遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep36「年が、明けて」

冷たい風が吹き荒び、静かな街の中を抜けていく。

 

 

その風の音を聞くだけで、どこか心身が洗われるような、どこか体中の空気が入れ替えられていくような、誰もがそんな気持ちになるだろう。

 

年末に行われた、激闘が繰り広げられた【決闘祭】の興奮も冷めやらぬ中…

 

 

―年が明け、決闘市中の住人の全てが心機一転の中、新年を迎えていた。

 

 

微かにざわめきを感じさせる街並ではあるものの、前の年を終えた寂しさか、それとも新たな年に入った実感が無いのか。

 

どこか例年と比べても『静かな』決闘市。それが『意図的』に引き起こされている静寂なのか、または昨年末の【決闘祭】、その結果に対する驚愕が未だ残っているのか…

 

その中で、ソレに対して疑問を抱く人間は居らず。誰もが、昨年の年明けと同じような気持ちでいる様子を見せていた…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「遊良、よく来たな。ご苦労さん。」

 

 

普通の人間ならば緊張に飲み込まれてしまいそうな、そんな『巨大』と言う表現が似合う御屋敷でのこと。

 

決闘市の中でも、これほど豪華な屋敷は他を探しても『紫魔本家』を除いて見つけることは難しいであろう、その大きな屋敷の玄関で、遊良の目の前に立つ『鷹矢に似た』…いや『鷹峰に似た大人』が、全く慄いている様子を見せない遊良に向かってそう言った。

 

 

 

「おじさん、久しぶり。」

「全くだ。夏休みに帰ってこいって言ったのに、一向に来やしないんだからな、お前たちは。」

「ごめんごめん、鷹矢が帰らないのに俺だけ行くのも悪いしさ。」

 

 

 

そう、この豪華絢爛な屋敷は遊良からしてみれば、今となっては最早自分の『実家』よりも見慣れた家に違いない。

 

決闘市が世界に誇る、超巨大な一族からなる融合名家『紫魔家』に、人数的な面では圧倒的に及ばないものの…その功績や有名度合いで言えば、『紫魔本家』に並ぶとも劣らない、エクシーズ名家の筆頭。

 

その屋敷の玄関に掲げられている表札には、『天宮寺』の文字。

 

 

 

―『天宮寺家』の、その本家。

 

 

 

幼少期の遊良にとっては、下手な遊び場よりも遊び慣れた場所。修行時代も師に連れられて時々来ていた場所。

 

また遊良の前に立つこの鷹矢の父…当主の留守を長く預かる『天宮寺 正鷹』も、遊良の父母とは唯一無二の親友であることから、遊良も昔から何度も顔を合わせている人物であって。

 

そんな遊良と話している正鷹に向かって、遊良の隣に立つ『ふて腐れた』雰囲気を出している鷹矢が口を開いた。

 

 

 

「むぅ…遊良の御節料理をまだ食っていないのに、なぜ実家に帰らねばならんのだ。」

「おい馬鹿息子、お前は正月くらい文句言わずに帰って来い。いつもいつも駄々こねて帰ろうとしないくせに。」

「ふん、こんな所に居るよりマシだ。息苦しくてたまらん。」

「今日位は我慢しろ。お前の【決闘祭】準優勝の祝勝会も兼ねてるって言っただろ。」

「ぬぅ…」

「じゃあおじさん、鷹矢もつれてきたことだし、俺そろそろ行くから。」

「む、だったら俺も帰るぞ。帰って御節だ御節!」

「いや鷹矢は残れって。お前の祝勝会だってんだから。」

「ぐぬぅ…」

 

 

 

自分の実家だというのに、そんなに帰りたくは無いのかと思うくらいに引き下がり、どこか父の言葉に対しても、どうにも納得のいかない様子を変えない鷹矢。

 

実際に、渋りに渋る鷹矢を無理やり『ここ』に連れてくるのは遊良でさえ苦労を要することだったのだが…それでも【決闘祭】を終え、誇るべき成績を残した鷹矢の祝勝会を天宮寺本家で行わないというのは、この家においても些か体裁に関わることに違いなく。

 

正鷹の頼みで、遊良がこうして鷹矢をわざわざ連れてきたというわけだ。

 

 

 

「なぁ遊良、お前の優勝のお祝いも兼ねようと思ってるんだが…どうだ?」

 

 

 

そんな中で、自分の息子だけでなく、共に激闘を戦い抜いた遊良にも声をかける正鷹。

 

心からの親友の息子、自分の息子の幼馴染…それこそ、生まれる前から遊良の事を知っている正鷹なのだから、その気持ちは鷹矢へ向けるモノと比べても、何ら遜色ないモノに違いなく。

 

この決闘市における大祭典、【決闘祭】の優勝と準優勝を飾った、誇るべき二人の息子達を心から祝ってやりたいという気持ちからの言葉に嘘偽りはないことは…もちろん、声をかけられた遊良にだってわかっていることであって。

 

 

 

「…だから俺のことはいいって。俺なら【決闘祭】の後のパーティで祝ってもらったから大丈夫だよ。」

「しかし…」

「それに、俺が居たら鷹矢の祝勝会の雰囲気が壊れるじゃん。おじさんにも苦労をかけたくないし。」

「…そうか…」

「うん、それにこの後行くところもあるから。」

 

 

 

どうにもやるせない表情をしている正鷹を他所に、ソレを理解していてもなお誘いを断り遊良はその場を後にしようとしているのか。

 

別に遊良にとっても、正鷹に祝われたくないわけでは断じてない。きっと鷹矢の父も母も、鷹矢と同じようにして自分のことも祝ってくれるであろうことは、遊良からしても容易に想像がつくことには違いないのだ。

 

それでも、それを断って。

 

いくら自分が鷹矢の父母と旧知の仲で、いくら現在鷹矢と共に暮らしているとは言え…それ以外の天宮寺家の人やその使用人たちからすれば、自分は『本家』の息子に勝って優勝を掻っ攫った身の程知らずのガキという認識。

 

きっと、自分がこの『玄関』以外に顔を出しただけで、不穏な雰囲気が沸き起こってしまうことは、遊良には簡単に想像できることなのだから。

 

 

…昔から、そうだったから。

 

 

だからこそ、遊良は振り向いて、今にもこの家を後にしようとした…

 

 

 

―そんな時だった。

 

 

 

「えぇ、そうしてくれると助かるわ。いい加減、玄関が臭くて臭くてたまらなかったの。」

 

 

 

突如として『悪意』塗れの言葉が屋敷の奥から放たれて、話していた遊良達の耳にまで届いて。

 

その声の方へと目をやれば、煌びやかな着物を着た女性の姿が。

 

 

 

「…ツボネ、誰が来いなんて言った。」

「あら、私の家を私がどう歩こうと勝手じゃない。」

「…お久しぶりです、ツボネおばさん。」

「汚い声で私の名前を呼ばないで!視界に入れるのも不愉快だわ!」

 

 

遊良を見ないようにして、しかしその言葉だけはしっかりと敵意を孕ませて遊良へと向かわせている女性。

 

 

…天宮寺 ツボネ

 

 

王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰の娘であり、鷹矢の叔母であるこの女は…最早、清清しいほどにはっきりと遊良の『敵』であることを見せ付けてきていた。

 

遊良に対する、昔から一向に変わらぬその物言い。

 

Ex適正を持たない遊良を、汚らしいモノだと認識し、その考えを絶対に変えようとせず…また、遊良が【決闘祭】に優勝に優勝したことで、決闘市の人々の視線が変わりつつあるも、それでもツボネは決して認めようともせず。

 

 

 

「汚物の分際で【決闘祭】に優勝なんて、一体どんな不正を働いたのかしら。」

「…いや俺は不正なんて…」

「お金?どうせお金でしょう?お金なら余ってるものね。汚物らしい、汚い汚い腐ったお金が。」

「おいツボネ!お前はいい加減にしろ!最近また調子に乗ってきやがって…」

「また殴り飛ばす?えぇいいわよ。そうしてくれると今度は法的にこの家の実権は私のものになるんだから。」

「お前…」

 

 

 

過去、遊良を本気でどこか遠くに追いやろうと画策していて、その企みを正鷹と鷹矢に、文字通り『力ずく』で止められた彼女。

 

一体遊良の何がそんなに気に食わないのか、それは彼女にしか分かりえぬモノではあるとは言え…それでも、絶対に遊良を認めないその姿勢は褒められたものでないことだけは確か。

 

遊良の事を心配する正鷹と、遊良の事を心から嫌うツボネのそりが合うことは決してない。

 

過去、正鷹が彼女を力の限り殴り飛ばしたことが未だ尾を引いていることもあるのだろう、顔を合わせるたびに口論になる二人は、この場においてもそれが変わることはなく…

 

 

 

「テメェ調子に乗ってんじゃねーぞゴラァ!」

「うっさいのよクソ兄貴!この才能無しが!」

「んだとゴラァ!」

「何よ!」

 

 

 

―!

 

 

 

―お互いに感情を顕に、兄妹…いい歳をした大人二人が、怒号が飛び交わせ始めた。それは、どこか彼らの父に似た喧騒で…

 

 

 

「…はぁ、また始まった。じゃあ鷹矢、俺は行くから帰るときに連絡入れろよ。」

「うむ。」

 

 

 

それを、まるで見慣れた光景かの如く…やや冷めた目で出て行こうとする遊良と、やや呆れた声質でそう言う鷹矢。

 

そう、ツボネが遊良への態度を改めないのも、その所為でツボネと正鷹が口論になるのも、子供達にとっては最早見慣れた光景。

 

遊良とて当事者とは言え、自分以上に熱くなっている大人たちの争いを見ては…話しに加われる気も、加わる気も起こらないのだから、彼が逆に冷静になったとしても不思議ではないだろう。

 

玄関の外に出ても聞こえてくる大人たちの怒声を耳に入れながら…遊良は寒い風の吹く外へとその足を運んで、天宮寺家から遠ざかっていった。

 

 

「…だから帰りたくないのだ、こんな家。」

 

 

そんな大人二人にうんざりした雰囲気を醸しだしながら、ソレらを避けるようにして仕方なく屋敷の中へと入っていく鷹矢の声は…

 

 

大人たちの怒声に掻き消されて、誰にも聞こえることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「あっけましてー!」

「あぁ、おめでとう、ルキ。」

「ねぇねぇ遊良、この着物どう?どうどう?」

「いいじゃん、良く似合ってる。」

「へっへー、ありがとー。」

 

 

 

一般家庭と言う表現が、丁度良く当てはまる大きさの、その家の玄関でのこと。新年の挨拶にと、遊良は高天ヶ原家へと挨拶に足を運んでいた。

 

勢い良く飛び出してきたルキが、その赤い髪に負けないくらいに映える紅い晴れ着を着飾って見せ付けてくるものの、遊良がソレに対しても何の戸惑いも無く褒められるのは、本当にその晴れ着がルキに似合っていたからなのだろう。

 

恥ずかしげも無く、照れもせず。

 

年頃にありがちな妙な雰囲気にならないのが、彼らの関係を良く現しているかのようでもあり、またお互いを大切に思っているかのようでもあり。

 

 

 

「やぁ遊良君。あけましておめでとう。」

「【決闘祭】優勝もおめでとう。本当に凄かったわ。」

「はい、ありがとうございます。」

 

 

そしてルキにやや遅れるようにして、落ち着いた雰囲気をしたルキの両親が家の中から出てきて、そう遊良へと声をかけてきて。

 

先ほど遊良が受けた、ツボネの敵意の孕んだ言葉とはまるで正反対の優しい言葉。それだけで、ルキの両親が心から遊良を迎えてくれていることが、はっきりと理解できるほどにそれは優しかった。

 

そう、遊良がイースト校の代表候補に選ばれたときには、一緒になって喜んでくれて祝ってくれたルキの両親。

 

過去、彼らも色々と思うことはあっただろうが、それでもこれまで遊良の敵に回ることは無く…またその所為で、周囲から色眼鏡で見られたこともあったことに違いないものの、それでも味方で居てくれたことは、遊良にとっては感謝しかないことだ。

 

 

 

「いやー、あの遊良君が優勝なんて、未だに信じられないよ。」

「…あなた?」

「…お父さん?」

「あ、ご、ごめんごめん。今のはそんなつもりじゃ…」

「大丈夫ですよ。全然気になりませんから。」

「そ、そっか。」

 

 

 

だからこそ、ルキの父の口を滑らした言葉にも、今更遊良が特に何かを感じることなど無く。

 

『あの』という言葉が、その他大勢の人間のよく言う『あの』という意味合いとは違うことを、遊良は知っているから。

 

しかし、常日頃から口を滑らせることの多いルキの父は、自分の失言をやや悔やんだ様子を見せて…取り繕うようにして、その口を再度開いた。

 

 

「ど、どうだい遊良君、この後初詣に行こうと思っているんだけど、君も一緒に?」

「いえ、せっかくですけど…」

「えー、遊良来ないの?」

「あぁ、新年の挨拶に寄っただけだからさ。」

 

 

本来ならば家族と過ごし、そこに他人は入ることを許されない新年の行事に、何の建前も無く遊良を誘ってくれることは…それだけ遊良の存在を邪険に思わず、かつ家族同然のように思ってくれているからに違いない。

 

しかし、そんな彼らの気持ちを汲んでいるからこそ…だからこそ遊良はその誘いを断るのだろう。

 

先の天宮寺家の誘いもそう。

 

いくら【決闘祭】で優勝したとはいえ、今までの遊良に対する見方の『全て』が変わったわけではないのだ。

 

 

だからこそ…

 

 

 

「いいじゃん、遊良も一緒に来ればいいのに。」

「そうよ遊良君。なんなら、【決闘祭】のお祝いも兼ねてこの後一緒に食事でも。」

「でも、おじさん達には代表候補に選ばれたときに祝ってもらいましたし…俺はそれだけで、十分ありがたいですから。」

 

 

 

―あえて、断る。

 

確かに、これまでのような遊良への偏見は減った…いや『減った』どころではない。

 

今まで、顔を見れば嘲笑と卑下の眼で見られていた彼が、【決闘祭】を経たことでその視線を『覆しつつ』あることは、紛れもない彼の力による功績であって。

 

…それでも少なからず残っているのは、今の遊良の功績を認めたくない中途半端な有象無象達の脆いプライドと、これまでの遊良のイメージを変えることが出来ず、また変えることを拒む弱者達の意地の残滓。

 

だからこそ、自分と一緒に行動した所為で、よくしてくれた親しい人たちに迷惑がかかることを考えると、どうしてもその誘いを受けるわけにはいかなかったのだろうか。

 

 

 

「…それにこの後行くところがあるから。じゃあ、お邪魔しました。」

「…あ、遊良、また明日にでもそっち行くね?」

「あぁ。鷹矢が御節食わせろってうるさいから、たくさん作って待ってるよ。」

「うん。」

 

 

 

それだけ伝えて、その場を後にする遊良。

 

【決闘祭】に優勝したからと、『改めて』見方を変えて寄ってくる他の周囲とは違う、昔からの確かな遊良の味方。その存在がなけれは、きっと今以上に遊良は荒んでいただろう。

 

―そんな人たちだから、巻き込みたくはない。

 

それは、過去から変わらぬ遊良の『線引き』。幼馴染以外に大切にしたい繋がりだからこそ、どこか距離を置かなければと考えてしまう、彼の気遣い。

 

遊良がそう思っていることを理解出来ないほど、彼をずっと見てきた大人たちは馬鹿なはずがなく…その遊良の気持ちを汲んだからこそ、何も言わずに遊良を見送るのだ。

 

そのまま遊良は、冷たい風の吹く街へと…目的の場所へと向けて、その足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

広い広い決闘市の外れ。

 

風に揺られた草が擦れ、サラサラとした音が耳に心地良く聞こえてくるこの場所には…

 

およそ、新年が明けたばかりで『ここ』に来る人間など居ないだろう程に、ざわめきがある街中と比べても、この場所には冷たい冬の風の流れる音しか聞こえてこなくて。

 

 

 

「父さん、母さん、久しぶり。高等部の入学式以来かな。…【決闘祭】、優勝したよ。何とか退学も取り消せた。鷹矢は相変わらず納得いってないみたいでさ、『次は絶対に負けん』ってうるさくて。」

 

 

 

その中に聞こえてくる遊良の声は、どこか寂しさを思わせているものの…他に『人』は居らず、誰にも聞かれることが無いからだろう、どんな感情も遊良は隠す気は無いのか。

 

眼下に視線を落とし、『ソレ』へと向かって言葉を投げかけるのみ。

 

 

 

「…って、聞いてるわけないけど。」

 

 

 

そう、遊良がいくら『墓前』で声をかけても、返ってくる言葉など在るわけが無く。また、普通ならば『そこ』に眠っている故人が聞いてくれていることを信じて話しかけるのだろうが…

 

遊良には、それを『信じる』ことも無駄だということを知っている。

 

 

―ここは、『霊園』

 

 

故人の眠る場所。

 

 

そう、『本来』ならば。

 

 

遊良は知っている。遊良の、例の『宣告』と同時期に『行方不明』となって、如何なる捜索網にも引っかかることが無くそのまま『死亡』扱いとなった父母…その父と母の亡骸が、ここに『眠っていない』ことを。

 

 

 

「…はぁ、何となく街に居づらくてここに来たけど…」

 

 

 

家族たちの賑わいが溢れる新年の決闘市の雰囲気は、もう慣れたつもりだった遊良の心に、未だに爪を立てようとしている。

 

 

…これでも、随分と慣れてきたのだ。

 

 

当時はあまりの絶望に、命を捨てる気でいたのだが…それでも僅かに残った『希望』と、自分を見捨てずにいてくれた幼馴染達の思いと…師となってくれた人にしがみついて、どうにかここまで生きてこられたこと。

 

それに加えて、【決闘祭】の優勝という功績によって…今までの『蔑み』の視線が、突如として『驚き』と『称賛』に変わったこと…そんな急激に変わった人々の態度は、かつてのモノと『逆』とは言え、彼の過去に起きた人々の『変貌』を彼に思い出させるのか。

 

だからこそ、全く人の居ない場所で、やっとその声に寂しさを含ませる遊良。聞かれる事の無い場所で、聞かれる事の無いようにと。

 

 

 

「カッカッカ。随分とまぁセンチメンタルじゃねーか。」

「…え?」

 

 

しかし、そんな気を緩ませていた遊良へと、突如聞きなれた声が向けられた。

 

よもや、新年の初めから『こんな所』に人が来るだなんて、想像もしていなければ想定もしていなかった遊良なのか、自分へとかけられた声を即座にその耳に入れ、その声の主の顔が瞬時に頭に思い浮かんで。

 

そう、この冷たい風と、乾燥したこの空気に負けないほどに渇いた笑い…ソレは、遊良が間違うはずもない、紛れもない彼の師のモノ。

 

そうして遊良が背面へと振り向けば案の定、丘を登ってくるようにして鷹峰が歩いてきていた。

 

 

 

「せ、先生?なんでここに?」

「あん?年明け早々に『仕事』だっつって連絡来やがってよ。これから海外に飛ぶところなんだっての。」

「そ、そうなんですか…」

「まっ、その前にお前さんにちっと用があってよ。」

「え?」

 

 

 

鷹峰の『仕事』の中身は、もちろん遊良だって知っている。試合の後に鷹矢を問い詰め、あの『闇』に関して鷹峰が動いているということを。

 

しかし、それは秘密裏な依頼であって、おいそれと他人に公言など出来ない代物だということが分からぬほど、遊良とて幼いわけがない。それが、時間も場所も選ばぬ…つまり可及的速やかに片付けなければいけない事案であることも。

 

そうだというのに、わざわざ自分の元へと出向いてくれたことに関して、遊良は驚きを感じている様子を見せて。そんな遊良を見て、鷹峰は口元に不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

 

 

「用って…」

「おぅ、前にルードで競わせたときにゃクソガキが勝っただろ?その『褒美』をクソガキにやったってーのに、【決闘祭】で勝ったお前さんに褒美がねーのはちっと『不公平』だと思ってよぉ。」

「え、ほ、褒美!?先生が!?」

 

 

 

そんな時、思わず言葉に詰まってしまった遊良。

 

そう、褒めるとか労うとか、そう言った類のコトを滅多にすることのない師から出た、『褒美』と言う言葉…それが、遊良の思考を一瞬フリーズさせ、その意味を見失わせたのだ。

 

 

夏休み、師に連れられて鷹矢と訪れたルード地区。

 

 

忘れえぬ『闇』に飲み込まれた浮浪者と、文字通り『死にかける』ほどのデュエルをして…そうして倒した人数を競い合って、そこで鷹矢が勝ち越したからこそ、鷹峰が自らの名である【ダーク・リベリオン】を渡していたこと。

 

 

―『普通』ならば、ありえない程の…この師だからこその、『褒美』の意味。

 

 

普通ではありえないことを、平然とやってのけるこの男が与える『褒美』と言うモノなど、弟子が到底想像など出来るはずもなく…

 

 

 

「おぅ、来ていいぜ?」

 

 

 

―鷹峰が促すかのようにして手招きし、その後ろからもう一人の誰かが歩いてきて…

 

 

 

「…え……あ……」

 

 

 

そこには…

 

 

 

 

 

「始めまして。君の戦いは見せてもらったよ…天城 遊良。」

 

 

 

 

先ほどの、師の『褒美』という言葉を聞いた時以上の驚愕と、ソレに伴う動悸が激しく遊良の心臓を打ち鳴らし。

 

口を開き、空気を吸い込むことだけを強要するかのような脳の指令は…紛れも無く、遊良が動揺していることを、誰の目にも明らかにさせていることだろう。

 

しかし、それも仕方のないことなのか。目の前に歩いてきた人物の姿を見れば、例え如何なる『強者』であっても同様に動揺してしまいそうなのだから。

 

 

 

 

 

―釈迦堂 ラン

 

 

 

 

 

冬のどこまでも澄み切った空気が、その褐色の肌をより鮮明に目に映し…夜よりもなお黒いその髪は、見た全ての人間の視線を吸い込んで離さないかのように艶やかな代物。

 

しかし、誰もが見惚れてしまいそうに整った顔立ちを、直視できる『人間』など存在しないかのように漏れ出す迫力は…まさしく『人外』のモノなのか。

 

けれども、遊良が驚いているのは、そんな一般人が感じるような『単純』な理由からでは決してなく。

 

 

それは、遊良の『人生』においても、とても重要な存在として位置づけられていて。

 

 

 

「釈迦堂 ランだ。よろしく。」

「カカッ、お前さん、ランに憧れてんだろ?丁度いいから連れてきてやったんだ、感謝しろい。」

「フフッ、こんな少年すら虜にしてしまう私の美貌も考え物ですね。」

「あ、あの…」

「うん?何かな?」

「…お、俺…」

 

 

 

遊良は彼女に会った事など無く、ましてや姿も見たことすらない。全て師の話しから聞いただけで、イメージでしか固めることの出来なかった彼女ではあるものの…

 

 

…自分の、生きる『希望』となった人物。

 

 

その姿を見ただけで彼女が『そう』なのだと…ランが名乗るよりも早く、鷹峰が教えるよりも早くこの女性が釈迦堂 ランなのだと、その心が遊良にソレを即座に理解させたのか。

 

まるで『釈迦堂 ラン』と言う人物を現すのに、これほど適した雰囲気と姿をした女性など、他にはいないかのように。

 

…霊園に吹き抜ける冷たい風が、ランの長い漆黒の髪を揺らしていた。

 

 

 

「あ…えっ…と…」

 

 

 

―言葉が、出てこない。

 

それは、この目の前の【化物】2体が放つ、この霊園の墓石すら軋んでいると錯覚するような『雰囲気』に中てられているとか…憧れの人物が目の前にいることで萎縮しているとか、そんなことでは断じてない。

 

 

…ただ、単純なこと。何と言っていいのか、遊良にはわからないのだ。

 

 

過去、『Ex適正』が無いと宣告されて、生きる意味すら見失っていた自分の最大の指標。自分に残された『デュエル』という『最後の希望』に、確かな光と絶対の肯定を与えてくれた、最大の功労者。

 

 

そう、ちょうど『あの時期』に、【王者】相手にExデッキを『使わずに勝利』したという彼女が居なければきっと遊良はデュエルなど続けていられず。この世界の片隅でひっそりと隠れて暮らしているか…とっくに命を消していただろうから。

 

 

 

「お、俺…」

 

 

 

だからこそ、言葉が見つからない。

 

今述べるべき言葉が、『感謝』なのか『賛辞』なのか…『羨望』なのか『憧憬』なのか…

 

次々に出てきそうな言葉が詰まり、逆に飛び出て来れないかのように。

 

 

「…ふむ。」

 

 

そんな混乱の中にいる遊良を見てか、ランがその艶やかな口を開いた。

 

 

「よし、では私とデュエルだ。」

「…へ?」

「言葉が選べないのならば、戦えばいい。うん、そうしよう、その方が早い。」

「でゅ…でゅえる…デュエル!?お、俺と…あなたが!?」

 

 

 

突然のランの申し出に…そのあまりの突然のことに、一瞬だけ『デュエル』と言う意味が思い浮かびあがって来れないほど、それほどまでに今の遊良の頭には様々な感情が渦巻いているのだろうか。

 

瞬間的に固まって、何と返せばいいのかを無意識に考えてしまう。

 

そんな緊張の面持ちでいる遊良へと、ランは声をかけて。

 

そう、下手に口を開いて言葉をかわすよりも、一度のデュエルから得るソレらの方が圧倒的にお互いのことを分かり合えることなのだから。

 

 

 

「カッカッカ、ただテメェがヤリてぇだけじゃねーか。」

「いいでしょう別に。ずっと見ているだけだったのですから。それとも、祭りの優勝者ともなれば、私とのデュエルなんてお断りかな?」

「い、いえ…お、お願いします!」

 

 

 

それでも、この【化物】と呼べる程の圧力を容赦なく放ってくる存在からの提案に、何の躊躇も無くソレを受け入れたのは、遊良に恐れも怖さも無いことの現れからなのだろう。

 

今、彼が感じているのは確かな高揚。

 

まさしく生きる道標となり、心から憧れた…自身の目標の最高位が、今この場にいて。そして、まさかその人物とデュエルが出来るだなんて。

 

鷹峰の言った『褒美』という言葉が、コレほどまでに豪華絢爛な代物だということを、遊良も今更ながら理解したのか。師は想定通りと言わんばかりに口元をニヤケさせ、浮つく弟子を見ているのみ。

 

そんな遊良の表情は、戸惑いと同時に嬉々を顕にしていて…己のデュエルディスクを取り出して、ソレを腕に装着して展開して。

 

 

 

「フフ…では、天城 遊良…」

 

 

 

ランも同じく自らのデュエルディスクを展開し、口元に不敵な笑みを浮かべながら…

 

 

 

「潰れて…くれるなよ?」

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

それは、始まる。先攻は、遊良。

 

 

 

「俺の先攻!【堕天使イシュタム】の効果発動!手札の【堕天使アムドゥシアス】と共に捨てて2枚ドロー!続いて【トレード・イン】発動!レベル8、【堕天使スペルビア】を捨てて2枚ドロー!【闇の誘惑】を発動!2枚ドローして【堕天使ユコバック】を除外!魔法発動、【死者蘇生】!墓地から【堕天使スペルビア】を攻撃表示で蘇生し、その効果で【堕天使イシュタム】も守備表示で呼び戻す!」

 

 

 

【堕天使スペルビア】レベル8

ATK/2900 DEF/2400

 

 

【堕天使イシュタム】レベル10

ATK/2500 DEF/2900

 

 

 

「まだだ!【堕天使の追放】を発動し、デッキから【堕天使ゼラート】を手札に加える!【堕天使イシュタム】の効果発動!LPを1000払い、墓地の【堕天使の追放】の効果を得る!俺がデッキから加えるのは【背徳の堕天使】!【堕天使の追放】はデッキに戻り、更に2枚目の【トレード・イン】発動!【堕天使ゼラート】を捨てて2枚ドロー!…よし!【堕天使の戒壇】を発動!墓地から【堕天使アムドゥシアス】を守備表示で特殊召喚!」

 

 

 

【堕天使アムドゥシアス】レベル6

ATK/1800 DEF/2800

 

 

 

己に出来る事を全力で撃ち出し、言葉の代わりにデュエルで応える。

 

いくら発するべき言葉を失おうとも…『決闘者』である限り、戦いの中では言葉を失うわけも無く。憧れた存在にかける言葉は、自らのデュエルが伝えてくれるのだ。それを、全力で見てもらうのみ。

 

 

「ふむ、いいデッキ捌きだ。迷い無く回り、まるで手足を動かすかのようにデッキが動いてくれている。…デッキとの繋がりが強くないと出来ない芸当だ。」

「俺は【堕天使アムドゥシアス】をリリース!レベル10【堕天使ディザイア】をアドバンス召喚!」

 

 

 

【堕天使ディザイア】レベル10

ATK/3000 DEF/2800

 

 

 

黒き翼持つ、神に抗う者達。神に見放された遊良だからこそ、彼らの力は最大限に発揮されるのだろう。

 

次々に現れる堕ちた天使達の、その羽ばたきが伝えてくれる。己が仕える主と共に、自らの進撃の、その意味合いを。

 

 

―熱く、滾る。

 

 

遊良自身が憧れて、あの絶望の中での確かな希望となってくれた人物と、まさか本当にデュエルが出来るだなんて…と。

 

 

「2枚目の【闇の誘惑】を発動!2枚ドローし、【堕天使アスモディウス】を除外!俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

 

遊良 LP:4000→3000

手札:5→1枚

場:【堕天使イシュタム】

【堕天使スペルビア】

【堕天使ディザイア】

伏せ:2枚

 

 

 

「では私のターン、ドロー。【隣の芝刈り】発動。デッキから30枚を墓地へ送る。」

「…え?」

 

 

 

しかし、そんな熱くなった遊良の興奮が、ランのその一言で突如現実へと引き戻されて。

 

恐るべき勢いでランのデッキからカードが減っていき、踊るように墓地が肥えていくその勢いは…まるで遊良の先行での盛大なるドロー加速が、ランの今行っている墓地肥やしにまで加速を与えているかのよう。

 

 

「い、いきなり30枚!?デッキの半分も…」

 

 

そう、そのデッキが減っていく勢いから見ても、ランのデッキがリミットギリギリの60枚であったことは一目瞭然。

 

デッキ枚数を多くすればするほど、行える戦法に幅が増えることには変わりないものの…

 

それだけ必要なカードを引きにくくなるデメリットがあるというのに、さも当たり前のように『そのカード』を引き当てている辺りは流石【化物】。

 

駄々漏れにしている圧力自体も、容赦なく遊良を押し潰しにかかっているというのに、その行動一つで『格』の違いを見せ付けられているかの如く迷いが無く。

 

 

「この程度で何を驚いている。墓地の【インフェルノイド・ベルフェゴル】3体を除外し、墓地から【インフェルノイド・ネヘモス】を特殊召喚。」

 

 

―!

 

 

【インフェルノイド・ネヘモス】レベル10

ATK/3000 DEF/3000

 

 

うねる悪魔の咆哮は、遊良に驚く暇を与えないかのように燃え上がり…その凄まじい炎圧は、行く手を遮るモノの全てを吹き飛ばすのか。

 

欲望の化身、自らの存在以外を許さぬ、まさに悪魔。

 

そんな盛大に燃え盛る悪魔へすら何の恐れもなく、それ以上の【化物】は、己が使役する悪魔へと命じるのみ。

 

 

 

「ネヘモスの特殊召喚成功時、ネヘモス以外のフィールドのモンスターを全て破壊する。」

「なっ、全体除去!?させるか!手札の【堕天使テスカトリポカ】の効果発動!コイツを手札から捨て、【堕天使】達の破壊を防ぐ!」

 

 

 

しかし、悪魔の破壊の咆哮程度でその身を砕かせるほど、堕天使達とて決して華奢ではなく。神に立て付く堕天使なのだ。例え相手が悪魔であろうと、怯みもしなければ恐れも抱かず。

 

敵の悪魔の風貌に負けず劣らずの、悪魔のような堕天使が…遊良の宣言によって迫り来る蒼炎へと立ちふさがり、その十字に放たれる革命の業火によってソレを遮った。

 

攻撃力3000…その力は、デュエル開始直後に繰り出すモンスターにしては些か強大すぎる力を持つであろうが…いくら煉獄の悪魔達がランの墓地に大量に眠っていようとも、【インフェルノイド】の誓約によってこれ以上の悪魔たちは現世に出ては来れず。

 

 

「よし!」

 

 

―こんな早くから、潰されるわけにはいかない。

 

 

「ふむ、ではネヘモスをリリースし魔法カード、【モンスター・ゲート】を発動。通常召喚可能なモンスターが出るまでデッキをめくる。」

 

 

そんな中で、遊良の希望的観測など無いも同然かのように、次なる手を繰り出すラン。

 

そう、いかなる悪魔の誓約と言えど、彼女にとっては何の制約にもなっていないのだ。燃え盛る悪魔がランの場から消えていき、再びデッキが怒涛の勢いでめくられて…その厚さを無くしていって。

 

 

「なっ、デ…デッキが無くなっていく…」

 

 

 

その『異常』とも言える光景は、命知らずの馬鹿の暴走にも似ていることだろう。

 

しかし、その馬鹿の爆走と大いに異なるのは…この女が、『馬鹿』ではなく【化物】であるということ。

 

命知らずなどでは断じてない。デッキが無くなると言うことなど、この女にとっては些細なこと。

 

 

 

 

…そして、決して止まることの無かったそのデッキの…『最後の一枚』がめくられた所で、それはようやく止まった。

 

それは、もうめくるカードが無いという意味で止まったのではない。その最後のカードが、ランが発動したカードの条件を満たす唯一のモノだっただけなのだから。

 

 

「ふむ…こんなところに居たのか。【インフェルノイド・デカトロン】を特殊召喚。」

 

 

【インフェルノイド・デカトロン】レベル1

ATK/ 500 DEF/ 200

 

 

「デッキが…もう0に。」

「ふふ、このターンを耐え切れば君の勝ち。耐え切れなければ君の負け。随分と分かりやすい勝敗だろう?」

「…ぐっ。」

 

 

 

目に見えるほどの、分かりやすい勝敗。

 

そう言って、簡単に決着の行方を発現するランではあったものの、遊良の方からしてみれば、ランが言うほどこの『勝敗』の着き方は簡単ではないことは必至。

 

遊良も、己の希望となった女性の『本性』を再確認したことだろう。ただただ、彼女から感じる圧力が増しただけ。

 

このターンを『耐え切れば』自分の勝ちという事は…このターンで決着を着けに来る【化物】の攻撃に、真正面から耐えなければならないということであって。

 

何せ、【化物】の領域。

 

幾度も師である鷹峰との、デュエルと言う名の『蹂躙』をされてきた遊良だからこそ感じる。今こうやって佇んでいる釈迦堂 ランという女性にとって、遊良相手に…いや【化物】以外の相手に、こうも容易く『勝ち筋』を見せてくれるわけがないのだ。

 

 

 

「永続魔法、【煉獄の虚夢】を発動。これより場の【インフェルノイド】のレベルは1になる。」

「なっ、そ、それは駄目だ!罠発動、【背徳の堕天使】!【堕天使スペルビア】を墓地へ送って、【煉獄の虚夢】を破壊する!」

 

 

もしその効果を許せば、それだけで勝敗が決してしまいそうな、その『虚ろなる夢』のカード。

 

受ける戦闘ダメージが半分になるとはいえ、それでも悪魔たちの制約が無に帰すのだ。もしそうなってしまえば、際限なく眠りから目覚め始める悪魔達を止める術は無く…ランのデッキがなくなり、その分だけ墓地が蓄えられたからこそ、それを遊良も即座に理解したからに他ならない。

 

 

―だからこそ、抗う。

 

 

 

「いいぞ、その調子でもっと抗え。私は2枚目の【煉獄の虚夢】を発動。」

「2枚目!?くそっ、【堕天使イシュタム】の効果発動!LPを1000払い、墓地の【背徳の堕天使】の効果を得る!【煉獄の虚夢】を再び破壊し、【背徳の堕天使】をデッキへ戻す!」

 

 

遊良 LP:3000→2000

 

 

たった今破壊されたカードと同じカードを、さも当たり前のようにして再度発動させるラン。

 

それにすかさず反応する遊良の対処の速さも驚くべき反射ではあるものの…この女の、全く容赦のない手に、思わず遊良が冷や汗をかいたとしても不思議では無いだろう。

 

自らの師と同じ、【化物】の境地に立つ彼女。いくら自分が全力で抗ったとしても、その恐ろしさの片鱗すらまだ見えていないことは、重々承知しているのだから。

 

 

 

「それでこそだ、そうでなくては面白くない。3枚目の【煉獄の虚夢】を発動!」

「は!?え…はぁ!?」

 

 

 

そして、そんな遊良の抵抗も空しく、ランから『ありえない』宣言が飛び出した。

 

 

…同じカードが、3枚。それも、初期手札に揃って。

 

 

何らかのカード効果でデッキから手札に加えたとか、遊良のようにドロー加速で手に入れたとか、そんな次元の話しではない。

 

 

何の因果か、何の必然か。

 

―至極当然、当たり前のように『そこにある』。

 

 

不確かな確率によるものでは断じてなく、偶然が重なった結果でも決してないのだ。これをあえて言葉に表すとすれば…やろうと思って出来る事ではない、やろうと思わなくても出来るのでもない…

 

 

―やろうと思ったときには、既に出来ていなければならない、まさに【化物】の領域。

 

 

そして、ソレが意味する答えは…

 

 

 

「墓地から【インフェルノイド・シャイターン】3体を除外し、再び墓地から【インフェルノイド・ネヘモス】を特殊召喚!」

 

 

―!

 

 

【インフェルノイド・ネヘモス】レベル10→1

ATK/3000 DEF/3000

 

 

 

「またネヘモス!?」

「再び、ネヘモス以外の全てのモンスターを破壊する!」

 

 

再び現れる、蒼炎纏いし欲望の化身。

 

このタイミングで現れることも、再び己以外の全てを無に帰さんとする咆哮も…遊良からすれば、その恐ろしさを再び直撃させられることに違いなく。

 

そう、このモンスターの効果を使わせるわけには行かないのだ。いくら『虚ろなる夢』に囚われている悪魔達の攻撃であっても、いくらその戦闘ダメージが半分になるのであっても…今自分の場をがら空きにされれば、沸き出てくる悪魔たちによって、抵抗すら出来なくなってしまうことを即座に理解する遊良。

 

 

 

「永続罠、【デモンズ・チェーン】発動!ネヘモスの効果を無効に!」

 

 

 

炎に焼かれず、咆哮に砕けず…悪魔を縛る、悪魔の鎖。

 

そうして遊良の発動したその罠によって、うねる体を縛りつけられ、地に落としてその力を封じるこの鎖は、遊良がよく使用する罠の一枚で、汎用性に富んだ防御札。

 

如何なる状況にも対応してこその強者という師の教えに則って…【化物】が相手であっても、決して遊良は引かず、折れもせず。

 

…抗う。そんな遊良を見て、ランがその艶やかな唇に微かな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

 

「ネヘモスの効果で無効にしても良かったが…まぁいいだろう。フフ、ここまで粘ろうとする相手も久しぶりだ。ではこうしよう、私は墓地の【インフェルノイド・アスタロス】2体を除外し、墓地から【インフェルノイド・アドラメレク】を特殊召喚。」

 

 

【インフェルノイド・アドラメレク】レベル8→1

ATK/2800 DEF/ 0

 

 

「更に墓地の【インフェルノイド・アスタロス】と【インフェルノイド・ベルゼブル】を除外。墓地から2体目の【インフェルノイド・アドラメレク】を特殊召喚。」

 

 

【インフェルノイド・アドラメレク】レベル8→1

ATK/2800 DEF/ 0

 

 

 

次々とランの場に、悪魔達が目覚めていく。何の制限も無くなった悪魔達による蹂躙が、今まさに始まろうとしているのだ。

 

それは、本来ならば悪魔達の誓約によって、そのレベル・ランクの合計が8以下出なければ目覚めることが出来ないはずなのに…それをいとも簡単に破り捨てたランによって、止めどなくソレらは押し寄せてきて。

 

しかし、いくら煉獄の悪魔達が多数目覚めても、遊良の場にいる【堕天使ディザイア】の攻撃力3000を超えるモンスターは居らず。本来ならば、その攻撃力の壁すら疾うに壊れていたはずではあるものの…その思惑は、彼女にしかわからず。

 

…そう、こんな少年の『抵抗』など、この女にとっては無きに等しいことに変わりないのだから。

 

 

 

「うん、その年にしては良い才能を持ち、私相手に折れない心も良い。流石は鷹峰さんの弟子と言えるだろう。」

「…え?」

「カッカッカ、この程度で折れてるようじゃ破門だ破門。まっ、ちょっと前の遊良じゃあ折れてたかもしれねーがなぁ。」

「それほど君の生きてきた人生が濃かったというわけか。まぁ、この程度の状況で折れる程度の人生ならば、デュエルを続けているわけもないが。」

 

 

 

この攻防で、何かを把握したかのようにしてそう言ったラン。

 

この世界において、デュエルとは『言葉』よりも鮮明に相手の事を教えてくれるのだ。この世界の『Ex適正』というモノの意味と見方は、ここに生きるランにとっても理解しているコト。

 

そしてそんな世界で、『あえて』Exデッキを『使わない』デュエルを行っているランだからこそ、今目の前で戦っている少年の、その『選択』の意味も理解したのだろうか。

 

 

―Exデッキを『使わない』デュエル。それは言わば、この世界の『神』への冒涜にも等しい行為。

 

 

無論その意味も真意も、この場においてはランにしか分からないことではあるが。

 

 

 

「フフッ…では、そんな君に良い物を見せてあげよう。コレは、言わば私からの『褒美』だ。」

「…え?」

「ゆくぞ、私は墓地の【インフェルノイド・ヴァエル】3体を除外!」

 

 

 

そんな遊良へと向ける、ランの言葉はどこか楽しげで。

 

ランの墓地で未だ眠りし煉獄の悪魔達が、蒼炎では無い紅き爆炎の渦に包まれて、その姿を彼女へと捧げる。

 

 

…鷹峰に倣い、『褒美』と言う単語をその口から出して。

 

 

先ほど、ランは勝敗の着き方を、とても分かりやすく遊良に告げた。しかし、そこへ到る道は膨大であり、遊良にしても目の前の【化物】が織り成すであろう蹂躙に対して身構えていたほど。

 

 

…だからこそ、彼女は魅せる。

 

 

己の手札の最後の一枚。『ソレ』を使って勝つことを、この時の彼女は選んだのだ。

 

それはまるで、意味合いは違えど自分と同じコトをしようとしている少年への鼓舞か…または、遥かな実力の違いにも折れずに向かってこようとしている少年への先導にも聞こえ…

 

 

 

ここに、現れるは…

 

 

 

「手札よりレベル8、【The blazing MARS(ブレイジング マーズ)】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【The blazing MARS(ブレイジング マーズ)】レベル8

ATK/2600 DEF/2200

 

 

 

赫炎よりも紅き者、爆炎よりも燃ゆる者。

 

灼熱の炎をその身に纏い、煉獄すら燃やす紅焔の化身。空で燃え、天を焦がし、宙で輝くまさに『火の星』。

 

それは灼熱に燃える星の荒ぶりを、一体のモンスターに押しとどめているようであって。

 

 

 

「おぅおぅ、お前さんがここまでするたぁサービスがいいねぇ。」

「フフ、燦然と輝くプラネットの一球。コレをその目で直視出来るだけでも大したモノだが…」

 

 

 

そんな星の荒ぶりにも似たこのモンスターの圧力は、対峙している人間の心を直接押し潰しにかかっているかの如く…それは、コレを操る彼女と同じモノを駄々漏れにしていて。

 

そう、見ているだけで『物理的に』押し潰されてしまいそうな圧力が遊良に襲い掛かり、容赦なく彼の心にまで『折れろ』と命じているのだ。

 

 

 

「す、凄い…凄いモンスターだ…こんなモンスター、見たこと無い!」

 

 

 

―それでも、折れない。

 

Exモンスターではないモンスター。荒ぶる星の圧力が襲いかかる恐怖。それ以上にランから感じる、更なる得体の知れない恐怖。

 

きっと、今まで彼女の相手をしてきたデュエリスト達は、そのどれかに押し潰されて、そして散っていったのだろう。

 

それは、確かに遊良も同じ。このモンスターから感じる得体の知れない恐怖とか、まるで背中も見えないランとの実力差とか…色々なモノが遊良の心に傷をつけようと向かってきてはいるものの…

 

遊良は、折れない。今目の前にいるこの怖いほどの圧力を持つモンスターよりも、『もっと怖いモノ』を、遊良は過去に経験してきたから…今目の前に立つ釈迦堂 ランとの実力差にだって、絶望はしない。過去に、『もっと深い絶望』を味わってきたのだから。

 

 

 

「ほぅ、プラネットを前にしても折れないのか…益々いいぞ。」

 

 

 

だからこそ、ランの声もどこか楽しげなのだろうか。

 

相手をしている少年は、実力的に見ればまだまだ不十分。学生達の戦いを制し、段階的に力を伸ばしてきているとは言え、それでも【化物】を相手にするには足りないモノが多すぎる。何せ、【王者】と呼ばれる存在すら【化物】には届かないのだ。

 

しかし、『相手になる』ことと『相手をする』ことは違う。

 

彼女にとって相手にならなくとも、それでも心が折れずに向かってくること、その遊良の気持ちが真っ直ぐであるからこそ、ランの声もどこか楽しげに感じられていて。

 

 

…それでも、この戦いはもう終わる。そう、彼女にとっては、『相手にならない』のだから。

 

 

 

「私はこのメインフェイズ1に、【The blazing MARS】の効果発動!」

 

 

荒ぶる火の星、その化身の、悪魔のように大きな口が開く時…自らの場の悪魔達をその口に吸い込み、纏う炎圧をさらに強くしていって。

 

狙うは、少年。

 

他に勝ち方は数あれど、魅せ付けるべき勝利の一つ…圧倒的実力差と、己の目指すべき頂の高さを、身を持って彼に教えるために。

 

 

 

「MARS以外の私のモンスターを全て墓地へ送り、一体につき相手に500のダメージ…つまり、2000のダメージを君に与える!」

「なっ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐ…ぐあぁぁぁあ!」

 

 

遊良 LP:2000→0( 0 )

 

 

 

―ピー…

 

 

 

燃える炎の勢いが、確かに遊良を飲み込んで。

 

 

 

「フフッ、ジャスト2000のダメージ。綺麗に決めさせてもらったよ。」

「くっ…」

 

 

 

デュエルの終了を告げたのは、この霊園に鳴り響く無機質な機械音。

 

遥かに『高い実力』…そんな言葉では形容できるはずも無い『事象』を、いとも簡単に引き起こす【化物】との戦いは、果たして遊良に何を感じさせ、また遊良に何をもたらすのだろうか。

 

容赦も無ければ、敗北も無い。釈迦堂 ランにとってはいつもと同じ、相手の心を圧し折ることに何の抵抗も無く、ただ自らの欲求を満たすために戦うだけ。

 

ソレに対して、『勝手』に相手が折れたのならば、彼女の興味はそこまでで途切れることだろう。

 

 

 

「カカッ、おぅ遊良、どうでい【化物】の相手は?」

「…」

 

 

 

だからこそ、師は問う。

 

己の弟子が、自らの目指そうとしている頂を真近で見て、その姿も見えないくらい場所の恐怖のみを味わった、その心を。

 

 

 

「手も足も出なくて悔しいか?それとも届くはずがねーって折れたか?どっちなんでぃ。」

「…凄い…」

「…あん?」

「Exデッキなんて無くたって、こんなに…『先生と同じくらい』強いなんて!やっぱり凄い!先生から聞いていた以上に凄い!」

 

 

 

それでも遊良から飛び出したのは、『頂』を目の当たりにしても折れることの無い心の現われ。

 

ランからすれば勝ち筋は今のコレだけではなく、膨大な数に及ぶ勝ち筋からの、その内の一つ。

 

例えば、もしもランがネヘモスの効果で、遊良の発動した【デモンズ・チェーン】を無効にしていれば…遊良の場はがら空きになり、直接攻撃によってもっと簡単に勝つことが出来ていただろう。それも、彼女にあった選択の一つ。

 

しかし、彼女はソレをしなかった。別に、舐めていたとか手加減していたとか…いや、多少の手心は、もしかしたらあったのかもしれないが…

 

先ほど彼女が言っていたように、『ここまで粘ろうとする相手も久しぶり』という言葉。

 

それは、彼女がこれまで叩き潰してきた有象無象達は、Exデッキを使ってこないランに対して、もっと早い段階で諦めを見せていたと言うコトに他ならないことであって。

 

他の大勢の…それこそ、今の遊良よりも強いであろう相手でさえも、ランの前に心が折れ、諦めて散っていった。

 

そうだというのに、Ex適正の無いこの『出来損ない』と呼ばれ続けてきた少年が、圧倒的実力差を見せ付けられても、折れる素振りも無く向かってくることに対して…彼女が何も感じないと言えば『嘘』になるだろう。

 

 

 

「おぅおぅ、威勢がいいこった。ったく、若いねぇ。」

「フッ、ここまで圧倒的な差を見せ付けられても、折れるどころか奮起するとは。流石は鷹峰さんの弟子だ。師と同じ道を違わずに昇って来る。」

「カッカッカ、それぐれーしてくれねーと、俺様の相手なんぞ務まるわけねーからなぁ。」

 

 

 

そんな『出来損ない』と呼ばれ続けた少年の姿を見て、2匹の【化物】が何を思うのか。

 

人間的な思想か、はたまた己の欲求のための利己的な思惑か。まぁ、今の遊良からすれば、そんなことなどどうでも良い事ではあるのだが。

 

世界の邪魔者として扱われ、希望も無くただ呼吸だけをしていたあの時期に、自らの『希望』となった人物と、自らの『師』となった人物から、こんなにも盛大な『褒美』という名の優勝祝いを貰ったのだから。

 

 

 

 

「天城 遊良。」

 

 

 

そんな遊良に、ランが静かに近づいてきて。

 

霊園の冷たい風に揺れる漆黒の髪が揺らめき、その髪を手でたくし上げる仕草は、きっとこの場にギャラリーが居たら、その誰もが目を奪われることに間違いなく。

 

まぁ、この女性の姿を『まとも』に見られる人間の方が少ない現状では、それは『ありえない』ことではあるのだが。

 

 

 

「私も君が気に入った。Ex適正の有無なんてどうでもいい、要は強いか弱いかだ。いつか君が、鷹峰さんの相手が務まるくらいに強くなったら…私の相手もしてくれると嬉しい。」

「…え…」

 

 

 

少年の心臓が跳ね、思わず息を吸い込むことを忘れそうになるほどに言葉をなくしそうになって…

 

 

 

「……………は、はい!」

 

 

 

その直後に彼の口から飛び出したのは、今ランが言ったモノに対する確かな反応。

 

目標としている存在からの鼓舞。今まで周囲に『否定』ばかりされてきた少年に与えられた、頂からの『肯定』。それは遊良にとって、これ以上ない程に嬉しい言葉だっただろう。

 

その返事を聞き、ランは微かに笑みを浮かべると…デュエルディスクではなく、己の懐に手を入れ一枚のカードを取り出して、ソレを少年へと差し出した。

 

 

 

「フフッ…では、君に『コレ』を預けておこう。私にとっても大切なカードの1枚なのだが…」

「え…こ、コレって!?」

「いずれ私が直接に取りに行くか、それとも君の方から返しに来るか…どちらにしても、いずれそのカードが私達をまた引き合わせてくれるはずだ。その時まで…」

 

 

 

ソレを受け取った遊良が、その『見たことも無いモンスター』に対して驚愕の声を漏らし、またランが『大切』と言う程に、そのカードは彼女にとっても特別なのだろう。

 

そのカードを受け取る遊良の手が震えていたのは見間違いではなく、またソレを手にした遊良に、コレまで以上の『希望』と『重圧』が圧し掛かったのは言うまでもない。

 

 

―これは、『約束』

 

 

【化物】から少年への、『ここまで来い』という確かな導。

 

 

 

「きっとまた会える。君に預けておくよ。」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

―!

 

 

 

遊良がそう言った瞬間に、この霊園にヘリの音が轟いて。

 

上空を見れば、巨大なジェットヘリが待機しているように空中に浮遊しその場に留まっているではないか。次第に降下し始めてその足を降ろし、ヘリの爆音が静かだった霊園に響き渡って…そのまま、誰かを向かい入れるかのようにして大きなドアが開いた。

 

そんな突然現れた、どこか見覚えがあるようなヘリに思わず困惑の表情を見せた遊良に対して、言葉を投げかけるのは彼の師、天宮寺 鷹峰。

 

 

 

「おっ、迎えが来やがったか。ってわけでよぉ、俺様とランはまたしばらく留守にすっから精々クソガキ共と元気でやれや。」

「ではまたな、天城 遊良。」

「は、はい!…あ、せ、先生!」

「あん?」

「ありがとうございました!」

 

 

 

そんな騒音に言葉を遮られながらも、思わず遊良はヘリに乗ろうとした師に対して必至に荒げた声を投げかける。

 

そう、これ以上無いくらいの『褒美』を師から貰い、またソレと同等の『希望』をランから貰ったのだ。それが自ら勝ち取った結果からくるモノだとは言え、今まで誰からも認められなかった少年が感極まるのは仕方のないことだろう。

 

だからこそ、幼少の頃見捨てずに鍛えてくれた師に、感謝の意が込みあがってくるのも、不思議でも何でもない。

 

決して振り向きはしない鷹峰に、その背中へと向けた弟子の言葉。

 

 

「…おう。んじゃ、あばよ。」

 

 

そう言ってそのまま鷹峰がヘリへと乗り込むと…二人を乗せたヘリが天高く上昇していき、一定の高さまで上った所で上昇から推進へと力を変えて移動していく。

 

恐るべきスピードで、見る見るうちにその音と姿を遠くにしていき…

 

 

―やがて、見えなくなった。

 

 

 

 

 

「そう、ヘリが出ますか…では、これより始めます。」

 

 

 

 

 

その瞬間に、誰かがどこかで。

 

誰かに向かってそう言ったこの言葉は…この決闘市に居る他の誰にも…

 

 

―聞こえてはいなかった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…よし。」

 

 

 

帰ろう。

 

次にやるべきことが決まって、【決闘祭】の優勝で浮かれている場合ではない。そう遊良は決意を新たに、ランから『預った』カードを仕舞う。

 

このデュエルが、遊良に次なる『目標』と『希望』と…そして『約束』を与えてくれたのだ。それが何時になるのか…今の遊良には全く想像がつかないことではあるものの、しかし足踏みもしていられないことを心に刻んで。

 

…もっと、強くなる。

 

師と、そしてランに並べる日を夢見て。Ex適正が無い…つまりそこへと到る道筋は、常人のソレよりも遥かに険しいというコト。まぁ、常人ならばソコへと到ることすら出来ないのだが。

 

しかし、決してソレを諦めるはずもない遊良。かつて味わった絶望が、こんな形で希望となったのだ。自ら勝ち取った功績と結果、それが、今の遊良の自信へと繋がっていた。

 

 

…静かに、霊園に吹く風を浴びて。静かな、風の流れる音だけを耳に入れる遊良。

 

 

霊園の澄んだ空気が、丘の上から微かに見える決闘市をより鮮明に見せていて…

 

 

 

―そして…

 

 

 

「…あれ?」

 

 

 

何かがおかしい。

 

より鮮明に見えるからこそ、そのおかしさに遊良は気が付いた。

 

目を凝らし、その『異変』を必死になって目に映す。決闘市の外れ、市内からもやや遠くにあるからこそ、その異変は小さく見えるものの…この場にいてそれに気が付いたというコトは、その異変の中心はもっと大きいということ。

 

しかし、この霊園に居たからこそ、遊良の網膜にははっきりとソレが映っている。

 

 

「け、煙!?それも、あちこちから!」

 

 

 

それは、通常の火事などではありえない光景。

 

決闘市の外れと言っても、やや遠く離れて、高い丘になっているこの霊園だからこそ見える現実。

 

 

一箇所ではない。

 

 

決闘市の、北地区、西地区、東地区、南地区…

 

 

そのあちこちから、まるで示し合わせたようにして同時に煙が上がり、そして新年の明るい喧騒ではない、どこか『争い』のような音が、この遠く離れた霊園にまで聞こえ始めているではないか。

 

 

「い、一体何が…鷹矢、ルキ!」

 

 

その異常とも言える光景を見た瞬間に遊良の脳裏に映ったのは…紛れもない、大切な幼馴染達の顔。

 

何があったのか。想像もつかなければ、得体の知れない不安だけが遊良の心に浮かび上がって。

 

真っ先に鷹矢とルキの顔を思い浮かべながら…その現実を一刻も早く知るべく、遊良はその足を動かして霊園から駆け始めた…

 

 

何も分からぬまま…『異変』へと、向けて…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

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