遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep71「開戦前夜」

―デュエリアの街は、ざわめいていた。

 

 

もう日も落ち、これより本格的に夜が始まると言うのにも関わらず。落ち着き無くざわめきが木霊している街の中には、眠ることすら勿体無いと言わんばかりの喧騒が今もなお止む気配も無く交わされ続けていて…

 

そのざわめきは、人々の興奮度が上昇し続けているのが目に見えて分かる程のモノ。夜が更けるに連れて、時間が進むに連れて…

 

そう、ソレが近づくに連れて、どんどんヒートアップし続けているのだ。

 

 

しかし、その熱狂の理由など単純明快。

 

 

これ程までにこの『決闘発祥の地』であるデュエリアが熱気に包まれることなど、『デュエル』に関する出来事以外にありえないこと。

 

…いや、熱気に包まれているのはデュエリアだけではない。

 

デュエリアを飛び出したこの熱気は、瞬く間に『熱狂』へと変わって全世界を包みこんでいるのだ。

 

それは、夏の前辺りに突如として世界中に発信された、とあるニュースの衝撃が世界を多いに驚かせたからに他ならない。

 

そう、世界中が注目している、その熱狂の原因…

 

 

 

―【決島】が、いよいよ明日開催されるのだ。

 

 

 

世界有数のデュエル大都市である、『決闘市』と『デュエリア』。

 

そのライバル関係とも言える、常に衝突を繰り返してきた『王者の集う街』と『決闘発祥の地』の2つの大都市が、まさかの『合同』で祭典を執り行うというそのビッグニュースを、一体だれが予想できたと言うのだろうか。

 

…世界でも初めての試み。

 

歴史上類を見ない程の規模で執り行われる学生達の『祭典』は、長きに渡り競い合い衝突しあってきた決闘市とデュエリアの、直接的なぶつかり合い。

 

明日にも迫ったその盛大なる祭りの開戦の為に、世界中のメディアが注目しその盛り上がりを全世界に伝えようと躍起になっていることからして…

 

世界初となる、決闘市とデュエリアが合同で執り行う【決島】には、世界中が大注目をしていると言っても過言ではないことだろう。

 

故に…先程流れた、決闘市側の学生達が無事にこのデュエリアに到着したというニュースもまた、デュエリアの街の興奮を多いに増す要素となっており…

 

その世界最大の学生の『祭典』を、最も近くで見ようとデュエリアまで押しかけた他国の観光客や、次世代のプロ候補達を見定めようと集った多くのデュエリスト達が、口々に【決島】の事を話し続けている今のデュエリアの街の熱気はとにかく凄まじいの一言。

 

 

―始まるのは、明日の朝。

 

 

絶対に見逃さないために、興奮を途切れさせない為に。

 

眠ることすら拒んでいるこの街に、集った全ての人々が…いや、世界中の人々が、その世紀の開戦を今か今かと心待ちにしていて…

 

 

 

 

 

―そんな、眠らぬ街と化したデュエリアの一角…

 

 

 

 

 

この街の中央に位置する、『決闘学園デュエリア校』の、さらに中央部に位置する特別に建てられたタワーの最上階。

 

この広大な決闘学園デュエリア校を一望できる、そのデュエリア校の中でも最も高い場所にある『学長室』の中で…

 

 

 

―2つの男の声が、交わされていた

 

 

 

「悪ぃなぁ木蓮、着いたばっかりだってのに、わざわざ理事長先生様に足を運ばせちまってよぉ。」

「いえ、これも仕事ですから。それに、今の私はウエスト校の理事長ではなく、わが社の一人の社員と思っていただいて結構ですよ。」

「クハハハハ、何が一人の社員だ。世界トップクラスの大会社の会長だってぇのに。」

 

 

 

学長室に用意された、応接用の豪華なソファに座りながら…親しげに声を交わしている二人の壮年の男達。

 

一つは、厳格なる雰囲気に包まれたその部屋に広がる、どこまでも重々しく響く声。

 

一つは、その重々しい声に全く物怖じしていない、巨大な樹木のように芯の通った低い声。

 

それは、この二人の男達が数え切れない程の修羅場を越えてきたと言う事を証明しているかのようでもあり…

 

一人は、元カードデザイナーとして一世を風靡した、決闘市の他にも世界の各地に支社を持つ巨大なカード製作会社の、その元締めとなる巨大組織、『樹龍会』の創設者。

 

今この世に出回っている、あまりに膨大過ぎる数のカードの実に1/5を生み出したとも言われる、決闘界においては広く名の知れ渡った超が付くほどの大物の一人…

 

 

 

―決闘学園ウエスト校理事長、李 木蓮。

 

 

 

そしてもう一人は、戦場を駆け抜けたかのような傷跡に、まるで世紀末に生きているのではないかと錯覚する程の隆々とした巨大な体躯を持った、重厚なオーラを纏う初老の男。

 

かつて最も【王者】と拮抗した男と知られ、その実力は世界に轟く【王者】達と『同格』とまで謳われた、歴戦に名を刻む伝説の決闘者の一人。

 

決闘学園デュエリア校学長、かつては『逆鱗』と呼ばれた元プロデュエリスト…

 

 

 

―劉玄斎、その人。

 

 

 

しかし、全く接点の無いようにも思える劉玄斎と李 木蓮の二人が、一体どうしてデュエリア校の学長室で話をしているのだろうか。

 

明日に迫った【決島】では、お互いの学園の学生達がぶつかり合うと言うのに…

 

今こうして話している彼らの姿を見るに、裏で『何か』共謀している…と言うような、醜い大人の雰囲気ではないと言う事だけは確かなのだが。

 

 

 

「…では、これが頼まれていたモノです。確かに渡しましたよ?」

「おう。手間ぁかけさせて悪かったなぁ。」

「…しかし劉義兄(りゅうにい)さん、このご時勢に何故『儀式』関連のカードの作成依頼を?あまりにデータが少ないので、復元できなかったカードもありましたが…」

「なぁに、ちーとばっかし、ガキ共の授業で使うだけだぜ。」

「…それにしては随分と個人的な依頼に思えましたが。全く、鷹峰さんと言い劉義兄(りゅうにい)さんと言い、少々私をいいように使いすぎでは?私は既に会社の経営から退いているのですがね。」

「クハハハハ、こんな無茶な頼み聞いてくれる奴ぁ、他探したって居ねぇからなぁ。いい義弟(おとうと)を持って俺ぁ幸せだぜ。」

 

 

 

そうして…

 

幾つも言葉を交わしつつ、木蓮から受け取り『何か』を懐に仕舞った劉玄斎。

 

そう、二人の間にあった親しみの正体。

 

【決島】の開戦を前に、仕事上の付き合いを超えた、親しみすら感じられる二人の声の正体は紛れも無い…

 

今彼らが言った通り、ウエスト校理事長である李 木蓮と、デュエリア校学長である劉玄斎が、『義兄弟』であるからに他ならない。

 

…劉玄斎の妹を、妻に持つ李 木蓮。

 

彼らが超巨大決闘者育成機関【決闘世界】に所属する前の、若かりし頃からの付き合いであるからこそ。

 

【決島】の前夜であるにも関わらず今こうして親しげに声を交わせるのだろう。

 

そんな木蓮は、目の前に座っている劉玄斎へと向かって…

 

一つ溜息を零した後、ゆっくりとその口を開き始めた。

 

 

 

「…リィファが心配していましたよ。最近、義兄さんの様子がどこかおかしいと…」

「あぁ?…チッ、妹に心配されるような俺じゃあねぇよ。」

「しかし…」

「いいからテメェは自分の学生の心配だけしてろよなぁ。余計な事に首つっこむんじゃねぇ。」

 

 

 

しかし、そんな木蓮の言葉を無理矢理遮り。劉玄斎は突然、まるでそれ以上の問答を拒むかのような振る舞いを見せて。

 

…そんな劉玄斎を見て、付き合いの長さからかその雰囲気がどこかおかしいようにも木蓮は感じ取ってしまったのか。

 

そう、学生の為に…と言えば聞こえがいいが、この『Exデッキ至上主義』の時代に、既に失われた『儀式』関連のカードを、秘密裏にかつ直々に新たに作成させたり復元させたり依頼してきた事がその証拠。

 

…そもそも今この時代において、『儀式召喚』というモノは教科書に載ることさえ稀なモノなのだ。

 

そんな失われた、忘れられた、見向きもされないソレを、わざわざデュエリア校の学長自らがこっそりと作成させて来たこと自体が不可思議な思想。

 

電話越しでは分からぬほどの微細な変化とは言え、劉玄斎から確かに感じたソレは、これまで幾度となく修羅場を潜ってきたこの李 木蓮を持ってしても思わず鳥肌を感じてしまったモノであり…

 

…そう、木蓮の目には、今の義兄の雰囲気が今すぐにでも荒れ果て、そして暴れ回りたい程の苛立ちを、その巨大な体躯で無理矢理に抑え込んでいるようにも見えたのだから。

 

 

…昔、もっと自分達が若さに溢れていた頃…今の雰囲気とよく似た、危うさすら感じる劉玄斎の『荒れ』を、木蓮は見た事がある。

 

 

そう、アレは確か…若かりし頃に、最愛の女性を失ったショックで、目に付く全てを破壊しつくしてしまいそうな程に荒れ果ててしまった、あまりに壊れかけた一人の男の姿。

 

…今の義兄から感じる雰囲気は、その時の『暴龍』の苛立ちにも似たオーラその物。

 

『その時』の劉玄斎と唯一つ異なるのは、その発散させなければ爆発して自我を失ってしまいそうな、そんな自分ではどう使用も出来ない苛立ちを、年齢という積み重ねた理性で彼はどうにか保っていると言う事だけ。

 

その時の劉玄斎の『荒れ』を、木蓮は強く覚えているからこそ…

 

その時の雰囲気を微かに匂わす劉玄斎の苛立った雰囲気に、木蓮の胸の内にはどうしても胸騒ぎを感じてしまい…

 

 

 

「明日んなりゃあ、俺んトコのガキ共が大暴れするんだからよぉ。精々今から、ガキ共慰める台詞でも考えとけ。」

「…ご心配なく。私の学園の子達は皆、強い子達ばかりですから。」

 

 

 

それでも、世界中が注目をしている『祭典』を前に…

 

木蓮は、言葉と共にその不安を飲み込むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

デュエリアの中心、その都市部のとある一角。

 

明日の【決島】の開戦に向けて、学生達は皆英気を養う為に既に寝静まっているであろう、もうすっかり夜も更けた深夜とも言えるようなそんな時間。

 

その富裕層の観光客向けの、豪華なホテルが幾つも立ち並んでいるそのホテルの内の一つ…およそ一介の学生が泊まるには、不相応な位に豪華に装飾された、そんな絢爛なるホテルのロビーに…

 

 

 

「珍しいね。遊良が10時過ぎても寝れないなんて。」

「…あぁ。悪いな、こんな時間に呼び出して。」

 

 

 

―遊良と、ルキの姿があった。

 

 

しかし、いつもは遅くとも夜10時にはスイッチが切れて眠りに付いているはずの遊良が、一体どうしてこんな時間まで起きているのか。

 

幼少期からの癖で、こんな時間まで遊良が寝付けかずに起きていると言うことは、彼にとってはかなり珍しいことだと言うのにも関わらず…

 

それをルキもわかっているからこそ、明日の【決島】へと向けたデッキの最終調整を終え、そろそろ寝ようとしていたところに突然かかってきた遊良からの呼び出しの電話にはルキだって相等驚いたのだ。

 

だからこそ、遊良からの呼び出しに応えてこうしてロビーにまで来たルキの表情は、先程からどこか落ち着かない様子の遊良の姿を心から心配しているかのようでもあり…

 

学園毎に異なるホテルに泊まるということで、このホテルにはイースト校の者しか居ないとは言え、部屋からの外出禁止を言い渡されている学生が、こんな時間に自分の部屋から出ている所を見られたら確実に大目玉は逃れられないと言うのに。

 

 

 

 

「でもどうしたの?直接話せないかって。」

「…いや…その…さ。」

 

 

 

そんなルキからの問いに対し、遊良は目線を泳がせ、言いにくそうに言葉を詰まらせるだけ。

 

…今の遊良から感じる雰囲気は、どこかバツが悪そうな、そしてどこか気恥ずかしそうな雰囲気。

 

 

一体、遊良に何があったのか。

 

 

神妙な面持ちで遊良からの言葉を待つルキの視線は、真っ直ぐ遊良を向いていて。

 

その、普段とどこか様子が違う今の遊良の姿は、明日にはいよいよ【決島】が始まると言うのに、まさか今更になって怖気づいた…などとは、口が裂けても遊良が言うわけがないと言うことはルキにだってわかってはいるとは言え…

 

それでも、こんなにもソワソワとして落ち着かない様子の遊良の姿は、ルキだって今まで見たことが無いのだろう。

 

 

…そして、しばらくの沈黙の後。

 

 

ようやく意を決したのか、逸らしていた目をどうにかルキの方へと向けた遊良は、とても言い難そうに…

 

そして、とても気恥ずかしそうに。静かに、その口を開き始めた。

 

 

 

「…夏休みの間さ、ずっと夜寝る前に電話してただろ?」

「うん。」

「…あとさ、夏休みはほぼ毎日一緒に居たじゃんか。」

「うん。」

「…それに慣れちゃったのか…その…どうにもルキの声聞かないと落ち着かなくて。」

「…へ?」

「…いや、自分でも変な事言ってるってわかってるんだ。でもベッドに入っても全然眠れなくて、明日の試合の事考え始めたらなんだかどんどん落ち着かなくなってきて…んで何でか分からないけど、急にルキの声が聞きたくなって…」

 

 

 

遊良の口から飛び出してきた言葉に、思わず思考を一瞬手放してしまったルキ。

 

…また、自分が述べている言葉が自分らしくないという事を、遊良も十二分に承知しているのだろう。

 

まるで言い訳をするかのように、次々と発せられる焦りを孕んだ遊良の言葉は、自らの逸る心臓の鼓動と相まって、言葉を零す毎に自らの焦りをみっともなくルキへと伝えるだけであり…

 

いつもは本当に高等部の2年生なのかと疑われるくらいに『しっかり者』として振舞っている、その遊良らしからぬ言動はまるで本当に怖気づいたかのような振る舞いではないか。

 

…そんな今の遊良の姿を見て、ルキは一体何を思うのだろう。

 

遊良からの言葉を全て静かに聞き、そして遊良の顔をじっと見つめていたルキは…

 

 

―言葉を吐き出し終えた、遊良へと向かって…

 

 

 

「…ぷっ。」

「…笑うなよ。」

「ごめんごめん。でも何を言うのかと思ったらそんなコトだったんだって。…珍しいね。遊良も緊張してるんだ。」

「…まぁな。」

 

 

 

思わずルキが噴出しつつも、遊良の落ち着かない感情の正体を、的確にルキは見抜いていて。

 

確かに一瞬だけその思考を手放してはしまったものの、決して嘲笑の吹き出しとは異なった、それでいて遊良の今の心情を深く理解している幼馴染である彼女だからこその噴出し。

 

そう…

 

ルキには、今の遊良の落ち着かない感情の正体と立ち振る舞いの正体を、遊良に聞くまでもなく理解出来ている。

 

 

―遊良は、とてつもなく『緊張』しているのだ。

 

 

慣れぬ土地、慣れぬ寝床、慣れぬ雰囲気に慣れぬ空気。

 

その全てが遊良に『緊張』を与え、その全てが遊良を落ち着かせてくれない…と言うことを。

 

 

…他人が聞けば、『たかがそんな事で』と思うかもしれない。

 

 

しかし、住み慣れた決闘市での戦いならばまだしも、両親が居なくなり師である【黒翼】に引き取られてから、修業の日々に生活の自立と、これまでの人生においてまともに旅行になんて行く機会など遊良には全く無かったのだ。

 

…だからこそ、この全てが慣れぬ未開の環境は、遊良にどれほどのストレスを与えているのだろう。

 

それをルキも知っているからこそ…いや、ソレを深く理解しているルキだからこそ。

 

遊良が零した『弱音』にも似た本音を、決して馬鹿になどする事も無く…

 

 

 

「でも遊良の緊張してる顔ってちょっとレアだね。ほら、【決闘祭】の時は色々切羽詰ってたから、寧ろ後に引けないって感じだったし。」

「…ルキは緊張してないのか?初めてだろ、こういう祭典に出るの。」

「うーん…私はあんまり…って言うか、遊良だって去年の【決闘祭】が初めての祭典じゃん。」

「…そう言えばそうか。」

「もう、しっかりしてよね。緊張しすぎて鷹矢みたいなボケしないでよ。鷹矢は最初から緊張なんてしてなさそうだけど。」

「あぁ、昨日徹夜した所為でもう爆睡してるみたいだな。枕変わるだけで寝られないって煩かったアイツが。」

「ねー、夏休みの間中、ほとんどホテル暮らしだったもんねー鷹矢。それで慣れちゃったのかな。でもさー、だったら電話の方が良かったんじゃない?いつも寝る前に電話してたんだし。」

「…ホテルの部屋だと落ち着かなくて。あんまり居たくなかったんだよ。」

「えー、何か遊良、ちっちゃい子どもみたい。」

「仕方ないだろ。ホテルになんか泊まった事も無いんだから。」

 

 

 

…『いつもの通り』に、会話を続けるルキ。

 

幼馴染故に、幼少期から共に過ごした時間が長いからか、それが今の遊良に最も必要だと言うことを、彼女自身が誰に教わるまでもなく知っているから。

 

また、そんな『いつも通り』のルキと会話を重ねる遊良の言葉も、徐々にいつも通りの彼の言葉に戻ってきている様でもあり…

 

 

…頼れる親も居らず、頼れる親族も居ない。

 

 

しかし、今こうして隣に幼馴染の少女が居てくれると言う事は、遊良にとってはどれだけ安心できる事なのだろうか。

 

…明日の朝には、【決島】が開催される。そんな戦いの前に、乱れた精神状態は悪影響以外の何物も与えてはくれない事を遊良も理解しているからこそ…

 

 

 

「大丈夫、デュエルが始まっちゃえばいつもの遊良に戻るよ。だって遊良だもん。」

「…そうだな、サンキュ。」

 

 

 

僅かでも、少しでも、そして、今すぐにでも。

 

心落ち着ける、『いつもの』環境に触れたいと…遊良も、どうしても思ってしまったのだろう。

 

そんな焦りと動揺に引きずり込まれそうだった遊良の表情は…

 

 

―ルキの声を聞き、どこか落ち着きを取り戻しかけているようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「ホンマか!?ホ、ホンマに…ウチの願い、叶えてくれるんか…?」

「えぇ、もちろんです。我々に不可能はありません、えぇ。」

 

 

 

街のざわめきから隔離された、決闘学園デュエリア校の敷地内にある森の中。

 

夜のとばりに包まれたこの閑散とした木々の揺れる気配だけが広がっている、そんな静かな森の中に…

 

 

決闘学園デュエリア校の、アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンの姿があった。

 

 

お世辞にも発育が良いとは言えない、その小さい体を目一杯に伸ばし。

 

煌く金色の髪と透き通るような白い肌を、木々の間から差し込む月明かりに輝かせていて。

 

しかし明日の朝には【決島】が開戦していると言うのにも関わらず、参加選手でもある彼女が一体どうしてこんな夜更けに寮の自室を抜け出してこんな森の中へと足を運んだのだろうか。

 

そんな、どこか鬼気迫る表情でいる彼女へと向かって…

 

アイナの目の前に居る、夜の闇に溶け込みそうな黒いスーツを着込んだ男は、再び少女へと向かってその声を続けた。

 

 

 

「しかし、その為には先程お伝えした『条件』をしっかりと達成していただかねば。まぁ、【デュエルフェスタ】の優勝者である貴女には簡単なお仕事でしょうが、ええ。」

「せやかて…」

「何を躊躇する必要がありますか。貴女に何の関係も無い、名前も知らぬ見ず知らずの他校生と…貴女がもう一度会いたいと願う、とても大切なお方。一体貴女にとって、どちらの方が大切なのか、えぇ。」

「…」

 

 

 

 

決して明るい話ではない。不穏を孕んだ、狂気にも似た鈍い言葉を流れるように発するスーツの男の言葉からは、誰の耳にも言葉にしがたい冷たさと捻れしか感じられず。

 

しかし、そんな見るからに怪しいこの男と、信用など出来そうにないこの捻れた男の言葉を前にしても、アイナはその小さい体をプルプルと震わせて、己の中の『何か』と戦っているかのようでもあり…

 

この捻れた男が一体、『何』をアイナに吹き込んだのかなど、今この場にいるこの二人にしか分からぬ事。

 

とは言え、今のアイナの姿を見るに彼女にとって引くに引けない『何か』を引き合いに出されたことは既に明白か。

 

…己の心の理性の壁と、剥き出しにしたい欲望の葛藤

 

この男から提示された条件が、倫理的に『良くない事』であると言うことは彼女にだって分かってはいるものの…

 

それでも彼女がこうして葛藤に飲まれていると言う事は、全てを投げ出してでも叶えたい願いがこのアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンにはあると言うこと。

 

 

 

「まぁ、どうしてもと言うのならば強制は致しません、えぇ。なのでこの話は無かったモノとして…」

「わ、わかった…やる…やるわ、ウチ。」

「…ふふ、そうこなくては。なぁに、大丈夫ですよ。劉玄斎学長もこちらの味方ですし、先程貴女にお貸しした『そのカード』と、デュエリア校トップの貴女の実力があれば失敗はまずありえません、えぇ。」

「…ホンマに…願いを叶えてくれるんやろな?」

「えぇ、えぇ。神に誓って。何せ本物の『神』の力が手に入るのですから、えぇ。『赤き竜神』…その力があれば、人を一人生き返らせることなど簡単でしょうとも。」

「…わかった。」

 

 

 

にわかには信じがたい言葉を重ねる、アイナと捻れたスーツの男。

 

しかし、当の本人達がソレに何の疑念も持っていないということから、彼女らも本気で自分達が話しているその『内容』が紛れも無い『本物』であると理解しているかのようでもあり…

 

それは、過去に『とある出来事』に巻き込まれて超常的な体験を幾度も味わったアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンだからこそ理解出来ていること。

 

そう、『神』と言う呼ばれ方をしている、その理不尽な化物達の人知を超えた力の奇跡を…

 

 

ー彼女は、その身を持って知っているから。

 

 

 

「…ではでは、貴女の願いが叶うことを我々も祈っております、えぇ。」

「…」

 

 

 

そんな、明日への期待にはちきれそうなこのデュエリアの街の興奮の空気とは裏腹に…

 

 

 

(…ホンマに…死んだアイツに…もう一度…)

 

 

 

少女の心は、深く…

 

 

 

―どこまでも深く、闇に包まれかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 




次回

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ep72「決島、開戦」

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