付けなかった。

 

最初から、『そんなわけがない』と無意識に選択肢から外していたから。

 

けれども、砺波がここまで勿体ぶって遊良に気付かせようとしていたと言う事は…つまりは、『そういう事』に違いないのだろう。

 

 

 

…ここまで砺波に言われて、遊良は気付かざるを得なかった。

 

 

 

『12名』が出場予定のチャンピオンズ・リーグの出場選手のうち…現在発表されているのが、まだ『11名』だと言う事に。

 

そして、ソレをわざわざ砺波がここまで勿体ぶって『仄めかす』と言う事はもしかして―

 

 

 

 

「天城 遊良、我が教え子よ。君を…」

 

 

 

そのまま、砺波は言葉を選ぶように。

 

そして、ソレをまだ信じ切れていない遊良へと向かって…

 

不敵な笑みを崩さぬまま、ゆっくりと一呼吸置いて―

 

 

 

 

 

 

 

 

「君を、『チャンピオンズ・リーグ』に出場させます。」

 

 

 

 

 

 

 

…と言う、とんでもない事を言い放つのだった―

 

 

 

 

 

 

 









次話、ep116「チャンピオンズ・リーグ」

明日更新です。


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