遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
「…ふぅ、少し疲れたぞ。」
【決闘祭】2日目、最終試合。
たった今勝敗が決した第二回戦・第四試合の、観客達の興奮が冷めやらぬここセントラル・スタジアムの中心で…沸きあがって盛り上がる観客たちを他所に、鷹矢が珍しく一息ついていた。
いつもはどんな激しいデュエルを行っても、何食わぬ顔でいるはずの鷹矢ではあっても…ヒイラギが増大・誘発させた『侵食』に抗って、さらにそれを押さえ込んだのだから、それもある意味当然といえば当然なのだが。
「天宮寺 鷹矢…あなた、一体…」
「む?」
「…一体、何をしたんですの?」
「気合だ。」
「…はい?」
「気合で頑張っただけだ。」
未だ、鷹矢を信じられないかのような目で見てくるヒイラギに対する、まるで子供の…意味のわからぬ説明の様な鷹矢の言い分。
しかし鷹矢とて、それ以上に詳しく説明しろと言われても、これ以上の的確な説明など思い浮かぶはずもないのか。
普通ならば取り付かれている人間が、侵食してくる『悪意』に抗えるはずも無く…強大な精神力を持ったものであっても、増大した『自分の悪意』に飲まれてしまうはずだというのに。
「気合…ですか…」
「うむ。」
そう言うのにそれを押さえて、そして『自分』のままでいる鷹矢の存在が、どうにもヒイラギには信じられなかったのか。
返す言葉も見つけられず、ただ鷹矢の返答を飲み込むしかない様子。
『悪意』を持たない人間など、この世に居ないはずがない。生きている限り、何においても、微かなことでも…少なからず『悪意』は起こるはず。しかし、現実に鷹矢はそれを押さえ込んだ。
…『悪意』が増大したときに、鷹矢のExデッキの中で反発していた『何か』があったことなど、ヒイラギは知る由もないことだが。
―それは、鷹矢自身とて気付いていないこと。
「…『プランA』はここまでですか…仕方ないですわね。」
「む?何か言ったか?」
「いいえ、何でも。敗者は大人しく去ってあげますわ…では。」
他の紫魔の選手とは違い…負けたことに関して『無駄な文句』など零さずに、その場を後にし始めるヒイラギ。
紫魔達の何人かが、何かの目的を持って【決闘祭】に出場していることは明らかなことなのだが…負けたことに対して『悔しがって』いたノース校の男たち2人と比べても、ヒイラギの考えていることは何か異なっているのか。
鷹矢を称える鳴り止まぬ歓声と、最終試合が終わったことに対してのアナウンスが響くスタジアムからヒイラギは降りていき…そのまま暗い通路へと歩いていった。
「…『プランB』へ移行ですわね。」
―…
「本日のお勤め終わったぁー!つーか紫魔の子負けちゃったねー。紫魔っちざーんねーん。」
「…えぇ、そうですね。」
【王者】のために用意された特別展望席で、【決闘祭】2日目の全試合が終了したことによる開放感からか…【白竜】、新堂 琥珀は隣に座る【紫魔】へと声をかけた。
これで、【決闘祭】に出場していた全ての『紫魔姓』の人間が敗北し、昨年に引き続いて『紫魔家』の戦績の低さを露呈する結果となった今大会…それを見た、『紫魔本家』の長が何を思うのだろうか。
―声質は変えず、雰囲気も変えず。
そう、『飲み込まれるような恐怖』を最初から、少しも緩めずにいる【紫魔】、紫魔 恋介によって…その部屋の中は異質な空間と化していた。
「紫魔っち怖えー。超怖ぇわー。紫魔の子たちマジで雑魚かったけどさ、まぁドンマイだし。」
そんな空間の中であっても、軽口を叩ける琥珀はどこまでも飄々としていて。
彼にとって、今大会の出場選手の中で、思い入れのある選手など居るはずも無く。初めから退屈していた彼にとっては、【紫魔】の心情など全く気にする必要はないだろう。
そのまま琥珀は逆側を向くと、反対側に座っていた【黒翼】へと向かい合おうとした。
「つーかさ、天宮寺のジイサンも良かったねー、可愛い孫が勝ててさ…って、あり?」
しかし、琥珀が振り向いたその先に【黒翼】は居らず。
試合が終わったばかりだというのに、突如として姿を消した鷹峰に、素直に驚いている様子を見せて。
「紫魔っち紫魔っち、ジイサンどこいったの?」
「…さぁ。試合が終わった途端に、急いで何も言わず出て行かれましたので。」
「シシッ、天宮寺のジイサンも可愛いとこあんじゃん。孫の勝利が嬉しくて飛び出していくなんてさー。」
「…どうでしょうか。なにやらそんな雰囲気ではありませんでしたが。」
【黒翼】らしからぬ行動に、明後日な考察を張り巡らせている琥珀ではあったが…しかし当の本人が居ないことには、その真意は分からずじまいだろう。
からかうにも、本人不在。
それにもすぐに興味を失ったのか、立ち上がると帰り支度をし始めた。
「んじゃ、俺っちホテル帰るから。はー、あと2日もあんのかー。マジだりぃわー。」
「…お疲れ様でした。」
琥珀が部屋を出て行き、そこに一人取り残される恋介。
彼も琥珀と同じ様に、明日の準決勝に備えてホテルへ戻ってもいいのだが…広く静かになった特別展望席に深く座りなおすと、懐から取り出した本を静かに読み始めた。
「…さて、面白くなってきましたね。」
小さく呟いたソレを聴いている者は…誰も居らず。
―…
「あぁくそっ、あのガキどこ行きやがった。」
暗い通路に木霊する、焦っているかのような声を出した鷹峰。
珍しく、まるで急いでいるかのように暗い通路へと降りてきた彼だったのだが…その雰囲気は、琥珀が思っていたような、『孫を労う』とか、そんなモノで無いことだけは確か。
目を凝らして、視線を回して、周囲に圧力をまき散らかして。
この場にスタッフが居ないことだけが、何よりの幸いで…いや、『居ない』のではなく、この場から『逃げ出している』と言った表現の方が正しいか。
「出てこいってんだよこんちくしょうがぁ!」
手当たり次第にぶつける咆哮、触れただけで気を失いそうな圧力…なにせ、怒りにも似た鷹峰の醸しだす雰囲気が、こうもこの狭い通路に充満していては。
…スタッフとて、命からがら逃げ出すことは必至。
誰も居なくなっている通路に、【黒翼】の怒声だけが響いて、この通路一体を軋みあがらせていた。
「どこ行きやがったぁー!」
先ほどの試合で見た、己の弟子である孫の、変調の兆し。
それを見て何も感じぬほど、鷹峰は老いぼれては居ない。彼が依頼と称してずっと追ってきた『ソレ』を、先ほどの試合中に確かにその目に捉えて。
鷹峰が、『孫』の鷹矢の方ではなく、反対側の通路に来て探している人間など…一人しかいない。
先ほどスタジアムから引き下がって行った、その目に映らぬ対象を…鷹峰は探して、そして見つからぬその苛立ちを暗い通路内へとぶつけていた。
―…
「あのー、すいません。竜胆選手ですよね?」
「ん?せやけど、あんた何?」
薄暗い通路の、どこかの一つで。ウエスト校3年の竜胆 大蛇は、後ろからかけられた声に反応して振り返った。
本日の試合も終わったことから、妹であるミズチを控え室まで迎えに行って、そしてそのまま帰ろうとしていた矢先に、顔も知らぬ人間から声をかけられれば誰だって不審に思うだろう。
そんな怪訝そうな顔をした大蛇は…いや、その怪訝そうな顔が本心からのモノかなど誰にも分からぬが…とにかくそんな顔をした大蛇は、声をかけてきた男へと向かい合う。
「あぁすみません。私、『週刊決闘』の記者です。昨年に引き続いて準決勝進出を危なげなく決めた竜胆選手に、是非取材をさせていただきたくて。」
「なんや、記者さんかいな。まぁ別にえぇけど、何で俺に?」
「いえいえ、他の選手にもこの後インタビューをさせていただくつもりですとも。特に同じウエスト校の十文字選手からは、是非コメントが欲しいですからね。」
「うーん、てっちゃんそう言うのあんまり向いてへんからなぁ。記者さん絶対苦労するで?」
「えぇー…本当ですか?だったらその分竜胆選手からコメントを多く頂きたいので是非お願いします。」
「ハッハッハ。記者さんも中々ニクい事言うもんやな。ええで、俺の意気込みから何からたくさん記事にしてくれや。」
「もちろん。」
記者と名乗った男に、どこか警戒心が緩んだのだろうか。先ほどの不審感を孕んだ声から、その声質がいつもの物へと変わり、その口を軽くする。
そう、昨年の【決闘祭】でも、同じような『取材』を多々受けた彼だからこそ、この記者に対して不審感を消せたのだろう。
そうして記者に促されて、大蛇はその場で記者と話しこみ始めた。
…それを見て、陰に隠れた誰かが…端末でどこかに連絡を取っていることに、気がつかぬまま。
―…
「…ここですか。竜胆 ミズチの控え室は。」
「あぁ。アレから出てきてないから、今も中にあの女は居るぜ。」
「兄の方の足止めもバッチリだそうだ…頼んだぜヒイラギ。」
男2人を脇に立たせて。
たった今試合が終わったばかりのヒイラギが、自身の控え室とは全くの別方向にある竜胆 ミズチの控え室の前に居た。
先ほど鷹矢に負けたことで、新たに彼女に課せられた『プランB』を早速遂行するためなのか。その佇まいは、負けたばかりだというのに、全く落ち込んでも居ない様子であって。
大きな口を叩くだけの、この不甲斐ない男たちを呆れるように。
「本当に情けないことですわ。年上の癖に、最後はやっぱり私頼みですのね。」
「ぐ…し、仕方ないだろ…俺たちじゃどう足掻いたってあの女には勝てそうにないんだからよ…」
「ホホ、女だからと舐めているからでしょう?」
「ちっ、お前だって『プランA』に失敗したくせに。」
「1回戦負けの男に言われたくありませんわ。」
「ぐぅ…」
苦言を漏らしてくる大治郎と亜蓮を、まるで相手にせず。
まだ仕事が残っているかのようにして、ヒイラギは何の躊躇も無く扉に手をかけると…静かにソレを開いていった…
この中に居る目下の標的に、狙いを定めて。
「…誰?」
開いてすぐに、目が合って。
控え室内で椅子に座っていた、ウエスト校2年の竜胆 ミズチが突然入ってきた他人に不審感を含んだ声を漏らすものの…それを全く意に介さずに堂々と中へと入り、すぐにドアを閉めて邪魔が入らないようにするヒイラギ。
その光景を見て、ミズチはより一層の警戒心を露にした。
そう、たった今2回戦の全試合が終わって、後は帰るだけだというこの状況で…突然他人が押し入ってきたのだ。随分落ち着いている様子のミズチではあっても、絶対に気を抜いていないことだけは確か。
「…何か用?」
「えぇ、もちろん。」
構える。
そう、ヒイラギがミズチを見据えて、戦いを終えたばかりのデュエルディスクを構えたのだ。
それを見たミズチが、更にその警戒心のレベルを上げていき…意味のわからぬヒイラギの行動に対して一瞬考える素振りを見せたものの…
すぐにその理由を理解したのか。その考えをヒイラギへとぶつける。
「…デュエルして、私に『何か』しようとしているのね。」
「えぇ、まぁ。先ほどはウチの男共が恥を晒してしまいましたので、その尻拭いですわ。」
「…でも、今度はあなた一人なの?外の男達と一緒じゃなくて。」
「ホホ、あんな男共など、居ない方が戦りやすいので。」
部屋の外に待機させている、亜蓮と大治郎はヒイラギに入るなと言われているために、この戦いには参加せず。
先ほどは、男たちが2人がかりでも戦うことを躊躇したこの竜胆 ミズチだというのに、今回のヒイラギは一人で。
そして、その不思議な自信に不審感を抱きながらも…ミズチとて、紫魔の人間程度に負ける気など全く起こらないのか。机の上に置いていた端末を腕に装着し、デュエルディスクを展開した。
「…あなたのデュエルは、今見てた。男たちと同じ、あなたじゃ私に勝てない。」
「ホホホ、そうですか。それは楽しみですわ。」
それを聞いても、なお態度を崩さぬヒイラギ。
誰も近づかぬように整えられた場で…静かにソレを始めようとして…
―…
大歓声の中を、一足先に帰って行ったヒイラギから遅れて。
勝利を決めた鷹矢が、悠々自適にその歓声に応えながらスタジアムを下り始めた。当時を知る者が見れば分かる、若かりし頃の【黒翼】を思い出させるようなその立ち振る舞いを、本人は気付きもせず、また意識もしていないが。
そうして、暗い通路へと戻って…自身の控え室へと戻ろうかと歩を進めていた…
―その時だった。
「待て鷹矢!」
―!
「むっ、どうした遊良よ、そんなに血相を変えて。」
「お前!『どうした』じゃないだろ!」
突如、強引にその腕を遊良につかまれ、壁際へと押しやられる鷹矢。
たった今戦いが終わったばかりで、先ほど彼が言っていたように『少し疲れて』いるような鷹矢に対して取る遊良の態度にしては、些か労いが足りないと思われるものの…
その遊良の顔は険しく、せっかく鷹矢が勝ったというのに、それどころでは無いと…そう言いたげな顔をしていた。
「さっきのアレ…お前、大丈夫なのか!?」
「…む?」
「黒い靄みたいなやつだよ!」
その遊良の心配の原因…それは、先ほどのヒイラギとの戦いで、鷹矢の足元に漂っていたあの微かな『黒い靄』のことに違いないだろう。
それに気付いていた観客は居らず、いくら微量で人の目に映るかギリギリの薄さだったとは言えども、鷹矢の真後ろの通路で戦いを見ていた遊良には…そう、過去に2度もソレを見て、ソレを持った相手と戦ったことがある遊良だからこそ、先ほどの鷹矢の足元のソレに気付けたのだ。
だからこその、鷹矢への心配。あの泉 蒼人の変貌ぶりを、嫌でも思い出してしまう遊良には…先ほど鷹矢に漂った『黒い靄』に対して、過剰に反応してしまう。
「うむ、何だかいきなり頭が痛くなったが、気合で乗り切った。」
「いや気合って…そういうんじゃ無くて、どこか変とか、何か苦しかったりとか…イライラしたりとか…」
「大丈夫だ、問題ない。どこか変わったように見えるか?」
「…見えない。」
それでも、どうにも普段通りに振る舞い、全く変わった様子を見せない鷹矢。遊良の心配を他所にした、いつもと変わらぬ鷹矢の雰囲気。
それは遊良とて、鷹矢を目の前にしていれば嫌でも感じるのか。イースト校で蒼人と対峙したときに感じた、あの嫌な感じはまったくせず…本当にいつも通りの幼馴染というだけ。
「…本当に何とも無いんだな?」
「むぅ、しつこいな。大丈夫だと言っているだろう。」
―それでも、心配せずにはいられない。
蒼人が変貌した原因が、あの『黒い靄』にあることは遊良にも容易に想像できている。そしてそれが先ほど遊良の目の前で、鷹矢の足元に漂っていたのを見てしまえば…どうしても、どこまでも心配が沸きあがってくるのは仕方のないこと。
鷹矢の『大丈夫』が信用できないとか、そんな話では断じて無い。
関係の無い他人ならば、遊良だってここまで心配はしないだろう。そう、『他人』ではないからこその心配を、どうしてもしてしまう。
「そんなことより、お前にはもっと心配すべきことがあるだろう?」
「…何だよ。」
「明日の試合だ。お前はあの、ウエスト校の馬鹿者との試合の事だけ心配していろ。あいつに勝たないと俺と決勝で戦えないからな。」
「いや、なんで自分はもう決勝に行ける気満々なんだって。お前だって準決勝あるだろうが。」
「うむ、まぁ成るようになる。俺だって考えくらいあるからな。」
「…お前のソレが一番信用できないんだっての。」
しかし、会話を重ねていればソレが和らいでくるのも確かなのか。
遊良の心にあれだけ沸きあがっていた心配も、『本当』に普段通りの鷹矢を見ていれば、どこか軽くなってきているのを遊良も感じている様子を見せて…その口調も徐々にいつもの調子に戻り始めていた。
もしかしたらデュエルの最中に、鷹矢に『何』か起きていたのだとしても…この馬鹿のことだからそれを振り払って、そうして何事にもなっていないのではないか、と。
―『何も知らない』からこそ、遊良はそう感じていて…
「とりあえず腹が減った。勝ったから飯抜きは無しなんだろう?今日こそハンバーグだ。」
「…はぁ、わかったわかった。作ってやるって。それより、その『考え』ってやつ…本当に大丈夫なんだろうな。」
「うむ!」
明日に待っている強敵を忘れてはいなくとも、それでも不安が無さそうな鷹矢と共に…遊良は掴んでいた鷹矢の腕を離して、その場を後にするべく歩きはじめた。
―…
「…な、何で?…あなた、地紫魔なんでしょ?」
締め切られた控え室で。突然押し入ってきたヒイラギとデュエルを行っていた竜胆 ミズチが、目の前に召喚されたモンスターに対して驚いたような声を漏らした。
しかし、それもそのはず。先ほどの第四試合を見ていたミズチからすれば、ヒイラギの手は既に読めていて…そこから感じられた実力から考えれば、この紫魔の女は自分には勝てないと、そう結論が出ていたというのに…
【D-HERO Bloo-D】レベル8
ATK/1900 DEF/ 600
先ほどの第四試合でヒイラギが見せていたデッキとは全くの別物。デッキも戦法もテンポも、別人かと思うくらいに変わっていて…何かを『見通す目』を持つ彼女を持ってしても、その変化をまるで読ませない紫魔 ヒイラギ。
気がつけばミズチが押されていて、もう後が無いくらいにギリギリに立たされているではないか。
そんな焦るミズチを見て、ヒイラギはゆったりとその口を開くのみ。
「ホホ…別に、融合体の属性は『地』に限定されていますが、メインデッキのモンスターまで制限はされておりませんの。」
「…その【D-HERO】…それって…」
「えぇ、あなたも知る通り、もちろんこれらは全て借り物ですわ。私の本来のデッキではどう足掻いてもあなたに勝てそうではありませんでしたので…。まぁ、亜蓮と大治郎にも見せるわけにはいかないので、こうして締め切らせていただいたわけですが。」
「…で、でも…まだ私は負けていない。」
しかし、いくらギリギリに立たされているとはいえ…ヒイラギのデッキが、彼女もよく知った強者のデッキだったとしても、それで勝負を諦めるミズチでは無いだろう。
ミズチの目の前にいるこの紫魔の女が、『何か』よからぬ目的を持ってココに来ていることは確実で、『竜胆』にとって敵である紫魔に負けるなど、絶対に彼女のプライドが許さぬこと。
その手札にある防御札と、伏せているカードを持って、それを耐えれば返しのターンで逆転を。そう、強く思っていて…
―それを感じ取ってもなお、まるで嘲笑うかのように。
ヒイラギは一枚のカードを手に取り宣言して。
「いいえ、これで終わりですとも!【ミラクル・フュージョン】発動!墓地の【E・HERO オーシャン】と【E・HERO フォレストマン】を除外融合!」
ー突如
これまで放っていたヒイラギのプレッシャーが、その融合魔法によって異質なモノへと変貌を遂げる。
それは地響きにも似た、しかしそのプレッシャーは大きすぎるが故に、逆に人が感じ取れる容量を大幅に超えて
その中で、ヒイラギは高らかに『その名』を叫び…
「融合召喚、現れなさい、レベル8、【E・HERO ジ・アース】!」
―!
【E・HERO ジ・アース】レベル8
ATK/2500 DEF/2000
幾千の命を宿すモノ、無限の命を背負うモノ。
果てなき海と大地を生み出し、進化を続ける生命の化身。マグマを噴き上げ、空をを支え、命を育むまさに『地の星』。
それは湧き上がる命の荒ぶりを、一体のモンスターに押しとどめているようであって…
「…何…このHERO…こんなの、見たこと無い…」
「ホホホ、燦然と輝くプラネットの一球ですわ!…まぁ、これも所詮借り物なのですが、あなたを倒すにはコレで十分。」
静かに、漏れ出すように呟かれるミズチの言葉。それは、彼女が今まで戦ってきた紫魔が使っていた、どの【HERO】とも違ったモンスター。
いや違う、この世に溢れている、どの【HERO】とも異なった姿をしていて…姿だけではなく、モンスター自身が発する存在感からして、彼女が今まで戦ってきたどんなモンスターとも異なっていた。
…そんな、見たことの無いモンスターを操るヒイラギに対して、どこかミズチの心が恐怖感を覚えたのだとしても、それは仕方のないこと。
じりじりと無意識に、ミズチが壁際まで後ずさってしまっていて…座り込んでしまうことを必死になって拒否しているものの、その背を壁につけて、何とか寄りかかっている。
―そう、星の荒ぶりにも似たこのモンスターの圧力に、心が直接押しつぶされているかの様なのだから。
「あら、なに気を抜いていらっしゃるのかしら!【D-HERO Bloo-D】の効果発動!【捕食植物ドラゴスタペリア】を、Bloo-Dの装備カードとします!そしてBloo-Dの攻撃力を、ドラゴスタペリアの攻撃力の半分だけアップ!」
【D-HERO Bloo-D】レベル8
ATK/1900→3250
「…攻撃力が、3250…」
「まだですわ!【ハーピィの羽箒】を発動!あなたの伏せカードを全て破壊!そして【手札抹殺】を発動!」
「…あ…し、しまった…」
「ホホ、セラセニアントを持っていたことは織り込み済みですの。1枚捨てて1枚ドロー!そしてBloo-Dがいる限り、あなたのモンスター効果は無効となります!バトル!【D-HERO Bloo-D】で【捕食植物キメラフレシア】を攻撃!鮮血の…ブラッディ・フィニッシュ!」
―!
「…くぅ。」
ミズチ LP1500→750
ミズチのドラゴスタペリアをその身に宿した、青き血持つ竜頭手のHEROが迫り、そのまま無残に切り裂かれる毒花の一房。
いくらキメラフレシアが、こと戦闘において強靭な効果を持っていたのだとしても…この運命の英雄の一体を前にしては、その効果は無駄と化してしまう。
それは彼女とて重々承知していたこと。しかし今の彼女には、そんなことを気にする余裕など既に無くなっており…彼女の震える華奢な体に残るのは、後ろに控えた星の荒ぶりをその身で体現している存在に対しての、まさに恐怖感しかないのだろうか。
…まるで、このモンスターによって…恐怖を感じることしか、彼女には許されていないかのように。
「トドメですわ!【E・HEROジ・アース】でダイレクトアタック!」
―!
まるで押し付けられるような圧力は、意図的に強くされた重力にも似ていて。
第四試合を見ていたのだから、ヒイラギの手は読めていた。その実力も測れていた。そうだというのに、今ミズチ本人の目の前に立つこの紫魔 ヒイラギは、先ほどとは全く違った雰囲気を放つ、演じられた別人のよう。
そんなヒイラギの宣言によって迫りくる星の一撃を、ただただ呆然と見ているミズチには…そう、壁を背にしていてどこにも逃げ場など無い彼女には、その一撃を避けることは出来ないのであって。
「…あ…う…」
ミズチ LP50→0(-2450)
―ピー…
控え室内に響いた無機質な機械音は…確かに竜胆 ミズチの敗北を知らせていた。
「さて、では竜胆 ミズチ…」
そしてすぐにソリッド・ヴィジョンが消えていき、それに連動して発生していた、押し付けられるような重力にも似た力が消えて…同時にミズチの体を支えていた彼女の力も抜けたのか、背を壁に擦り付けるようにしてその場に座り込んでしまう儚い少女。
それを見たヒイラギが、ミズチに向かってゆっくりと近づいてきて…急に力の抜けた足では、ミズチも到底逃げ出すことなど出来ないのだろう。ボンヤリとした頭で、迫るヒイラギを見ているだけ。
そして、ヒイラギは座り込んでいる少女に近づいて立ち止まると、ポケットから『何か』を取り出し始める。
―ソレは、先ほど砕け散った…ヒイラギがいつもつけていた『黒い宝石』の指輪。
新しいソレにやや違和感を感じるように、はめた指輪を一撫ですると…座り込んで立てない、儚げな少女の頭上からその手をかざした。
「…な、何をするつもりなの…」
「ホホ…これから消える意識には、聞いても無駄なことですわ。」
―!
「…ッ!?」
その瞬間…ミズチに昇る黒い靄。
体が強張り、息が苦しい…そんな、まるで生きたまま丸呑みにされているかの如き不快感が、ミズチを包んで締め上げて。
思考が奪われ、意識が薄れる…そんな、まるで自分が自分でなくなっていくかの如き恐怖感が、ミズチの自我を飲み込んでいく。
その、深遠から湧き出てくる闇が。
…もしも、通常のミズチであったならば…絶対にコレに憑かれることはなかっただろう。儚げに見えても、精神力が強いこの少女には負の感情が少なく、例え憑かれたとしても…その自我を持って押さえられたに違いない。
だからこそ、ヒイラギは仕掛けたのだ。デュエルで負かし、そして誰もその存在を知らぬ、この『プラネット』が放つ深い圧力で追い討ちをかけて。
それは、きっと誰にも抗えぬモノ。当然、竜胆 ミズチとて、例外ではないのだから。
―抗えず、飲み込まれる。
「…あ…に…兄…さ…」
そうして…消え行く意識の中で、最後まで兄の顔をその脳裏に移しながら…
―彼女の意識は、そこで途絶えた。
「やはり、あの天宮寺 鷹矢がおかしいのかしら…まぁいいですわ。これで『プランB』は予定通りですし。」
意識を失って、倒れている少女を見下ろして。着々と計画が進行していることを確認しながらも、やはり先ほどの第四試合での天宮寺 鷹矢の例は彼女にとっても特殊なのか。
『何か』の目的のために、『何か』を起こしている紫魔達。しかし、その真意は彼女らにしか、未だ分からず。
…そうして、ヒイラギはやや怪訝な顔をしながら、ミズチの控え室から出て行った。
―…