遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep35「決闘祭、閉幕」

 

未だ大歓声が鳴り止まぬセントラル・スタジアム。

 

 

歓声の爆発が立て続けに起こり、到底すぐには収まる事の無いだろう喧騒が荒ぶりとなりて、このセントラル・スタジアムを壊さんとする勢いで鳴り響いていた。

 

 

たった今勝敗の決した、今年最大、最後の祭典…

 

 

―【決闘祭】、その決勝で

 

 

Ex適正を持たない、『あの』天城 遊良が…まさか世界に名だたる【黒翼】の孫を打ち破って優勝を飾るということなど、一体誰が想像できたのだろうか。

 

誰も、信じられていなくて…しかし誰もが目の当たりにして。それを信じるしかないと言わんばかりに。

 

 

今、彼らの胸から飛び出ている、この押さえきれない『興奮』がその証拠。

 

 

自分の目で見て、そして見せ付けられた。自分達が見下して、自分達が蔑んでいたその少年の戦いが『偽物』ではなく、認めるしかない『本物』だということを。

 

 

 

「カッカッカッカッカッ!あのガキ共、笑わせてくれるぜ!」

 

 

その中で、他の群集からは切り離された特別展望席…世界に名だたる【王者】達が集まった席にて、特徴的な渇いた笑いが響き渡った。

 

その声は楽しげに、かつ嬉しげな様子。その戦いは、彼らの師から見てもその『成長』を感じさせるには十分だったのだろう。

 

己の弟子、それも手間をかけて鍛えた孫と、手塩にかけて育てた少年。その二人がこの盛大な舞台に立ち、お互いが己の限界を超え続けて魅せた戦いに、師として嬉しくならないはずが無いのだから。

 

 

 

「順調順調、この調子で上って来りゃ、いずれ俺様の相手になる日も来っかもなぁ。」

「フフ、鷹峰さんの孫と、Ex適正を持たない『決闘者』…なるほど、確かに余興とするならこれほど面白かったことは無い。流石は鷹峰さんの弟子と言ったところでしょうか。」

「カカッ、時間かけて鍛えてやった甲斐があるってもんだ。…ったくよぉ。」

 

 

そんな師の脳裏に映るのは、幼い頃の彼らなのか。

 

本来ならば、弟子など取るつもりなど無かった鷹峰。それが例え『孫』であっても、いくら自分の息子の親友の子供であっても…そんなことは自分と何の関係も無く、また面倒事だけが増えるような天城 遊良を引き取って鍛えるという思考が生まれたことだって、鷹峰にとっては一種の奇跡であって。

 

無論、弟子に取ってもいいと言う『きっかけ』がありはしたのだが…それでも、手塩にかけて鍛えた二人の弟子が、大歓声の中で賞賛されている光景を見せられていて、不愉快に感じるわけも無く。

 

 

 

「…いやいや、ジイさんの【黒翼】思いっきり吹き飛ばされてたじゃん。それに関してはいいわけ?」

 

 

 

しかし、その姿を他人が見れば、疑問を感じずには居られない様子に違いないことなのか。

 

そう、傍から見れば…鷹峰自身の名、【黒翼】を関するモンスターを弾き飛ばされ、さらにそのまま孫が負けたというのに…それを悔やむ素振りなど見せず、むしろ珍しく機嫌を良くしているのだから。

 

 

「あぁん?カカッ、生意気なクソガキ程度じゃあ、まだまだ俺様のカードを使いこなすのは無理ってこった。精々鍛え直してやんねーとなぁ。」

「ふーん、まぁ、Ex適正無いってのに、あの天城ってガキンチョも中々やるじゃんね。」

「カッカッカ、あのビービー泣いてたガキが…随分とまぁ、大層な場所まで来たもんだ。」

「フォフォッ、良きかな良きかな、本当にいい勝負じゃった。少年達の成長は目に見えるほどに著しいことじゃわい。」

 

 

 

遥か高みに位置する【王者】達の視線も、たった今決着となったスタジアムへと注がれていて…

 

その心に浮かぶのは各々異なったモノであるとは言え、戦い抜いた少年達に向けられているのは、『退屈』でも『無関心』でもなく。

 

『実力』と言う点ではまだまだ及ばなくても、これほど観客を沸かせた戦いは…既にプロに居る人間でも容易く起こせるモノでは無いだろう。

 

そんな、いつまでも鳴り止まぬセントラル・スタジアム内の喧騒を見下ろして、彼らもまたこの喧騒を、いつまでもその耳に入れていた。

 

 

 

 

 

「ところでさ、紫魔っちどこいったの?」

「さぁな。興味ねぇ。」

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、じゃあ説明してもらおうか。」

「む…むぅ…」

 

 

 

観客たちの喧騒から解き放たれ、自身の控え室にまで戻ってきた遊良は、そのまま休む間もなく反対の通路にある鷹矢の控え室まで大急ぎで飛び込んで、事の顛末を聞きだそうと詰め寄っていた。

 

たった今戦いを終えたばかりだというのに…いや、戦いを終えたばかりだからこそ、うやむやになる前に話をつけておきたかったのだろう。

 

 

―椅子に座ったままの鷹矢を見下ろすように、また有無を言わせぬように。

 

 

そう、己の『壁』を越え、鷹矢にギリギリで競り勝ったとは言え…先ほどの戦いで鷹矢が言ったことを、遊良は決して忘れてはいないのだから。

 

 

 

「…泉先輩の事と、さっきの『闇』の事。ちゃんと白状してもらうからな。」

「…いや、あれはだな…その、アレだ…何と言うかだな…」

「誤魔化したら今後一切、お前の飯は作らねーからな。」

「あの『闇』はルードで得たのだ。お前とはぐれた後、別の『飲まれた奴』にまた襲われたのだが、速攻で倒した。その直後に噴出した『闇』を、偶々間違えて持ってきたこのデュエルディスクに入っていた『白紙のカード』が、『闇』を吸い込んだのが知ったきっかけなのだ。」

 

 

 

そんな、遊良に最大級の『脅し』をかけられた瞬間、先ほど口ごもったのが嘘のように流暢に話し始める鷹矢。

 

その様子は、鷹矢の扱い方を、この世の誰よりも理解している遊良だからこそ…鷹矢の誤魔化しも隠蔽も無駄だというコトを、強く彼に訴えているようでもあって。

 

そう、鷹矢にとって遊良の飯が出てこなくなる事は、何よりも恐るべきことなのだ。

 

【決闘祭】の1回戦の日に、実際に飯抜きを経験したからこそ、その恐ろしさは身に染みて理解していて。

 

 

 

―『おいクソガキ、お前さん、遊良に負けたくねーんだろ?』

 

―『うむ。』

 

―『じゃあソイツに飲まれない様に精々鍛えるこった。そうすりゃあ、遊良が得たモンに劣らねーモンが手に入るだろうからよぉ。』

 

 

「お前はヘリに乗った瞬間にすぐ寝てしまっただろう?あの後ジジイにすぐバレた。それでジジイに言われるまま、夏休みの間『闇』を集めていたのだ。」

「先生も…『闇』のことを…って言うか、今はどうなんだよ?」

「む?集めていた『闇』は全てこのカードで吸い込んだせいか、今の俺には微塵も『闇』は残っておらん。暴れることも無く、【No.】に変わってしまっているようだ。まぁ、『白紙のカード』や【No.】のことは俺だってよく分からん。」

「…本当に、世界で始めて創造されたカードってことか…」

 

 

 

この世界で、誰も知らぬカードが創造されることは稀にあることからか、その特異な【No.】と言う括りにも、特に驚きを感じていないとは言え…

 

それでも、あの危険な『闇』が『白紙のカード』に吸い込まれ、こうして新たなカードが創られたという事実は確かなモノ。

 

鷹矢自身にだってその正体が分からぬのなら、今ここで考察を張り巡らせた所で無駄なのか…

 

 

 

「まぁいいや。俺の【堕天使】も似たようなモンだしさ…よし、じゃあ本題だけど。」

 

 

 

そう思い至った遊良は、再度鷹矢へと向き直ると、最も聞きたかったことを白状させるべく、その口を開いた。

 

 

 

「…で?一番大事なことは?」

「む?あぁ、今日の晩飯は豪勢に寿司がいいんだが…」

「…あ?」

「…冗談だ。」

 

 

 

ここで下手な冗談を言う余裕が鷹矢にあったことに、遊良とていつもなら呆れるしかないのだが…

 

それ以上に、今の遊良にそんなことを言ってはいけないことを、その表情と声質だけで知らしめている遊良の表情は、鷹矢にとっては怖さ意外を感じないことだろう。

 

有無を言わさず、嘘を許さず。

 

今遊良の怒りを買うことは、鷹矢にとっても芳しくないことに違いない。

 

 

「事と次第によるけど…とりあえず、すぐにでも泉先輩の病室に行って土下座させてやる。」

「む!何故だ!?何故俺が土下座など…」

「うるせぇ!先輩をあんな目にあわせやがって!未だに犯人見つかってないって先生達も騒いでるけど、犯人はお前だったんじゃねーか!」

 

 

そんな遊良の声は荒く、鷹矢を攻め立てるように捲くし立てていて。

 

それは当たり前だろう、幼馴染達以外で自分に『肯定』をくれた蒼人の、入院してやつれた姿を目の当たりにして…その犯人が未だ見つかっておらず、あろうことかその原因となったのが、今目の前にいるこの馬鹿なのかもしれないのだ。

 

 

「3人も被害にあってるんだ!謝って済む問題じゃねーけど、精一杯謝り倒すしかねーだろ!俺も一緒に行って謝るから、お前も心から謝罪するんだぞ!いいな!」

 

 

いや、今の遊良の中では、十中八九その原因が鷹矢だと決めつけている様子。

 

遊良の言う通り、イースト校の3人の学生達が被害にあっていることは、到底本人達に謝って済む問題では無いだろう。学園にかけた迷惑や、保護者達にかけた心配…それがどこまで彼らを苦しめたのかを、考えただけでも恐ろしいというのに。

 

この謝ることを滅多にしないこの馬鹿と共に、それを遂行しなければいけない遊良の心情は、おそらく決勝戦以上に気を張らなくてはいけないのでは無いだろうか。

 

 

 

―そんな事を考えている遊良に対して、鷹矢が心の底から怪訝そうな表情を遊良に見せながら、その口を開いた。

 

 

 

「…いや、お前は何を言っているんだ?」

「あ?」

「俺はデュエルディスクに入れてあったあの『白紙のカード』を介して、あの3年生から『闇』を喰っただけだ。怪我などさせた覚えは無い。」

「…は?」

 

 

 

鷹矢の口から放たれた言葉…その言葉は、鷹矢が自分を守ろうとしている嘘…と言うわけでは断じて無く。

 

彼のその口調に迷いはなく、心の底からの真実を遊良に伝えているようであって。

 

 

 

「…だって、先輩のあの怪我は…」

「そんなことは知らん。誰が何を言おうと俺はアイツに危害など加えていないし、そもそもあの男はお前に負けて、『闇』は放出寸前だったのだぞ?あのまま『飲まれる』か『放出』するかで苦しんでいるあの男から、『闇』だけを喰らって楽にしてやったというのに、むしろ感謝して欲しいくらいだ。」

「じゃあ…先輩は何で怪我なんて…」

「知らんものは知らん。それに虹村とその他には会っておらんし、あいつらが怪我をして運ばれたということも、俺だって他の奴らと同じタイミングで知ったのだぞ。」

 

 

 

その様子は、ただ単純に…遊良から聞かれたとおりにその時の真実を述べているだけのよう。

 

真っ直ぐに、遊良を見て。曇りの無い目で、そう訴える。

 

 

 

 

「俺はやっておらん。」

「…そうか…」

 

 

 

にわかには信じられないような話。きっと、他人が同じ説明を受けたところでそれをそのまま飲み込めるはずはないだろう。

 

しかし、遊良だからこそ、鷹矢の言葉が真実であることを直感で理解できていて。

 

冗談を言ったり誤魔化したりはしても、この男は絶対に自分に対して、『嘘』はつかないと言うことを…遊良は、知っているから。

 

 

 

「…わかった。お前がそう言うならそうなんだろ。」

「うむ。しかし、今日は負けたが、次の舞台では俺が勝つんだからな。覚えておけ。」

「ふん、次も俺が勝つんだっての。」

「む、調子に乗るな、遊良の癖に。」

「んだと、鷹矢の癖に。」

 

 

 

今日の決着は、彼らにとってはあくまで一つの勝ち負け。

 

誰のためでもない、『自分自身』のためにデュエルをすることに誇りを持った遊良と…この戦いを通して、己の才能以上の強さを持つ人間と、『本気』になることを知った鷹矢。

 

この勝敗一つで、彼らの実力に優劣などつけられない。まだまだ強くなれることを互いに理解しているからこそ、それがまた『次の約束』になるのだ。

 

これで終わらぬ決着、『次の約束』へと向けて、彼らはまた強くあろうとするのみ。

 

 

 

「でも、泉先輩のお見舞いには連れて行くからな、文句言っても。」

「ぬぅ…何故俺が見舞いなど。正直面倒臭いのだが…」

「…あ?」

「うむ、しっかり見舞ってやらんとな。」

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

戦いの歓声とは、また違った意味合いを持った歓声がセントラル・スタジアム内に木霊して。

 

今年最後の、最大の戦い…激闘が繰り広げられた【決闘祭】を、最後まで戦い抜いた少年達へ送る賛辞を、誰もが盛大な『音』に変えてそれを届けようとしているよう。

 

 

―これより執り行われる【決闘祭】の、最後の舞台…その、表彰式のために。

 

 

 

 

 

『決闘祭、第三位!決闘学園ウエスト校3年!十文字 哲!』

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

燦然と輝く月光が光の柱となりて、その中心に造られた表彰台に昇る3人の学生達を賞賛しているかのごとく煌いている中で…

 

彼らの称えるべき功績を告げる実況の声に、観客席から多大なる歓声が上がるものの…誰もが今年最後の祭典の終わりを感じているのか、その賞賛の声の中にどこか寂しさを感じさせていて。

 

そう、本来ならば決勝戦の前に行われるべきだった三位決定戦は、何故か執り行われることが無く…十文字 哲の、不戦勝と言う形に終わってしまっていたのだ。

 

 

…こんな事は、【決闘祭】始まって以来の事。

 

 

例え世界のどこにいても隠れられないと言われる【決闘世界】の情報網を持ってしても、『何故か』ウエスト校3年の竜胆 大蛇を、準決勝に連れてくることが出来なかったのだ。そんな失態を【決闘世界】が公表するわけもなく…決勝戦の前に【決闘祭実行委員】によって、観客達には、一方的に竜胆 大蛇の棄権とだけ告げられていた。

 

決勝戦の最中にも遊良に対して、『否定』の言葉が多少なりとも上がった裏には…この発表も関係があったのではないだろうか。

 

 

(大蛇…)

 

 

そんな、友が戦いの場に現れなかったことに対して、彼は何を思うのだろう。

 

観客たちの目があるためか、あくまで堂々とその台に昇る彼の姿は堂に入っているとは言え…昨年、その頂点に立ったこの男が、2段も下にいる光景が観客達には違和感を感じていても仕方がないのか。

 

 

そんな光景の中で…

 

 

 

『【決闘祭】、準優勝!決闘学園イースト校1年!天宮寺 鷹矢!』

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

観客達の声も、その直後に聞こえてきた名前で先ほどまでの雰囲気が吹き飛んで。

 

そう、昨年度の優勝者に、真正面から勝利したこの男…世界に名だたる王者【黒翼】の、その孫。有り余る才能をデュエルの中で進化させてきた戦いぶりは、その未来の展望を感じさせてもおかしくは無く…

 

誰もが、堂々と台に昇る彼を称えていた。

 

 

「十文字 哲。貴様はプロに行くのだろう?」

「あぁ。そのつもりだ。」

 

 

 

表彰台の、哲よりも一段高い場所に昇って…一つ下に立つ哲に向かって、そう口を開いた鷹矢。

 

そんな彼の口調は、哲よりも一つ上に立っているとは言え、決して哲を見下しているとか、自分の方が強かったとか、そんな驕りのような声質では断じて無く。

 

どこか悔しそうなモノすら感じるような口ぶりで、声を止めずに話しかける。

 

 

 

「ならば待っていろ。2年したら俺も『そこ』へ行く。その時は今度こそ、俺自身の力だけで貴様に勝ってみせる。」

「…そうか、ならば期待して待っていてやる。」

「うむ。」

 

 

そう、確かに一発勝負では鷹矢が勝った。

 

しかし、精神の強さや経験、果ては培った『実力』自体で比べれば、鷹矢が全て哲に勝っているとは言いがたいことを、鷹矢自身も理解していて。

 

『闇』の底上げと、祖父が好んで使う『RR』…そして何より哲とのデュエルは、一種の指導を受けていたと鷹矢は感じているのか。

 

『壁』を超える『きっかけ』を掴めずに燻っていて、遊良との『約束』以外にはどこか冷めていた鷹矢を鼓舞する、強者からの『教示』…それが、そのまま自分の実力などと自惚れるほど、今の鷹矢は落ちぶれてもいない。

 

 

そんな中で、次第に観客達の声が大きくなってきて…

 

 

 

―そして

 

 

 

『そして!栄えある【決闘祭】、優勝!決闘学園イースト校1年!天城 遊良!』

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

その名が呼ばれた瞬間に、先ほどよりも大きな歓声が彼らを包み始めた。

 

 

そう、誰も想像できなかったこと…

 

 

世界に類を見ない、『Ex適正』を持たないこの男が…『出来損ない』と呼ばれ、デュエルをすること自体が間違いだと罵られ続けた、その彼が…

 

 

―【決闘祭】の、頂点に昇っているのだから。

 

 

 

「凄い…」

 

 

 

言葉が続かず、視線が泳いで。

 

 

…人、人、人。

 

 

人の海と、止まぬ歓声。『否定』の罵倒とは違う、『肯定』の賛辞。

 

 

こんな光景を夢見てきて、しかし自分には届かぬ景色なのだと、どこか諦めた時期もあっただろう。

 

しかし、それでも諦めずに戦い続け…そうして、自らの手で勝ち取った紛れもない『本物』の景色。彼の戦いを見せ付けられて、『偽物』では無いと信じるしかない周囲から送られる、賞賛の嵐。

 

 

こんな渦中に放り込まれて、遊良に何も感じるなと言うほうが無理な話か。先ほどまでの、戦いの顔でもなく…鷹矢に向けていた真意を問う顔でもなく…

 

 

 

―感極まった、嬉々の表情。

 

 

 

誰かに与えられたモノではない。自らの戦いでそれを勝ち取ったのだ。それが、嬉しくならないはずがない。師の引退も、自身の退学も、これで無効。この歓声が、何よりもそれを認めてくれているのだから。

 

 

 

 

 

―そんな彼に対して、向けられている視線が一つ。

 

 

 

 

 

「ぐ…」

 

 

 

イースト校理事長、砺波 浜臣。

 

 

苦い顔をし、怒りを漏らし…絶対に認めたくは無い、『Exデッキを使わぬデュエル』が…よもやこの輝かしい【決闘祭】の頂点を取り、まさかソレが大勢の観客達も認めているだなんて。

 

 

 

「ぐぐ…ああぁ!不愉快だ!心の底から不愉快だ!」

 

 

―!

 

 

椅子を蹴り飛ばし、部屋を荒らして。

 

決闘学園の理事長達専用の特別展望席に、他の人間が居ないことを良い事に…その怒りの矛先を物にぶつけて発散しにかかるイースト校理事長、砺波 浜臣。

 

いくら会場内を探しても目当ての少女は見つからず、挙句の果てにさっさと退学を突きつけてやるつもりだった天城 遊良が【決闘祭】の優勝を飾ったのだ。

 

そんな光景を見せられて、彼の中に燻っている『憤慨』が冷めることなどあるわけがなく。

 

 

 

「天城が優勝だと!こんな馬鹿な話があるか!鷹峰の孫もあの程度だと!一体何をやっていると言うんだ!」

 

 

 

自分が理事長を勤めるイースト校から優勝者と準優勝者が出たという、この上なく名誉な結果を少年達に与えられたというのに…

 

それが、誰のせいでもない、自分勝手な怒りではあるものの、その怒りの責任を放棄し、勇猛果敢に戦い抜いた少年達にソレを転嫁して自分の心を保とうとしているのだろう。

 

 

これほど神経を逆撫でされた経験も無ければ、何故か胸の内に沸き起こる『憤慨』が彼を飲み込んで。

 

 

 

「こんなことならっ!」

 

 

―!

 

 

「あの時無理やりにでもっ!」

 

 

―!

 

 

「天城を退学させておくべきだったっ!」

 

 

―!

 

 

 

今にもこの特別展望席を、木っ端微塵にしてしまいそうな覇気が部屋の中に充満し…それを抑えるつもりも無いまま暴れまわる砺波。

 

確かに不愉快な生徒だった。自分が敗北した釈迦堂 ランと同じ、『Exデッキ』を『使わない』デュエル…それを見るたびに釈迦堂から受けた屈辱を思い出してしまうのだから、本当に早く自分の学園から追い出したかったのにと、そう言わんばかりの形相をして。

 

 

…『使わない』と、『使えない』の違いにすら、目を向けることを彼はせず。

 

 

この後、【決闘祭】を戦い抜いて表彰台へと上がった3名を称えるパーティがあるというのに、それに出席するつもりも無ければ、今天城の顔を見れば殴りかかってしまいそうな怒りに囚われたまま、したいがままに部屋の中で暴れまわっていた…

 

 

 

―そんな時だった。

 

 

 

「ホホ、いい怒りですわ。」

「誰だっ!?」

 

 

不意に、部屋の入り口から放たれた声に反応し、瞬間的に振り向く砺波。

 

 

他の誰も近づかぬ、近づくことを許されぬ理事長専用席だというのに…他3校の理事長も居らず、他人の声が聞こえてくることなど決して無いこの席に、突如放たれた声に対して驚愕を隠せていないよう。

 

 

振り向いた、ソコには…

 

 

 

「ホホホ、ごきげんよう、砺波理事長。」

 

 

 

―紫魔 ヒイラギ

 

 

二回戦で同じイースト校の天宮寺 鷹矢に負け、そのまま【決闘祭】から姿を消したはずの紫魔姓の女生徒。

 

よもや砺波にとっても、天宮寺 鷹矢と同じブロックではなく、天城 遊良と同じブロックに入ればよかったのにと対戦カードを見たときには思ったことだろう。

 

そんな、この時に顔を見るまでその存在を忘れていた彼女が…裏で何をやっていたかなど、砺波は知るわけもなく。

 

 

 

「紫魔さん…あなたが、なぜここに?」

「憤慨、恐怖、絶望、敗北…そのどれもが、人の心に巣食う『負の感情』…天城 遊良を決勝へと進めれば、それだけであなたは、飲み込まれるだけの『怒り』を出してくれるだろうと思っていました。」

「一体、何を言って…」

 

 

 

天城の決勝戦と、この女生徒と、一体何の関係があるというのだろうか。

 

そんなヒイラギが羅列する意味不明な言葉を、怒りが湧き起こっている砺波の頭ではソレを処理しきれず。

 

静かに紡がれる彼女の言葉を、ただ聞くことしか出来ぬように、砺波はその場に立ち尽くしている。

 

そんな彼を見て、ヒイラギは止めることなくその口を開き続けるのみ。

 

 

 

「まぁ、優勝までするなんて、こちらも思っていませんでしたが…どうでもいいですわ、これで『最後のプラン』もようやく終了できます。さぁ…頂きますわよ…」

 

 

そして、彼女が声を止めずに、ゆっくりとその足を一歩後ろに下げて…その背後に、もう一人の人影が見えたと思った…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

「…最後の一人、王者【白鯨】を!」

 

 

 

―!

 

 

 

「がっ!?こ、これは!?…ぐっ!ぐぶぅ!?」

 

 

 

突如、彼の足元から吹き出る『闇』。

 

どこからとも無く噴出し、その勢いのまま天井へとぶつかり…誰も近づかぬこの理事長席に充満すると、誰の目も表彰式に向いていることから、その部屋の変化に気が付く人間も居らず。

 

苦しそうに悶え、そのまま『闇』に持ち上げられて宙に浮き…より一層の苦痛が彼を襲って、今にも彼の意識を断ち切ろうと締め上げて。

 

それが砺波を縛り上げ、彼の内部…果ては精神にまで入り込んでこようと暴れまわっているのだろうか。

 

 

 

「ホホホ…怒りに囚われているとは言え、元【王者】ともなればその精神は計り知れません。」

「ガ…これ…は…り、李の言っていた……ガが…」

「所詮、私達程度ではあなたに跳ね返されてお終い…ですが、同じ【王者】クラスならば、例えあなたと言えども抗うことは出来ない…」

 

 

 

意識を断ち切ろうと暴れ回り、精神を乗っ取ろうと飲み込みにかかる。

 

薄れ行く意識の中で、確かに思い出すのは…ウエスト校理事長、李 木蓮の言っていた、『黒い靄』の話。

 

それに必死になって抵抗する砺波ではあっても、まったく容赦のない暴れっぷりと、先ほどまで彼が沸きあがらせていた『憤慨』が増長し、自分でもどうしようもない『負の感情』が彼を包み込み始めて。

 

 

 

「グァ…ワ、私ハ…」

 

 

 

剥きだす本能、欲望の解放。

 

 

破壊衝動や蹂躙欲求と言った、およそ『理性』という強靭な防壁に守られているモノが、止めどなくその脳裏に溢れてきているのを、飲み込まれている人間は感じずにはいられないことだろう。

 

ボンヤリとしてきた意識の中で、この『闇』が見せる映像は…復讐を誓った釈迦堂 ランの憎むべき顔と、それに連なって浮かび上がってくる…

 

 

―天城 遊良の顔。

 

 

消え行く意識の中で、一体いつから釈迦堂と天城を同列に『敵』だと認識していたのかすら『忘れて』しまった砺波には…復讐の相手である釈迦堂はともかく、いつからか感じていた天城への『憤慨』の理由すら思い出すことはなく。

 

 

 

 

 

「ガ…」

 

 

 

 

 

―静かに、その意識を手放した。

 

 

 

 

 

「ホホ、これで目的は達しましたわね。」

「…」

「えぇ。これで全ての『プラン』が終わりましたもの。…しかし、流石は元王者【白鯨】…これだけの純度の『闇』をその身一つに収めてしまう器は賞賛に値しますわ。『…様』で無ければ、決して【白鯨】を飲み込むことなど叶わなかったでしょう。」

 

 

 

静かに、締め上げていた『闇』に離されて、冷たい床へと倒れこんでしまった砺波。

 

部屋の中にあった『闇』が、そのまま砺波の体内へと吸い込まれていって。あれだけ部屋の内部を満たしていたこの純度の高い『悪意の根源』が、たった一人の男に納まったという事実は…ヒイラギにとっても、『敵』に回らずに済んでよかったのだろうか。

 

静かに倒れている砺波を見て、やっと一段落が着いたように…

 

 

「…しかし、やっとここまで来ましたわ。」

「…」

「はい、わかっております。あとは『邪魔者』を他所へ追いやり次第…『実行』いたしましょう。私達の、悲願のために。」

 

 

 

ヒイラギがそう呟いた瞬間、その『返答』に満足したかのような雰囲気だけを彼女に伝えて、彼女の背後に居た人物の姿が消え去って…

 

ソレと同時に倒れこんでいる砺波を『闇』が包むと、その場から大きな気配が二つ消えてしまった。

 

 

―そこに残されたのは、ヒイラギ一人。

 

 

「…はぁ、とうとう始めるのですね。本当に…面倒ですわ…」

 

 

 

消え入るような声でそう呟いた声は、決して誰にも聞かれることは無く。

 

理事長席の下で沸き起こっているこの歓声に包まれたまま…彼女もまた、これから起こるであろう惨状を思い浮かべながら…『何か』の感情のまま、その部屋を後にしていった…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

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