遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep65「デュエリア」

―デュエリア

 

 

それは、世界で初めて『決闘』が行われたとして知られる聖地の名。

 

きっとこの世界で、誰もが知る最も有名な都市。超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の本部を要し、古の時代の『神』が眠る地としての伝説が残る、世界に名立たる巨大なデュエル大都市の一つであり…

 

多種多様な人種が集まり、最早一つの国家と言ってしまっても遜色無いと言えるほど巨大な規模の都市に存在する、この決闘学園デュエリア校もまた、世界中で一番学生数の多い決闘学園として知られていることに違いないことだろう。

 

 

―実力が全て、強さが全て。

 

 

切磋琢磨と言う表現など生温い、蹴落とし合いが日常の修羅の場所。

 

そんな場所に建てられた決闘学園デュエリア校もまた、実力一つによって生徒達の待遇が変わる、教育機関としては珍しい完全実力至上主義であり…

 

実力不足で退学は当たり前、強ければ全てが許され、弱者が悪者になるまさに弱肉強食の世界。

 

また、東西南北の4つに分けられた決闘市の決闘学園とは違い、決闘学園デュエリア校は中央部に位置する超巨大な学園1つのみ。その超巨大な学園に、決闘市の全学生数に匹敵する数の学生達が日々鎬を削っているのだ。

 

そんなデュエリアの中央部に位置する、あちこちでデュエルの音が鳴り響いている決闘学園デュエリア校の最上階…

 

広大な学園を一望できる、特別に建てられたタワーの最上階の、最も高い場所にある学長室のその中で…

 

 

 

重々しい声が一つ、鳴り響いた。

 

 

 

 

「すまねぇなぁ二人とも。忙しいってのに、わざわざ足を運んでもらってよぉ。」

 

 

 

厳格なる雰囲気に包まれたその部屋に広がる、どこまでも重々しく響く声。

 

ゆっくりとした声ではあるものの、しかしその言動の一つ一つがこの室内の雰囲気を更に重くしているにではないかと錯覚するほどに、この部屋の中央に位置する豪華な椅子に腰掛け、堅牢なる机に片肘を突いてそう言った男の声はどこまでも重く鼓膜に響いていて…

 

そんなこの世のどんなモノよりも重い声を発せられる人物など、この世界にはたった一人しかいないだろう。

 

その重い声に負けず劣らずの、世紀末に生きているのではないかと錯覚するほどの隆々とした巨大な体躯。

 

戦場を駆け抜けたかのような傷跡に、歴戦を感じさせる重厚なオーラを纏う初老の男。

 

決闘学園デュエリア校学長、かつては『逆鱗』と呼ばれた元プロデュエリスト…

 

 

―劉玄斎、その人。

 

 

最も【王者】と拮抗した男と知られ、その実力は歴戦の【王者】達と比べても何ら遜色無いモノであることはこの世界では有名であり…

 

 

獲得した『タイトル』だけならば【王者】を含めたプロの中でも歴代一位。

 

しかし、本気で望めば【王者】にだってなれる実力と才覚を兼ね備えていたと言うのに、若輩の頃から全くと言っていい程その座に興味も持たず、まるで自分をわざと傷つけるかの如く、まさに狂った様に戦いに明け暮れる日々を送っていた『逆鱗』、劉玄斎。

 

どうして彼が【王者】の座を望まなかったのかなど、劉玄斎自身にしかわからぬ事実ではあるものの…

 

そんな激動の歴戦を駆け抜け、決闘界の伝説となり、平穏とは無縁の人生を歩んでいそうなこんな人物が、よもや幼・小・中・高等部の、デュエリアの全ての学生達を纏める『学長』という地位に就いているというのも、聞く者が聞けばおかしな話であることには違いないだろう。

 

…まぁ、『デュエリア校』という、この世界で最も巨大な決闘学園の『トップ』に就いているということ事態、この男の決闘界に残した功績が比類なきモノなのだということは間違えないようのない事実であり…

 

そんな劉玄斎は自分の目の前の立った『2人』の学生らしき少年と少女に対し、その重々しくもゆったりとした声で話しかけたかと思うと、軽く手招きをしながら再び彼らへと声をかけた。

 

 

 

「しかしまぁ、アイの方はともかく、刀利までちゃんと来るなんて驚いたぜ?何せ、お前は呼び出してもいっつも無視するからなぁクハハハハ。まぁアレだ、立ち話もなんだからよぉ、とりあえず座ってくれや。」

 

 

 

そして劉玄斎は室内にある応接用のソファへと座りなおすと、2人の学生に対し座るように促して。

 

名を呼び、労い、近況すら知っているかのようなその口ぶり。

 

高等部だけでも膨大な数の学生が居るというのに、わざわざ学長自らが特定の学生に対しこんな対応をすると言うだけでも、この2人の学生がそれだけ劉玄斎にとって何かしら特別なのだということを示していることだろう。

 

 

…しかし、劉玄斎の声に応じることなく。

 

 

呼び出されたこの2人の学生達は、学長に座るよう促されたというのにその場に立っているだけではないか。

 

 

 

「…学長…」

 

 

 

そして…

 

耐性の無い人間が踏み入れれば、その雰囲気だけで全身が竦み上がるであろう劉玄斎の重々しいオーラが充満しているこの学長室に、『少女』の方の高い声が零れたかと思うと…

 

自分達の学園の学長を前にしても、全く萎縮した様子も無く。劉玄斎へと向かって、華奢な体の『少女』がその口を開き始めた。

 

 

 

「…何でコイツも一緒なんです?ウチ、コイツと一緒だけは嫌やって、前に言うたはずですけど。」

 

 

 

お世辞にも発育が良いとは言えない、その小さい体を目一杯に伸ばし…

 

煌く金色の髪と、透き通るような白い肌を差し込む日差しに輝かせながら…はんなりとではあるが、劉玄斎へと堂々とそう言い放った少女。

 

 

 

―アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーン

 

 

 

アイという名称で皆から呼ばれる、その真っ直ぐ伸びた立ち姿が何とも眩しく美しい少女ではあるものの…

 

下手をすれば初等部の子ども達の中にも居そうなほどに小柄で華奢な体格をしている彼女は、この決闘学園デュエリア校においては彼女の事を知らない者など存在しないほどの『有名人』。

 

そんな見た目に反して紛れも無い高等部の学生である彼女は、隣に立っている少年への嫌悪感を駄々漏れに、心の底から嫌そうな言葉を漏らしていて。

 

その小鳥のさえずりのような高い声で、隣に立つ少年を親指で指差し…はんなりとした、しかし厳しい雰囲気で、そのまま続けて言葉を放つのみ。

 

 

 

鍛治上(かじがみ)が居るんやったらウチは帰ります。話は個人的に、また今度してください。」

「…そう言うなよなぁアイ。お前もいい加減、刀利に対してだなぁ…」

「嫌や!学長には悪いですけど、鍛冶上と一緒だけは絶対に嫌です!ウチは下がらせてもらいますわ!」

「あ?おいアイ!テメェちょっと待っ…」

 

 

―!

 

 

そして、全く聞く耳を持とうともせず。

 

そう言い放ったアイナは、劉玄斎が止めようとしたにも関わらず、いきなり憤慨して部屋の出口へとツカツカと大股で歩き始めたかと思うと…

 

学長室の重々しい扉を、その小さい体のどこにそんな力があるのかと思える程の勢いで蹴り開け放ち、そのままどこかへと歩き去ってしまった。

 

 

 

「…ったく、アイツは相変わらずだなぁおい。」

 

 

 

扉の閉まる音の余韻がまだ収まらぬ内に、頭を乱雑に掻きながら劉玄斎がそう呟いて。

 

…普通であれば学生の身分で、学園の全てを統べる劉玄斎に対してあんな口を聞くことは絶対に許されることでは無いこと。

 

しかし、去っていった少女の先ほどの態度を、まるで『いつもの事』のようにそう言う劉玄斎の口ぶりは、先ほどの彼女の態度もまた『当然』だのだと言わんばかりの呆れを含んでいたに違いなく…

 

そんな劉玄斎は一つ溜息を吐いたかと思うと、嵐が去った部屋に一人残った少年へと向かって、再びその重々しい口を開いた。

 

 

 

「すまねぇなぁ刀利(とうり)。お前にも、無理させちまってよぉ。」

「…いえ。」

 

 

 

先ほどは応じなかった劉玄斎の声に今度は応じたものの、甲高い叫びを上げたアイナとは裏腹に、今にも消えてしまいそうなほどに弱々しい声。

 

長い前髪で視線を隠し、肩だけではなく声のトーンまで落とし…

 

今にも消滅してしまいそうな存在感で、この重々しい空気の充満した部屋にはまるで似つかわしく無いと思える様な少年。

 

 

鍛治上(かじがみ) 刀利(とうり)

 

 

その姿まで見失ってしまいそうな気配もまた、この学長室の雰囲気には…いや、下手をすればこのデュエリア校の雰囲気にもまるで不釣合いなほどに弱々しいモノ。

 

その弱すぎる気配は、まるで自分の存在をわざと消そうとしているのでは無いかと思える程に覇気と言うモノが感じられず。

 

…先ほど唐突な憤慨を見せたアイナと比べ、自信無さ気に俯いたままの少年。

 

しかし、この気弱にしか見えないこの鍛冶上 刀利もまた、アイナと同じくこの決闘学園デュエリア校においては『とある意味』で有名とも言えるだろうか。

 

…まぁ、『良い意味』で有名なアイナと違って、刀利の方は『悪い意味』で有名ではあるのだが…

 

そんな鍛冶上 刀利という少年に対して、劉玄斎はさらに言葉を続けて。

 

 

 

「お前の要望通りよぉ、【決島】の代表にゃお前の事もエントリーさせておいたが…本当によかったのか?綿貫の爺ぃも心配してたぜ、お前、まだ…」

 

 

 

デュエリア校の代表も、決闘市側と同じく超巨大決闘者育成機関【決闘世界】に一任されているはずだと言うのに、さも当たり前のように刀利へと向かってそう言い放った劉玄斎。

 

劉玄斎の放ったその言葉は、ソレだけならば『不正』とも取れるようなモノであったことだろう。

 

…しかし、この少年に関してだけ言えばそれもまた不正にもならず。

 

そう、【決闘世界】の重鎮、『妖怪』と呼ばれている綿貫 景虎も『この件』に関与しているということもあってか、少なくともデュエリア校がこれで不正と言われることはないのだから。

 

…それは言い換えれば、それだけこの鍛冶上 刀利という少年が劉玄斎達にとっても『特別』なのだと言うこと。

 

それは彼の『過去』…いや、このデュエリアでかつて起きた『ある出来事』に関わることであり…先ほどのアイナの憤慨や、今にも消えてしまいそうな刀利の気配もまた、彼らの『過去』が今の彼らの関係に大きく関わっていることなのだ。

 

そして、その事情を知る劉玄斎の声に応じるように…

 

刀利は、再びその口から弱々しい言葉を発する。

 

 

 

「…劉玄斎学長。この前、電話が来たんです。…哲君と、蒼人君から。」

「あ?…おぉ、そうかぁ!あいつらぁ………何かぁ、言ってたか?」

「…【決島】に、面白い子達が出てくるから…きっと、僕も『楽しめる』はずだ…って。」

「…楽し…あぁ、そうかぁ…あいつらが、お前になぁ…」

「…プロになって、前に進んだ哲君と蒼人君がそう言うのなら…僕も…少しだけ、前に進んでみようと思います。」

「あぁ、わかった。あいつらがそう言ったんだったら…きっと…『大丈夫』なんだろうぜ。だったら、お前の好きにすりゃあいい。」

「…はい。」

 

 

 

刀利が発したその名。それは、今年度に決闘市からプロになった2人のデュエリストの名前。

 

その名が決闘市ならばまだしも、遠く離れたこのデュエリアの地で出てくること自体不思議な話ではあるものの…

 

その名を聞いて、どこか感慨深い表情をした劉玄斎に対し…依然として弱々しい声ではあるものの、刀利はどこか決意を決めたかのような言葉で劉玄斎へと意思を伝えて。

 

 

…かつて、このデュエリアの地で起こった、『とある出来事』。

 

 

簡単には言い表すことなど出来ないその出来事が、当時中等部の学生だった少年達に残した傷跡は計り知れず。

 

壮絶な戦いを経て、時には命をやり取りをしてきて…

 

 

―そして、失ってしまった命もあって…

 

 

そんな形容しがたいような、信じられないような出来ない事件を経験してしまったからこそ、少年達は今も苦悩し続けていて、そして感情を捩れさせてしまっているのだ。

 

そうして…

 

 

 

「…じゃあ、僕もこれで。」

「あぁ。」

 

 

 

伝えることを伝え終えたのか、学長室から出て行こうとする鍛冶上 刀利。

 

そんな刀利を見送る劉玄斎の目は、その巨体に似つかわしくない程の優しさに溢れていたことだろう。

 

かつて、この地で何が起こったのか。

 

学長としてその全てを知る劉玄斎だからこそ、アイや刀利、そして『その出来事』に関わった少年達が負った、心の傷の深さに対しても何か思うところがあるのか。

 

 

そして…

 

 

刀利が学長室から完全に出て行き、その厳牢なる扉が閉まり…

 

 

学長室が完全に外界と隔絶された…

 

 

―その時だった。

 

 

 

「ずいぶんとお優しいではないですか。アレが『逆鱗』と呼ばれた貴方とは到底思えませんねぇ、えぇ。」

「…あぁ?何か文句あんのか?」

 

 

 

刀利が出て行った正面の入り口とは別の、学長室の隣の部屋と繋がる壁のドアが徐に開いたかと思うと…

 

その陰から、形容しがたいあまりに『普通』の風貌をした、役人風の見知らぬ男が姿を現した。

 

―違和感を覚える程に整えられた身なり。口元とは裏腹に全く笑っていない目。劉玄斎に対する不遜な態度。

 

一言で表すと、『捻れた』と言う表現があまりにぴったりな…そんな、突然現れた胡散臭さと言う名のスーツを纏った男の、その不快感すら覚えそうな渋い声を聞いて…

 

劉玄斎の表情もまた先ほどの穏やかなモノから、徐々に怪訝を交えた『不穏』なモノへと変わっていくではないか。

 

 

 

「いいえ、文句などありませんよ。生徒達に信頼されていた方が、我々も貴方も仕事がしやすいですからねぇ、えぇ。しかし忘れないで下さい、【決島】の『本当の目的』は…」

「…あぁ、言われるまでもねぇ…わかってる。」

 

 

 

学生達に向ける優しい顔と、今この男と話している不穏な顔。

 

一体、どちらの顔が劉玄斎の本当の顔なのか。

 

それは劉玄斎自身にしか分からぬモノではあるものの、少なくとも今の劉玄斎の表情と雰囲気は学生達に見せられるような代物でないことだけは確かだろうが…

 

 

 

「ならば良いのです。しかし、くれぐれも変な気は起こさないように…我々の悲願のためには、多少子ども達が犠牲になるのもやむを得ませんからね、えぇ。」

 

 

 

一つ一つの言動が、劉玄斎の神経を逆撫でするようなざらついた声。

 

劉玄斎のその丸太のような巨腕で一発でも入れれば、即座に力関係など逆転してしまいそうだというのに…そんな苛立ちを覚えそうなスーツの男の声に対し、劉玄斎は言い返さずに言葉を落としているだけ。

 

それはまるで、わざと劉玄斎に立場の違いを思い知らせているかのようであり…

 

 

 

「貴方には、我々に従わなければいけない理由があることをお忘れなく…ねぇ、お優しいお優しい学長先生?」

「…あぁ。」

 

 

 

静かに零れた『逆鱗』の声は、いつまでも低く、重く…

 

 

―部屋の中に、響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…待てや鍛治上(かじがみ)。」

 

 

 

学長室から出た通路、学科と繋がっているその連絡通路の、まるで神殿か何かと錯覚しそうな神秘的な柱が建ち並ぶ天空の回廊でのこと。

 

どう見ても教育機関には見えないであろうその場所で、唐突に小鳥のさえずりのような高い声が響いたかと思うと…刀利の通り過ぎた柱の影から、憤慨から先に学長室を出て行ったはずのアイナが突然刀利へと声をかけてきた。

 

 

―その小学生かと見間違う程の小さい体を痛いほど伸ばし、限界まで反った背筋で刀利を上目使いで睨みつけて。

 

 

しかし、先ほどはあれだけ嫌っていた素振りを見せていた刀利へと、どうしてアイナが声をかけてきたのか。

 

一緒に居るだけでもあれだけの憤慨を見せていたというのに、わざわざ待っていたというのもおかしな話と言えるだろう。そんなアイナの雰囲気は先ほどと同じで、刀利への不快感と憤怒を駄々漏れに、今にも殴りかかりそうな雰囲気で刀利へと近づいて来て…

 

 

 

「話は終わったんか?…えぇなぁ学長のお気に入りは。みんな出たい出たいゆーて頑張っとったんに、自分は学長に一言言えば【決島】に出られるんやから。…また言われるで?お前がまた卑怯な手つこて学長に取り入ったんやって。」

 

 

 

まるで、刀利と劉玄斎の話を聞いていたかのようなアイナの口ぶり。

 

…まぁ、アイナが学長室の外で刀利を待ち構えていたことを考えると、学長室の外で聞き耳を立てていたことも充分に考えられるのだが…あの学長室の重々しい扉の防音性を考えると、ソレも非現実的とも言えるだろうか。

 

 

 

「…どうして、その事を?」

「ふん、引きこもっとったお前がわざわざ外に出てきたんや。どうせ、【決島】関連で何か学長に頼みに言ったんやってことくらい簡単に分かるわ。…お前、人に取り入るのが上手いもんなぁ。」

「…僕は…別に…」

「口答えすんな!虫唾が走るわ!」

「…」

 

 

 

そのアイナの口調は、本当に刀利の事を心の底から嫌っているということが誰の耳にも明らかなほどの声質。

 

少女の口から飛び出してくる、その憎悪と憤怒の塗れた言葉の全てが鋭い棘となり、弱気な少年へと突き刺され…

 

…過去、彼らにあった『とある出来事』の記憶を彼女が思い出す度に、アイナは益々その憤怒を増していく。

 

 

 

「鍛冶上…ウチは絶対にお前を許さへん。…ウチから大事な人を奪った…ウチの大切な人の命を奪ったお前を…」

「…うん。わかってる。」

「あぁ!?何がわかってるんって言うんや!大体、お前の所為でてっちゃんも蒼ちゃんも出ていって…それに『アイツ』も…最初っからお前と関わらんかったら、皆バラバラになんてならなかったんや!それやのに…全部!全部全部全部お前の所為や!」

「…ごめん…」

「謝って済む問題やない!大体、お前はいっつもウジウジウジウジ…デュエルもせんで、【デュエルフェスタ】にも出ようともせんで!そんなやから『雑魚上』なんて呼ばれねんで!」

 

 

 

そして…

 

刀利へと向かって、この実力至上主義の決闘学園デュエリア校においてあまりに『致命的』とも言えるその仇名を言い放つアイナ。

 

…しかし、そんな最大級の侮蔑を込めた歪名をぶつけられたというのに、刀利は何の反応も見せず。

 

多少でもプライドを持つデュエリストだったら、逆上してもおかしくないような忌み名だと言うのに…刀利はただただそこに立ち尽くすだけで、ソレが心に響いた様子も全く見せないのだ。

 

その雰囲気と反応は、この修羅の地であるデュエリアの空気にはあまりに不釣合いで相応しくないモノだと言うのに…

 

まるで、刀利の態度はソレを聞き慣れ、そしてソレを受け入れているかのような代物。

 

 

 

…そう、このデュエリアの地において、刀利の立ち位置はあまりに不自然。

 

 

 

―デュエルをしないデュエリスト。

 

 

 

このデュエリア校において、殆どの生徒から刀利はそう言われているのだ。

 

実際に、鍛冶上 刀利というデュリストのデュエルをその目で見たことのある生徒は、この高等部には殆ど存在せず。

 

授業にも出ず、大会にも出ず…ずっと姿を見せずに寮の自室に引きこもっているだけ。

 

挙句の果てには、このデュエリア最大規模の祭典…

 

高等部の全ての学生が強制参加で、例えのっぴきならない事情があってもソレに参加しかなった者は強制的に『退学』になるはずの【デュエルフェスタ】の『予選』に、何故か彼だけが参加しなくても何のお咎めもないのだ。

 

そんな彼のデュエルを知らない生徒達からすれば、刀利のその存在は疑問でしかないことだろう。

 

鍛冶上 刀利の事を何も知らない学生達から見れば不思議も不思議。デュエルもせず、姿も見せず…たまに姿を見たときにデュエルを挑んでも、逃げるようにしてどこかへと行ってしまうのだから。

 

故に…刀利は後輩にすら鍛冶上という苗字を捩った、『雑魚上』などと呼ばれている始末。

 

無論、刀利のその態度もまた、彼らの『過去』が深く関わっていることなのだが…そんな、どこまでも弱い存在感の刀利へと向かって、アイナは更に棘だらけの言葉を投げつけるのみ。

 

 

 

「鍛冶上…ウチはお前を絶対に許さへん。…あの約束、忘れてへんやろな。ウチに負けたら、今すぐデュエリアから消えるってゆー約束。」

「…うん。」

「お前も久々に外に出てきたんや、逃げようとしても逃さへん。今すぐにでもここから追い出したるわ。嫌やなんて言わせへんで。」

「…いいよ、それでアイナの気が済むな…」

「名前を呼ぶな!胸糞悪い!」

「…ごめん。」

 

 

 

どこまでも好戦的なアイナの声と、どこまでも自棄的な刀利の声。

 

デュエルをしないデュエリストと呼ばれ、普段であればデュエリア校のどの生徒に挑発されたり挑まれたりしても決してソレに応じようとしない刀利ではあるものの…今この場面と、そして相手がアイナである以上、ソレを受け入れるしかないのだろう。

 

 

…刀利の雰囲気はまるで『贖罪』。

 

 

過去のとある出来事に対する、懺悔のような態度でアイナへと向かい…

 

 

 

「ここでえぇわ、早よぅ構えろ。いくら引きこもりでも、デュエルディスクくらい持ってきとるんやろ?」

「…うん。」

 

 

 

 

そうして…

 

正反対の二人の声が交わり、刀利とアイナは徐にデュエルディスクを取り出して。

 

いくらデュエルが日常のこの決闘学園デュエリア校とはいえ、本来ならば生徒が近づかないであろうこんな場所でデュエルが行われることは先ずありえないことだろう。

 

しかし怒りを顕にしているアイナの声は、そんなことなど関係ないかのようにして刀利を睨み付けたままであり…二人のディスクがデュエルモードに切り替わると、同時に二人のデュエリストが対峙し合うだけ。

 

 

そうして、生徒など来なさそうなこの天空の回廊で…

 

 

それは、あまりに突然に…

 

 

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

 

 

突如、始まる。

 

 

 

先攻は、刀利。

 

 

 

 

「…僕のターン…ターンエンド。」

 

 

 

刀利 LP:4000

手札:5枚

場:無し

伏せ:無し

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。何も行動を起こさず、即座にターンを受け渡した鍛冶上 刀利。

 

普通であれば、何もせずにターンを終えるという自殺行為など余程の『手札事故』か、逆に何か深い考えがあっての事でしか実行する者は居ないはずだというのに…

 

そして、刀利がどちらの方なのかと問われれば、その弱々しい雰囲気と今にも消えそうな声、そして静か過ぎる気配が混ざり合い、誰の目から見ても『前者』としか思えないことに違いなく。

 

 

 

「ウチのターン、ドロー!…ふん、相変わらず、やる気の無いデュエルやなぁ。あの頃から何も変わっとらん。どうせ手札に、【バトルフェーダー】か何か居るんやろ?」

「…」

 

 

 

しかし、そんな刀利の態度に目もくれず。まるで戦い慣れた相手の如く、さも当然のようにアイナはそう言い放って。

 

…あれだけ厳しい言葉を突き刺しているというのに、アイナの態度に『油断』は無い。

 

その理由は、アイナ自身が最も良く理解していること。そう、他の生徒達から『雑魚上』と言われている刀利に対してでも、アイナは己の憤怒と経験に任せてその怒りを増していくのみ。

 

 

 

「まぁえぇ。せやったら、こっちは好きにやらせてもらだけや!ウチは魔法カード、【魔玩具補綴】を発動!デッキから【融合】と【エッジインプ・チェーン】を手札に加える!そんでそのまま【融合】発動!手札の【ファーニマル・ペンギン】と【エッジインプ・チェーン】を融合!」

 

 

 

静かな立ち上がりの刀利とはまるで真逆。喚きのような勢いで、激しくカードをディスクに叩き付けて発動していくアイナのデュエル。

 

神秘の渦が少女の背で蠢き、天使と悪魔という相反する存在がそこに吸い込まれ…

 

 

 

「氷上を走る天使の羽よ!悪魔の鎖をその身に縫い付け…目に付く全てを引き千切れぇ!融合召喚!」

 

 

 

無理やりに交わっていくその様子は、まるで彼女から漏れ出す憤怒そのモノが混ざり合っているかのよう。

 

 

 

「来い、レベル5!【デストーイ・チェーン・シープ】!」

 

 

―!

 

 

【デストーイ・チェーン・シープ】レベル5

ATK/2000 DEF/2000

 

 

 

そうして彼女の持つ『融合』のEx適正によって呼び出されしは、悪魔の鎖に縛られた、羊を模した不浄の玩具。

 

擦れ合う鎖の金属音、その不快な音を鳴き声へと変え…玩具とは思えぬ奇怪な姿で、怪しくソコに佇むだけ。

 

 

 

「【エッジインプ・チェーン】の効果で、ウチはデッキから2枚目の【魔玩具補綴】を手札に加える!さらに【ファーニマル・ペンギン】の効果発動!デッキから2枚ドローして、その後手札を1枚捨てる!そんで今捨てた、【トイポット】の効果発動や!ウチは更にデッキから、【ファーニマル・マウス】を手札に加える!まだや!【ファーニマル・マウス】を召喚して効果発動!デッキから【ファーニマル・マウス】2体を、守備表示で特殊召喚!」

 

 

―!!!

 

 

【ファーニマル・マウス】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 100

 

【ファーニマル・マウス】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 100

 

【ファーニマル・マウス】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 100

 

 

 

「魔法カード、【融合回収】発動!墓地から【融合】と【エッジインプ・チェーン】を手札に戻し、もいっかい【融合】発動や!場のマウス2体と、融合モンスターの【デストーイ・チェーン・シープ】を融合!」

 

 

 

手札消費が激しいと言われている融合召喚を行いつつも、手札を減らさないどころか逆に手札を更に増やしながらその展開を止めないアイナ。

 

しかし、まだまだこんなものでは少年への憤怒は収まらないのだと言わんばかりに、少女はその小さく華奢な体で、更に怒りを刀利へとぶつけ続け…

 

アイナが連続して【融合】を発動していくそのデッキの回転は、紛れも無く彼女の実力が相当高い場所にあることの証明とでも言えるだろうか。

 

天使と悪魔が混ざり合い、最後には悪魔となってしまう不浄の玩具たちで遊ぶかのように…

 

 

 

 

「小さく転がる天使の羽よ!悪魔の玩具をその身に縫い付け…鋭い牙で全てを引き裂けぇ!融合召喚!来い、レベル8!【デストーイ・サーベル・タイガー】!」

 

 

 

―!

 

 

【デストーイ・サーベル・タイガー】レベル8

ATK/2400→2800 DEF/2000

 

 

 

場に現れしは、体内から刃を剥き出しにした猛獣の玩具。

 

その不気味な視線と咆哮は、壊れた玩具を今一度この場に無理やり立たせ…再び壊れるまで、この遊び場で暴れさせる。

 

 

 

「サーベル・タイガーのモンスター効果!融合召喚成功時、墓地から【デストーイ・チェーン・シープ】を蘇らせる!…ふん、どうせ止めるんやろうけど、まぁえぇわ。バトル!【デストーイ・サーベル・タイガー】で、鍛冶上にダイレクトアタック!」

 

 

 

そして…少女が己の金髪を靡かせ、荒々しく攻撃を宣言して。

 

相手の行動を封じる羊の玩具からではなく、あえて牙獣の玩具から攻撃を宣言したことアイナの狙いは明らかにダメージを稼ぐことではなく…どうせこのターンでトドメをさせないのならば、ダメージなど有って無い様なモノだと思っているのだろう。

 

そんなアイナの憤怒を纏う、その淀み無い牙獣の牙は鍛冶上 刀利という少年への嫌悪感を、そのまま形に表しているかの如く轟き…

 

 

―迫る刃牙、金切りの遠吠え。

 

 

悪魔へと変貌した不浄の玩具の、その鋭い牙が刀利へと襲い掛かった…

 

 

―その時だった。

 

 

 

「…【バトルフェーダー】の効果発動。手札から特殊召喚し、攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了する。」

 

 

―!

 

 

【バトルフェーダー】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

鈍い衝突音が突如として響き、弾き飛ばされた不浄の玩具がよろけながらもアイナの場に退いた。

 

…そう、先ほどのアイナの考察通り。刀利の場に響き渡った小さな悪魔の鈴の音が、アイナの玩具の一撃を防いで、弾いて、そして跳ね返したのだ。

 

アイナに『やる気が無い』と形容され、刀利本人の雰囲気からも戦意など感じられないと言うのに…反射運動のように自らの身を守るその行動は、ある意味でデュエリストの端くれとでも言えるのか。

 

そんな態度と行動の一致しない刀利のデュエルに対し、アイナはうんざりしたような声で冷たく言い放ち…

 

 

 

「ほらな、やっぱ持っとった。ウチはカードを1枚伏せてターンエンド。」

 

 

 

アイナ LP:4000

手札:6→5

場:【デストーイ・サーベル・タイガー】

【デストーイ・チェーン・シープ】

【ファーニマル・マウス】

伏せ:1枚

 

 

 

「…僕のターン、ドロー。…モンスターをセット…カードを2枚伏せてターンエンド。」

 

 

 

刀利 LP:4000

手札;5→2

場:【バトルフェーダー】

【セットモンスター】

伏せ:2枚

 

 

 

しかし、再びターンが回ってきても、最低限の行動のみでターンを受け渡してしまった鍛冶上 刀利。

 

先ほどは反射的に自らの身を守ったとは言え、今の彼は攻める気を全く見せようとはせず…益々その雰囲気を暗いモノとし、その視線を地に落としていくだけではないか。

 

 

 

「…やっぱ変わらんなぁ、お前のデュエルは。戦っとってホンマにイライラするわ。」

「…。」

「ふん、言い返せもせん臆病モンが!ウチのターン、ドロー!2枚目の【魔玩具補綴】発動!デッキから【融合】と【エッジインプ・シザー】を手札に加える!そんで【融合】を発動や!フィールドの【ファーニマル・マウス】に、手札の【ファーニマル・キャット】と【エッジインプ・シザー】を融合!」

 

 

 

しかし、そんな刀利を意に介さず。

 

アイナは益々その勢いを増していき、荒々しく吼える少女の叫びは、彼女の玩具達を更なる狂気で奮い立たせるのか。

 

その初等部の生徒と見間違えそうな程に小さく華奢な体の、どこにそんな力を持っているのかと思えるほどの憤怒を纏い…

 

 

…呼び出すは、更なる融合モンスター。

 

 

何が何でも刀利を降すというその憤怒に任せ、艶やかな金髪を振るわせ、華奢な体で荒々しく吼え…

 

 

 

「小さく転がる天使の羽よ!気ままに走る天使の羽よ!悪魔の刃をその身に縫い付け…目に付く全てを切り刻めぇ!融合召喚、レベル6!【デストーイ・シザー・タイガー】!」

 

 

―!

 

 

【デストーイ・シザー・タイガー】レベル6

ATK/1900→3200 DEF/1200

 

 

 

そうして遊び場に現れたのは、腹から刃を剥き出しにした歪な猛獣。

 

自らと、そしてもう一体の牙獣の玩具の効果によってその刃の鋭さを更に磨き上げ…耳が痛くなりそうな金属の擦れ合う音を鳴き声にして、刀利を睨んで鈍く吼える。

 

 

 

「…攻撃力…3200…」

「融合素材になった【ファーニマル・キャット】の効果で、墓地から【融合】を手札に戻す!そんで融合召喚成功時、【デストーイ・シザー・タイガー】の効果発動!融合素材の数までお前の場のカードを破壊したるわ!」

「…速攻魔法、【禁じられた聖杯】発動。【デストーイ・シザー・タイガー】の攻撃力を400アップし、その効果を無効に。」

「チッ!じゃあ【融合】を発動して、手札の【ファーニマル・ウィング】と【エッジインプ・チェーン】を融合や!空に浮かぶ天使の羽よ!悪魔の鎖をその身に縫い付け…鋭き刃で敵を断ち切れぇ!融合召喚、レベル8!【デストーイ・ハーケン・クラーケン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【デストーイ・ハーケン・クラーケン】レベル8

ATK/2200→2600 DEF/3000

 

 

 

刀利の防御に目もくれず。続けざまに現れる、アイナの融合モンスター達。

 

ぬいぐるみには到底見えぬ、その身に縫い付けたおぞましい刃の奏でる音が多重に混ざり合い…それは彼女の憤怒を更に増強させながら、不気味なうねりとなって刀利を襲い続ける。

 

 

 

「【デストーイ・ハーケン・クラーケン】の効果発動!鍛冶上のセットモンスターを墓地へ送る!目障りや!消えぇ!」

「…手札から、【エフェクト・ヴェーラー】の効果を発動。【デストーイ・ハーケン・クラーケン】の効果を無効に。」

「あぁ!?」

 

 

 

…しかし、刀利はそれでも自らの身を守り続けて。

 

攻める兆しを見せないというのに、一体どうしてその身を守るのだろう。行動と雰囲気が一致しない刀利のその静かな雰囲気は、誰にも理解することなど出来ない程の深さを持って、更に刀利の存在感を『薄く』していき…

 

 

…そんな刀利を見て、アイナは一体何を思ったのか。

 

 

その憤怒を纏ったまま、そして先ほどよりもその言葉の棘を更に鋭く研ぎ澄ましながら、アイナは今にも消えそうな刀利へと声を投げつけ始めた。

 

 

 

「…お前、ホンマやる気無い癖に抵抗だけはいっちょ前やな。昔からそうや…意地汚く足掻く癖に、『最後の最後』で何も出来ひんこの役立たず…お前、昔からずっと変わっとらん。この数年間何をやっとった?」

「…」

「…ウチは去年『フェス』で優勝した。…お前だけやで、昔のまんまで止まっとる奴は。」

 

 

 

刀利へと向かって、激しくも突き放すような声質でそう言い放つアイナ。

 

 

また、彼女の言った『フェス』という単語…

 

 

 

―フェス…正式名称、【デュエルフェスタ】

 

 

 

それはこのデュエリアの地における、【決闘祭】にも匹敵する盛り上がりを見せる学生達の祭典の名。

 

高等部の、『特例』を除く全ての生徒が必ず予選という名の潰し合いを行い…厳選に厳選を重ね選ばれた者達による、命を削るにも等しい戦いが行われるこのデュエリアきっての一大イベント。

 

無論、決闘市で行われる【決闘祭】と同様に、その注目度は言葉では言い表せない程の規模であり…

 

そしてアイナの言葉通り、昨年度執り行われたデュエリアにおける学生達の祭典、【デュエルフェスタ】において、数万人を超す決闘学園デュエリア校の頂点に立ったのは紛れも無い…

 

 

―この華奢な体をした少女、アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンなのだ。

 

 

それは疑う余地など無い、今の決闘学園デュエリア校高等部で『最も強いデュエリスト』の証。

 

そんな自尊と自負と自信と自敬。己の全てを憤怒へと変え…アイナは、刀利へと叫び続ける。

 

 

―刀利の全てを、否定するために。

 

 

 

「お前だけは絶対に許さん!何が何でもや!行くで、バト…」

「…バトルフェイズの前に罠カード、【ブレイクスルー・スキル】発動。【デストーイ・チェーン・シープ】の効果を無効に…」

「足掻くなこのタコ!バトルや!シザー・タイガーで【バトルフェーダー】に!ハーケン・クラーケンでセットモンスターにそれぞれ攻撃!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして、次々に襲い掛からんとするアイナのモンスター。

 

主の憤怒をそのままに、刀利への嫌悪を形にし…まずは先ほど刀利の身を守った【バトルフェーダー】が、悪魔の鋏に切り落とされた。

 

墓地にも行けず除外されていくその消滅のエフェクトは、まるでこれからモンスターに攻撃されるであろう刀利の未来を現しているようにも見えたことだろう。

 

…そして、追撃。

 

深海から出でし悪魔の触手が、追撃のためにその双斧をセットモンスターへと振り下ろした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「…セットモンスターは【メタモルポッド】。リバース効果発動。」

「…あ?」

 

 

 

刀利のモンスターが反転したその瞬間。

 

刀利の場の反転した怪しい壷から、突如として発せられた怪しい光がフィールドに広がり…

 

それは紛れも無い。双斧の当たる寸前で、反転した怪しい壷のようなモンスターが、自らへの攻撃を一瞬だけ食い止めたのだ。

 

 

―更に、それだけではなく。

 

 

反転されたその壷から湧いた、見るからに怪しげな鈍い光が刀利とアイナ、双方の手札へと伸びていくではないか。

 

 

 

「…その効果で、お互いに手札を全て捨て…新たに5枚ドローする。」

「あぁ、そう言えばそんなモンスター使っとったなぁ。懐かし過ぎて忘れとったわ。…けどそれがどうした!5枚ドローし、【メタモルポッド】は破壊される!そんでまだ、ウチのバトルフェイズは終わってへん!サーベル・タイガーで鍛冶上にダイレクトアタック!」

 

 

 

しかし、刀利の抵抗など気にも留めず。怪しい壷を躊躇無く木っ端微塵にした後に、攻撃の手を緩めることなく刀利へと襲いかからんとするアイナ。

 

悪魔を宿した不浄の玩具が、その牙を刀利に突き立てんと荒々しく吼え…

 

 

 

 

 

 

「…2体目の【バトルフェーダー】の効果発動。」

「あぁ!?」

「…特殊召喚し攻撃を無効…その後、バトルフェイズを終了する。」

 

 

 

―!

 

 

 

【バトルフェーダー】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

 

 

 

―しかし、止める。

 

 

アイナの更なる追撃も、それでも刀利は何故か防いで。

 

先ほどのターンと同じ、【バトルフェーダー】による直接攻撃の無効。そのあまりに自然すぎる手の動きは、たった今【メタモルポッド】の効果でドローした5枚の中に、偶々【バトルフェーダー】があったとは思えぬほどの落ち着き様であり…

 

それはまるで、ここで【バトルフェーダー】が引けることが分かっていたかのような刀利の雰囲気。

 

…それに対し、アイナは益々その苛立ちを増していくだけ。

 

 

 

「鍛冶上ぃ…お前、ホンマにムカつく奴やなぁ。どこまでもウチの事を舐めくさってからに…」

「…僕は別に…舐めてなんか…」

「チッ、ウチはカードを2枚伏せてターンエンドや。そんで、無効になっとった3体の効果も元に戻る。」

 

 

 

 

 

アイナ LP:4000

手札:6→3

場:【デストーイ・ハーケン・クラーケン】

【デストーイ・シザー・タイガー】

【デストーイ・サーベル・タイガー】

【デストーイ・チェーン・シープ】

魔法・罠:伏せ3枚

 

 

 

このターンのアイナの猛攻を、どうにか全て防ぎきった刀利。

 

しかし、この状況をだけを見ればアイナの有利は揺るぎないモノに違いないだろう。何せ、防戦一方に見える刀利と、攻め続けるも手が絶えないアイナの盤面。この差を見れば、誰にだってここからの刀利の勝利を思い浮かべることなど出来はしないはず。

 

そう、普通のデュエルだったらここからの巻き返しは簡単にはいかない。何せ、アイナには3枚の伏せカードに加え…

 

 

 

【デストーイ・ハーケン・クラーケン】レベル8

ATK/2200→3800

 

【デストーイ・シザー・タイガー】レベル6

ATK/1900→3500

 

【デストーイ・サーベル・タイガー】レベル8

ATK/2400→4000

 

【デストーイ・チェーン・シープ】レベル5

ATK/2000→3600

 

 

 

全ての玩具の攻撃力が3000を超え、さらに一体は4000の大台に乗っているのだ。

 

これほどまでに高められた攻撃力は、まさに彼女の憤怒の象徴。アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンというデュエリストの持つ力の大きさが、このデュエリア校の頂点に立つに相応しいモノであるということの証明。

 

また、妨害の為の複数のリバースカードは、刀利の全てを否定せんとして伏せられたモノであり…まさに全てが整い、全てに備えたアイナの盤面。それはまさに、用意周到すぎる強大の防御となりて、生半可なデュエリストではここで戦う気持ちすら折れてしまっているに違いないことだろう。

 

 

…そんなアイナの場と、そして憤怒に塗れ続けているアイナを見て…刀利は一体、何を思うのだろうか。

 

 

―落ち続ける少年の気概と、今にも消えそうな存在感。

 

 

そんな、まるで空気と一体化でもしてしまいそうな鍛冶上 刀利という少年が…

 

 

一呼吸の後、静かに…

 

 

そう、静かに、その口を開いて…

 

 

 

 

 

「…アイナ…ごめんね。」

「…あ?」

「…君がまだ…僕を許してくれないことはわかってる。…僕の犯した『罪』は、決して許してもらえるようなモノじゃない。…いくら『あの時』は仕方なかったって言っても…僕が『彼』にしたことは、絶対に君に許してもらえることじゃないから…」

「…ぐ…そう…そうや…全部…全部全部お前が悪い!全部お前さえおらんかったら!『アイツ』だって死ななくて済んだんや!せやのに…」

 

 

 

…今にも泣き出してしまいそうな刀利の声と、今にも狂ってしまいそうなアイナの声。

 

それが歪に混じり合い、彼らの過去にあった悲しい出来事の記憶を、今まさに鮮明に思い出させているようでは無いか。

 

一体彼らの過去に、何があったというのだろう。

 

その異様な雰囲気となっていくこのデュエルの場において、『不純物』とも言える感情を吐露しながら…それでも、それぞれの思いのままに戦いに望んでいる今の彼らの姿は、決して他人に見せられるような『綺麗』なモノでは断じてなく。

 

 

 

 

「…でも…僕はまだ…ここを出ていけない。まだ、僕には外に出る資格なんて無いから…」

 

 

 

搾り出すような刀利の声は、彼の必死の訴えの証。

 

今にも消え去りそうな存在感を搾り出し、静かにそう言う少年の声はどこか震えていて…

 

 

贖罪、後悔、罪悪、懺悔。

 

 

自責の念に囚われてしまっているが故に、刀利はここまで己の気配を小さく小さく留めるように自らを責め続けているのだろう。

 

 

そうして…

 

 

どこまでも憤怒に狂った少女へと、少年はどこまでも自暴自棄にも似た態度で…

 

 

 

―ただ、淡々と…

 

 

 

 

 

刀利は、呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…だから、僕が勝つよ。…ドロー。…フィールド魔法、【スクラップ・ファクトリー】発動。」

 

 

 

―!

 

 

 

そして、このデュエルが始まって初めて。

 

 

―そう、初めて自発的に行動を起こした鍛冶上 刀利。

 

 

発動したのは、【スクラップ】の名を冠する魔法カード。

 

フィールド全体に効果が及ぶソレは、この天空の回廊の景色を一転、古めかしき工場のような景色へと変えていくではないか。

 

 

 

「あぁ?何今更やる気になっとんねん!好きにさせるわけあらへんやろ!リバースカードオープン!速攻魔法【サイクロン】!【スクラップ・ファクトリー】を破壊!」

 

 

 

しかし、そんな刀利の突然の行動にすら照準を合わせていたかのだろうか。未然に刀利の手を防がんとして伏せておいた妨害札を、狙い通りのタイミングで発動したアイナの手には何の迷いも見られず。

 

そう、昔から…

 

それこそ、中等部入学の時に出会ってから今まで、紆余曲折はあれど戦い慣れた相手。

 

刀利の力も、刀利のカードも、そして刀利の行動の全てを憎み続ける少女の読みは素晴らしく的確であり…その全てが刀利を降す為のモノとなりて、どこまでも少女は刀利を睨み続けている。

 

 

―しかし、そんな少女の睨みを受けてもなお…

 

 

刀利は、淡々と言葉を紡ぐだけ。

 

 

 

「…うん、君がそうしてくるのはわかってた。…【バトルフェーダー】をリリース、【スクラップ・ゴーレム】をアドバンス召喚。」

 

 

 

―!

 

 

 

【スクラップ・ゴーレム】レベル5

ATK/2300 DEF/1400

 

 

 

しかし、それは刀利にも言えることなのだろう。

 

自分が動こうとすればするだけ、アイナはそれを意地でも否定してくることは刀利もまた理解している事。だからこそ、先ほどの不遜すぎる宣言をこの程度では撤回するつもりもなく…

 

刀利もまた、行動を止めずに…

 

 

 

「…ゴーレムの効果はつど…」

「せやからさせへんゆーたやろが!永続罠、【デモンズ・チェーン】発動や!【スクラップ・ゴーレム】の効果を無効に!」

 

 

 

しかし、否定する。

 

…どこまでも、どこまでも、どこまでも。先ほどの誇張にも聞こえる刀利の宣言を受けてもなお、アイナはどこまでも刀利の手を止めにかかって。

 

嫌っていても長い付き合い、刀利の操る【スクラップ】の名を冠するカードの効果を、彼女もまた熟知しているのだ。どこまでも的確に刀利の手を止めにかかるアイナのカード捌きは、心の底から刀利のことを否定していることに違いなく。

 

 

 

「ウチは…鍛冶上、お前の全てを認めへん。お前のデュエルも、お前の存在も…全部全部許してなんかやらへん!いつまでも現実から逃げて、自分だけ被害者面しとるお前を絶対に!」

「…うん、わかってる…わかってるんだ!…君が、どれほど僕を憎んでいるのか…」

「…ッ!?せやったら!」

「…でもごめん。もう、決めたんだ…僕はもう、前に進むって…あの頃のまま、ずっと立ち止まってる『君』を一人置いていくのは忍びないけど…」

「…なんやと?」

 

 

 

―『…ウチは去年『フェス』で優勝した。…お前だけやで、昔のまんまで止まっとる奴は。』

 

 

そんなアイナへと向かって、先ほどアイナが自分へと言い放った『止まっている』という言葉とはまるで『真逆』の言葉を言い放った刀利。

 

その言葉を聞いたアイナの表情が、更に険しく苛立ちを帯びたモノへと変わっていき…その言葉の意味を一人だけ理解している刀利は、アイナを置いて更に手を進めるだけ。

 

 

 

「…【死者蘇生】発動。墓地からチューナーモンスター、【スクラップ・ゴブリン】を特殊召喚。」

 

 

 

―!

 

 

【スクラップ・ゴブリン】レベル3

ATK/ 0 DEF/ 300

 

 

 

現れしは、鉄屑を集めた小さき存在。

 

先ほどの【メタモルポッド】の効果で墓地に送られていたのだろう。今にも崩れそうなその見た目に反し、アイナの玩具を前にしても怯むことなく勇ましく奮えている。

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「…行くよ…レベル5の【スクラップ・ゴーレム】に、レベル3の【スクラップ・ゴブリン】をチューニング!」

 

 

 

 

 

己の持ちうる『シンクロ』のEx適正を駆使するかのように、刀利は今ここに高らかに宣言を天へと捧げて。

 

先ほどの消極的なターンが嘘のように、突如として攻撃に転じ始める鍛冶上 刀利。その宣言によって、悪魔の鎖に縛られた鉄屑の巨人が天に昇り…ソレを追うかの如く鉄屑の小さき存在が3つの光輪へとその身を捧げ…

 

 

 

 

 

「…打ち磨かれし玉鋼(たまはがね)、その咆哮で天を撃て!」

 

 

 

 

 

天から落ちる光の柱。

 

そこから響くは大いなる咆哮。

 

それはまるで、ここに降り立ったことへの歓喜の如く。荒々しくも、神聖すら感じるようなその響きは、地響きにも似たモノとなってこの地に轟くのか。

 

今ここに現れしは…

 

 

 

 

 

「…シンクロ召喚、羽ばたけ、レベル8!【スクラップ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【スクラップ・ドラゴン】レベル8

ATK/2800 DEF/2000

 

 

 

天を裂く咆哮を轟かせ、弾ける電光をその身に宿した、蒸気を纏いし鉄屑の虚竜。

 

歪な命をその身に宿し、錆びついた体の悲鳴を軋ませているというのにも関わらず…神聖にすら思えるその姿は、まさに打ち磨かれた歴戦の刀そのモノ。

 

少女の玩具を怯ませんとし、主の元で羽ばたき吼える。

 

 

 

「…チッ、久々に見たわお前のソレ。この忌々しいガラクタが!今更ソイツ一体で何が出来る言うんや!」

「…魔法カード、【テラ・フォーミング】発動。デッキから2枚目の【スクラップ・ファクトリー】を手札に加える。」

「なっ!?」

「…フィールド魔法、【スクラップ・ファクトリー】発動。そして【スクラップ・ドラゴン】のモンスター効果。【スクラップ・ドラゴン】自身と…君の伏せカードを破壊する。」

 

 

 

そして、間髪入れず。

 

鉄屑の竜の咆哮が、お互いの場に響いて弾けた。

 

その強大な衝撃波は、お互いの場のカードを容赦なく破壊してしまう咆哮。無論、刀利の選択したスクラップ・ドラゴンもまた、自らの破壊の咆哮によってその身を壊してしまうものの…

 

 

 

「クソッ、【魔法の筒】が…相変わらず勘の良い奴や、このボケが。」

 

 

 

アイナもまた、刀利へと直撃させるために伏せておいた最後の伏せカードを破壊されてしまい、その言葉を荒げてしまう。

 

…また、それだけでは終わらず。

 

先ほどはアイナに破壊されてしまったフィールド魔法の効果を、今度は邪魔されることなく刀利は宣言して。

 

 

 

「…【スクラップ・ファクトリー】の効果で、デッキから2体目の【スクラップ・ゴーレム】を特殊召喚。…もう止める物は何も無いね。…【スクラップ・ゴーレム】の効果発動、墓地から【スクラップ・ゴブリン】を特殊召喚するよ。…レベル5の【スクラップ・ゴーレム】に、レベル3の【スクラップ・ゴブリン】をチューニング!」

 

 

 

 

その淀みのないカード捌きは、まるでこの展開が全て彼の想定どおりの如き正確さ。

 

あの劣勢におかれていても、簡単に『勝つ』と宣言してしまうその気概と合わせて今一度鍛冶上 刀利を見てみれば、とてもじゃないが彼が『雑魚上』などという呼び名で呼ばれていることを根底から疑問に思わなくてはならないことだろう。

 

そんな刀利の宣言に対し、周囲の大気が震え、その宣言によって今一度ここに呼び出されしは…

 

 

 

「…打ち磨かれし玉鋼(たまはがね)、その咆哮で天を撃て!シンクロ召喚、再び舞い上がれ、レベル8!【スクラップ・ドラゴン】!」

 

 

―!

 

 

【スクラップ・ドラゴン】レベル8

ATK/2800→3000 DEF/2000→2200

 

 

 

 

再びこの地に響き渡りし、天を撃ち抜く鉄屑の咆哮。

 

―壊れても、砕けても、崩れても…

 

その轟きは決して消えぬ叫びとなりて、再び主の前でその羽ばたきを魅せるのか

 

しかし…突然やる気を出し始めた刀利に気を悪くしたのだろう。今更連続して行動を起こした刀利を見据え、アイナは狂乱にも似た声を荒げた。

 

 

 

「ぐ…せやから何回言わせんねん!お前の自慢のその鉄屑1体で!今更この場をどうにか出来ると思っとんのか!?このターンでどうにか出来んかったら、次のターンに勝つのはウチ…」

「…出来るよ。」

「あ?」

「…僕のデュエルを、アイナは絶対に認めてくれないけど…でも、僕のデュエルを一番知っているのも…君だから。」

「…なんやと?」

 

 

 

しかし、そんなアイナの叫びを聞いても、静かに言葉を漏らす刀利。

 

少女の悲痛な否定の叫びと、少年の投げやりで不遜な言葉。その相反する感情に現された彼らの心は、お互いにお互いの言葉をどこまでもどこまでも否定し続けていただろうが…

 

デュエルが始まった時とは真逆。

 

悲痛な叫びを続ける少女の声はどこか切羽詰ったようなモノへと変わってきており…逆に、今にも消えそうだった少年の声は、益々その存在感を増していくではないか。

 

それは、デュエリアにおいてトップの実力を持ったアイナの纏うオーラとはどこか別物。

 

刀利から感じるソレはどこか、得体の知れぬ『人外』の如き気配を匂わせているようにも感じられ…

 

 

 

「…だから、このターンで僕の勝ちだ。…手札から速攻魔法、【デーモンとの駆け引き】発動。」

「なっ!?お前!ソ、ソレは…!?」

 

 

 

そして…

 

刀利の発動したその魔法に、思わず驚きの声を上げたアイナ。

 

確かに、今発動されたそのカードは【スクラップ】というカテゴリーを使用している刀利のデッキから発動されるような魔法カードでは無かったであろうけれども…

 

しかし、今のアイナのあまりの驚き様は、そういった一般論的な驚き方では断じて無く。

 

 

―焦燥と、動揺。

 

 

思わず心臓が跳ね、まるで信じられないモノを見たかのような驚きのまま、アイナは焦りの言葉を漏らして…

 

 

 

 

 

「お前!ソレはもう絶対に使わへんって!」

「…ごめんね、でも僕も前に進むって決めたんだ。だから…僕はもう、恐れない。…屍を喰らい舞い上がれ。レベル8、【バーサーク・デッド・ドラゴン】!」

 

 

―!

 

 

【バーサーク・デッド・ドラゴン】レベル8

ATK/3500 DEF/ 0

 

 

 

不気味な咆哮を轟かせ、闇より出でしは骸の虚影。

 

屍を喰らいし狂乱の魔獣、自我を無くした永遠の骸。それは、過去…彼らの心に、『大きな傷』を作った存在。

 

思い出したくもない、忘れたくても忘れられない。そんなトラウマを持つ不穏の虚影だと言うのに…

 

それを今、あえて召喚したという刀利の宣言はまさにその言葉の通り…『過去』を乗り越え、『前』に進むという意思を見せた事の表れ。

 

…そんな骸の虚竜を見て、アイナは何を思うのだろうか。

 

目の前で吼える忌々しい骸の虚影へと向かって、アイナはその口を開いた。

 

 

 

「いけしゃあしゃあと、よくもウチの前にソイツを出せたモンや…」

「…ごめん。でも…僕は…僕たちは、もう前に進まなきゃいけないんだ。…これで、僕の勝ちだ。」

「ぐ…け、けど…いくらソイツでも、まだ攻撃力はウチのモンスターの方が…あっ!?」

「…墓地から罠カード、【ブレイクスルー・スキル】を除外して効果発動。君の【デストーイ・シザー・タイガー】の効果を無効にする。」

 

 

 

そうして…

 

刀利の静かな宣言によって、アイナの場の悪魔の玩具たちの攻撃力が下がっていく。

 

まるで、最初からこうなることが決まっていたかのよう。このターンの始めに『勝つ』と言い放った刀利の言葉は、確かな真実となって今ここに実現しようとしているのか。

 

 

 

「ぐっ…」

「…バトル。【バーサーク・デッド・ドラゴン】で、アイナのモンスター全てに攻撃。」

 

 

 

飢餓の牙を剥き出しに、空へと舞い上がった骸の翼。

 

漏れ出す狂乱の咆哮は、世界全てを壊してしまいそうな不穏さを駄々漏れにしていて…狙うは、アイナの場の不浄の玩具の、その全て。

 

その虚ろな眼差しに映った、目に付く全てのモノを喰らわんとして、その咆哮を轟かせ…

 

 

 

 

 

「…狂乱の…ワールドエンド・ストリーム!」

 

 

 

 

―!!!!

 

 

 

「そんな…ぐっ、うあぁぁぁあっ!?」

 

 

 

アイナ LP:4000→3100→1900→1200→100

 

 

 

爆散していく不浄の玩具達に連動し、みるみると減っていくアイナのLP。

 

あれだけの場を整え、そして考えられうる全ての刀利の手を予測し備えていたというのに…

 

自ら蘇るはずの羊の玩具も、その恐怖からか何故か蘇らず。3体の玩具を使って融合した【デストーイ・サーベル・タイガー】だけはどうにか戦闘破壊されることなく場に残ってはいるものの、その壊れかけたぬいぐるみもまた、今にも体から綿を噴出して崩壊しそうではないか。

 

 

 

「…これで最後。【スクラップ・ドラゴン】で、【デストーイ・サーベル・タイガー】に攻撃。」

 

 

 

そして…

 

最後の攻撃の宣言を、鉄屑の虚竜へと告げた刀利。

 

咆哮と共に羽ばたいた鉄屑の竜の、その翼が羽ばたく度に軋みを上げ…体外で弾ける電光を体内へと収束させ、崩壊しかけのぬいぐるみへとその狙いを定め…

 

 

 

 

 

 

―それは、放たれる。

 

 

 

 

 

 

「崩壊の…デストロイ・ブラスター!」

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

「くっ…か、鍛冶上ぃぃぃぃぃぃい!」

 

 

 

 

 

 

 

アイナ LP:100→0(-100)

 

 

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

 

空で響いた天を裂く咆哮に混じり、デュエルの終了を告げる無機質な機械音がこの天空の回廊に響き渡り…

 

 

それは紛れも無い、ただ一人の勝者を称えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…なんでや…なんで『まだ』勝てへんのや…『また』お前に負けて…」

 

 

 

 

デュエルが終わってすぐ。膝を突きはしないものの、視線を下げてアイナは力なくうなだれていた。

 

その小さく肩を落とした少女の姿は、華奢で小さな背丈と相まり、より一層その体を小さく見せてしまっていて…そんなアイナの口ぶりは、確かに今刀利に敗北は喫したものの、これまでも何度か同じようなことを行ってきたかのような雰囲気。

 

そんなアイナへと向かって…あれだけ嫌われているにも関わらず、刀利は静かに近づき声をかけた。

 

 

 

「…アイナ…大丈…」

「名前を呼ぶな言うたやろ!胸糞悪いわ、お前なんかに名前を呼ばれることが、この世の何よりも!」

「…ごめん。」

 

 

 

しかし、相も変わらず刀利の言葉を、どこまでもアイナは否定して。

 

伸ばされかけた手を思い切り弾き、どこまでも刀利のことを拒否し否定する。一見すれば意地を張っているだけのようにも見える少女のその姿は、その小さい容姿と相まって、とてもじゃないが歳相応のモノには見えないことに違いないことだろう。

 

一体、どうしてそこまで刀利の事を拒絶するのだろうか。

 

デュエルが終わっても収まらぬその憤怒のまま、アイナは喚きのような言葉を発して…

 

 

 

「あぁもうムカつく!ムカつくムカつくムカつく!お前みたいな奴が!ウチは一番ムカつくんや!昔っからそうや…何食わん顔で、自分だけ逃げて、ただ謝っとればいい思とる!そうやって全部…全部全部全部見下しとるんやろ!」

「…僕は別に…見下してなんか…僕なんかが…」

「あぁーもう!そういうトコがムカつくんや!」

 

 

 

何を言っても無駄、何をしても無駄。

 

アイナが刀利へと抱く感情は、刀利が絡んでいる限りは絶対に収まるモノでは無いのか。寧ろ、刀利が少女へと向かってその口を開くたびに、アイナの憤怒は増していくだけではないか。

 

無論、そんなコトは刀利だって理解しているはずではあるのだが…

 

それでも、アイナの憤怒を受けることを己の贖罪だとでも思っているかのようにして、刀利はただただそこに立っているだけ。

 

 

 

 

「もう限界やこのタコが…歯ぁ食いしばれぇ!」

「…」

 

 

 

 

そして…

 

 

アイナが徐に刀利の服を掴んだかと思うと、その小さい手で怒りのままに勢いよく刀利へと殴りかかった…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「Hey、アイ!そこまでにしときな!」

「あぁ!?誰や!」

 

 

 

他の生徒など居ないはずのこの天空の回廊に、突然誰かの声が響き渡って。

 

また、突然かけられたその声に、アイも思わず刀利に当たる寸前でその手を止め…

 

声のした方へと顔を向けてみれば、そこには刀利たちの方へと向かって歩いてくる『2人の男女』の姿が。

 

 

 

「…チッ、またお前らか。」

「Ah…『また』って何だよ『また』って。それはこっちの台詞だぜ。」

「また痴話喧嘩して、仲が良いことネ。」

 

 

 

そう言いながら近づいてきたのは、どこか歯の浮く口調で喋る、長身で金髪の体格の良い男子生徒と…

 

見るからに学園の制服では無い、体にピッタリと張り付いた特徴的な造りをした艶やかな赤いドレスを着た女生徒。

 

 

 

―リョウ・サエグサ

 

 

(ワン) ミレイ

 

 

 

彼らの事を知らぬ生徒はこのデュエリア校には存在せず、この学園において、強者に数えられる実力者の2人。

 

何せ昨年度の【デュエルフェスタ】における『準優勝者』と『第3位』。それはつまり、この実力至上主義の決闘学園デュエリア校における完全なる上位のデュエリストと言うことでもあり…

 

昨年度『優勝』を果たした、この小柄なアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンと共に、決闘学園デュエリア校の頂点に立つデュエリスト達なのだ。

 

そんな彼らは、刀利たちの傍でその足を止めたかと思うと…

 

まずは長身で金髪の男子生徒、リョウ・サエグサが目下の小さな少女を見下ろしながらその口を開いた。

 

 

 

「学長に呼ばれたから来てみれば…アイにトーリ、お前らなーに派手にヤッてんだ?真昼間からそんなに盛んなよ。」

「…気安く話しかけんなゆーたやろ、この変態。」

「Oh、相変わらず随分な言い草だねぇアイちゃん。まっ、俺は構わないぜ?レディのお小言はご褒美だ。」

「キモいわ変態。」

「HAHAHA、もっと言ってくれてもかまわないんだぜレディ?」

「…話が通じん。これだから変態は…」

 

 

 

アイナの厳しく荒い口調をまるで意に介さず…いや、介してはいるが、『どこか違った解釈』をしているリョウ・サエグサ。

 

彼らのその様子は、その身長差と似ている髪の色も相まってどこか兄妹のような掛け合いにも見えるものの…

 

明らかに会話することを嫌っているアイナのその表情は、刀利へと向ける憤怒ではなく、心の底から軽蔑しているような眼差しでリョウを見ていて。

 

また、アイナに掴まれ殴りかかられていた刀利を、今度は王 ミレイがその豊満な肉体を揺らしながら引き剥がし…

 

そのドレスのスリット部分から、とても高校生には見えぬほどに育った艶やかな太ももを覗かせながら…刀利の崩れた制服を直しつつ、どこか呆れたような溜息と共に口を開く。

 

 

 

「…刀利君もムキになりすぎネ。アイのアレは子どもの癇癪、もうこれで何度目ヨ?」

「…ごめん。」

「ウンウン、いつまでもお子様の相手するコト無いネ。」

「…おいコラ待てや乳袋。誰がお子様やて?」

「ぺったんこは黙る良ろシ。」

「あぁ!?」

 

 

 

とても同じ学年とは思えぬ体型の差をした少女達の掛け合い。それにはアイナとて、思わず憤怒の矛先を変えてしまうしかないのだろう。

 

まるで条件反射のようにしてその怒りの矛先をミレイへと向け…今にも噛み付きそうなアイナの姿は、意地悪な年上にからかわれているかのよう。

 

そんなアイナの憤怒は、先ほど刀利に向けていたよりもどこか蒸発している様でもあり…横から他人が来たことによって、アイナ自身も水を差されたと感じているのか。

 

苛立ちからか、リョウとミレイ、そして最後に刀利を強い視線で睨みつけた後…

 

 

 

「…チッ、邪魔が入りすぎたわ。…、お前だけは絶対に認めんからな。【決島】でも、お前を一番に消したる。」

 

 

 

そう言い残したかと思うと、刀利にたった今負けた事などもう忘れてしまったかのようにして、アイはそのままどこかへと歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「…アイ、まだ中等部の時の事引きずてるノ?」

「…うん。」

「But、それはトーリもだろ?いい加減吹っ切ればいいってのに、いつまでも自分の所為だって。」

 

 

 

そして、アイナの姿が見えなくなった後。刀利へと向かって、どこか気を使っているような口調でそう声をかけた王 ミレイとリョウ・サエグサ。

 

その言葉はアイナのような憤怒でも、ましてや他の生徒のような侮蔑でも無く。

 

昨年度行われたデュエリアにおける一大イベント、【デュエルフェスタ】で上位を占めた彼ら。しかし、そんなデュエリアにおけるトップレベルの彼らの誰も、他の生徒達のように刀利を『雑魚上』だなどとは言っておらず。

 

…中等部の頃から、刀利の事を知っているからこそ。彼らも、刀利のその実力を知っている。

 

そして…その『過去』に何があったのかも。

 

そんな彼らは顔を見合わせて小さく溜息を吐いたかと思うと、更に刀利へと言葉を続けて…

 

 

 

「せっかくアオトとテツが全部『持っていって』くれたんだぜ?いつまでも引きずってると、『ホムラ』の奴も浮かばれないじゃん?」

「そうそう、アレは仕方無いコト…だかラ、刀利君だけの責任じゃ無いネ。」

「…うん。」

 

 

 

―『何で…何でこんな事に…刀利く…鍛冶上ぃ!お前の…全部お前の所為でぇ!』

 

 

 

かつて、このデュエリアで起こったとある出来事。

 

果たしてそれがどんなモノだったのか、そして何が起こったのか。

 

それを知っているのはこのデュエリアに居る限られた者達だけとは言え、それでも確かにその戦いが、少年達の心に小さくない傷を残したことは先ず間違い無く…

 

その小さく無い出来事が、年月を経ても未だ少年達へと重く圧し掛かっていて、何時までも何時までも少年達を苦しめ続けていて。

 

 

彼らにとって、『大切な友』を一人失ったその出来事が、一体どんな結末をもたらしたのかは…

 

 

 

…また、別の物語。

 

 

 

 

 

―戦いの時は…もう、すぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…あの子のあの憤怒…使えそうですね、えぇ。」

 

 

 

 

小さく開いた扉の隙間から、視線だけを天空の回廊に覗かせてそう呟いたスーツを着た捻れた男のその言葉を…

 

 

 

 

 

 

「…ふふ…【赤き竜神】を我らの手に。」

 

 

 

 

 

聴いている者は、誰も居なかった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 




遊戯王Wingsを書く以前

鍛冶上 刀利を主人公とした、Wingsの数年前の時系列となる『遊戯王Metals』という小説を書いておりました。

最初から最後までの構成は出来上がっていて10話程度完成しておりまして、当初はその『遊戯王Metals』をハーメルンに連載しようとも思っておりました。

しかし、その後に書き始めた遊戯王Wingsの方が筆が進んだという事もあり今に至っております。

もしも鍛冶上 刀利を主人公とした、Wingsの数年前の時系列となる『遊戯王Metals』にご興味がある方がいらっしゃれば、Wingsの第2章完結後に連載することも視野に入れたいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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