遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep66「少女の思い」

 

「…それで、転入生の釈迦堂 ユイを一週間ほど見てきたわけですが…どうです?釈迦堂 ランと何か関係はありそうでしたか?」

「いえ…その…」

 

 

 

終業式が先日行われ、夏休みに入ったばかりのとある日。

 

【決島】へ向けた修業のために、ルキと共にイースト校のスタジアムにまで足を運んでいた遊良へと、イースト校理事長、【白鯨】砺波 浜臣がそう問いかけていた。

 

…それは、先週転入してきた釈迦堂 ユイという、あの【化物】、釈迦堂 ランにそっくりな少女のこと。

 

終業式間近という変なタイミングで転入してきたということも不可解ではあるものの、それ以上に遊良や砺波にとっては、ランと血縁的に何の関係性も無い釈迦堂 ユイの容姿が釈迦堂ランにそっくりだったことの方が驚きだったことだろう。

 

何せ、驚異的な情報網を持つ砺波の手でさえ、釈迦堂 ランと転入生である釈迦堂 ユイには何の繋がりも見つけられなかったというのに…

 

まるで、釈迦堂 ランという存在その物をそのまま少々幼くしたかのようにそっくりな釈迦堂 ユイを見れば、それが他人だとは砺波には到底思えず。

 

そんな砺波の問いかけに対し、遊良はやや気落ちしたような声で返答して。

 

 

 

「…全くわかりませんでした。話しかけようとしても、探すとどこにも居なくて…気がついたら視界には居るんですけど、どうにも話しかけるチャンスもなくて…」

「ふむ…では高天ヶ原さん、女子の目線から見て釈迦堂 ユイはどう見えましたか?」

「え?えーと…そう言えば誰とも一緒に行動してなかったし、いつも一人だった気が…」

「これと言って友人を作る素振りも無し…と言うわけですか。親しくなった学生から情報も得ることも出来なさそうですね。…となると尾行をつけるか…それとも、監視を強化するか…あれだけそっくりで名も同じ…あれで釈迦堂 ランと関係が無いなどありえない…」

 

 

 

何やら思考を始めた砺波ではあるものの、修業の合間、休みに入ったばかりで他の学生の気配もない学内で、その過激とも取れる砺波の思考は決して教育者としてのモノではなく…

 

しかし、他の学生や教師たちに聞かれることもないこの静かなスタジアムの中では、砺波もその『釈迦堂絡み』の過激な言葉を押さえるつもりもないのか。

 

まぁ、かつて苦渋を舐めさせられる所か、頭から思い切り苦渋をぶっ掛けられた相手と全く同じ容姿、同じ苗字をした存在が、急に手の届くところにあまりに唐突に現れたのだ。いくら先の『異変』を経て、己の『歪んだ憎悪』を正すことの出来た砺波とて…

 

本来の標的の手がかりが突然手元に舞い込んくれば、ソレをなんとしてでもモノにしようと躍起になったとしても、それは仕方のないことなのだろう。

 

 

 

「ねぇ遊良…理事長先生、何かちょっと怖い…」

「砺波先生、ランさん関係の事になると回りが見えなくなるからなぁ…」

「…何か言いましたか?」

「え、あ、その…」

「…何でもありません。」

「ふむ…まぁいいでしょう。これが君たちで手に負えるようなことでないことは確かだ。後はこちらで調査を進めておきます。」

 

 

 

 

…とはいえ、そんな姿いつまでも教え子に見せているわけにもいかず。

 

砺波はそう言った後に、咳払いを一つ零したかと思うと…どこか言葉を濁しつつも修業の続きに戻るかのように、目の前にいる教え子2人へと向かって再度その口を開いた。

 

 

 

 

「さて、釈迦堂 ユイの事はひとまず置いておいて…天城君、自分でも分かっているとは思いますが、君のデッキはまだまだ完成度が低い。」

「は、はい…」

「特に先日の新堂君との一戦を引きずっているのか、最近は防御面に力を入れすぎていて攻撃の手が甘い。確かに、以前よりは断然君のデッキも安定するようにはなってきましたが、ただでさえ君のデッキはバランスを取るのが難しいと言うのに、これではただ単にデッキの回転を落としているだけです。」

「それは…わかってはいるんですけど…」

「…最近の君には焦りも見えます。ですが、【決島】まであまり時間が無いとは言え焦りに囚われては己を見失うだけ。君のデッキはどういうデッキなのか、それを今一度考え直すこと。焦りは禁物です。いいですね?」

「…はい、砺波先生。」

 

 

 

先ほどまで行っていた修行の振り返りなのか。少々厳しい言葉をかけながら、遊良へと向かって淡々と告げる砺波。

 

そう、目下の目標はあくまで【決島】。

 

いくら目先に敵の手がかりが現れたとは言え、あくまでも遊良達の事を優先して考えている砺波の言葉は毅然として厳しく。

 

【決闘祭】に優勝したという触れ込みと、【決闘世界】側からの遊良への不審、そしてルキの『赤き竜神』を狙っているであろう『敵』の事を考えると…いくら成長著しい教え子とはいえ、砺波から見ればまだまだだということなのだろう。

 

 

 

「…逆に高天ヶ原さんの成長は目を見張るモノがあります。飲み込みも早く筋も良い。さすがは『神』に選ばれた者といえますか。」

「え!?あ、ありがとうございます…」

「まだ荒い部分もありますが、この調子だと『神』の力も暴走すること無く【決島】を戦い抜けるでしょう。いえ、寧ろかなりの成績を残せそうな勢いです。…もっと早くに鍛えていれば、【決闘祭】の結果も分からなかったかもしれないというのに…勿体無いことをした。」

「…えっと…」

 

 

 

 

対して、これまであまり実力を発揮することも許されなかったが故に、褒められ慣れていないのか思わず戸惑いの声を漏らしたルキ。

 

砺波も、ルキを褒めたことは決して遊良への皮肉と言うわけではないのだが…

 

『神』のカードを持っていることが関係しているのか、それとも元からかなりの才能を持っていたのか。ルキの持つ才覚が、遊良や鷹矢と比較しても相当なモノなのだと言うことを砺波もこれまでの修業で把握したのだろう。

 

元シンクロ王者【白鯨】の目から見ても、目を見張るほどのセンス。

 

『事情』があったとは言え、これまで埋もれていたのが悔やまれるほどに…修業を通じて、ルキの持つ潜在的な実力の片鱗を深く感じ取った様子で。

 

 

 

「後は天宮寺君ですが…彼はまぁ、特別何かを教えずとも、放っておいても勝手に強くなるでしょう。アレはそういう『人種』だ。…本当に鷹峰にそっくりです。」

 

 

 

そして最後に、この場に居ないもう一人の教え子のことを、やや呆れた声で砺波はそう呟いて。

 

遊良やルキのように、自らが直接鍛えるのではなく。夏休みの期間に開催される各地の大会に、片っ端から出場させて鍛えるという、どこか趣旨の変わった鷹矢の修業。

 

その意図は砺波にしか分からぬモノではあるものの、【白鯨】に何らかの思惑があって鷹矢にソレを課しているというのは明白であり…

 

また、砺波が零したその言葉は、好敵手であったエクシーズ王者【黒翼】の姿を重ねているかのようにも聞こえるモノ。

 

まだまだ荒削りで祖父ほどの力は無いとは言え、鷹矢のあまりの傍若無人ぶりと他人を恐れぬ唯我独尊な立ち振る舞いは、祖父に匹敵するほどのモノとも砺波は感じているのか。

 

鷹峰に頼まれたとは言え、あの【黒翼】が鍛えた3人の弟子を、今度は自分が教えているということに対し…

 

砺波は、どこか複雑な感情を織り交ぜながら、更に続けて言葉を発した。

 

 

 

「…しかしこの私が、まさか鷹峰の弟子を3人も鍛えることになるとは。人生何があるか分からないモノです。」

「あの…理事長先生って、せんせ…えっと、鷹峰先生と仲が悪いの?」

「そうですねぇ…難しいですが、決して仲が良い…と言うわけではないでしょう。何せ、昔から顔を合わせれば衝突ばかりしていましたから。あの傍若無人な馬鹿は自分勝手に振る舞いすぎる。おかげで、過去に私が何度あの馬鹿の所為で被害を被ったことか。」

「あー、先生らしい…鷹矢も遊良に対しておんなじ感じだもんね。」

「…そうだな。」

「…まぁ、私の事はどうでもいいでしょう。それより問題は君たちです。天城君はデッキの完成度を高めること。高天ヶ原さんは『神』の力のコントロール。当面は、それを更に鍛えていく予定です。」

「はい。」

「はーい。」

 

 

 

目前まで迫った【決島】へと向けて、まだまだやるべき事は多い。

 

暑い夏の日差しが、迫り来る【決島】への不安を掻き立てるかのようにして更に熱く燃え上がり…

 

『赤き竜神』を狙ってくるであろう『敵』の事。【堕天使】を失ったことによる遊良の焦り。順当には見えるものの、まだ己の内なる力を抑え切れていないルキの力の暴走の懸念。

 

各々がそれぞれの課題と向き合いつつ、来たるべき【決島】へと向けて…

 

その意思を、向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえばさ、鷹矢っていつ帰って来るんだっけ?」

「明日一回帰って来るってさ。んで一日休んだら、また一週間色んな大会に行くって。」

 

 

 

今日の修業を終え、イースト校からの帰り道。

 

夕刻だと言うのに未だ太陽の日差しが健在の暑い住宅街の中を、遊良とルキはそれぞれの自宅へと向けて歩いていた。

 

 

 

「でもビックリだよねー。あの鷹矢がさぁ、大人しく理事長先生の言う事聞いて、色んなところに一人で修業に行くなんて。子供の頃も先生に文句ばっかり言ってさ、よく大会すっぽかしてたじゃん。」

「…修業に出る前も結構文句は言ってたけどな。でもどうにも砺波先生には逆らえないんだって。『身内じゃない分、ジジイよりも性質が悪い。』…ってさ。」

「ふーん。…あ、でもさ、遊良も鷹矢の面倒見なくて済むから、少しはゆっくり出来るんじゃない?ほら、遊良いつも家事とか鷹矢の世話とかで忙しいから。」

「…いや、夏休みに入ってから砺波先生の課題が増えてるから、寧ろ学校ある時とそんなに変わってない気がする…それに、あの馬鹿が一人で宿題終わらせるとは思えないし…はぁ、また最終日に徹夜で宿題させないと…」

「…今年はウチに泊まる?遊良が居なかったら鷹矢もさすがに焦るんじゃ…」

「…そうなったら、宿題抱えてルキん家に突撃してくるだろあの馬鹿。」

「あー、やりそう。『ルキにも手伝ってもらえて今年は楽勝だな!』とか言いそうだし。」

「まぁどうにかするさ。ルキの親にも迷惑かけるわけにはいかないしさ。」

 

 

 

鷹矢への愚痴と他愛の無い日常の会話を織り交ぜ…いや、ほとんど鷹矢の話題を繰り広げながら、ゆっくりと帰路を歩く二人。

 

一人だけ別の修業を言い渡されている、ここに居ない鷹矢の事を口々に。

 

その足取りがどこかゆっくりしたモノとなっているのは、果たして暑い日差しの所為か、それとも激しい修業の疲れからなのか、それとも無意識に会話を長く続けたいが為なのか。

 

暑い日差しの中を、ゆっくりと並んで歩いて話し続ける。その距離は近く、お互いがお互いに気を使っていないことの証明とも言える距離で。

 

 

 

「ここでいいよ。送ってくれてありがと。」

「あぁ。それじゃあな。」

「うん、また明日ね。」

 

 

 

そうして…

 

ルキの家の門の前で別れの挨拶を交わし、そのまま更に自らの帰路へと戻った自分の背中を…ルキが静かに見つめていたことに、果たして遊良は気が付いていただろうか。

 

一体、少女のその瞳には遊良の背中がどう映っているのだろう。

 

夏休みが始まってから…いや、それこそ先日に【堕天使】を失ってから、これまでずっと修業と課題を繰り返しているために、一向に気を休める暇が無い遊良。

 

その遊良の背中には、確かに強い疲労の色が見えており…

 

少なくとも遊良を見つめているルキの目には、【決島】への焦りもあるのかこれまで以上に疲弊している遊良の姿が、どこまでも心配なのだと言わんばかりの感情が浮かんでいる。

 

…まぁ、未だ完成には至っていないデッキの調整に、レポートという名の砺波からの課題。明日には帰って来る鷹矢のための飯の仕度に加え、主婦張りの毎日の家事と、とにかく一介の学生以上に働いている遊良なのだからそれも当然ではあるのだが…

 

…Ex適正が無いと宣告されてから、地獄のような生活を送ってきた所為か。色々な事を一人で無理に背負い込む節がある遊良。

 

それでも来たるべき【決島】に向けて遊良自身が『やる』と決めてしまっている以上、自分が何を言っても無駄なのだと言うことは、彼女だってこれまでの経験から身に染みて理解していて…

 

だからこそ、心配こそすれ無理にソレを止めることをルキは好まず。そんな遊良の性格を誰よりも理解してあげたい彼女だからこそ、どこまでも遊良の身を案じながらも共に同じ世界を見たいと思ってしまうだろう。

 

―幼馴染としてこれまでずっと共に過ごして来た、共に生きてきた、そして命を救ってくれた大切な存在。例え、世界の全てが彼を見放しても…自分だけは遊良の傍に居続けると、そう誓ったのだから。

 

故に、そんな無茶を続ける遊良のことが、どうしても心配でたまらないといった表情をルキは崩すことが出来ず。

 

そのまま遊良が曲がり角を曲がって、その姿が完全に見えなくなってから…ようやく、ルキは自宅の扉を開け、家の中へと入った。

 

 

 

 

 

「…ただいまー。」

「あら、おかえり。今日は早かったのね。」

「うん、理事長先生がこの後仕事だから今日は早く終わったの。」

「…そう。あれ、遊良君は?今日も晩御飯一緒に食べていくと思ってたんだけど。」

「帰ったよ?鷹矢が明日一度帰って来るから、今からご飯の準備しておかないとうるさいんだって。」

「…遊良君も大変ね。じゃあ先にお風呂入ってきなさい。汗かいてるでしょ?」

「はーい。」

 

 

 

迎えてくれる母のいつもの声に安心感を覚えつつ、荷物をリビングのソファーへと投げると、そのまま浴室へと向かうルキ。

 

夏真っ盛りのために、夕刻とは言えまだ明るい外界と浴室との対比にどこか違和感を感じながら…デュエルの疲れと外の気温の所為で纏わり付いたそのジメジメとした不快感から体を解放して。

 

一糸纏わぬその姿で、そのままぬるいシャワーを全身に浴びその不快感を洗い流し、真っ赤な髪を湯船に浮かしながらゆっくりと湯に浸かり…

 

そのままほっと一息つきながら、今、少女は一体何を思い浮かべているのだろう。

 

 

 

「はぁ…疲れたぁ…」

 

 

 

湯船の中でその零れたその吐息は、意図して漏らしたモノではなく…

 

一息つけた安堵からか、湯に包まれている暖かさからか。

 

浴槽の中で手足を伸ばして思わず零れてしまったソレは、今日の修業の疲れからだけではなく、最近になって立て続けに起こる様々な出来事への疲れも含まれているようにも聞こえる溜息。

 

しかし、ルキが意図せず吐息を漏らしてしまったのも仕方がないことだろう。

 

 

 

…何せ、去年から本当に色々な事がありすぎた。

 

 

 

高等部に入学してまもないと言うのに正体不明の人形のような男に命を奪われそうになったと思えば、遊良が突然それまで持ってもいなかった【堕天使】のカードを使うようになり…

 

何もしていないのにも関わらず遊良が【白鯨】から一方的な敵意を向けられて退学にさせられそうになったり、遊良が【決闘祭】に優勝してソレを撤回したのも束の間、決闘市に実体化したモンスターと凶暴化した住人で溢れ、新年から街が混乱の渦に巻き込まれたりもした。

 

…また、それだけでは終わらず。

 

そんな激動の一年をどうにか終え、やっと落ち着いたと思った矢先に、今度は遊良が何者かに襲われ【堕天使】を無くしてしまった。

 

その所為で、一時的とは言え自暴自棄になってしまった遊良の姿は、ルキにとっても辛い出来事だっただろう。そんな遊良も、新たに遊良の師となった【白鯨】のおかげで何とか立ち直ったかと思えば…

 

今度は中止になってしまった【決闘祭】の代わりに、他国『デュエリア』と合同開催で【決島】という名の祭典の開催が決まり、そしてまさかソレにルキまでもが代表としてエントリーされたのだ。

 

 

 

「【決島】…かぁ。」

 

 

 

欲しくもなかった『神』の力の所為で、自分には縁が無いとまで思っていた『祭典』に、まさか自分が出場できるだなんて。その知らせは、彼女にだって思いもよらなかったことに違いなく。

 

 

―初めての大会

 

―初めての試合

 

―初めての舞台。

 

 

遊良と、鷹矢と。幼馴染二人と『一緒』に参加できる初めての機会。

 

子どもの頃には考えられなかった…いや、つい先日まで考えることすら許されなかったその夢が、ついに叶うというのだ。

 

 

…それが例え、自分が持つ『神のカード』を狙った企みの末の一手だったのだとしても。

 

 

これまでずっと我慢してきた、これまでずっと耐えてきた、これまでずっと抑えてきた気持ち。自分だって遊良や鷹矢のように、思い切りデュエルがしたいという彼女自身の意思。

 

この時になってソレが『初めて』叶うかもしれないという僥倖、その二度は無いかもしれないこんなチャンスを、欲しくも無かったこんな『神』の力の所為で無碍にされるだなんて、彼女自身が納得できるはずも無いのだから。

 

 

まぁ、案の定【決島】への出場の意思を両親に伝えたところ、父と母が口を揃えて表情を変えて猛反対をしてきたのだが…

 

幼少の過去に一度誘拐されたという出来事もあり、『神のカード』を狙っている敵がいるかもしれないということは両親にとっても容認できる問題ではなかったのだろう。

 

しかし、娘のあまりの熱意に負けたのか、それとも全ての事情を知る【白鯨】からの直々の説明が効いたのか。

 

【白鯨】の特訓の元、『神』の力をコントロールしながらデュエルが出来るようになるという保障と、体が『危なく』なった時には何があっても棄権すると言う約束。そして『絶対』に安心できる警備体制を【白鯨】が取るという盟約の下で、最後まで出場を許可しなかった両親もどうにか渋々娘の参加を許可してくれたのだ。

 

故に…

 

 

 

「…楽しみだなぁ。」

「ルキー、いつまでお風呂入ってるのー?そろそろお父さん帰って来るからご飯にするわよー。」

「あ、はーい。」

 

 

 

大きな戦いの前、もしかしたら自分の身に危険もあるかもしれないと言うのに。

 

どこか心が躍る感覚と共に、ルキの言葉にはあまりに目まぐるしく過ぎる濃い日々にも負けない意思が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…それで鷹矢のヤツ、帰って来るのが一週間ぶりだからって、『カレーを大量に用意しておけ!』ってうるさくてさ。おかげでまだ仕込みが終わらないんだぜ?』

「…遊良もスパイスから仕込むからでしょ、もう。ホント昔から料理に凝るんだから。」

 

 

 

太陽も完全に姿を落とし、すっかり夜も更けた時間。

 

あとは寝るだけという格好で自室のベッドで寝転がっているルキは、一日中一緒に居たというのにも関わらず、遊良とデュエルディスクの電話越しで話しをしていた。

 

 

 

『いや、だって先生が『市販のルーなんか食えるか!』ってうるさかったじゃんか。おかげで鷹矢まで味にうるさくなりやがって。』

「確かに遊良のカレー美味しいけどさ。でも理事長先生の課題もあるんだし、いい加減にしときなよ?」

『…そうだな。』

 

 

 

他愛ない会話、目的の無い通話。ただ、二人で話しをしているだけ。

 

まるで、時間がとてもゆっくりと過ぎているかのような錯覚を覚えながら…会話を続けるルキの心には、回線の向こうに居るカレー作りに夢中になっている遊良の姿を、いとも簡単に思い浮かんでいる。

 

…【白鯨】との修業が始まってから、以前にも増して遊良とこうして話す事が増えた。

 

確かに以前は無かった変化。ずっとこれまで共に過ごして来た幼馴染達とは言え、鷹矢が居ない二人だけの時間がこれほどまでに存在するなんてルキにとっても初めてのことであり…

 

別に鷹矢が邪魔だとか、そう言った類の話ではないのだが、常に遊良と共に居る鷹矢が一週間もこの地を離れていること自体が珍しいことなのだ。

 

だからこそ、どんな他愛ない話でも、きつい修業の話でも。

 

うつぶせになって足をバタつかせながら、遊良とこうして緩やかに通話している時間に、いつも以上の安心を感じている様子をルキは見せていて。

 

 

 

『まぁでも、釈迦堂 ユイの事は砺波先生が自分で調べるって言ってくれたし、これで少しは楽になったけどな。一つやることが減っただけで随分と楽になった。』

「…あー、うん。…そうだね。」

 

 

 

しかし…

 

遊良の口からある人物の名が出たその瞬間。今までスムーズに出ていたはずの言葉に、少々の引っかかりを覚えてしまった様子のルキ。

 

それが決して意図して発した声ではなかった分、ルキ自身も今の自分の言葉の変化に少々の驚きを覚えたのだろう。

 

その証拠に、電話の向こうで喋っている遊良の言葉が頭に入ってこず、ルキは何やら頭の中で何かを考えている様子を見せており…

 

そう、最近の遊良は、転入生の釈迦堂 ユイという少女の事で砺波と話していることが多々あるのだ。

 

『ソレ』が理事長からの命令だと言うことはルキとて分かってはいるものの、何故か遊良が一人の少女のことを追いかけているというこの現状が、どうにも彼女の心に上手く言い表せないモヤモヤとしたモノを与えているのか。

 

 

 

「…なんだろ、何か変な感じ。」

『ん?何か言ったか?』

「え!?あ、う、ううん、なんでも…なんでもないから!」

 

 

 

以前は感じなかった、最近になって感じるようになった奇妙な感覚。

 

ソレが一体何なのか。遊良と鷹矢と『3人』で一緒に居る時には感じないこの不思議な感覚が、一体どこから来るモノなのか。

 

その感情の正体が何なのかを知らぬ少女の心には、この感じたことのなかった感情にただ戸惑うしかなく…

 

 

 

『…まぁいいや、じゃあまた明日な。夜更かしして寝坊するなよ?』

「鷹矢じゃないんだから大丈夫。遊良こそ、料理に夢中になって課題するの忘れないでよね?ただでさえ10時にはスイッチ切れちゃうんだから。」

『…おう。』

「あ、でももし遊良が寝坊したらちゃんと起こしに行ってあげるから心配しないでね。ほら、昔から鷹矢起こすの得意だったし。」

『…ルキの起こし方は雑なんだよな。』

「何か言った?」

「いや、別に。じゃあおやすみ。」

「はーい、おやすみー。」

 

 

 

そうして…

 

通話を切り、ディスクをベッドの端へと投げると、そのまま天井を見上げるようにして仰向けになったルキ。

 

途切れた通話の余韻の所為か、急に静かになった部屋の中で感じる、耳鳴りにも似た『静けさの音』が彼女の耳に反響し…

 

そんな静けさの音と、不意に感じたモヤモヤとした感情を無意識に掻き消すかのようにして。

 

他には誰も居ない自分の部屋の中で一つ…

 

ルキは、ポツリと言葉を漏らして…

 

 

 

「…はぁ。ホントなんなんだろ。」

 

 

 

一体、いつからこんな感覚が襲いかかるようになったのだろうか。

 

…確か、遊良が『フードの男』とやらに襲われて、【堕天使】を失って自暴自棄になってしまったのを見た後からだった気がする…と、ゆっくりと感情の出所を探る少女の頭の中には、過去の絶望していた遊良の姿がどこまでも痛々しく浮かび上がってきているのだろう。

 

哀れみではない。遊良は、ちゃんと自分の足で立ち上がったのだから。

 

嫌悪でもない。例え遊良が再び孤独になりかけても、傍に居続けたいと思う気持ちは変わらないから。

 

 

故に、これまでの人生で感じたことの無い不思議な感情に戸惑いつつ、その感情をゆっくりと考えているのか。

 

切ったばかりの電話の画面を見つめつつ、彼女自身も気付いていないその呟きを、聞いている者はこの部屋には誰も居らず。

 

幼馴染として、傍に居ることが当たり前だったが故なのか…このモヤモヤとした気持ちが何なのか、最近になって特によく感じるようになったその感情の名前を未だ知らぬ少女の心には…

 

上手く言葉に出来ないモノが、その胸の内で渦巻いていた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 


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