遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
「待て、大蛇。」
重々しく、そしてとても強い意思が込められた言葉が、暗い通路に放たれた。その言葉の主は…前年度【決闘祭】優勝者、ウエスト校3年の十文字 哲。
そう、たった今終了した第二回戦・第二試合…歓声に沸くスタジアムから暗い通路へと戻ってきた同じウエスト校3年、竜胆 大蛇へと声をかけたからに他ならないのだが…
その言葉は、彼の黒く短い髪型と同じで、どこまでも厳しく…たった今試合を終えたばかりの友へと向ける言葉にしては、些か不釣合いな雰囲気を纏っているだろう。
しかし、並の学生では足が竦んでしまいそうな…そんな重い言葉を投げつけられたと言うのに、当の大蛇の態度はどこまでも軽く、また哲相手に全く気後れしていないように声を返す。
「ん?おー、てっちゃん。何か用?」
「お前、いつまであんなデュエルをする気だ。」
「うわぁ、『あんな』て…てっちゃんも酷いわぁ。勝ちは勝ちやん。確かにちょっと最初の手札危なかったけどもな。」
「そういう意味ではない。」
「じゃああの演出か?観客も盛りあがっとったからええやんけ。」
「そういう意味でもない。」
どこか、噛み合わない会話…それは、大蛇が意図的に会話をずらしていることは一目瞭然であって。
何故なら、大蛇の『表情』はどこかそっぽを向くように…
…いや、それが大蛇の本心からの『演技』かどうかなど、本人以外にはわからないのだからその考察も意味の無いモノか。
その金髪で隠すように…他人にその心内を探らせぬ演技力、確かな実力を持っているのにそれを悟らせぬ奥底の深さ。彼の唯一の妹である竜胆 ミズチでさえ、ときに兄の本心を見失うことがあるというのだから、およそ他人には決して分かるはずもない彼の心。
―とは言えそんなことは、十文字 哲には関係の無いことなのだが。
「いつまで『あんなデュエル』を続ける気だ。」
再び同じ台詞を…『あんなデュエル』という言葉を、強調して発した哲。その言葉の重みは、大蛇がいくらすり抜けようとも隙間が無いのか。
「むぅー…」
―逃げられず、捕まる。
そう、昨年に大蛇がギリギリで届かなかった相手である哲だからこそ、大蛇を捕まえることが出来るのはきっとこの十文字 哲だけなのだろう。
別に、長い付き合いではない。高等部に入学して、そこで知り合っただけの浅い仲。しかしお互いが、近年稀に見る程の…それこそ並のプロと比べても『相当に高い実力』を持っていたからこそ、デュエルで分かり合えた二人。
…そんな哲相手には、大蛇とて逃げられない。哲の言葉で、その雰囲気で…無理やりに、引き出される。
「…てっちゃんには関係あらへんやろ。これは『竜胆』の問題や…紫魔家は許さへん。それだけや。」
「相手の女、折れていたぞ。」
「そんなん、あのお嬢さんが弱かっただけやん。去年の紫魔はもっと手ごたえあったさかい。弱かったから負けた…それが『ここ』やろ?」
「それでも、折っていい理由にはならない。」
「だーかーら!てっちゃんには関係あらへん!俺もミズチちゃんも、紫魔と争そわないかん理由があるんや!ほっといてくれや!」
誰にも、戦うべき理由がある。それが、偶々彼ら『竜胆』においては紫魔家だった。だからと言って大蛇のデュエル自体に落ち度は無いだろう。先ほど彼と戦った紫魔 サクラだって、一回戦でミズチと戦った紫魔 大治郎だって…『紫魔』という誇りを過大に膨らませて、そして竜胆兄妹を見下してかかって来ていたのだ。
それを、紫魔達は打ち砕かれた。ただ、それだけなのだから。
「関係ある。友が茨の道へ行くのを止めるために。」
「うわ、てっちゃんクサいで。そんなクサいセリフよく言えるわ。」
「そうか。」
きっと、プロになるだろう二人。ソレが現実味を帯びているほどに、他の学生たちとはそもそものレベルからして異なる実力を持っている彼ら。
竜騰虎闘、おそらく全決闘学園の中でも、最もデュエリスト達の実力の『質』が高く拮抗しているウエスト校においてさえも…双璧と呼べるべき、抜きん出た存在の二人。文字通り、他の学生達とは次元が一つ違う実力の彼ら。
その異質な雰囲気に加われる学生など、昨年3位の、『誰よりも広い心』を持つイースト校の泉 蒼人だけしか思い浮かばないほどに、この場の雰囲気は重々しいモノに変わっていた。
その中で言葉を発せられるのも、『彼ら』だからこそ。
…十文字 哲と普通に話している竜胆 大蛇だって、傍から見れば異常なのだ。
…竜胆 大蛇を逃がさない十文字 哲だって、他人からすれば異常なのだ。
そんな彼らが醸し出す異質な空間…その空気の中にいることがまるで心地よさそうに、再び大蛇は口を開く。
「てっちゃん…俺の事、友達やと思っとるんやったら、わかってくれや。」
「大蛇。『いつまで』あんなデュエルを続ける気だ。」
「決まっとるやん…【紫魔】を倒すまでや。」
三度、同じ言葉を発する哲。
しかし、最後のその言葉で強調された部分は異なるモノ。戦う理由、目的への覚悟。それは、この世界で戦う誰もが持つ決意であり、それぞれが異なる理由を持っていて。
哲とて、大蛇の『名』に賭ける思いは感じている。
だからこそ全力で、友を止めるのだろう。その力を持って、自ら茨の道へと飛び込もうとしているこの『強敵』を…永遠の『友』と認めているから。
「俺を倒せないのなら、それは無理なことだ。」
「…それはどうやろな。今年こそ優勝は貰うで?」
―絶対防御、『鋼鉄』のデュエリスト
―全てをすり抜け、全てを捻じ伏せる、まさに『大蛇』
その異名が示すとおりの振る舞いで、目的の高みへと突き進まんとする彼らもまた…譲れぬ決意を持っていた。
―…
「うむ、やはりここの弁当は美味い。このローストビーフも絶品だな遊良!」
「…なんで俺の弁当まで食ってんだよ。」
竜胆 大蛇との戦いを見終わって、いざ昼食を取ろうと自分の控え室に戻ってきた遊良は、その部屋で起こっている光景に呆れていた。
そう、自分の控え室の弁当だけでは足りず、腹の足しを求めて遊良の控え室に入って弁当を食い漁っていた鷹矢に、どうにも溜息しかでてこないのは仕方のないことであって。
先ほど試合が終わった遊良ならばまだしも…試合がまだ残っている鷹矢が、こんなにも緊張感が無くていいものなのだろうか…と。
「む?腹が減ったからに決まっているだろう。何を言っているんだお前は。」
「『何言ってんだ』はこっちの台詞だ!俺の飯食ってんじゃねー!」
「お前が俺の晩飯を抜いたからだろう!俺は腹が減ったんだ!」
暖簾に腕押し、糠に釘。鷹矢の主成分でも大部分を占めるこの『食欲』をむやみに刺激すると、こうなってしまうだろうという予測は、もちろん遊良だって想定していたことだ。
だからこそ、勝手に遊良の昼食を食った鷹矢にも、本気で怒るということは無いのだが…それでもこの【決闘祭】と言う場であっても、本当に好き放題に生きる鷹矢に対して、一抹の不安を感じてきてしまう遊良。
まぁ、これから試合だというのに、空腹のまま向かわせればどんなミスを犯すか分かったものじゃないことくらい、遊良も理解できているが。
「はぁ…こんな事だろうと思ってたからカップ麺持ってきてあるけどよ…他の人に迷惑かけるんじゃねーぞ。いくらなんでも他の選手の弁当まで食ってたら流石に庇いきれ…」
「安心しろ、俺だって他人の飯を盗み食いせん。精々お前かルキのだけだ。」
「いや、それでも大概じゃねーか。…中等部の時にルキのプリン食って殺されかけたの忘れたのか?」
「…忘れてなどいない。だからルキのデザートにだけは未だに手をだせんのだ。」
過去、鷹矢の食い意地から発展した大惨事…それを今思い出しても、その時喰らった痛みが蘇ってくるのか。珍しく鷹矢が食べているその手を止めるものの…これでは緊張感もへったくれもないことに、遊良もつい忘れてしまっている様子。
遊良は本日の試合が終わった緩み、鷹矢は空腹ゆえの緩み。
他の出場選手と比べてもまだ若い彼らに、それを咎めるのは酷なことか。
今この時、別の暗い通路で『攻防』を繰り広げている3年生の十文字 哲と竜胆 大蛇の雰囲気と比べても…まだまだこの1年生二人は『若い』、若すぎる。
それは、彼らがこれから…自分自身で感じ取って、そうして『知って』、変えていかなければいけない事なのだから。
「でも次の試合は絶対に見とけよ。次にお前が勝てたら、その試合の勝った方と戦るんだからさ。」
「うむ。」
「つか、今は紫魔先輩との試合の事を考えなきゃいけない時間だけどな。」
「大丈夫だ、問題ない、俺は負けん。」
「油断すんなってことだよ。」
「うむ。」
どこまでも不敵に振舞う鷹矢の、その自信の裏には…確かな実力が伴っていることは知っている遊良。
だからこそ、鷹矢の2回戦の心配をしているわけではないのだが…相手は紫魔家、油断だけは禁物。それだけは絶対にさせないように、鷹矢に言い聞かせるように、遊良は言い聞かせていた。
―…
『皆さま!午前中の二試合はいかがでしたでしょうか!』
【決闘祭】2日目の、試合の半分が過ぎて。昼休憩と称した自由時間を終えた決闘市に鳴り響いた、午後の試合を告げる実況。
その実況の声に、このセントラル・スタジアムに詰め掛けている観客達がレスポンスを返し…午前中の試合で見せた興奮を思い出させるかのように、彼らもまた『音』を響かせる。
―そう、昨年の猛者が、『あの』天城 遊良に敗れ去ると言う一大事件を巻き起こした『第一試合』
―前代未聞、学生の身分でまさかの4属性を扱ってきた紫魔家の令嬢が、それ以上の圧倒的実力差で降される結果となった『第二試合』
そのどれもが、決闘市が盛り上がるに足りる興奮を生み出しており…また、この後に続く第三試合と第四試合も、午前中の試合に劣らぬ予感を感じさせていたのだから。
『波乱が起きた第一試合!力の差を見せ付けられた第二試合!そのどれもが【決闘祭】に相応しいデュエルだったこと間違いなし!しかし、それだけでは終わらない!皆さまも分かっているでしょう!第三試合に出てくる選手が、一体誰なのかを!』
―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
一気に歓声がセントラル・スタジアムの天井まで届き、会場内を大きく揺らす。
昼食を取って腹が満たされ、喉から出す声の質も一味違ったモノとなって。この後に出てくる第三試合の、奇しくも同じウエスト校同士の対戦カードを、今か今かと待ちわびて。
『それでは、選手入場!』
実況の声に呼び出され、姿を現す2人の選手。
地響きへと変わった観客たちの『音』に、まるで応えぬ少女と…受け止めてもなお動じないデュエリスト。
ウエスト校2年、竜胆 ミズチ
VS
ウエスト校3年、十文字 哲
しかし、観客の歓声の全てを受け流している、この『竜胆』の名を持つ気怠るく儚げな少女と言えども…目の前の男のオーラに当てられれば、その表情は通常時のモノを保てないのか。
無意識に頬に垂れてきた、その冷たい汗を確かに感じながら…ミズチは身構える。
そう、目の前に居る対戦相手は…彼女の兄ですら、昨年届かなかった相手。その力は、デュエリストの『質』を突き詰めている決闘学園ウエスト校の中でも、嫌と言うほど見せ付けられてきたのだから。
…昨年の【決闘祭】優勝者、その有り余る力を発散させに…
絶対防御、『鋼鉄』のデュエリスト、ここに降臨。
―…
「…哲さん。」
「なんだ。」
「…さっきは、兄さんがごめんなさい。」
向かい合って…戦いに望む前に、まずは謝罪を述べたミズチ。
ソレは、先ほどの哲と大蛇の『攻防』に対しての…兄の比に対しての言葉に間違いないだろう。
しかし、兄と哲が何を話して話していたのかなど、控え室で昼食を取りながら待っていたミズチが知るはずは無いのだが…彼女の持つ『何か』を見通す目が、ソレを感じ取ったからか。
だからこそ、彼女は述べずにはいられなかったのだろう。いくら兄の数少ない友人である哲といえど…迷惑をかけたのならば、それを謝るのは妹である自分の務めだと、そう理解しているから。
そんなミズチの、その言葉を聞いてもなお…哲は全く気にしていないように言った。
「気にするな。慣れている。」
「…うん、ありがと。」
哲の返答を聞いて、どこかホッとしたような顔を見せるミズチ。その白い髪が地響きで微かに揺れているものの、その揺れにも負けないほどに、今の彼女の心は安定していた。
そう、今まで…それこそ、紫魔と小競り合ったり、その他の人間とぶつかったりしてして『敵』の多かった兄を、ここまで理解してくれた人間は居なかった。
…だからこそミズチは嬉しい。兄に負けない才能と実力、そして何事にも動じない不屈の精神を持つ十文字 哲が、兄の友人になってくれてよかった…と。
「…でも、デュエルは別…今日は、哲さんに勝ちたい…兄さんと同じ景色を、私も見たいから。」
「いいだろう、かかってこい。」
無駄な言葉は発さない、哲の少ない口数。弱き者は並べない、哲の強い雰囲気。
それを感じ取ってもなお、ミズチとて気後れはしていなかった。何故なら…彼女の兄が、唯一『素』を見せる瞬間が、この十文字 哲とのデュエルをしている時なのだ。
妹であるミズチでさえ、時にその本心を見失う兄、竜胆 大蛇…そんな兄が見ている、この相手との戦いの景色を、自分も見るために。
―友を止めるため、兄に近づくための戦いが…
『それではぁ!【決闘祭】第二回戦、第三試合ぃ!かいしぃぃぃぃいー!』
―デュエル!
ここに、始まる。先行はウエスト校3年、十文字 哲。
「俺のターン。【武神―ヤマト】を召喚。」
【武神―ヤマト】レベル4
ATK/1800 DEF/ 200
開始早々、哲が召喚したのは、遥か昔に神として扱われていた存在。
妖しく光り輝く体はどこか神々しいものの、天界を追われたこの武神は、かつての力を失っている。
しかし、そんなモンスターなれど…目の前でそれを見るミズチの表情は…いや、全ての観客たちの目は、微塵も見下す目などしていなかった。そう、その登場に会場内も大きくざわめきを響かせて、まるで待っていたと言わんばかりに。
なぜなら、このモンスターが哲のスタートとなるべき存在であり、決して侮ることをしてはいけないと知っているから。
失われし武神の力が其の身に戻った時、其の真意が発揮されること…昨年の優勝者の、その力が発揮されることは、決闘市中が既に理解していることなのだから。
「俺はカードを2枚伏せ、このエンドフェイズに【武神―ヤマト】の効果発動。デッキから【武神器―ヘツカ】を手札に加え、今加えた【武神器―ヘツカ】をそのまま墓地へ送る。ターンエンドだ。」
十文字 哲 LP:4000
手札:5→2枚
場:【武神―ヤマト】
伏せ:2枚
「…私のターン、ドロー。」
そんなざわめく会場の雰囲気の中で、静かにカードを引くミズチ。
まるで隙のない立ち上がりと、観客たちの多大なる重圧を受け止めてもなお涼しい顔をして立っているこの十文字 哲の実力は、もちろん彼女も身を持って理解していることであって。
ウエスト校の中でも、彼と互角の勝負が出来るデュエリストなど…彼女の兄である竜胆 大蛇を除いて、誰も居ない。
「…私は【
【捕食植物オフリス・スコーピオ】レベル3
ATK/1200 DEF/ 800
それでも、他の学生たちと比べても次元が一つ違う哲相手に、恐れを抱かずに戦う彼女。それは…兄と、同じ目的を持つ彼女だからこそ。兄の見ている景色を感じ、兄と並びたいがために。
他人には儚く映るミズチの姿、しかしそれを感じさせないほどに彼女の心は強く…気怠るげな立ち振る舞いは、デュエルのときには違った姿となるのか。
そう、届かない相手と分かっていても、彼女の戦う『理由』に則って…逃げずに戦うだけだ。
「…召喚成功時、効果発動。手札のモンスター一体を墓地へ送って、デッキから【捕食植物ダーリング・コブラ】を守備表示で特殊召喚。」
【捕食植物ダーリング・コブラ】レベル3
ATK/1000 DEF/1500
「…ダーリング・コブラの効果発動。デュエル中に1度だけ、【捕食植物】の効果で特殊召喚に成功したため、私はデッキから【融合】を手札に加える。そのまま【融合】を発動。場の【捕食植物ダーリング・コブラ】と【捕食植物オフリス・スコーピオ】を融合し、レベル7、【捕食植物キメラフレシア】を融合召喚。」
―!
【捕食植物キメラフレシア】レベル7
ATK/2500 DEF/2000
ミズチの場に現れるは、凶暴化した毒花の一房。
禍々しく蠢くソレは、敵を『飲み込む』ことも出来るし、敵を『捻じり切る』ことも出来る、まさに捕食者。
様子見などしている場合でないことを、ミズチとて心の底から理解しているだろう。ならば、持てる力を全力で、哲へとぶつけるのみ。
「…キメラフレシアの効果発動。レベル4の【武神―ヤマト】を除外する。」
「ならば、俺は墓地の【武神器―ヘツカ】を除外して効果発動。【武神】が効果の対象になった時、ヘツカを除外することで【捕食植物キメラフレシア】の効果を無効にする。」
そうしてキメラフレシアが哲の場の武神を、獲物を消化する花弁の奥底へと吸い込むために…まさしく『飲み込み』にかかった。
しかし、即座に。そんなことを哲が簡単に許すわけはないだろう。哲の墓地から現れた亀の武神器が、其の姿を鏡へと変えてソレを跳ね返す。
―武神器
神話に生きる武神たちの、刃・鎧となるそれらの武具。その武具たちもまた、八百万の神のように生き…主のために力を発揮するモノ。
「…知ってた。装備魔法、【
【捕食植物キメラフレシア】レベル7
ATK/2500 DEF/2000
それを知っていてもなお、諦めずに融合召喚で畳み掛けようとしているミズチ。
そう、哲相手に長期戦は禁物。まだエクシーズモンスターが出ていないこの内に、哲のキーカードである【武神―ヤマト】を早く処理しなければ…勝つ気概以前に、何もさせてもらえないだろうから。
自分のレベル以下のモンスターを除外する効果を持つキメラフレシアの効果だって、エクシーズの適正を持つ十文字 哲に通用するのはこの序盤だけ。
「…2体目のキメラフレシアの効果発動。【武神―ヤマト】を除外する。」
―だから、逸る。
なんとしてでも、『鋼鉄』のデュエリストに傷を入れるために。
―それでも…
「無駄だ。永続罠発動、【デモンズ・チェーン】。キメラフレシアの効果を無効に。」
「…むー、やっぱり止めるんだ。」
キメラフレシアの効果を、簡単に届かせてくれるほど…十文字 哲は甘くない。
不撓不屈。
何人ものデュエリストが束になってかかっても…全て受け止め、全く動じず真正面から捻じ伏せる『強さ』は、まさに安定の重厚。その分厚い壁を突き破るには、一体どれだけの力を発しなければいけないのか。
…ただ『見て』、そして『考える』だけでは絶対にソレはわからない。
それを感じるためには、直接向かっていくしかないのだ。
「…じゃあバトル。1体目の【捕食植物キメラフレシア】で、【武神―ヤマト】に攻撃…攻撃宣言時、キメラフレシアの効果発動。ヤマトの攻撃力を1000下げ、キメラフレシアの攻撃力を1000上げる。」
妖しくうねる毒花の一房が、武神が立つ大地から養分を吸い取って。
その茎、蔓、花弁までをもみるみる太くし…養分の抜けた大地に立つ武神は逆に、己の力まで大地と共に吸い取られてその輝きを淡くしてしまう。
元々の攻撃力は2500なれど、攻撃力4500までのモンスターと単体で勝負できるキメラフレシアの攻撃は、ミズチの攻撃宣言と共にその荒振りをより一層強くして。
【捕食植物キメラフレシア】レベル7
ATK/2500→3500
【武神―ヤマト】レベル4
ATK/1800→800
今まさに沸き起こらんとする強い衝撃に対して、ヤマトが身構えた…
―その時だった。
「ダメージ計算時、手札の【武神器―ハバキリ】の効果発動。ハバキリを手札から墓地へ送り、ヤマトの攻撃力を元々の倍にする。」
【武神―ヤマト】レベル4
ATK/ 800→3600
哲の宣言と共に、彼の手札から飛び立った武具の一器。天空で一度翻り、その鳥の姿を剣へと変化させて…ヤマトの手の中へと収まるソレはまさしく神剣の一振りか。
ヤマトが武神帝と呼ばれていた、全盛期の力には及ばない物の…主の奪われた力を元に戻すだけでなく、さらにその力を倍増させる。
「迎え撃て。『
―!
太く長く伸びたキメラフレシアの茎も蔓も、その花弁すらも細切れに切り裂く武神の一閃。
かつて八岐の首持つ化け蛇すら、一首残らず切り裂いたと言われるその太刀筋は、現代に再現されても全く見劣りしていないほどに鋭く…暴れる毒花を見事に砕けさせた。
そして、こうなることもミズチには分かっていたのだろう。彼女のこの程度の攻撃で、簡単に哲に傷をつけられるとは思っていなかっただろうから。
「…やっぱり、それも持ってたのね。」
竜胆 ミズチ LP:4000→3900
「…バトルフェイズは終了。【融合回収】を発動して、墓地の【融合】と【捕食植物セラセニアント】を手札に戻す。カードを1枚伏せて、ターンエンド。」
竜胆 ミズチ LP:4000→3900
手札:6→2枚
場:【捕食植物キメラフレシア】(デモンズ・チェーン)
伏せ:1枚
「俺のターン、ドロー。」
ターンが一巡し、重々しくカードを引いた哲。
2度に渡るミズチの『飲み込み』を押さえつけ…著しく変動する攻撃力による、激しい攻防すら当然の様に彼は切り伏せた。その戦いを見ている観客の目は、この目まぐるしい状況の変化を見逃さないようにして見開かれているし、少しの戦況も見逃さない様に息を呑んで釘付け。
とても…見ているほうも気が抜けないデュエルに、一瞬遅れてその歓声を爆発させるものの…その声の中でも、静かにミズチは宣言を忘れないが。
「…そのスタンバイフェイズ。前のターンに墓地に送られた、キメラフレシアの効果発動。デッキから【再融合】を手札に加える。」
「いいだろう。ならばメインフェイズだ。俺は【武神器―ムラクモ】を召喚。そして、レベル4の【武神―ヤマト】と【武神器―ムラクモ】の2体でオーバーレイ。」
しかし哲も、そんなミズチの宣言を意に介さず。
哲の声に連動して、光の筋となる2体のモンスターが…哲の前方に現れた、まるで宇宙の一欠片のような渦へと吸い込まれていく。
そう、エクシーズ召喚のためのエフェクト。レベルを持たぬモンスターを生み出す召喚。およそ、決闘学園の全学生の中で最も強いエクシーズ使いと謳われている十文字 哲の、最も好んで使うというモンスターが…
今、ここに。
「天界より出でし戦神、下界の闇を切り伏せろ。エクシーズ召喚。剣現せよ、ランク4、【武神帝―スサノヲ】」
―!
そうして顕現…いや剣現しようと天から降りてくるのは、かつての力を取り戻した【武神―ヤマト】の本来の『名』。
羽持つ鎧、二振りの神剣、その身を守るは鏡の神器。
他の神々の陰謀によって下界に落とされたが故に知った、薄汚れた天界の穢れを斬るために。武の神々に戦いを挑む、彼もまた武神。
「…出た。哲さんのエース。」
「ミズチ、差を広げさせて貰うぞ。」
「…それは嫌。カウンター罠、【ポリノシス】発動。キメラフレシアをリリースして、スサノヲのエクシーズ召喚を無効にして破壊する。」
…しかし、哲のエースと知っていて…その剣現を簡単に許すほど、ミズチの腕は低くは無いだろう。
スロースターターである哲でも、このターンに畳み掛けてくることは想定内、だからこそ張っていた罠。即座にエクシーズ召喚を無効にして、哲のエースを無に帰すために。
古の武神がその足を地に着ける前に…花粉の嵐に巻き込まれて砕け散っていった。
「そうか。ならば次だ。【強欲で貪欲な壷】を発動。デッキから10枚裏側で除外し、デッキから2枚ドロー。墓地の【武神器―ハバキリ】を除外し、手札から【武神―ヒルメ】を特殊召喚。」
【武神―ヒルメ】レベル4
ATK/2000 DEF/1000
それでも、怯まず。
自身のエースが簡単に終わってしまったと言うのに、全く恥じず、落ち込みもせず。不屈の心を持つ哲からすれば…エースに信頼を寄せても、全てを賭けて頼りきることはしないのだろう。
そんなことで一々落ち込むことほど哲の心が弱いはずないし、落ち込んでいる暇も無いのだから。
武神達の中でも最上位に位置するという、女型の武神を携えて…畳み掛けるように攻撃を仕掛ける。
「バトルだ。【武神―ヒルメ】でダイレクトアタック。」
「…ダメ。直接攻撃宣言時、手札の【捕食植物セラセニアント】の効果発動。セラセニアントを守備表示で特殊召喚。」
【捕食植物セラセニアント】レベル1
ATK/ 100 DEF/ 600
それでも、ミズチとて諦めているわけではない。
相手モンスターに噛み付く小さな草蟻を、哲の攻撃を防ぐために特殊召喚するその手は…高い実力を持つ哲を、より近くで見てきた彼女だからこそ出せた防御札。
小さき体であっても、相手モンスターを道連れにも出来るし、後続を呼ぶことも出来るこの草蟻に、哲とて即座に手を止めた。
「なるほど、厄介なモンスターだ。防御を怠らないとは腕を上げたな、ミズチ。」
「…うん。」
「バトルは中止する。ターンエンドだ。」
十文字 哲 LP:4000
手札:2→1枚
場:【武神―ヒルメ】
魔法・罠:伏せ1枚
デモンズ・チェーン(効果なし)
「…私のターン、ドロー。このスタンバイフェイズ、リリースしたキメラフレシアの効果で、デッキから2枚目の【再融合】を手札に加える。そして装備魔法、【再融合】発動。LPを800払って、墓地からキメラフレシアを攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。」
【捕食植物キメラフレシア】レベル7
ATK/2500 DEF/2000
ミズチ LP:3900→3100
「…キメラフレシアの効果発動。【武神―ヒルメ】を除外。」
何度でも、繰り返す。この十文字 哲に、3度目となる毒花の『飲み込み』を試みるミズチ。
その諦めない心が幸をなしたのか、先ほどまで躱されていた効果が、やっと哲の武神を『飲み込み』…そして無残に消化していく光景は、遥かに届かない相手だと思っていた哲の、その後姿を捉えたのだろうか。
その儚い表情にも、微かに高揚が見られ始め…この好機を逃さないために、ミズチは動く。
「…チャンス。2枚目の【再融合】を発動。またLPを800払って、さっきとは違うキメラフレシアを蘇生…そして【融合】発動。キメラフレシアとセラセニアントを融合…融合召喚、現れて、レベル8…【捕食植物ドラゴスタペリア】。」
―!
彼女の場に現れるのは、卑しくうねる茨の体、敵を突き刺す棘の爪を持った…まるで竜を模したかのような植物。
次々に融合召喚を決めて、どうしてもこのターンで決着をつけたいのだろう。実力の違う相手に勝機を見出すには、僅かな隙に全力で突き進むしかないことを、ミズチは理解しているからこそ。
がら空きになった哲に、自分の持てる最大の攻め込みを行うためだ。
【捕食植物ドラゴスタペリア】レベル8
ATK/2700 DEF/1900
ミズチ LP;3100→2300
「…セラセニアントの効果で、デッキから【捕食接ぎ木】を手札に…そしてバトル、【捕食植物ドラゴスタペリア】でダイレクトアタック。」
そうして茨の体の植物竜が、奇奇怪怪な声を放ちながら飛翔する。その赤く濁った目で見据えて狙いを定めているのは、主の前に大きな壁となって立ちふさがる男を串刺しにするためか。
耳を劈く咆哮を放ちながら滑空し、後続に控える毒花もソレに感化されて蠢いて…
早くなる鼓動を感じながら、ミズチは哲を見据えていた…
見据えていたのだが…
「まだだな、ミズチ。攻撃宣言時に罠カード、【神風のバリア-エア・フォース-】を発動。」
「…あ。」
「お前の2体のモンスターを手札に戻す。ExモンスターはExデッキへ。」
彼女がいくら策を張り巡らせ、何とか見つけた隙に全力で攻め込んでも…それを簡単に受け止めてなお涼しい顔で佇む、この十文字 哲と言う男。
昨年、そして今年の【決闘祭】の、他の選手たちと比べても…目を見張るような展開力は、哲には無い。
そう、展開力は、ミズチが上。モンスターの攻撃力だってミズチの融合モンスター達の方が高く、戦いを見ている観客達からしても、終始押していたのはミズチに映るはずだと言うのに…
それでも、届かない。
「…むー…さすが哲さん。全然喰らってくれない。」
そう呟いたミズチの言葉は、この広いセントラル・スタジアムの中では絶対に響かず。
また、観客の誰にも届くようなモノではなかったのだが…このデュエルの攻防の、一部始終をその目に焼き付けている観客達の脳裏には、哲のある異名が浮かび上がってきていたことに間違いないだろう。
昨年度【決闘祭】優勝者、ウエスト校3年の十文字 哲が、一体何と呼ばれているのかを。
―絶対防御、『鋼鉄』の デュエリスト。
LPが、削れない。
「…装備魔法【捕食接ぎ木】発動。セラセニアントを守備表示で特殊召喚…私はこれでターンエンド。」
竜胆 ミズチ LP:3900→2300
手札:3→1枚
場:【捕食植物セラセニアント】
伏せ:無し
先ほども防御に使った草蟻を、壁とするべく召喚したミズチ。このモンスターに対して、哲が先ほど攻撃をやめたことに僅かな期待を繋げたのだろうか。
敵モンスターを道連れにでき、耐えた後に後続を繋ぐことの出来る優秀なモンスターに、まだ希望をつなげようとして。
「俺のターン。ドロー。」
それでも、およそこの戦いを見ている誰もが…今対戦しているミズチですら、無意識に理解できたことがあった。
―このターンで、決着となる。それも、哲の勝利で。
―そう、堂々とカードを引いた哲の姿があまりにも…勝者と呼ぶに相応しいほどに、あまりにも様になっていたのだから。
「魔法発動、【武神降臨】。墓地の【武神―ヤマト】と、除外されている【武神―ヒルメ】の2体を特殊召喚する。」
【武神―ヤマト】レベル4
ATK/1800 DEF/ 200
【武神―ヒルメ】レベル4
ATK/2000 DEF/1000
「いくぞ、2体の獣戦士族モンスターでオーバーレイ。」
先ほどは止めた哲のエクシーズ召喚も、もうミズチには止める術は残っていない。残っているのは、小さな草蟻。不屈の男を相手にするには、どこか頼りない彼女の防ぎ。
そして神々しく、輝いて。まるで燃えている鎧を纏って現れるソレ。
降臨せしは、天界に歯向かう武神帝の一体。
「現れろ。ランク4、【武神帝―カグツチ】」
―!
紅き焔をその背後に、対照的な蒼き姿をその身に…ここに降臨する。
【武神帝―カグツチ】ランク4
ATK/2500 DEF/2000
「墓地の【武神器―ムラクモ】の効果発動。メインフェイズにこのカードを除外し、【捕食植物セラセニアント】を破壊。切り裂け、『神代三剣、
続いて哲の墓地から飛び出したのは、獣の姿に身を変えた神剣の一振り。
その哲が放った一振りの剣によって、ミズチの場に残った防ぎの草蟻が切り裂かれていき…いくら次のターンのために後続を準備しようとも、もう時既に遅し。
次のターンなど、巡ってこないことは…もうミズチにだってわかっているのだから。
「…やっぱり、哲さんに勝てなかった。セラセニアントの効果で、デッキから【捕食接ぎ木】を手札に…もう遅いね。」
「あぁ、これで終わりだ。【武神帝―カグツチ】でダイレクトアタック。」
―!
「…うぅ。」
竜胆 ミズチ LP:2300→0(-200)
―ピー…
『試合しゅうりょぉぉぉお!見よ!コレが強者の貫禄!一回戦でノース校の紫魔相手に、圧倒的な勝利を見せ付けた竜胆 ミズチ選手を相手にしても!微塵もダメージを受けずに勝利を収めるこの姿!』
観客たちの大いなる盛り上がりを、更に沸き上がらせる実況の声。
力の差を見せつけて、堂々たる勝利を掴むその姿は…誰よりも輝いていて、それでいて誰よりも落ち着いていて。
見ている誰もに、その存在を印象付ける彼の戦いは、決して色褪せることなど無いかのように。
『【決闘祭】第二回戦、第三試合ぃ!勝ったのは!ウエスト校3年、十文字 哲選手ぅー!』
―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
―…
「…はぁ。また哲さんに負けた。」
試合が終了し、やや重い足取りで暗い通路へと戻ってきた竜胆 ミズチ。
実力の差は分かっていた事とは言え、敗北したからかその表情はどこか重く…最初から負ける気で戦ってなどいなかったのだからソレも当然か。
とは言え、いつまでも敗北をずるずると引きずることも無い彼女だからか、思いつめた様にはならずにその場を後にしようと歩き始めようとした…
その時だった。
「…ねぇ、そこに居る2人、コレあなたたちの?」
今まさに一歩踏み出そうとしたミズチがその足を浮かせて止め、その足を一歩後ろへと引いて立つ。
そう、何故なら彼女が踏み抜こうとした床には、ピンポイントで黒い靄が漂っており…そして彼女の目がそれを『見た』からに他ならない。
そんなミズチの視線の先には誰も居らず。だだ暗い通路が続いているだけだというのに、まるでソコに誰かが居るかのごとく、彼女はソコへと話しかける。
「…なんで俺たちが見えてんだコイツ?」
「知らねぇよ…話が違うじゃねぇか。」
突如。
そんな、何もない通路の空間から沸き起こった黒い靄の中から、現れた2人の男。
紫魔 亜蓮
紫魔 大治郎
ヒイラギに、『プランB』と命じられていたノース校代表だった3年生だ。そんな彼らは、まるで信じられないといった表情でミズチを見ていた。
そんな腑抜けた顔をして驚いている2人の男に、ミズチは淡々と言い放つ。
「…だって、そこに居るの見えてたもの…ニヤニヤして私の足元見てたし、気持ち悪かったから。」
「なっ!?」
「…き、気持ち悪い…」
女生徒に気持ち悪いと言われたのがショックなのか。まぁ、年頃の男子生徒が見目麗しい女生徒から無下に突き放されては、そうなるのも当たり前だろうが。
しかし、彼らが今気にするべきはソコではない。命じられている目的を遂行しなければいけないことを、彼らも忘れてはいない…待ち伏せて仕掛けた罠がダメなら、次に取る手を行うのみ。
男のうちの一人がその懐から、『靄』を固めたような鈍い輝きを放つ黒い球を取り出すが…
「…っておい、この女…」
「あぁ、たった今負けたばかりだってのに、負の感情がないじゃねぇか。」
「これじゃあ、どっちみち罠仕掛けても意味なかったんじゃ…」
「そうだな…やべぇぞ。」
その球を見て、何かを相談している様子の亜蓮と大治郎。
『見られた』ことも、『球』の事も、まるで想定外の事態が起こったかの様な振る舞いを見せて。
およそ、こうなることを考えていなかったのだろう。慌てふためき始め、最後の手段しかないことをその脳裏に浮かべて…
「…やるしかない…のか?」
先ほどミズチが見た、ニヤニヤしていた表情から一転し。今はやや強張らせたような表情を見せてデュエルディスクを構え、デッキをセットする紫魔 亜蓮。
そう、手を汚さずに済むと思っていた最初の手段が意味を成さないことを知って…コレを取り付かせるには、デュエルで負かすしかないと、彼らはそう聞かされているからだ。
亜蓮が、隣にいる大治郎にも手を貸すように促し、ミズチを見据えた。
「…2人でかかってくるの?…別にいいけど。」
しかし、それを全く意に介さず。ミズチは淡々と目の前の男2人を、儚げな目で見ているだけだ。
そう、およそ2人がかりで向かってこられても、彼女には負ける気がしないのだろう。
なにせ、片方の男は一回戦で圧倒しているし、もう片方の構えている男だって、彼女の兄に瞬殺されている。
手もバレていて、実力もバレている。そんな相手が2人で来ても、ミズチにとっては問題ないと、そう言わんばかりに。
「…わるい、俺無理だ。」
「ちょ!大治郎!」
「だって俺ら2人で勝てると思うか?」
「いや命令だし…」
「ここで揉めて大事になったら、消されるのは俺らだぜ?…いったん引くぞ。」
「…くそっ、この女…偽物の癖に…」
そう言って、彼らも置かれた状況が理解できたのだろう。
ミズチに向かっていくようなことはせず、その場を後にするべく黒い靄を出現させると、その中へと足を入れて姿を消した。
まるで、瞬間移動。傍から見ても完璧な姿の消し方に、きっと他の人間がこの場に居たら大騒ぎになったであろうことは間違いないような光景を見せて。
…ミズチの目には、姿を消した気になってふてぶてしく歩いていく2人の男の姿が、はっきりと『見え』ていたのだが。
「…ホント、紫魔って迷惑。」
静かに、そう呟いたミズチの声は…
暗い通路に吸い込まれていくだけだった。
―…