遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep41「神に愛された少女」

「紫魔先輩…やっぱり、あなたが…」

 

 

 

自分に届いたメッセージを頼りに、遊良が蒼人の助力によってこの『古びたスタジアム』の内部へと到達した、その直後のこと。

 

エントランスからメインスタジアムへと繋がる階段の上から、こちらを見下ろすように現れた紫魔 ヒイラギへと向かって、思わず遊良の口からも言葉が漏れ出してしまった様子。

 

それは、自分達が憶測した『敵』の正体に間違いがなかったことを意味しており…当然彼女がこの場所にいるということは、この『古びたスタジアム』で『当たり』と言うことであって。

 

 

―ヒイラギが『敵』だという考えに、『答え』を貰ったようなもの。

 

 

ただの憶測と勘と、そして誰が送ったのかわからないメッセージの怪しさもまだ拭いきれてはいないものの、それでもここまで順当に辿りつけたことは事実。

 

遊良も、これで益々足踏みをしている時間は無くなったのだ。すぐにでも行動を起こし、ヒイラギを問い詰めるしかないだろう。

 

 

 

「ホホホ…一体どうやってここがわかったのかは知りませんが…しかし、大詰めに入った計画を邪魔させるわけにはいきません。」

「どうしてこんなことを!街は酷い有様だし、怪我人だって出ている!こんなことをして、一体何を…」

「あなたには関係ありませんわ!これは、復讐ですの…この腐った世界に対する、私達のね!」

「…復…讐?」

 

 

 

そんな遊良の問いに対して、怨嗟の篭ったような声で返したヒイラギ。

 

彼女にここまで言わせる理由など、遊良にはとても考えつかないだろうが…それでも、普通ならば出てこないような『復讐』と言うこの言葉も、この街の現状を見ればそれが本気なのだということは、遊良にだって理解できるのか。

 

 

―けれども、こんなことが許されるはずがない。

 

 

いくら彼女の過去に何かがあり、『復讐』と言わせしめる理由があるのだとしても…それでも、ここまで無差別に街を混乱に陥れていることに対しては、ソレは正当化される理由にはならないのだ。

 

そんな、意味がわからないと言った表情で見ている遊良に対して、ヒイラギが口を開こうとその整えられた小さな口を開いた。

 

 

 

…それは、遊良には信じられないような言葉でもあって。

 

 

 

「えぇ、その文字通りです…あぁそうですわ、もし宜しければ、あなたもこちら側に来まして?」

「…は?」

「あなたも、この腐った世界に復讐心があるのではないかしら?…何せ、『Ex適正』が無いんですもの、地獄を見てきたことは知っています。…辛かったでしょう?悔しかったでしょう?弱者の烙印を押され、蔑まれ…掌を返すように、周りが全て敵になる苦しみは。だから、あなたの心に『恨み』が無いなんて言わせませんわ。」

「…ッ!?そ、それは…」

 

 

 

そう、それは思ってもみなかった言葉。

 

今、敵として対峙しているこの場面で、あろうことかヒイラギは遊良に『寝返れ』と言ってきたのだ。

 

…それも、単なる誘い文句ではない。遊良の『痛み』を知った上で、それを共感しての誘い。

 

 

―過去、遊良が受けてきた境遇。

 

 

この世界に、『普通』に生きる人間からすれば、わかるはずもなく、また分かりたくも無いモノに違いなく…

 

誰からも認められず、誰もが敵になり…自分の全てを否定され、存在すること自体が罪なのだと言われ続けてきたような、そんな過去…いや、つい最近までそうだったコト。

 

 

―だからこそ…彼の中に、少しも復讐心が『無い』と言ったら嘘だ。

 

 

今でこそ、【決闘祭】の優勝と言う、遊良が自らの力で勝ち取ったモノのおかげで街の意識は『変わりつつ』ある…けれども、それでも『あの時』と同じ、自分に対する急な掌返しを、遊良が快く思えないのも事実。

 

 

…今更…何を…

 

 

そう、思ってしまう心だって、彼には存在していて…

 

 

 

「…『どうして、自分がこんな目に…』。何度そう思ってきたのでしょうね。…その気持ちは、私にだって覚えがありますわ…。ホホ、だからこそ、『力』を手に入れられたのならば、それを使って何が悪いと言うのでしょう。」

「けど…あんなことをするなんて…」

「あら、散々傷つけられて来たと言うのに、そんな奴らに躊躇をする必要がありまして?」

「…」

「…あぁ、そうですか、わかりました。『あの方』の意向でもあったのですけれど…しかたありませんわ。」

 

 

 

―交渉決裂

 

 

遊良の中にある『痛み』を知り、その復讐の機会を与えられているのだとしても…それでも街の惨状を見てきた遊良が、ヒイラギの誘いに対して首を縦に振らないことでソレは決していて。

 

…彼女とて、初めから遊良が『こちら側』に来るなんて考えていなかったのだろう。

 

自らの受けてきた境遇を忘れていなくとも、それでも今決闘市に起こっているような混乱を自ら執行など出来ないと、遊良はそう言いたげな苦い顔をしているのだから。

 

だからこそ、そんな遊良へと向かって悠長に話すつもりも無いといった雰囲気のまま、ヒイラギは指にはめている『黒い宝石』のついた指輪を向け始めた。

 

その手の動きに合わせて、遊良の周囲には次第に『黒い靄』が視認できるほど集まってきて…

 

 

 

「な、一体何を!?」

「自らの意思でこちらに加わらないと言うのでしたら、無理やりにでも言う事を聞かせるだけですわ。曲がりなりにも【決闘祭】の優勝者、いい『駒』として使って差し上げます。」

 

 

 

そのまま、遊良を飲み込まんとしてその『闇』が彼へと襲いかかろうとした…

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「…ッ!ふざけるなぁ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

遊良の咆哮と同時に、吹き飛ばされて消し飛ばされる周囲の『闇』。

 

突如としてその突風が『闇』を消し去り、そのままヒイラギへと向かって遊良の反抗を伝えるのか。

 

…ただの気合云々では、こんなことなど出来はしない。

 

抵抗など出来るわけがなく、いくら精神の強い者であっても一度襲った『闇』の侵食から逃れる術は無いのだというコトは、もちろんヒイラギだって理解していて。

 

 

 

「…なるほど、これが聞いていた…」

 

 

 

きっと、遊良自身は気付いていないのだろう。

 

上から見下ろすようにして全体を見ていたヒイラギだからこそ見えていた、『闇』を掻き消したソレを。

 

―遊良から『闇』を弾き飛ばすようにして、視認が難しい程に薄く現れていた『黒き翼』が消えていったことなど。

 

それが、どこから現れたモノなのかを知る者は居らず…『異物』の侵食を拒むかのように、麗しきその翼のことを…遊良は気が付いてない。

 

 

―それでも。

 

 

 

「絶対に…お前の仲間になんてなるもんか!それに俺は自分の力で!自分自身の力で、否定した奴らに俺の存在を認めさせてやるんだ!…あんな、ただの『暴力』で街を滅茶苦茶にしてまで復讐したいだなんて…絶対に思わない!」

「…ホホ、良く吼えますこと。これだからあの女の血は嫌なんです…でしたら…」

 

 

 

まるで遊良の反抗を、想定内だと言わんばかりにしてヒイラギはデュエルディスクを構え始めて。

 

 

―反逆者には、制裁を

 

 

言う事を聞かぬのならば、無理やりにでも倒して『闇』を侵食させるだけ。

 

デュエルを介さない侵食を行おうとしても、その人物よりも『高位』に立つ人間が『闇』を取り付かせなければ、完全に飲み込むことが出来ない。また、対象の精神力が強靭であればあるほど、完全に飲み込むことは難しくなる。

 

それを、これまでの経験でしっている故に、有無を言わせぬようデュエルによる敗北…『絶対』の服従を、彼女は行おうとしているのか。

 

 

 

「ホホホ!所詮はEx適正のない『出来損ない』、さっさと身の程を教えて差し上げますわ。」

「させるか!お前を倒して、全部吐いてもらう!」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…何故この男が?仮にも十文字に次ぐ実力を持った男だと言うのに…」

 

 

虚ろな目をして、呼び出されるようにして歩いてきた人物、敵の『駒』…

 

 

―ウエスト校3年、竜胆 大蛇

 

 

昨年度の【決闘祭】の準優勝者。その実力は十文字 哲に並ぶ、彼とは正反対の攻めの持ち主。

 

その実体の掴めぬ、如何なるモノもすり抜ける彼の強さは…今年の【決闘祭】でも十分に発揮されており、準決勝においては自ら敗北を選択していたとは言え、『実質的』に遊良にも勝っていた人物であって。

 

そんな力を持つ人物が、よもや敵の手に落ちているなど考えられもしないと言うのに…

 

事実、『闇』が充満するこのセントラル・スタジアムにおいても煌いている金髪と共に、こちらへと歩いてきてデュエルディスクを構え始めている竜胆 大蛇は、紛れもない本物に違いない。

 

 

 

「ひゃはは!竜胆は既に俺らの手駒だ!コイツの実力はお前も知ってんだろ!?あの間違って優勝した『出来損ない』だって、コイツには勝てないんだからな!」

「そいつに負けてたお前程度じゃ、竜胆にゃ勝てねーんだよ天宮寺ぃ!お前も『駒』にして使ってやるぜ!」

 

 

 

だからこそ、そんな人物を『駒』として扱う彼らも、その余裕が蘇っているのだろうか。

 

ただでさえ高い実力を持つ人物だと言うのに、ソレに加えて『闇』による凶暴化をしているのだ。たとえ十文字 哲が現れたとしても、今の竜胆 大蛇には勝てるはずが無いという雰囲気を彼らは前面に押し出していて。

 

また【決闘祭】で、大蛇に『実質的』に負けていた遊良に、決勝戦で勝つことの出来なかった鷹矢がこの場に現れたからこそ、その余裕も更に大きくなっているのだろう。

 

いやらしく口元を歪め、自分達の手駒が鷹矢を吹き飛ばせることを信じて疑っていないかのよう。

 

 

 

…そんな彼ら紫魔達に向かって、鷹矢は静かに口を開く。

 

 

 

「…今、何と言った?」

「あぁ?何って…」

 

 

 

普段は感情を顔に出すことをしない、けれども本人は出しているつもりの表情…それはこの場においても、怖いほどに冷たい鉄仮面となっていることに違いない。

 

 

―しかし、静かに。そして、確かに。

 

 

隠す気が無い『怒り』その物を、鷹矢はこの場にいる全ての人間へと向けて、勢い良くデュエルディスクを構えて。

 

 

 

「貴様らは今、遊良を『出来損ない』と言ったな!名も知らぬ男達よ、貴様ら程度の雑魚が調子に乗るなど断じて許さん!」

「な、名も知らぬって…」

「ざ、雑魚だと!?低俗なエクシーズ使いの癖に、調子に乗りやがって!いけ竜胆!そいつを倒して飲み込んじまえ!」

「邪魔だ大馬鹿者!俺は貴様も許してはいない!遊良を馬鹿にしていた、あのふざけたデュエルを!」

 

 

 

 

そう言う鷹矢の怒りの矛先は、紫魔二人だけに留まらず。

 

そう、『結果』としては、遊良が勝利を得たあの【決闘祭】での準決勝。

 

準決勝の時点までの実力では、大蛇の方が遊良を圧倒していた事には疑う余地は無く…

そのままの実力差で遊良が負けてしまっていたのならば、所詮は遊良もそこまでだったということを鷹矢も思い違いなどしてはいない。

 

だからこそ、もしそうなっていたとしても、過程がどうあれ『結果』が全てであるコトを鷹矢とて納得しているゆえに、『結果的』に決勝へ進んだ遊良との戦いに何の憂いもなく望めてはいたのだが…

 

けれども、実力差がある故に大蛇が遊良に対して行っていた、あのふざけて小馬鹿にしていたような『デュエル自体』は、鷹矢にとっても許容など出来るはずがないのだ。

 

 

―遊良の敵は、全員許さない。

 

 

それが、例え遊良自身に何とかしなければいけない問題なのだとしても…今この場に置いて、鷹矢に見過ごせる状況では断じてないのだから。

 

 

 

「ガ…ガガ…」

「ゆくぞ!」

 

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

 

 

「俺のターン!【ゴールド・ガジェット】を召喚し、その効果で【グリーン・ガジェット】を特殊召喚!【レッド・ガジェット】を手札に!」

 

 

【ゴールド・ガジェット】レベル4

ATK/1700 DEF/ 800

 

 

【グリーン・ガジェット】レベル4

ATK/1400 DEF/ 600

 

 

 

「そのまま2体でオーバーレイ!エクシーズ召喚!来い、ランク4!【ギアギガントX】!」

 

 

―!

 

 

【ギアギガントX】ランク4

ATK/2300 DEF/1500

 

 

 

彼のデュエルの基本となる、鋼鉄の機械兵を素早くエクシーズ召喚した鷹矢。

 

相手はあの竜胆 大蛇、ただでさえ強敵ということは分かっているし、その相手が『闇』に飲まれて凶暴化して襲ってきているこの状況下において…

 

大蛇のデッキが、一体どんな変貌を遂げているのかまだ分からないままでは、対策の仕様がないことは鷹矢も重々承知しているからこその、いつも通りの展開にて彼も場を構えるのか。

 

先行で攻撃を許されていないが故の、後攻への備えを怠るわけにはいかないのだと、そう言わんばかりに…

 

 

 

「【ギアギガントX】の効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、デッキから【シルバー・ガジェット】を手札に加える!カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

鷹矢 LP:4000

手札:5→3枚

場:【ギアギガントX】

伏せ:2枚

 

 

 

「…ドロー…」

 

 

そうしてターンが相手へと移り、大蛇は虚ろな目のままカードを引いて。

 

今までの竜胆 大蛇のデュエル…全てをすり抜け、全てを捻じ伏せるような彼のデュエルを、鷹矢とてもちろん【決闘祭】で見てはいる。

 

しかし、それから得られた情報が今のこの場においては、全くの役に立たないことも、鷹矢は理解していて。

 

そう、一体『闇』に飲まれた彼のデッキが、如何なる変貌を遂げているのか…これまでの当人からは想像もできない変化が、今の大蛇には起こっているのだ。

 

そんな鷹矢を意に介さず、大蛇は手札からカードを取ってソレを発動した。

 

 

 

「【歯車街】ヲ発動シ、【古代の機械射出機】ヲ発動!」

「む!?」

 

 

―!

 

 

フィールドと通常、2枚の魔法カード。

 

『闇』に飲まれた大蛇が発動したソレは、場全体に効果を及ぼすフィールド魔法だというのに…それを即座に、そして何の躊躇もなく2枚目に発動した通常魔法で砕き始めた彼のその戦法。

 

それは、やはりこれまでの竜胆 大蛇というデュエリストの戦い方とは、まるで異なっているものとなっていることの証明のよう。

 

 

―【古代の機械】

 

 

確かに、大蛇はそう言った。

 

鷹矢も、このカテゴリーについてはもちろん知っている。壊れかけにも見える、太古から動き続ける機械兵達の進撃は、プロの世界においてもその有無を言わせない破壊力に魅せられた者がいる程に凄まじく…

 

また、相手の策を踏みにじりながらの一撃は、下手をすれば一切の抵抗も許さずに敵を殲滅してしまうのだ。

 

 

 

「…ふむ、やはり【サイバー】では無いのだな。」

「ガガッ、【歯車街】ヲ破壊シ、デッキカラ【古代の機械巨人】ヲ特殊召喚!ソシテ【歯車街】ノ効果デ、デッキカラ【古代の機械飛竜】ヲ特殊召喚!【古代の機械融合】ヲ手札二!」

 

 

 

【古代の機械巨人】レベル8

ATK/3000 DEF/3000

 

【古代の機械飛竜】レベル4

ATK/1700 DEF/1200

 

 

 

そうして、たった2枚の魔法カードから、次々に場にモンスターを召喚していく大蛇。

 

そのどれもが他のデュエリスト達が扱う【古代の機械】とは異なった畏怖を鷹矢へと与えてくるものの…それが『闇』に飲み込まれたが故に起こる荒ぶりだということは、この場にいる誰もが理解している事だろう。

 

通常であれば特殊召喚出来ない機械の巨人も、召喚条件を無視すると言う荒業で早々に登場させて鷹矢へと向かって。

 

また場に出ただけで【古代の機械】のあらゆるカードを手に加えられる機械の飛竜によって、大蛇は更なるモンスターを呼び出そうとしているのか。

 

―先ほど加えた融合魔法によって…『闇』の言うまま、鷹矢を襲う。

 

 

 

「【古代の機械融合】発動ォ!デッキノ【古代の機械巨人】2体ト、場ノ【古代の機械巨人】デ融合召喚!【古代の機械超巨人】!」

 

 

―!

 

 

【古代の機械超巨人】レベル9

ATK/3300 DEF/3300

 

 

 

「…さっそく大型モンスターを呼び出してくるか…」

「ひゃはは!さっさとくたばっちまえ天宮寺!」

「『出来損ない』に負けたお前程度じゃ、竜胆には勝てねぇんだよ!」

 

 

 

自分達が手駒として扱っている大蛇が、大型モンスターを召喚したことによる優勢で亜蓮と大治郎も気を良くしたのだろうか。

 

自分達が戦っているわけではない癖に、その口調を益々強め、鷹矢へと向かって敵意を放る彼らの佇まいは…

 

虎の意を借る狐の如く、ただ与えられただけに過ぎない『駒』の尻馬に乗っているだけだというのに…ソレを、全く恥じることをしていないどころか、まったく気付いてもいないよう。

 

…だからこそ、そんな輩に何を言われたところで、鷹矢が動じるわけもなく。

 

 

 

「ふん!だからどうしたと言うのだ!罠発動、【威嚇する咆哮】!このターン、お前に攻撃宣言はさせん!」

「…ガ…」

 

 

 

だからこそ、大蛇が召喚した巨大なモンスターと対峙しても、全く慄いた様子もなく鷹矢は立ち向かうのみ。

 

そう、確かに竜胆 大蛇の本来のデッキである、【サイバー】に対しての策がこの戦いでは意味を成さなくとも、そんなコトは鷹矢には関係ない。

 

そう、いかに【古代の機械】のモンスター達がその攻撃時にこちらの策を封じてくるのだとしても…だったら、それより前に動いてしまえばいいだけ。

 

これまで先行は中途半端な守りで終えていた鷹矢とは違う、十文字 哲との戦いで学んだ守りの策を、今この場において発揮するだけなのだから。

 

 

 

「ちっ、諦めの悪いガキだぜ。」

「…ターン…エンドォ…」

 

 

大蛇(『駒』) LP:4000

手札:6→4枚

場:【古代の機械超巨人】

【古代の機械飛竜】

伏せ:無し

 

 

 

「俺のターン、ドロー!【シルバー・ガジェット】を召喚し、【レッド・ガジェット】を特殊召喚!【イエロー・ガジェット】を手札に!」

 

 

 

【シルバー・ガジェット】レベル4

ATK/1500 DEF/1000

 

 

【レッド・ガジェット】レベル4

ATK/1300 DEF/1500

 

 

 

そうして紫魔達の野次にも、そして動くことを許されずにターンを終えた大蛇すら意に介さず、自らのターンに入った瞬間に、素早く動き始める鷹矢。

 

途切れることなく場にモンスターを並べるその様は、まるでレベル4モンスターを場に揃えることなど、どんなことよりも簡単なのだと言わんばかりの勢いを見せていることだろう。

 

…繰り出すは、先ほど紫魔の二人が『低俗』と馬鹿にしたエクシーズモンスター。

 

いかに彼ら紫魔が融合召喚に誇りを持っているのだとしても、その間違った思想を打ち崩すことなど、鷹矢にとっては造作もないことに違いない。

 

自らが背負う天宮寺の名において…エクシーズを馬鹿にされたままでは終われない。

 

 

 

「2体のモンスターでオーバーレイ!エクシーズ召喚!ランク4、【恐牙狼 ダイヤウルフ】!そしてそのまま効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、ダイヤウルフと貴様の【古代の機械超巨人】を破壊する!」

「ヌガァ!【古代の機械超巨人】ノ効果発動ォ!場ヲ離レタ瞬間、Exデッキカラ【古代の機械究極巨人】を特殊召喚!」

 

 

―!

 

 

【古代の機械究極巨人】レベル10

ATK/4400 DEF/3400

 

 

 

そんな鷹矢の手に食い下がるようにして、すかさず新たな機械の巨人を召喚した大蛇。

 

いかに機械巨人達の召喚条件に制約がついていようとも、その召喚無視して守りを固めようとしているのだろうか。先ほど鷹矢が自らの攻撃を防いできたように、次々と攻撃力の高い後続を呼び出して。

 

 

…とはいえ今の彼の姿は、竜胆 大蛇をよく知る人間からしたら、まるで鋼鉄の箱の中で身を守っているようにも思えるだろう。

 

 

すり抜けるように躱すのではない。今までの大蛇の信条であった『身軽さ』を、自ら閉ざしてしまっていることにも、『闇』の中にいる今の彼は気付くこともできず。

 

 

 

「無駄だぜ!いくらお前がモンスターを破壊したって、モンスターが途切れることなんてねぇよ!」

「身の程を知れガキが!お前程度じゃ『駒』には…」

「知ったことか!罠カード、【エクシーズ・リボーン】発動!ダイヤウルフを蘇生し、このカードをオーバーレイユニットにする!続いて魔法カード、【エクシーズギフト】を発動!ダイヤウルフとギアギガントXのオーバーレイユニットを1つずつ使い、デッキから2枚ドロー!」

 

 

 

だからこそ、鷹矢もその手を止めない。

 

『闇』に飲まれて自らを失っている相手など、所詮敵では無いかの如く。

 

今まさに正面から打ち破らんとしているその雰囲気のまま、亜蓮と大治郎の野次など意にも介さず、鷹矢は次々と手を進めて立ち向かうのみ。

 

 

 

「【死者蘇生】を発動し、【ゴールド・ガジェット】を蘇生して効果発動!手札の【イエロー・ガジェット】を特殊召喚し、その効果で【グリーン・ガジェット】を手札に!2体のモンスターでオーバーレイ!エクシーズ召喚!ランク4、【鳥銃士カステル】!」

 

 

 

―!

 

 

【鳥銃士カステル】ランク4

ATK/2000 DEF/1500

 

 

 

止まらぬ展開、鳴り止まぬ召喚音。

 

祖父から受け継ぎし才能を思う存分発揮し、【決闘祭】で鍛え上げられた地力によってまるで留まることを知らないかの様。

 

『闇』に飲まれた竜胆 大蛇に、全く恐れを抱かず。

 

 

 

「おい、て、天宮寺の奴、一体いつまで動く気なんだ!?」

「チッ、なんで諦めないんだよぉ、このクソガキィ!」

「ふん、カステルの効果発動!オーバーレイユニットを2つ使い、【古代の機械究極巨人】をExデッキへ戻す!」

 

 

―!

 

 

【古代の機械超巨人】から始まった、次々に大型の後続を呼びだすこの守りも…

 

究極巨人のトリガーが破壊だということを見逃すはずが無い今の鷹矢にとっては、いかに巨大な鋼鉄の箱とてただの『的』にしか過ぎないのだろう。

 

天空から標的を狙いし銃士の一発がその『的』を射抜くとき、大蛇の墓地に眠りし3体の【古代の機械巨人】は、一体たりともこの大地に蘇ることは叶わない。

 

そうして大蛇の場に残ったのは、鷹矢のモンスターと比べても小さな、機械仕掛けの飛竜のみ。

 

 

 

「バトルだ!【ギアギガントX】で【古代の機械飛竜】に攻撃!」

 

 

―!

 

 

「グォッ!?」

 

 

 

大蛇(『駒』) LP:4000→3400

 

 

 

そうして、鷹矢の駆る機械兵の一撃によって、成す術なく機械飛竜が破壊されていって。

 

生み出された衝撃によって、思わず大蛇がその片膝を崩して体勢を崩しかるその光景は、それに連なって大蛇へと襲いかかる実際のダメージと相まって、『闇』によって実体化した故に起こるモノに違いなく。

 

 

 

「お、おいおい大治郎!なんで竜胆が押されてんだよ!?」

「くそっ、天宮寺の奴…調子に乗りやがって…」

 

 

 

それが、その光景が。

 

彼らの用意した竜胆 大蛇という最大級の『駒』が、まさかの高等部1年生に押されているというこの状況が、この場にいる彼ら紫魔達にとってもあまりに衝撃的だったのだろうか。

 

 

抵抗する者へと浴びせるはずの実際のダメージが、まさか先に大蛇に襲いかかるだなんてと、そう言わんばかりに声を漏らして。

 

 

【決闘祭】では大蛇に、『実質』負けていた遊良に…

 

その遊良に、決勝戦で負けたはずの鷹矢が、何の怯みもなく大蛇に向かってくることに対して、この時になってやっと危機感を抱き始めたかの様でもあって…

 

それでも、鷹矢は全く手を緩める気など無い。

 

そのまま攻撃を控えている自身のエクシーズモンスター達に命じるのみ。

 

 

 

「終わりにしてやる!先ずは【鳥銃士カステル】でダイレクトアタック!」

「手札ノ【速攻のかかし】ノ効果発動ォ!攻撃ヲ無効二シ、バトルフェイズヲ終了スル!」

「…むぅ。では仕方ない、俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

 

鷹矢 LP:4000

手札:4→2枚

場:【ギアギガントX】

【恐牙狼 ダイヤウルフ】

【鳥銃士カステル】

伏せ:1枚

 

 

 

それでも、寸前のところで大蛇はソレを防いで。

 

…それは、相手の攻撃を涼しい顔で躱す彼本来のスタイルでは無い、追い詰められてのギリギリの防御。

 

閉じ込められて、隙間から手を伸ばして。

 

『闇』の中にいても敗北を拒む姿勢だけは、まだ彼がデュエリストであろうとしている様にも見えるだろう。

 

 

 

「ガァァ、ドロォー!【古代の機械飛竜】ヲ召喚!【古代の機械騎士】ヲ手札二加エテ【融合】発動ォ!【古代の機械飛竜】、【古代の機械騎士】、【古代の機械合成竜】、【古代の機械獣】ヲ融合ォォォォオ!」

 

 

 

そうして、ターンが鷹矢から移ってすぐに、まるで苦しみながら吼えるようにして【融合】を発動した大蛇。

 

そう、いくら『闇』に飲まれて意思を消されているとは言え、押さえつけられているが故の窮屈さは彼にとっては何事にも変えがたい苦痛であるに違いなく…

 

先ほどのダメージの所為か、その口から『闇』を漏れ出させながら。

 

この悪意と敵意に塗れて、必死になってデュエルだけは続けている大蛇の姿は、到底彼を知る人間には見せられたものではないことは必至。

 

 

 

「ユウゴウショウカァァァァン!【古代の機械混沌巨人】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【古代の機械混沌巨人】レベル10

ATK/4500 DEF/3000

 

 

 

きっと今の大蛇の姿は、彼自身も許しはしないはずだ。

 

こんな、使い捨ての『駒』として他人に顎で使われながら、縛られながら意味の無いデュエルをしている自分を…

 

 

―彼のデッキだって、許しはしない。

 

 

だから、こそ。

 

 

 

「無駄だ!罠発動、【和睦の使者】!このターン、俺のモンスターは戦闘では破壊されず、俺へのダメージも0となる!」

「ァ…ガ…」

「くっそっ、何チンタラやってんだよ竜胆ぉ!」

「何で…何で天宮寺程度に押されてんだよ!テメェ、【決闘祭】の時はもっと…」

 

 

 

ウエスト校における双璧、竜胆 大蛇と肩を並べる、『鋼鉄』の異名を持つ十文字 哲が、好んで扱う守りのカードに倣って…

 

巨大なる混沌の機械兵に対しても、鷹矢は引かず、慄かず。

 

きっと紫魔達2人も信じられないのでは無いだろうか。

 

そう、先の【決闘祭】では、出場選手の中でも十文字 哲と並んで郡を抜いていた大蛇のその実力の片鱗が、今では見る影も無いことに。

 

ソレを信じられない亜蓮と大治郎が声を漏らしたものの、その理由など、ただ大蛇を操る『権利』を与えられただけの彼らになど分かるはずも無く。

 

それを見かねたようにして、鷹矢が声を発した。

 

 

 

「…どうやら貴様らは一つ思い違いをしていたようだな。」

「…お、思い違い?」

「さっきも今も、俺が防御に使ったのはこの大馬鹿者の『好敵手』のカードだ。しかし、全くソレに対応出来ていない。…どうやら、完全に『闇』に飲み込んだことによって実力ごと押さえつけてしまい、本来の力を発揮出来ていないようだな。」

「…はぁ?そんなわけねーだろ!『闇』でデッキごと『強化』されてんのに!」

「ふん、何が『強化』だ!この男の実力は『機竜』があってこそ!…だと言うのに、ガチガチに押さえられている『力』の所為で『機竜』を使えぬ大馬鹿者など、今の俺の相手にもなっていない!」

「なっ…」

「んな、馬鹿な…」

 

 

 

そう、ここまでの大蛇の『変貌』が、闇によるモノだということは誰の目にも明らかではあるものの、ここまで実際に戦ってきた鷹矢だからこそ感じたモノがあった。

 

それは、【決闘祭】で見せていた竜胆 大蛇の【サイバー】デッキ…

 

変幻自在に姿を変え、誰にも捕まらぬ『機竜』を、竜胆 大蛇という人物が扱うからこそ、彼の力が最大限に発揮されていたと言うのに…

 

また、竜胆 大蛇という、この癖の大きい人間が唯一『友』と認めた十文字 哲が好んで常に使っている防御札に対しても、全くと言っていいほど対応が出来ていないのだ。

 

 

ーこれは、普段の大蛇では絶対にありえない。

 

 

そう、だからこそ…竜胆 大蛇という、自由に振る舞うはずの決闘者が、『闇』によって無理やりに『捕まえられている』所為で…

 

 

 

 

 

 

―身動きが、取れていない。

 

 

 

 

 

 

「『駒』だか知らんが、元より弱くしてどうする。」

「はぁあ!?」

「嘘だろ…そ、そんなことが…俺達の、『駒』が…」

 

 

 

きっと本来の大蛇であったならば、ここまで優位にデュエルを進められるわけがなかったことを、鷹矢とて重々承知しているだろう。

 

だからこそ、鷹矢も許せない。

 

大蛇の『本来』の実力が『壁』を超えたところにあって、【決闘祭】準決勝の時点の遊良を凌駕していたことは良いとしても…

 

 

ー遊良をコケにした報いとして鷹矢が倒したいのは、その時の大蛇なのだ。

 

 

決して、『闇』に飲まれて窮屈にしている彼では無い。

 

 

 

「お、おい大治郎!どうすんだって!このままだとやばいぞ!」

「くそっ、くそっ!エクシーズのクソガキがぁー!」

「ターン…エンドォ…」

 

 

 

大蛇(『駒』) LP:3400

手札:3→0

場:【古代の機械混沌巨人】

伏せ:無し

 

 

 

「ゆくぞ!俺のターン、ドロー!」

 

 

 

そうして、最終防衛ラインとして用意しておいた、取って置きの『駒』が何の役にも立っていないということにショックを受けている紫魔達などお構い無しに、自分のデッキから勢い良くカードを引いた鷹矢。

 

 

―既に、勝敗は決している。

 

 

何時までもこんな奴らに付き合ってやるつもりなどないと、そう言わんばかりのその勢いは…

 

鷹矢が『壁』を超え、自ら勝ち取った実力が後押ししていて、留まることを知らないかのよう。

 

 

 

「…調子に…乗りやがってぇ…」

 

 

 

もしも竜胆 大蛇が押さえつけられていないまま敵として現れていれば、鷹矢もどうなっていたかは分からなかっただろう。

 

まぁ、この場にいる紫魔達の精神力では、彼らよりも強者である大蛇を操ることなど出来はしないのだから…大蛇が『こうなる』ことは、ある意味必然ではあったのだろうが。

 

恥辱に体を焼かれ、わなわなと震えて顔を歪めている大治郎が何かを呟いたことにも、鷹矢は全く気にも留めず。

 

そうして、そのまま鷹矢は最後の一撃を食らわせんとして、己の手札からカードを取ろうとした…

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「…ちょっと待ったぁ!これを見やがれ天宮寺!」

「…む!?」

「だ、大治郎?急にどうした!?」

 

 

 

突然、デュエルを遮るかの様にして大治郎が大声をあげ、それによって鷹矢がその手を止めて。

 

隣に立つ亜蓮には、突然の大治郎の大声の理由がわかっていないのか、不意を突かれて驚いているままではあったものの…

 

そんな亜蓮を他所に、彼らが持つ『闇の欠片』、大治郎はその球を数度宙で振ると、彼らの頭上へと『闇』が集まり始めたではないか。

 

 

―円を描いて、輪を作って。

 

 

次第にその円の中に作り出された中に、このセントラル・スタジアムとは異なった情景が映し出され始め、まるで中継画像の如くその景色を鷹矢へと見せ始める。

 

 

そこには…

 

 

 

「…あれは…俺達の家か?…む!?貴様ら、一体何を!」

 

 

 

鷹矢にとっては見慣れた、自分達が住む家を上空から見た景色がそこには映し出されていて…それに伴って、鷹矢の口からは驚愕を孕んだ声が漏れだしていた。

 

…しかし、ただの家の映像を見せられた程度では、鷹矢が驚いたような声を挙げるはずがないだろう。

 

なぜなら…鷹矢が思わず『そう』言わざるを得ない状況が、そこには映し出されていたのだから。

 

 

 

「敵が…あんなに大量に!?」

「へっ、近くに居た『雑兵』を全部集めてやったぜ!いくらガキのお前でも、この状況を見たら俺達の言いたい事はわかるよなぁ天宮寺ィ!」

 

 

 

そう、見せられたその景色には、数えるのも嫌になるほどの、夥しい数の『雑兵』達。

 

…デュエルディスクを構え、今にも攻撃を加えそうな程に荒ぶっている姿を見せつけていて。

 

その不気味なくらいに集合した敵の一団が、彼らの住む家を取り囲むようにして蠢いているのだ。

 

まだ命令が下らないのか、その足を家の敷地内には入れては居ないものの…一声挙がれば、すぐにでも攻撃を加えてしまうことは必至。

 

 

 

「貴様ら…一体どこまで腐れば気が済むのだ!」

「知るかよそんなこと!お前が俺達に逆らったのがいけないんだぜ!」

「お…おぉぉお、流石大治郎だぜ!ひゃはははは!形勢ぎゃくてぇぇぇえん!」

 

 

 

そう言って鷹矢へと脅迫まがいの台詞を吐く大治郎の言葉は、本気で鷹矢たちが住む家を、中にいる虹村、大門 ミヤコ、そしてルキごと吹き飛ばすことに、なんの罪悪感も抱いていないようであって。

 

これは、いわば人質。いくら鷹矢がデュエルで優位に立っているのだとしても、このまま続行することを許さないという、彼らの脅し。

 

通常、こんな場面に追いやられてしまえば、手が止まってしまうことは必至。

 

まともな精神の持ち主であれば、この危機的状況で迷いが生じること間違いないだろう。だからこそ、形勢逆転と言わんばかりの口調のまま、大治郎は鷹矢へと向かって言葉を続けて。

 

 

 

「へへっ、今ここで俺がちょっと命じれば、あんな家なんて一瞬で焼け野原に出来るんだ、確か家の中にはまだ人が居るんだよな?」

「…む?」

 

 

 

…そんな大治郎の『中に人が居る』という言葉を聞いた鷹矢が、その瞬間にこの光景から『興味を失った』ような雰囲気になったことにも紫魔達は気がつかぬまま…

 

 

 

 

 

 

 

「…な、何これ…何でこんなに沢山居るの!?」

 

 

 

突如、ルキの声が『闇の円』の向こうから聞こえて。

 

きっと、敵に家を囲まれた危機感からだろうか。

 

玄関から飛び出してきたルキが、門の外から『命令』を待って呻いている『雑兵』達の、その数のあまりの多さに顔を引きつらせて驚いた様子を見せていた。

 

100や200では済まない、もっと多くの『敵』が虚ろな目をして家を取り囲んでいるのだ。その気持ち悪さと圧迫感は、きっとこの場にいるルキにしか感じ得ない感情だろう。

 

また、その光景を見て気を良くしたのだろうか。2人の紫魔達はいやらしく口元を歪め、ただ鷹矢の敗北だけを命じ始めて。

 

 

 

「ひゃははは!これで俺達の負けは消滅したってことだ!」

「お前が今ここでサレンダーしたら攻撃は止めてやるよ!でもそうしたらお前もあの女も仲良く俺達の手駒になるだけだけどよ!」

「…ふん。」

 

 

 

そんな彼らだったからか、鷹矢がうんざりしたように…まるで呆れ果てたかの様にして息を吐いたことにも気がつけない。

 

 

 

―ゆっくりと手を動かし、手札から一枚のカードを取って…

 

 

 

 

 

 

「俺は【ブリキンギョ】を召喚!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

【ブリキンギョ】レベル4

ATK/ 800 DEF/2000

 

 

 

「なっ!?」

「はぁぁぁあ!?」

 

 

 

幼馴染を『人質』に取られ、住む家すら焼け野原にするという脅迫を受けているにも関わらず…

 

サレンダーしろという命令など聞こえなかったかのようにして、鷹矢の場には機械仕掛けの魚が跳ね、先ほどと同じようにデュエルを続行し始めた鷹矢。

 

 

 

―その、突然の鷹矢の行動。

 

 

 

…まさか、この状況下においては少人数の犠牲よりも、『異変』自体の解決を選んだというのだろうか。

 

紫魔達には、鷹矢の態度が『そう』としか思えないのだろう。

 

そんな、信じられないようなモノを見る目で、目と口を開けている亜蓮と大治郎が、鷹矢を見て叫ぶ。

 

 

 

「なっ!?なななななんでお前サレンダーしないんだよ!あの女がどうなってもいいってのか!?」

「…無駄な事を。あの程度の敵をいくら揃えようとも、全く持って意味など無いというのに。」

「ぐっ…ま、まさかお前がそこまで非情になれるなんてな…で、でも天宮寺ィ、こ、これでお前も俺達と同類だぜ!所詮、自分さえ良ければ他人なんて、ど、どうなっても構わないって思ってるんだよお前も!」

 

 

 

そう、紫魔2人からすれば、鷹矢はどこまでも非情に徹していると思えるのだろう。

 

確かに、人は自分一人では手に負えないような厳しい状況に追いやられたときに、とてつもなく非情な選択を迫られる時がある。

 

そこでどんな選択が取れるかによって場面は常に変化し、時には大勢のために最も大切な一人を犠牲にしなければならない場面が存在することは、疑いようのない事実なのだ。

 

しかし、いくら幼馴染を人質に取られたからとは言え、大勢のために一人を犠牲にすることに躊躇すらしないこの鷹矢の立ち振る舞いは…

 

 

 

到底、『異変』に巻き込まれた一般人が取れる態度ではない。

 

 

 

一体どうして何の迷いも無く、即座に幼馴染を切り捨てる選択が出来るのだろうか、と。

 

 

―彼らには、不思議でたまらない。

 

 

そんな、どこまでも腐った思考で鷹矢を考えている2人へと、鷹矢は向かって…

 

 

 

 

 

「貴様ら、また一つ思い違いをしているぞ?」

「…は?」

「テ、テメェ…な、何言って…」

「あんなモノが、ルキに通用すると思っているのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―!!!

 

 

 

 

 

 

 

そんな、鷹矢が言葉を放った瞬間に、同時に聞こえてきたモノがあった。

 

紫魔達が作り出した『闇の鏡』の向こうから…決して聞き間違えることなどない、誰も聞いたことのないような、そんな『音』…

 

 

 

 

 

―これは、咆哮。

 

 

 

 

 

神聖なりしその響き。

 

竜の声、それも、透明にも感じるほどに透き通った、畏怖すら感じる天上のモノ。

 

 

目が眩むほどに眩く光り輝いた天空から、後光と共に降り立つように…巨大な『何か』が決闘市の東地区、そのほんの一角へと向かって降臨しているのだろうか。

 

 

眩き光を降り注がせ、下賎なる『闇』など近づいただけで蒸発して消えていってしまいそうなほどに、それは決闘市に降り注いでいて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アルティマヤ・ツィオルキン】レベル0(12)

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…え…?…は?…うぇ!?」

「…え……え?……えぇ!?」

 

 

 

声にならない音とともに、言葉を忘れてしまっているかのような振る舞いを見せる紫魔達二人。

 

 

動揺し、困惑し、混乱し、狼狽える。

 

 

その冷静さを失い慌てふためき始めた様は、彼らによって引き起こされたこの『異変』の中にいる一般人と同じ振舞いと言われても当てはまるほどに、今の紫魔達二人は取り乱していて。

 

 

そして二人同じタイミングで息を吸い込み、まるで示し合わせたかのようにして、同時にその口を開いて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「何で神のカードがぁぁぁぁあ!?」

「何で神のカードがぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

…きっと、紫魔達だけではない。

 

 

 

誰であっても、この光景を一目視界に入れてしまえば…絶対に彼らと同じコトを言うだろう。

 

 

 

 

―【神】のカード。

 

 

 

 

ー知らない人間など居ない、知らなかったら人間ですらない。

 

 

 

それほどまでにこの世界における【神】と呼ばれる『現存』する存在は、誰もが知っていて…

 

 

そして誰もが手にすることを『絶対に』許されない存在。

 

 

 

 

 

―神話で語られ、伝承で紡がれ…

 

 

 

 

 

太古の昔から人々が恐れおののき、決して人間程度の手に負える存在ではない天上の力…

 

 

他の追随を許さぬ、文字通り【神】として崇め奉られる、唯一無二なる孤高の姿。

 

 

そんな彼らが今見ているのは、誰もが知る御伽話の…誰もが知っている、逆らうことを許されない存在。

 

 

 

―『竜の伝承』に描かれた…

 

 

ー赤、それも、深紅に染まりし竜の【神】。

 

 

 

 

…それが、今彼らの目の前に。

 

 

 

 

―!!!

 

 

 

 

…ルキを守るかのようして、高らかに鳴り響く咆哮。

 

 

少女の真っ赤な髪がその声に揺られ、それに伴い意識が無いはずの『雑兵』達も、その場で呻くことすら許されてはいないかのようしてただ立ち尽くしているだけ。

 

 

その『声』を、一体何人が聞いているのだろうか。

 

 

その姿を、一体どれだけの人間が目にしているのだろうか。

 

 

 

それでもこの『現実』は、決闘市に突如として起こった『異変』などよりも、更に『非現実』な事実となっていて…誰の信じられる範疇をも超えていることだろう。

 

 

 

―それは、絶対にありえないコト…絶対に、理解出来ないこと。

 

 

 

 

それがこの決闘市の、その東地区の…この片隅に確かに起こったのだ。

 

 

 

 

そう…

 

 

 

 

 

 

―たった一人の少女のために、神が降臨するなど。

 

 

 

 

 

ー絶対に、理解できるはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

「行くよ…場にカードを1枚セットして、【アルティマヤ・ツィオルキン】の効果発動。…おいで、【レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト】!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

【レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト】レベル8

ATK/3000 DEF/2500

 

 

 

そして、竜の【神】に呼び出され現れる、更なるモンスター。

 

悪魔を宿したとも言われるその雄叫びは、『竜の伝承』の中で語られる姿と相まり、『闇』よりも荒れ狂っているかと錯覚するほどに熱く燃えていて…

 

 

―彼女の内に眠る『力』の、ほんの一角。

 

 

しかし全てをさらけ出せぬ彼女の、文字通り『傷だらけ』を表した…精一杯の力の放出が形作った一体の【神】の眷属。

 

まるで、その体の内側から弾き飛びそうに溢れ出んとして暴れる『神』の力を、この少女の体一つで抑えているのだ。

 

 

…幼少の過去、師のほんの出来心と好奇心から、師を相手に『力の欠片』の放出を試したあの時…

 

 

その小さな体が『崩壊』しかけた恐怖は、当人であるルキはもちろん、それを見ていた遊良と鷹矢の心にもトラウマとして刻まれていて。

 

それでも、師の特訓と体の成長に伴い、何とか『力』に対抗出来るだけの自意識を持つことは出来てはいるが…あれから10年経った今でも、回数を重ねる度に彼女の体が『危なく』なることには変わりなく。

 

 

 

―だからこそ…

 

 

 

「ビックリしたけど…でも一気にきてくれて助かったよ。【レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト】の効果発動!全部吹き飛ばして!スカーライト!」

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

―爆音と、轟音。

 

 

弾け、爆ぜ、轟き、燃える。

 

 

そして、それよりもなお高らかに決闘市に鳴り響くは…気高き魔竜の轟きと、深紅に輝く竜神の咆哮。

 

 

敵がルキ目掛けて召喚していた、そのモンスター達のほとんどが原型を留めていることを許されず…

 

 

そのあまりに大きな衝撃は、ソレを召喚していた『雑兵』を飲み込んで燃え上がるのか。

 

 

轟音を掻き消す神聖なる竜の咆哮は、如何なる下賎な『闇』をも消滅させる、まさに【神】の声となって街に響いていて。

 

 

 

「ガァァァァァア!」

「ギバァァアア!」

「ブッバァァァァァア!」

「ギョボォォォォア!」

「ビバァァァァアッ!」

「ルヴォオアァァア!」

 

 

 

―…

 

 

 

 

破壊されたモンスター一体による相手へと響く衝撃は少なくとも…

 

ここに集まった『雑兵』の数を考えると、その衝撃波はかり知れないことだろう。

 

 

―全てが『相手』。

 

 

そう、ここに居る高天ヶ原 ルキを除いて、全ての『雑兵』が【神】の敵なのだ。

 

 

中には破壊耐性を持ったモンスターも居るようだが、そもそもモンスターが残っていようがプレイヤーへと与えられたダメージを回避する方法など、雑な手しかとれない『雑兵』達が対応できるはずも無く。

 

 

…一瞬の轟音によって、全ての敵が吹き飛ばされていく。

 

 

 

―!!!

 

 

そして、再び竜の【神】の咆哮が響いた時…

 

LPが強制的に0となったことにより倒れた人間達から放出された、その凄まじい量の『闇』が…

 

その咆哮の響き一つで、全て蒸発してくではないか。

 

 

これはまさに、そこに一人立っている少女を守っている以外に、その言葉を形容などできるはずがないだろう。

 

 

また、敵は一人残らず爆炎によって吹き飛ばされてはいるものの、建物自体に被害は無く。それが神の力によるものなのか、はたまたルキの意思によるものなのかは不明ではあるが…

 

 

 

「…痛ッ…あぁもう…痛ったいなぁ…体中痛くなるんだから来ないでよ…もう…」

 

 

 

それでも【神】が、たった『一人の少女』のために降臨したという…

 

この『ありえない』状況に勝る光景など…悲鳴の中にある決闘市と言えども存在しないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから言ったのだ。無駄だとな。」

「……な…何が…起こったんだよ…あの数を…一瞬で…」

「な、何で…神…が…」

「ふん、貴様らに知る権利などない!それにまだ、デュエルは終わってはいないのだぞ!【ブリキンギョ】の効果で【グリーン・ガジェット】を特殊召喚し、レッドを手札に!2体のモンスターで、オーバーレイ!」

 

 

 

そんな光景がたった今目の前で繰り広げられたというにも関わらず、先ほどと同じ、デュエル続行の姿勢を崩さない鷹矢。

 

『ありえない』光景を目の当たりにして、現実の中に居ないかのように放心し始めていた大治郎と亜蓮に対し…

 

そんな彼らには、話すことなど無いかの如く。

 

 

ルキが持つ…いや、与えられた【神】の力の一端…

 

 

そう、ルキの『本気』を知る鷹矢が、あんな状況に追いやられた程度でサレンダーなどするわけがないのだ。

 

ルキならば、あの程度の危機など地力で脱出できる。

 

それを理解しているからこそ、鷹矢も自分のやるべきことを、見失うことはありえない。

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれ!」

 

 

 

呼び出すは、己の身を削ってまで得た『切り札』。

 

世界に轟くその異名、【黒翼】の名の通り…

 

 

―祖父の名、王者の姿。

 

 

天に羽ばたく雄雄しき翼と、神すら切り裂く鋭き牙が『闇』の中でも輝いて。

 

最も嫌悪する相手に倣い、無意識にその姿をなぞらえるかのようにして…

 

 

―鷹矢は、叫ぶ。

 

 

 

「エクシーズ召喚!現れろ、ランク4!【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

「ガ…ァ…コク…ヨク…」

「…け、【決闘祭】のはマグレだったんじゃ!なんで【黒翼】が呼べ…」

「お、お前ぇ!俺たちに逆らったらどうなるか…」

「聞く耳など持たん!!【ダーク・リベリオン】の効果発動!混沌もろとも吸い尽くせ!紫電吸雷!」

 

 

 

そうして、このセントラル・スタジアムに充満している『闇』よりもなお深い漆黒に輝いている翼が舞い上がり…

 

その叫びによって『闇』が散り、牙によって引き裂かれていく。

 

今大蛇の場にいる混沌の巨人が…いや、彼に憑いている『闇』本体が、先ほどこの決闘市に降臨した【神】によって慄いていると言うのに…

 

 

その『異質』なる存在の気配を知っていても、なお嬉々として獲物を狩る牙竜の姿はまさに神にすら歯向かう者の姿であって。

 

 

…紫電を纏い、混沌を喰らう。

 

 

神をも恐れぬ立ち振る舞いは、まさに彼の主とその孫を現していることだろう。

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500→4750

 

 

【古代の機械混沌巨人】レベル10

ATK/4500→2250

 

 

 

「ガガ…ガァ…」

「ゆくぞ、バトルだ!【ダーク・リベリオン】よ、あの大馬鹿者の『闇』を断ち切れぇ!」

 

 

 

混沌を己の糧として、漆黒の翼を広げて飛び立つ牙竜。

 

荒々しいその咆哮は、まるで目前の壊れかけの機械人形ではなく…決闘市に降臨した、【神】そのものを狙っているかのよう。

 

 

何も恐れぬ、誰にも媚びぬ。

 

 

邪魔するものを、全て貫く牙とともに…

 

 

 

ーそれは、轟く。

 

 

 

 

「斬魔黒刃、ニルヴァー・ストライク!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ギャアアァァアッ!」

 

 

大蛇(『駒』) LP:3400→900

 

 

 

そうして混沌に染まりし機械巨人が、神をも恐れぬ黒翼牙竜の雷牙によって貫かれ、その衝突が凄まじい衝撃となり、プレイヤーである大蛇へと襲いかかった。

 

 

…吹き飛ばされ、転がっていく。

 

 

単純な戦闘ダメージではない。『闇』をも己の供物として喰らった、牙竜の一撃がそのまま沸き起こるのだ。

 

『闇』に飲まれて意識の無い者でないと、まず耐え切れる衝撃では無いし…そもそも意識が無いのだから、耐え切るどころの話しではないだろう。

 

鷹矢とてそれをわかっているからこそ、フラフラになりながらも『闇』によって無理やりに立ち上がらせられた大蛇の痛々しいその姿を目にして…

 

 

 

「…大馬鹿者よ、今楽にしてやる。これでトドメだ、【鳥銃士カステル】でダイレクトアタック!」

 

 

―!

 

 

宣言とともに、天に浮かぶ銃士が放った小さく鋭い一発が、満身創痍であるにも関わらず、無理やりに立たされている大蛇に最後の一撃を食らわした。

 

 

「ガッ…ガフッ……」

 

 

大蛇(『駒』) LP:900→0(-1100)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

静かなる、解放の音。

 

そう、セントラル・スタジアムに鳴り響いた無機質な機械音が、深遠の『闇』に囚われている男の解放を、確かに鷹矢へと知らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、『出来損ない』の癖に、まさかこれほどとは…」

「バトルだ!【堕天使ルシフェル】で、【D-HERO Bloo-D】を攻撃!背徳の一閃、バニッシュ・プライド!」

 

 

―!

 

 

 

「きゃぁーッ!」

 

 

ヒイラギ LP:800→0(-300)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

古びたスタジアムの、そのエントランスに鳴り響いた無機質な機械音。

 

デュエルが始まってから、そう時間は経っておらず。

 

つまりそれは、意気揚々とデュエルを仕掛けてきたヒイラギの健闘も空しく、ほんの少しの時間遊良の足を止めたに過ぎない結果となっていることに他ならない。

 

 

それが例え、【決闘祭】で見た地紫魔である紫魔 ヒイラギのデュエルとは、全く異なる戦い方であっても。

 

 

また遊良も同じ、セントラル・スタジアムで大治郎が鷹矢に見せた、ルキを人質に取るという『光景』と、全く同じ映像を彼女に見せられたというのに…

 

鷹矢と同じく、全く怯まずに向かってきた遊良に、ヒイラギは負けたのだ。

 

『闇』による実際のダメージ。

 

それは、ヒイラギとて条件は一緒。LPが0となるダメージをその華奢な身に受けたことで、息も絶え絶えな様子。

 

 

 

「…ゲホッ…ま、まさか【神】とは…ど、どうりで、人質にも…怯まなかったわけですわ…」

「…怯まなかったわけじゃない。ただ、すぐにでもお前を倒して戻りたかっただけだ。…幸い、もうルキの近くには敵が居ないみたいだけど。」

 

 

 

鷹矢がルキの心配をしていないのは、鷹矢がルキの実力の高さを知っているからではあるが…

 

それに対して、遊良が心配しているのはまた違う部分。敵ではない、彼女自身の『力』その物に対する心配が、遊良にはある。

 

 

―『遊良…私だって、戦えるよ?』

 

 

ルキのその言葉を、遊良とて疑ってはいない。

 

彼女がどうしても戦わなければいけない状況に陥った時には、彼女自身の手で切り抜けねばならないのだし…それだけの力が彼女にあることは、遊良もよく知っている。

 

 

だから、こそ。

 

 

無駄で危険で、不必要で得にもならない戦いを、ルキに強いるわけにはいかないのだ。

 

 

神と言う存在が本当に居るのだとしても…所詮、当に見放されている遊良からすれば、【神】のカードなどどうでも良く。

 

何においても幼馴染のルキを守りたい一心、ただ、それだけのこと。

 

それでもヒイラギが見せてきたあの光景のその後を見るに…ルキの手によって、彼らの家付近にいた全ての『雑兵』が吹き飛ばされて『闇』を放出した様子。

 

周囲に敵は居らず、この『核心』に迫った状況まで辿りついたことを視野に入れると、今急いで戻るよりもこのまま進んで『異変』の解決を図るのが先決だということを、遊良は即座に理解したのか。

 

満身創痍のヒイラギへと詰め寄り、口調を荒くし問い詰める。

 

 

 

「さぁ、全部吐いてもらうぞ!お前がこの混乱の首謀者なんだろ!?それに、大体何でお前が【D-HERO】を持っているんだ!それは【紫魔】の…まさか『黒幕』って!?」

「…ホホ…グフッ…た、ただの借り物ですわ…そ、それに…何を、言ってらっしゃるの…かしら…私も、ただの手駒に過ぎませんの…よ…」

「…ぐっ、だったら黒幕は誰だ!どうやったら混乱を解決できるんだよ!」

「…」

「おい!紫魔 ヒイラギ!おいっ!…くそっ!」

 

 

 

しかし、遊良の切羽詰ったような問い詰めに、ヒイラギからの返事は無く。

 

実際に受けたダメージによって、その意識を失ったようだ。

 

その様子に、やっとの思いで辿りついた核心だというのに、その真相を知るであろう彼女が物言えぬ状態になってしまったことに対して遊良が苛立つのも無理は無いだろう。

 

人質にすらなっていなかったとは言え、何よりも大切な幼馴染であるルキを引き合いにだされたことと…

 

何の成果も得ることができず、ただヒイラギを吹き飛ばすだけの結果に終わってしまったことに対する不甲斐なさが、この先の不穏さを良く現しているようであって。

 

これでは、外でこの古びたスタジアムに敵が入らないように食い止めてくれている蒼人にも申し訳が立たないのか。

 

 

…それだけでは無い、セントラル・スタジアムに向かった鷹矢の様子もわからなければ、ルキの身から危機が去ったわけではないのだ。

 

 

…まぁルキに関しては、【神】の神聖なる咆哮によって、ルキがいる家の周囲から彼女に害をなす下賎なる『闇』が根こそぎ消し去られているのだが…

 

そんなことは遊良だけでなく、ルキ自身にだって知りえたことではないのだろうけれども。

 

 

…しかし、どうしたものか。

 

 

ここで気絶している様であるヒイラギを、一度家に連れ帰って…拷問ではないにしろ、意識が戻った時に色々と情報を聞き出すのがいいのか…それとも、そんな時間など無いのだから、他の場所を探す方が先決か…

 

 

そんなことを、遊良が考え始めた…

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

「なっ、何だこれ!?」

 

 

突然、古びたスタジアム全体が振るえ…いや揺れ始めて、老朽化した建物が軋み始めて悲鳴を上げて。

 

まるで地震の如きその揺れが、ここにいることの危険さを遊良へはっきりと伝えてくれてはいたものの…

 

それと同時に遊良の目には、その振動の正体がはっきりと見えていて…その原因の場所を教えてくれている。

 

 

 

「ス、スタジアムの方から…『闇』が…」

 

 

 

そう、ソレを遊良が、見間違うはずが無い。何せ、ついさっきソレに囲まれて飲み込まれそうになっていたのだから。

 

遊良が戦っていたエントランスから見える、今では使われていないはずのメインスタジアムへと繋がる巨大な扉の間から…

 

 

―漏れ出す『闇』、潰れそうな圧力

 

 

そう、この古びたスタジアムの、その中心にかけて振動が強くなり…メインスタジアムの扉の奥から、溜まりきれなくなった『闇』が漏れ出しているのだ。

 

 

 

「…他の場所…じゃない。こ、ここが…この奥に…」

 

 

 

この階段の上、メインスタジアムに…

 

 

黒幕が…いる。

 

 

 

鷹矢ほどの超直感力は無いものの、漏れ出してきている『闇』の純度と重さから、『そう』感じた遊良。

 

 

 

―そう、この先に核心があると、確信したのだ。

 

 

 

「…い…行くしか…ない…」

 

 

先ほど遊良が考えていた、ヒイラギを連れて戻るという選択肢が即座に消滅し…

 

 

外で耐えてくれているであろう蒼人と、罠かもしれないセントラル・スタジアムに向かってくれた鷹矢と、家を守ってその身を傷つけてくれたルキのためにも…

 

 

最も核心に近づいたであろう自分が、何が何でも真実を突き止めなければと、そう言わんばかりの遊良。

 

 

ヒイラギから離れ、ゆっくりと階段を昇り始め…

 

 

そうして、『闇』が溢れているメインスタジアムに繋がる扉へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「全て…計画…通り…ですわ…」

 

 

誰にも、決して聞こえぬ声で…そう呟かれた一人の少女の声は…

 

 

この古びたスタジアムに吸い込まれて…

 

 

静かに、消えていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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