遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep70「出発」

そこがどこかも分からぬ、どこかの場所の暗い部屋。

 

その、ずっと閉め切っていたと思われるほどに暗く、そして空気もまた淀んでいるかのように重々しく沈殿しているこの部屋には…

 

およそ人が充分に住める設備と空間が『豪華』に用意されているというのにも関わらず、誰かが立ち入った様子もなく。

 

時折、カーテンの隙間から差し込む日の光だけが、寂しく部屋の中を一瞬だけ照らしはするものの、誰かが住んでいる様子などもない。

 

 

 

「…、…、…」

 

 

 

…しかし、こんな誰も居なさそうなこの部屋にも、微かに、静かに、そして僅かに、生き物の寝息のような呼吸音が零れていて…

 

それが、この暗い部屋のどこから漏れ出しているのか。外の太陽の光に反抗して閉め切られたこの部屋の中では、その寝息の出所を探すことすら困難であるに違い無い事だろう。

 

 

 

そんな、暗い暗いこの豪華な部屋の一室に…

 

 

 

 

 

「…目が覚めましたか?」

 

 

 

 

 

―静かに、『何か』の声が突如として現れた。

 

 

 

 

 

 

「………あぁ。俺は…どれくらい寝ていた?」

「…はい。およそ一月程かと。」

「そんなにか…」

 

 

 

そして、規則正しい呼吸音が、乱れたと思ったその刹那。

 

意識を覚醒させたばかりの眠そうな声を『誰か』が漏らし、そして当然のようにして、その『何か』とその『誰か』が言葉を交わし始めて。

 

しかし、この暗闇の中では、ソレが誰と何なのかは誰にも分からず。そのまま他の誰にも聞かれることのないためか、『何か』と『誰か』は更に言葉を重ね続ける。

 

 

 

「よほど『彼』とのデュエルに力を使ってしまっていたということでしょう。…それでも、完全に消滅させることは叶わなかったようですが。」

「…だろうな。あの時、オレの力に抵抗する『何か』を感じた。だから分かっていたよ、あいつは消えていないって。」

「あの方も心配されておられましたよ?目を覚ます様子が無かったものですから。…よほどお疲れだったのでしょう。『向こう』で全ての力を使い果たしていましたし、『こちら』に来てからも殆ど眠っておられなかったようですね。」

「…そんな事はどうでもいい。それより現状を教えてくれ、ユイ。」

「…はい。」

 

 

 

ここが一体どこなのか。そして彼らは一体誰なのか。

 

そんなこと、この場に居るこの二人しか知りえぬことなのだろう。

 

しかし、少年が『何か』の名前を述べたその瞬間。カーテンの隙間から差し込んだ光が、褐色の少女の顔を一瞬だけ部屋の中に浮かび上がらせて。

 

 

 

「もうすぐだ…次は無い、全部、全部消す。アイツも、アイツの大事なモノも、アイツの大事な場所も…」

「…努々忘れること無かれ。自分が一体何なのか。」

「あぁ、わかってる。…力が戻ったら…全部、全部全部消し去ってやる。それが…オレのやるべき事だ…」

 

 

 

目覚めた不穏が、今再び…動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

その日、決闘市はにわかにざわめいていた。

 

長くも短かった学生達の夏休みも終わり、本来ならばすぐに【決闘祭】へと向けた学内選抜戦がこれから各決闘学園で行われるであろう、まだまだ盛り上がるには早いこの時期に…

 

【決闘祭】がすぐそこまで近づいてきているかのようなこの落ち着かない街の雰囲気は、年末のような寒さこそないものの、残暑の中で確かに浮き足立っていて。

 

…いや、浮き足立っているのは決闘市だけではなく。

 

そう、学生達の夏休みが終わり、すぐに始まるソレへと向けて、世界中がにわかにざわめきあっているのだ。

 

それは、先日発表された『祭典』が、世界においても初の試みだったからに他ならない。

 

 

…世界有数のデュエル大都市として有名な、決闘市とデュエリア。

 

 

昔から何かと衝突し合っていることでも有名であるこの『王者の集う街』と『決闘発祥の地』である二大都市が…

 

 

―まさか今年に合同で『祭典』を執り行うだなんて、一体誰が予想出来ただろうか。

 

 

学生の数も大体同じで、学生のレベルも両都市ともに引けを取らず。

 

元シンクロ王者【白鯨】を筆頭に、決闘界の重鎮達が理事長を勤める決闘市か…【王者】となんら遜色無い力を持っていたと言われる、歴戦の決闘者『逆鱗』が率いるデュエリアの、果たしてどちらの決闘学園が優れているのか。

 

 

―そんな世界中が注目しているその渦中。

 

 

夏休みが開けた初日。その期待に溢れた決闘市の街の雰囲気は、【決闘祭】の中止という憂いを吹き飛ばすかのような奔流となって…

 

 

 

―決闘市内にある、国内でも有数の飛行場に集まっていた。

 

 

 

『全員、各校の集合場所を離れないように!これより点呼を取り、確認でき次第ウエスト校から順に搭乗する!』

 

 

 

手持ちのスピーカーから発せられた、教員らしき男の声がこの『飛行場』のロビーに木霊して。

 

その声に反応した他の一般客達が、この場に集まっている多くの『学生』達の屯しているその姿を野次馬の如く見てくるものの…

 

その視線は好奇と言うよりも、寧ろこれから始まるデュエリア領にて行われる世界最大級の学生達の祭典、【決島】への期待と応援に満ちた後押しするモノとなっていることは先ず間違い無いことだろう。

 

そう、これよりノース、ウエスト、イースト、サウス、それぞれの決闘学園から選りすぐられた25名ずつの学生、『計100名』が一挙に介し、今まさに【決島】へと向けて旅立とうとしているのだ。

 

 

―決闘市にて行われる祭典、【決闘祭】の出場者が各校3名の、計12名だったことを考えると破格の出場者数。

 

 

これで決闘学園デュエリア校の参加選手100名を合わせた、計200名による超大規模な戦いが巻き起ころうとしている興奮は、これまで【決闘祭】に出場したくともギリギリで出場できなかった学生達にとってはどれ程の幸運と言えるのだろうか。

 

また、一部界隈では、参加者が多すぎるために『祭典』のレベルが例年と比べて下がるのでは無いかという意見も中には出てはいるものの…

 

そもそも決闘市の学生だけでも20万人以上の学生が居るのだから、ここにいる決闘市側の代表『100名』もまた、厳選されて出場資格を得た強者に違いなく。

 

 

…そう、何も【決闘祭】に出場する『3名』だけが特別に強いというわけではない。

 

 

勝負はあくまでも時の運。

 

その時に選ばれた『3名』は、確かに各学園が誇る代表者には違いないものの…それでも、その時の【決闘祭】の代表者達と、ほぼ同じ力を持った学生達が各校にはまだまだごろごろ存在していることを忘れてはならないだろう。

 

故に…この場にいる『100名』は、20万人を超える決闘市の学生達の中から、厳正なる審査を経て選び抜かれた栄えある代表者。

 

この場にいる全員が、すぐそこまで迫った【決島】へと向けて奮起を起こしていて…

 

 

そんな、学生達の闘争心に溢れているこの空港のロビーの…

 

 

イースト校の学生達が、教師を先頭に屯している、もうすぐ点呼が始まるであろうその集団の最後尾で…

 

 

 

 

 

「…疲れた…それに、眠すぎて…倒れそう、だ…」

「…だから、早く寝ろって、言っただろ…大体、出発の前日に、徹夜する馬鹿が、どこに、居るんだ…」

 

 

 

 

 

―遊良と鷹矢が、息も絶え絶えになりながらそう呟いていた。

 

 

 

「…時間には、間に、合ったのだ…問題、なかろう…」

「ふざけんな…おかげで、俺まで遅れるところ、だったじゃねーか…この、馬鹿野郎が…」

 

 

 

…額に汗を浮かばせ、肩で息をして、言葉の合間に細かく酸素を取り込んで。

 

 

まだ決闘市から出発すらしていないと言うのに、既に疲弊しきっているこの彼らの姿。

 

…これではまるで、この空港に到着したのが集合時間ギリギリ、たった今到着したかのような息の切れ具合ではないか。

 

…いや、彼らの話しぶりと、彼らの疲れ具合から察するに、確実に『そう』なのだろう。

 

その理由も、遊良の疲弊しながらも苛立っている姿と、ソレに反し鷹矢の何の悪びれもしていない姿を見れば一目瞭然であり…

 

そんな、イースト校の学生達が集まっている場所に合流した遊良と鷹矢を見つけたのか。

 

先に時間通りに到着していたルキが、息を整えている二人へと向かって、やや怒ったような声をかけてきた。

 

 

 

「遅いよ二人とも!こんなギリギリに!何してたの!?」

「…悪い、この馬鹿が寝坊して…」

「ぬぅ…徹夜などするんじゃなかったぞ…」

「え!?本当に徹夜したの?でも夏休みの課題は全部終わってたんでしょ?鷹矢なのに。」

「『なのに』とはなんだ、『なのに』とは。俺だってその気になれば課題くらい片付けられる。」

「…修業の合間に帰ってきた時にみっちりやらせたからな。すぐサボろうとするから本当に大変だったけど。」

「じゃあ夜更かしする理由なんて何もないじゃん。なのに何で寝坊したの?ねぇ何で?ねぇ!」

「む…」

 

 

 

眉間に皺を寄せて詰め寄るルキの迫力には、流石の鷹矢を持ってしても一歩引いてしまうのか。

 

…まぁルキからしても、デュエリアへと向けて出発するというこんな大事な日に寝坊する鷹矢に対して、怒るなと言う方が無理な話だろう。

 

また鷹矢にしてみても、寝坊して遅刻しかけたのは自分自身なのだから、返す言葉も無いのだろうが…

 

それでも、どこか鷹矢はバツが悪そうに。ルキから目線をわざとらしく逸らしながら、静かにその口を開いて…

 

 

 

「…修業に課題と、夏休みは全然遊べなかったのだ。休みが無かったのならば、何もない最終日くらい好きに遊ばせるのが普通だろうが。」

「えぇー…でもそれで遅刻しかけるって本末転等な気が…」

 

 

 

少しも悪びれずにそう言い放つ鷹矢。

 

それは、誰もが奮起と緊張に包まれているこの空港のロビーにおいて、どこまでも平常運転の鷹矢であるという証拠ではるのだが…

 

 

 

「早く寝ろって言ったのに、俺が深夜にトイレに起きたらまだ起きてんだぜ?それで今になって眠いとか言ってんだから自業自得だろ。」

「ほんとお馬鹿なんだから、もう。」

「ぬぅ…」

 

 

 

しかし、そんな鷹矢を見る遊良とルキの視線は鋭く。

 

そう、決闘市だけではなく、世界中が注目をしている【決島】にこれから出場するというのに…あまりに緊張感が無い鷹矢のその態度には、遊良とルキに心配とは別の、何か違った不安を襲いかからせてしまっているのだから。

 

 

 

「…おい見ろよ、天城 遊良だ。」

「…ほんとだ、アレが本物の…」

 

 

 

…そんな時、不意に遊良に、小さな声が聞こえてきた。

 

聞こえるか聞こえないかギリギリの…いや、これまでの人生でずっと陰口を聞いてきた遊良の耳だったからこそ、聞く気も無かった、聞こえないはずだったその小さい声を捕らえてしまったという、そんな気にするつもりも無かった声。

 

それはこの場に介した大勢の他校生達の内の、ほんの一角の数人が遊良を見てそういった声であり…

 

流石に【決島】の代表に選ばれた実力者達だけあって、その声質は遊良を蔑んだり馬鹿にしているモノとは異なってはいるものの、それでも遊良に聞こえないように呟いているつもりになっている当たり、彼らは自分達の声を遊良に届けたいと思っているわけでは無い様子。

 

…まぁ、遊良を見慣れている同じイースト校の学生は別としても、遊良もこれまで何かしらの用事が無ければこの広大な決闘市の他の地区に行くということも稀であったために、これまで殆ど交流も無かった学生達の中には映像ではない本物の遊良を初めて見た学生も居たのだろう。

 

その証拠に、その声質はどちらかと言うと蔑みや貶めと言うよりは、【決闘祭】の優勝者である遊良に対し、どういった感情を向ければいいのか分かっていないようではないか。

 

 

…蔑んでいい相手ではない。しかし実際に対峙したことが無いために、その力を手放しに認めるには気が引ける…

 

 

そして、その声に触発されたのか。

 

これまで対峙した事もない他校の学生達が、映像ではない本物の天城 遊良を次々に見始め、ソレに呼応して少々空気がざわつき始め…

 

また、遠目からヒソヒソと自分の事を言われる感覚は、遊良にしてみてもあまりいい気はしなかったのだろう。思わず、無意識に、反射運動にて遊良の眉間に皺が寄ってしまった…

 

 

―その時だった。

 

 

 

「あ、いたいた!天城せんぱーい!」

 

 

 

響く…とまではいかないものの、一人の学生がこの場にいる学生達の多くに聞こえたほどの声を放ち、早足で遊良達へと近づいてきて。

 

 

 

「…お、おい、アレって『烈火』の孫じゃなかったか?去年の全中の試合で見たぜ…」

「あ、あぁ…サウス校の一年で唯一代表に選ばれたって奴だろ?で、でもどうしてそいつが、あの天城 遊良とあんなに親しげに…」

 

 

 

周囲の視線などお構いなしに、たてがみの様な赤みがかった髪を揺らし。

 

 

―決闘学園サウス校一年、獅子原 炎馬

 

 

遊良の名を呼ぶ炎馬の声には、周囲のような怪訝さなど少しも感じられず。寧ろ、一種の懐きのような雰囲気が含まれていたことだろう。

 

…そのまま、炎馬は周囲の目線など気にした様子もなく遊良へと声をかけた。

 

 

 

「はよっす、天城先輩。」

「…あぁ、炎馬か。おはよう。どうしたんだ?」

「いやさ、デュエリアに着いたら学校毎の行動になるって聞いたからさぁ。今の内に話しとかないと【決島】始まるまで会えないかなーって。さっき探しても居なかったから、ちょっと心配してたんだぜ?」

「…悪い。」

「お、アンタ天宮寺先輩だろ?【決闘祭】の映像見たけどやっぱ背ぇデカイんだな。あ、高天ヶ原先輩もはよっす。」

「おはよう炎馬君。」

「…何だこの馴れ馴れしいのは。」

 

 

 

怪訝な顔した鷹矢を他所に、どこまでも明るい顔で笑みを浮かべながら言葉を綴る炎馬。

 

…遊良とルキが夏休みの中盤に、サウス校へと遠征に行った時に妙に懐かれたのか。あの遠征の後にも数回程会ってデュエルをした為に、最初に会った時のような下手な緊張感や妙な距離感などは既に跡形も無く。

 

 

 

「夏休み中は天城先輩にも高天ヶ原先輩にも一度も勝てなかったけど、俺本番に強いタイプだから気をつけた方がいいぜ?油断してると足元すくうからな!」

「あぁ、分かってるよ。こっちだって一度も手を抜けなかったし、お前は飲み込みが早いから油断なんて出来ないさ。」

「へへっ、じゃあ今度は【決島】で会おうぜ!高天ヶ原先輩と天宮寺先輩も、【決島】で戦う時は全力で行くからな!」

 

 

そうして…

 

言いたい事を言うだけ言って満足したのか。

 

炎馬は意気揚々と、サウス校の集団の方へと戻っていった。

 

 

 

「…誰だ?あの小僧は。」

「サウス校の獅子原先生の孫の炎馬だ。…ってか、昨日説明しただろうが。サウス校に行ったときに知り合ったって。」

「…覚えておらん。今初めて聞いた名だ。」

「どうせ、夜更かしした所為で忘れてたんだろ?」

「ふん。覚えるつもりもないがな。そんなに『やる』ようには見えん。」

「でも油断してるとホントに足元すくわれるよ?炎馬君、遊良とデュエルしてから何か掴みかけてるみたいだし。」

「…そうだな、炎馬も強敵の一人だ。」

「…ふん。」

 

 

 

そう言って炎馬の方を見ようとしない鷹矢の目線は、彼にしては珍しく先程の炎馬の態度が少々気に障ったかのような振る舞い。

 

…怖いもの知らずのように言葉を放ってくる炎馬が、どうにも鷹矢には気に食わなかったのだろうか。

 

…まぁ、炎馬の態度は決して鷹矢がどうこう言えるモノではないのだが…

 

それでも自分が知らぬ所で、これほど遊良に親しげに話しかけて、そして自分に尊大な態度を取ってきた学生は鷹矢にとっても初めてのことだったのだろう。

 

鷹矢にとっても初めての経験であるが故に、己の感情をどうやって始末すればいいのかを彼もまた測りかねている様子。

 

 

そうして…

 

 

息も整い、炎馬が去って、ようやく遊良がホッと一息つきかけたその瞬間…

 

 

 

 

「…ちょっと、いい?」

「え!?」

 

 

 

 

静かに、そしてあまりに薄い気配が背後から突然かけられた。

 

…少々驚いたかのような声と共に遊良が反射的に振り向いたそこには、この気配に溢れた空港のロビーに己の存在を溶かしてしまったかのように…

 

そう、まるで水の中に隠れるかの様にその気配を消しながら、背後から遊良へと話しかけてきた女性の姿が。

 

 

 

「あ…えっと…竜胆…さん?」

 

 

 

そして、その顔と声を一度だけ間近で見て聞いたことがある為に、反射的に遊良は話しかけてきた女性の名をその口から呟いて。

 

…透き通るような白色の髪。線が細く、気怠くも儚げに見える少女。

 

 

―ウエスト校3年、竜胆 ミズチ

 

 

【決闘祭】の準決勝で遊良が戦ったあの『機竜』使いの、そして先の決闘市で起きた『異変』の時に鷹矢が戦ったあの金髪の、今ではプロデュエリストとして活躍している元ウエスト校の実力者、竜胆 大蛇のただ一人の妹。

 

…しかし、遊良や鷹矢と直接的に関わっていないはずの、今では3年生となってウエスト校のトップに立っているという彼女が、一体どういった用件で遊良達へと話しかけてきたのだろうか。

 

その、全てを見透かしているかの様な、どこまでも透き通った目で…ミズチは、ただじっと遊良の顔を見つめていて。

 

 

 

「あの…俺に何か…」

 

 

 

直接話した事もなければ、殆ど面識も無いミズチと遊良。

 

故に、声をかけられたとは言え、遊良も彼女に対して何を言えばいいのかがわからず。

 

ミズチが何の目的で自分に話しかけてきたのかも分からぬ遊良からすれば、ただ黙ってこちらを見てくるミズチの意図はただただ不明。

 

そんな、ミズチに対して何を言っていいのか分からない様子でいる遊良を他所に…

 

そのままミズチは、静かに遊良達へと向かって…ゆっくりとその気怠げな口を開け、小さく声を発した。

 

 

 

 

「…先日、兄さんが貴方に会ったって言ってたから。…また余計なことを言って、何か迷惑をかけたんじゃないかと思って。」

「え?あ…あぁ、夏休みにそういえば一度会ったっけ…いや、迷惑なんて特に何も…」

「…そう。ならいいの。」

 

 

 

空港のざわめきに溶けていってしまいそうなミズチの声は、どこまでも透き通っているからこそ鮮明に遊良の耳にだけ届けられて。

 

確かに、遊良が夏休みに入ったばかりの頃。何の気まぐれか、現シンクロ王者、【白竜】と称えられる新堂 琥珀と戦った後に、琥珀の付き人として現れた竜胆 大蛇がイースト校に現れたことがあった。

 

しかしその場では彼女が言うような『何か』など、遊良には無かった覚えしかなく…

 

 

 

「…」

 

 

 

しかし、まだ何か用があるのか。

 

ミズチは帰る素振りを見せず、そのまま遊良の顔を…いや、遊良の『後ろ』の方へと視線を刺し続けて、じっと見続けているのみ。

 

 

 

「あの…まだ何か…?」

「…天城 遊良。…『翼』が、消えてるわ。」

「…え?」

「…でも、抜け落ちてるわけじゃなさそう。…それと、天宮寺 鷹矢。」

「む?」

「…貴方は、また増えてる…【決闘祭】の時にも思ったけど、どこまで背負い込めるの?」

「何を言っているのだ貴様は。まるで意味がわからんぞ。」

「…そう。」

 

 

 

まるで、言語が異なっているかのように、淡々と意味の通じぬ言葉を並べるミズチと…ソレらを全く理解出来ず、頭に疑問符を浮かべている遊良と鷹矢。

 

こうして面と向かって会話をすることは始めてとは言え、ここまで兄と妹の性格が異なっていることは彼女の兄を知る遊良や鷹矢にとっては、不思議でたまらないことに違いなく…

 

そう、彼女とは見ている世界そのモノが違うのではないかと思えるほどに、会話が全く噛み合わないのだ。

 

しかし、遊良や鷹矢が自分の言った言葉を全く理解していない事など、彼女にとってはどうでもいい事だったのか。

 

そのままミズチは踵を返すと、その真っ白な髪を揺らしながら…

 

 

 

「…じゃあね。【決島】で会いましょう。…そこの、赤い子も。」

「え、あ、はい…」

 

 

 

何か含みのある言葉を言うだけ言って、ミズチはどこまでも気怠げにその足を進めつつ己の学園の方へと戻っていって…

 

 

 

「…天城 遊良。…兄さんが言ってた通り…面白い事になってる。」

 

 

 

遊良達には聞こえない、彼女だけにしか聞こえないであろう小さな声で、静かにそう呟いたミズチ。

 

…それは、彼女の持つ『全てを見通す目』が何かを見たと言うことなのか。

 

しかし、彼女の気怠げな表情からは、一体彼女が何を考えているのかなど誰にも知ることは出来ないことだろう。

 

そんなミズチが、ウエスト校の方へと戻ってその姿を集団に隠してしまったのとほぼ同時に…

 

鷹矢が、疑問符を浮かべ続けながらも徐にその口を開いた。

 

 

 

「一体何だったのだあの女は。」

「…さぁな。でも『翼』が消えてるって…【堕天使】の事か?でも何であの人が…」

「あ、お兄さんに聞いたんじゃない?ほら、【白竜】とデュエルした時、あの人のお兄さんが後から来たじゃん。」

「でも竜胆さんが来たの、デュエルが終わった後だったしなぁ…鷹矢にも何か言ってたし。」

「うむ。全く意味がわからなかったぞ。」

「…まぁいいか。とりあえず、あの人も【決闘祭】の代表にも選ばれてた人だし、決闘市側にも強敵が沢山居るんだ。油断は出来ないな。」

「ふん、誰であろうと蹴散らすだけだ。」

 

 

 

ミズチの言った言葉が気にはなりつつも、遊良はすぐさま意識を戻して。

 

そう、ミズチの心意はどうであれ、あくまでも目下の意識は【決島】。

 

『烈火』の孫である炎馬や、竜胆 大蛇の妹であるミズチ以外にも、決闘市にはまだまだ自分の腕に覚えのあるデュリスト達が存在しているはず。

 

それを証明するかのように、遊良へと突き刺されている視線の中には、【決闘祭】の優勝者を食って掛かろうとしているような好戦的な視線もいくつかあり…

 

昨年度の【決闘祭】の戦いに触発されたのか。自らを鍛えなおしたことによって、メキメキと頭角を現し始めたデュエリストも多々現れており、年々学生のレベルが下がってきているとまで言われていた以前までの決闘市と今年の決闘市は、どこか違う意識の高さがあるのだ。

 

無論、『Ex適正の無い』デュエリストへの見方が、良い方向へと変わった事も関係しているのだろう。

 

故に、油断など微塵もしている場合ではなく、意識を他に取られている場合でもない。

 

 

 

しかし、それを分かっていてもなお…

 

 

 

鷹矢は、堂々と言い放つのみ。

 

 

 

「今回は俺が優勝してやる。遊良の癖に、去年に続けて今年も優勝できるなどと思っているわけではあるまいな。お前は俺が倒す。」

「あ?鷹矢の癖に、今回も俺が勝つに決まってんだろ。つーか、今回は寝坊して開始に間に合わなくても俺は知らないからな。」

「なんだと!」

「なんだよ!」

「ちょっと!何で二人が喧嘩始めるのよ!もう!」

 

 

 

鷹矢にとっては、いくら周囲が奮起して向かってきても関係ない。いくら強くなった他人がかかってこようとも、自分が負けるヴィジョンなどこの男が思い浮かべているはずも無いのだから。

 

…鷹矢にあるのは、あくまでも遊良との戦いのヴィジョンだけ。

 

それは幼い頃に交わした『約束』のための…いつか大舞台で、大歓声の中で全力で戦いたいという、二人が交わした『約束』の、その礎とする為に戦いに臨むだけであり…

 

…そして、そんな鷹矢の意思はもちろん遊良だって理解していること。

 

だからこそ、いつもの如くじゃれあいつつも、決して戦意を途切れさせぬ遊良の意思は自らもまた負けるつもりなど毛頭ない自負の表れ。

 

仲裁に入るルキの声に遮られつつも、お互いがお互いには絶対に負けたく無いという遊良と鷹矢の声がぶつかりあい…

 

 

そんな遊良達の事を…

 

 

 

少々離れて、砺波たち各決闘学園の理事長達が、その様子を眺めていた。

 

 

 

「はぁ…これから【決島】に向かうと言うのに、まるで緊張感が無い。」

「ハッ、いいじゃないか。下手に緊張しているより、子どもはあれくらい元気があった方がいいさね。」

 

 

…まぁ、理事長達とは言っても、何故かこの場に現れないノース校の新理事長と、ウエスト校の校長たちと話しこんでいるウエスト校理事長、李 木蓮を除いた、たった二人だけではあるのだが。

 

そう、この場にいるのは、決闘学園イースト校理事長、【白鯨】と謳われた砺波 浜臣と、決闘学園サウス校理事長、『烈火』と呼ばれた獅子原 トウコの、歴戦を駆け抜けし元プロデュエリストの二人。

 

しかし、教え子達のあまりの緊張感の無さに溜息を吐く砺波とは対象的に…トウコの態度はどこか、『祭典』を純粋に楽しみにしているような飄々としたモノとなっていて。

 

 

 

「それより浜臣、お前んトコの子達、結構面白いじゃないか。アタシに琥珀の馬鹿を思い出させるなんて、あの天城って子は中々筋が良い。それにあの赤い嬢ちゃんも、『何か』持ってそうだしねぇ。」

「…獅子原理事長、夏休みに何度か遠征を引き受けてくださったのは感謝していますが…どれも仕事だという事をくれぐれもお忘れなく。彼には言っていないとは言え、天城君の結果には我々の進退がかかっていると言うことをですね…」

「お堅いことだねぇ相変わらず。あの調子に乗ってた聞かん坊だった頃が懐かしいったらありゃしないよ。」

「…獅子原理事長?」

 

 

 

元から細かい事を気にしない性質だったトウコに、珍しくどこか振り回されているかのようにも見える砺波。

 

いくらプロデュエリストだった時代からの知り合いとは言え、あくまでも決闘学園の理事長としての立場を貫き通さなければ学生達に示しが付かないというのに…

 

 

 

「はいはいわかってるさ。…でもねぇ、わざわざ【白鯨】のアンタが学生を個人的に鍛えるなんて、『仕事』の枠を大きく超えてるだろう?プロの時にだって、星の数ほどいた弟子入り志願者を片っ端から無視していたあのアンタが。それに、その弟子をわざわざアタシんトコにまで送ってくるなんて、よっぽど気に入ってる証拠さね。」

「…」

「まっ、あれだけの才能だ。鷹峰の孫も相等なモンだが…アレを一から鍛える楽しさは、アタシもよく理解してるつもりさよ。だから琥珀が学生の時に、無理言って【白鯨】のアンタに引き合わせたりもしたんだからねぇ。…何か反論はあるかい、砺波理事長?」

「…フッ、トウコさんには、何時まで経っても敵う気がしません。」

「ハッ、デュエル以外でアタシに勝とうなんて10年早いさ。」

 

 

 

しかし事務的な砺波の言葉と態度も、トウコの前では保つことすら出来ないのか。

 

…まぁ、いくら元シンクロ王者【白鯨】でなくとも、この決闘界の名立たる猛者の全ての姉貴分と言われるトウコを相手にしては、例え砺波で無くともソレは難しい事と言え…

 

何せ、若き日の『荒くれ』と呼ばれた、あの少々恥ずかしい振る舞いをしていた頃から自分を知られているのだ。

 

だからこそ、今更取り繕ったところで、その過去を簡単に持ち出してくるトウコには勝てないと砺波も踏んだのだろう。

 

近くに他の人間が居ないことも幸いしてか、心意を簡単に見透かされている砺波は早々に言葉から硬さを取り払い…

 

そんな砺波へと返すように、更にトウコは言葉を続ける。

 

 

 

「…しっかし、浜臣に木蓮にアタシ…んでデュエリアに行きゃあ『小龍(シャオロン)』も合流するとなると、気分はまるで同窓会さね。」

「…トウコさん、くれぐれも向こうで劉玄斎の事を『小龍(シャオロン)』と呼ばないでください…下手をすれば国際問題になりかねません。」

「ハッ、何が悲しくて小龍なんぞを怖がらなくちゃいけないってんだい。アタシはアイツがプロ入りする前のガキの頃から知ってるってのに。」

 

 

 

そんな中、何気なくトウコが徐に口にした『その名』…

 

それは紛れも無く、決闘学園デュエリア校学長、『逆鱗』と呼ばれた劉玄斎の、知る人ぞ知る彼の幼少の頃の通り名。

 

しかし、あの砺波が焦りつつも少々声を潜めて咎めた事が証明しているように、かの有名な『逆鱗』と呼ばれた決闘学園デュエリア校学長、劉玄斎その人が全く気に入ってもいないその『小龍(シャオロン)』という呼び名は、この業界に携わる者の中では一種の禁句でもあり…

 

過去、謝ってその名を口にしてしまった命知らずが、文字通り彼の『逆鱗』に触れてしまい…取り返しの付かない事態に陥ってしまったたと言うことは、最早今この場では語るにも及ばないことだろう。

 

…まぁ、歴戦に名を連ねる伝説の決闘者達、その全ての姉貴分であるこの女傑、『烈火』と呼ばれた獅子原 トウコに限って言えば、ソレはまた別の話となるのだが。

 

 

 

 

「楽しい祭りになりそうさねぇこりゃ。」

「…そうですね。」

 

 

 

そんな、心から楽しそうな笑みを浮かべる『烈火』とは裏腹に…

 

 

 

(劉玄斎…何を企んでいるのかは知らないが…この私が居る限り、貴様の好きにはさせん。)

 

 

 

己の教え子の結果によって決闘市側の理事長達全員の進退が決まることへの重圧と、【赤き竜神】を狙ってくるかもしれない敵の影。

 

ソレに加え、『逆鱗』、劉玄斎の読めぬ心意が、戦いの前に幾重にも砺波の心に重く重なり合い…

 

 

 

―【白鯨】の表情には、やや怪訝な曇りが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

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