遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep24「鯨の咆哮」

 

 

 

 

「…バトル、【捕食植物キメラフレシア】で、【E・HERO ノヴァマスター】に攻撃。」

「馬鹿が!そんな雑魚で火紫魔の俺に勝とうなんて…」

「…効果発動…この時、ノヴァマスターの攻撃力を1000下げ、キメラフレシアの攻撃力を1000アップする。」

「はぁ!?」

 

 

―!

 

 

「おわぁー!」

 

 

紫魔 大治郎 LP:900→0

 

 

―ピー…

 

 

激闘が繰り広げられる決闘祭。

 

先ほど遊良の試合が終わり、続く第二試合もウエスト校3年の…前年度準優勝者である竜胆 大蛇が、ノース校の生徒相手に全く危なげなく勝利を収めていた。

 

 

『第一回戦、第三試合!これにて決着ぅー!ノース校の3年生を破ったのはぁ!ウエスト校2年、竜胆 ミズチ選手だぁー!』

 

 

そして今…第一回戦・第三試合で、融合使いの名家として名高い家の学生…ノース校から選りすぐられた3年生を、まるで払い落とすかのように、ウエスト校2年の竜胆 ミズチが勝利を収めたようだ。

 

まだ2年生と言えど、昨年の準優勝者の妹としてその実力は折り紙付きであり、さらには『竜胆』という家系…その『名』が相まって、一層その姿を麗しく見せている。

 

しかし、負けたことが相当癪に障ったのだろうか、ミズチに敗北を喫した紫魔 大治郎は、憤慨を露わにして言い放った。

 

 

「お、お前ぇ!紫魔でも無い癖にぃ!なに堂々と融合なんか使ってやがる!」

「…融合は、紫魔だけの物じゃないのよ。」

「ぐぅ…く、くっそおぉ!」

 

 

儚くも冷ややかな視線を崩さずに、手にした勝利と共に盛り上がる会場を淡々と後にするミズチ。

 

ノース校の生徒たちがいる北ブロックの観客席から、何やら野次らしきものが飛んできていたような気がするものの、彼女にとってはそんなことどうでもいいのだろう。たった今降した選手…融合召喚の名家といって尊大な態度を取っていた男の事など、眼中にも入れずに…

 

 

負かした相手を一瞥もせずに歩み始めるのみ。

 

 

「おっつかれさーん!ミズチちゃんも強ぉなったなぁ、兄ちゃんも安心して見れたでぇ。」

「…兄さん。声が大きい。」

 

 

そして、入退場口に入ったところで会場の声援よりも耳に響く彼女の兄…竜胆 大蛇の労いの声を聞き流しながら、ミズチは気だるげな声で即座に返答した。

 

 

すでに試合を終えている大蛇も、昨年すでに【決闘祭】を経験しているからか、その気持ちは全く気負いしていない様子…昨年もこんな調子だったことを知るのは、昨年も出場出来た選手だけだが。

 

彼はいつものらりくらりと、怒りをぶつけられてもすり抜けるようにするだけ。

 

 

「そない怒らんといてやー。せっかく兄妹揃って一回戦勝てたんやさかい、もっと兄ちゃんも褒めたってくれや。」

「…勝って当然。」

「おう、兄ちゃん強いでー。ミズチちゃんももっと頑張らんと。」

「…でも、次の私の相手は哲さん…。」

「あー…せやなー。ミズチちゃんお疲れさーん。」

「…兄さんのそういう所嫌い。」

「なんやて!?兄ちゃんショック!」

 

 

どこまでも本気ではない大蛇の言葉に、一々イライラなどしないミズチではあったが、それでも軽すぎる兄にどこか参っているようでもあった。

 

そうは言っても、ミズチとて哲の強さは理解している。明日に戦うシード選手は、各決闘学園でも一番強いと言われている者が出てくるのがセオリーなのだ…そうでなくともウエスト校でその力は何度も見ているため、実力を見誤ることはしないが。

 

 

「…兄さんはまた紫魔が相手なのね。」

「せやせや。もー去年も散々蹴散らしたちゅーのに、最初も紫魔、次も紫魔…紫魔紫魔紫魔…嫌なるわホンマ!何でノース校の紫魔はどいつもこいつも!ちっとはウエスト校の紫魔を見習わんかい!」

 

 

紫魔でなくても、この世界には多くの融合召喚使いがいる。それでも彼らが尊大な態度を崩さないのは、一重に王者【紫魔】の存在が大きいだろう。

 

そんな中で彼らにいつだって付きまとうのは、融合召喚の名家を謳って…他の融合使いを貶すことの多い他校の紫魔家の人間だ。

 

 

『紫魔本家』に近いからかノース校の紫魔はいつの時だって上から目線。

 

 

ウエスト校にいる紫魔の人間は、この竜胆兄妹を含む他の融合使いを貶す人間は居らず、ウエスト校のどの紫魔も人付き合いを好むいい学生ばかりだと言うのに。

 

王者である【紫魔】を誇るのはいいが、ソレをまるで自分の力のように振る舞う様は、彼らにとっても本当にウザったらしいことこの上ないだろう。

 

 

「…本当、他校の紫魔は嫌い。…兄さん、次の紫魔の女に負けたら怒るから。」

「わーっとるわい。せやから【紫魔】の目の前で、精々あのお嬢さんぶっ飛ばして来たるわ。ミズチちゃんはそれ見て腹抱えて笑っとき!」

「…兄さんがぶっ飛ばされたら笑う。」

「っておい!なんでやねん!」

 

 

どこまでも調子を崩さない大蛇の声も、彼女にとってはもはや日常なのだろう。兄妹だけあって、口うるさく注意はしても、本気で嫌がってはいないし疑ってもいない。

 

兄の実力を一番よく知っているのは、誰よりも妹である彼女なのだから。

 

 

自分達を舐めてかかってくる紫魔家を蹴散らすために…

 

 

―そして、『竜胆』の名を復興するために。

 

 

 

「…次の試合…【黒翼】の孫。」

「せやな…気になるんか?」

「…うん。」

「なっ!?に、兄ちゃんは許さへんで!?あんな馬鹿そうなガキンチョが弟候補やなんて!」

「…違う。兄さんうるさい。」

 

 

 

 

 

どうでもいいことで一々騒ぐ大蛇に、とても迷惑そうにして…ミズチは次なる戦いに備えてその場を去っていった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「バトルだ!【鳥銃士カステル】でダイレクトアタック!」

「そんなっ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

大門 ミヤコ LP:2000→0

 

 

―ピー…

 

 

 

【決闘祭】第一回戦・第四試合…【決闘祭】初日の最後を飾る試合で。

 

そのトリを務めるのは奇しくも第一試合と同じ、イースト校1年生とサウス校3年生であり、そのイースト校1年の天宮寺 鷹矢VSサウス校3年の大門 ミヤコの試合も、たった今終了のブザーが告げられた瞬間だった。

 

どうやら鷹矢の方も、3年生を相手に堂々の勝利を勝ち取った様子。

 

そのふてぶてしくも、有り余る実力に対して…神格化されているエクシーズ王者、【黒翼】の孫という重圧を乗せてくる観客も、その歓声を盛り上げて鳴りやまぬ音となっている。

 

 

 

「くっ、これが…【黒翼】の孫…」

「その言い方は好きではないのだが…まぁどうでもいい。ではな。」

「あっ、ちょ!…挨拶くらい出来ないのかしら…虹村君の後輩なのに。」

 

 

そんな盛り上がる会場の空気を他所に、対戦相手に挨拶もなくさっさとスタジアムを降りて行ってしまう鷹矢。

 

どうせ、終わった戦いに興味など無く、挨拶をする気も無ければ談笑する気も無い彼なのだ。早々に自分の控え室に戻るか、遊良の控え室に行く気なのだろう。すでに遊良の方も試合も終えているため口うるさい事は言わないはずだと、皮算用をして歩みを緩めない。

 

鷹矢は早足で入退場口へと入ると、やはりそこから一番近かった遊良の控え室へと向かっていた。

 

 

 

「…天宮寺…【黒翼】の孫。」

「…む?誰だ貴様は。」

 

 

 

すると廊下の暗闇で、先ほども言われた『【黒翼】の孫』という単語が引っかかったのだろうか、降って沸いた声に鷹矢が足を止める。

 

 

…他人にとっては、羨ましい程に輝かしいその『出生』。しかし彼にとっては、とんでもない迷惑者と同類に扱われる忌々しい『称号』。

 

 

一体誰がそんなことを言ってきたのだろうかと、鷹矢が声の方へと目をやったそこには、前の試合…第一回戦・第三試合に出ていたウエスト校2年、竜胆 ミズチの姿があった。

 

 

「……。」

「…む?」

 

 

無言で、ただ鷹矢を見ているだけの少女。白髪から感じられる気怠さは、関わる人間にも伝染しそうなくらいの雰囲気なものの、黙っているだけでは何の用があるのか鷹矢にだってわかるはずもない。

 

そうして少しの間見ていたかと思うと、ミズチは鷹矢の横をすり抜けるようにして、己の控え室の方へと向かっていった。

 

 

「…何だったんだあれは。…まぁいい、飯だ飯。」

 

 

意味が分からずにいる鷹矢であったが、すぐにその興味が薄れてしまったのだろう。遊良の控え室にまだ弁当が残っていることを期待して、彼もまたそこへ向かうのみ。

 

儚げな姿に似合わぬ鋭い視線が、『何を』見ていたかなど鷹矢にとってはどうでもいいこと。その見通すような視線が、『何を』映していたのかを知らぬまま彼はその場を後にした。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「なぜ無いのだ!お前のことだから弁当を残しておいてくれていると思っていたのに!」

「あっても食わせるわけねーだろ!朝からお前のせいでイライラしてたんだからな!」

 

 

遊良の控え室に入るや否や、弁当が無い事が発覚してご立腹の様子を露わにする鷹矢。

 

まぁ遊良にしても、今朝にあれだけ鷹矢に迷惑をかけられて、怒りを落ち着けるためには食うしかなかったのだから、その元凶に文句を言われたところで何も悪いとは思わないだろうが。

 

 

「つーか終わったばっかでよく食欲あるよな。ホント緊張感が無い奴。」

「む?何があっても腹は減るんだ。食って何が悪い。」

「悪いとは言わないけどさ、もう少し気合入れとけってことだよ。次は全員シード選手と戦るんだから。」

「そうなのか?」

「そうなのかってお前…、今勝ったから明日は紫魔先輩とデュエルじゃねーか。油断すんじゃねーよ。」

 

 

そう、このトーナメントで4名の学生は一回戦を免除…要はシード扱いされていて、翌日の第2回戦は、一回戦に勝った全員がシード選手との戦いとなっているのだ。

 

 

―4つある決闘学園に、それぞれ一つずつ与えられるシード枠。

 

 

各決闘学園の選手3名のうち、誰がシードになるかは各決闘学園の判断に委ねられているが、どの学園も1回戦で全選手が負けてしまう事を回避するための措置なのか。

 

トーナメント表によると次の遊良の相手は、前回4位のサウス校3年、 獅子原 エリとなっているし、鷹矢に至っては同じイースト校の2年生、紫魔 ヒイラギが相手だ。

 

 

「まぁ大丈夫だろう。それより腹が減った。いつ帰れるんだ?」

「油断すんなって言ったろ!…はぁ、お前の試合が最後だったからもう少ししたら帰れるって。」

「うむ!ハンバーグだハンバーグ!」

「あ、お前今日迷惑かけすぎ。飯抜きだからな。」

「む!?」

 

 

本日一番の驚愕の顔をして…遊良以外にはそこまで変わらない様にしか見えない表情の変化で…鷹矢は抗議の視線を遊良に送り付けて来るものの、それを聞き入れる気は遊良には無いのだろう。

 

モニターに映るスタジアムの映像…初日の全ての試合が終わって、司会者が初日の締めの挨拶を観客席に伝えている映像へと遊良は目を戻した。

 

 

「餓死するぞ!いいのか遊良!」

「うるせー!水でも飲んでろ!」

 

 

横でさらに騒ぎ出した鷹矢を、適当にあしらいながら。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…何と言うざまだ。まさか去年に続いて、今年も一回戦で2人消えるとは…」

 

 

【決闘祭】初日が終了し、熱戦の興奮でまだまだ賑わうセントラル・スタジアムの控え室の一室…残り一人のノース校代表、3年生の紫魔 サクラの控え室で…同じくノース校理事長、紫魔 幹春が溜息と共に力なくそう呟いた。

 

 

もう後が無い彼…昨年の決闘祭で、誇り高き紫魔の選手達が見せ場も無く早々に敗れて行った様は、紫魔家の中でも汚点として数えられている。無論、理事長である幹春の責任は重く、紫魔の名誉を損なったとして見られているというのに…

 

 

―今年も同じく、早々に紫魔の人間が負けてしまっている。

 

 

昔は…表彰台の全てを紫魔の人間だけで染め上げたこともある時代だってあったものの、今ではその栄光が見る影も無い。

 

 

「あんな下層のガキ共に頼った俺が馬鹿だった。サクラ、頼れるのはお前だけだ…俺を助けてくれ…じゃないと、お前まで落とされて…それどころじゃない…俺が…消されて…」

「わかってるわよ。そんな顔しないで。」

 

 

これで今年の【決闘祭】でも、シード選手のサクラが敗れでもしたら…今度こそ幹春は理事長の座を下ろされることは必至。それどころではない…理事長でなくなれば、栄光ある【決闘世界】の構成員の座すら消え去って、下手をすれば命が無い。

 

それに、例え命が助かったとしても、今まで彼が築き上げてきた紫魔での地位は崩れ去り、一気に最下層の紫魔まで位を落とされるだろう。

 

 

力なき者を紫魔は必要とせず。いくら紫魔家に貢献しようと、必要がないと判断されれば何の躊躇も無く落とされる。

 

 

…紫魔家とは、そういう場所。

 

 

幹春にとって、それだけはなんとしてでも阻止しなければいけないことだ。昨年は詰まれた金に溺れて、賄賂の額が多かった紫魔家の学生を出場させた幹春だったが、それがすぐに間違いだったことを、身をもって理解して。

 

 

数多い紫魔の姓を持つ家でも、特に最下層の扱いは酷い物であって…前【紫魔】の例や、自身の過去のことを思い出している幹春は、それを考えただけでも背筋を凍らせていた。

 

 

「私が負けるはず無いわ。あんな偽物の融合使いや、低俗なシンクロやエクシーズ使いになんて。そうでしょう?」

「しかし、万が一ということが…」

「万も億も無いわ。父様は安心してみているだけでいいの。」

 

 

そんな父の蒼白な顔など気にも留めず、また切羽詰った様子も無くそう言う幹春の娘、ノース校3年の紫魔 サクラ。

 

 

―しかし、そんな彼女の自信は確かに根拠のある絶対的なモノ。

 

 

次に戦うのが、昨年度の準優勝者だと知っていてもなお、サクラは簡単に言い放つ。

 

 

「風、水、炎、地…【紫魔】から4つを許されているこの私が、負けるはずないでしょう?」

 

 

そう…普通ならば一人の紫魔に、一つしか扱うことを許されていない融合の属性。

 

 

古からの紫魔家の決まり。紫魔として生まれた者にとって、扱うことを許されている属性は生まれたときから決まっているモノなのだ。

 

そして、その紫魔達の家柄の内、最も位の高い家だけが…『地紫魔』や『火紫魔』など…『その属性を扱う紫魔を統べる家』として属性を名乗ることが出来るのであって、それ以外の下層の紫魔はただの『紫魔姓』を持っているだけに過ぎず、上位の紫魔に従うしかない。

 

 

しかし、それは本家に届かない下層の話であって…

 

 

本家に『相当近い家柄』で、かつ選ばれた数少ない人物のみ、複数の属性を操ることを許されるのだ。

 

 

そして『現本家』の血筋を色濃く受け継いでいるサクラは、末端とは言え父が【決闘世界】の構成員であること、また彼が『紫魔学園』とも呼ばれるノース校の理事を務めていることが大きいのか。

 

父の要望が、王者である【紫魔】にとって許可されて…娘であるサクラには、なんと4つの属性を扱うことが許されていたのだった。

 

これは、プロで活躍する紫魔姓の選手にもいない快挙。

 

 

「火紫魔も風紫魔の奴らもダメだったんだ…サクラ…頼んだぞ?」

「えぇ。それにここで優勝すれば、本家に入ることを約束されるのだもの。こんな簡単に私が本家に入ることが出来るなんて、父様は幸せ者ね。」

 

 

【紫魔】として積み重ねてきた莫大な富。政界に財界、もちろん決闘界にも多大なる影響を持つ勢力。その全てを統べる『紫魔本家』は、全紫魔家の羨望の的。

 

誰もが本家入りを願い、その座を我が物とするべく暗躍していることはいうまでもない。

 

そしてその本家に入るには、【紫魔】を倒して成り代わるか、本家の人間と結ばれるか…【紫魔】に実力を認められて、本家に『引き抜かれる』しかない。

 

しかし、そのどれもが簡単に行くわけなどなく、王者である【紫魔】を倒すのは実質的に不可能であることを考えると、『認められるだけの実績』を勝ち取ることの方が現実的なのだ。

 

その中でも、学生だけに許された特権…

 

 

 

―【決闘祭】の優勝は、その一つだけで『引き抜かれる』に値する実績になりうる。

 

 

 

「恋介様も見ているのだし、華麗に優勝を飾って見せるわ。」

 

 

まだ一戦も行っていないにも関わらず、まるで優勝するのが決まっているかの如く、サクラがそう言った…

 

 

その時だった。

 

 

「あら…それは無理なお話ですわ?」

「なっ!?だ、誰!?」

 

 

不意に、サクラと父である幹春しか居ないはずの控え室に、他人の声が響く。

 

しかし、父と自分しか居ないと思っていた室内に突如聞こえてきた他人の声、それに瞬間的に焦りつつ反応するものの、その人物の姿を視界に入れた途端に落ち着いた声で態度を直したサクラ。

 

何故なら上位の紫魔であるサクラにとっては、尋ねてきたその他人など、焦るにも値しない人物だったのだから。

 

 

「あら…ヒイラギじゃないの。…あなた、この私になんて口を聞いているのかしら。」

「いえ、偶々通りかかったものですから。…幹春様、サクラ様、お久しぶりですわ。」

 

 

イースト校2年、紫魔 ヒイラギ

 

 

彼女もまた、紫魔姓を持つ学生の一人。しかし、イースト校では尊大な態度を取っていた彼女が、他の人間に謙った態度を取っている光景は珍しい。

 

しかし、それは当然であって…地属性の紫魔家を統べる『地紫魔』のヒイラギの家からしても、サクラは上位の紫魔。もちろん、サクラと幹春に対してはそれ相応な態度を要求されるのだから。

 

 

「ホホ、なんだか本家がどうこうと聞こえましたものですから。思わず口を挟んだことをお許しくださいまし。」

「ヒイラギ…まさかあなた、まだ不釣合いな夢をまだ見ているのかしら?」

「えぇ、もちろんですわ。…サクラ様と幹春様には悪いですが、本家に行くのは私ですので。」

 

 

それを理解していても、いつも従者に言っているヒイラギの目的…本家入りすることを隠さずにそう言った彼女。

 

普通ならば自分よりも上位に立つサクラにそう言った態度を取ることは許されないものの、その目的を持っているのはこのヒイラギだけでないことをサクラとて知り尽くしている。

 

これは、『本家』以外の全紫魔の目的でもあるのだ。ある意味、隠しても無駄な感情とも言えるだろうから。

 

 

「…『地紫魔』程度のあなたが、この私に勝てると思っているの?この私は4つも許されて…」

「いいえ、何もサクラ様と戦おうとは思っておりませんわ?…それに…決勝に上がれるはずがありませんもの。」

「…ッ!?ぶ、無礼者!」

 

 

―!

 

 

しかし、いくら『本家入り』の宣言は大目に見てやっても、それ以外の尊大な態度を、サクラが許してやれるわけないのか。

 

渇いた音が控え室に響き渡って反響し、サクラが苦い顔でヒイラギを睨んでいる。そう、サクラのその華奢な手が、ヒイラギの頬を引っ叩いたのだ。

 

 

「私が!この本家に次ぐ家柄の私が、負けると思っているの!?お前みたいな他の下層の紫魔ならばともかく、この私が低俗な者どもに負けるはずがないでしょう!ヒイラギ、お前のその態度が昔から気に食わなかったのよ!」

「…あら…確かに出過ぎたことを言いましたわ…もうしわけありません、サクラ様。」

 

 

そうして、ヒステリックに喚きだしたサクラ。まるでタガが外れたように、怒りを露わにしてヒイラギへと浴びせ続ける。

 

こうなってしまっては、何を言っても無駄だということをヒイラギも理解しているのか。年が近いと言う事もあって、昔に色々とあったヒイラギとサクラではあるものの、これでは3年生と2年生とは言え、どちらが年上か分かったものではないだろう。

 

そして、サクラの喚きが収まりそうもないのを感じたのか、踵を返してヒイラギは控え室から出ようとした。

 

振り向きざまに、ヒイラギの長い艶やかな髪が揺れて…サクラはさらに言葉を投げつけるが。

 

 

「自分の身の程をしりなさい!この恥知らずが!…またその髪を切り刻まれたいの?」

「…滅相もございませんわ。私はサクラ様には勝てません。」

「そうよ!お前はそうやって這いつくばればいいの!本家に行くのはこの私よ!」

 

 

ヒイラギが静かに控え室を出るその時まで、全く緩めることをせずに言葉を沈めないサクラ。

 

その喧噪を背に、静かに控え室の扉を閉めると…ヒイラギはどこへ行くともわからずに歩き出した。

 

 

「ホホ…恋介の従兄というだけの…おこぼれの地位でよくもまぁあそこまで。」

 

 

誰も居ない会場の通路に呟かれた、小さな言葉。それは、およそサクラには決して聞かせられぬ物言いでもあって。

 

しかし、そう呟いたソレを聞いている者は居らず。ヒイラギの頭の中には、おこぼれにより家柄が上がって、自分に危害を加えてきた幼い頃のサクラの姿が思い浮かんできており、早々にこの離れようとその歩みを緩めない。

 

 

はたかれた頬と…その艶やかな髪を、大事そうに撫でながら。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…今年は随分と静かな席だ。」

 

 

会場内の盛り上がりが嘘のように、この静かで豪華な観覧席で、決闘学園イースト校理事長、砺波 浜臣は呟いた。

 

セントラル・スタジアムの内部をほぼ一望できるこの席は、他の誰も入ることが出来ない、まさに決闘学園のトップたちのために用意された特別席。

 

そんな中、昨年の理事長席とは様子の変わった今年のこの席で…未だ入院中で観覧に来られなかったウエスト校理事長とサウス校理事長のことを思いながら、砺波は感慨深げに立ち上がるも、その姿はどうにも気分が優れない様子にも見える。

 

 

この後は観覧に来ていたプロ関係のお偉い方達と会食の予定がある砺波ではあったが、せっかくイースト校の学生がまだ全員残っていると言うのに、砺波の胸中はとても食事が通りそうにはないのか。

 

溜息をつきながら、砺波は立ち上がって帰り支度を始めた。

 

 

「…全く、Exを使わないデュエルなど…やはり見ていて反吐が出る…」

 

 

そんな中で再度呟いた砺波の頭には、やっと始まった【決闘祭】の…記念すべき最初の試合に、イースト校の天城 遊良がトップバッターで試合をして、それに勝ってしまったことが浮かんできていた。

 

シードの紫魔 ヒイラギと、エクシーズクラストップになった天宮寺 鷹矢はともかく、まさかあの天城 遊良が一回戦を勝つなんて思いもよらなかった様子を見せて。

 

あの生徒が負けた瞬間に、会場から放り出して即刻退学を突き付けてやるつもりだった彼ではあるが…相手の3年生が舞い上がっていたとは言え、遊良の…ひいてはイースト校の勝利を快く思えないのもどうなのだろうか。

 

自身の端末に送られてきているトーナメント表を、再度見直して。砺波は明日の試合を思い浮かべて静かに呟く。

 

 

「…明日はトウコさんのお孫さんとの試合。フッ…まぁ次で終わるとしても、一回戦を勝ったのなら精々イースト校のために足掻いてほしいものですね。」

 

 

そう、新たな選手を選びなおす時間がイースト校に残されていなかったゆえに、天城を【決闘祭】の代表として提出せざるを得なかった砺波。

 

そのせいで、イースト校の選出を疑問に思ったのか、【決闘祭実行委員】から代表選手を確認する電話が何度もかかってきて来て対応に追われたのだ。

 

それに【決闘祭】を見ている観客だって、何故『あの』天城が代表として出場しているのかと、不思議に思ったに違いない。それがまさか一回戦を勝ってしまい、挙句の果てには『Exを使わない』という忌々しいデュエルで、観客が盛り上がってしまった…そのことが、砺波の頭には浮かんでいる。

 

観客を沸かせること自体は悪い事でないのを理解している砺波ではあるが、彼にとって観客の盛り上がりと天城が勝つのとは全くの別。

 

 

天城のデュエルは我慢して見てやる、しかし勝つことは望まない。

 

 

とは言え簡単に、あっけなく負けられてはイースト校の評判も落ちてしまうのは確か。ならば精々彼が在校を望むイースト校のために、必死に観客を盛り上げて…そして負けて欲しい物だ、と。

 

そんな気持ちを変えないまま、ふと砺波は展望席からスタジアム内をもう一度見た…

 

 

 

…その時だった。

 

 

 

「なっ!?あ、あれは!」

 

 

突如、まるで雷に打たれたような衝撃を感じて、砺波は驚きの声とともにガラスに張り付いて階下へと視線を向けた。

 

 

心臓が大きく跳ねる感覚、痛いくらいの動悸は砺波を激しく揺らし…一瞬だけ見えた目下の人間の姿を、その網膜に焼きつけて。

 

 

見間違えかとも考えるものの、しかしそれが幻覚でない事だけは、彼の心がハッキリと理解していた。

 

 

…なぜなら、まだ席を立つことを許されない観客席で…たった一人だけ出口の近くで立っていた女性。そのまま出口から出ていく一瞬の姿は…成長はしていても瞬間的に理解できるほどに、砺波の心の奥から消えないモノだったのだから。

 

 

それは、砺波があらゆる手を使って探していた存在でもあって…

 

 

「馬鹿な、釈迦堂!?…いやまさか…一体何故…戻ってきていたのか?」

 

 

探しても探しても…いくら探し回っても見つからなかった女の名を、その姿を一瞬でも見てしまった砺波の心は、先ほどまでの遊良への感情をどこへやら。

 

他人の空似とはよく言うけれど、自分がそれを間違えることなど無いという自負。最早砺波の胸中には、10年前に敗北した釈迦堂 ランへの恨みが、再度沸々と沸き上がってきていた。

 

 

「逃がすものか!」

 

 

―!

 

 

そうして、すぐさま理事長席を飛び出して出口へと向かう砺波。遅いエレベーターにイラつきながら、その怒りに中てられて微かに軋むエレベーターがやっと到着して、即刻ソレを一階へと降ろす。

 

不思議な表情をしている係の者が、砺波のその迫力に慄いて退き…砺波はランがスタジアムから出ていった場所から、一番近いとみた出口からスタジアムの外に出てその姿を探し始めた。

 

 

「ぐ…見当たらない…」

 

 

しかしその目を周囲にやって探しても、砺波の目には目的の存在を感じることは出来ない。例えそれが、他者と違う空気を纏う女性であっても、今の砺波にはそれを感じることは出来なかったのだ。

 

 

まだ観客の誰も出てきていない出口。しかし、その戦いの空気を味わいたい一般人が多々いるこの場所で、たった一人を探すことは無謀極まりないことは彼とて百も承知。

 

 

 

「どこだ、釈迦堂…どこだぁー!」

 

 

雪が降りそうな空に消える、この鯨の咆哮は…今は決して目的に届くことは無い。

 

 

それでも、彼は探さずにはいられなかった。今こそ過去を清算し、あの時の自分を超えたことを証明するため…王者であった自身が無様にも感じた、『恐怖』という名のあるまじき失態を払拭するために。

 

突如叫ばれた鯨の咆哮を、何事かと感じて視線を突き刺す一般人などまるで気にも留めないようにして、砺波は小さく呟いた。

 

 

「しかし、見に来ていたと言う事は…また来るのか…釈迦堂…くそ、あの女…明日こそは…」

 

 

いつ頃からだろうか…笑うことより、怒っている方が多くなってしまったことにも今の彼は気が付けない。

 

最早、その姿は誇り高かった【白鯨】ではない…その程度の鯨に成り下がってしまった男など、決して『化物』は相手にはしてくれないと言うのに。

 

 

【決闘祭】を楽しむ決闘市の雰囲気に混ざって、ランへの邂逅を望むという砺波の渇望が…

 

…大きな歪みが一つ、新たに現れたのだった。

 

 

 

 

―…

 

 

 

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