遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
「いよいよ始まるね。」
食卓を囲んで、そう言ってルキは向かいに座って晩御飯を食べている遊良と鷹矢に向かって話しかけた。
当然のようにルキがこの家に居て、当然のように3人で食卓を囲むこの光景は、彼ら3人にとって違和感などない。と言うよりも、この空気感でなければ逆に違和感を覚えることだろう。
もう随分気温が低くなってきて、もう外には雪が降り積もってきている季節。
―そう、ルキの言ったとおりいよいよ始まるのだ。遊良が待ち望んでいた、【決闘祭】が。
師との約束。そして自分の力を見せ付けるための戦い。熾烈な戦いを乗り越えて、やっと出場を勝ち取った【決闘祭】。そして、今まで以上の戦いが待っているであろう祭典。
出場する他の決闘学園の学生達は手練れ揃い、そして皆プロを目指して必死に勝ちに来るだろう。その中でイースト校以上の、全決闘学園生徒達からの好奇の視線を突き刺される中で戦わなくてはいけない遊良の心情は果たしてどのようなものなのか。
そんな心配をしているルキを他所に、遊良は揚げたての唐揚げを一つ飲み込むと、そっけない返事を返した。
「あぁ。そうだな。」
「うむ。」
「そうだなって…それだけ?緊張しないの?鷹矢はするわけないけど。」
「それはどういう意味だ。俺だって緊張くらいするのだが?」
「ねぇ遊良ってば。」
「無視か?無視なのか?おいルキ、俺だって緊張くらいすると言っているんだが!」
「はいはい、緊張しすぎて食べ過ぎてるんだよね鷹矢は。もうこれで唐揚げ50個も食べてるんだから、お腹壊しても知らないよ?」
「心配するな。まだまだ食える。遊良、ご飯のお代わりだ。」
「もうねーよ。8合も炊いたのに全部食いやがって。」
最早いつもと変わらぬ彼らの会話、昔から変わらぬ距離感。
明日には始まる壮絶な戦いの前夜だというのに、全く気負いしていない遊良と鷹矢に安心感は確かに覚えるものの、しかしルキにはそれがどうにもむず痒い。
―師の命令で、昔から大きな大会に出場させられては荒稼ぎさせられていた鷹矢と違って、遊良には大会経験が極端に少ない。
無論、幼少期の遊良とて大会などに出場する気はあったのだが、大会運営の方が面倒事を嫌ってそれを許してくれず、また当時の鷹峰も無理強いすることが無かったために、今まで大きな大会などには出たことが無いのだ。
まぁルキからしても、それは別に大会経験が無い遊良に緊張して欲しいとか、不安に押し潰されそうな遊良を見たいとか…はたまた始めての大きな大会前に舞い上がってはしゃぐ遊良を見たいとか、そんなことでは断じてないのだが。
しかし遊良がここまで気分を上げない理由には彼女にだって想像がつくのだろう。
それは…
「ねぇ遊良、泉先輩のこと…まだ気にしてるの?」
「…まぁな。」
遊良と蒼人の選抜戦が終わってから起こった、3名の学生への襲撃。その真相は未だ分からず、公にされないことから追求も難しいこの事件。
襲撃の事実を知っている学生は遊良たち以外におらず、他の学生達には蒼人たちのことは伝えられないまま。蒼人たち3人は、体調を崩して入院という体裁をとってはいるが、それを不審に思う学生がいても不思議じゃない。
中には色々とかぎまわっている生徒も居るらしいが、そもそも学園側は隠蔽していることならば当然【決闘世界】が関わっているのだろう。学生レベルがどうこう出来る問題ではないことは確か。
…そして、遊良が【決闘祭】の代表に選ばれてから、イースト校は大変だった。
―普段の蒼人とデッキが違ったからと、蒼人の負けを認めないファンクラブの女生徒。
―去年の代表だった蒼人や虹村こそ代表に相応しいと、遊良に代表を降りろと圧を駆けてくる上級生。
―遊良に敗北を叩きつけられたにも関わらず、蒼人のためと割り切って陰口を再開する1年生。
そんなイースト校の学生達から敵意を向けられまくっていたのだから。
しかしいくら学生達が声を荒げて抵抗した所で、理事長である砺波 浜臣が認めた代表決定を教師陣が覆せるはずもなく、遊良の代表入りに抗議する学生達対、代表入りを認めざるをえなかった教師陣との対立が沸き起こっていたのだ。
それによって、より一層学生達からの敵意の眼差しと明後日な物言いが強まったのはいうまでも無い。
まぁ、そんな敵意を今更向けられた所で怯む遊良ではないのだが。
こんな状況は、昔と比べればなんてことない程度。力も無かった幼少期には、これ以上の敵意に突き刺され、周囲のいいようにされてきたのだ。それを打ち破って、今の力を得た遊良にしてみれば、【決闘祭】の代表は自らが勝ち取った物。
決闘学園で怪我人が出たと言うのに、それでも執り行われる【決闘祭】。
超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の取り決めは絶対で、イースト校理事長である砺波が不本意だと言ったのだとしても、遊良が結果を出して代表に選ばれたことは紛れもない事実だ。
そうだというのに、その後も上級生が特に遊良に直接突っかかって来たりもしたが…所詮それは言葉だけに過ぎず、デッキチェンジがあったとは言えイースト校の実力者である泉 蒼人に勝利した遊良に進んで挑んでくる者は少なかった。
また居たとしても、それを今まで通りに完膚なきまでに倒していただけに過ぎないが。上級生と言えども向かって来る学生はと言えば、蒼人との戦いでまた一つ強くなった遊良の力を、理解もできない有象無象。
また、遊良と蒼人のデュエルを理解できた大半の学生達は、ただ見ていることしか出来なかったのだから。
それなのに、遊良が引っかかっていることといえば…
「泉先輩、まだ意識戻らないんだってさ。」
「でもそれは遊良が悪いわけじゃ…」
「わかってる。…けどさ、俺とデュエルしたことも関係あるかもしれないだろ。…モンスターが実体化してたんだし。」
「…それは。」
そう、遊良にしてみれば、周囲の人間が好き勝手言うのは別にいい。所詮、安全なところから口だけしか出せないのだから。
それよりも襲撃を受けたという3人…特に、直接戦った蒼人に関しては思うところがあるだろう。重体となり、救急搬送された蒼人たち3人の学生は、未だに意識を取り戻さないまま。
体のダメージは回復したという。しかし、何故か意識を取り戻さない彼らに医者も頭を捻って手を上げるのみ。
始めは蒼人の怪我の原因が自分のせいではないと思えた遊良でも、ここまで意識を取り戻さない蒼人を心配できないわけがないだろう。それが例え、自分を本気で潰しにかかって、かつ自分の幼馴染2人を傷つけようとしていた相手でも、だ。
考え直せば蒼人の様子が異常だったことは明白で、それにキレて蒼人を傷つけたことには変わりないのだと、時間が経ってから後悔もでた。
もちろん、あの場であったことはルキと鷹矢にも説明してあるし…それに関連してルード地区で起こったことがルキにバレてしまい、鷹矢と共に盛大に叱られたことは置いておいても…もし蒼人が正気で、かつ彼らしいデュエルで挑まれていたとしたら。
―勝てていたか分からない。
過去の蒼人のデュエルを研究した感想では、遊良の中ではそう結果が出ている。
群雄割拠の決闘学園のトップに上り詰め、去年の決闘祭では2年生ながらベスト4。
周囲からのプレッシャーにも負けない精神力に、誰からも好かれる性格。
それに、なにより心から楽しんでデュエルをする彼と比較すると、遊良とは実力的にも精神的にもまだまだ差が大きいことが歴然だったのだから。
あの場の異常性を加味しても、事情が事情だったとしても…そんな蒼人から意識を奪ったかもしれない…その一端を担った可能性をどうしても考えてしまうのか。
加えて遊良も心の底では、実は蒼人とのデュエルが楽しみだったかもしれないと言うこと思うと…遊良がやるせない気分になるのは仕方ないのかもしれない。
「でもさ、遊良は本番でちゃんと勝ったんだし、泉先輩だけじゃなくて虹村先輩とか紫魔先輩だって状態が同じなんだよ?遊良のせいじゃ…」
「わかってるけどさ。わかってるんだけど…」
辞退など絶対にしないが、きっとこんな気持ちで【決闘祭】になど望むべきではない、そんなことは遊良にだって分かっている。
遠慮や後悔なんかに気を取られている暇など無いし、自身の退学や師の引退もかかっている戦いを前にして、気を張らないわけがない。それでも、どうしても考えてしまうのだろう。
初めて幼馴染以外に理解者になってくれたかもしれない相手の…置かれている現状を思うと。
そんな遊良を見てか、大量に積み上げられた唐揚げをみるみる吸い込んでいた鷹矢が口を開いた。
「何を下らんことを。どうせ明日になれば嫌でも戦わなければ行けないのに、今更余計なことを考えたところで始まらんというのに。」
「遊良を鷹矢と一緒にしないでよ。…鷹矢はいいよね。悩みなんて無さそうで。」
「ふん。形がどうあれ、選抜戦で勝ったという結果が出ている以上、代表になったのは遊良だ。虹村たちの意識もその内に戻るだろうし、外野がとやかく言う必要など無い。そんな事に気を取られて、俺と戦う前に他人に負けるのは許さんからな。」
「お前なぁ、簡単に言うけどよ…」
遊良の気持ちを知っている癖に、簡単に言う鷹矢。
遊良とて昔はそれに随分助けられもしたが、年齢を重ねた今もそうであるとは限らないことだ。しかし、余計な言葉にしなくても、鷹矢が放った言葉の真意は遊良に確かに伝わる。
それは、『悩むだけ無駄』、『下らない感情に囚われるな』と言っているにも等しいだろう。
昔から物事を簡単に考える鷹矢ではあったが、それでも確かな強さを持って皆に認められてきたこの馬鹿の言葉は確かに物事を的確に照らすのも事実。…それは、遊良もとっくに理解していること。今更思い出さなくたって、初めからわかっていること。
それでも、遊良の心は考えないわけにはいかなかった。いくら産まれた時から積み重ねてきた絆があっても、いくらお互いがお互いの『片割れ』であっても…『違う個人』には変わりないのだから。
考えることを分かっても、考えた中身は違う。色々と自分の考えに囚われやすい遊良のことを、理解している鷹矢であっても…遊良が考えた末の、心の中身を簡単に否定することは出来ないのだ。
そうだというのに…それを知っていてもなお鷹矢は己の真意を真っ直ぐに言い放つ。
「遊良、忘れるな。お前と本気で戦うために、俺は出るんだ。」
「それは…」
―いつか大舞台で、大歓声の中で全力で戦いたい。
いつか交わした約束。幼い頃、まだEx適性など調べておらず、未来に希望を募らせていたあの頃の。
いつだって、真っ直ぐに。悩んでいても、優先すべきことは何なのかを忘れるな…と。
色々と余計なことを考えても、何よりも大切な事をいち早く思い出させてくれる。それを本当に性質が悪いと遊良は思いながらも、それでも一緒に居ることが当たり前のこの片割れの言葉から、悩むことより進むことが大切だということを教えてくれるのだから、それによって、彼から何かが吹っ切れるのは確か。
やるせなさを感じるのは仕方ない。蒼人の身を案じているのも仕方ない。もしかしたら勝てなかったという考えも、自分が加害者かもしれないという疑惑も。
それを含めて、全てが彼の感情なのだから。それも含めて、彼が出した結果なのだから。
―けれど、それでも…遊良自身にとって、何が一番大切なことなのかは…彼とて忘れていない。
「…わかってるって。お前こそ、俺と当たる前にこけるなよ。」
「ふん、誰の心配をしているのだ、遊良の癖に。」
「んだよ、鷹矢の癖に。…ハハッ。」
「…フッ。」
「はぁ…男ってホント楽そうでいいよね。」
そんな、どうにも単純な男共を見て溜息を吐くルキ。
…いくら自分が悩んだ遊良を励ましても、鷹矢のたった一言に叶わないのは昔から。
それでも遊良がやる気になっているのだからそれはそれで良いものの、しかし彼女の心配事が尽きないわけではない。それに昔と違って、今の遊良がどこか変わっているかもしれないことを、ルキは感じていた。そう、【堕天使】を得てからの遊良はどこか焦っているようにも見えるのだ。
Ex適性を失ったことで、自分の存在を否定させないことに必死になっているのだろうか。今まで愛用してきた【神獣王 バルバロス】を筆頭に、作り上げてきたデッキを仕舞いこんで、新たな力で必死に戦い続ける彼の姿を見てどうにもやるせない気分になる彼女。
しかし、それでも…
「…でも鷹矢の言うとおり、【決闘祭】に出るのは決まってるんだし、退学までかかってるんだから頑張らないとね。」
遊良が遊良であることに違いはない。もし彼が『何か』を得て変わったのだとしても、彼の中に存在する大切な事は何一つ変わってないのだから。
「そうだな。それに先生を引退させたら大変そうだし。」
「ふん、あのジジイはとっとと引退でもさせて家に閉じ込めておいた方がいいがな。」
「もう、鷹矢はすぐ先生にそう言うんだから。…確かにハチャメチャだけど。」
「親父の苦労も考えずに好き勝手に生きるのも考え物だ。それでどれだけ迷惑をかけられたことか。」
「いやお前も同じ様なもんだろ。好き勝手に振舞う所とか特に。」
「む?それは心外だ。あんな我がままなジジイと一緒にするな。」
「だから一緒じゃねーか。」
―夜は、過ぎていく。戦いの日へと向けて。
―…
「お三方におかれましては、ご足労いただきましたことを真にありがたく存じ上げます。」
年季が入った老人の声で仰々しい挨拶をしながら頭を下げたこの人物。
相当な年だということは一目見てわかるだろう。長い年月をかけてこうなった、皺だらけの顔にくすんだ白い髪と髭。腰も丸まり手も細い…実際の身長よりも随分と小さく見えることこの上ない。
そんな年の人物が、自分よりも遥かに年下の人間に頭を下げて敬語を使っている光景は一言で表せば『異常』そのものだというのに、この豪華で巨大なホテルに居る誰もがその光景を見ることを叶わないのは、果たして幸か不幸か。
その老人の視線の先には、この豪華なホテルのロビーに到着したばかりの…『三人』が居た。
…きっと、強靭な造りのホテルが軋んでいるように感じるのは、気のせいではないはず。
そこにいる『只ならぬ圧力』、『飲み込まれるような恐怖』、『想像を絶する気迫』を持つ人物達のことを、知らないデュエリストは居ない。
…と言うより知らなかったとしたら、デュエリストですらないだろう。
「カッカッカ、そう畏まるんじゃねーや。見知った仲じゃねーか綿貫のジジイよぉ。」
「そうはいきません。ご多忙極まりないお三方が、ご無理を言ってこの日に集まっていただいたのですから。」
…そう、ここに居るのは、誰もが知る世界最高峰の【王者】達。
―…
―【黒翼】、天宮寺 鷹峰…世界最強のエクシーズ使い。
公式に勝敗がつけられる試合…つまりは王者同士の戦い以外で…彼に勝てるデュエリストなど居はしない、まさに規格外の存在として神格化されている存在。
その名はすでに歴史に刻まれている、豪放磊落・怪力乱神・国士無双で知られる、文字通りの『化物』の一体。
―【紫魔】、
若干18歳という若さで王者の座に座っている歴代最年少の王者であり、全紫魔家の頂点に立つ『紫魔本家』の家長。
約10年前…前【紫魔】が非公式に、誰ともわからぬ相手に敗れた後…全紫魔家から有志を集わせ行われた『蟲毒』の如き戦いで、当時8歳という幼さにもかかわらず…最下層の紫魔家であったにもかかわらず、生き残って『本家』となった存在。
融合召喚の王者が、いつの世も紫魔家のデュエリストだったことがその『称号』の由縁。一族の姓がそのまま【紫魔】という王者の称号となる強さ、それを保つための厳しい規律からか、王者としての【紫魔】は紫魔家の全てを統べる。
―【白竜】、
当時、【黒翼】と共に生きる伝説となっていた前シンクロ王者【白鯨】を降し、世界に認められた大天才。
常にデュエル界の王道を突き進んできた彼は、まだ若い王者という印象が強いものの、学生時代から築き上げた伝説は、決して他の誰にも真似できる生易しい『モノ』ではない。
彼だけが持つことを許されている伝説のカードの存在も相まって、この世界の新たな伝説となる日を世界中が待ち望んでいる。
―…
そんな人物達が、好き勝手に言葉を紡いでいた。しかし、そのどれもが仲むつまじい物とは程遠く、まさに一触即発。
少しでも歯車がズレたりしようものなら、ここら一体が一瞬で吹き飛んでしまうのではないかと錯覚するほどの空気に包まれながら聞こえてくるのだから、一つのホテルにそれを固めたのは…よほど頭が狂った馬鹿か、はたまた相当な位の高い人間にしか出来ない芸当なのではないだろうか。
―そう、相当な位の高い人間か…
「シシッ、そう言って次に会ったら大目玉食らわせるんだもんね綿貫のジッちゃん。ホント俺っちみたいな若いモンに遠慮ってのが無いじゃんねー。」
「琥珀さん、それは日頃の行いの問題ですよね。貴方と一緒にしないでいただきたい。私は綿貫様に叱られたことなどありません。」
「ちぇー、いい子はこれだから。つまんねーの。」
―
…【決闘世界】の古参にして幹部。地位は【全世界プロデュエリスト協会会長】兼【決闘祭総責任者】
この王者三人に平気で話しかけてきた人物も、立ち振る舞いを見ただけで相当な地位にある人間だというのがそれでだけで理解できる。
王者3人を相手に会話しても全く物怖じしない風格…長き年月を経て得た『モノ』は、決して彼より若い者たちが出せる物ではない。
プロとして活動するデュエリスト達は皆、彼にとって子であり孫であり曾孫なのか。プロの中でも最年長に近い鷹峰のことすら生まれた時から知っている年齢不詳の彼のことを『妖怪』扱いする者も居るとか。
「綿貫のジジイに敬語使われる日が来るなんてよぉ。こりゃあ今日は美味い酒が進みそうだぜ。」
「あっれー、天宮寺のジイさんさっき酒瓶持ってなかったっけ?もう若くねーんだし止めといた方がいいんじゃね?」
「カカッ、お前さんみてーなガキに心配される筋合いはねーってんだ馬鹿野郎。」
「ちょちょ、俺っちより紫魔っちの方が若けーじゃん!何でいっつも俺っちだけ言われなきゃいけねーの?」
「だから私を巻き込まないで下さい。琥珀さん、貴方も年上扱いされたかったらもう少し落ち着きを持った方が…」
「あーあ、子持ちは言う事が違うわー。独身の俺っちにはわかんねーけど、紫魔っちみてーな年からガキなんて作りたくねーもんだねー。」
「カッカッカ。ガキ育てんのは楽じゃねーぞ琥珀よぉ、だからお前さんはガキだってんだ。」
「うっざ!天宮寺のジイさんうっざー!自分だって育児放棄してたって噂あんじゃん!」
「あぁん!?俺だってガキくらい育てたことあるってんだこんちくしょう!」
「うっそでー!呑兵衛のジイさんに育てられるガキの方が可哀そうだっての!」
「んだとゴラァ!」
そんな中、さっそく言い争いを始める鷹峰と琥珀。
そもそも、王者にまで上り詰めるほど我が強い人間をこんな一つの建物に集めておくこと自体が間違いだと感じられるのに、それで揉めるなという方が無理なことだ。明日に始まる【決闘祭】のゲストとしてはこれ以上ない贅沢なメンバーだが、先が思いやられてしまうことこの上ないだろう。
琥珀が乗っかると分かっているのにガキと罵る鷹峰も大抵だが、被害を受けないように我関せずでそっぽを向いている恋介も若さゆえのモノ。
恋介もまた近くで騒ぎ立て始めた二人にイライラしてきているようにも見え始め…ホテルで働くスタッフ、他の宿泊者、そして建物自体までもが『3つ』の圧力に中てられて揺れ始めた…
…そんな時だった。
「…コホン。」
小さく、弱々しく。しかし確実に耳に届く咳払い。
それは綿貫が放った、『静まれ』という意味を持ったただの音。
こんな老人が漏らした咳払いなど、街の雑音よりも耳に残らないモノだというのに、しかしそれは他の誰にも真似できない静止と言えるのであって。
…
あれほど始まりそうだった爆発が、その音一つで収まってしまった。そう…誰も、綿貫の機嫌を損ねることをしてはいけない。例え、王者であっても、だ。
開いているのかわからない瞼の奥から、確かに覗く眼光でホテル内が静かになったのを確認したのだろう。
静寂になった中で綿貫が再び口を開いた。
「それではお三方、明日の【決闘祭】は何卒…『何卒』よろしくお願い致します。前途有望な若者の戦いに、王者の皆様が確かな導となりますよう…お頼み申し上げます。」
「…んな心配しなくてもわかってるってー。ジッちゃん、俺っちに任せとけっての。」
「…心得ております。綿貫様の顔に泥を塗ることは致しませんとも。」
若き王者たちの言葉に頷きながらほほ笑む綿貫の顔は、まさしく幼い孫を見る祖父の目のよう。暖かな言葉からは怖さを全く感じないものの、歯向かってはいけない確かな『モノ』がそこにはある。
琥珀と恋介…【白竜】と【紫魔】と呼ばれる二人の王者と言えど、たった10年ほどしか王者の座にいない二人にしてみれば、綿貫は逆らってはいけない存在に違いない。先ほどまでと声質を変えて返答するのみ。
また、綿貫にとっても若い王者二人が可愛くて仕方ないのか、琥珀は会うたびに叱られているし、2年前に子供が生まれたばかりの恋介のことも何かと気にかけているのだ。
…まぁ、付き合いが長すぎる鷹峰に関しては別だが。綿貫は眼光をより一層厳しくして、鷹峰を見る。
「天宮寺様、よろしいですかな?」
「カカッ、綿貫のジジイは怒らせると怖えーからなぁ。精々ガキ共がやる気になるよう、ありがてぇ言葉ってやつを言ってやるさ。んなセリフは性に合わねぇけどよ。」
そんな視線を受けてもなお、怯んだ様子もなく。他の二人の王者とは違って全く変わらない声で綿貫に話しかける【黒翼】こと天宮寺 鷹峰。
培ってきた物が、積み重ねてきた物が…この男だけは桁違い。
そもそも昔から綿貫の言う事を素直に聞くことはしない鷹峰であったし、頼んだ仕事も自己流で片づける彼に手を焼くのは今も変わらないのだろう。【白鯨】、砺波 浜臣が王者だったころは、少なくとも今よりは綿貫だって楽だったことだろうが。
「恐悦ながら、お三方にはこちらでお部屋をご用意してあります。今宵はごゆっくりお寛ぎください。くれぐれも…『くれぐれも』明日に向けて『お休み』下さい。」
「ありがとうございます綿貫様。では私はお先に失礼させていただきます。」
「あ、俺っちは飯食いに行くから一回出かけるよー。すぐ戻っから心配すんなよ?じゃあねージッちゃん。」
「はい、おやすみなさいませ。」
とは言え、綿貫の力でひとまずの爆発は避けられたことに違いはない。鎮められた雰囲気を崩さぬうちに、若き二人の王者はそう言って好き勝手に行動し始めた。
その場に集まっていた『3つ』の大きな覇気がバラバラに散ったことで空気が軽くなったのか…先ほどまで抑えられて全く聞こえなかった他の雑音が瞬く間に響き始め、空間をみるみるうちに包み込み始めて。
紫魔 恋介はエレベーターで上へ、新堂 琥珀はホテルの外へ。明日に待つ【決闘祭】に向けて、各々の準備を始めるために…他の王者とぶつからないために…だ。
そして、それを見送った綿貫はここに残った鷹峰に向かい合うと再びその重い口を開いた。
「…やれやれ、手のかかるガキ共だわいのぅ。これだから何時まで経っても死ねんわい。」
「カッカッカ、ジジイが死ぬなんて想像できねーがな。」
「お前さんが一番手ぇかかるんじゃ。浜臣と憐造はもっと物分かりが良かったと言うのに。鷹峰…お前さんときたら、何時になったらワシに楽をさせてくれるんじゃ?」
「そりゃあ勝手にガキ共に負けたあいつらのせいだろうが。俺ぁまだまだ現役よぉ。」
ざわめきの大きくなったフロアで、先ほどとは打って変わって…口調を崩して鷹峰と話し始める綿貫。
きっと、全てのプロデュエリストを束ねる綿貫の、素の表情を知っているのは長い付き合いの鷹峰だけなのではないだろうか。それに、きっと鷹峰にここまで親し気に接することの人間も他にはいないだろう。
楽そうに、気軽そうに話す綿貫の言葉に、鷹峰もまた機嫌よく答える。
「フォッフォッフォ、相変わらずの減らず口じゃて。何だかお前さんも段々と鷹斗に似てきたのぅ。」
「おいおい、俺の爺さんの話を持ち出すんじゃねーよ。ったく綿貫のジジイ、一体いくつになったんでぃ?」
「はて…数えるのなど遥か昔にやめてしもうたからの。もうよぉわからん。」
「カカッ、俺のことを『化物』なんて呼ぶ奴もいっけど、ジジイの方が本物のバケモンじゃねーか。」
年齢不詳、出生不明の綿貫をよく知る人物は居ない…それは、もう生きていないと言う意味で。
一説では、気が付いた時にはすでに【決闘世界】にいた翁としても噂される、まさに『妖怪』という言い方がしっくりくるのは仕方ないのか。
それでも、鷹峰にとって綿貫はよく見知った仲。そんなことなど、まるでどうでもいい様に鷹峰は続けた。
「おぅ、今日は付き合ってやっから呑みに行こうや。もちろんジジイの奢りでなぁ。」
「…仕方ないのぅ。付き合ってやるわぃ。…その代わり、お前さんの可愛い弟子達の話でも肴にしながら…のぅ?ガラにもない子育てをした鷹峰よ。」
「ケッ、これだから食えねぇジジイだぜ。」
昔から鷹峰を知るだけあって、数少ない鷹峰の弱みを知っているのも彼の特権。これで、話のネタには事欠かないだろう。
今の綿貫の興味は、人を壊してばかりいた『あの鷹峰』が鍛えたという弟子達の話。
好き勝手に暴れてばかりいたこの男が、如何様にして変わったのか、如何様にして子どもにモノを教えたのか。
―それが大いに気になるのだろう。
「カッカッカ。」
「フォッフォッフォ。」
そうして綿貫と鷹峰もまた、夜の決闘市に消えていった。
明日にも始まる祭典に、確かに心躍らせながら。
―夜は、更けていく。
―…
次回
決闘祭、開幕