遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
―かつて、決闘界の歴史の中でも並ぶ者など存在しない、『鬼才』と謳われた人物が居た。
6歳という異例の幼さで王座に着いた才覚も然る事ながら、彼だけが持つ特別な英雄達の織り成す、次々に繰り出される容赦の無い彼の圧殺に誰もが目を奪われ…
数多の挑戦者たちに底知れぬ恐怖を与えて、まさに立ち直ることを許されないほどの『才能』の違いに、世界中の人々が熱狂していたのは歴史上でも証明されていることだろう。
政界、財界、官界…そして決闘界の全ての中に強い繋がりを持つとされている、世界にも類を見ない程の巨大な一家系である、『紫魔家』。
その全てを統べるその男から発せられる気迫は、有象無象のような他の英雄使い達とは一線を画する凄まじい決闘と相まって、まさに恐怖そのものと言えたのであって。
だからこそ、30年もの長きに渡り【紫魔】の名を守ってきた『その人物』の急逝が報じられた時には、世界中の人間達が憐れみ、悲しみ、不安に駆られてその訃報を信じようとしなかったものの…
それでも時の流れと、新たに8歳で【紫魔】となった者の存在と相まって…人々の記憶から消えて行き、二度とこの世に現れることの無かったからこそ、その訃報は10年と言う歳月をかけて『真実』となっていたはずだというのに。
「そんな馬鹿な!本当に、ほ、本物の【紫魔】だって言うのか!?」
未だ轟音を響かせて立ち上る『闇の塔』の前に、突如として現れたこの『異変』における『黒幕』の姿を前にして、まるで信じられないようなモノを見る目で思わず声を上げてそう問いかけた遊良。
しかし、遊良のその驚きも当たり前だろう。
何しろ、年が明けたばかりだというのに決闘市のあちこちから人を飲み込む『闇』が街中に溢れ出て…人々が凶暴化して暴れ回り、街が壊され阿鼻叫喚の嵐となっているという誰もが信じられないような非現実的なこの『異変』。
その黒幕を、一体誰が予想出来たのだろうか。
いや、誰であっても予測することなど出来なかったはずだ。
―紫魔 憐造
それは10年前に『急逝』が報じられたはずの人物だったのだから。
そんな現実を目の当たりにした遊良からすれば、頭が追いつかない問題が次々に溢れ出ていることに違いなく。
死んだはずの人間が今この場に現れたことも、その人物がまさか今決闘市に起こっている『異変』の黒幕だったということも…
そして、その人物がまるで『人間』では無いかの如き気配を纏っているということも。
何せ、享年30半ばと言う当時の彼の姿から、今現在の10年という歳月を微塵も感じさせない程に今の憐造の姿は若々しく。
それは遊良からすれば、恐怖を感じる以外の何物でもない。
『先ほどもそう言ったはずだろう?今ここに私がいることが全てだ。』
「憐造…貴様、本当に生きていたのか…」
『生きていると言うのも語弊があるが…しかし、こうして話すのは久しいな【白鯨】。お前が今も意識を失わずに話せると言うことだけでも賞賛に値するモノだ。おかげで随分と早く計画を進めることが出来た、礼を言う。』
開いているのか、閉じているのか、まるでその声が『口』から発せられてはいないのでは無いかと錯覚するほどに、紫魔 憐造の形をした『何か』から届けられる『音』の響きは不気味はモノとなってこの場に居る者の耳に届けられ…
ソレが人の感情に直接作用し、嫌悪感を煽られているかのようなむず痒い揺れとなって、聞いている者の心になんとも言えないざわめきを覚えさせることはまず間違いないだろう。
「計画…だと?貴様、こんな禍々しい『闇』を使って、一体何を考えているんだ…一体私を使って何をしようとしていた!」
そして、無理やりに『闇』に閉じ込められてずっと苦しめられていたからこそ、声を荒げて憐造へと強く問いかけた砺波。
憐造の思惑も、その真意も、きっと他人に理解できるようなモノでないことは確かではあるものの、それでもこの『異変』の全てを率いているであろう憐造への怒りを露にして。
しかし、そんな砺波の怒りを受けてもなお、全く動じた様子を見せない憐造が…耳を疑うような言葉を持って、その口の辺りから『音』を発して…
『おや、さっき『娘』が言わなかったか?これは…『復讐』なのだよ。』
「む、娘!?し、紫魔 ヒイラギは『地紫魔』なんじゃ!?何でそいつを『娘』だなんて!?」
その憐造からの返答に対し、再び声を荒げずには居られない様子を遊良は見せて。
そう、何故ならたった今憐造から発せられた『言葉』が、遊良にとっては驚き以外の何物でもなかったからに他ならない。
『地紫魔』という、『紫魔本家』に継ぐ地位の家の子であるはずの彼女が、『紫魔本家』の家長でであった【紫魔】の『娘』と言う矛盾…学園でも、彼女が『地紫魔』だということは広く知られていることだというのに。
「…簡単なこと…ですわ…本家を追い出された後…今の家に養子として引き取られた…だけです…」
「追い…出された?」
「ホホ…思い出したくもない事ですわ。」
『そう、紛れもない私の血を分けた娘…それがこの子、ヒイラギだ。私と同時期に王座に居た【黒翼】と【白鯨】は無論知っていることだろうがな。そして、君も大いに私の役に立ってくれたね天城 遊良。』
「…え?」
しかし、そんな答えなど何の意味も無いかのような言葉が、再び憐造の口から放たれた。
それに伴い、遊良も思わず声を詰まらせて…突然自分へと向けられた言葉の意味を飲み込むことが出来ないのか。
そう、この場にいる、【王者】と元【王者】達の醸し出している異様な雰囲気の中で、ただ一人の部外者のような空気に包まれていた自分が、まさかそんなコトを言われるだなんて、遊良とて身構えてもいなかっただろうから。
『初めから期待などしていなかったが、君がここまで出来る子だったとは予想外だったよ。わざわざ君のために手間を割いた甲斐があったというものだ。』
「そ、それって…どういう…」
そんな、意味のわからないといった表情で固まっている遊良へと向かって、憐造は言葉を続けるのみ。
『…わからないか?天城 遊良、何故君が【決闘祭】に出場出来たのか。本来ならば…『本史』ならば、【決闘祭】に出ることすら【決闘世界】に許可されないはずの君が。』
「ほ、本…史?」
『何故イースト校で代表戦が行われたあの日、君だけが襲撃を受けずに無事で居られたのか。ヒイラギを除く他の候補者は、全て大怪我をして入院する羽目になったというのに。』
「ッ!?」
淡々と、綽々と。
まるで憐造から発せられる言葉には、何の感情も篭っていないのではないかと錯覚するほどに、その『何かの口』から響く『音』は冷たく…
不快感と寒気を同時に感じさせるような、ただ純粋な恐怖感から来る言葉の羅列に、遊良の手が震え始めたのも仕方がないこと。
聞きたくない、考えたくない…それでも聞こえてくる『音』に、どうしても目を背けたい想像が遊良の中に沸き起こってきて。
恐怖感と相まって、憐造から告げられるであろう事実が遊良の震えを更に加速させ…
『全て、私の指示の下だ。【決闘世界】の重役を操り、君の【決闘祭】イースト校代表を無理やりに承認させたのも…君が小石に躓くことなく、滞りなく【決闘祭】に出場出来るようにしたのも。』
「なっ!?そ、そんな馬鹿な!?」
憐造の形をした存在から告げられた、あまりにも衝撃的なその事実。
これまでの自分の功績や、自ら考えて選んできたはずの道筋が全て無に帰すかのような言葉と…自ら切り開いてきたはずの『今まで』が、全ては敵の思惑によるものだという、信じられない…信じたくないような衝撃が遊良を襲って。
「…ど、どうして…そんなことを…」
…だからこそ、信じたくない。
全ては、自分で選んできたはずのモノ。これまで歩んできたあの険しい道が、自らが選んできたこの自分の意思が…
まさか、他人に利用される為だけに用意されていただなんて、絶対に信じるわけには遊良にはいなかい。
しかし、そんな遊良など全く持って意に介さず。告げられたことを飲み込めていない様子の遊良へと向かって、憐造はただ言葉のような音を発するのみ。
『考えてもみろ、君が躍進をすることでイースト校は簡単に荒れる。だからこそ他の学園のどれよりもイースト校に『闇』を蔓延らせることは簡単だった。…まぁ、どこぞの孫の所為で多少憚られたが。』
「…どうりで…【決闘祭実行委員】が天城君の代表に対して、再三『確認』を取ってきても、『撤回』まではしてこなかったはずだ…。疑問に思ってはいたが…それがまさか、憐造、貴様の仕業だったとは…」
『フッ、そして【決闘祭】は感情の坩堝。君が勝ってくれるおかげで、随分と簡単に負けていった者達に『闇』をばら撒くことも出来た。何せ、君よりも戦績が下になる不名誉など、誰もが必死になって回避したいはずだからね。』
淡々と告げられるは、全て憐造の思惑通りのモノ。
…遊良は知らない、【決闘祭】での紫魔達の暗躍。『プラン』と呼んでいた計画の実行を、行っていた彼ら紫魔達。
負けていった選手達に、『闇』を取り憑かせるという行為…【決闘祭】に出場出来るほどの実力を持った学生達を『手駒』にし、街の『制圧』の兵隊にするという…ただソレだけのために。
しかし、【決闘祭】に出場する程の学生達には、そう簡単に『闇』が取り憑くはずもなく。
単なる実力の問題ではない。信念や目的や運や精神力、誰もがそれらを、初めから備えている者ばかり。いくら暗躍していたのが『火紫魔』や『風紫魔』や、『地紫魔』と言った紫魔家の中でも上位にあるヒイラギ達とは言え…
そう簡単に、操れるわけがないことは、先のイースト校の泉 蒼人の件で証明されていることなのだから。
だからこそ、遊良が勝ち残っている状況で他の学生達が負けていくことが彼ら紫魔達には必要だったのだ。
全ては、この『異変』のため。
『それに君と【白鯨】との取引は知っていた。だからこそ君が決勝へと進み歓声を浴びることで、【白鯨】の激昂を高めることの何と簡単なことか。おかげで【白鯨】に反撃も無く『闇』を取り憑かせられ、予想通りこれだけ『抗ってくれた』のだから。』
―そして、更なる憐造の思惑のため。
【決闘祭】で遊良が優勝できなければ、その場で遊良は退学、鷹峰は引退をするという、あってはならないような代償を天秤にかけてまで戦い抜いた、鷹峰が取り付けた砺波とのあの取引。
激闘を繰り広げ、痛みを乗り越え。
そうしてその約束を撤回したのも、全て自分自身で勝ち取った『結果』なのだという自信が、確かに遊良にはあったというのに…
「…じゃあ、準決勝で竜胆 大蛇がわざと俺に負けたのも…」
『全て、私の指示だ。』
「…そ…んな…」
自分の躍進も進撃も、全て黒幕の掌の上だったというのだろうか。
告げられた事実は、遊良にとっては信じられず、また信じたくもないような言葉であるに違いなく。
自分で選んで勝ち抜いて、傷付きながらも勝ち取ってきたモノだという自信が、全て崩れ去っていくような…足の力が抜け、今にも膝を突いてしまいそうな喪失感が今、遊良を襲って止まない。
「…で、でもどうして、お、俺なんかを…」
それでもギリギリの所で自分を保って、何とか崩れることを拒む遊良。
紆余曲折はあったものの、『過程』はどうあれ辿りついた『結果』は遊良が自分で勝ち取ったモノ、自分の力で撤回したモノ。
それが今の遊良の実力に繋がっていることは確かに事実で、またアレだけの険しい道を自ら選んで進んできたことが、今の遊良の自信にそのまま繋がっているのもまた事実であるはず。
それに、確かに自分がイースト校で躍進を続ければ続けるだけ他の学生達の不満が募り、それが直接的に憐造が起こした『異変』の増長に繋がったことは事実かもしれない。
いや、もし仮に憐造の言うソレが本当なのだとしても…それでも、遊良にはソレが憐造の思惑の根幹を担っているとは到底思えないのか。
そう、いくら憐造が裏で糸を引いていたとは言え、それでも世界というモノは、遊良の全てを簡単に受け入れて認めてくれるほど優しく出来ていないのだ。
遊良には知る由もないことではあるが、憐造が無理やりに遊良の【決闘祭】出場を承認させたとは言えギリギリまで遊良の出場に反対意見が出ていたことは事実だし…仮に遊良がどこかで力及ばずにあっさりと負けてしまっていれば、砺波の激昂もここまでのモノにはならなかったはず。
だからこそ、遊良には信じられない。
ここまでの被害を出すほどの『異変』を起こそうとしていた存在が、一体何故、Ex適正を持たない『出来損ない』と呼ばれていた遊良へと、真っ先に白羽の矢を立てたのかを。
ここまでの力をつけたとは言え、今よりも遥かに弱かった【決闘祭】前に…こんなにも障害や不確定要素の多い自分を、一体どうして利用しようと考えたのか、と。
そんな表情をしている遊良に対して、憐造は『声』を投げかけるように…
『別に、誰でも良かったのだが…だったら血を分けた『甥』に、少しばかりの良い夢を見させてやっても良いと思っただけだよ。』
「…え?」
そして、先ほどの衝撃とは比べ物にならない程の言葉が、確かに遊良を貫いた。
『その単語』が果たして何を意味しているのかすら、すぐには思い浮かばず。
遊良の思考が、憐造のその言葉を聞いた瞬間に思考することを放棄してしまったかのように冷えていき…
しかしそのあまりの言葉の威力に、思考を捨てることすら許されないこの空間の雰囲気が、即座に遊良の口を動かしたのか。
搾り出すように、ひねり出すように…遊良が、口を開く。
「い、今…『甥』って言ったのか!?俺と…あなたが?そ、そんなことあるわけが…」
『もっとも、君とはこれが初対面だが。何せ紫魔を捨てた、あの『裏切り者』の女とは随分と関わりを断っていたからね。』
「ッ!?」
ソレを聞いた瞬間に、冷えた頭とは反対に、一瞬で遊良の体に熱が篭って熱くなって。
―いつだったか、以前に紫魔 ヒイラギにも言われた『その言葉』。
決してソレを言う者を許してはいけないと、記憶にも無いその単語を耳にしただけで体が勝手に激昂するよう設定されているとさえ感じてしまう、無意識に熱くなって行く遊良のその体。
しかし、そんな熱くなった体を無視して、彼の思考力はさらに高速で氷点下まで冷えていき…
憐造の放った言葉の辻褄を、必死になって記憶の中から探しているかのよう。
そして…
―『とーさんがエクシーズでー、かーさんが融合だからー、俺はシンクロだったら丁度いいなー。』
憐造の言葉と、母のEx適正…
融合、シンクロ、エクシーズの、3つあるEx適正の中で、偶々、偶然、母の適正が『融合』だっただけだと思いたい遊良の思いを蹴り飛ばすかのように…
しかし、ソレがまた紛れもない『可能性』の一つであるという事実のみが、遊良の口を無理やりに開いた。
「か、母さんの旧姓って…まさか…」
『そうだ、君の母…紫魔 スミレは…いや、今は天城 スミレだったな。彼女は紛れもない、私の妹…『紫魔本家』の地位を捨て、下民との小さな幸せを選んだ紫魔家の裏切り者だ。まぁ、今となっては最早、関係も無い間柄だが。』
信じたくない、信じられもしない、しかし記憶の片隅で確かに遊良は知っている。
覚えていない、思い出せもしない、しかし物心着く前に目に焼きついた、勝手に体が激昂を促すようになった、その原因を。
遊良にとっては誰とも知らぬ人間…当時の、『紫魔本家』の関係者に、母が一方的に『裏切り者』と罵られ悲しんでいた記憶が、確かに物心着く前の遊良の心に焼きついていたのだから。
『しかし、まさか私の血を分けた『甥』がEx適正を持っていないなんて、先日に知った時は驚いたよ。そんな君が優勝までするとは思わなかったが…随分と良い夢が見られただろう?なぁ、可愛い可愛い我が『甥』よ。』
「そ、そんな…ことって…」
言葉の羅列とは裏腹に、全く感情の篭っていない『声』と表情で、淡々と事実だけを告げてくる憐造のような『何か』。
そう、憐造にとって、遊良のことを『甥』と言葉で言っていても、『情』や『血の繋がり』と言ったモノを全く感じてすらいないのだろう。
それに伴って、今までギリギリで耐えていた遊良の心に、彼の足元から這い上がってくる絶望感が染み渡り始め…喉の奥から感じる、ツンとしたような痛さが胸を刺して少年を苛み始めるのか。
―随分と慣れたはずだった、血の繋がった者のいない『孤独』
押さえようとしても、押さえられるモノではないこのどうしようもない孤独感は…大切な人達がずっと支えてくれたことでどうにか和らぎ、そうして今まで生きてこられたというのに。
しかし、両親を失い他の血の繋がりを知らぬ文字通りの『天涯孤独』だと思っていた自分の前に、突如現れた『血の繋がり』が…
―まさかこの『異変』を起こした張本人だなんて。
「あ…ぁ…」
それに加え、自分の存在を認めさせるために必死になって戦い抜いた【決闘祭】も…自分の手で勝ち取った戦績や功績のその全ても…
―倒すべき『敵』に、ずっと利用されていたというコトが…遊良の心に傷をつけ、更に深く爪あとを刻ませて。
目の前が遠くなり、意識が遠のく。
…悔しさと無力さ、喪失感と虚無感。
微かに搾り出された嗚咽のような声も、足の力を更に脱力させて、容赦なく遊良の膝を折る手助けをしているだけ。
…そうして、力なくその場に膝を突いてしまった遊良は…頭を垂れ、うなだれたまま肩を振るわせ始めた。
「…憐造、貴様ここまでして一体何をしようとしているんだ!『復讐』と言ったが…私と同じ、釈迦堂への恨みか!?ならばなぜ関係の無いこんな子どもまで巻き込んだ!」
そんな遊良を一瞥して、憐造へと向かって砺波が口を開いて。
確かに砺波も、遊良へと向かって理不尽な物言いを数多く行ってきた。
しかし、今まで抱えていた『Exデッキを使わないデュエル』への否定も、ランへの『復讐心』を拗らせた遊良への的外れな怒りも…その全てを吐ききることが出来たから今だからこそ言える言葉を発して。
己を回帰したからこそ、そのあるまじき失態を今になって悔やんでいるかのようでもあり…たった今、憐造が遊良の心を躊躇無くへし折ったことに対しても否定を見せるのか。
そんな砺波へと向かってもなお、憐造は無感情な声質で淡々と言うのみ。
『フッ…お前と一緒にするな【白鯨】。負けた言い訳を続けてきたお前と。』
「…なんだと?」
『私にとって釈迦堂などどうでも良い、全てはあの日負けた私が原因なのだから。紫魔家とはそういう場所だ…だが私にも…どうしても許すことの出来なかったことがある。』
「許せなかったこと…だと?」
彼らに忘れられるわけがない、運命を分けたあの日。
そう、10年前…時の王者3人が、まだ年端も行かないたった一人の少女…否、【化物】を相手に敗北を喫したあの日。
決して世に出ることは無いであろう事実とは言え、しかしその時の【化物】が残していった傷跡は大きかった。
だからこそ、10年という長きにわたって砺波は恨みを糧に過ごしてきたのだし、逆を言えば『10年間ずっと忘れることの出来ない程の恨み』を、釈迦堂 ランという女は王者たちに与えたはず。
そうだというのに、憐造の口から発せられるのはランへの恨みにあらず。
憐造は纏った恐怖を増していき、全く別の方向へと向けた怒りを露にし始め…
『…私にはどうしても許せない…私の娘というだけで、この子にまで害をなした『この世界』が、私にはどうしても許せないのだ!』
「なっ!?」
『何故世界はこうも醜い!敗北した私ならばともかく、何の罪も無い我が娘が、何故私の娘と言うだけで虐げられなければならないのだ!傷つけられ、弄ばれ、嬲られ、辱められ!何故!?私の娘が、何故こんな恥辱を味わわなければいけないのだ!』
憐造のような存在から語られるは、ただ一点の思いだけ。
年端も行かない、自分で生きていくことすら困難な歳で社会に放り出された自分の『娘』が味わった、醜い人間達からの羞恥と侮蔑。
かつて、『そこ』で何があったのかを知る者は、きっと当事者であった者達だけであろうが…それでも、溢れん限りの怒りを露にして、憐造は更なる憤慨を見せるのみ。
『娘の身の安全を約束する代わりに、『奴』に命まで渡したというのに…『奴』との約束は果たされず、死に行く寸前に見てしまったのだ。世界に絶望し、悲嘆に打ちのめされた娘を。』
過去、憐造とヒイラギに何があったのか…
ここまでの復讐心を得られるまでの『何か』があったことには変わり無いものの、憐造の凄まじい復讐心は、全て『娘』に代わって執り行われる彼の本意。
『娘』を嘲笑った人間を、関係の無い者まで全て含めて飲み込むのも…『娘』を厳しく突き放した世界を、関係の無い場所まで含めて全て滅ぼそうとするのも。
―全て、彼にとっての『復讐』…ひいては、『娘』のために執り行われる、理不尽な蹂躙の仕返しなのだ。
『だから私は蘇った。失意のうちに今にも消え行く命だった私の魂と、ばらばらになった私の体を【神】が繋ぎ合わせ…私に、娘の『復讐』を実行できるだけの力をくれた!だから私は世界を飲み込む!釈迦堂も、『奴』も!全ての人間を私は許さん!娘を絶望させた人間など全て消し去り、娘一人のために世界を造り変えてやるのだ!』
砺波のような『個人』へと向けた怒りではなく、『娘』を見限った『世界全て』への怒りとともに憐造の言葉は益々狂気を纏い始め…
今にも世界全体を一瞬で飲み込まんとするほどに狂い始めて。
…そう、狂っている。
全ては『娘』のためなのだと、邪悪な力によって歪んだ愛情を間違った形で世界にぶつけているだけ。
しかし、人知を超えた力によって『闇』を使役している憐造は、最早誰にも止めることなど出来ないのか。
…憐造にとって、世界の全てがどうでもいい。
娘以外の人間がどうなろうとも、全ては娘のためになればそれでいいのだと、その思いだけでこの世に留まっているのかと錯覚するほどに、今の憐造の気配は禍々しく…
「そんな馬鹿げたことを…ヒイラギさん!君はそれでいいんですか!?世界中から人々が消えた世界で、たった一人になることを!」
「…ホホ、こ、こんな腐った世界……消えるなら…本望、ですわ…」
「くっ!」
当の『娘』本人がソレを望んでいるのならば、益々止められるはずがなく。
…いや、例え本人がソレを望んでいなかったのだとしても、最早人ではなくなってしまった憐造の形をしたこの存在が、ここまで狂ってしまっていてはきっと誰の言葉も届かないだろう。
きっと憐造の内に潜む、『娘』への歪んだ愛情のみで動いている『闇』が…ひとりでに、世界を飲み込んでいただろうから。
『計画は最終段階だ。『闇』による『隔離』が完了した今、外からの手はこの街には届かん。【白鯨】の中で育てた『闇』で、先ずは娘を絶望させたこの腐った街を飲み込む。そして増大した『闇』で『この国』を飲み込む…そして最後には、『世界』の全てを飲み込む!そうすれば、全ての人間はこの世から消え去るのだ!』
増大していく憐造の『闇』、勢いを増していく『闇の塔』。
決闘市全域を包み込んだ、空を覆いし『闇』が今にも自重を崩して降り注ごうと荒ぶり…
「ホホホ…こうなってはもう誰も、父様を止めることなど…出来ません…」
今にも『闇』が弾けそうに、雷雲にも似た音が鳴り始めた…
―その時だった。
―!
突然、黒き火球が室内で弾け、爆音と共に熱風が当たり一面にまき散らかされて。
瞬間的に『闇』が地面から噴出し、その火球が憐造へと届くことは叶わなかったものの…しかし、明らかな怒気を孕んだ圧力がスタジアム内に蔓延しだしたことを、ここにいる誰もが感じたことだろう。
そうして、その声の主が明らかな苛立ちを隠さぬ声で口を開いた。
「さっきからゴチャゴチャ抜かしやがって…いい加減こっちはイラついてんだよ、テメェコラれんぞーがぁ…」
そこには、誰の目にも明らかなほどに苛立ち…怒気を隠さぬ迫力を前面に押し出して、心の底から憤怒を放出している鷹峰の姿が。
『フッ、弟子を利用されて怒るとは随分人間らしくなったものだ。』
「あぁ!?んなこたぁどーでもいいんだよこのクソが!勝手に利用されて、勝手に潰れんのはこいつの勝手だ!んなことより…俺の方もテメェにゃ晴らしてぇモンがたっぷりあんだ。忘れたとは言わせねぇ…」
『はて、そんなモノがあったか?なんだったか…』
絶望を与えられ、心を折られた弟子を一瞥することもなく。
ここで折れたまま終わるのか、それともまた立ち上がれるのかは弟子しだいなのだと、過去の経験から鷹峰は知っているからこそ、あえて彼は何も言わな…いや、鷹峰にとっては、今この時には『そんなこと』などどうでもいいのか。
ただ鷹峰に浮かび上がっているのは、憐造へと放ちたくて溜まらない、純粋なモノに違いなく。
「とぼけんじゃねぇ!俺ぁ確かに言ったぜ?『俺様を顎で使おうたぁ、覚悟しとけよ。』ってなぁ…テメェが【決闘世界】の人間を裏で操ってたネタは上がってんだ!」
以前から幾度も、『仕事』と称して鷹峰に指示を出していた【決闘世界】の重役の一人。
確かに鷹峰のような人物とコンタクトが取れ、また彼に仕事を依頼できるような人物は限られているとは言え…しかし、その裏にいた憐造のことを、『事の初め』から知っていたかのような物言いは、決して誰かのための怒りではない。
―それは、本当に周りの事などどうでもいいと思っているかのよう。
鷹峰に許せないのは、唯一つ。
「この俺様を…よくも散々こき使ってくれたなぁ!れんぞー如きが調子に乗りやがって…こっちはもうイライラしっぱなしで爆発寸前なんだよ!」
『フッ、どこまでも自分本意の人間だ…いや、貴様も既に人ではなかったか。いいだろう【黒翼】。貴様にはまだ利用価値はあったが、ここで弟子諸共消してやる。…ヒイラギ、デュエルディスクを私に。』
「なっ!?憐造、公的に故人になっているお前は『決闘権』が無いはず!それではディスクが反応するわけが…」
『フッ、そんな『人の理』など私には関係ない。…では、始めようか、【黒翼】…』
どす黒い狂気と、爆発寸前の怒りが…
…ここに、ぶつかろうとしていた。
―…
「何が…起こってるの?」
先ほどから決闘市の空を覆い始めた、曇天よりもなお暗い『闇』の広がりをその目に入れながらのこと。
先ほど守った『家』の窓から決闘市の空を見ていたルキが、不安げな声を漏らしながらそう呟いた。
家の外には、先ほどルキに一瞬で倒されて未だ意識を失っている住人たちが大勢倒れて居て…
また、未だ街の中の所々から悲鳴と争音が聞こえてくるとは言え、この辺り一帯の敵と『闇』は先ほどルキを守るために降臨した竜の【神】が消し去ったために静かになっており…しかし、今となってはこの静けさが逆に不気味にもルキは感じているのか。
「何だか…嫌な感じがするよ…遊良…鷹矢…」
そんな彼女の心配は、罠である可能性の高い場所へと自ら飛び込んでいった幼馴染達へと向けられていて。
どうにも昔から無茶を絶やさない男共を、こうして待っているだけしか出来ない自分と合わせて腹立たしく思うものの…それでも無事だけを願う彼女からすれば、どうにも心配が絶えないことに違いなく。
街に広がる『闇』から感じる、狂気染みた悪意に寒気を感じながら…ルキが再び窓の外へと目をやった…
―その時だった。
―!
静けさの向こう側から、ブルブルと震わせられる機械音が確かにルキの耳へと届けられ始め…
出て行くときにも聞いた、間違えようの無いエンジン音は紛れもない、鷹矢のモノ。
そうして、どんどん近づいてくるエンジン音が『家』の前で止まったとき…鷹矢の足音が地面に着いたと共に、勢い良く家の扉を開けたルキが飛び出してきた。
「鷹矢!」
「うむ、帰ったぞ。」
「『帰ったぞ』じゃないよ、もう!心配したんだからね!」
「心配など無用だと言っただろう。しかしこっちはあらかた片付けておいてくれて助かった。おかげで帰りが楽だったぞ。」
「…大変だったんだけどね。」
「うむ、見ていたから知っている。」
「…え?」
ルキからしてみれば、鷹矢が何故ここであったことを知っているのかが疑問ではあるだろうが、しかし詳しく話す気も時間も無い鷹矢からすれば、ここで悠長にしている場合ではないのだろう。
エンジンも止めず、バイクからも降りず。まるで、今にもどこかへと向かおうと逸っているかのようにも見える。
そんな鷹矢は、手招きをしてルキに後ろに乗るように促した。
「十文字から聞いたのだが…どうやら遊良ともう一人の男が、街外れのスタジアムに行ったらしい。」
「え、う、うん。そうだけど…」
「とりあえずセントラル・スタジアムの方は十文字に任せて先に帰ってきたのだが…しかし、十文字がそのもう一人の男との連絡が途絶えたと言ってきたのだ。遊良にも何かあったのかもしれん。」
「え!?そ、そんな!は、早く行かないと!」
「そう言っているだろうが!だからグズグズするな、早く乗れ!」
「う、うん!」
そうして、帰ってきたばかりだというのに、間髪いれずに再度別の目的地へと向かって発進し始めた鷹矢とルキ。
住み慣れたはずの決闘市から感じる、どうにも居たくないような嫌な感覚と共に鷹矢とルキが感じるのは、今ここに居ないもう一人の幼馴染が傷付いているような…そんな、言葉には形容しがたい心の内。
「十文字の方も後始末を片付けたら向かうらしいが…しかし、どうにも嫌な予感がする…」
「私も…遊良、無事でいて…」
「…ふん、この俺が無事なのだ、遊良の奴が無事でないはずがない。」
まるで、自分にそう言い聞かせるようにして…天宮寺高等計算術によって導き出された答えと共に、鷹矢は一層エンジンを吹かして疾走し始めた。
空に広がる『闇』への嫌悪と、胸の内に渦巻いた遊良の安否を感じながら。
―…