遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
大歓声の中、アナウンスと共に入場した遊良と蒼人は、デュエルスタジアムの両端から上がると、その戦いの時を待っていた。
しかし、遊良の表情は微かに暗く、必死に気持ちを切り替えようとしている様子。敵意を持たない相手との戦いなど初めての経験だろうし、先ほど控室で紫魔 ヒイラギに言われたセリフが頭に残っていたのだろう、どこか苦々しい表情にも見える。
「あれ…ねぇ鷹矢、なんだか遊良の様子変じゃない?」
そんな中、誰もが気づかぬ中で、遠目からでもその様子を感じ取れるのはやはり幼馴染か。ルキは、遊良がいつもとデュエルに臨む姿がどこか違うことを見て、自分の待機場所から逃げてきた鷹矢へと問いかけた。
聞かれた鷹矢はと言えば、未だ始まらぬデュエルにどこか眠たそうにしていたのだが、ルキに促されるままに遊良の方を見る。
「…む?…あぁそうだな。集中していないようだ。」
「何かあったのかも…。」
「問題ないだろう。どうせ始まってしまえばどうとでもなる。」
「そんな無責任な。…遊良なら大丈夫だと思うけど…でもあの先輩もシンクロクラスのトップだし、みんな先輩の応援してるしさ…」
そう、周囲の雰囲気は、蒼人の勝利を疑わない空気。鳴り響く声援は全て蒼人の名を呼び、一言も遊良の名前は聞こえない。その他の1年生の視線は忌々し気に遊良に突き刺さり、上級生に至っては遊良を見てすらいないのだから。
だが、こんな中で戦わされるのもよほどのプレッシャーとなるものの、元々遊良はそんなアウェーな空気には慣れているはず。それなのに、あんな表情になっている遊良が、ルキにはどうしても気になってしまうのだろう。相手があの泉 蒼人だということも相まって、遊良の身を案じてしまう。
しかし、それを聞いてもなお、鷹矢はまるでつまらなさそうに言った。
「下らん。そんなことで負けるようなら、遊良も所詮そこまでだ。ジジイ共々、さっさと引退でも退学でもすればいい。」
「そこまでって!何もそんな言い方すること…」
「ぬるい。遊良がこんなことで気を抜くような奴なら、俺が戦う価値もない。それが例え、敵意を持たない相手だとしてもだ。」
「え?それってどういう…」
「そんなデュエルなら、見せられるこっちも退屈だ。」
「ちょ、どこ行くの?」
生まれてからのほとんどの時間を共に過ごしてきただけあって、きっと鷹矢の見ている遊良の姿は他の誰とも違うのだろう。およそ、遊良本人が悩んでいることも、鷹矢は理解できていると言わんばかりに、まるで遊良の心苦しさを感じ取っているかのようにしてはいる鷹矢だったが、それを踏まえてもなお、とても退屈そうに、そしてとても下らなさそうにして鷹矢は席を立った。
それをルキが止めに入るが、まるで意に介さずに鷹矢は立ち去ろうとする。
「トイレだ。こんな結果が見えているデュエルを見たって意味がないだろう。」
「どういう意味なの…あぁもう!鷹矢のバカ!」
そう言って、勝手にどこかへと行ってしまう幼馴染の一人にも憤慨を覚えるものの、かといって心配を切ることが出来ないルキはその場に留まってデュエルを見守しかない。やがて観客席の照明が落ちると、一際歓声が大きく上がってデュエルスタジアムだけが照らし出された。
『それでは始めましょう!3年生、泉 蒼人VS、1年生、天城 遊良!3年生が圧倒するのか、1年生が必死に食らいつくのか!?一回戦を突破するのは果たしてどちらか!?』
アナウンスがそういうものの、その言い方はまるで蒼人が勝つと決まっているかのような口ぶりであったし、何より会場の雰囲気がそう告げている。直接視線を突き刺されている遊良からしたら、そんな空気の中でデュエルすること自体は予想通りであったためにどうでもよかったが、しかし蒼人が苦手な相手であることには変わりない。
そんな中でも、一呼吸を深く吐ききってゆっくりとデュエルディスクを展開すると、先ほどまで心にあったモヤモヤも晴れてきて、嫌でも目の前の相手に集中せざるを得ないことに安心する遊良。何があってもデュエリストである限り、目の前のデュエルが一番大事なのだ、と。
デッキがオートシャッフルされて目の前の蒼人へと向き合うと、デュエルの準備がすべて整った。
「泉先輩、よろしくおねがいします。」
始まる直前に、蒼人に向かって礼をする遊良。これは決闘祭の代表を決める戦いの始まり。いくら観客が遊良の敗北を望んで疑わなくても、いくら蒼人が苦手な相手なのだとしても、それでも敬意を持たないわけにはいかないのだから。
こんな自分に、偏見も敵意も持たずに普通に話しかけてきてくれたことも、周囲の期待を裏切らずに、かつ正々堂々と戦う精神も、先輩として尊敬できないわけがない。
無論、遊良とて師との約束がある。ここで負けるつもりは端から無いが、だからと言ってこのデュエルを無粋な物にはしたくなかったのだろう。大舞台でも、自分とのデュエルを楽しみと言ってくれた蒼人への、精一杯の意趣返し。今まで行ってきたデュエルで、ここまで思えた相手も他には居ない、そのことも含めて。
しかし、当の蒼人はといえば、無言でデュエルディスクを展開したかと思えば、その表情を下げて、顔を見せないようにしているようにも見える。
「…先輩?」
屋上で会ったそのときも、始まる前の入場時も、けっしてその爽やかな顔を俯かせずに凛としていた彼の様子が、どうにもおかしいと感じたのだろうか。
遠目からというもの相まって、大いに盛り上がっている観客は全くその様子に気付いた感じもないが。ここまで近くで見ている遊良だけが気付いたのだろう。当たって欲しくも無い嫌な予感が頭を過ぎる。
やがて蒼人が顔を上げるが、それはある意味、遊良にとっては残酷な現実で。
「…ッ!?」
―周囲から浴びる敵意よりも、もっと鋭い敵意が、遊良へと突き刺さった。
「ギャハッ!ウるさいんだヨ、落ち零レの分際デ!」
爽やかな顔を歪ませて、悪意を剥き出しにして話すその姿はどう見ても普通ではない。屋上で話した時だって、先ほど会場で話した時だって、蒼人には少しの敵意も無かったというのに、今は殺気を駄々漏れにして、今にも襲い掛かってきそう。
そして、蒼人から発せられる巨大な敵意に晒されていることに、まるでショックでも受けたというのだろうか。その姿を理解できずに、立ち尽くしてしまうだけの遊良。
「これからやるのハ『僕ガ』楽しいデュエルなんだかラ、お前は派手に負けてレヨ?ギャハハハッ!」
「泉先輩!?」
「話しかけるんじゃねーヨ、この落ち零レ!ちょっと優しクしてやっただけで勘違イしやがっテ。うざったイんだヨ!」
噂で聞いた穏やかな姿は、自分と話した誠実な姿は、彼の演じた虚像だとでもいうのだろうか。無意識とはいえ、初めて幼馴染以外で気を許せる相手が出来たかもしれないという期待もあったのだろうか、まるで裏切られたような感覚が自分にあったことに驚きを感じつつも、遊良は蒼人を見ていた。
幸か不幸か、蒼人の言葉は大歓声に包まれて、インカムでつながれた回線越しの遊良にしか届いていないし、モニターも無いことからその表情も遊良にしか見えていないようだ。対戦相手へプレイングが伝わらなかったら困るとのことでの配慮なのだが、それがまさかこんなところで役に立つとは。
もしも、こんな蒼人をファンクラブの女生徒たちが見れば卒倒では済まない事態になることは必至。彼が築き上げてきたモノが一瞬で崩壊してしまうことになるのだから。
「一体、どうしたって言うんですか!?」
しかし蒼人が、ただ単に遊良を陥れるためだけにそんな手を打つとは考えにくいし、なにより遊良自身はそう言われることに慣れている。
確かに、遊良の中にはなぜか裏切られたかのような感情が沸き上がったことに驚いてはいるものの、多少交流があった程度で相手に気を許すことはまずないし、むしろ蒼人に敵意が無くて苦手だと感じていたくらいなのだ。実力的にも相当な強者である蒼人が、学園での立場もあるのに、こんなイースト校でも落ち零れ扱いの1年生に対してする作戦とは到底思えないのだろう。
それに、もし本格的に騙して陥れたいのなら、それこそ何ヶ月もかけて親友レベルにまで交流を深めないと遊良に本格的なダメージはない。鷹矢あたりがそんなことをすれば、間違いなく命を絶つことを考えるが、今本性を現すにしてはタイミングが悪すぎるとすら感じる遊良。
そんな禍々しい顔をした蒼人はしきりに笑いを漏らした後に、まるで何かが込みあがってきたようにして咳き込んだ。
「ギャハッ、ゲフッ…。」
「ッ!?」
そして、不意に蒼人の口から漏れ出たものを見て、遊良は驚きと共にそれを思い出す。普通、あんな黒い靄は人間の体内組織では作られないし、もし出てきたのなら、それは明らかに異常そのもの。
それに、忘れることなどない。少量ではあったが確かに蒼人の口から漏れ出たソレは、遊良にとっては命を奪われかけた時にも目の当たりにしたものなのだから。
「な、なんで先輩がアレを!?」
―間違うことのない。あのルード地区でも見た黒い靄。
遊良とて、ルード地区で戦ったあの【ヴェルズ】を使ってきた敵に関して、『勝てたからよかった』で済ませていたわけでは無い。ずっとあれから考えていた。確かに気性が荒いルードの人間と比べても、あまりにも様子のおかしかったあの敵。
考えられることとして、倒した後に敵の中から噴出したソレが『ああなった』原因であることはきっと間違いないことだろう。しかし、遠く離れたルードで見たそれが目の前の蒼人にまであるというのだから、遊良のその驚きはきっと大きいはずだ。
しかし、ルードの敵は言葉など通じず完全に意識など無さそうであったのに対し、蒼人の意識はしっかりあって会話も成立している。一体その差は何なのだろうか、必死に考えては見ても、急に起こった蒼人の豹変もあって思考が定まらない遊良。
「うるさいヨ。さっさト始めヨウ。」
「くっ…仕方ない…」
それでも、ただ一つはっきりしていることはある。…そう、デュエルで勝てばいいのだ。ルードの敵の時も、デュエルで負かした途端に敵からあの黒い靄は抜け出して、そして顔つきも穏やかなものに戻っていた。
だったら早く蒼人を倒して、原因と思わしきソレを噴出させるしかない。そうして考えをまとめた遊良は、さわやかな顔を歪めた蒼人に向かい合って、自身のデュエルディスクを展開した。
それを確認したのか、実況席にいるスタッフが、二人のデュエルディスクがデュエルモードに切り替わったのと同時に言った。
『さぁ!それでは始めましょう!代表決定戦、第一試合!スタートォ!』
―デュエル!
そうして、始まる。先攻は3年、泉 蒼人。
「先攻!僕ハカードを3枚伏セ、【おろかな埋葬】ヲ発動!デッキから【ヘルウェイ・パトロール】ヲ墓地へ送ッテ、その効果ヲすぐニ発動!こいつヲ除外しテ、手札ノ【インフェルニティ・デーモン】ヲ特殊召喚!」
「なっ、インフェルニティ!?」
【インフェルニティ・デーモン】レベル4
ATK/1800 DEF/1200
開始早々に蒼人が召喚したモンスターは、煉獄に潜む悪魔の一体。禍々しいその姿は、不気味な見た目と不穏な雰囲気によって、見ている者に身震いすら感じさせることだろう。
しかし、遊良が驚いたのはそんなことではない。それに遊良だけでなく、離れた観客席で見ている学生達も、蒼人を知る教員達ですら驚愕の声が多発する。
「え、嘘!?何で蒼人先輩デッキ変えちゃってるの!?」
「泉君、いつもの【ナチュル】じゃ…ない?」
「一体どうしたんだ、蒼人の奴…」
そう、彼が愛用しているのは、ナチュルの森に住む可愛らしい見た目が特徴の【ナチュル】モンスター達。昨年の決闘祭でも、今までの授業でも、そして先の学年代表戦でも彼はずっとその【ナチュル】の仲間達と戦い抜いてきて、もはや彼の代名詞とまでなっているというのに。今、彼の場にいるのは似ても似つかぬ禍々しい悪魔。
遊良とて、蒼人と屋上で話した後に彼の今までのデュエルの記録や、去年の決闘祭の録画を見て研究はしていた。無論、蒼人だけでなく他の学年代表者の記録ももちろん見て対策を考えだが、それでも蒼人のナチュルデッキの実力が確かに群を抜いていた印象を受けたのは確かだ。
デッキが彼に答えるように自由自在にカードを操り、そしてその仲間達と楽しそうに戦う蒼人のデュエルに、思わず見入ってしまった事は遊良も否定できないだろう。
その印象もあってか、突然のデッキ変更と彼らしくないモンスターの登場に、戦っている遊良自身も、そして見ている他の生徒達からの声援も段々不可解な声質へと変わっていくのだが、それを気にしていないかのように蒼人はさらにターンを続けた。
「【インフェルニティ・デーモン】ノ効果発動!手札0デ特殊召喚された時、デッキから【インフェルニティ】カード1枚ヲ手札ニ加えル!僕ガ加えるのハ【インフェルニティ・ビートル】!そのまま【インフェルニティ・ビートル】ヲ通常召喚!」
【インフェルニティ・ビートル】レベル2
ATK/1200 DEF/0
そんな空気になっても我感ぜず、お構いなしに手を休めない蒼人の場。早々に蒼人の手札が0枚になるものの、普通ならばこんなに早く手札を使い切ることは好ましくないだろう。何せ、手札は多ければ多いほどアドバンテージとなり、それだけ行動の可能性が多くなっていくのだ。
だが、ことインフェルニティにおいてはそんな常識は通用しない。プロでもインフェルニティを操るデュエリストは居るが、そのプレイングの特異さは誰もが知っていること。
―その真価が手札0枚というリスクを負って初めて発揮されることは、あまりにも有名なことなのだから。
「ビートルの効果ヲ発動!手札0ノ時、自身をリリースすることデ、デッキから【インフェルニティ・ビートル】2体ヲ特殊召喚すル!」
【インフェルニティ・ビートル】レベル2
ATK/1200 DEF/0
【インフェルニティ・ビートル】レベル2
ATK/1200 DEF/0
手札が無いのに、次々に場を埋めて効果を使っていく蒼人。手札0というリスクに見合う強力な効果を駆り敵を圧倒するつもりなのだろう。すでにシンクロ召喚に必要なモンスターは揃い、後はそれを行うだけ。
そして、いつもの彼とは違うデッキではあるものの、それでも強力な効果を次々に使っていく蒼人の姿に、観客席の学生達の声援もぶり返してきていた。それはまるで、何においても蒼人を肯定するようで。
「そうか!蒼人の奴、研究してきている1年生の意表を突いたんだな!アイツは本気で勝ちに行ってるんだ!」
「マジかよ!?泉の奴、そこまでして決闘祭に賭けていたのか…」
「空気読めよ1年ボウズー!」
「泉先輩、これが最後の決闘祭だもんね…ガンバレー!泉センパーイ!」
「絶対にそんな奴に負けないでー蒼人先輩!1年を調子に乗らすなー!」
「落ち零れなんかぶっ飛ばせー!」
「可愛いナチュルも見たかったけど、でもこれが蒼人先輩の本気なのね!」
「蒼人センパーイ!そんな雑魚早くやっつけちゃってー!」
「泉センパーイ!そんなクズ野郎なんか早く蹴散らせー!」
どこで誰が言ったのだろうか、蒼人のデッキチェンジが彼の本気と覚悟なのだと、周囲は勝手に思い込む。
しかし、勝手な勘違いでの解釈なのだとしても、一度火が付いた応援は留まることを知らない。あっという間に周囲に広がり、蒼人にとっては最後の決闘祭を賭けた戦いということも相まって、その声援はまるで地響きのように会場を揺らしていた。
「な…なにこれ…いくらなんでも皆遊良のこと見てなさすぎじゃ…」
この場にいるほとんどの学生が蒼人の勝ちを信じて止まない。その目に写るのは蒼人だけであり、遊良の扱いはまるで学園のヒーローに立ち塞がる雑魚キャラのよう。誰もが遊良の負けを願い、最後の決闘祭に望む3年生の勝利こそが正義なのだと、そういわんばかりに。
そんな渦中にいるルキの耳にはその騒ぎが痛く響き、その中心に立っている遊良のことを思うと胸が痛くなりそうにもなるのだろう、好き勝手に騒ぐ他の生徒達の騒音に困惑の表情をしていた。
しかし、遊良がどれだけ頑張ってきたのかなど、他の生徒達は何も知らない。
―1年生の心の中には、調子に乗り暴れまわって、自分達から決闘祭を奪ったクズ。
―2年生の心の中には、自分の立場をわきまえずに、調子に乗る場違いな落ち零れ。
―3年生の心の中には、自分達の代表に楯突く、空気の読めない迷惑甚だしい1年。
きっと、そうにしか写らないのだろう。それを聞いた蒼人も、周囲の人間には声が届かないのを良い事に、普段の彼からは想像もつかない下品な笑い声と表情で、インカムでつながれた遊良を煽り始める。
「キャハ!良い様だナ落ち零レ!」
「泉先輩…」
「気易く呼ぶンじゃネーヨ!僕ノ事ヲ何にモ知らなイ癖二!少シ声かけてやっタだけデ仲の良イ後輩気取りカ?…聞けヨ、誰モお前ノ応援なんテしないんダゼ?キャハハ、普段からチョット良い顔してるだけデこの扱イなんだかラ、馬鹿共ハ扱いやすくテ楽ダヨネ!!お前みたいナ出来損なイには出来ない芸当ダロ?」
「自分を応援してくれている人をそんな風に…」
別に、遊良にとってこの声援が羨ましいわけではない。今まで散々貶されてきたのだ、むしろ応援の声が多くなれば逆に困惑してしまうことあろう。しかし、それでも応援してくれる人がいる分、心強くなれることを遊良も知っている。遊良にとって、鷹矢とルキ、この二人が自分の味方でいてくれることが、何よりも心強いのだから。
しかし、声援を向けられているというのに、それすら見下して笑い捨てる蒼人の表情は、前に会った時と比べて明らかに異常そのもの。その時感じた、彼の裏表ない真っ直ぐな言葉からは想像もつかない程の悪意。
「キャハッ!何が『応援してくれる人』ダ!男ハ全員僕ヲ崇めてロ!女ハ全員ケツ差し出せば良イ!それだけデいいんだヨ!」
そのあまりに下品で、横暴で、凶悪な思想。
もし、彼がここまでの悪意を隠し持っていたとして、それを悪意に敏感な遊良が気づけなかったのだとしたら、それは相当な演技力を持った人間となる。遊良自身、そんな人種など見たこともないというのに。
しかし、周囲の歓声にかき消されて聞こえないことを良い事に、蒼人は好き放題言い放ち、その悪意のままターンを続けた。
「レベル4ノ【インフェルニティ・デーモン】二、レベル2ノ【インフェルニティ・ビートル】をチューニング!シンクロ召喚、レベル6【天狼王 ブルー・セイリオス】!続いテレベル6の【天狼王 ブルー・セイリオス】二、レベル2ノ【インフェルニティ・ビートル】をチューニング!」
連続的にシンクロ召喚を行おうとする蒼人。応援してくれている観客も、目の前の遊良でさえも、今の彼にとってはどうでもいいのか。自分の悪意の感情に任せて、蒼人の悪意に染まった悪魔たちはTVなどで見るプロのモンスターたちよりも禍々しく見えるものの、煉獄からソレを呼び出さんとしている蒼人の姿のほうがそれ以上に禍々しく遊良には見えてしまっている。
しかし、それすら今の彼には関係ないのだろう。遊良にどう思われようが知ったことではないと言わんばかりに、高らかに宣言するのだから。
「煉獄ノ底ヨリ飛ビ立テ鬼ヨ!シンクロ召喚!レベル8【煉獄龍 オーガ・ドラグーン】!」
―!
そうして、召喚されしは天国と地獄の狭間、無へと誘う焔が世界の全てという、まさに煉獄に住む鬼の龍。無論、このドラゴンも手札0という特異な状態でのみ発揮される力を持っているのだが、その効果はあまりにも凶悪そのもの。
ありあまる暴力的なステータスとも相まって、遊良を忌々し気にその目に写していた。
【煉獄龍 オーガ・ドラグーン】レベル8
ATK/3000 DEF/3000
「くっ…いきなり煉獄龍だって…?」
「キャハハ!僕ハこれでターンエンド!サァ、精々足掻いテ見せロ、コノ落ちこぼレ野郎!」
蒼人 LP:4000
手札:5→0枚
場:【煉獄龍 オーガ・ドラグーン】
伏せ:3枚
「お、俺のターン…ドロー…」
そうして大型モンスターを従えた蒼人がターンを終えて、手番が遊良に移った。しかし、こんな自分にも敵意無く接してくれた泉 蒼人への苦手意識、そしてそんな彼の突然の変貌が遊良の思考を鈍らせる。周囲が発する、耳を劈くような蒼人への大歓声…遊良にとっては大ブーイングが、ビリビリと振動して体の中を揺らすような感覚の気持ち悪さも相まって。
そんな遊良の心情を、まさか堕天使達も察しているのだろうか。その遊良の初手は、戦う意思の弱い主に仕える気など無いと言わんばかりに、あの煉獄龍を突破出来そうではなさそうだったのだから。
(…どうする?オーガ・ドラグーンに止められても、ここは一気に展開して早く突破しないと…何も出来ずに負ける。)
手札と、歓声にかき消されそうな思考を必死になって繋ぎ止め、遊良は必至に考える。蒼人の3枚の伏せカードと、手札0の時に魔法や罠を吹き飛ばすあの煉獄龍に対して、今の手札で出来ることと言えば…
「…やるしかない!俺は魔法カード【堕天使の追放】を発動する!」
「無駄ダ!【煉獄龍 オーガ・ドラグーン】ノ効果発動!手札0ノ時、【堕天使の追放】ノ発動ヲ無効にしテ破壊すル!」
デッキから好きな堕天使を手札に加えられる万能サーチ。いくら悪い手札でも、それで無理やり回ることは出来たのだが、しかしそれを許してくれるほど蒼人は甘くない。それは遊良とて想像の範囲内。これを簡単に許してしまっては、何のために煉獄龍を出したのか分からないだろう。
遊良とて、それを止められることなど分かっていた…いや、わざと止めさせにいったのだ。これで、次のカードが使えることに繋がるのだから。
「よし、続いて【トレード・イン】発動!レベル8、【堕天使ゼラート】を捨てて2枚ドロー!さらに手札の【堕天使アムドゥシアス】の効果!【背徳の堕天使】と共に捨ててゼラートを手札に戻す!…【闇の誘惑】を発動し、2枚ドローして【堕天使アスモディウス】を除外!」
流れるようにデッキを回転させていく遊良。ドロー多用戦術の恩恵か、多少初手が悪くても無理やりに言うことは聞かせられるのだ。自分とて負けられない、戦意に迷いが生じても、戦いをやめるわけにはいかないのだと言わんばかりに。
「【堕天使の戒壇】を発動だ!墓地の【堕天使アムドゥシアス】を守備表示で特殊召喚し、効果発動!俺は1000LPを払って、墓地の【背徳の堕天使】の…」
「馬鹿ガ!そんナ好キ勝手二やらせるかヨ!速攻魔法発動!【禁じられた聖杯】!【堕天使アムドゥシアス】ノ効果ヲ無効二!」
「…くそっ!」
遊良 LP:4000→3000
「見たかよ!天城の奴、無駄にLP1000も失ったぜ?」
「下手くそぉ!無様なんだよ落ちこぼれがぁ!さっさと負けちまえ!」
そう言ってくるのは一体誰の声だろうか。しかし、あまりに多くのこういった野次が飛んでくるのは仕方ない事であり、誰が言ったのかなど遊良にとってはどうでもいい事ではあるのだが、自分の行動の一つ一つに対して貶されるのは彼にとっても正直言ってやりにくいことだろう。3枚も伏せカードがあるのだから、止められるとは思っていたのだろうが。
遊良にとってこのくらいの妨害も想像済みで、できればこのターンで突破したかったのだろうが、観客の声はそんなことなどお構いなしに遊良の負けだけを願っているよう。
そんな中でも、次にかけてターンを終えようとする遊良。
「俺はカードを1枚伏せてターンエンド。」
遊良 LP:4000→3000
手札:6→2枚
場:【堕天使アムドゥシアス】
伏せ:1枚
「僕ノターン、ドロー!」
そして、再び蒼人にターンが移った。先ほど無様にLPを無駄に消費した、あの場違いな落ち零れをこのターンで終わらせて欲しいと、そんな期待の篭った大きな歓声が蒼人を包むが、しかし遊良はこの時を逃さずに声を荒げる。
手札0で発揮される蒼人のモンスターの真価。だからこそ、蒼人の手札がまだ残っているこのタイミングを逃さないために。
「このスタンバイフェイズ!俺は永続罠【闇次元の解放】を発動!除外されている【堕天使アスモディウス】を攻撃表示で特殊召喚する!」
【堕天使アスモディウス】レベル8
ATK/3000 DEF/2500
先ほど闇の誘惑にのまれて次元の彼方に消えていった堕天使の一体。しかし、その力は確かに強く、また自身が破壊されても主の元に従者を残すことの出来る忠義高いモンスターでもあるのだ。
そんなモンスターの登場に、観客席からはまたもやブーイングが起こり、またそれを見た蒼人もイライラしたような口調で口を開く。
「チッ、目ざとイ奴ダ。しかモ面倒臭イモンスターを出スなんてネ。どうすル?ついで二オーガ・ドラグーンも破壊しておくカ?」
「…今は動かないでいい。」
ここでさらに動いて、煉獄龍を破壊することもできる。しかしそれをやらないのは、先ほど止められたこともあり、これ以上無駄にLPを消費することが出来ないからでもあった。
だからこそ、オーガ・ドラグーンと同等の攻撃力をもつ堕天使を出したのだし、次にターンが回って来た時からが勝負、そう考えている様子の遊良。蒼人とて、むやみに制圧効果を持つオーガ・ドラグーンを破壊されてもトークンを残すアスモディウスと相打ちはさせたくないだろう。
そんな遊良を見てか、歪ませた表情をさらに変えて蒼人は1枚になった手札を使うのだが、その真意は彼にしかわかるはずもない。
ニヤニヤした顔を崩さずに、蒼人はソレを発動した。
「何調子二乗ってんダ?要ハ破壊しなけれバ良いんだロ?…じゃア『面白イ物』…見せてやるヨ。魔法カード【ソウル・チャージ】ヲ発動!このターン、バトルフェイズを放棄する代わり二、僕ハLPヲ1000払っテ墓地ノ【インフェルニティ・デーモン】ヲ蘇生すル!手札0ノ時、その効果デ、デッキかラ【インフェルニティ・ネクロマンサー】ヲ手札二加えテ、通常召喚!」
蒼人 LP:4000→3000
【インフェルニティ・ネクロマンサー】レベル3
ATK/0 DEF/2000
「【インフェルニティ・ネクロマンサー】ハ召喚時二守備表示二なル。効果発動!墓地の【インフェルニティ・ビートル】ヲ蘇生する!…じゃア行こうカ…」
「…ッ!?な、何をする気だ?」
そうして、場が整った蒼人が満足気な顔で遊良を見た。バトルフェイズが行えないとはいえ、まるで今から起こることで、じわじわと遊良と嬲れることが嬉しいかのように。
その悪意に飲み込まれないように足の力を強める遊良であったが、しかし一体蒼人は何をしようと言うのだろうか。今の自分の考えられる手を精一杯思考し備える遊良。そんな遊良などお構いなしに、ゆっくりと手を掲げると歪んだ表情を歓喜に変えて…
―蒼人は動き出す。
「レベル3ノ【インフェルニティ・ネクロマンサー】とレベル4ノ【インフェルニティ・デーモン】二…レベル2の【インフェルニティ・ビートル】ヲ…チューニング!」
その瞬間、不意に身震いを覚え始める遊良。自動空調が効いている観客席からでは決してわかるはずもないその変化は、対峙している遊良だからこそ感じる物。夏が過ぎたといっても、この季節では絶対に味わうことなどない『寒さ』…いや、それはまさに『凍え』か。
蒼人の方から感じられるそれは、否応にも遊良にだけ牙を剥き…
「凍テツケ、世界ヨ!飲ミ込メ、全テヲ!シンクロ召喚!レベル9、【氷結界の龍 トリシューラ】!」
―!
―凍気を引き裂き、現れた。
【氷結界の龍 トリシューラ】レベル9
ATK/2700 DEF/2000
それは、あまりの凶悪さと強さから、今では見ることすら叶わぬほどのレアカード。世界中のシンクロ使いがそれを望んでも、手に入れることなど出来はしないモノ。かつて世界を滅ぼしたという御伽話は、誰もが知っていることだろう。
その伝説のカードが、目の前に。
「うおぉぉぉお!すっげぇー!」
「蒼人センパイ凄すぎぃ!幻のシンクロモンスター持ってるなんて!」
「ヤバすぎだろぉコレ!泉すげぇぞぉお!」
「天城相手にサービス良すぎだろぉ!」
「先輩かっこいいーっ!」
「雑魚なんてソレでぶっ飛ばせーっ!」
観客席の学生達も、幻のシンクロモンスターの実物を見れたことへのヒートアップで、蒼人への応援・声援を留めることを知らない様子。トリシューラの凍気が意図的に遊良にのみ向けられていることで、自動空調が追い付かない程の冷気など感じもしていないのか、天城へのアタリをより一層強くする。
吐く息も白く変わってしまうほどの冷気と、より強くなった蒼人の悪意に呼応するように猛る氷龍。
そして、その凍気に晒されたことがきっかけとなって、遊良は『とあること』を思い出していた。
「…ッ!?ま、まさか…」
―そう、このモンスターは、実体化している。
ソリッド・ヴィジョンに過ぎないはずのトリシューラから発せられる冷気はまさしく本物。でなければ、遊良の体感温度がここまで低いわけもないし、このまま放っておけばそのうち凍え死んでしまうだろう。
それに、攻撃でもされればこんな建物は一撃で崩壊してしまうことは必至。遥か昔の御伽噺でも、この龍1体で世界が滅びたという逸話だってあるのだから。絵本の中の話でも、それが実体を得てこの場にいることが相まって、嫌でもそのヴィジョンを否定できない。
まだバトルフェイズが行えないのが幸いか。…遊良にとっては、シンクロ召喚されたこのモンスターの登場自体が、幸いなわけがないのだが。
伝説だけあって、その凶悪な効果はあまりにも有名。遊良を敵とみなしたトリシューラは三つ首の全てでその敵を見据えると、怒りに任せて咆哮した。
「トリシューラの効果発動!シンクロ召喚成功時、相手ノ手札・場・墓地のカードを1枚づつ除外すル!消えちまいナ!手札ノ1枚・場ノ【堕天使アスモディウス】・墓地ノ【背徳の堕天使】ヲそれぞれ除外ダ!」
「く、くっそぉ!」
―!
為す術無く、遊良のカードが3枚も除外されてしまう。手札にあったゼラートも、場で遊良を守っていたアスモディウスも、墓地からの反撃を狙った罠カードも。
…その全てが。
対象を取らないこの除外効果の凶悪性はもちろんのこと、ここで下手に動いては除外されるカードを変更され、この後のターンへの2次、3次被害になることだってあるのだ、満足気に顔を歪めている蒼人に対して、苦しそうな顔をする遊良。
「コのターン、僕はバトルフェイズを行えなイ。命拾イしたネ落ちこぼレ。」
「はぁ…はぁ…さ、寒い…」
見ている誰も、遊良の吐く息が白く変わっていることなど気付きもしないだろう。蒼人の悪意とトリシューラの冷気、そして観客の敵意の全てをその身に受け続けている遊良は、体力も思考力も、普段よりもずっと消耗が激しい様子にも見えるというのに。
それを対面で見ている蒼人の表情は満足気で、自分に歯向かう愚か者をいたぶれることが何よりも嬉しいのだろう。悪意で歪ませた表情が、より一層下劣に歓喜した。
「キャハハ!良イ顔ダヨ。辛そうデ、泣きそうデ、死にそうデ!男ハそうデなくちゃネッ!僕以外ノ男ハ皆、僕ニ嬲られテ居ればイインダ!」
「くっ…そ…」
「先ずハお前からダ!それデこの学園ノ奴ヲ全員ぶっ飛ばしたラ、最後ニハ【黒翼】ヲ血祭りニ挙げてやル!僕ハこのままターンエンド。」
蒼人 LP:4000→3000
手札:1→0枚
場:【煉獄龍 オーガ・ドラグーン】
【氷結界の龍 トリシューラ】
伏せ:2枚
蒼人の言った言葉の半分も理解が追いつかない遊良の思考、【黒翼】がどうとか言っていたような気がするものの、それを深く考えることが出来ないのだろうか。ターンが移るものの、寒さで悴む手でドローすらままならず、手札も手放してしまうそうなくらいに体全体が痛いと凍える表情で訴えている。
そして、離れた観客席で自動空調が暖房に切り替わったことにも気がつかない学生達には、そんな遊良の変化など理解する気もなく、ターンが移ったというのにただ立ちつくしている遊良の姿へと苛立ちを募らせた。
「どうしたー!やる気が無いならさっさとサレンダーしちまえ!」
「時間稼ぎなんて見苦しいぞクズが!」
「調子に乗るからだ天城の奴!」
「泉先輩との力の差を思い知れよなぁ!必死になってキモイんだよ天城ぃ!」
幻のシンクロモンスターにびびった腰抜け。3年生に楯突いた身の程知らず。戦ってもいない彼らの目には、戦っている遊良がそういう風にしか映らないのか。
一度は遊良に完膚なきまでに叩きのめされているはずの1年生達ですら、上級生達の態度に則って声を荒げるその姿は、もはや遊良に破れたことなど忘れて、蒼人に追い込まれている落ち零れを、まるで自分が追い詰めているとでも錯覚している様子にも見える。
「遊良…」
その中で、悔しそうに唇を噛み締め、ただ見つめることしか出来ないで居るルキの姿。この騒ぎの渦中に取り残されているルキがいくら声を張って遊良を応援した所で、自分の耳すらに届く前に周囲の歓声にかき消されてしまうのだから、何も出来ない歯がゆさだけがルキにはあった。
こんな時、遊良にしてやれることは何も無い。
幼少期も、ただ自分には遊良の名を呼んで、傍にいてやることしか出来なかった。今はどうだ、傍に居てやることすら出来ないじゃないか。それが、今のルキにはたまらなく悔しいと言いたげな表情で。
ただ、見ているしか、出来ない。
「オイ、サッサとしてくれないカ?コノ後、クソ生意気な天宮寺のガキも始末しなキャ行けないンダカラサ。」
「…は?な、何言ってんだ?」
「この僕ヲ差し置いテ、1年ノ癖シテ代表ニ選ばレやがったアノ野郎ダヨ!アイツはこんなモンじゃナイ!もっと屈辱的ニ!もっと残酷ニ嬲ってヤル!だかラ僕ハ忙しいンダ、早ク負けてくれヨ!」
「…そ、そんなこと…」
寒さで震える思考でも、蒼人の言ったソレをはっきりと理解できる。なぜなら、この男は自分の幼馴染を、堂々と傷つけると宣言したのだ。そんなこと、『はいそうですか、ご自由に』なんて、遊良に許せるわけがない。
それがたとえ、負ける姿など思い浮かばないようなあの鷹矢でも。殺しても死なないようなあの馬鹿であっても。守ってやるのは、当たり前なのだ。
絶望していた頃の自分を守ってくれた鷹矢を、今度は遊良のほうが見殺しにするなんて、出来るわけがないのだから。
「…させるわけ…ないだろっ!俺の…ターン、ドロー!」
かじかむ手が痛むことなど気にも留めず、勢いよくデッキからカードを引く遊良。いくら戦いづらい苦手な相手でも、いくら実体化した伝説による寒さで思考が回らなくても。
幼馴染を傷つけようとする敵相手に、そんなことなど言っている場合じゃない。そんな遊良の闘志に呼応するように…デッキがそれを手助けするかのように応え始めるのか。思考を深く沈めなくとも、今できることが頭に自然に浮かんでくるかのようで。
「【堕天使アムドゥシアス】の効果発動!LPを1000払い、墓地の【堕天使の追放】の効果を得る!」
遊良 LP:3000→2000
先ほど止められて、無駄にLPを消費させられた効果を、今度は恐れることなく発動する。
つい先ほどまでは、また止められたときのことが遊良の頭に過ぎっていたが、それで手を休めるわけには行かなくなったのだ。まったく躊躇無く命を削り、それを止める様子もない蒼人を見て、遊良はデッキから1枚のカードを手札に加えた。
「俺が加えるのは【堕天使ディザイア】!その後、【堕天使の追放】をデッキへ戻す!俺は【堕天使アムドゥシアス】をリリースし、レベル10、【堕天使ディザイア】をアドバンス召喚!」
【堕天使ディザイア】レベル10
ATK/3000 DEF/2800
そうして現れるは、漆黒の鎧と武器を纏った堕天使。レベル10という高さでありながら、1体の天使の命と引き換えに降臨するその姿は、いかなる者をも葬り去る力を持つ。
そして、漆黒の鎧に映り込む伝承の氷龍と煉獄の鬼龍を相手にしても臆することなく佇み、主の進撃の為に羽ばたくのだ。
「【堕天使ディザイア】の効果発動!攻撃力を1000下げ、オーガ・ドラグーンを墓地へ送る!やれ!ディザイア!」
―!
ディザイアの羽ばたきによって、オーガ・ドラグーンの足元に黒き闇が出現し、そして煉獄よりも深いところへとソレを落した。
いくら魔法と罠を吹き飛ばす力を持っていても、モンスター効果までは無効にできない。散々苦しめられた煉獄の鬼龍を消すことに成功し、遊良はさらに動き始める。
【堕天使ディザイア】
ATK/3000→2000
「チッ、諦めノ悪イ奴ダネ!」
「これで制限はなくなった!魔法発動、【闇の誘惑】!2枚ドローし、手札の【堕天使ユコバック】を除外する!さらに、【堕天使イシュタム】の効果発動!手札の【堕天使スペルビア】と共に捨てることで2枚ドロー!…よし、魔法カード【大欲な壷】を発動だ!除外されている【堕天使ユコバック】・【堕天使アスモディウス】・【堕天使ゼラート】をデッキへ戻して1枚ドロー!」
いつものように、流れるようにデッキを回転させる遊良。それは、戦う意思が戻った主に反応するようにして堕天使たちも遊良の元に集い、倒すべき敵を見定めてその時を待っているかのようでもあって。
負けることなど出来ない遊良にとって、これで終わるつもりもさらさらない。
「今引いた【堕天使の追放】を発動!デッキから【堕天使アスモディウス】を手札に加えて、魔法カード、【トレード・イン】を発動する!アスモディウスを捨てて2枚ドロー!…来た!魔法発動、【堕天使の戒壇】!墓地からスペルビアを守備表示で蘇生して、その効果で【堕天使イシュタム】も呼び戻す!羽ばたけ、2体の堕天使よ!」
【堕天使スペルビア】レベル8
ATK/2900 DEF/2400
【堕天使イシュタム】レベル10
ATK/2500 DEF/2900
続けさまに現れる遊良の堕天使達に、ブーイングしていた学生達の声も段々と小さくなって来たのか。中には次々に出現する漆黒の堕天使達に見惚れ始める者や、遊良に完膚なきまでに叩きのめされたことを思い出している者もいる様子。
実力が足り無い者は、遊良の場で何が起こっているのかわからずに声を静めないが、実力がある者ほど、遊良の行っていることの異常性を理解しているのだろう。
少ない手札からでも、あれだけデッキを操ることは並大抵のことではない。それが上級生ともなれば、馬鹿にしていたのは本当に落ち零れなのか疑問すらわくことに違いないだろう。特に3年生たちの大半が、それを見て声を失っている。
これを理解している3年生は、この群雄割拠の決闘学園で揉まれて生き残ってきたのだ。それを理解出来ないほどデュエルを舐めては居ないし、遊良の行っていることの難しさを知っているのだから。
「ウザッタイんだヨ!イイ加減二したらどうダ!特殊召喚成功時、罠発動!【激流葬】!モンスターを全テ破壊すル!」
―!
そんな空気に変わってきている中で、イライラしたように伏せカードを発動する蒼人。先ほどまで諦めかけていた落ち零れが、息を吹き返したように展開し始めることが相当癪に障ったのだろう。
早くケリをつけて、次は調子に乗っている二人目の1年生を血祭りにしなければ行けないというのに。それが、自身が邂逅を熱望しているあの【黒翼】の、その孫と来たのだから余計にその苛立ちを募らせて。
自身が召喚した伝承の氷龍、幻のシンクロモンスターであるトリシューラが巻き込まれることなど気にも留めずに、全てを洗い流す激流が遊良へと襲い掛かった。
「させるか!イシュタムのモンスター効果、LPを1000払って、墓地の【堕天使の追放】の効果を再び得る!デッキから【堕天使テスカトリポカ】を手札に加えて【堕天使の追放】をデッキへ再び戻す!」
「ハァ!?今更何ヲする気ダ?」
遊良 LP:2000→1000
ギリギリまでLPを削って、もう後が無いというのに堕天使を手札に加えた遊良の行動が理解できないのか。蒼人が不快そうな声をインカムで届けてくるものの、遊良はその手に新たな堕天使を加えることに躊躇がない。
そんな蒼人の声など気にせずに、目の前まで迫っている激流が既にトリシューラを巻き込んで堕天使へと襲いかからんとする中で、遊良はたった今加えた堕天使の本領を発揮した。
「手札に加えた【堕天使テスカトリポカ】の効果!堕天使が破壊される場合、代わりにテスカトリポカを墓地へ送ることが出来る!」
「ナッ!?」
「守れ、テスカトリポカ!」
―!
激流が堕天使たちを飲み込む寸前で、激流を割って現れる一体の堕天使。それは、蒼人が操る悪魔に負けず劣らずの風貌をしてはいるが、守ることに長けた堕天使であって。
身を挺して仲間の堕天使と主を守るそのモンスターが発する業火によって、流れ行く激流が水蒸気となって消えていった。
―いや、それだけではない。
テスカトリポカの発した業火により、激流を蒸発させたその熱気が凍えていた遊良の体を包む。伝承の氷龍が激流に巻き込まれ砕け散ったのも相まり、遊良を襲っていた凍気も同時に消えたのだろう。徐々に体の感覚も元に戻っていくではないか。
「い、泉君の場ががら空きじゃない!」
「う、嘘だ!蒼人が1年なんかに!?」
「泉センパイ!負けちゃイヤー!」
「何やってんのよ1年生の癖に!」
「あ…天城が…う、嘘だ!」
「あ、アイツが蒼人センパイに勝てるわけ無いだろ!」
そう、蒼人を守る幻のシンクロモンスターも、遊良を遮る煉獄の鬼龍も、もう既に蒼人の場から消えている。もし蒼人があの罠を使わなければ、遊良の場にトリシューラを超える攻撃力を持ったモンスターは居なかったというのに。状況だけを見れば、結果はそうだろう。
しかし、実際に戦っている彼らには、今の心が全てなのだ。諦めが悪い落ち零れに、苛立って一掃してしまおうとしたのも。状況も思考も、そして心も常に変化するもの。
もしかしたら蒼人がトリシューラを残しておいても、遊良はそれすら突破して、一気にトドメを刺しに来たかもしれない。それを感じさせるほどの遊良の展開が、それを見た蒼人にそう判断させたのかもしれないが、それは彼らにしか分かるはずも無い。
追い込まれていたはずの遊良が今、結果として優位にたったことも、今戦っている彼らのデュエルの全て。
観客が何を喚こうと、遊良の負けを願おうと、戦っている彼らには関係ないのだから。
「これで終わりだ!先ずは【堕天使イシュタム】でダイレクトアタック!」
遊良がこのデュエルを終わらせにかかり、魅惑の堕天使へとそう命じる。いくらモンスターが実体化していようが、きっと自分の堕天使たちなら主の意を汲んで、蒼人を致命傷にはしないだろう。その確信が遊良にあったからこそ、何の躊躇もなく攻撃を命じられた。
そして、一度天へと羽ばたいた魅惑の堕天使は、優美な黒羽を周囲へと見せ付けながら、蒼人に狙いを定めて魔弾を放つ。
悲観と憤怒に塗れた周囲の声など、まるで気にしていないように。主の勝利のために、『敵』を撃つのみ。
…
「キャハッ…」
瞬間。
まさにイシュタムの放った光の魔弾が、蒼人に直撃する瞬間だった。
誰もが蒼人の負けを想像していた時、そう、遊良とてそれを考えていた時の、蒼人の行動。
―顔を歪めて、小さく笑う。
「勝ったト思っタ?甘いんだよネ!」
場に1枚だけ残ったカード。ずっと発動せずにいたソレは、観客にはもちろん、遊良だってその存在を最後の最後に思い出したくらいだ。
何せ、アレだけ遊良が展開した時も、蒼人が動いているときも、最初のターンからソレはそこに鎮座して、頑なに動かなかったモノ。伝説のシンクロモンスターを自分の罠に巻き込んだことすら、遊良の意識をそこに向けさせないための布石にも思われるタイミングで。
満を持して、機を熟して。蒼人はその瞬間を見計らっていたかのように、高らかに宣言した。
「直接攻撃宣言時、罠カード、【王魂調和】ヲ発動!」
「なっ!?」
蒼人の発動した罠。それは、王への危害を加えることなど許さぬ守り。王を守るモンスターが居ない場合でも残った魂だけで王を守りぬく意思を備えた、まさに魂の調和。
いや、守りだけではない。王に危機などあってはならない、それを体現するこのカードは、いかなる攻撃から王を守護したその後に…
…王の剣をも生み出すのだ。
「イシュタムの直接攻撃ヲ無効ニシテ、墓地のレベル6【天狼王 ブルー・セイリオス】ニ、レベル2、闇属性ノ【インフェルニティ・ビートル】をチューニング!シンクロ召喚!現レロ、死へト誘ウ冥府ノ竜!レベル8【インフェルニティ・デス・ドラゴン】!」
―!
そして、どこからとも無く響く奇声。その奇怪な咆哮を轟かせて飛び立ったソレは、もう駄目かと観客の誰もがそう思っていたその時に現れた、虚ろな目をした死を呼ぶ亡竜。
…見ている彼らも、きっと思わなかったはずだ。
圧倒的不利に追い込まれていた1年生がここまで逆転したのだ、そのまま蒼人が負けてしまう雰囲気もあったというのに。それでも、この泉 蒼人という自分達の代表がさらに上を行くなんて。
底知れぬ才能を確かに感じさせてもおかしくない、なんと恐ろしいタクティクス。
しかし、それは当たり前なのか。
何せ、イースト校全体が遊良よりも彼の勝利を思い浮かべ…一部の紫魔家は除いて、彼の代表入りを強く願っているのだから、ここで蒼人が1年生に負けていいはずが無い。だから、蒼人ならやってくれる。彼らも、そう信じているのだろう。
この土壇場で登場した攻撃力3000の大型シンクロモンスターに、先ほどまで悲観ムードだった観客席が再び沸きあがり、先ほどよりも大きな地響きとなって会場を揺らし始めた。
【インフェルニティ・デス・ドラゴン】レベル8
ATK/3000 DEF/2400
「キャハッ、残念だったネ!どうすル?バトル続けル?」
「くそっ…俺はカードを1枚伏せて…ターン、エンド…」
遊良 LP:3000→1000
手札:1→0
場:【堕天使ディザイア】
【堕天使イシュタム】
【堕天使スペルビア】
魔・罠:【闇次元の解放(効果なし)】・伏せ1枚
やっとの思いで、ここまで攻めたというのに。それをあっさりと、たった一枚のカードで止めてしまう蒼人に、恐怖心すら覚え始めてしまうのは仕方ないのだろうか。そんな風にすら見える遊良のうなだれる姿は、今までに無いくらいに弱々しいではないか。
そんな姿になった遊良を、満足気に見る蒼人の歪んだ笑顔。ここまで追い詰めが、しかしこんな物では終わらせない。自分に楯突いた愚か者に、もっと絶望を。そう、感じさせながら蒼人が口を開く。
「僕ノターン、ドロー!…ココでディザイアを攻撃すれバお前ハ終わりだけどサ…それじゃあ面白くないよネ!絶望ヲ見せてやるヨ!」
「…な、何を!?」
「場二1枚伏せテ、手札0トなっタ事で【インフェルニティ・デス・ドラゴン】のモンスター効果発動!こいつノ攻撃ヲ放棄する代わり二、さっき僕二攻撃してきタ【堕天使イシュタム】ヲ破壊しテ、その攻撃力ノ半分ノダメージをお前二与えル!」
命無き死の竜が、遊良の命のすべてを葬り去ろうとして発する咆哮。その標的に選ばれたイシュタムが飲み込まれれば、きっと遊良の命はないのではないか。いや、確実に葬り去られること間違いない。
それを予感させるほどの威圧感と、漲る蒼人の悪意が折り重なって、目に見える闇が遊良へと襲い掛かるようにして轟き、そして聞こえてくる。
「じゃあナ、落ちこぼレ!」
「…ッ!罠発動【魅惑の堕天使】!場のイシュタムを墓地へ送って、エンドフェイズまで【インフェルニティ・デス・ドラゴン】のコントロールを得る!」
「アァ!?」
しかし、それを阻止するかのようにイシュタムが天へと舞い上がり、直撃する寸前で死の咆哮を避けたかと思うと、誰もが見惚れるような漆黒の翼を広げて自分を攻撃しようとした亡竜へ向かった。
そうして淫靡ながらも魅惑的な舞を踊ったかと思うと、そのまま静かにその姿を消していき、それに操られるかのようにインフェルニティ・デス・ドラゴンは遊良の場へと移動するではないか。
主を命を守る時、その身を犠牲にして敵の心を一時的に奪うその舞は、亡竜が放つ咆哮で吹き飛ばされて踊る死のダンスではない。彼女だけに許されたその魅惑のダンスを見たモノは、たとえ神であろうとも見惚れることだろう。
そんな消えていくイシュタムの表情が、怒りに染まっていたことに、遊良は気が付かぬまま。
―そして…
―!
「グフッ!?…ガ…ガハッ…」
急激に、鋭敏に。胸の奥から上ってくるその激痛に、思わず咳き込んで『何か』を吐き出さんとする遊良。イシュタムが消えたその瞬間に、凍気に中てられた時以上の苦しみが遊良を襲ったからだ。
普通なら、遊良が操ることなど出来るはずもないExモンスター。実際のカードをディスクにおいても、うんともすんとも言わなかったソレは、相手が召喚したモノのコントロールを奪うという形でなら場に置くことが出来た。
しかし、今までそれをしたことも無ければ、しようとも思わなかったことであって。
それがこの追い詰められた場面で、仕方なく行ったとは言え、突如襲ってくるこの苦しみに、悶え始める遊良。腕で口を塞いで、喉の奥からこみ上げて来るモノを止めた。
「…はぁ…はぁ…こ、これ…血…か?」
それを確認した遊良が、思わず自分の目を疑ってしまったのも無理はない。制服で抑えたそこには、吐血したソレが付着していたのだから。
普通なら、こんな状態になった原因はすぐにはわからず、吐血したとあれば命に関わることとしてすぐにでも病院に行かなければならないだろう。しかし、それでも遊良にはすぐに理解できてしまう。
自身の胸の奥に確かに感じるそれは、幸か不幸か、今の自分のおかれている境遇をはっきりと遊良に思い出させるモノであって。
「…怒ってるのかよ。…俺がExモンスターを場に置いたことに…」
それは、間違うことのない…怒りそのもの。
とっさとは言え、一時的とはいえ…Ex適正を捨てた自分が、Exモンスターを場に置いたことへの怒り。堕天使達が、怒っているのだ。遊良が、何を捨てて自分達を使役してるのか、それを忘れたのか…と。
そんな体でもしつこく食い下がる遊良に、とうとう業を煮やしたかの様に喚く蒼人。イライラを募らせた声を大きく荒げて、さらに遊良に襲いかかる。
「いい加減しつこいんダヨ!さっき伏せタ【死者蘇生】を発動!墓地カラ【インフェルニティ・デーモン】を特殊召喚!効果デ永続魔法、【インフェルニティガン】ヲ手札二加えテ発動!手札0ノ時、これヲ墓地へ送っテ【インフェルニティ・ネクロマンサー】と【インフェルニティ・ビートル】ノ2体ヲ蘇生!レベル4ノ【インフェルニティ・デーモン】二、レベル2ノ【インフェルニティ・ビートル】をチューニング!シンクロ召喚、レベル6【デーモンの招来】!」
【デーモンの招来】レベル6
ATK/2500 DEF/1200
「まだダ!【インフェルニティ・ネクロマンサー】ノ効果発動!【インフェルニティ・デーモン】ヲ蘇生シ、デッキかラ【インフェルニティ・リベンジャー】ヲ手札二加えテ通常召喚!レベル4【インフェルニティ・デーモン】とレベル3【インフェルニティ・ネクロマンサー】にレベル1【インフェルニティ・リベンジャー】をチューニング!シンクロ召喚!レベル8!【ダークエンド・ドラゴン】!」
【ダークエンド・ドラゴン】レベル8
ATK/2600 DEF/2100
休む間もなく次々現れる蒼人のシンクロモンスター達。そのどれもが、他の使い手たちが召喚するモンスターよりも禍々しく感じるその姿は、まるで蒼人の悪意に染まってしまっているかのようにも見える。
このターン、遊良が蒼人のインフェルニティ・デス・ドラゴンを奪ったせいで、直接攻撃による勝利をつけることは出来なくなったものの、それでもここまで粘る遊良に苛立っているのも事実。
遊良の場をこのまま残しておく気は蒼人に無く、一掃して絶望のまま力尽かせてやる算段なのだろうか。
「バトル!ダークエンドで守備表示のスぺルビアに!デーモンでディザイアに攻撃ダ!」
―!
「ぐふっ!?」
遊良 LP:1000→500
そして、ついに実際のダメージが遊良へと襲い掛かって来てしまった。コストでLPを払うならばまだしも、今まで耐えて、耐えて…そして耐えてきたと言うのに、ダメージという苦痛、その衝撃が痛みとなって遊良の体を突き抜ける。
ただでさえExモンスターを場に置いたことによる、堕天使の怒りで体が蝕まれていると言うのに、それに相まってこんな衝撃を食らってしまっては。まだLPが残っているとはいえ、瞬間的に起こった苦痛により、意識が体から飛びかける遊良。
それを必死に繋ぎ止める精神も、もうボロボロになっているのだろう。ぼやける視界で何とか蒼人を見てはいるが、慢心相違に違いない。
「チッ、本当にしつこい奴だヨ。僕ハこれでターンエンド。戻っテ来イ、【インフェルニティ・デス・ドラゴン】。」
蒼人 LP:3000
手札:0枚
場:【デーモンの招来】
【インフェルニティ・デス・ドラゴン】
【ダークエンド・ドラゴン】
伏せ:0枚
「くはっ!…はぁー…はぁー…」
そうして、長い長い蒼人のターンが終わり、主の元へと変える亡竜。場からソレが離れたことによって、遊良も怒りによるその苦しみから解放されるものの、やはり自分はもうExモンスターに触れてはいけないことが、コレでよくわかってしまった。
例え他人のモノを一時的に奪ったのだとしても、遊良の場にExモンスターが存在すること自体が罪なのだと言わんばかりに。
…これは、警告。
―あのとき交わした誓約は、こういうことなのだ…と。
それをもう一度、今度は身をもって知る遊良。蒼人に受けたダメージと、自分の罪が相まって、立っていることもままならずに片膝を床につけてしまう。
「やっト諦めたのカ?しつこいクズ野郎だったヨお前ハ。」
「く…くそっ…」
…こんなところで、終わってしまうのだろうか。
既に体力も精神力も限界。周囲の敵意、氷龍の凍気、蒼人の悪意、そして自分の罪。その全てに貫かれ続けた遊良には、もうカードを引く力など残ってはいないのだろう。
諦めてなど居ないのに。まだ戦う意思は残っていると言うのに、体がそれを聞いてくれない。遊良の片膝が地面に崩れついていることを諦めたと勘違いしたのか、観客席の学生もさらに盛り上がって遊良の敗北を煽りたてる。
『まーけーろ!まーけーろ!まーけーろ!まーけーろ!まーけーろ!』
会場が一体となって叫ぶソレを、見ている教師たちも止めはしなかった。一人をここまで標的にして、寄ってたかって蔑むことがまるで正義だと言わんばかりに。その誰もが蒼人の勝利を望んでいたのだから。
ここまで学生達が盛り上がっているのだ。いくら教育者でも、今までの許されていた天城への『卑下という名の一種の特別扱い』にどっぷり浸かっていては。今までも、こうだったから。天城 遊良は卑下の対象、それはこの学園において…いや、この世界においての常識なのだと、そう勘違いして。
少ないながらも、遊良を認め始めた1年生の教師数人からしても、自分達の力ではどうにも止められないのだろう。生徒達より高い位置にいて観戦している教師たちに出来ることは無く、可哀そうに思いながらも仕方のないように遊良を見ているだけに過ぎない。
…誰もが、彼の敵だった。
―!
「ゆうらぁっー!がんばれっー!」
そんな中で、微かな叫びが遊良の耳には確かに届く。地響きにも間違えるようなこの遊良への卑下の大歓声にかき消されてはいるが、たった一つ、周りとは違う遊良への言葉。
聞き間違えるはずなどない。ルキの、喉がはちきれんばかりの必死の応援。きっと誰も気がついてはいないだろう。誰が天城の応援などするのだろうかと、そう思っているためだろう。誰にも気が付かれずに、しかし遊良には微かに届く。
「ルキ…くっ…」
重たい体を無理やり立たせて、必死になって取り繕う遊良。もう立っていることもままならず、少しでも油断すると倒れてしまいそうだというのに。そんな諦めの悪い遊良に、蒼人の我慢はもう限界の様子。イラつきに顔を最大限歪めて、不快な顔を全面にさらけ出す。
「アァーもウ!うざったいヨお前!いい加減にしてくレ!誰モ!お前なんて見ていなイ!誰モお前なんテ見たク無いんダ!」
「うる…さい…、俺の…勝手…だろ…」
「アァ…?」
そんな、息も絶え絶えになってそう反論する遊良に、蒼人の怒りが頂点に達したのだろうか。
悪意に染まって、顔を歪めて。
そうして彼が嬲ってきた天城 遊良がまだ諦めないことに対して悪態を隠せていない。そんなもの、初めから隠してなどいないのだが、それをさらに加速させたようにして。
誰からも期待されない癖に、誰からも認められない癖に。この男は何でここまでしぶとくしつこく、しがみつくのだろうか…と。
―Ex適正が無い。それはこの世界において、どうしようもない程に『出来損ない』の証。
普通ならデュエルなどさっさと捨てて、惨めに隠れて生きていれば良い物を。決闘の世界で生き残ろうと、こんなに無様な『デュエルの真似事』をしてまで決闘学園にしがみついているだから。悪意に飲み込まれている蒼人には、今の遊良がどうしようもなく目障りに映ってしまう。
「アァ…ソッカ…高天ヶ原…カ。サッキ名前言ッテタヨネ…」
そして、完全に飲み込まれる蒼人。
…遊良が呟いてしまったルキの名前。確かに感じていたこの少女への特別な感情。
それが、正常な時の蒼人自身では気付いていない感情であったのだとしても、それでもどうしようもなく遊良が憎くなってきてしまうのだから、蒼人自身だって驚いているのだろう。
その募る悪意が嫉妬だとは気がつかずに、蒼人がイライラしたように口を開いた。
「じゃア…お前を倒したラ……あの女ヲ犯ス。」
「…は?」
蒼人の放った言葉の意味を、彼とて直ぐには理解できずに。今だって必死になって意識を保っているのだ、自分の声すらかき消しにかかる大歓声によって体の内部が揺らさせている。どうしようもない気持ちの悪さが渦巻いているというのに、しかしインカム越しで繋がっている蒼人の声は、どうしても遊良に届いてきてしまう。
そんな、理解したくもない気持ち悪い言葉を、蒼人は喚きたてる様にして遊良にぶつけ続ける。
「お前ヲ縛りあげテ!お前ノ目ノ前デ!あの女ヲ犯してやル!泣キ叫ブ女の目の前デ!指咥えてちゃんと見てろヨ!好キナ男の目の前デ!どうでもいい男に孕まされル女の顔ヲ!」
「な…なにいって…」
「泣きわめクあの女ヲ!絶望させテやるんだヨ!殴ッテ、嬲ッテ、犯シテ、殴ル!この僕をシカトして!こんな出来損ないノ話ばかりシタあの女ヲ!ボロボロにシテ種付けしてヤルンダヨ!お前の目の前でナァッ!キャハハハハハハハハッ!」
あまりにも酷い、その悪意。人に聞かせられないような、歪んだ思考。人を人とも思わぬのか、自分の思い通りにならない人間がどうしようもなく彼には不愉快で。
好き勝手に暴言を吐く蒼人の目は、もう遊良を見ていない。その先の、倒したあとの、ボロボロになった遊良と、ボロボロにしたルキしか浮かんでいないのだろうか。
…触れてはならない逆鱗を、思い切り蹴り飛ばしたことにも気づかずに。
「お…おま…え…」
「アァ?ンダヨ。」
俯いたままぶるぶると震え、拳を震わせる遊良。凍えていた時以上の振動が、彼の体に起こっていた。怒りを含ませたその声は、インカムで繋がっている蒼人に確かに届いてくる。
―ゆっくりと顔を上げた遊良の表情は、今の蒼人にも負けていないくらいに…歪んでいた。
「おまえぇぇぇぇえ!」
―!
耳を劈く咆哮が、蒼人を確かに貫いた。客席に届くまでにかき消されるとはいえ、インカム越しでしか声が届かないこの地響きの中でも、それは肉声となって蒼人まで聞こえていて。
聞いたことのない声量で、放ったことのない音量で…遊良は、叫ぶ。
「っざけてんじゃねぇぇぇえ!」
「キャハッ!調子二乗るな落ちこぼレ!手札0、伏せモ0、LPも僅かデお前二何ガ出来ル!」
「っるせぇぇぇえ!俺のタァァアン!ドローッ!」
人には、触れてはいけない場所がある。それはその人にとっての信念であったり覚悟であったり。それを侮辱されることは、その人間において何よりも許せないことであるのだ。
―何が倒れそうか。何が負けそうか。
―そんなこと、関係ない。
―こいつは、言ってはいけないことを言ったのだ。
怒りに顔が歪む遊良の姿がそれを物語っている。遊良にとっての逆鱗を、何においても容認できることではないソレを…この男は、堂々と蹴り飛ばしたのだから。
―幼馴染を、傷つける。
「魔法発動!【貪欲な壺】!墓地のアスモディウス、テスカトリポカ、ディザイア、スペルビア、イシュタムをデッキに戻して2枚ドローッ!」
「ッ!?コノ場面デ手札増強ダト!?」
鷹矢のことも、ルキのことも、傷つける奴は絶対に許さない。世界が全て敵に回ったあの日。周りの全員が敵になったあの時期。
命を捨てる気でいた自分を、その身を挺して必死で繋ぎ止めてくれたルキ。
自分を傷つけようと向かってくる『敵』の全てに、ボロボロになりながら牙を剥いた鷹矢。
―命を懸けて救ってくれた、大事な…大切な存在。
それを傷つけようとする者は、何人であっても…例え自分を見捨てた『神』であっても許さない、許すことなど出来るわけがない。
…彼の姿が、それを物語っている。
「【堕天使の追放】発動!【堕天使イシュタム】を手札に加えて効果発動!引いた【堕天使スペルビア】と共に捨てて2枚ドロー!続けて【死者蘇生】を発動!【堕天使スペルビア】を蘇生し、【堕天使イシュタム】を蘇らせる!来い!堕天使達!」
【堕天使スペルビア】レベル8
ATK/2900 DEF/2400
【堕天使イシュタム】レベル10
ATK/2500 DEF/2900
「チッ!またソイツ等カ!しつこい奴らダネ、今更そんなゴミ共デ何が出来ル!」
「うるさい!俺は2体の堕天使をリリース!」
「アァ!?」
そうして、突如として渦を纏う遊良の堕天使達。
それは見ている学生も、評価をつけている教師達も、気楽に観戦している役員たちの誰もが、その瞬間だけは声を発することが出来なかった。
別に、今更使い古されたアドバンス召喚のための行為。今の時代、そんな古い召喚を好んで使う者などそうは居らず、時代遅れだと誰もが言った。先ほど遊良が他の堕天使をアドバンス召喚したときも、嘲笑と蔑みが聞こえてきたくらいなのだ。
しかし、今回は誰もが声を出せないでいる。まるで、今から起こることを…見逃してはいけないことを、無意識に理解してしまったかのように。
「神に背きし反逆の翼!その姿を今ここに!」
遊良の怒りが形となりて、姿を現す。
「来い!【堕天使ルシフェル】!」
―!
清廉なる天の光、それを遮る黒き姿。神に背く佇まいはまるで天使か悪魔か。儚くも悲し気なその姿は、まるで今の遊良の姿のようでもあって。
堕天使達を統べる背徳の王は、主と認めた者の前にしか姿を現さない。
―静かに、誰にも邪魔されずに、その姿を降臨させた。
【堕天使ルシフェル】レベル11
ATK/3000 DEF/3000
「【堕天使ルシフェル】のモンスター効果!アドバンス召喚成功時、相手フィールドの効果モンスターの数まで堕天使を呼び出す!集え!【堕天使マスティマ】!【堕天使ゼラート】!【堕天使テスカトリポカ】!」
―!!!
【堕天使マスティマ】レベル7
ATK/2600 DEF/2600
【堕天使ゼラート】レベル8
ATK/2800 DEF/2300
【堕天使テスカトリポカ】レベル9
ATK/2800 DEF/2100
息もつかせぬ速さで、主と王の元へと馳せ参じる堕天使達。そのどれもが遊良の怒りに応え、雄々しく蒼人を睨みつけていた。
周囲の人間たちも、一瞬のことで何が起こったのか理解できていない様子にも見える。間抜けな顔で口を開いて、言葉を出すのも忘れている者までいた。
堕天の王に見とれていたら、いつの間にこんなに呼び出されていたのか、と。
そんなことを意にも介さず、遊良は高らかに宣言する。
「【堕天使ルシフェル】の効果発動!場の堕天使の数だけデッキからカードを墓地へ送る!俺は4枚のカードを墓地へ!」
そうしてルシフェルの剣が掲げられるとき、遊良のデッキから墓地へ送られ始めた。堕天使の名を持つ力の結晶を、主の命へと変えるために。
その墓地へ送られた4枚のカード全てが【堕天使】の名を持つカードであり、天から降り注ぐ光は遊良に染み込むと、優しくその体を包み始める。戦いで傷ついた遊良の体が、精神が微かにだが癒されて、立っているのもやっとだった足に、踏ん張りの利く力が戻るくらいには。そして、それを見た蒼人の顔が信じられないと言わんばかりの表情へと変わる。
遊良 LP:500→2500
「フ、フザケルナ!こんなコトガ!?」
「俺はLPを2000回復!行くぞ!バトルだ!ゼラートでダークエンドを!テスカトリポカでデーモンの招来を攻撃!」
―!!
「ギャハッ!?ブ…ハァ…」
因果応報、苦しそうに衝撃を受ける蒼人の体。
自業自得、遊良に与えた苦痛をその身に返されたのだ。
口から漏れるその呼吸は、微かに黒い靄を含んでいるものの…それを、他の人間が見ることは叶わず。本来のデッキから歪に変貌してしまった今の蒼人のデッキでは、デッキとモンスターの効果も噛み合わずに蹴散らされてしまって。
誰もが蒼人の勝ちを確信していたというのに、ドロー1枚でひっくり返した天城 遊良のことを信じられないモノを見る目をして…彼らは、ただただ言葉を失っているだけ。
蒼人 LP:3000→2500
「行け、【堕天使ルシフェル】!【インフェルニティ・デス・ドラゴン】を攻撃!」
―!
一閃、休む暇も与えずに、堕天の王へと攻撃を命じる遊良。
亡竜と同じ攻撃力を持つ堕天の王が羽ばたき、その双振りの剣に力を集めて切り裂く時…亡竜もそれに喰らいついては噛み千切らんとしていた。
まるで、聖戦。
神々の争いのように。ただのバトルではないその異常な光景に、中には怯えて蹲って泣く生徒までいるではないか。
そうして、死力を尽くした2体のモンスターがお互いに力尽きると同時に爆発四散し、激しい戦いの一つが終わる。
そんな時でも、蒼人は自身を守ることを忘れてはいないが。
「クソガッ!墓地ノ【インフェルニティ・リベンジャー】ノ効果発動!【インフェルニティ・デス・ドラゴン】が戦闘破壊されたコトで!レベルを8にして守備表示で特殊召喚スル!」
【インフェルニティ・リベンジャー】レベル1→8
ATK/0 DEF/0
虎視眈々と反撃を狙うソレは、壁となって蒼人の場に現れた。守備力は0、しかし遊良の最後の攻撃を防ぐには十分だろう。もし、次のドローさえ出来れば、今度こそきっとこのクズを血祭りに引き裂いて、あの女を無様に犯すことが出来るだろう。
何が何でも、負けてやる気はない、と。蒼人に残ったデュエリストの最後の本能なのか。必死になって負けを拒む。
―そんなこと、遊良が許すはず無いというのに。
「足掻くんじゃねぇ!【堕天使マスティマ】の効果発動!1000LPを払って、ルシフェルの効果で墓地に送られた【背徳の堕天使】の効果を得る!消し飛ばせ!マスティマ!」
―!
そして、何も出来ずに蒼人の壁が弾け飛んだ。主の命を繋いだルシフェルの、残した更なる反撃の一手。
学園中が勝利を望んだ泉 蒼人に、誰もが負けろと叫んだ天城遊良が、最後の時を突きつけているのだ。
まさに、『背徳』。
がら空きになった蒼人の場には今度こそ守る札も無ければ、特異なプレイスタイルゆえに手札も無い。
今破壊したインフェルニティ・リベンジャー以外に、墓地に残っているカードのどれもが蒼人を守れる効果ではなく。もうその壁も蘇ることは無いのだから。
「ク…クソガァァァァア!」
「や、やめろー!蒼人に勝つんじゃない!」
「泉くーん!負けないでー!」
「蒼人せんぱい!そんなやつに負けるなんて嫌です!」
「せんぱいまけないでー!」
「天城ぃ!お前なんて事してるんだー!」
「ふざけんなコノヤロー!」
悔しそうに蠢く蒼人も、悲観の声で泣きじゃくるファンクラブの女生徒も、最後の最後まで悪態をつき続ける観客席の学生も、信じられないものを見ているかのような教師陣も。その、どれもが遊良にとって何の関係も無いこと。
怒りに任せて、憤怒を纏いて。最後に残った獣の堕天使に、その怒りで『敵』を吹き飛ばさせるべく、遊良は宣言した。
「これでトドメだ!【堕天使マスティマ】で、あいつにダイレクトアタック!」
低く、それは低く羽ばたいた獣。地面を擦る寸前で滑空するその白き体躯、豪腕に力の全てを集約させて。何も出来ない蒼人へと向かって、堕天使は飛び立つ。剛毅を纏ったその雷撃が、獣の堕天使の豪腕をさらに大きく見せ始めながら。
そして光り輝くその腕が元の大きさよりもずっと大きくなると同時に、黒い靄に塗れ始めている蒼人へと、それは叩きつけられた。
「憤怒の慟哭!バニッシュ・ラース!」
―!
「ギャァァァァァァァァァァアッ!」
盛大に、それはそれは盛大に吹き飛ばされる蒼人と黒い靄。ソリッド・ヴィジョンだというのに、まるで本物の巨躯に殴り飛ばされたかのような蒼人の姿は、きっと周囲で見ている彼らからは想像もできなかったことだろう。
これが、本物の一撃だという事を、彼らは知らないのだから。
低く速く飛び立った獣の堕天使の一撃が蒼人へと直撃し、纏った雷撃に貫かれながら、蒼人は真後ろにあった…自分が入ってきた入場口へと転がっていく。
そしてその姿が入場口に吸い込まれて見えなくなったとき、無機質な機械音だけが会場へと高らかに鳴り響いた。
蒼人 LP:2500→0(-100)
―ピー…
…
『あっ…しょ…勝者…1年生…あまぎ…ゆうら…』
そして忘れていたといわんばかりに、やっとの声でアナウンスをする実況者。先ほどまでの大歓声で、全く聞こえていなかったと言うのに何が実況か。
信じられないモノを見た学生達が、声を失っていたことでやっと聞こえたそのマイク音は、誰しもに事実を突きつけてくる。
―蒼人が、負けた。
「あ…あぁ…蒼人が…」
「嘘!嘘よ!泉君が負けるなんて!」
「テメェコラ天城ぃ!なに蒼人先輩に勝ってんだクズ野郎!」
「先輩の最後の決闘祭を奪いやがってぇ!」
「潔く辞退しなさいよ!先輩に悪いと思わないの!?」
「まぐれで勝って嬉しいのかー!調子に乗るんじゃねー!」
「泉先輩が可哀想よ!天城の癖にぃー!」
「Exモンスター使えない癖に何が勝ちだ!」
怒りと、滞り。蒼人の負けを受け入れられない彼らは、こうやって遊良に声をぶつけることに何の抵抗も無いのだろうか。勝者になることを許したくない、Ex適性も無いくせに勝てることが、何よりも信じがたいかのように。
一体感のある地響きではない。各々が好き勝手に、遊良へと罵詈雑言を浴びせているだけなのだ。それは、全力で戦い抜いたデュエリストへの侮辱であることに、誰もが気付かぬまま。
あれほどの戦いを耐えぬいた遊良が、息も絶え絶えでその場に立ち尽くしているのをいいことに、格好の標的へと口を開き続けていた。
―その瞬間
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!」
―!
耳を劈く声量で、喉の限り叫ぶ遊良。怒りが治まらない、はっきりした悪意をぶつけてきた蒼人にも、好き放題敵意を投げつける学生にも。
あれだけの敵意に晒されてきたのだ、それを簡単に鎮められるほど、遊良は大人になれていないのだから。これを簡単に我慢できるのが大人なのだというのならば、そんなものにはなりたくないと、そう言いたげな顔をして。
憤怒に塗れた彼の声。怒りに歪んだ遊良の表情は、好き勝手に彼を蔑む学生たちを怯ませるには十分。今まで自分の境遇を受け入れるだけに過ぎなかった天城 遊良の見たことのない姿に、スタジアムに立つことを許されず…選抜戦に出ることも出来なかった学生たちは口を開けて声を失うのみ。
…
静寂に包まれる会場。先ほど確かに勝利を告げられた遊良は、あっけに取られている観客席の学生達には目もくれずに、フラフラになった体を引きずりながら会場を後にし始める。
姿が見えなくなったことで安心したのか、再び沸き起こった彼への大ブーイングをその背中に感じながら、遊良は控え室へと戻っていった。
―…
「うぷっ…ぼ、僕は…一体…」
全身に走る激痛に耐えながら、泉 蒼人は壁に寄り添いながら立ち上がった。胸の奥、いや全身の奥から湧き出てきそうなこの吐き気に耐えながらも、何故かブーイングに嵐になっている会場からの声量の振動で意識を取り戻した彼は、何が起こっているのかもわからずに困惑するのみ。
あれだけ待っていたはずの天城 遊良との楽しいデュエル。ナチュルの仲間達も、きっと彼と戦うことを待ち望んでいたはずだというのに…記憶が混乱していて、体がボロボロで、もうわけがわからない。そう言いたげな表情をして。
…いや、微かに覚えている。
デュエルをしたはずという感覚と、自分にあるはずの無い悪意の塊。今まさに自分の内から逃げ出そうともがいているコレが、きっとそうなのだろうか。蒼人は自分の体内から吐き出ようとしているソレを感じ、どうしようもなく…申し訳なくなる。
「あ…天城君…」
彼に酷いことを言ったのではないだろうか。彼を傷つけたのではないだろうか。微かに覚えているからこそ、懺悔の気持ちが溢れかえる。全力で、お互いに納得のいく、楽しいデュエルがしたかったのに。そんな感情で、一杯になる蒼人の心。
先ほどまで現れていた彼がまるで虚像だといわんばかりに、今の蒼人からは悪意は感じず、むしろその悪意も速く蒼人の中から逃げ出そうとしているかのよう。
「はぁ…はぁ…うっ!?うぷっ!?」
しかし、どうにも吐き気が治まらない。それに、全身を強打したかのような痛みが相まって、呼吸をするたびに体が軋むのだがら、自分の身に起こったことを知る由もない蒼人にしてみれば、きっとどうすればいいのかわからないのだろう。
早く、医務室へ…。激痛に軋む体をゆっくり動かして、今にも噴出しそうなその吐き気を耐えて。蒼人が歩き出そうとした…
―その時。
「苦しそうだな。」
「…え?」
突如降って沸いた声に驚く蒼人。この時間、学生達はすべて観客席に居り、教師達もその上で観戦している。いるとすれば、呼び出しの係りの者か、後は蒼人と同じ代表候補者だけ。
だからこそだろうか。虚ろになってくる蒼人の視界にも、その姿がはっきりと見えている。この場にいないはずの人間の顔を。
「…て、天宮寺…くん?な、何で…?」
「無駄に精神力が強いばかりに、ソイツを中途半端に押さえてしまったのか。」
「…何を…言って…ルンダヨ、コノクソガキィ!…うぷっ…ぼ、僕は…ボクハ…一体」
「逃げ出そうと暴れているのに、お前の中から逃げ出せないでいるのだろう。出てきては乗っ取ろうとして、押さえ込まれて正気に戻る。」
「ゴタゴタ言ッテンジャ…てんぐうじ…くん…に…逃げ…逃が……逃ガスワケネェダロ【黒翼】ノ孫ォ!」
正気と、悪意と。
押さえては飲み込まれるその苦しみの中でも、鷹矢の身を案じられる正気は彼ゆえの優しさ。しかし、彼の中に巣食った悪意はそれを書き換え、自身の絶対の目的である【黒翼】でさえもその目的の内容を書き変える。
苦しい、助けて、楽になりたい。
そんな感情が蒼人に沸き起こるものの、それと同時に沸きあがる鷹矢への、いや全てへの悪意がそれを許さない。口からもれ出る瘴気を飲み込み、一歩、また一歩とボロボロの体を前へすすめる蒼人の悪意。
「…俺は逃げん。お前には感謝しているからな。」
「アァ?」
「遊良の本気の引き出し方を実践してくれた。あいつ、今までルシフェルを一回も出せなかった理由が、まさか本気で戦う意思が足りない為だったとは。迂闊だったぞ、何せあいつ自身が気付いていないことだからな、俺もわからなかった。」
「意味ワカンネー事言ッテンジャ…」
「…まぁ、あれだけ遊良を怒らすことをしたのだ。無論俺とてただで許すこともしないが。」
「ア…アガガ…アガァ…」
「む?」
それを見てもなお、鷹矢は蒼人の前から逃げ出そうともせず、彼を見据えているだけ。堂々と立つ彼は、この危機的状況だというにも関わらず、いつもと変わらない姿でいる。
ただ蒼人を見て…本格的に悪意に乗っ取られ始めた蒼人の姿を見据えて、そしてデュエルディスクを構えて…
「安心しろ。今楽にしてやる。」
「アガガガガ…デュ…エル…ゥ…」
「うむ。」
…淡々と、言う。
「お前ノ闇ハ、俺ガ喰らウ。」
―…
10分後…血を吐いて倒れている蒼人が、次の選手を呼びに来たスタッフによって発見された。
全身に強い殴打の痕があるものの、何とか応急処置によって一命は取り留めたらしく、すぐに救急搬送されて行ったらしい。
―しかし、それだけでは終わらなかった。
控室に居たはずの虹村と紫魔 右京も同様に、意識不明の重体となって発見されたのだ。部屋は荒らされ、彼らの体にも『何か』強い衝撃を喰らった痕があり、血を吐いて倒れていたという。
―その真実を知るものは、今はここには居らず…