遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep23「決闘祭、開幕」

 

―その日、決闘市は大いに賑わっていた。

 

 

 

 

 

 

まだ午前中だというのに、街中を彩る数々の装飾と、凍てつくような外気温にも負けない程の人々の熱気が相まって、これから始まることを待ち望む雰囲気は…とても今年の終わりが近づいてきているという気を感じさせない。

 

 

人々の注目はここ決闘市の…中央地区の最も栄えている都市部に集まっており、街を歩けば…まだ始まりもしていないのに会場の空気を少しでも感じていたいのか、既に至る所で中継モニターに会場やその周囲の映像が流れている。

 

 

それ以外にも、各家庭のTVには必ずこの中継が映っていて、決闘市内の視聴率が100%を割ることはないし、食事処や買い物先…果ては病院に至るまで、この祭典の映像が映っているのだから、このイベントに対する人々の注目がどれほど高いか分かるだろう。

 

 

 

―そう、この時期に決闘市がここまで盛り上がる理由など、たった一つしかない。

 

 

 

ついに始まるのだ。

 

 

 

決闘学園の生徒達が、決闘市中の人々が…この街でデュエリストを自負する者達が待ち望んだ『祭典』が。

 

 

 

 

 

―【決闘祭】が、ついに開幕するのだ。

 

 

 

 

 

たかだか高等部の学生達の戦いと、舐めてはいけない。

 

ここ決闘市は、全世界でも有数のデュエル大都市。その戦いは、決闘市の外からも大勢のデュエリストが観戦に来るほどなのだ。

 

 

そして決闘祭に出場できた学生のほとんどは、この決闘市でも有数の実力者であるということは間違いようの無い事実。

 

ここで大活躍した学生は卒業後にプロ入りを確約されるが、そもそも出場すること自体が生易しいことではないのだから。

 

 

ノース・イースト・ウエスト・サウス…4つある決闘学園に通う、20万人超の学生達の中から選ばれた、たった『12人』しか出ることを許されない祭典。

 

 

実力はピンキリと言っても、最上位に立つ学生達のレベルは、魔窟と称されるプロの世界においても十二分に通用するもの。それも、ただの実力的な問題だけではなく。

 

 

―決闘祭に出場できるだけの『実力』を持つことは、当たり前の大前提。

 

 

―決闘市中の注目・期待・視線・応援・歓声・嫉妬・野次…それ以外にも多くの『モノ』の中で、自分の戦いを貫き通せるだけの『精神力』。

 

 

―勝負は時の運。それを理解してなお、相手よりも大きな『運』を持っているかどうか。

 

 

―相手を倒すと言う意思の『鋭さ』。ささいな隙も見逃さずに、攻め込むことが出来るか。

 

 

―敗北しても決して折れない心。一度負けた相手にも、それを苦にせず次は負けない力を得るために鍛錬できる心の『鈍さ』。

 

 

それらを備えた学生が、プロデュエリストと比べても足りないという事は絶対にない。

 

 

だからこそ、高等部卒業と同時にプロになった選手達は皆、この世界でも有数の名選手となっているのであって…そんなこと、決闘市中の人間が理解していること。

 

でなければ、皆が【決闘祭】に注目しないわけがないだろう。

 

 

―正午ちょうどに鳴り響く開会宣言を、今か今かと待ちわびるこの決闘市の雰囲気を、ここに居る誰もが感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…意味がわかんねーよ。」

「うむ。仕方ないだろう。だがまぁ気にするな遊良。やってしまったことを後悔しても遅いぞ?」

「お前のことだろうが!ホントふざけんなよ!」

 

 

寝癖の着いた頭で、制服ではなくジャージ姿のままで。

 

未だ自宅のベットの上であぐらをかいている鷹矢を、遊良は心の底から叱り飛ばした。

 

まだ午前中で、正午までは多少時間があると言えども…確かに【決闘祭】は正午から始まるものの、観戦する学生達や一般人と異なり、参加選手は早朝の決められた時間までに会場入りして、自分の控え室に居なければならなかったのに。

 

いつまで経っても控え室に来ない、イースト校一年の天宮寺 鷹矢を心配したスタッフが、同じイースト校で…かつ同じ住所登録をしていた遊良の控え室に飛び込んできたときには、彼も相当驚いたに違いない。

 

 

―何故なら…

 

 

絶対に遅刻しないように叩き起こして、そして一緒に家を出て…寝ぼけているこの馬鹿と共に電車にも乗って…会場にも鷹矢と一緒に入ったはずなのに。

 

会場に入ってからは別行動だったとは言え、その馬鹿がまさか自宅で寝ているだなんて…そんなこと、遊良にだって思いもしないことだ。

 

 

「確かに会場に着いても半分寝てたけど、だからって何で家にいるんだよお前は!」

「知るか。気がついたらお前に起こされていたんだ。俺だってわからん。」

「お前のことだろうが!『わからん』じゃねーぞ!」

「まぁ着替えたような覚えはあるような無いような…きっと睡眠欲が爆発したのだろう。許せ。」

「だからって電車使ってまで…わざわざ家に戻って寝なおすか普通?」

「うむ。」

「開き直るんじゃねー!」

 

 

暖簾に腕押し、馬耳東風。まるで反省の色を見せない鷹矢だったが、それが『いつものこと』とは言え、今回ばかりは遊良も容認できない。

 

 

そもそも遅刻や欠席など、長い【決闘祭】の歴史の中でもありえないことだ。

 

この祭典に出場が決まっていて、それに出ないという選択肢など存在しないのだから。そうだというのに、夢遊病の如く平気で自宅まで戻って、わざわざ着替え直して眠りに着くなど聞いた事もない事例。

 

 

例えこの馬鹿の、安眠を求めた末の無意識行動だったのだとしても、【決闘祭】に出場する選手が自分の控え室に居ないなんて許される筈がない。

 

遥か昔に、病気になったり事故にあったりしても、這ってでも出場した学生の前例だってある。逆に言えば、そう言った前例があったからこそ、選手達が滞りなく出場できるようにと、予め早い時間帯から集められているというのに。

 

 

「お前のせいで俺と紫魔先輩まで失格になるかもしれないって脅されてるんだからな!さっさと着替えて行くぞ馬鹿野郎!」

「うむ。だがあと5分くれ。」

「っざけてんじゃねー!」

「…むぅ。」

 

 

そう言って焦る遊良ではあったが、決闘市中の注目が集まるこの祭典に、全4つの決闘学園の…20万人を超える学生達から選ばれた『12人』が出場することは、【決闘世界】が決めた『絶対』の決まり。

 

 

だからこそ、鷹矢のせいで遊良とヒイラギが『失格』になるなんてことは『ありえない』ことなのだが、まぁ【決闘祭】が初めてで、そんな決まりを詳しく知らない遊良にしてみればその脅しでも十分なことなのか。

 

これは絶対に鷹矢を連れて来いと言う【決闘祭実行委員】のスタッフ全員の、怒りそのものなのだろう。ありえない失格でも、面倒をかけるようなら『そうしたい』という感情の篭った脅しともとれる。

 

 

「さっさと脱げ!早く着替えろ!」

「…なぁ遊良、腹が減ったのだが…」

「うるせぇ!そんな場合じゃないんだって!」

「むぅ…」

 

 

すでに家の外には、遊良を家まで送り届けて…鷹矢と共に連れて行くために待機しているハイヤーが待っているし、これでもう少し遅れるようなことになれば、外で待っている『黒服の怖い男たち』が家に乗り込んでくることは必至。

 

 

焦る遊良を他所にいつまでもマイペースを崩さない鷹矢のジャージを、遊良は無理やり引っぺがしてイースト校の制服を着せて叩き起こした。

 

まるで、言う事を聞かない反抗期の子供を相手にする親子のような雰囲気でも、それ自体は呆れ返るほどにみっともない光景だというのに、それを恥じることもなく鷹矢はされるがままだ。

 

 

デッキとデュエルディスクの入ったカバンも、なぜかしっかり持って帰っていた鷹矢の荷物を、遊良が代わりに持って…まだ眠そうな鷹矢を引き連れて一階へと降りていった。

 

 

「すみません!準備できました!」

「…では。会場まで急いでお連れいたします。」

「うむ。」

「うむ、じゃねーだろ!お前もちゃんと謝れ!」

「ぐぬぅ…」

 

 

遊良が玄関で待っていた黒服で大柄な男の一人に頭を下げて車に乗り込もうとしたものの、依然としてふてぶてしい態度を崩さない鷹矢に苛立ちが隠せないのか、鷹矢の頭を掴んで…無理やりにでも下げさせて。

 

遊良にとっては自分を賭けた戦いだというのに、鷹矢にとってはただ遊良と戦うためだけの祭典。価値観は違えど、面倒事を起こされる身になって欲しいものだと遊良は感じながらも、とりあえず乗り込んだ二人を確認したハイヤーは、会場へ向けて急いで出発し始めた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

すでに満員になっている会場内。約10万人超を収容できる、決闘市の中で一番大規模な…いや、世界的に見ても巨大なデュエルスタジアム。

 

 

―通称、セントラル・スタジアム。

 

 

決闘市の中央地区に鎮座する『ソレ』は、基本的に【王者】が行う戦いか、それに次ぐほどのプロ同士のタイトル戦でしか使用されないモノ。それは、すでにプロの世界にいる選手達でも、そうそう立つことは容易ではない。

 

 

超巨大モニターがいくつも配置されていて、満員の観客席のどこにいても戦いを見逃すことはないし、中央に一つだけ現れているデュエルスペースには、至るところからライトアップされていて注目を集めている。

 

 

「あと1時間かぁ…」

 

 

その中で、各決闘学園ごとに区切られたスペースの、イースト校の定位置に居たルキは待ち遠しい気持ちを我慢できずにそう呟いた。その近くの席にルキの友人や知り合いは居らず、完璧に他人ばかりの中でやや居心地が悪そうな声ではあったが。

 

 

…そう、決闘学園の学生といえど、全員がここで【決闘祭】を見られるわけではない。

 

 

決闘学園の関係者以外にも多くのお偉い方が会場に来ているし、超高倍率の観戦チケットを手に入れられた一般人も観戦に来ているのだから、成績やら何やらで選ばれなかった学生達の大多数は会場内にすら入ることが許されず、外で中継を見ているしかないのだ。

 

 

まぁ、いくら本気でデュエルが出来ない事情があるルキとはいえ、学園での成績は上位クラスであるために観戦を許されていて、幼馴染二人の応援のためにセントラル・スタジアムに来ているのは当然か。

 

 

【決闘祭】に選ばれなかったのではない…出場候補に選ばれないようデュエル実技の成績を調整したのだ。それができる彼女の実力自体は相当高いことに違いない。

 

 

そんなルキは、前日は遊良たちの集中の邪魔をしないように夕食後は自宅に帰ったために、今日はまだ遊良と鷹矢に会っておらず、次に彼らの姿を見るのはこのスタジアムに威風堂々と入場してきた時。

 

 

居心地の悪さなど関係ない。大きな舞台に入って注目される幼馴染達を、心待ちにしながら彼女は待っていた。

 

 

 

―盛り上がる会場と決闘市の裏で…スタッフに盛大に叱られている鷹矢と、それに巻き込まれている遊良のことなど、知るわけもなく…。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

「ったく、何で俺まで…」

 

 

セントラル・スタジアムに到着早々、鷹矢だけならまだしも何故か自分まで巻き添えで叱られたことに腹を立てながら、遊良は自身の控え室で時間を待っていた。

 

 

鷹矢はと言えば、もう目を離さないように数人のスタッフに入り口を見張られているものだから、トイレに行くのも一苦労だと遊良の端末に文句のメッセージを送って来たものの、『いったい誰のせいだ!』と遊良に突っぱねられてからは大人しくなっている様だ。

 

 

しかし、幸か不幸か…初めての【決闘祭】と言う事もあって、今朝会場入りした時には緊張で息をするのも苦しかった遊良だったのだが、鷹矢の一件でそれどころではなくなったのか。

 

 

鷹矢への立腹で、緊張等はどこへやら。

 

 

動悸と緊張で喉を通らなかった弁当も、怒りで空いてきた腹にやっと収まり始めて。

 

こうなってしまったら食わなければやっていけないのだろう、遊良は怒りを治めるために、思うがままにソレをかっ込んでいた。

 

 

「…今日はあの馬鹿飯抜きだ…うわっ、このハンバーグ旨っ…絶対に今日の飯作ってやらねー…このソースが旨いのか…もしあいつ負けやがったら…このソースだったら家でも作れそうだな…絶対許してやらねー…」

 

 

食事と怒りと、どちらに気を向けていいのかわからない様子で。

 

遊良の思考が好き勝手な方向へと向かい始めるものの、それでもこの後に戦いが始まると言う事は忘れていないだろうが。

 

きっとあの馬鹿も、今頃控え室に用意されている弁当に舌鼓を打っている頃か。どうせ叱られたくらいでは鷹矢の食欲は抑えられない。

 

それに、こんなに旨い弁当が用意されているのだ、一目散に飛びついてかっ食らっているに違いない。いやあの馬鹿のことだから、今日の晩飯にこのハンバーグよりも旨い奴を出せと言ってくるかもしれないな…と。

 

そんなことを考えながら、遊良は食べ終わって空になった弁当の残骸をゴミ箱に捨てて椅子に座りなおした。

 

 

「ふぅ…やっと落ち着いた。」

 

 

そうして残さず食べて腹も満たされたことで機嫌も若干落ち着いたのか、遊良はお茶を飲みながら一息つく。

 

その緊張感が無くなってしまった雰囲気で、これから臨む戦いに若干の不安が沸き起こってくるものの、多少は肩の力が抜けたことを確かに感じている遊良。

 

 

…まぁ鷹矢が、自分の緊張を解そうとしてこんなことをやった…と言うことでは絶対にない事を、彼も理解しているが。鷹矢がそんな心配りを出来る奴なら、そもそもこんな回りくどい迷惑など、絶対にかけないだろうから。

 

 

しかし、鷹矢を迎えに行く前まではいつ呼ばれるのかの不安でガチガチに固まっていたのに、今ではいつ呼ばれてもいいくらいに気持ちが出来上がっている表情をして…むしろ早く始まってほしいとさえ思っているような心持ちで、遊良はその時を待つ。

 

 

 

 

 

 

「天城選手!これより開会式の入場となります!」

「はい!」

 

 

そうして暫くの後に、遊良は自分を呼びに来たスタッフと共に控室を後にした。

 

 

―デッキを持って、デュエルディスクを展開して。

 

 

もうすでに、戦う準備は出来ている。

 

緊張はある…しかし、嫌な緊張ではない。彼にとって初めての『大舞台』…彼が子供のころから憧れた【決闘祭】へ。

 

 

Ex適正など関係なかった幼等部でも、Ex適正が無いと宣告された後も…ずっと、この戦いを毎年見ていたのだから…彼がそこにかける憧れは、決して軽いものではない。

 

 

ずっと…ずっと望んでいた場所を、遊良は自らの手で勝ち取った。後は、例え野次を飛ばされようとも、例え嘲笑されようとも…

 

 

 

―それを黙らせるほどのデュエルを…

 

 

 

気持ちは切れていない。頭の中のスイッチを、戦いに向けて切り替えて。師との約束のため…鷹矢との約束のため…そして自分のために、負けられない戦いに…遊良は望むのだ。

 

 

大歓声が聞こえてくるスタジアム内へと繋がる、暗い『入場口』。

 

 

東西南北…それぞれの決闘学園毎に分けられているため、他校の学生とは【決闘祭】が始まってからしか顔を見れないが、スタッフに止められた定位置に着いた遊良はそこですでに待っていた鷹矢とヒイラギの顔を見た。

 

 

「来たか、遊良。」

「来たか、じゃねーだろ。…何か俺に言う事は?」

「今日の晩飯はハンバーグがいいぞ!弁当のよりも旨いやつだ!」

「…言うと思った。」

 

 

案の定、始まる寸前だと言うのにペースを崩す気がない鷹矢。こんな時でも自分の考えに正直なことは、遊良にはもう一周回って清々しくも思えて来るものの、今この場ではそれは不適切だろう。

 

 

ここはセントラル・スタジアムであって、自分たちの家ではない。隣に居るのはルキではなく、上級生の紫魔 ヒイラギ。【決闘祭】が始まれば、全員が『敵』となるのだから。

 

 

「…緊張感が無い下民ですこと。少し黙って頂いてもよろしくて?」

「む?まぁいいが…少しとはどのくらいだ?」

「…言葉が通じないのかしら…まるで子供と話しているようですわ。」

「…すいません先輩…お前もう入場まで黙ってろ。」

「う、うむ。」

 

 

ヒイラギの冷ややかな鋭い視線と、遊良の微かな怒りを感じ取ったのだろう。流石に悪ふざけが過ぎたと思ったのか、鷹矢もその場で口を閉じて始まりを待つ。

 

スタッフが時計を見て、小声で連絡を細かく取り合っている姿が、より一層遊良の気持ちをはやらせて。

 

 

 

 

 

 

 

―そして…始まる…

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

『選手入場!』

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

アナウンスの言葉が巨大スピーカーによって拡大され、セントラル・スタジアム…そして決闘市中へと放たれた。

 

 

その瞬間に起こった、地震と間違うような大歓声と、その中に鳴り響く入場の音楽。約10万人超で満杯の観客席と、広い広い決闘市の全域から聞こえるソレは、ここにいる全人間の期待の視線と相まって、言葉では言い表せない『音』となっている。

 

 

いや、『音』と言うにもおこがましい。一体、その中を歩いてくる学生達の心は何を思うか…何も思えなくなるのではないだろうかと言うくらいの『ソレ』の中で。

 

 

―実況を任されたアナウンスが、順に入場してくる学園とその選手を説明し始める。

 

 

『まずはこちら!決闘学園ノース校!』

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

北ブロックの観客席の声援がより一層強くなって、それと同時に入場してくる3人の生徒。

 

決闘市の北地区に構えられたノース校…昨年出場したノース校の生徒は、惜しくも誰もベスト4までに残れなかったものの、おそらく決闘市でも、ある意味で一番『有名』な決闘学園と言える、そのノース校の生徒達が…

 

 

―先頭の女生徒を筆頭に、威風堂々と超大歓声の中を歩いてきていた。

 

 

―紫魔 サクラ

 

―紫魔 亜蓮(あれん)

 

―紫魔 大治郎(だいじろう)

 

 

『説明不要!別名、【紫魔学園】とも言われるノース校から選ばれた実力者たち!昨年の屈辱を晴らすために、堂々の入場です!』

 

 

【紫魔本家】がソコにあることから、多くの紫魔家が密集している『決闘市北地区』。

 

そこに通う多くの学生が『紫魔姓』を持つ人間であり、『融合召喚こそ至高』の考えは北地区が最も強いと言える。

 

その中で代表入りした、選りすぐりの『紫魔姓』の生徒達。

 

『紫魔家』の代名詞とも呼べる【HERO】モンスター達を手に、その注目を集めている。

 

 

 

 

『続いては、決闘学園サウス校!』

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

続いて、北ブロックの丁度反対の、南ブロックで沸き起こった超大歓声。

 

二人の女生徒と、一人の男子生徒を包み込むような震える空気は、『攻めこそ全て』のサウス校をまさに象徴していると感じられることのようであって。

 

そのサウス校で文字通り、己の『攻め』の姿勢で代表を勝ち取った選手たちが入ってきた。

 

 

獅子原(ししはら) エリ

 

大門(だいもん) ミヤコ

 

袴田 光一(はかまだ こういち)

 

 

『昨年、2年生ながら4位入賞を果たした獅子原 エリ選手を筆頭に、全員がシンクロ召喚の使い手です!今年のサウス校は一味違うと見せつけるのか!』

 

 

2人の初出場者は置いておいても、昨年の並み居る代表選手を、女性ながらも全て吹き飛ばして4位入賞を果たした獅子原 エリが戦闘を歩いて。

 

サウス校理事長、『烈火』と呼ばれた獅子原 トウコの孫娘という肩書は伊達じゃないのか。プロ関係者の多くが彼女に注目を集め、また歓声の多くが彼女の名を呼んでいた。

 

 

 

『まだまだ行きましょう!決闘学園イースト校!』

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

その後に、東ブロックだけではない…およそスタジアム内全体が大きく揺れ動き、その注目が東入場口に集中する。

 

好機の視線が多い中、その中には疑いが籠った視線も混ざっていて。しかしその原因は明らかで、何から何まで前例がないイースト校に、注目しないでくれという方が無理な話。

 

 

その中で、件の学生たちが入ってきた。

 

 

 

―紫魔 ヒイラギ

 

―天宮寺 鷹矢

 

―天城 遊良

 

 

『イースト校選手の2名がまだ1年生!【黒翼】のお孫様と、そしてなんと『あの』天城 遊良です!紫魔家の令嬢と共に、昨年の出場選手を全て一新したイースト校はいったいどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!』

 

 

―『あの』天城 遊良…その内容は、決闘市でも知らない人間が居ない程に有名な話。

 

 

なぜ『Ex適正が無い』このデュエリストが、【決闘祭】に出場できたのか。

 

 

皆それが疑問なのだろうか。しかし、そんな歓声に混ざった疑いの目をものともせず、遊良は歩みを止めない。自分を否定した輩に、己が戦いを見せつけるために。

 

 

―自分の存在を、否定させないために。

 

 

 

 

 

 

 

そしてイースト校の面々が定位置に着いたところで、一瞬だけだが歓声が収まった。

 

…それは、これから入ってくる最後の決闘学園の生徒達を迎えるための静まり。

 

期待と興奮と、これから彼らが沸き起こす最大限の歓声の為の…『溜め』の時間。

 

 

 

 

『そして最後は皆さまのお待ちかね!決闘学園ウエスト校!』

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

そうしてスタジアム内…いや決闘市中で沸き起こる、今までの比ではない程の『地響き』。最後に入ってくる学生たちに、我先に声援を届けるためだ。

 

 

昨年の【決闘祭】の恐るべき結果。決闘市の歴史に、確かに名を残した2人の生徒が、今年もそのまま【決闘祭】に出場することの偉大さは、否応にも伝わる歓喜の地響きで証明されている。

 

 

まず始めに入ってきた1人の生徒の姿に、より一層歓声が大きくなりながら。

 

 

竜胆(りんどう) ミズチ

 

 

ウエスト校2年生。白髪ゆえか、線が細く…気怠く儚げに見える少女は、去年の決闘祭には出場していないものの、今年初出場ながらその存在はこれから入ってくる『兄』とともに、あまりにも有名。

 

 

その少し後。この大歓声と地響きを、まるで心地よさそうに意に介さず歩いてくる生徒の姿に、さらに決闘市の中で響いてる『音』が大きくなって。

 

 

…入ってくる1人の生徒。

 

 

 

竜胆 大蛇(りんどう おろち)

 

 

 

昨年の【決闘祭】の準優勝者。全てをすり抜け、全てを捻じ伏せる。まさに『大蛇』。

 

まぶしい程に光る金髪を見せつけながら、堂々と歩いてくる。

 

 

 

そして…

 

 

 

『この人の説明はいらないでしょう!昨年度【決闘祭】の優勝者!今、堂々の入場です!』

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

さらに遅れて、一人で。

 

 

その超大歓声と歓喜の目を一人で集めて最後に入ってくる生徒。

 

短く切りそろえられた黒髪は、彼の持つ…揺るがず、『鋼』の如き体と…動じず、『鉄』の如き不屈の精神を現しているかの様。

 

 

誰が呼んだか…いつの間にかそう呼ばれるようになった『鋼鉄』のデュエリスト。

 

 

 

十文字 哲(じゅうもんじ てつ)

 

 

 

前回の【決闘祭】優勝者。

 

 

現在、もっともプロに近い男が…

 

 

有り余る力を発散させに、ここに参上した。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「なんや、泉くんは居らへんのかいな?」

 

 

ウエスト校3年、竜胆 大蛇は定位置に着くや否や、隣に立っているイースト校の選手達に向かってそう言ってきた。

 

 

語り継がれる昨年の【決闘祭】…並み居る3年生たちを押しのけて、ベスト4に入った学生が全員2年生だったというのは、長い【決闘祭】の中でも一種の伝説。

 

 

その中でも、昨年3位入賞した泉 蒼人と、昨年準優勝した竜胆 大蛇の準決勝でのデュエル。

 

…一進一退で、戦況が常に入れ替わってどっちが勝ってもおかしくないという、見ていた観客も大いに盛り上がる…それはそれは盛大で、かつ見ている全員が楽しめたデュエルとなっていた。

 

 

それを覚えているのだろう。再び邂逅を望んでいた蒼人が居ないということが大蛇の耳に入り、思わず口を開いた様子。

 

 

そして、全く聞く耳を持たないヒイラギと、よく聞こえなかった遊良を他所に…それに返答したのは、鷹矢だった。

 

 

「うむ。遊良に負けて代表を落ちた。」

「ホンマか!?うわー、泉くんとまた戦りたかったちゅーのに!何てことしてくれてんのや天城こらぁ!」

「…兄さん、彼に迷惑よ。謝って。」

「せやな、すまんすまん。」

「…はぁ。」

 

 

静かな妹に窘められて、すぐに謝る大蛇に思わず返答に困る遊良。

 

きっと、思ったことがすぐ口にでる性質なのだろう。

 

ひょうきんな言葉使いがより一層その印象を強くするものの、まったく緊張をしていないのが見て取れる当たりは流石昨年の準優勝者か。

 

この雰囲気の中、それと同レベルの軽口で応えられる鷹矢も鷹矢なのだが、それを咎めることは今の遊良には出来ない。何せ会場に入ってからの重圧は段違いで、覚悟を決めていたのに一気に体が重くなっているのだから。

 

 

「黙れ大蛇。」

 

 

その中で、重々しくも低い声で大蛇を咎めた十文字 哲。このセントラル・スタジアム内の重くなった空気よりも、彼の雰囲気から出た言葉はさらに重い。

 

その言葉を聞いただけで、並みの学生なら足が震えてしまいそうなくらいのプレッシャーを放つものの、それに慣れているのか…大蛇はその言葉を食らったにもかかわらず、先ほどと変わらぬ様子で返答した。

 

 

「へいへーい。ホンマてっちゃんは融通利かへんなぁ。自分やって泉くんや虹村くんと戦いたがっとった癖に。」

「…兄さん?」

「おお怖ぁ。ミズチちゃんも怒らんといてーな。兄ちゃんビビッてまうわ、堪忍堪忍。」

 

 

口元に浮かべた笑いを崩さず。

 

遊良にしてみれば、この空気を読まずに周りに叱られる姿はどこぞの馬鹿と重なってしまうのか。どこの場所にもこんな奴がいるのかと思うと、年上とは言え竜胆 ミズチと十文字 哲に親近感が沸いてくるのは仕方ないだろう。

 

 

「何なのだあの馬鹿は、まるで緊張感が無い。なぁ遊良?」

「…お前が言うな、大馬鹿野郎。」

「む!?」

 

 

にもかかわらず、自分に同意を求めてくる鷹矢には、遊良とて呆れかえるしか表現方法がない。

 

大同小異、五十歩百歩という言葉を知らないのだろうか…いや、知らないだろうと感じてしまうのも呆れるしかない、と。そんなことを考えながらも、再び前へと向かい合う遊良。

 

もういい加減、誰も遊んでいる場合ではないのだから。そうして少しの後に、代表全員の入場が済んだ音楽が止んだところでアナウンスが再び鳴った。

 

 

『代表選手たちが入場し終わりました。…続いては、この方たちのご入場です!』

 

 

 

…そして、アナウンスがそう言い終わった瞬間に、歓声に包まれている会場の雰囲気が瞬間的に静まった。

 

 

―それは、意図して行ったものではない。

 

 

誰も、声を出せないのだ。その人物たちが入ってくる入場口から感じる『ソレ』は、言葉で形容しようにも言い表すことなど出来ない重圧。

 

精々、戦いの場に集まっても2つ。それも、別々の場所から現れるモノだと言うのに。

 

 

それが…普通なら交じり合うことのない、大きな3つの『ソレ』が…並んで1つの入り口から入ってくるのだ。

 

 

実物の姿を見れば、その重圧もきっとそれ以上の興奮となって立ち上がるであろう観客ではあるが…その姿を目の当たりにするまでの、重圧だけを感じているこの空気では、けっして声を出せるはずなどないのだから。

 

 

 

 

 

 

…そして

 

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

―まるで、災害の轟音。

 

 

いや、それと間違えるような爆音が奏でられながら、『その人物達』の姿と共にここセントラル・スタジアムが揺れ動いた。

 

それを直に感じている人からしたら、ビリビリと震える空気の音すら、耳に確かな物として感じられて、脳が直接揺れ動いているかのようにむず痒くなってくることに違いない。

 

 

…誰も、そんな感覚など気にも留めないが。

 

 

 

『前代未聞!奇跡の邂逅!今年の【決闘祭】の為に、【黒翼】、【紫魔】、【白竜】の…まさかの3人の王者が揃い踏みです!』

 

 

渇いた笑いを浮かべながら…静かに微笑みながら…楽し気な笑みを零しながら…

 

 

入ってくる『王者』達。それぞれが、それぞれの召喚法の…全世界にいるプロデュエリスト達の頂点に立つ者達。

 

 

その全てが決闘市に拠点を置くという世界の謎と共に、しかし奇跡的なタイミングと偶然の一致で、全員が【決闘祭】の観覧に来るという『大事件』。

 

 

用意されたステージに立ってマイクを手に、戦いに臨む学生達へと呼びかける。

 

 

『おっす、俺っちだぜ!みんな頑張ってちょ!俺っちの記録抜けるように頑張ってね!』

 

 

―【白竜】、新堂 琥珀

 

 

言葉は軽いが、彼の残した【決闘祭】における天才的な偉業…ノーダメージによる『決闘祭2連覇』は、決して抜けるような記録ではない。簡単そうにそう言う彼の凄さを、ここに居る誰もが知っていた。

 

 

『…私は皆さまと一緒に【決闘祭】に出ることは叶いませんでしたが、素敵な戦いを見せてくださることを期待しています。』

 

 

―【紫魔】、紫魔 恋介

 

 

『紫魔本家』の長として8歳から【紫魔】を背負った彼は、現在18歳という高等部3年生に相当する年なれど、王者として…巨大な『紫魔家』を治める者として、戦いに臨む者達へと声をかけるのみ。

 

 

『…特に、一部の方々には…。』

 

 

…その。『飲み込まれるような恐怖』で、昨年の【決闘祭】…不甲斐ない結果しか出せなかったノース校に、震えが走る。

 

 

『まぁあれだ…あーっと…何だ…まぁ頑張れよ。』

 

 

―【黒翼】、天宮寺 鷹峰

 

 

およそエールなど送るような人間ではない。それは、彼のプロとしての戦いを見たことがある、どの年代の誰もが知っていた。

 

そんな彼が、不器用な形とは言え学生達に『頑張れ』というのが信じられなかったのか、にわかにざわつくスタジアムで…

 

 

『カッカッカ。退屈させんじゃねーぞクソガキ共。』

 

 

その空気を一掃するように…渇いた笑いが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

【決闘世界】作詞作曲の、『捻じ伏せろ』とか『撃ち砕け』という歌詞が印象的な、決闘学園の校歌斉唱を終えて…各々の控え室へと戻る遊良達。

 

 

今頃、巨大モニターや中継映像ではトーナメントが発表されている頃だろうか。選手たちだって、もちろんそれを見ることが出来るものの、遊良はそれを見ることなくただ待っていた。

 

 

ガチガチに固まっているのではない。戦いが待ち遠しくて、気持ちがはやっているのだ。

 

 

先ほど師が言った、『退屈させんじゃねーぞ』という言葉。アレは、何も知らない人間からしたら…遥か高みにいる王者には、この戦いも退屈な物が多いという事にも取られる台詞。

 

 

しかし、遊良と…ひいては鷹矢にとっては毛色が違う言葉。

 

 

―確かに理解できるソレは、『成長の証を見せろ』という、師からの喝。

 

 

後は、師に恥ずかしくない戦いを見せる時を。

 

 

…彼は、待っていた。

 

 

『天城選手。一回戦第一試合、お時間です。』

 

 

そして、すぐに控え室に備え付けられているスピーカーで、試合の順番を告げられる遊良。

 

 

学校選抜戦の時も、今回も。

 

なぜか一回戦の第一試合だということに苦笑いしか出てこない彼だが、記念すべき初めての【決闘祭】で、一番初めに試合をすることが嬉しいことでもあるのか。

 

 

何せ、イースト校の学生や教員はまだしも、未だ疑いの目を向けてくる決闘市の人間に自分の戦いを真っ先に見せつけられるのだから。遊良は意気揚々と、控え室を後にした。

 

 

 

 

「…うむ、まずは遊良からか。」

「あぁ。」

 

 

スタジアムに繋がる連絡通路、その入り口ギリギリで。控え室から抜け出して、自らの目で戦いを見に来た鷹矢の姿。

 

 

別に、会場内にさえ居ればどこでもスタッフが見回っているし、選手が出て行けばすぐに分かるため、家にさえ帰らなければ問題ないのだろう。

 

その証拠に、向かい側の通路やその他の入り口にも、他の決闘学園の選手たちがチラホラ見に来ているのだから。

 

 

「緊張しすぎてつまらんミスするなよ?」

「何言ってんだよ、お前じゃないんだから。」

「何だと?遊良の癖に。」

「うるせーよ、鷹矢の癖に。」

 

 

こういう時でも、いつもと変わらぬ彼らの空気。これから始まる戦いに、確かに遊良には緊張があるものの、初めての大きな舞台に舞い上がってはいない。

 

 

 

自分の戦いを、存在を…見せつけるために。

 

 

 

「蹴散らしてこい。」

「おう!」

 

 

拳を合わせ、その歩みを進める。

 

 

 

―暗い通路から、輝くスタジアムへと。

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

大歓声と、揺れ動く空気と。その中に2人の学生が現れた時、会場のボルテージもヒートアップしてきたのが見て取れたのか。アナウンスが実況と共にスピーカーから放たれた。

 

 

『さぁ、いよいよ始まります!【決闘祭】第一試合!サウス校3年、袴田 光一選手VS、イースト校1年、天城 遊良選手!『シンクロ使い』対、まさかの『Ex適正無し』!一体この【決闘祭】で、我々にどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!』

 

 

堂々と立つ遊良のことを誰もが見ているものの、観客の視線の中身は…『Ex適正が無い』という、デュエリストの出来損ないへと向けた好奇の視線という意味合いがやはり強い。

 

しかし戦いが始まってしまえば、彼にはそんなこと関係ないだろう。

 

 

誰も『見ようとしなかった』少年の戦いを、今は決闘市の人間の誰もが『見ている』。

 

 

その雰囲気の中で、遊良は構えた。

 

 

「よ、よっしゃあ!やっぱ俺の運は世界一だぜ!一回戦の相手がまさか『あの』天城だとはなぁ!」

「…よろしくお願いします。」

「バハハッ!か、かるーく片づけさせて貰うぜ!」

 

 

お互いに構えたデュエルディスクは、それぞれを対戦相手として認識していた。いくつも設置された超巨大モニターには、彼らの実際の戦いの隅に、小さくデュエルシミュレーターの映像が映されていて、デュエルを見逃すことは無い。

 

 

これで、開戦の準備は整った。

 

 

固唾を飲んで合図を待つルキの姿など、スタジアムに立つ遊良には見えないものの…それでもどこかで見ていてくれていることを、遊良も確かに感じながら。

 

 

 

―師が、幼馴染達が見ていてくれることに、誇りを持って。

 

 

 

そして…始まる。

 

 

 

『それではっ!【決闘祭】第一回戦、第一試合!かいしぃいー!』

 

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

 

「俺の先攻だぜ!チューナーモンスター、【ライトロードアサシン・ライデン】を召喚!」

 

 

【ライトロード・アサシン ライデン】レベル4

ATK/1700 DEF/1000

 

 

サウス校3年、袴田 光一の場に現れたのは、光の次元に住み、悪の勢力と戦い続けているライトロードの一体。

 

 

デッキから直接カードを墓地へ送ることが出来る効果を持つライトロードモンスターは、高速で墓地を肥やすことも容易であるし、多種多様な効果を持っているカテゴリーである。

 

 

その人気と強さ、更には柔軟な出張性ゆえに、それなりに使い手は多く居るものの、それを使いこなすためには実力以外に…確かな『運』が必要になってくるデッキ。

 

 

それを理解してなお、この【決闘祭】で代表に選ばれるくらいなのだから、自信満々に使ってくる態度からは余程自分の力に自信があるのだろう。袴田 光一はさらに動き出した。

 

 

「ライデンの効果発動!デッキから2枚のカードを墓地へ送る!」

 

 

―墓地へ送られたカード…【ライトロード・ビースト ウォルフ】、【ライトロード・メイデン ミネルバ】

 

 

「うぉっしゃあ!やっぱツイてるぅ!ライデンの攻撃力は200アップ!さらにウォルフを墓地から特殊召喚し、ミネルバの効果でさらにデッキから一枚墓地へ送る!」

 

 

【ライトロード・ビースト ウォルフ】レベル4

ATK/2100 DEF/ 300

 

 

―墓地へ送られたカード…【ライトロード・ハンター ライコウ】

 

 

そうして、場にシンクロ召喚の素材を早くも揃えた袴田 光一。確かに、ここまで墓地へ送くられたカードの中には重要な魔法カードなどは無く、無駄がない。

 

『運がいい』とか、『ツイてる』とか、自分で豪語する辺りは流石か。しかし、何やら言葉が上ずっていることは見ていても明らかで、少々浮足立っているようにも見える。

 

それでも、彼はさらに動き出そうとしているが。

 

 

「光属性レベル4のウォルフに、レベル4のライデンをチューニング!シンクロ召喚!レベル8、【ライトエンド・ドラゴン】!」

 

 

【ライトエンド・ドラゴン】レベル8

ATK/2600 DEF/2100

 

 

「まだらぁ!墓地に【ライトロード】モンスターが4ひゅ…種類以上いる場合、手札からコイツを特殊召喚出来る!来い、俺の切り札…【裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)】!」

 

 

―!

 

 

裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)】レベル8

ATK/3000 DEF/2600

 

 

天から舞い降りてくるのは、裁きを下すことの出来る力を持った一体の龍。その力は、LPという命を消費して発動され、この場に居る全てのモノを消し去ってしまう力を発揮出来るほど。

 

有り余るステータスも相まって、対戦相手である遊良に向かって猛々しく吠えた。

 

 

「俺はカードを一枚伏せて、エンドフェイズ時に【裁きの龍】の効果でデッキから4枚のカードを墓地へ送る!」

 

 

―墓地へ送られたカード…【光の援軍】、【ソーラー・エクスチェンジ】、【ライトロード・アーチャー フェリス】、【ライトロード・アサシン ライデン】

 

 

「またまた来たぁ!【ライトロード・アーチャー フェリス】を墓地からひゅ…守備表示で特殊召喚!これでターンエンドだぜ!」

 

 

袴田 光一 LP:4000

手札:5→2枚

場:【裁きの龍】

【ライトエンド・ドラゴン】

【ライトロード・アーチャー フェリス】

伏せ:1枚

 

 

開始1ターン目から登場した2体の大型モンスターによって、会場の熱が一気に上がっていく。まぁ、それもそうだろう、華々しい決闘祭の第一回戦・第一試合…要は決闘祭が始まっての最初の試合だ。

 

 

観客も派手なデュエルを期待し、またこのサウス校3年の袴田 光一も、初めて出場できた決闘祭の空気を直に感じて、緊張の中で興奮している様子。

 

 

袴田 光一の目に遊良は映らず。自分の召喚した2体のドラゴンに見惚れているのだから。

 

 

(…よし、行くか!)

 

 

そしてターンが遊良に移り、いよいよ始まったデュエルに心躍らせる遊良。

 

 

この大いに盛り上がる歓声の中で、向けられている声援がどちらに向けられているのかを聞き取ることは難しいだろう。

 

しかし、自分の名前が含まれているかどうかなど分かりはしないし、そんなことは彼にはどうでもよかった。

 

 

相手が光の軍団で来ているなら、こちらは闇の勢力。正義に刃向かう堕天の者達を、今にも飛び出させてやりたい…と。

 

 

きっと、緊張しているのは遊良も同じ。とはいえ、それは嫌な緊張ではなく、開始前に師の姿を見れたおかげか…はたまた鷹矢の遅刻事件のせいか。

 

 

 

―派手なデュエルが見たいなら、見せてやろうじゃないか。

 

 

 

決闘市中に、その力を見せつけるために…

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

 

―遊良は動き出す。

 

 

 

「手札の、【堕天使イシュタム】の効果発動!【堕天使の戒壇】と共に捨てて2枚ドロー!魔法発動、【トレード・イン】!レベル8の【堕天使スペルビア】を捨てて2枚ドロー!もう一枚の【トレード・イン】発動!レベル8の【堕天使ゼラート】を捨てて2枚ドロー!【闇の誘惑】を発動し、2枚ドローして【堕天使ユコバック】を除外する!もう一枚の【闇の誘惑】を発動!2枚ドローし、【堕天使マスティマ】を除外!」

 

 

 

…引く、引く、引く。

 

 

 

 

まるで荒れ狂うようにドローを加速していく遊良。止まることのない暴風雨のようにデッキからカードが引かれて行き、その手札が一枚も減っていない。さらに言えば、初期手札を含めてすでにデッキの1/3近くをドローしていることになるこのプレイング。

 

 

 

…一言でいえば、異常。

 

 

 

遊良が使ったドローソースは…そのどれもがカードを引くにあたり、制限やリスクがあるカード。

 

 

しかし、まるで当たり前のようにそれを扱い、そして引く。

 

 

普通に考えれば、ドロー多用はデッキからキーカードを引き寄せるための手段で、特殊勝利やたった一つの勝ち筋に特化したデッキもあれど、遊良のデッキがそう言った物でないことは確か。

 

 

 

…引く、引く、引く。

 

 

 

みるみるうちに手札が交換されていき、デッキ圧縮と同時に墓地も増えていく。

 

 

それを今、目の前でそれを見せられている相手からしたら…いや、観客の多くも、まるで終わることのない遊良のデッキ回しを、到底信じられないかの様子で。

 

 

なにせ…『あの』天城 遊良なのだ…あの、『Ex適正が無い』出来損ないの癖にデュエルをしていると言うことで有名な…『あの』天城 遊良が…

 

 

―こんなデュエルをするなんて。

 

 

どうせ大したことも出来ずに、ろくにデッキも回せないで終わるのだろうと、そんなことまで考えていた観客だっているはず。

 

 

しかし、普通に考えれば【決闘祭】に選ばれるほどのデュエリストが、その程度なはず無いと言うのに。

 

 

その中には、現在遊良の行っていることを理解していない者もいるだろう…ただの、並みのデュエリストにはこの凄さはわからない。しかし、これに脅威を感じられないようでは、戦う資格も…遊良を馬鹿にする資格すらない。

 

 

「お、お前、一体何枚ドローする気なんだよっ!?」

 

 

先ほどまでの興奮が消え失せて、一回戦の相手が『Ex適正の無い』あの天城 遊良だと知った時からの心の気軽さが嘘のように…信じられない様子の袴田 光一。

 

 

それを知ったところでもう遅い。すでに、デュエルは始まってしまっていて、彼は自分のターンを終了してしまっているのだから。

 

 

「手札の【堕天使アムドゥシアス】の効果!手札の【背徳の堕天使】と共に捨てて、墓地の【堕天使の戒壇】を手札に戻す!」

 

 

そして、やっとドローが止まったものの、手札を入れ替えた遊良の表情は満足そう。

 

 

何故ならこれで、遊良の準備は整った。あとは蹴散らすのみ。鷹矢が言ったように、自分と鷹矢の戦いの障害を…蹴散らすために…

 

 

―堕天使が進撃を始める。

 

 

「魔法カード、【死者蘇生】を発動!【堕天使スペルビア】を攻撃表示で蘇生する!」

 

 

―!

 

 

【堕天使スペルビア】レベル8

ATK/2900 DEF/2400

 

 

遊良のデュエルでの大きなキーカードの一つ。墓地からの特殊召喚時にさらなる堕天使を蘇らせる力は、どのデュエルでも大いに発揮されている、遊良の進撃にとって開始の一体。

 

 

「そしてスペルビアの効果発動!墓地から【堕天使イシュタム】も続けて蘇生する!」

「ッ!?さ、させるかよ!罠発動!【ブレイクスルー・スキル】!【堕天使スペルビア】の効果を無効に!」

 

 

それを理解してか、即座に伏せていた罠を発動する袴田 光一。

 

いくら舞い上がっていた袴田 光一と言えども、易々と効果を使わせてはくれない辺りは流石代表にまでなったデュエリストか。いつもなら遊良の場には、ここでさらなる堕天使が呼び出されるものの、これでは精々敵の場の【ライトロード・アーチャー フェリス】を破壊してお終いとなるだろう。

 

しかし遊良の表情は、進撃の一歩目を止められても変わらない。

 

…もう準備は整っている。たかが一歩目を止められたくらいで、今の遊良は止まらないのだから。

 

 

「だったらこれだ!魔法発動、【堕天使の戒壇】!墓地から【堕天使イシュタム】を守備表示で特殊召喚!」

 

 

―!

 

 

【堕天使イシュタム】レベル10

ATK/2500 DEF/2900

 

 

漆黒に染まる魅惑の羽で、淫靡ながらも優雅に舞い降りてくる一体の堕天使。盛り上がる会場の熱をさらに上げて、けれどもそれを意に介さずに彼女は佇む。

 

それを見て、対戦相手である袴田 光一は焦った様子を見せた。そう、彼にもプライドがあると言うのに、せっかく墓地からの更なる展開を止めても、まるで邪魔にもなっていないではないか、と。

 

 

「そ、蘇生カードが2枚!?くそっ、けどまだまだ俺の【裁きの龍】と【ライトエンド・ドラゴン】には…」

「【堕天使イシュタム】の効果発動!LPを1000払って、墓地の【堕天使の戒壇】の効果を得る!【堕天使ゼラート】を墓地から守備表示で特殊召喚し、その後【堕天使の戒壇】はデッキへ戻る!」

 

 

【堕天使ゼラート】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

 

遊良 LP:4000→3000

 

 

「魔法カード、【堕天使の追放】を発動!デッキから2体目の【堕天使ユコバック】を手札に!そして【堕天使ゼラート】のモンスター効果発動!今手札に加えた【堕天使ユコバック】を墓地へ送り…相手モンスターを、すべて破壊する!」

「ぬぁあんだとぉ!?」

「やれ、ゼラート!」

 

 

 

―!

 

 

 

遊良の宣言と共に、守りを固めていた赤き装束纏う堕天使が掲げた、その剣の一振りによって相手の軍勢に大きな落雷が轟いた。

 

 

とある落雷を模した古の魔法カードと同じ効果を持つそれは、後には何も残さない程の威力を持つ故に、後には自分すらも力尽きてしまう諸刃の剣。

 

 

しかし、同じく裁きの雷を降らせて敵を消し去るという、この【裁きの龍】すらも呑み込まれていく光景は何という皮肉か。

 

次のターンに殲滅を行おうとしていた袴田 光一の目の前で、落雷で砕けていくドラゴン達は為す術無く消えていくのみ。

 

 

「お…俺の切り札が…くそっ、次のターンには…」

「いや、まだだ!これで終わりにする!」

「あ!?だってお前の場で攻撃できるのは【堕天使スペルビア】しか…」

「まだ俺は通常召喚を行っていない!行くぞ!」

「ぬな!?」

 

 

 

そうして、遊良の宣言で突如その身に渦を纏って天に浮く堕天使達。

 

 

その光景に、会場の歓声に交じって微かにざわめきが起こるものの、それは誰もが知っているモノであって…今目の当たりにしているアドバンス召喚の為のエフェクト。

 

 

そう、ここまで展開しても残る通常召喚の権利で行われる『ソレ』…およそ、それを使う者はほとんど居ないのではないかという召喚を…

 

 

 

…今、ここで。

 

 

 

「俺はゼラートとイシュタムをリリース!レベル8、【堕天使アスモディウス】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

そうして、スタジアムのライトアップを遮るかのように現れたのは、堕天使の中でも最上位の力を持つ者。

 

 

その力ゆえにデッキ・墓地からの特殊召喚を禁じられているものの、一度現れればその力尽きるときに2体の従僕を残すことが出来る高位の存在。

 

 

黒き後光を降らせて、ここに降臨した。

 

 

 

【堕天使アスモディウス】レベル8

ATK/3000 DEF/2500

 

 

 

「ばばば馬鹿な…お、俺の『運』が…ツキが…ラッキーが…」

 

 

がたがたと震え始め、ブツブツと何やら言い始めている袴田 光一。

 

 

よほど自分の運に自信があったのだろうか。緊張の面持ちで浮足立っていても、デッキが応えていたのは確かだが…しかしそれでも使い手が舞い上がっていては意味がないだろう。

 

 

―ここは【決闘祭】

 

 

ここに出られる『実力』と『運』は相当な物、しかし『心』が弱くては戦うに相応しくないのだから。

 

 

「俺の【決闘祭】がぁー!」

「バトル!【堕天使スペルビア】と【堕天使アスモディウス】で、ダイレクトアタック!」

 

 

―!!

 

 

「ぐぉあー!」

 

 

袴田 光一 LP:4000→0(‐1900)

 

 

迫りくる2体の堕天使の攻撃に、へたり込んで尻もちまでついてしまっている袴田 光一。

 

およそ信じられなかったのだろう。【決闘祭】にまで選ばれた自身の『運』が、まさか『Ex適正が無い』出来損ないの、あの天城 遊良に敗北するなんて。

 

LPの表示が一瞬でMAXの4000から減っていき、0になった瞬間に無機質な機械音が鳴り響いた。

 

 

―ピー…

 

 

『決まったぁぁぁあ!勝ったのはまさかの!イースト校1年、天城 遊良選手!』

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

耳を劈く大歓声と、地響きが一層大きくなって。

 

 

―記念すべき、【決闘祭】の開幕最初の試合。

 

それに勝利を飾ったのが、まさか【決闘祭】初出場の1年生だったことも…それが『Ex適正が無い』天城 遊良だと言う事も相まって、それはそれは大きな反響となりセントラル・スタジアムを…ひいては決闘市を包んでいる。

 

そのほとんどが、天城 遊良が行ったデュエルに対する驚愕と、信じられないものを見たかの如き興奮で。

 

 

ー強き者を、決闘市は望む。

 

 

その中で、デュエルディスクが響かせた機械音は、確かに遊良の勝利を告げていた。

 

 

「ありがとうございました。」

「…俺のツキが…俺の【決闘祭】が…」

 

 

終わってみれば、遊良のワンショットキル。

 

 

まさか自分が一回戦で負けてしまうことなど考えていなかったのか、トボトボと重い足取りで戻っていく袴田 光一の背中は小さく、しかしそれを意に介さずに遊良もその場を後にする。

 

これはデュエル。勝った方が強い、それだけの事。遊良には、負けた相手を気にしている暇もなければ、負けている暇もないのだから。

 

 

そして、遊良は勝った。

 

 

それは紛れもない事実。意気揚々と、大いに盛り上がる会場を背にして…入退場口で見ていた鷹矢の元へと戻り、ハイタッチを交わして控え室に戻っていった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…なぁなぁエリちゃん。君んとこのアレ…一体何なん?えっらい舞い上がっとったけど。」

「…聞かないで頂戴…アレでも、選抜戦は本当に凄かったんだから。」

 

 

違う通路から見ていた、ウエスト校3年の竜胆 大蛇と、今負けた袴田 光一と同じサウス校3年の獅子原 エリは、溜息と呆れを隠さずにそう言った。

 

 

そう、確かに…サウス校で執り行われた代表選抜戦での袴田 光一の結果は、目を見張るような輝かしい結果だったのだ。

 

 

並み居るサウス校の強豪相手をなぎ倒す『力』と、勝ち残れる『運』…その両方を兼ね備えていた彼に唯一勝てたのは、昨年4位の獅子原 エリだけだったと言うのに。

 

 

あそこまで無様に負けてしまうことは、見ていたサウス校の生徒達の怒りを買うこと間違いないだろう。

 

 

「何で先攻でいきなり切り札出してまうん?アレ、後攻に強いカードやのに、先攻で出しても的になるだけやんけ。」

「…緊張してたんだと思うけど…選抜戦だともっとまともなプレーをしていたもの。」

「せやかてアレはないわー。緊張し過ぎにも程があるで。」

「彼…入場の時点でガチガチだったの。それなのに王者が3人も見ているものだから…」

「…これやからお上りさんは。ホンマ可哀そうな奴やで。王者なんかいずれ俺らが倒すモンやっちゅうのに。」

「初めての【決闘祭】だったのよ。そう言わないであげて。」

「へいへい、エリちゃんにそう言われると叶わんわー。」

 

 

負けた袴田 光一に、何の情も無く…そう言ってエリに手を振り、その場を後にする大蛇。

 

 

誰も、負けた者など気にはしない。興味があるのは、勝ちあがってきた人間のみ。それは観客も、選手もだ。

 

ひょうきんな言葉からは思いもよらない、金髪から覗かせた鋭い視線を通路に刺して、彼の目は違う者を思い浮かべていた。

 

 

「おもろいやっちゃ。泉くん倒したちゅーのは信じられへんけど、どうせならあの天城っちゅーのとも戦りたいもんやな。」

「…兄さん、浮かれすぎないで。」

「へいへい、ミズチちゃんも試合頑張ってーな。」

 

 

その後ろにいつの間にか居た、妹の竜胆 ミズチと話しながら、彼らもまた通路の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…俺の【決闘祭】が…俺の…運が…」

 

 

俯いて、ブツブツと呟くしかない袴田 光一。

 

サウス校でも、1・2年時には芽は出ず…しかし、地道な努力とたぐいまれなる運で、3年生になってやっと芽が出た彼。

 

まさかその初めての決闘祭で、憧れた王者が3人も観戦しに来て、一回戦の相手が1年生で、かつ『Ex適正の無い』天城 遊良だったという、袴田 光一本人にとってはこれ以上ない位に整えられた舞台だったと言うのに。

 

 

「…くそっ…くそっ…」

 

 

緊張で声が震え、思考も上手く回らなかった。

 

結果が出た今では、こんなこと言い訳にもなりはしないのだけれど…味わったことのない注目と観客の盛り上がりに、調子に乗って大型モンスターをただ棒立ちにした事は、褒められたことでないことは確か。

 

 

たまたま買って、たまたま当たった宝くじで得た、それなりの大金をはたいてこの日の為に新調したデッキも、早々に無駄に終わってしまった。それに対して悔しい事この上ないだろう。

 

 

「うっ…うぅ…」

 

 

だらしなく涙が零れてしまうのは仕方ない。それほど、彼だってこの【決闘祭】を心待ちにしていたのだから。それが、こんなに早く終わってしまっては。

 

 

予定では、サクッと1年生に勝って、悠々自適に他の試合を見ているはずだったと言うのに、と。

 

 

「…帰ろう。もういいや。」

 

 

最早投げやりになった気持ちの彼を、引き留める者は誰も居らず。同じ決闘学園の選手でも、いつ当たるかわからない敵にかける言葉は無いのだから。

 

勝った選手はもちろん帰ることなど出来ないが、1、2回戦で負けた選手には表彰台も無いことから自由にしていいのだろう。

 

別に他の試合を観覧していても問題はないものの、傷心の袴田 光一にそんなことが出来るはずもなく。彼は通路をひたすら出口へと向かって歩いていた…

 

 

 

…その時だった。

 

 

 

「…もウいい…ですカ。」

「うわっ!?だ、誰だ!?」

 

 

降って沸いた声に、涙を拭いながら視線をやる袴田 光一。

 

しかし、確かに交差路になっているこの通路の合流口に彼以外の姿はなく、見えない声にただ途方に暮れるだけ。

 

その中で、声の主も分からぬまま立ち尽くしている彼に向って、声は言う。

 

 

「ど、どこから声が…」

「もウいいのなラ…そノ体…頂きまス。」

「は?な、何言って…うっ!うわぁ!?」

 

 

―!

 

 

そう告げられた瞬間、突如彼の足元から沸き上がる黒い靄。

 

払っても払っても纏わりついてくる抵抗のないソレに対して、不快感しか覚えず。それでもソレはどんどん昇ってきては包まれて、袴田 光一の視界が遮られて真っ暗になってしまう。

 

 

怖い。

 

 

ただ沸き上がる感情はそれだけ。わけもわからずに暴れるだけの彼の心はパニックになっているのだろう。騒ぐことしかできない声で、大きく叫ぶ。

 

 

「うわぁ!い、嫌だ!やめろぉー!」

「ど、どうしたんですか!?」

「ひゃあー!あっ…あれ?」

 

 

そんな折、不意に投げかけられたスタッフのモノらしき声で急に彼は正気に引き戻された。気が付けば視界は開けていて、昇ってきていた不快感も消えている。

 

 

心臓がバクバクと鳴ってはいるものの、先ほどまでの恐怖はどうやら一気に去っていったようだ。

 

 

「何かあったんですか?」

「あ…あの、今…あ、あれ?な、何があったんだっけ?」

「いや知りませんよ。あなたが騒いでいるのが聞こえたから駆け付けたんですから。」

「は、はい…すみません。」

「…どうします?誰か呼びますか?」

「いえ…大丈夫…です。」

 

 

目の前で不思議そうに見ているスタッフの顔も分かるし、自分が先ほど負けてしまったことも理解できている。それはとても悔しい事なのも分かっているのだが、不思議なことにたった今何が起こっていたのかを『忘れて』しまっている様子の袴田 光一。

 

 

スタッフも、今の試合で負けたショックで気でも狂ったのかと思ったのか、やや心配そうに尋ねて来るものの、選手自身が大丈夫と言うならそれでいいのか。

 

持ち場に戻るためにその場を後にしていった。

 

 

「…あれ…俺何してたんだっけ…あぁ、そうだ、帰ろうとしてたんだよ俺。…はぁ…何かもうどうでもいいや。」

 

 

先ほどまでと同じようにトボトボと歩いていく袴田 光一の足取りは重く、そのまま長い会場通路を抜けて、スタッフに許可をもらって外へと通される。

 

 

近くにいたタクシーに乗り込んで、そのままセントラル・スタジアムを後にしていった。

 

 

「お嬢様…まずハ、一人。」

『ご苦労様サキョウ。引き続きお願いいたしますわ。』

「はイ…お嬢様。」

 

 

 

―大いに盛り上がる【決闘祭】の裏で、暗躍している者達には誰も気づくことが無く。

 

 

―戦いは、続く。

 

 

 

―…

 

 

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