遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep21「起こっている何か」

和風のテイストが強く押し出されている美しい庭園。その軒先に腰かけて、決闘学園イースト校2年、融合クラスの紫魔 ヒイラギは優雅にお茶を啜っていた。

 

その傍らに、先日意識不明の重体となって発見されたばかりである従者…紫魔 右京の、性別は違うものの双子の兄妹ゆえか、右京とそっくりの顔をしたもう一人の従者…紫魔 サキョウを立たせて。

 

厳選された銘柄から煎れられたソレを静かに啜る仕草には作り物でない確かな気品が溢れており、それはやはり名家「紫魔家」の血なのか。長く艶やかな黒髪を全く乱すことなく、静かに彼女は呟く。

 

 

「計画通りですわ。これで私は何の苦労もなく代表入り。本家にまた一歩近づきましたわね、サキョウ。」

「全てお嬢様の思惑通りでございます。」

 

 

従者の返事にご満悦の表情を崩さずに、ヒイラギはもう一啜りお茶を吸うと、従者に注ぐように手渡した。

 

この関係、この立場が、彼女たちのスタンダードなのだろう。傍から見ていても全く違和感のないヒイラギの振る舞いに、手渡されたサキョウも当たり前のようにソレを受け取った。

 

新たにお茶汲みをするサキョウの仕草もまた手馴れており、主の望む味を把握しているのだろう。時間を計らずともソレを注ぐ時間を体が理解しており、再度手渡した所でヒイラギが口を開く。

 

 

「でも右京ったら。まさかしくじって自分まで巻き込まれるなんて。本当に使えない男ですわね。そうは思わなくて、サキョウ?」

「はい、お嬢様。」

「…まぁ流石の私も、まさかここまでの事になるとは思いませんでしたが。…天城 遊良まで代表入りとは少々予定外でしたわ。」

「…あの…お嬢様…右京のことは…」

 

 

そんな中でサキョウが主に尋ねるものの、その声は先ほどと比べても若干不安げに変わっていた。

 

そう、意識不明で見つかった蒼人と虹村、そしてサキョウとそっくりの顔をした紫魔 右京は、数日経った今も救急搬送された病院に入院していた。幸いにも命に別状はなかったものの、ダメージが思いのほか重かったらしく未だに意識は戻らないままで。

 

そして教師達はその対応に追われ、学生達には真実は隠されたまま。

 

突然の選抜戦中止と、強引にイースト校代表に決まった天城 遊良と紫魔 ヒイラギへの不信感を募らせている生徒もいるらしいのだが、泉 蒼人を大勢の目の前で倒した遊良と融合クラスの支持が厚いヒイラギに文句を言える生徒は少ないのが現状である。

 

 

ーこんな不祥事をマスコミが嗅ぎつければイースト校は【決闘祭】どころではないことは必至。

 

 

しかし驚くことにマスコミが嗅ぎつけるような様子もなければ、警察も介入してこないところを見るに、決闘学園よりももっと上の組織…およそ【決闘世界】が世間への情報の隠蔽を行ったことは彼女にだって容易に想像できることだ。

 

 

生徒が数名事件に巻き込まれたくらいで【決闘祭】は中止されるはずが無い。何においても開催しなければいけないそれを、あの【決闘世界】が曲げるはずが無いのだから。

 

 

「はい?何か言いましたか?…それより、あなたはこんなことが無いようお願いしますわ。これからもっと忙しくなるのですから。…ね?」

「…ッ…ハ…はイ、お嬢様。」

「ホホ…思い知らせてやりますわ。いいわね、サキョウ?」

「…はイ、お嬢様。」

 

 

静かに、いつものように主の問いかけに応える彼女の表情は、常に一緒に居るはずの双子の兄がそこに居ない違和感にあふれているものの、ヒイラギは手につけた黒い宝石の指輪を一振りすると、いつもと変わらぬ声質でそういうだけだった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「元気そうですね、李理事長。」

「これはこれは砺波理事長。あなたもお元気そうで。」

「おかげさまでね。すみません、少々忙しくしておりまして。来るのが遅れました。」

「いえいえ。来ていただけて嬉しい限りです。」

 

 

超巨大決闘者育成機関【決闘世界】が運営する、決闘市にあるとある大型病院。噂では、要人などが秘密裏に使用するというこの病院の、VIP待遇ということが見てわかる病室の一つに、決闘学園イースト校理事長、砺波 浜臣は同じく決闘学園ウエスト校理事長である男を見舞っていた。

 

 

李 木蓮(り もくれん)

 

 

著名な決闘者でない彼のことを知っている人間は少ないだろう。デュエリストとしての実力は、下手をすれば彼の学園、決闘学園ウエスト校の生徒たちの方が強いかもしれないのだから。

 

 

それでも、この李 木蓮が【決闘世界】の構成員の一人として活動し、決闘学園ウエスト校の理事まで任せられていることには、一重に彼がデュエル界に残した数々の功績があるからに他ならない。

 

 

ー世界中でも4社しか存在しない、【決闘世界】が管理・許可しているデュエルモンスターズの新規カードの作成。

 

 

もう100年単位で新規会社の立ち上げ許可が降りなかった当時で、この業務を行う目的の会社を新たに一つ立ち上げ、新たなカードの作成を許可された事は当時大きく取り上げられた。

 

 

そして他の追随を許さぬ手腕で、厳しい【決闘世界】の製作許可申請を通り続け、一番の新参者だというのに今この世に存在している数えきれないほど膨大な既存のカードの、実に1/5は彼の会社よって世に出回っているといっても過言ではない。

 

 

そんな彼が、【決闘世界】の一員になることは最早決まっていたことなのだろう。砺波も現役時代からビジネスライク以上に李 木蓮とは親交を深めており、引退の末に傷心の中に居た砺波を【決闘世界】に誘ったのも友となった彼によるものだ。

 

 

「あなたの身に起こったことは私にも報告が来ています。…随分酷いありさまだったのだとか。」

「お恥ずかしい限りです。命があっただけでも良かったと医者に言われましたよ。まさか1ヶ月も意識を失っていたとは。」

「鷹峰…あの男は一体何をしているんだ…。」

 

 

そう、砺波の元に舞い込んだ報告。丁度夏に入ったばかりの頃だっただろうか。

 

ウエスト校とサウス校理事が大怪我をして救急搬送されたのだ。誰かに襲われたのは間違いないのだが、そのあまりに酷い怪我の具合に人間技ではないとさえ【決闘世界】では結論が出ている。

 

 

無論、李と深い交流がある砺波もすぐに駆け付けたかったのだが、それでも【決闘世界】からの業務やイースト校の仕事が次から次へと舞い込むものだから砺波も報告を待つ以外にできることがなかったのだ。

 

 

それに加えて、先日のイースト校の学校代表選抜戦の最中に突如起こった生徒襲撃事件。被害にあった生徒の家族への説明と対応と、他の学生達への対応、それと【決闘世界】が行った隠蔽工作に、同じく構成員である砺波も時間を取られたことが大きいのだろう。

 

 

しかし、李が襲われた相手がなんとあの【黒翼】、天宮寺 鷹峰だというのだから、その報告を聞いた砺波の驚きはあまりに衝撃だった。

 

…このことも、もちろん警察は知らない。【決闘世界】にのみ伝わっている情報で、そしてソコで止められているからだ。

 

とは言え、鷹峰が自ら進んで罪を犯したというわけでは無く、むしろ襲われた彼らにとっては救世主らしいのだから、同じ決闘学園の理事長として狙われる可能性のある砺波も、やっと少しの暇を見つけてこうやって直接会って話を聞きに来たというわけだ。

 

 

「しかし、あなたをこんな風にした鷹峰を何故摘発しないのです?サウス校の理事まで被害にあっていると言うのに。」

「…いえ、【黒翼】が居なかったらと思うと、正直ぞっとします。」

「…何があったのですか?私の元にも【決闘世界】から厳戒態勢をするように通達が来ていますが…」

「はは。【白鯨】と呼ばれていたあなたに限っては無用の通達でしょうな。」

「それは、どういう…」

 

 

一体なぜ王者の名が関係あるというのだろうか。意味が分からないといった顔をしている砺波を見て李は笑みを浮かべはしたものの、すぐにその表情を真顔に戻しやや俯く。

 

数々の痛々しい打撲痕。傷だらけの腕に、折れた足。内臓にもダメージを受けて、一時は生死の境を彷徨っていたと言うのに、それでもそれを行った【黒翼】にまで感謝を述べる李は、砺波には信じられないのだろう。

 

元々鷹峰とは相容れぬ仲、しかしあの男が快楽で人を襲うとは考えにくい。そうして、李は少しの沈黙の後に口を開いた。

 

 

「砺波理事長…信じがたい話かもしれませんが…私は…私の生徒を襲う所だったのです。」

「なっ!?一体何が!?」

「それを【黒翼】が止めてくれた。それだけならいいのですが…しかしその止め方というのが…」

「と、止め方…」

「デュエルによる敗北、です。それも、普通のデュエルではない…モンスターが…実体化していたのですよ…」

「まさか!?そ、そんなことが!」

「全てお話ししましょう。【決闘世界】から口止めされていますが、あなたももしかしたら他人事ではないでしょうから。」

「は…はい…」

 

 

まるで信じられない事実。しかし、そうでなくてはこの大怪我はありえない。そして、次々に語られる李 木蓮からの言葉に、砺波の思考には濁流の様に流れ込んでくることがあったために、口を開くことが出来なかった。

 

 

なぜなら、木蓮の話しに被って砺波の脳裏には、フラッシュバックのように思い浮かびあがってきたことがあったのだから。

 

…先日起こった、とある生徒のまるで暴走とも思えるようなデュエル…その彼らしくないデュエルの内容と、その後に起こった事件があまりに木蓮の話しと似通っていたために。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

日が落ちるのが早くなってきた時期。もう少し経てば雪も降って来るだろう。そのせいか、随分寒くなってきたのもあり、決闘市を歩く人の服装も厚着になる季節になってきている。

 

しかし、もう夜も更けた時間。この時間に外を歩いている人間も少なく、街の光も落ちてかなり暗い。仕事に追われる以外で、この時間に街にいる人間といえば、およそ『何か』事情がある者が多いはずだろう。

 

そんな時間…決闘市のとあるBarの一つに、大きな気配を持った2つの人影があった。

 

…一人は初老の男性、一人は若い女性。

 

 

「わりぃな。急に呼び出してよ。」

「いえ、別に構いませんよ。」

 

 

誰もが知る決闘者、【黒翼】こと天宮寺 鷹峰。

 

普通なら、こんな決闘界の大物が若い女性とこんな時間に密会しているという状況など週刊誌の大好物。

 

昔から問題が多いことで有名な【黒翼】といえど、スキャンダルとして取り上げられることは必至。しかし、店内がざわつくことも無ければ、彼らを見ている者もいない。

 

 

それもそのはず。今、店内にいる客は彼ら二人だけしか居ないし、鷹峰の若かりし頃からの馴染みの店だけあって、今更バーテンダーも鷹峰に対して言う事など無いのだろう。

 

 

呑みなれたウイスキーのグラスをやや傾けて、ソレを体に注ぎ込む。

 

 

「…しかし珍しいですね。鷹峰さんから呼び出すなんて。どういう風の吹き回しですか。」

「カッカッカ。なに、ちーと暇になったモンでよ。」

 

 

そして鷹峰に問いかけるは、浅黒い褐色の肌に、夜の闇に負けないほどの黒髪を長く伸ばした女性。

 

鷹峰が呑んでいるものと同じウイスキーの入ったグラスを傾けながら、ゆっくりとソレに口をつける仕草は、店内の薄暗さも相まって誰が見ても見惚れるモノとなっている。もっとも、現在店内には彼女に見惚れる客は一人として居ないが。

 

 

―釈迦堂 ラン

 

 

10年ほど前…齢10歳前後の年にして当時の王者3人を相手にし、非公式ながらもその全てに勝利した決闘者。

 

今はとある目的のために世界中を放浪しているという、そんな彼女の詳細を知る者はほとんど居ない。

 

そんな並々ならぬ気配を持つその存在は、隣に座っている【黒翼】の気配と相まって、異常な空間を作り上げていた。

 

きっと、店内に彼ら以外の客が居ない原因も、彼らが共に居ることが大きいのではないかと思われるくらいに店内の雰囲気は重苦しい。その仕草一つ、言葉一つとっても常人なら逃げ出したくなる圧力だと言うのに、それが二つもあるのだ。長年この仕事で色んな客を見てきたバーテンダーでなければとっくに逃げ出していただろう。

 

 

その中で、もう一口グラスに口をつけた所でランが口を開いた。

 

 

「仕事はいいんですか?その為に決闘市まで帰ってきたというのに。」

「まぁな。今は向こうからも連絡来ねーし、おかげで商売あがったりよ。」

「あぁ…確か【決闘世界】の依頼でしたっけ。…でも鷹峰さん、プロの試合だってあるでしょう?」

「あぁん?カカッ、試合の方も挑戦者が見つからねーもんだからそっちも暇でよ。」

「ふふ、あなたに進んで戦いを挑もうとする挑戦者を探す方が難しそうですが。」

「カッカッカ。こんなジジイにビビってるようじゃあ、今の若けー奴らも大したことねーな。若けー奴らはもっと威勢が良くねーとよ。」

 

 

 

そう、夏前頃から頻繁にかかって来ていた鷹峰への仕事の依頼。暴走したデュエリストの、沈静化という名目の一種の叩き潰しのことであり、決闘学園ウエスト校とサウス校の理事長が感染したことから始まったこの怪事件のことだ。

 

元々決闘市にだけ起こっていたこの感染も、まさか決闘市から遠く離れたルード地区にまで突発したことで、感染の可能性が決闘市以外にも広がってしまったらしい。

 

 

一応、まだルード地区以外にその感染は見られていないものの、そのせいで依頼主側も調査に時間を取られているのか、時折向こうから定時連絡はあるものの最近はめっきりその依頼の電話が来なくなっていたのだ。

 

しかし元々は決闘市に限局していた事件だけあって、極稀に決闘市に現れる暴走したデュエリストに関しては連絡が来るために、それを狩ることは忘れていないが。

 

 

「つーか何が『仕事はいいんですか?』だ。俺の仕事を横取りしやがって。最近じゃお前さんに獲物を取られてばっかりで俺が退屈ったらねーってんだっての、ランさんよぉ。」

「…それは鷹峰さんの到着が遅いのがいけないんでしょう?こんな面白いゲームを独り占めなんて酷いですからね。…まぁ、まるで相手になりませんが。しかしリミッターが外れた相手と言うのは私を理解できないのか、遠慮が無いのがいいですね。こちらも好き勝手に出来ますし。」

「カカッ、元々好き勝手にしてる癖になに言ってやがんでぃ。」

「確かにそうですね。フフッ。」

 

 

そういって、可笑しそうに笑う鷹峰とラン。

 

秘密裏に行われているこの鷹峰への依頼…警察も介入せず情報も漏れないところを考えると、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】が牛耳っていることは彼女にだって容易に想像できることだ。

 

無論、鷹峰に電話をかけてきている人物も、公に名前を出すことは出来ない人物ではあるものの、【決闘世界】に所属する人間であることは確か。

 

…というより、そのくらいの地位にある人物でないと、この【黒翼】に仕事を依頼などできないだろうが。

 

 

「この街は私には退屈ですからね。気まぐれで鷹峰さんについて来ましたが、その鷹峰さんもお忙しいみたいですし、コレくらいの暇つぶしが無いと。それも最近は少なくなってきましたし、そろそろまた旅に出たいものです。」

「おいおい、もう行くつもりかよ。ったく、若けーやつはせっかちでいけねーや。せめて【決闘祭】くらいは見てけや。」

「けっとうさい…あぁ、決闘市の祭典でしたっけ。…まぁ、暇つぶし位にはなりそうですが。今更学生レベルのデュエルを見たって…」

「あぁん?いい『暇つぶし』になると思うぜ?カッカッカ。」

 

 

渇いた笑いを響かせて、喉にウイスキーを流し込む鷹峰。

 

それを見たランの表情は、不思議な物を見たかの様になるものの、もう来月に迫った決闘祭、鷹峰はよほどソレが楽しみなのか。

 

酒の力もあるだろうがその表情は楽しげで、いつもは他者を押しつぶすような圧力を放つ彼も、決闘祭の話しを持ち出したときだけはそれが和らいだことをランは感じ取った。

 

 

しかし、たかが学生レベルの『じゃれあい』を観戦したところで、彼女が求める『同類』など見つかるはずがないだろうと思っているランの考えは、鷹峰とて理解しているはず。

 

かつて戦った、歴戦を戦い抜いた王者とて…彼女の求める存在ではなかった。

 

いや、ランに感化されて、唯一自力でここまでたどり着いた鷹峰は別にしても…それでも『化物』と呼ばれるくらいの力を持つ決闘者は、世界中を歩き回った彼女でも見つけることは容易ではないのだ。彼女が決闘市を離れて約10年…その間、鷹峰以外で見つけた『化物』はたった1人。

 

 

―それ以上に叩き潰したデュエリストは数え切れないが。

 

 

「まぁ今年は珍しく、俺に琥珀に、あと恋介までゲストに来るからなぁ。お前さんにとっても悪い話じゃねーだろ?」

「…世界に名だたる王者3人がゲストとは。ふふ、琥珀君がうるさそうですが、確かに覗いてみるのもいいかもいいかもしれませんね。」

「カカッ、そう来なきゃな。」

 

 

決闘市に拠点を置く3人の王者といえども…自由奔放な【黒翼】を除いた二人の王者の話だが…多忙極まりない王者が、普通なら【決闘祭】に顔を出すことはあまりない。

 

在位約10年という新参者の若き王者ゆえか、神格化されている【黒翼】と違って世界中の挑戦者から挑まれては日夜飛び回ってデュエルに明け暮れる日々を送る【白竜】と【紫魔】。

 

そんな【白竜】と【紫魔】、そして他に縛られない【黒翼】が…偶然にも、この時期に拠点である決闘市に戻ってきていて、そして【決闘祭】の観覧を行うことは一種の奇跡だ。

 

そのくらいの大物が観覧する中でデュエルを行う学生達は果たして幸か不幸か。

 

中継が行われるだけではない、プロ関係者も多く見に来て、決闘市中の注目を浴びながらの戦い。それに加えて学生達が羨望する王者全員が見ている状況で、自分のデュエルが出来る学生が何人いるか。

 

 

「そういやお前さんの探し物もいくつか見つかったのか?」

「いえ、全然。流石にこの私を持ってしても見つけ出すのは容易ではありませんよ。」

「カカッ、そうか。お前さんにも出来ないことがあってホッとするぜ。」

「フフ、何を言いますやら。今更何があっても驚く鷹峰さんでは無いのでは?」

「カッカッカ、そりゃあ買いかぶりすぎだぜ。おう、そろそろ行くか?」

「えぇ、そうですね。」

 

 

グラスに収まった大きな氷が溶け出して、カランと音を鳴らしたのと同時に、まだ残っているウイスキーを置いて席を立った二人。

 

小さなBarには収まりきらない程の、二つの大きな気配と圧力がその場を後にしたことで、心なしか薄暗い店内もどこか明るくなった気がするものの、それを感じ取れる人間がこの場にいないことは幸いか。

 

 

…きっとこの場に常人がいたら、急に楽になった呼吸で、吸い込みすぎて逆に息苦しくなるだろうから。

 

 

薄暗い店内から出た所で、それ以上に暗い決闘市の街に吸い込まれるようにして、二人は歩き出した。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…このあたりでしょうか。」

「お前さん、本当にわかんのか?」

 

 

しばらく歩いただろうか。鷹峰とランが立ち止まったのは決闘市の外れにある、とある開いた場所。ランに連れられるまま、こんな辺鄙なところまで鷹峰が連れてこられたのには理由がある。

 

別に、このまま一戦始めるというわけではない。いや、この二人が一戦始める場合は確かにこんな場所で、かつ人払いでもしなければ周りが持たないだろうが。

 

観客などもっての他、この二人のデュエルをまともに観戦しようと思ったら、彼らについていけるくらいの力と精神を持ったものでないと、その戦いを目に移すことなど叶わないだろう。

 

鷹峰的にはそれでも良かったのだけれど、しかしランが面白い物を見せるというものだから連れられてきたというわけだ。

 

 

「一体なにを見せるってんだよ。」

「すぐにわかりますよ。もうそこまで来ていますし。」

「あぁん?」

 

 

そう言ってランが指差した方向へと視線をやる鷹峰。風が吹くたびに草が擦れあう音が聞こえるものの、街と違って灯りなど無い場所で、闇の中に目を凝らしても何も見えるはずはない。

 

―しかし、それでも。確かに感じられるモノはある。

 

 

「なぜ私が鷹峰さんよりも『アレ』を多く狩れたのか教えてあげます。…私は、どうにも『アレ』を感じ取りやすいみたいなんですよ。おかげで随分退屈しのぎをさせてもらった。」

「カッカッカ。おいおい…マジかよ。」

 

 

それは…

 

 

「ア…ガァ…」

 

 

ずっと鷹峰が狩ってきた『モノ』だったのだから。

 

フラフラと足取りを怪しくさせながら近づいてくる存在。きっと一般人なのだろう、醸し出す気配は大したものではなく、この夜のように黒い靄に塗れているものの、それに飲み込まれきっているのは見て明らか。

 

なぜなら鷹峰が以前に倒したサウス校の理事長は、こんな呻くだけでなく自分の意思表示をしてきたのだから。

 

 

かつて、【白鯨】である砺波 浜臣に一歩及ばなかったものの、現役時代は砺波に次ぐタイトルを保持し、そのプレイスタイルと荒い気性で、『烈火』の二つ名を持っていたシンクロ使いの彼女ではあるが、鷹峰が彼女を狩ったときにはそれ以上の『悪意』を撒き散らして襲い掛かってきていた。それでも、こちらの話を理解し会話を取ることが出来たのだから、その差は鷹峰とて想像がついているが。

 

 

…きっと、その人間が持つ精神力によるのだろう。

 

 

この一般人のようにこの黒い靄に飲み込まれて、言葉無き『モノ』になりさがるか、それを抑えて『悪意』に塗れるか。

 

 

「さて、随分久しぶりに出てきた獲物ですが…鷹峰さんにまだ連絡は来ないようですし、コレは私が狩ってもいいでしょう?」

「カカッ、若けーやつは威勢がいいねぇ。好きにしろい、酔ったジジイはここで観戦させてもらうぜ。」

 

 

一般人といえども、決闘市の人間。

 

虚ろな手付きで誰でも持っているオーソドックスなデュエルディスクを展開すると、黒い靄がデッキにまで侵食していく。

 

そうして常人では絶対に戦おうとする意思すら放棄するであろう、圧倒的恐怖を駄々漏れにして敵を値踏みする、この釈迦堂 ランという『化物』を目の前にしても、『ソレ』はデュエルディスクをデュエルモードに移行させた。

 

 

「アガァ…デュ…デュエ…」

 

「では…」

 

 

―デュエル。

 

 

そうして始まる。先攻は、虚ろな目をした『ソレ』。

 

 

「センコウ…【ヴェルズ・カストル】ヲ召喚シ…【ヴェルズ・ヘリオロープ】モ通常ショウカン…2体デオーバァレイィ…ランク4…【ヴェルズ・オピオン】…。」

 

 

【ヴェルズ・オピオン】ランク4

ATK/2550 DEF/1650

 

 

「効果ハツドウ…一ツ使ッテ…【侵略の汎発感染】ヲ加エル…2枚伏セテ…ターンエンド…」

 

 

『ソレ』 LP:4000

手札:5→2枚

場:【ヴェルズ・オピオン】

伏せ:2枚

 

 

『ソレ』の場に現れるは、悪意に感染した黒き竜。それを見る鷹峰の目には、決闘市から遠く離れたルード地区にも現れたように、他の使い手が使うどのヴェルズ・オピオンよりも凶悪に見えるものの、それに対して何かを感じるわけでもない。

 

ただ、凶暴に吼える悪意の竜を、酒に酔って楽しげに見ているだけ。

 

 

「ほう…ヴェルズかい。最近も聞いたなぁ、カッカッカ。」

「レベル5以上のモンスターを特殊召喚できないというわけですか。…さしあたって問題はありませんが。しかし大したことのない相手でも、私相手に全力で向かってくるのは好感が持てますね。」

「ケッ、どうせデュエルしたことすら覚えてねーんだがな。つーか意識あったらお前さん相手になんか出来ねーだろがい。」

「ふふ、確かに。」

 

 

悪意に飲み込まれ、目の前の相手を喰らい尽くす目的だけで向かってくる『ソレ』に狙われているというのに、まるで遊んでいるかのように緊張感も何もない鷹峰とラン。

 

しかし、それは当たり前なのか。

 

相手を出来るデュエリストを探す方が難しい、この釈迦堂 ランという女性。自分から向かってくる相手ならば、たとえどんな状態でも好ましいのか。こんな低レベルの相手なのだとしても、暇つぶしにはもってこいと、そう言わんばかりに。

 

ただ淡々と、ターンがランへと移る。

 

 

「私のターン、ドロー。手札から【地帝家臣ランドローブ】を特殊召喚。【ヴェルズ・オピオン】を裏側守備表示にする。」

「ヌゥ!?」

 

 

【地帝家臣ランドローブ】レベル4

ATK/800 DEF/1000

 

 

そんな中、たったの一枚のカードで制約を無に帰すラン。

 

【ヴェルズ・オピオン】の永続効果は、高レベル戦略をとる相手には確かに強力な枷となるものの、彼女はこんな制約を課せられた所で足止めにもなりはしないのか。

 

実力が桁違いな相手には下手な小細工など通用しないというが、そんな次元の話ですらない。まるで呼吸と同レベルで、彼女は当たり前のようにデュエルを続けるだけなのだから。

 

 

「魔法カード【汎神の帝王】を発動。手札の【真源の帝王】を捨てて2枚ドロー。【汎神の帝王】を除外し効果発動。私が選ぶのは3枚の【帝王の深怨】。…選ぶ必要も無いですね、私は【帝王の深怨】1枚を手札に加える。【天帝従騎イデア】を召喚し、デッキから【冥帝従騎エイドス】を守備表示で特殊召喚。」

 

 

【天帝従騎イデア】レベル1

ATK/800 DEF/1000

 

【冥帝従騎エイドス】レベル2

ATK/800 DEF/1000

 

 

ランの場に現れたのは、従騎と呼ばれる帝王の僕。

 

天帝と冥帝、2人の帝王に使えるこのモンスター達は、自分達の主を降臨させる力を持つかわりに、エクストラデッキからの特殊召喚を許さないという制約をプレーヤーに課す。

 

まぁ、元々地帝家臣の特殊召喚時にこの制約は発生しているものの、並のデュエリストではこの制約に苦しむことになるだろうが…

 

 

―そんなことなど、この釈迦堂 ランには関係ない。

 

 

「このターン、私はエイドスの効果でアドバンス召喚を行える。私は2体の従騎をリリースし、レベル8【天帝アイテール】をアドバンス召喚。」

 

 

―!

 

 

そうして降臨せしは、夜の闇を引き裂く光を纏った天の帝王。民を治める偉大なる姿は、まるで霞みの如く消え去ってしまいそうなほどに麗しいものの、その力は強大そのもの。

 

帝王たちの頂点に立つ天帝が現れる時、その膝元にはさらなる帝が集うのだから。

 

 

【天帝アイテール】レベル8

ATK/2800 DEF/1000

 

 

「イデアが墓地へ送られたことで、除外されている【汎神の帝王】を手札に戻す。そしてアイテールのアドバンス召喚成功時、私はデッキから【真源の帝王】と【帝王の深怨】を墓地へ送って、デッキから【光帝クライス】を特殊召喚する。」

 

 

【光帝クライス】レベル6

ATK/2400 DEF/1000

 

 

虚竜の制約など、先ほど無に帰したために何の役にもたっていない。

 

アイテールの後光に呼ばれ、光り輝く帝王の一体が現れた。全属性に存在する帝モンスターの中で地水炎風の帝と異なり、アドバンス召喚時以外にもその効果を発揮するこの光帝は、場に出たターンに攻撃が出来ないものの、その光を放って2枚までカードを破壊できる効果を持つ。

 

その破壊は自分の場からも選択でき、破壊されたカードを新たなカードへと変換できるのだ。それを自分の場に使えば自分がドロー出来ることはランとて百も承知。しかし、このターンで勝敗が着いてしまうのだから、今更ドローしたところで意味が無いだろう。

 

ランは淡々と、伏せられて分からないはずの敵の伏せカードを、その名称と共に宣言した。

 

 

「【光帝クライス】の効果発動。私が破壊するのは貴様の伏せた【侵略の汎発感染】と【聖なるバリア‐ミラーフォース】だ。」

「ヌァ!?」

「さぁ2枚ドローするがいい。まぁ、引いた中に私の攻撃を止められる物はないがな。…私は墓地の【真源の帝王】の効果発動。墓地の【帝王の深怨】を除外し、このカードを墓地から通常モンスターとして守備表示で特殊召喚する。」

 

 

【真源の帝王】レベル5

ATK/1000 DEF/2400

 

 

「魔法発動【二重召喚】。このターン、通常召喚権が2回になる。…先ほどのエイボスの効果で得たアドバンス召喚権とは別にな。私は【地帝家臣ランドローブ】と【真源の帝王】をリリースし、レベル8【冥帝エレボス】をアドバンス召喚。」

 

 

【冥帝エレボス】レベル8

ATK/2800 DEF/1000

 

 

そして最後に現れたのは、天帝と対を成す冥府の帝王。

 

敵が放つ瘴気を嘲笑うように冥帝が発する闇が周囲に充満し、ランが持つ圧倒的恐怖にも似た圧力と相まって、この辺り一体だけまるで世界が違うかのように雰囲気が変わっていた。

 

 

この場に他の人間が居ないことがどれだけ幸いなことなのか、この場に居ない者に聞いた所で理解など出来ないだろうが。この場に居る唯一の他者、涼しい顔で笑って観戦している鷹峰が異常なだけ。

 

 

ランとは根本的な部分が違うものの、自力で同じところまで上り詰めたこの男もまた『化物』なのだから。

 

 

「レベル8ノモンスターガ…2体ィ…」

「何を言っている。私はこのターン、エクストラデッキからモンスターを出せない。…まぁ、私のエクストラデッキにはモンスターは1体も居ないがね。ランドローブの効果で墓地の【天帝従騎イデア】を手札に戻す。そしてアドバンス召喚に成功したことで【冥帝エレボス】の効果発動。デッキから【帝王の開岩】と【帝王の烈旋】を墓地へ送って、裏守備表示の【ヴェルズ・オピオン】をデッキへ戻す。」

「ヌゥ!?」

 

 

何もさせず、何も許さず。この程度の相手が課した制約では、彼女の手を止めることすら出来はしない。

 

場で荒れ狂わんとした悪意の虚竜も、その虚竜を守る魔法も、自身を守るためのバリアすら存在することは許されない。

 

唯一の温情、ドローを許されて2枚増えた手札さえも、帝王の進撃を止めることは叶わない物であって。

 

 

―存在からして違う『化物』

 

 

この男が感染した悪意の瘴気だって、突き詰めれば謎の存在であるはずなのに。彼女の前ではそれもなきに等しいのだろうか。彼女を見ていると、そんな風にすら錯覚しそうになることこの上ない。

 

 

…この場には、それを感じる『弱者』などいないが。

 

 

「ふむ。今までの獲物の中では随分と弱い方でしたね。バトル、【天帝アイテール】と【冥帝エレボス】でダイレクトアタック。」

 

 

―!

 

 

「ヌオォォォオ!?」

 

 

天帝の杖から放たれる光、冥帝の掌から吹き荒ぶ闇。その二つに巻き込まれて盛大に吹っ飛んでいく『ソレ』が放つ悲鳴らしからぬ音などまるで気にも留めずに、実体化しているモンスターをさも当たり前のように操るラン。

 

吹き飛ばされた『ソレ』が地面に何度かバウンドして動かなくなった所で、無機質な機械音だけがその場に鳴り響いた。

 

 

『ソレ』 LP:4000→0(-1600)

 

 

―ピー…

 

 

「グオォ…ブフォォオオ…」

 

 

そして、負けたことに連動してか、吹き飛ばされた『ソレ』の体中のいたるところから噴出される黒い靄が夜空へと吸い込まれていく。

 

夜の黒に負けないほどの黒い靄であっても、その存在ははっきりと感じ取れるのか。ランと鷹峰は噴出されていく黒い靄をただ見ているだけだ。

 

幾度となく狩った『ソレ』らから、いつものように吐き出されるこの靄など、もう見慣れたものなのだろう。噴出しきるのを待って、ランが再び口を開いた。

 

 

「さて、この変な黒いのも抜けましたし、救急車でも呼びますか?」

「…その必要はねぇぜ。随分遅い電話が今かかってきたところだ。」

 

 

懐から端末を取り出し、その呼び出しに応じようとする鷹峰。最近めっきりだったこの相手からの電話も懐かしく感じられるものの、それが嬉しいわけでは断じてない。

 

世界に名だたる【黒翼】をこき使うこの相手を、この仕事が落ち着いたらどうしてやろうか、電話の間中はそんなことを考えているくらいなのだから。

 

 

『…仕事だ【黒翼】。随分久しぶりにだが、今度は郊外に…』

「安心しろや。もう終わったぜ、カッカッカ。」

『なっ!?そ、そうか…しかし、連絡よりも早く片付けるとは随分仕事が早いな。』

「おう、感謝しろい。」

 

 

開口一番で鷹峰にそう言われ、焦りと驚きの混ざった声で返事を返すこの電話主。

 

 

…今までの調査から、瘴気から開放され正気を取り戻した所で、完全に飲み込まれた場合には記憶に何も残らないことが分かっている。

 

 

きっと、目を覚ましても感染する前のところまでしか覚えていないのだろう。随分と都合のいい感染だが、何も知らぬ一般人にはそれでいいのかもしれない。

 

そして、およそ名前を公開できない立場にいるこの相手でも、【決闘世界】の構成員というだけあってこういった後始末を秘密裏に行うことには慣れているのか。

 

今まで行ってきたように秘密裏に病院に搬送し、息のかかった『わかっている』医者からの、『もっともらしい』説明を受けるのだ。

 

 

『こちらで後始末をしておこう。君は下がってくれて構わんよ。また何か分かったら連絡する。それまで気を抜かないでくれ。』

「あぁん?誰に物言ってやがんでぃ。あんまり調子に乗りすぎっと…」

『…わかっている。ではな、【黒翼】。』

 

 

鷹峰のイライラした声を遮るようにして電話を切る電話主。

 

触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだが、すでに逆撫でしまくっているのだからそれも意味は無いだろうが。怒りの矛先を失った鷹峰が端末を再び懐へと入れると、街へと戻るために歩き出した。

 

 

「…ケッ、つくづく勘に障る野郎だぜ。」

「さて…片付いたことですし、呑みなおしますか?それとも鷹峰さんは見ているだけだったのでここらで一戦戦りますか?」

「カカッ、ヤッてもいいけどよ、イライラして酔いが醒めちまった。呑みなおしに行くぞ。ヤるのはその後だ。」

「はいはい、お供しますとも。鷹峰さんの奢りは美味い酒が呑めますからね。」

「カッカッカ。若けーくせに酒の味覚えやがって。いいぜ、飛び切り美味い酒呑ませてやんよ。」

 

 

異変が起こっている事を一般人は知らずに、いつも通りに生活するのみ。しかし、その裏では確かに、この決闘市で『何か』が起こっている。

 

もうすぐ始まる祭典に、心躍らせている決闘市の雰囲気の中で、暗躍している人間の心情を知るものは居ない。

 

この夜の闇に吸い込まれるようにして、ランは姿を消していく。鷹峰も、一度だけ後ろを振り返って『ソレ』が倒れているもう少し先…夜に包まれていて見えない暗がりへと一瞥すると、ランと同じく歩き出した。

 

 

「カッカッカッカッカ…」

 

 

その少し離れた安全な場所で、この戦いを見ていたもうひとりの怪しい気配に気づいていたにもかかわらず。しかし、感染の気配ではない、ただの人間の気配。

 

そんなやつなど相手にする気も起きないのか…その真意はわからないものの、酔った鷹峰の乾いた笑いだけが響き渡って…

 

 

―…

 

 

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