遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep81「狂乱少女」

【決島】の中央に鎮座する休火山。

 

その中腹に位置する山の胎内の、デュエルドーム程もあろうかという広さの『大空洞』の中心で…

 

 

 

 

 

「…なぁ、ホンマにアイツを倒せば良いだけなんやな?」

 

 

 

 

 

…轟音を上げて『崩壊』を始めている、高天ヶ原 ルキを挟んで。遊良の目の前に、小柄で金色の髪をした一人の少女が立ち塞がっていた。

 

それは初等部の学生と見間違えそうなほどに小さな体に、太陽のように鮮やかに煌く金色の髪。

 

デュエリア校の制服の上に、漆黒のコートを纏っている女生徒…

 

 

―決闘学園デュエリア校、アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーン

 

 

そう、【紫影】に攫われたルキを助けようと、『大空洞』の中へと突入した遊良の前に。突如としてデュエリア校の学生が行く手を遮ろうとして立ちはだかってきたのだ。

 

…しかし、【決島】の参加者の一人であるはずの彼女が、一体どうして悪人である【紫影】の傍について遊良の邪魔をしようとしているのか。

 

…どこか切羽詰ったような、しかし後に引けぬ少女の面持ち。

 

そのままアイナはゆっくりと、しかし決意を秘めたかのような声で。その小さい口を開き、隣に立つ【紫影】へと向かって再度声を漏らした。

 

 

 

「…そうするだけで…ホンマにウチの願いを…」

「えぇ、えぇ、その通りでございます。貴女のお仕事はあの少年と戦って勝つことだけ。貴女の実力と、貴方にお貸しした『そのカード』があれば簡単なことでしょう?…それだけで、貴女の『願い』はきっと『神』の力によって叶うのですから、えぇ。」

「…わかった。やるわ、ウチ。…死んだアイツを生き返らせるためなら…」

「ふふ…ではアイさん、よろしくお願いしますよ、えぇ。」

 

 

 

アイナに声をかける、【紫影】と名乗った捻じれた男の不気味な雰囲気も然ることながら…今のアイナの様子も、どこか切羽詰った只ならぬモノ。

 

その雰囲気は、どこか淀みと迷いの中に板挟みにされているかの様な、今にも壊れてしまいそうな硝子細工の如き代物であり…

 

それでも彼女が【紫影】の側についていると言うことは、この少女もまた先ほど立ち塞がった『逆鱗』劉玄斎と同様に、【紫影】に逆らえぬ何かしらの事情があると言うことなのだろうか。

 

また…

 

 

 

「さて、ではルールを説明いたしましょう。…天城 遊良、貴方が負ければ、無事に『神』が解放されます。あの少女を助けたければ貴方は勝つしかない…そしてアイナさんも『願い』を叶えるためには勝つしかない。ふふ、これ程簡単なルールはありませんねぇ、えぇ。」

 

 

 

ルキの命に関わることだと言うのに、ただただ淡々と飄々と。

 

まるで『ゲーム』の説明をするかの如く、何の悪びれもなく【紫影】と名乗る捻じれた男は、遊良へと向かってそう告げてきて。

 

…人の命を命とも思っていないかのようなその言葉からは、どこまでも不穏なモノしか漂ってはこず。【紫影】の全く読めぬ言動と思想は、悉く遊良の琴線を意地悪く叩くだけで…

 

 

 

「ふ、ふざけるな!何がルールだ、ルキの命をなんだと…」

「ですから何とも思っていないと先ほども言ったはずですが?それに貴方がいくら喚いたところで、もう『神』の解放は始まっているんですよねぇ。貴方が戦いを放棄すれば、アイナさんの不戦勝と言うことになりますが…」

 

 

 

しかし、ソレを聞いた遊良が【紫影】へと向かって咄嗟に口を荒げるものの、遊良の荒い声を気にも留めず。

 

どこまでもどこまでもふざけた態度と、全く持って感情の篭っていない上辺だけの言葉で。言う事を言いたい放題で言い捨てて言った『捻じれた男』は、もうこの大空洞になど用は無いのだと言わんばかりに…

 

 

 

「あぁそうだ、あまりにモタモタしていると、私も痺れを切らして参加者全員『爆破』してしまうかもしれませんよ、えぇ。」

「なっ!?」

「ふふ、その方が楽ですし、そうしたいのも山々なのですけれど…ま、折角の祭典ですし、貴方も精々頑張ってくださいねぇ。では、私はこれで。」

「ま、待て【紫影】!逃げるな!」

「いいえ、逃げます。…まだ私と貴方が戦う時ではありませんからねぇ。…それでは。」

 

 

 

…遊良の静止を意に介さず。飄々とこの場を立ち去っていってしまった。

 

 

 

 

「くそっ、逃がすか!」

 

 

 

そんな、大空洞から逃げていった【紫影】に対して。

 

『大空洞』の端と端で距離があった所為か、みすみす【紫影】を逃がしてしまった事に対して、遊良の心には突発的な焦りが噴出していて。

 

…あの邪悪な男だけは、絶対に逃がしてはいけない。

 

遊良の本能がソレを告げる。言葉の真偽はともかく、少なくともあの男をココで逃がしてしまっては、取り返しのつかないことになりそうな予感が遊良を襲っているのだろう。

 

だからこそ、洞窟の闇に消えていった【紫影】を追おうと、遊良が『大空洞』から駆け出そうとしたのだが…

 

 

 

「待てや!」

 

 

 

遊良の足が、大空洞を駆け始めたその刹那。

 

甲高い声が大空洞の中に反響し、駆け出した遊良の事を遮るかの様に…突如として遊良の目の前に、金色の人影が立ち塞がって。

 

…そう、遊良と【紫影】の間に割って入るようにして、金髪で小柄な少女、アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンが仁王立ちで立ち塞がったのだ。

 

 

 

「くっ!そこをどけ!」

「どくわけないやろこのドアホが!ウチの仕事は、アンタとデュエルしてブッ倒す事や!いいからディスク構えんかい!」

「今はお前に構ってる暇なんてないんだ!いいから早くそこを…」

「あぁ!?年下のガキがウチに偉そうな口叩くなや!お前こそ、ウチから逃げられる思うな!」

「うっ…」

 

 

 

しかし、あまりに小さい体躯の少女だと言うのに…アイナのあまりの迫力に、思わずその場で後ずさってしまった遊良。

 

…とは言え、遊良が少女の迫力に気圧されてしまったのも無理は無いだろう。

 

何せアイナの表情は、鬼も逃げ出す鬼気迫る表情。何かを『決意』した、後に引かぬ事を決めた兵士の面持ちにも見えるモノでもあり…

 

…一体、この小さな体のどこにこれ程の力が備わっているというのか。

 

猛る彼女の甲高い声は、小鳥のさえずりのように甲高くも綺麗な声質ではあるのだが…

 

放たれる言葉は刺々しくもあり、重々しくも迫力ある代物。

 

その体格は、初等部の学生とも見間違えそうな程に小さな体だと言うのに…決して遊良を逃がさぬよう、通さぬように広げられた両の手は、見た目以上に広い範囲を塞いでいて。

 

 

―まるで『壁』。それも、とてつもなく分厚く高い壁。

 

 

それはこの少女が行く手を塞いでいる限り、絶対に先へは進めないのだということを…遊良の本能が、嫌でも察知しているようであって。

 

 

 

「いいから早よデュエルディスク構えろやドアホ!ウチはさっさとお前を倒さんといけんのや!」

「だからお前とデュエルしてる暇なんて無いって言っただろ!ルキが大変なんだ!それにお前も今聞いただろ?俺達が付けてる装置には爆弾が…」

「そんなコト知っとるわ!けど爆弾なんてどーでもええ!ウチの目的はあの女から『神』を解放することだけや…絶対に、ウチの願いの邪魔はさせへん。」

「何だよ願いって!ルキを犠牲になんてしていいわけないだろ!いいか、『神』が解放されたらルキの命が…」

「だからそんなモンどうでもえぇて言っとんねん!」

「なっ!?」

 

 

 

初等部の学生とも見間違えそうな程に小さな体格の少女だと言うのに、力付くでは絶対に押し通ることが出来ないとさえ思ってしまう鬼気迫る表情。

 

【紫影】がリアルダメージ装置に仕掛けたという爆弾の事すら意に介さず、また自分がやろうとしている事でルキが犠牲になるのだと知っていてもなお…

 

自らの望みを叶えんとしている彼女の怒号は、まさに後に引けぬ切羽詰った狂人のソレ。

 

 

…一体、ルキを犠牲にしてまで叶えたい彼女の『願い』とは何なのか。

 

 

普通であればありえない。他人の命を犠牲にしてまで、叶えたい願いだなんて。

 

それでも彼女から放たれる気迫は、紛れも無く鬼気迫るほどに畏怖を感じる代物となりて、どこまでも遊良へと襲い掛かかり…

 

 

 

「…お前、ルキの命をどうでもいいって…人の命を何だと思ってるんだよ!」

「ふん、あんな女の命なんて知らん。けどお互い利害は一致しとるんや。…ウチはアンタを倒して『神』を解放する、アンタはウチを倒して『神』の解放を止めなアカン。…なら、やることは一つしかない。」

「くそっ…何でこんな時に…」

 

 

 

そんなアイナの心情を想像も出来なければ、理解したくもない遊良からすれば…

 

目の前の少女の狂乱の前に、ただただ言葉を詰まらせることしか出来ず…

 

 

 

 

 

「…ッ…ぁ…ぅ…」

「ッ!?ル、ルキ!」

 

 

 

 

 

また、大空洞の中央の祭壇の上で浮かべられた、ルキの声にならぬ呻きが遊良の耳にも聞こえたのか。

 

ルキを包む『赤い光』が、その発光の激しさを増していくに伴って…

 

ルキの体にヒビが入り、表面が崩れ始めていくのは文字通りの『崩壊』。

 

…こうしている間にも、ルキの中に居る『赤き竜神』はルキの体を破って出てこようとしているのだろう。

 

 

―このままでは、ルキは確実に死んでしまう。

 

 

…こんな時に鷹矢が居てくれたら、少なくとも片方は【紫影】を追うことが出来たというのに。

 

しかし現状では、戦うことでしか道が切り開けず。

 

それ故、いくら【紫影】の言った言葉を怪訝に思おうとも、今の遊良には目の前の少女と『戦う』という選択肢しか残されてはおらず。

 

 

 

「行くで。」

「くっ…」

 

 

 

―それは奇しくも【決闘祭】と【デュエルフェスタ】、決闘市とデュエリアにおける『祭典』の優勝者同士の戦い。

 

…こんな情況でなければ、【決島】の中でもダントツで注目されていたであろう対戦カード。

 

しかし、こんな情況だからこそ。

 

お互いに引けぬ理由を持った二人は、各々の感情をぶつけるためだけに。目の前の相手へと向かって、デュエルディスクを構えるだけ。

 

…戦っている場合ではない。けれども、戦うしかない。

 

そんな、ルキの『崩壊』を止めなければならない遊良と…

 

ルキの中から『神』を解放させて、己の『願い』を叶えたいと猛るアイナの…

 

その、どちらも引けぬ二人の戦いが…

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

今、始まる。

 

 

 

先攻はイースト校2年、天城 遊良。

 

 

 

「俺のターン!魔法カード、【成金ゴブリン】を発動!LPを1000与えて1枚ドロー!続けて【闇の誘惑】発動!2枚ドローして闇属性の【闇の侯爵ベリアル】を除外!【トレード・イン】も発動だ!レベル8の【クラッキング・ドラゴン】を捨てて2枚ドロー!…よし!【手札抹殺】を発動!4枚捨てて4枚ドロー!」

「…5枚捨て5枚ドロー。」

 

 

 

始めから、最初から。

 

デュエルは始まったばかりだと言うのに、全力でデッキを回転させ、初っ端らからギアを上げにかかる遊良。

 

…時間が無い。

 

そう、とにかく遊良には時間が無い。

 

…ルキの『崩壊』を止めなければ、間違いなくルキは死んでしまうのだ。

 

それだけは何が何でも止めなければならないことであり、その為に今の自分が出来ることは【紫影】の言った通り、アイナを倒す事だけであり…

 

 

 

「【神獣王バルバロス】を妥協召喚!そして魔法カード、【アドバンスドロー】を発動!バルバロスを墓地に送って2枚ドロー!…俺はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ。」

 

 

 

遊良 LP:4000

手札:5→2枚

場:無し

伏せ:2枚

 

 

 

また、遊良には【紫影】が去り際に残した、参加者達を『爆発』するかもしれないというその言葉が、今も頭の中にこびりついている。

 

…そう、あの【紫影】の狂った悪意と、身震いするほど恐ろしい恍惚の表情で【紫影】が発した、『木っ端微塵』という単語がどうしても頭から離れないのだ。

 

何故【紫影】と名乗った捻じれた男が、何故あんなにもペラペラと自分の悪行を説明してきたのかなど遊良には理解出来ないものの…

 

それでも、怖いくらいに狂ったあの男ならば、本当にソレをやりかねないと遊良は感じたために。

 

そもそもあんな狂人の思考など理解したくもないのだが、それでも知ってしまった以上は早く何とかしなければ、他の学生達の命も危ないことに変わりはない。

 

それ故、微塵も気を緩める事無く、次のターンに一気に攻めるべく…

 

焦りつつも、デッキをフル回転させて、遊良はそのターンを終えた。

 

 

 

「ウチのターン、ドロー!」

 

 

 

しかし…そんな気概でいる遊良を意に介さず。

 

ルキの命を、『そんなモン』と言い放ったアイナが…

 

 

―勢いよくカードをドローした、その瞬間…

 

 

 

(…な、なんだ、この感じ…凄く、嫌な予感が…)

 

 

 

アイナの纏うオーラが鬼気迫るモノから、鬼も逃げ出すような畏怖を感じるモノへと変わり始めたではないか。

 

その、突如変わり始めたアイナのオーラを感じ…遊良の心臓の鼓動も、急速にピッチを上げ始め…

 

…それは危険を知らせるセンサーが、最大限の警笛を鳴らしているのだろう。

 

―この『嫌な感じ』は、以前にも感じた記憶がある。アレは確か、昨年の【決闘祭】の頃…

 

しかしデュエルの最中では、遊良の記憶はそれ以上の事を咄嗟には思い出してはくれず。

 

またソレを思い出すのを、アイナとて悠長には待ってくれない。そのままアイナは、手札から一枚のカードを取ると…

 

 

―ソレを勢いよく、デュエルディスクに叩きつけた。

 

 

 

「魔法カード、【魔玩具補綴】発動!デッキから【融合】と【エッジインプ・チェーン】を手札に加える!そんでそのまま【融合】発動!手札の【ファーニマル・ペンギン】と、【エッジインプ・チェーン】を融合!」

 

 

 

自らのターンを向かえて即座に、高らかに宣言を行うアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーン。

 

畏怖すら感じる少女の喚きによって、神秘の渦が少女の背で蠢き。天使と悪魔という、相反する存在がそこに吸い込まれて行く。

 

そして…

 

 

 

「氷上を走る天使の羽よ!悪魔の鎖をその身に縫い付け…目に付く全てを引き千切れぇ!融合召喚!来い、レベル5!【デストーイ・チェーン・シープ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【デストーイ・チェーン・シープ】レベル5

ATK/2000 DEF/2000

 

 

 

勢いよく場に現れたのは、悪魔の鎖に縛られた、羊を模した不浄の玩具。

 

彼女の持つ『融合』のEx適正によって呼び出され、擦れ合う鎖の金属音を鳴き声へと変え…

 

彼女のデュエルにおいて、特攻隊長のような立場であるその玩具。その玩具とは思えぬ奇怪な姿で、怪しくソコに佇みつつ…

 

遊良へと向かって、怪しく笑う。

 

 

 

「まだや!墓地に送った【エッジインプ・チェーン】の効果で、ウチはデッキから2枚目の【魔玩具補綴】を手札に加える!さらに融像素材となった【ファーニマル・ペンギン】の効果発動!デッキから2枚ドローした後、手札を1枚捨てる!そんで今捨てたのは【トイポット】!その効果で、ウチはデッキから【ファーニマル・ドッグ】を手札に加え、そのまま【ファーニマル・ドッグ】を通常召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ファーニマル・ドッグ】レベル4

ATK/1700 DEF/1000

 

 

 

「【ファーニマル・ドッグ】の効果発動!デッキから【エッジインプ・シザー】を手札に加える!…行くで!魔法カード、【融合回収】発動!墓地から【融合】と【エッジインプ・チェーン】を手札に戻す!そんでそのまま【融合】発動!場のドッグと、手札の【エッジインプ・シザー】を融合!草原を駆ける天使の羽よ!悪魔の刃をその身に縫い付け…目に付く全てを切り刻めぇ!融合召喚、レベル6!【デストーイ・シザー・タイガー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【デストーイ・シザー・タイガー】レベル6

ATK/1900 DEF/1200

 

 

 

止まらぬアイナの怒涛の展開、遊良へと襲い掛かる鬼人の憤激。

 

連続して現れ続ける、アイナの不浄の玩具達。

 

その愛くるしい玩具が、悪魔の刃と無理やりに交わっていくその様子は…まるで彼女の狂乱が、歪に混ざり合っているかのようではないか。

 

 

 

「シザー・タイガー…ソイツの効果は確か…」

「【デストーイ・シザー・タイガー】のモンスター効果発動!融合素材にしたモンスターの数まで、お前のカードを破壊する!伏せカード2枚を破壊ぃ!」

「させるか!永続罠、【デモンズ・チェーン】発動!シザー・タイガーの効果を無効に!」

「それがどうした!【死者蘇生】発動!さっきお前の【手札抹殺】で墓地に捨てた、【ファーニマル・マウス】を守備表示で特殊召喚!そんでマウスの効果発動!デッキから2体のマウスを守備表示で特殊召喚し…もういっぺん【融合】発動や!場のシザー・タイガーとマウス2体を融合!」

「と、止まらない…」

 

 

 

狂乱に満ちたアイナの轟きは、決して誰にも止められぬ代物となりて、遊良を襲わんと吼え続ける。

 

それは少しばかりの妨害では、全く止められるはずもなく…いや、少しばかり抵抗したところで、ソレはただの『無駄』に終わってしまうのだ。

 

遊良の場に残った、効果をなくした【デモンズ・チェーン】が無常にもソレを証明している。

 

下手な守りの一手では、抵抗にすらならないのだということを…遊良も、今まさに見せつけられていて。

 

 

 

「小さく転がる天使の羽よ!悪魔の玩具をその身に縫い付け…鋭い牙で全てを引き裂けぇ!融合召喚!来い、レベル8!【デストーイ・サーベル・タイガー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【デストーイ・サーベル・タイガー】レベル8

ATK/2400 DEF/2000

 

 

 

 

現れしは、体内から刃を剥き出しにした猛獣の玩具。

 

その不気味な視線と咆哮は、壊れた玩具を今一度この場に無理やり立たせ…

 

再び壊れるまでこの遊び場で暴れさせる残虐性を持った、まさに見た目どおりに狂ったおもちゃ。

 

 

 

「サーベル・タイガーの効果発動!墓地からシザー・タイガーを特殊召喚!そんでサーベル・タイガーとシザー・タイガーの効果で…デストーイモンスターの攻撃力は、1600ポイントアップする!」

 

 

 

【デストーイ・チェーン・シープ】レベル5

ATK/2000→3600

 

【デストーイ・サーベル・タイガー】レベル8

ATK/2400→4000

 

【デストーイ・シザー・タイガー】レベル6

ATK/1900→3500

 

 

 

「こ、攻撃力3500オーバーが3体…」

 

 

 

そして…

 

みるみる巨大化していくアイナのモンスター達を前にしてしまっては、遊良も思わず声を詰まらせてしまうのは仕方の無いことなのか。

 

何せ、切り刻まれたぬいぐるみが文字通り(はらわた)を…いや、腹綿(はらわた)を零しながら奇怪な声で嘲笑う、その狂気に満ちた不浄の玩具はまさに可愛らしくも恐ろしいアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンの姿そのモノのようでもあり…

 

今の彼女の場と、今の彼女の放つオーラはとてもじゃないが常人の耐えられる限度を超えている代物。

 

そう、手札消費の激しいはずの『融合召喚』を、既に3回も行っているにも関わらず。

 

あろうことか動けば動くだけアイナの手札は増えていき、そしてアイナの場の不浄の玩具達も益々増え続けていくのだ。

 

…遊良も忘れていたわけではない。

 

この小さな体躯をした少女と対峙することが、一体どんな『意味』を持っているのかと言うことを。

 

 

…【デュエルフェスタ】の優勝者。

 

 

決闘市で言う、【決闘祭】と同じモノ。決闘学園デュエリア校というたった『1校』の中に、20万人超の生徒達が在籍し…その全ての生徒達が参加者という、あまりに大規模で行われるデュエリアにおける学生達の祭典。

 

そう、彼女はその年度の初めから行われる全校生徒のトーナメントの、その中で最後まで勝ち残った昨年度の【デュエルフェスタ】の優勝者なのだ。

 

その力が紛れも無い本物であることは言うに及ばず。20万人超の中から、頂点に立つということの難しさは…昨年度の【決闘祭】の優勝者である遊良が、最もよく理解していること。

 

 

 

「さっさと終わらせるで!バトル!先ずは【デストーイ・チェーン・シープ】で…」

「させるか!バトルフェイズに入ったこの瞬間!罠カード、【メタバース】を発動!デッキからフィールド魔法、【チキンレース】を発動する!」

「あぁ!?」

 

 

 

しかし…

 

それでも遊良とて、簡単にやられる訳にはいかず。

 

…発動されたのは、遊良が好んで使用している、ドロー加速の為のフィールド魔法。

 

しかしLPが少ないデュエリストを、あらゆるダメージから守る効果も内蔵している…この情況においては、一種の防御の手としても仕える代物と言えるだろうか。

 

…それは先のターンに、【成金ゴブリン】でアイナのLPを増やしておいたからこそのLP差。

 

そう、アイナが【デュエルフェスタ】の優勝者ならば、自分だって【決闘祭】の優勝者。

 

あらゆるカード効果を封じてくる、【デストーイ・チェーン・シープ】の攻撃宣言が成立してしまうその前に…

 

メインフェイズでは無く、バトルフェイズと言う簡単には破壊出来ないこのタイミングでこのフィールド魔法を発動し、アイナの放つ棘のようなオーラに対しても、必死になって喰らい付く。

 

 

 

「よし!」

「チッ、このタイミングで…面倒なカードやな。」

 

 

 

すると…寸前の所で攻める気概を邪魔されたのが癪に障ったのだろうか。

 

その可憐な顔を、どこか苦々しく歪めつつ…確かな苛立ちを感じているのだろう、声のトーンを一つ落としたアイナ。

 

まぁ、あれだけ猛って展開し、そして今にも爆発しそうなその勢いを寸前で止められたのだ。

 

その、自分の行動が思い通りにならない苛立ちは、彼女の子どものような見た目にはある意味ではマッチしたモノではあるのだが…

 

 

 

「けど…」

 

 

 

…しかし一瞬の怯みの後に、彼女は一体何を思ったのだろう。

 

 

 

 

 

一瞬の安堵を浮かべた遊良へと、アイナは再びその手を天に掲げ始め…

 

 

 

「攻撃出来へんわけやない!バトルフェイズ続行!【デストーイ・チェーン・シープ】で攻撃ぃ!」

「なっ!?」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

突如。

 

アイナの下した宣言の直後に、大空洞の中に響き渡った耳を劈く金属音。

 

それは【チキンレース】の効果によって作られた『見えない壁』と、【デストーイ・チェーン・シープ】の持つ巨大なチェーンソーがぶつかり合って掻き鳴らされた金属の擦過音であり…

 

そう、アイナが降した宣言によって、不浄の玩具が遊良へと襲い掛かったのだ。

 

そして【チキンレース】によって作られた、ダメージから身を守る為の見えない壁と…アイナの狂気の刃が擦れ、耳の痛くなるような金属の擦れ響く音が遊良の体を内側から震わせる。

 

…しかし、一体アイナは何を考えて攻撃を命じたのか。

 

もうこのターンの攻撃は全て無駄であるはずにも関わらず、それでも攻撃を命じたアイナの顔はどこまでも攻め気に溢れた鬼の顔のままであり…

 

 

 

「ダ、ダメージは受けないのに何で攻撃を…」

 

 

 

通らない刃、飛び散る火花。

 

今のアイナの、この意味のわからない行動を…

 

遊良が、ただただ理解できずにいた…

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

―!

 

 

 

 

ギャイン…と、チェーンソーが一層その回転を強めたその刹那。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

突然…見えない壁によって守られていた遊良へと、何か振動の塊のようなモノと、チェーンソーから弾かれた『火花』が振り落ちてきたのだ。

 

その突如発生した衝撃波は、ダメージを感じないほどに軽いモノではあったものの…

 

しかし降りかかってきた少量の『火花』は上空から雨のようにして遊良へと降りかかると、火傷までは行かないものの一瞬の鋭い熱さを遊良にぶつけてきたではないか。

 

…それはソリッド・ヴィジョンにあるまじき、あまりにリアルな『火花』の熱さ。

 

内臓を直接揺らすような、気味の悪い衝撃波もそう。金属が擦れて弾けた、火傷しかけた一瞬の『火花』もそう。

 

ダメージは発生しなかったとはいえ、あまりにリアルな感触を生じさせた今の攻防はまるで…

 

 

 

「熱ッ…い、今のは…」

「まだや!【デストーイ・シザー・タイガー】、【デストーイ・サーベル・タイガー】!アイツにダイレクトアタック!」

 

 

 

しかし、遊良が驚きと焦りを噛み締める暇もなく。

 

アイナはダメージが通らないことを承知で、先ほどと同じように連続攻撃を命じ続ける。

 

 

…迫る巨大な鋏の双刃、振り下ろされる巨大な短刀。

 

 

ソレが、遊良の体を真っ二つにせんと襲い来るのだ。

 

そのどれもが【チキンレース】の効果に阻まれ、ギリギリで『見えない壁』にぶつかり遊良の体には到達しないものの…

 

もし【チキンレース】のダメージを受けない効果が無かったら、あの刃は確実に遊良の体を真っ二つに断ち切っていただろう。

 

その、リアル・ダメージルールのような電撃とは違う、もっと直接的な衝撃波の恐怖が悉く遊良の体を襲っていて。

 

 

 

 

「…くっ…」

「…なんや、あんま驚かへんのやな。」

「…」

「まぁえぇわ。コレでよー『分かった』やろ。ウチはLPを1000払って【チキンレース】の効果発動。デッキから1枚ドロー…カードを3枚伏せてターンエンドや。」

 

 

 

アイナ LP:5000→4000

手札:6→2枚

場:【デストーイ・チェーン・シープ】

【デストーイ・サーベル・タイガー】

【デストーイ・シザー・タイガー】

【ファーニマル・マウス】

伏せ:3枚

 

 

 

そうして…

 

あまりに激しい攻撃と、あまりに激しいデッキの回転によって。磐石の態勢を整えて、そのターンを終えたアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーン。

 

下手をすれば、このターンで何も出来ずに遊良は消し飛ばされていただろう。

 

そんな彼女は、遊良の静かなリアクションが意外だったのか…少々不可解な顔をしたかと思うと、遊良へと『何か』を分からせたかのような言葉を発していて…

 

 

また、そんなアイナの言葉を受けた遊良の方はといえば。

 

 

その突如発生したダメージの余波と、『火花』を受けたことに『驚き』を感じていると言うよりも…

 

どこか『慣れ親しんだ』かのような今の衝撃と感触から、『何か』に気がついたかのような表情をしているではないか。

 

 

…そう、今の衝撃と熱さを肌で感じ、そしてアイナから発せられた言葉を聞いて、遊良は『ある事』に気がついてしまった。

 

 

それは遊良も、昨年度に嫌という程味わった事。

 

 

突如発生した、しかし『慣れ親しんだ』かのような、あまりにリアルなこのダメージの余波から確信した、その『ある事』…

 

 

 

 

 

 

―このデュエルは、『実体化』している…

 

 

 

 

 

 

「お、俺のターン、ドロー…」

 

 

 

怒涛のようなアイナのターンが終了し、自らのターンを終えた遊良の額に…浮かび上がってきた、止めようのない冷たい汗。

 

それは、どうにか直接攻撃から身を守れたとは言え…

 

モンスターが実体化して襲ってきたという今の攻撃によって、遊良が『ある可能性』を思い浮かべてしまったからに他ならない。

 

そう、チェーンソーから弾かれた、一瞬の『火花』を浴びて。そしてあまりに鋭いアイナの玩具の、悪魔の刃が目と鼻の先…

 

超至近距離まで襲い掛かってきたがゆえに、考えたくもなかったことが遊良の思考に浮かび上がってきてしまったから。

 

 

 

(ほ、本物の刃物…もしあの攻撃を直接喰らったら…)

 

 

 

…いくらLPが残るとは言え、いくらデュエルは終わらないとは言え。

 

人の体を簡単に切り裂き、貫き、切り刻めるような悪魔の刃。もしアイナの攻撃を止められずに、刃に体を切り裂かれれば…

 

 

―刃傷、出血…そして、最悪の場合…

 

 

一度でも直接攻撃で喰らってしまったら、デュエルの決着が着く前に自分の命が危ない…と、どうしても考えてしまったのだろう。

 

…一度考えてしまった事は、忘れようにも忘れられない。

 

モンスターの直接攻撃による衝撃と痛みは、以前襲ってきた『フードの男』とのデュエルでもう味わっているとはいえ…

 

 

―いや、一度味わっているからこそ。

 

 

波動や咆哮による衝撃ですら、死ぬかと思った程の苦しみが襲ってきたのだから、あんなに直接的に人の命を奪える刃が襲ってくる事など、遊良にとっては恐怖どころでは済まない事であって。

 

 

 

「なんや、ビビッとんのか自分!そんならさっさとデュエル放棄して、尻尾巻いて逃げてしまえぇ!」

 

 

 

そんな手を止めた遊良へと、苛立つアイナの怒号が襲い掛かる。

 

小さな体をした少女だとは思えない程に大きく見えるその雰囲気と、鬼も逃げ出すほどに厳しい表情をした彼女から発せられるオーラは…

 

とてもじゃないが、学生の域を超えている者のソレ。

 

何せ、ダメージを与えられないことを承知で、しかし遊良に刃物の怖さを思い知らせるというただそれだけの為に攻撃をしかけてきたアイナの行為は、とても常識から外れた狂人の思考なのだから。

 

 

…逃げ出したい。

 

 

アイナの怒号と狂乱が、遊良にはただただ恐ろしい。

 

こんな小さな少女…とても自分よりも年上とは思えない少女が、自らの望みのためにルキだけでなく自分の命まで奪おうとしているという事実は、遊良からすれば恐ろしくもあり信じがたい事実。

 

そう、アイナから、直接的な『死』をこれ程までにわかりやすく呈示されてしまっては…遊良の心の片隅に、一瞬でも逃げ出したい思いが浮かびあがったとしても、それは仕方のない事だろう。

 

何が彼女をここまで追い詰めたのかなど遊良には分からないものの、自分とそれほど歳が変わらないはずの少女が本気でデュエルで人の命を奪おうとしているこの現状は…

 

遊良からすれば、恐怖以外の何物でもない。

 

 

 

それでも…

 

 

 

「…ッ…ぅぁ…っぁ…」

 

 

 

手足がひび割れ、顔がひび割れ、唸りを上げて『崩壊』を続けるルキを見て…

 

 

 

「くそっ!そんな事できるわけないだろ!【チキンレース】の効果発動!LPを1000払って1枚ドロー!」

 

 

 

迷いを無理矢理振り払うかのように、力強くカードをドローする遊良。

 

…そう、ルキを見捨てて自分だけ逃げるだなんて、遊良に出来るはずがない。

 

いくら直接的な『死』を叩きつけられたとは言え、いくら少女の狂乱が恐ろしいとは言え。

 

幼少の過去、生きるのを諦めていた自分の命を繋いでくれたルキを…今度は自分が見殺しにするなんて、遊良に出来るはずが無いのだ。

 

幼少の過去から、『崩壊』しかけていても『暴走』を止めればまだルキは助かるということを知っているからこそ…

 

 

 

「続けて魔法カード、【トレード・イン】を発動!【モザイク・マンティコア】を捨てて2枚ドロー!更に【マジック・プランター】も発動!場の【デモンズ・チェーン】を墓地に送って2枚ドロー!魔法発動、【成金ゴブリン】!LPを1000与えて1枚ドロー!…よし!【死者蘇生】を発動だ!さっき【手札抹殺】で墓地に捨てた、【サクリボー】を特殊召喚する!」

 

 

 

一刻も早くルキを助けるために、遊良はデッキをフル回転させにかかるのか。

 

攻撃を喰らえば自分は死ぬ『かも』しれない。けれどもここで自分が尻尾を巻いて逃げ出せば、『間違いなく』ルキは死んでしまう。

 

遊良にとって、それだけは絶対に出来ないこと。だからこそ、その考えてしまった嫌なイメージを払拭するように…嵐のようなドローによって、遊良はデッキをフル回転させて。

 

…正直、アイナから感じる『嫌な感じ』の正体はわからない。

 

けれども、だからと言ってルキを見捨てていい理由にはならないのだと言わんばかりに。あまりに激しくカードをドローし続ける遊良の叫びが、この大空洞に響き渡り…

 

 

 

「そしてこの特殊召喚成功時!速攻魔法、【地獄の暴走召喚】を発動!俺は墓地から、【サクリボー】2体を特殊召喚!集え、【サクリボー】達!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

 

 

「ウチは【ファーニマル・マウス】一体を墓地から守備表示で特殊召喚!そんで【ファーニマル】が増えたことで、ウチのモンスターの攻撃力はシザー・タイガーの効果で更に300アップする!…どんだけ動こうと、簡単にウチのモンスターを超えられると思うなこのタコ!」

「関係ない!手札を1枚捨てて魔法カード、【死者転生】を発動!墓地から【神獣王バルバロス】を手札に戻す!更に永続魔法、【冥界の宝札】を発動し…俺は3体の【サクリボー】をリリース!」

「あ?3体リリースやと?」

 

 

 

遊良の叫びに呼応して、3体の小さき悪魔達が己の体に渦を纏う。

 

…それはこの世界においては、使い古されたアドバンス召喚の為のエフェクト。

 

しかし遊良にとっては自らが誇る、自身が磨き上げた力の一端。

 

それはどれだけの危機的境地に立たされようとも、全てを壊す王の轟きとなりてこの大空洞に響くのか。

 

 

震える大気、獣の咆哮と共に…

 

 

―それは、現れる

 

 

 

「来い、【神獣王バルバロス】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

 

轟かせしは獣の雄叫び。

 

全てを粉砕するその槍を持って、不浄の玩具を睨みつけ…眼前に立ちはだかる者共へと、猛々しく吼えるのみ。

 

 

そして…

 

 

 

「…バルバロス…ソイツの3体リリースは…」

「バルバロスのモンスター効果!3体のリリースでアドバンス召喚した時…相手のカードを全て破壊する!やれ、バルバロス!」

 

 

 

一撃必殺の進撃の衝動。目に付く全ての敵を吹き飛ばす、その破壊の槍を高々と天に回し始める獣の王。

 

…相手がどれだけ攻撃力の高いモンスターで壁を作ろうとも関係ない。

 

そう、遊良と獣の王にとっては、如何なるモンスターが立ち塞がろうと全てを吹き飛ばせば済む話なのだ。

 

例え相手が強大なExモンスターを、どれだけ場に揃えようとも。これがEx適正の無い自分が誇る、自分自身の力なのだと言わんばかりに…

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

「チィッ!やらせるかぁ!罠発動、【ブレイクスルー・スキル】!バルバロスの効果を無効にぃ!」

 

 

 

獣の王の雄叫びを、更なる雄叫びで返すアイナの咆哮が大空洞の中に轟いて。

 

…ソレはとても女性とは思えぬほどの、野獣の如き荒々しさ。

 

大気を震わす獣の咆哮が、アイナの更なる声量で押し潰され…そのアイナの叫びによって、効果を無くした獣の王はその場に力なく立ち尽くしてしまったではないか。

 

 

 

「くそっ!」

「無駄や!『破壊』狙ってくる奴とは嫌っちゅーほど戦り慣れとる!ウチにソイツの効果は通用せん!」

「…ッ、まだだ!【冥界の宝札】と【サクリボー】の効果で5枚ドロー!更に【貪欲な壷】発動!」

「あ?」

 

 

 

それでもアイナの咆哮を、更に叫びで返すように。

 

デッキの主軸である、一発逆転を狙う獣の王の効果を止められたにも関わらず。その勢いを止めまいと、増えた手札から更に動かんとしてその手を動かし続ける遊良。

 

…そう、遊良とて、こんな簡単にアイナの場を吹き飛ばせるとは思ってもいない。

 

 

―何せ相手は、【デュエルフェスタ】の優勝者。

 

 

『祭典』の優勝…その功績が、どれだけの苦難の果てに得られるモノで、どれだけの戦いの果てに勝ち取れるのかを、最も理解している遊良だからこそ。

 

アイナの轟きに、決して怯まぬように。遊良もまた、力の限り吼え続け…

 

 

 

「墓地の【サクリボー】3体、【モザイク・マンティコア】、【クラッキング・ドラゴン】をデッキに戻して2枚ドロー!そして2枚目の【アドバンスドロー】を発動!バルバロスを墓地に送って2枚ドロー!」

「…何やコイツ…アホみたいにドローするやん…」

 

 

 

また、その無理矢理に我武者羅に、必死になってでもカードを引き続ける遊良の姿がアイナの目にはあまりに異常に見えたのか。

 

嵐の如くドローし続ける、遊良のデッキと場と手札が…常人には追えぬほどの速度となりて、目まぐるしく変化し続ける。

 

 

 

「手札の【イービル・ソーン】を捨て、魔法カード【ワン・フォー・ワン】を発動!デッキから【サクリボー】を特殊召喚し、この特殊召喚成功時に速攻魔法、【地獄の暴走召喚】発動!」

「もう一回!?チッ!ウチの場は埋まっとる…」

「再びデッキから2体の【サクリボー】を特殊召喚する!もう一度集え、【サクリボー】達!」

 

 

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

 

 

「またバルバロスか?けどもう召喚権は無いっちゅうんに、一体何しようと…」

 

 

 

しかし…小さき毛玉の悪魔達が、何度場に現れようとも。

 

それはアイナにとっては先ほどと全く同じ盤面であり、先ほど『もう通用しない』と宣言した通り、アイナの『バルバロスの効果は通用しない』という宣言は決して『嘘』ではない。

 

それはアイナもまた、一辺倒の『破壊』など本当に自分には通用しないと確信しているからこその自負。目の前の男がどれだけ獣の王の破壊効果を狙おうとも、『何』が出てくるのかが分かっているのならば…そんなモノ、喰らうはずがない、と。

 

そうだと言うのに、目の前の『Ex適正』の無い男の、必死な足掻きにも似たこの同じ展開がアイナにはどうにも不可解に映っていて…

 

 

 

「行くぞ…俺は3体の【サクリボー】をリリース!」

「あぁ!?」

 

 

 

それでも、アイナにバルバロスの効果が通用しないであろうと言うことを、遊良とて理解していてもなお。

 

…高らかに天に掲げられしその手には、一片の迷いも淀みもなく。

 

そう、それはアドバンス召喚のモノとは違う、特殊召喚のための生贄のエフェクト。

 

遊良の宣言によって、天にその身を捧げる小さき悪魔達の、その身に纏うは渦では無く。

 

 

 

「運命を切り裂く英雄よ!青き誓いをその身に刻み…」

 

 

 

世界に轟くその口上。淀みに満ちた大空洞へと、ソレは高らかに響き渡る。

 

そう、一発逆転の『破壊』が通用しないのならば、更なる手で攻めるのみ。

 

巻き上がるは【決島】に来てから手に入れた、新たな切り札を呼び出すためのエフェクト。天を揺るがすその叫び、天に轟く威光と共に…

 

 

 

「天を喰らいし覇者となれ!」

 

 

 

 

それは…

 

 

 

 

 

「来い、【D-HERO Bloo-D】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

吹き荒れるは翼の羽ばたき、飢えを零すは鮮血の滴り。

 

血霧と共に降臨し、剥き出しの牙を刃へと変え…混沌渦巻く天より出でしは、竜頭を纏いし運命の英雄。

 

纏いし竜の咆哮で、双翼を広げ地に降りることなく空に佇み。下界を見下ろすその瞳は、一体何を映しているのか。

 

 

 

【D-HERO Bloo-D】レベル8

ATK/1900 DEF/ 600

 

 

 

それはアイナの強大なる、4体もの融合モンスターの大群を前にしても慄かない正真正銘の英雄の姿。

 

【決島】の参加者たる学生達が、この世に生まれるよりもずっとずっと前…

 

文字通り己の運命を賭けた一戦で、前々の【紫魔】を相手に当時7歳だった前【紫魔】紫魔 憐造が、『決闘』の最中に創造したと言う…

 

世界で最も有名な、『D』の英雄の最たるエース。

 

 

 

「ソイツは【紫魔】のモンスター…あぁ、そういえば始まった時に何か騒がれとったな…」

「リリースされた【サクリボー】3体の効果で3枚ドロー!そしてBloo-Dが場に居る限り、相手モンスターの効果は無効になる!これでシザー・タイガーとサーベル・タイガーの効果は無効となり…お前のモンスターの攻撃力も元に戻る!」

 

 

 

【デストーイ・チェーン・シープ】レベル5

ATK/3900→2000

 

【デストーイ・サーベル・タイガー】レベル8

ATK/4300→2400

 

【デストーイ・シザー・タイガー】レベル6

ATK/3800→1900

 

 

 

 

そして…

 

不浄の玩具を怯ませる、血霧の英雄の竜の雄叫びが大空洞へと反響して。

 

攻撃力を戻しただけではない。3体融合によって絶対に壊れぬはずの【デストーイ・サーベル・タイガー】の、その絶対強度をも問答無用で下げる英雄の雄雄しき佇まいは…

 

元とは言え、まさに【王者】のモンスターに相応しい存在感とも言えるだろう。

 

…それだけではない。

 

【神獣王バルバロス】と、【D-HERO Bloo-D】。

 

3体ものリリースを要求する、獣の王と運命の英雄。

 

そのデッキの中核を担う、己のデッキにおける『切り札』を、よもや1ターンで連続して呼び出すという今の遊良の勢いは、まさしく全霊をかけた全力そのモノ。

 

…それは出し惜しみする事無く、今の自分に持てる力の全て、その全力を出し切ってでもアイナへと牙を突きたてようとしていると言うことであって。

 

 

 

 

「…【紫魔】…ウチの方だけ【スキルドレイン】とかホンマふざけた効果やな…」

「まだだ!Bloo-Dの更なる効果!1ターンに1度、相手モンスター1体をBloo-Dに装備できる!行け、Bloo-D!【デストーイ・サーベル・タイガー】を喰らい尽くせ!」

「チッ…」

 

 

 

―そうして。

 

竜頭纏いし運命の英雄が、その威光を放ちながら天に舞い始め…

 

そのまま、一刻も早い決着を目指し。

 

遊良はその勢いのまま、運命の英雄へと高らかに進撃を命じ…

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…おやおや?【紫魔】のモンスターを呼び出すとは…これはまた面白い展開ですねぇ、えぇ。」

 

 

 

遊良が今戦っている大空洞の、その天井に開いた巨大な『穴』。

 

そこから、つい先ほど大空洞から飄々と立ち去っていったはずの裏決闘界の融合帝…【紫影】が、中を覗き込んでいた。

 

…どこか狂気を孕んだ捻じれた声で、誰にも聞こえぬようにしてソレを呟き。

 

捻じれた狂気を駄々漏れに、しかし薄気味の悪いにやけた口元で。自らが炊き付けた少年と少女の戦いを、あまりに不気味な捻じれた視線で、嬉々として観戦していて。

 

 

 

「ふふ…ドグマやドレッドと並ぶ【紫魔】の代名詞…あの忌々しい憐造の甥と言うだけあって、中々どうしていい素材を持っていますねぇ本当に。益々解剖して中身を見てみたいですけれど…」

 

 

 

しかし、『赤き竜神』の解放を狙うと銘打っているにも関わらず…ソレを自らの手で実行はせずに、こうして観覧に勤しんでいるのは一体どういう考えを持っているが故なのだろう。

 

【紫影】が言葉を紡ぐ度に、形容しがたい不穏が当たりへと撒き散らかされ…

 

…全く読めぬ目的と思惑。それを、誰にも見せることなく。

 

そのまま、【紫影】は過去に歯向かってきた忌々しい【紫魔】のモンスター…その運命の英雄へと、不気味な捻じれた視線を突き刺しながら…

 

 

 

 

 

 

「…えぇ、私が『許可』します。さぁ…【紫魔】を喰らいなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「行け、Bloo-D!【デストーイ・サーベル・タイガー】を喰らい尽くせ!」

「チッ…」

 

 

 

天に羽ばたく運命の英雄。

 

その雄雄しくも凛々しき竜の翼を翻す姿は、愚かにも群れを成して立ちはだかる玩具達に、格の違いを見せ付けるかの如く。

 

…狙うは、不浄の玩具達の中でも最も鋭き凶器を纏った深紫の魔獣。

 

それは攻撃力をどれほど上昇させようとも、どれだけ玩具らしからぬ強固な耐性を備えようとも。そんなモノ、この【王者】には通用しないのだと言わんばかりの確かな威光。

 

そうして…

 

運命の英雄が、力を無くし蠢くだけしか出来ぬ不浄の玩具達へと、その竜頭を向けた…

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

「そう簡単にやらせるかボケェ!速攻魔法、【超融合】発動!」

「なっ!?」

 

 

 

 

 

―運命の英雄の竜頭の咆哮を、無理矢理掻き消すかの如く。

 

あまりに雄雄しく猛々しく、突如としてソレの宣言を放ったアイナ。

 

 

…アイナの場で輝くソレは、『融合』の名の付いた速攻魔法。

 

 

その、通常の【融合】とは明らかに違う力を放つソレに、遊良も思わず驚愕の声を漏らしてしまい…

 

 

 

「【超融合】!?な、何だその融合魔法は!?」

「うっさいわ!手札を1枚捨て、ウチは【デストーイ・サーベル・タイガー】と…お前の場の、【D-HERO Bloo-D】を融合!」

「なっ!?俺のモンスターを素材に!?」

 

 

 

しかし、そんな遊良を意に介さず。

 

声高々に吼えるアイナの宣言によって、アイナの場のモンスターだけではなく、遊良の場にいた運命の英雄までもが天空に出現した魔天の渦に吸い込まれていってしまったではないか。

 

 

―それは神秘の渦の光景を超えた、魔天に渦巻く魔力の奔流。

 

 

その光景の凄まじさによって、突如として不穏なる空気の密度が増していき…

 

そのあまりに強大な融合の魔力は、まるで純粋なる『毒』の如き凄まじさ。そこに吸い込まれていく英雄と玩具が、遥かなる力で歪に無理矢理に混ざり合う。

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「禍つ紫影の揺らめきよ!世界の全てを包み込めぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

その口から、紛れも無く【紫影】の『名』を放ちながら…

 

 

 

 

 

 

「融合召喚!来い、レベル8!」

 

 

 

 

 

 

―アイナは、叫ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…それは、あまりに禍々しき姿であった。

 

毒々しさが牙を剥き、飢餓の咆哮が大気を千切り…

 

虚空にも似た虚ろな目で、視界に映ったモノ全てを喰らいつくさんと…見た者全てに恐怖を生じさせる、意思を持った飢餓そのモノ。

 

その異色で異端なる異質な異様は、毒々しくも艶かしく蠢く畏怖そのモノであって。

 

 

 

【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】レベル8

ATK/2800 DEF/2000

 

 

 

「な、なんだ…これ…」

 

 

 

そんな、突如現れた紫毒の飢餓竜を見て…

 

思わず、言葉を詰まらせ冷や汗を垂らしてしまった遊良。

 

そう、今まで見たことも聞いたことも無いモンスターであっても、誰に説明されるまでもなく遊良は『理解』してしまった。

 

これは、このモンスターは…

 

 

―あの狂気に染まった捻じれた男、【紫影】の『名』そのモノなのだ…と。

 

 

遊良の本能が、警笛を鳴らしながら伝えている。紫毒の狂気と奇怪な咆哮、あまりに歪で異質で畏怖を駄々漏れにしている、この捻じれた蠢きを魅せる毒の竜こそ【紫影】。

 

決して相対してはならぬと思ってしまう狂気を放つ、あの捻じれた男と『同じ』雰囲気を駄々漏れにしている…出会ってはならぬ、毒そのモノ。

 

…しかし、だからこそ尚更分からない。

 

一目見ただけで【紫影】だと分かるモンスターを、何故デュエリア校のアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンが召喚したのか。

 

あの『超融合』という、これもまた見たことも聞いたこともない融合魔法もそう。一体、どうしてアイナが【紫影】の『名』を呼び出したのか…

 

…遊良には、わからない。

 

―それでも…

 

 

 

「コストで捨てた【エッジインプ・チェーン】の効果で、ウチはデッキから【魔玩具融合】を手札に加える!…チッ、【紫影】から借りたカードなんか使いとぉ無かったんやけどな。さぁ、どないするんや?まだここから動けるんかお前!」

「ぐ…」

 

 

 

あまりに猛るアイナの叫び、不穏そのモノである【紫影】の象徴。

 

そんな二つの巨大な『圧』の前では、遊良もこれ以上その手を進めることは出来ないのだろうか。

 

…しかし、遊良がその手を止めてしまったのも無理は無い。

 

何せ今のデッキの切り札たるバルバロスとBloo-D、その双方がこうも簡単に止められたのだ。

 

バルバロスの『破壊』は通用しないと言われ、Bloo-Dは【紫影】に喰われ…

 

また簡単そうに行ってはいるものの、そもそも遊良が3体のリリースを用意しているという行為自体、周囲が想像しているよりもずっと難しい。

 

ソレを『2度』…合計で6体のリリースからなる進撃をこうも完全に止められては、遊良とてその勢いを止めてしまう他ないのか。

 

 

 

 

「【強欲で貪欲な壷】を発動、デッキを10枚裏側除外して2枚ドロー…カ、カードを3枚伏せて…ターン…エンド…」

 

 

 

遊良 LP:4000→3000

手札:3→4枚

場:無し

魔法・罠:【冥界の宝札】、伏せ3枚

フィールド魔法:【チキンレース】

 

 

 

「ウチのターン、ドロー!」

 

 

 

…しかし、そんな遊良を意に介さず。

 

目の前の相手の命そのモノを、己の為に切り伏せんとするアイナの叫びが…

 

どこまでも戦意を剥き出しにして、再び遊良へと襲い掛かる。

 

 

 

「【魔玩具補綴】発動!デッキから【融合】と【エッジインプ・チェーン】を手札に加える!続けて【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚裏側除外して2枚ドロー!LPを1000払って【チキンレース】の効果も発動や!デッキからカードを1枚ドローし、そんでもって【融合】発動!場の【ファーニマル・マウス】2体と、【デストーイ・シザー・タイガー】で融合召喚!レベル8、【デストーイ・サーベル・タイガー】!」

 

 

 

【デストーイ・サーベル・タイガー】レベル8

ATK/2400 DEF/2000

 

 

 

「まだや!サーベル・タイガーの効果は使わんと、魔法カード【魔玩具融合】発動!墓地の【ファーニマル・キャット】、【ファーニマル・ドッグ】、【ファーニマル・ペンギン】、【ファーニマル・オウル】、【エッジインプ・シザー】を除外融合!」

「ッ!?5体融合!?」

「散らかり去った天使の羽よ!再び悪魔の刃と交わり…目に付く全てを切り刻めぇ!融合召喚!【デストーイ・シザー・タイガー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【デストーイ・シザー・タイガー】レベル6

ATK/1900 DEF/1200

 

 

 

先のターンに、あれだけ激しい展開を行ったというのにも関わらず。

 

アイナの勢いはまるで留まる事を知らず、次々と呼び出される新たな玩具たちの不気味な唸り声が益々その大きさを増していく。

 

…それはまるで止まれない、壊れた暴走列車の如く。

 

止まることなく吼え続ける、狂乱の如きアイナの叫びが絶え間なく遊良へと襲いかかり続け…

 

 

 

「そんで融合召喚成功時、シザー・タイガーの効果発動!お前の伏せカード3枚と【冥界の宝札】、ついでに【チキンレース】を破壊する!」

「くっ、永続罠、【デモンズ・チェーン】はつ…」

「同じ手なんか喰らうかぁ!速攻魔法【サイクロン】!【デモンズ・チェーン】破壊ぃ!」

「なっ!?」

 

 

 

そして…

 

遊良の必死の抵抗など、まるで在って無いかの様に。

 

アイナの叫びに呼応して、虎を模した不浄の玩具と…

 

突如現れた突風が、無常にも遊良の場の全てを切り刻んでいくではないか。

 

 

 

「くっそぉぉぉぉ!破壊される前に罠カード、【貪欲な瓶】発動!【地獄の暴走召喚】2枚、【サクリボー】、【神獣王バルバロス】、【死者蘇生】をデッキに戻して1枚ドロー!」

「足掻くなボケぇ!魔法カード、【融合回収】発動!墓地から【融合】と【ファーニマル・マウス】を手札に戻して、そんまま【融合】発動!手札の【ファーニマル・マウス】と【エッジインプ・チェーン】を融合!」

 

 

 

―しかし、まだ止まらない。

 

実力の『壁』を超えたプロの中でも、トップランカー達が生きているその『先』の地平に、学生の身でありながら辿り着いたアイナの織り成す勢いは…

 

 

 

「小さく転がる天使の羽よ!悪魔の鎖をその身に纏い…羅刹となりて蘇れぇ!融合召喚、レベル8!【デストーイ・デアデビル】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【デストーイ・デアデビル】レベル8

ATK/3000 DEF/2200

 

 

 

まだまだその勢いを落とす事無く、どこまでも遊良へと絶望を与え続けるのか。

 

 

 

「ゆ、融合モンスターが5体…」

 

 

 

そう、埋め尽くされたアイナの場の、5体もの融合モンスターの威圧感はとてもじゃないが…

 

この世のモノとは思えない程に、荒々しくも重々しいモノ。

 

―鎖の悪羊、鋏の悪虎、刃の悪獣に人形の悪魔と…そして、【紫影】。

 

ソレらが一同に集ったアイナのフィールドは、どれだけの混沌に満ちていると言うのだろう。

 

ソレらが織り成す重圧に耐え切れる者など、最早学生の中には存在しないのでは無いかと思える程に…

 

 

 

「今捨てた【エッジインプ・チェーン】の効果で、ウチはデッキから【デストーイ・マーチ】を手札に加える!そんでデストーイモンスターが増えたことで、シザー・タイガーとサーベル・タイガーの効果で、ウチのデストーイの攻撃力は1600ポイントアップや!」

 

 

 

【デストーイ・チェーン・シープ】レベル5

ATK/2000→3600

 

【デストーイ・サーベル・タイガー】レベル8

ATK/2400→4000

 

【デストーイ・シザー・タイガー】レベル6

ATK/1900→3500

 

【デストーイ・デアデビル】レベル8

ATK/3000→4600

 

 

 

ソレらは容赦なく遊良へと襲いかかり、一方的な重圧がどこまでも遊良を潰しにかかる。

 

そう、アイナが動けば動くほど、不浄の玩具達は巨大化していく。

 

そしてその圧迫感は、アイナの場で怪しく蠢く【紫影】の竜の不穏さとも相まって…

 

益々圧倒的な存在感と、不可思議な不気味さを増していくばかりであり…

 

 

 

「…つ、つよ…い…」

 

 

 

そして―

 

この、足掻くことすら許されぬ、あまりに激しいアイナのデュエルの前にして…

 

 

―遊良は、今はっきりと思い出してしまった。

 

 

そう、デュエルが始まってすぐに、アイナから感じたあの『嫌な感じ』の正体。

 

デュエルの間中、ずっとアイナから感じ続けているこの『嫌な感じ』。それは昨年度の【決闘祭】の準決勝で、遊良がまだ実力の『壁』すら超えていなかった時の事…

 

 

―『…1年の癖に、確かによぉやるわ。ホンマにこれで『Ex適性』が無いんやもんなぁ。大したやっちゃ。』

 

―『…さぁて…どうしても俺のデッキは、俺に勝たせたいみたいやしなぁ…』

 

―『どうにも迷ってしゃーないからなぁ…デッキに決めてもらおうとデュエルしてたんやけど…俺のデッキは『勝て』ゆーとるし。』

 

 

 

これは紛れも無く、当時のウエスト校3年であった竜胆 大蛇と戦った時に感じた…太刀打ちすることすら許されないのだという、切迫にも似たあの感覚と『同種』のモノ。

 

それは当時、既に実力の『壁』を超えていた大蛇と…まだ『壁』を超えていなかった自分との間で、痛いほど思い知らされたモノであり…

 

根本の実力が違う相手と対峙しているが故に否応なしに沸きあがってくる、底知れない恐怖と冷たい無常。

 

ソレらが混ざり合って、『勝てない』と言う感情を生み出されていると言うことであって。

 

 

 

 

 

(…だ、駄目だ…今の俺じゃ、コイツには…)

 

 

 

 

 

そう思いたくないのに、そんなこと考えたくもないのに。

 

遊良とて自分ではまだ自覚は薄いものの、【堕天使】を失ってもなお【白鯨】たる砺波の元での修業と、全員が強者という【決島】での連戦を経て…

 

今やその実力は、プロに行っても通用するというかなり高い位置にまで来ていると言うのに。

 

目の前に立ち塞がった少女の実力は、学生とプロを分ける実力の『壁』を超えた更に『先』…

 

実力の『壁』を超えてプロとなった者達が、才能に溺れず鍛錬を積み、果てしなく続く苦行を乗り越え、そこからさらに果てしない戦いを経てようやく選ばれた者だけが進めるかどうかという、無限に広がる『先』の地平に立っているのだ。

 

 

…足りない。

 

 

『先』の地平に既に立っているこの少女に勝つには、デュエリストとして最も重要な『何か』が遊良には後一歩足りない。

 

遊良も、これまでの【白鯨】との修業や【決島】での連戦で、その『何か』が掴めそうな感覚をこれまでも何度か感じた事はある。

 

しかし、『壁』を超えた今の場所から、『先』の地平に確実に一歩進む為には…どうしても後一つ、あと少しの『何か』が足りないのだ。

 

…それは実力の『壁』を超えるときと同じ。

 

そこに至ったアイナと比べ、そこに至るまでの『何か』が足りない遊良の間には…そう、今の遊良とっては、アイナは絶対に越えられないと言う事であり…

 

 

 

「やっとや…これでやっとウチの『願い』が叶う!よくも手間ぁかけさせてくれたなぁ!これで終いや!バトル!【デストーイ・チェーン・シープ】で…」

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

「ま、まだだ!メインフェイズ終了時に、墓地の【光の護封霊剣】を除外して効果発動!」

「あぁ!?」

 

 

 

ギリギリ…

 

本当にギリギリのところで。諦めそうになる心に、必死になって抗う遊良。

 

…諦めるわけにはいかない、諦めてはいけない。

 

例え相手が、自分よりも強いのだと理解してしまっても。それでも最初のターンに【手札抹殺】で予め墓地に送っておいたそのカードを発動して、どうにかターンと命を引き伸ばす。

 

…それは轟音を上げて『崩壊』しかけているルキを、見捨てるわけにはいかないというその意思だけ。

 

そう、その意思だけで、どうにかギリギリのところで戦意をか細く繋ぎ続けていて。

 

 

 

「こ、このターン…相手は攻撃宣言出来な…」

「あぁもう!どこまでウチの邪魔するんやこのガキァ!ウチはカードを2枚伏せてターンエンド!」

 

 

 

アイナ LP:5000→4000

手札:3→0枚

場:【デストーイ・チェーン・シープ】

【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】

【デストーイ・サーベル・タイガー】

【デストーイ・シザー・タイガー】

【デストーイ・デアデビル】

伏せ:3枚

 

 

 

…沸き立つ苛立ちを撒き散らし、渦巻くストレスを放出し。

 

全く衰えない猛りによって、先のターンよりも更にその圧力を増してターンを終えたアイナとその盤面。

 

ソレを見ている今の遊良の姿は、一撃も喰らってはならない重圧と相まって…これ以上自分が何をすればいいのか、それすらわからなくなってきている様にも見えるのはきっと錯覚などではないだろう。

 

 

 

(くそっ…どうすればいい…い、今の俺じゃ…)

 

 

 

そう…切り札である獣の王は通用しないとまで言い放たれ、【王者】のモンスターであった運命の英雄すら、【王者】ではない自分が使用していてはアイナには通用しないのだ。

 

その事実がどこまでも遊良に影を落とし、どうにかここまで無傷で攻撃を凌いだとは言え、これでデッキの中にあった攻撃を『確実』に防げる防御の手は使いきってしまった遊良の心の内は、先ほどよりも大きな緊張と焦りに包まれていて。

 

…一応、【ネクロ・ガードナー】と言った咄嗟の防御札は、まだデッキ内にいくつか残っているとは言えども。

 

それでも攻撃時にこちらの『手』の全てを封じてくる【デストーイ・チェーン・シープ】がアイナの場に居てしまっては、残りの防御札は最早何ら意味を成さないと言え…

 

…攻めることが出来ない。守ることも出来ない。

 

それを悟ってしまったがゆえに、垂れ下がった遊良の手は重く…

 

 

 

「…っ、うっ…あぁぁあ!」

 

 

 

また―

 

 

 

…遊良の気持ちの崩落に、まるで連動したかのように。

 

ルキから発せられていた、『崩壊』の轟音が更に強くなり…

 

ルキの悲鳴が、より一層その苦しさを増して大空洞に反響し始め…

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああ!」

 

 

 

 

 

―『バキンッ!』…

 

と、『何か』が割れるような、折れるような…

 

そんな痛々しい音が、大空洞の中に響いたかと思うと。

 

なんと宙に浮かんだルキの体から、彼女の『右足』のようなモノが地面へと落ちてきたではないか。

 

 

 

 

 

「ッ!?ルキ!…くっそぉぉぉぉぉお!俺のターン、ドローッ!【闇の誘惑】発動!2枚ドローして【サクリボー】を除外!そして手札を1枚捨てて装備魔法、【D・D・R】を発動!除外されている【サクリボー】を特殊召喚!」

 

 

 

その光景を見てしまったが故に、止めどない焦りが遊良を襲う。

 

…それはルキの体の『崩壊』が、もう限界に近いということ。

 

文字通り足が折れ、体中がひび割れ。

 

よく見れば、地には指が数本落ちていて、ルキの顔の中心には斜めに大きな亀裂が走っていて…

 

 

 

「【サクリボー】の特殊召喚成功時に速攻魔法、【地獄の暴走召喚】発動!」

「…懲りん奴やな。またそのカードか。」

「墓地から【サクリボー】2体を特殊召喚!そして永続魔法、【冥界の宝札】を発動し…3体の【サクリボー】をリリース!レベル8、【神獣王バルバロス】をアドバンス召喚!」

「だから同じ手なんか喰らわん言うたやろが!罠発動、【ブレイクスルー・スキル】!ソイツの効果は無効や!」

「ぐっ…」

 

 

 

そんな焦りに塗れた遊良の、必死な喚きにも似た叫びをいとも簡単に払い除け。

 

全く持って慈悲も無く、無常にも遊良の手を潰し続けるアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーン。

 

恐ろしいほどのキレを誇る遊良の進撃を、これ程までに封じ込めるアイナの轟きは本当に彼女が学生なのかと思える程に…

 

とても学生の枠に収まっているのが不思議と思える程に、まるで相当な歳の差を感じさせる程の圧倒的な存在感を放って聳え立っている事だろう。

 

…何せデュエルが始まってから今まで、彼女の猛る雰囲気は全く衰える事を知らず。

 

並のデュエリストならば、これ程までに遊良の進撃を止める事は出来ないはず。

 

そう、例えプロが相手だとしても、こんなにも連続して現れ場を荒らしてこようとする遊良の進撃には、多少なりとも手を焼くはずだと言うのに…

 

 

―どれだけ渾身を懸けて攻め続けても、アイナの優勢は覆らない。

 

 

こうも完全に遊良の進撃を抑え込んでくるアイナの姿は、一片の慈悲もなく遊良の心を折りにかかってきているだけ。

 

 

 

 

 

「…【冥界の宝札】と【サクリボー】3体の効果で、ご、5枚ドロー…」

 

 

 

 

 

…どうすればいい。一体、どうすればいい。

 

このままでは、先のターンの二の舞になる。それに今の自分の力では先ほどと同様、『あと一度』しか攻め込めるチャンスは生み出せないと言うのに…

 

遊良自身、ソレをわかっていてもなお踏み込む事が出来ないのは…アイナの伏せているカードの一枚が、先ほど彼女のがデッキから直接手札に加えていた【デストーイ・マーチ】だという事が分かっているから。

 

そう、獣の王が通用しないからと言って、次にいくら運命の英雄を呼び出そうとも…

 

彼女の伏せカードの中に【デストーイ・マーチ】が伏せられている限り、再び運命の英雄を呼び出しても今の遊良では無駄に終わってしまうのだ。

 

 

…バルバロスが通用せず、Bloo-Dすら止められる。

 

 

よもやデッキの中核を担う切り札が2枚とも通用しないとなると、遊良にはこれ以上何をどうすればいいのかが全く持って浮かび上がってこないのか。

 

迷いが生じ、思考が渦巻き…

 

どうにか辛うじて思考を止めずに考え続けられてはいるものの、どれだけ考えても今の遊良の心には、これ以上アイナにどうやって立ち向かえばいいのかがわからなくなってきて…

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「いいですねぇいいですねぇ!漏れ出した『神』の力でモンスターも実体化!そして何より子ども達の陳腐な鬩ぎ合いのなんとまぁ見苦しいこと!面白いですねぇ!なんていい暇つぶしなんでしょう!」

 

 

 

大空洞の天井に開いた『穴』から、佳境へと入ったデュエルを大空洞の天井に開いた『穴』から見下ろしていた、裏決闘界の融合帝【紫影】。

 

 

その、ルキを助けるために必死になって戦っている遊良と、望みを叶えるために後に引けなくなっているアイナのデュエルを…

 

『陳腐』とまで言い捨てた彼の、ケラケラとした気持ちの悪い捻じれた笑い声が山の中に響いていた。

 

その捻じれた視線はどこまでも狂気に満ちており、不気味に釣りあがった口角はこの世のモノとは思えぬ狂気を孕んだ代物。

 

自らが焚き付けた子ども達の戦いを、呑気に陽気にかつ悪びれもなく観覧を決め込んでいる辺り…その性根は間違いなく腐りきっており、それを自覚しているからこそ尚更性質の悪いことこの上なく。

 

 

 

「ふふ、【白鯨】がしゃしゃり出てきたら、こんな面白い余興も彼一人に止められてしまいますからねぇ。『逆鱗』に足止めさせて正解でした。」

 

 

 

しかし…一体、この男は何を目的としてこんな事をしでかしているというのか。

 

 

『赤き竜神』を解放する事だけが目的なら、こんな回りくどいやり方をせずともいいはず。

 

もしも【紫影】がルキを攫った時点ですぐにでも行動していたら、とっくにルキの体からは、『神』は開放されているというのに。

 

それでもソレを行わず、こうして遊良やアイナを『使って』余興にも似た茶番を繰り広げさせている【紫影】の思惑は…どこまでもどこまでも不穏の空気を纏ったまま、空気の淀みを更に不快なモノへと変えているだけ。

 

…しかし、既に事は生易しい事態ではない。

 

 

―このままでは、間違いなく一人の少女の命が奪われるだろう。

 

 

そうだと言うのに、【紫影】は捻じれた狂気に染まった、己の捻じれた不敵な愉悦を、ただただ周囲に撒き散らかしているだけであり…

 

 

 

 

「…さて、そろそろ仕上げと行きましょうか。天城 遊良…貴方にはもっと苦しんでもらうとしましょうかねぇ、えぇ。」

 

 

 

そして―

 

 

 

【紫影】はそのまま、大空洞の天井に開いた巨大な穴から…

 

眼下の少年をその瞳に映しつつ、その異常に細長い指を鳴らし…

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

(…どうすればいい…どうすれば…)

 

 

 

グルグルと回って定まらぬ思考の中、震える足で立ち尽くすしかない遊良。

 

…どうにかしなければならない情況。しかしどうにも出来ないこの情況。

 

崩壊を続けているルキの体にはもう時間があまり残されてはおらず、しかし今の自分よりも一歩『先』の地平へと辿り着いているアイナを相手には、遊良の心はもう勝機を見出す事ができずにいるのか。

 

焦燥と悲嘆に襲われていて、今にも心を折られ膝を突いてしまいそうな…

 

それを悲痛なルキの叫びという、決して支えにしてはいけない最後の『支え』で、どうにかギリギリで立てているだけの様子を見せていて。

 

 

 

(くそっ、ゼラートと神属があれば突破できるのに…ルシフェルさえあればすぐに全部揃えられるのに…)

 

 

 

また、あまりに自然に遊良の脳裏に浮かび上がってきたのは…

 

 

―『【堕天使】のカードさえあれば…』

 

 

と言う、既に吹っ切れていたはずの、失った【堕天使】達への縋りにも似た

 

…それは決して手の届かぬ願い。

 

『ある事件』でソレを失って、けれども既に吹っ切れていたと思い込んでいたその思いが…

 

今この絶望的な状況に置かれた事で、再度再燃してきたとでも言うのだろうか。

 

 

…しかし、それはある意味しかたがないこと。

 

 

何せこれまで世界に見放されてきた中でも、それでも『いずれExデッキが使えるようになる』という希望を持って生きてきた遊良が、その未来に得られたという実現するはずだった『希望』を未来永劫捨て去るという選択を経て…

 

そうして得体の知れぬ『何か』から、文字通り己の身を削って得たのが【堕天使】の力。

 

…鷹矢とルキの命を天秤にかけて、それでも迷いなく自分の『希望』を捨てられる選択を出せた遊良にだからこそ与えられた、神にも歯向かう純黒の翼が【堕天使】のカードなのだ。

 

…『今のデッキ』も、自分が構築できる最高のデッキに仕上げてあるとは言え。

 

その【堕天使】の力があったからこそ、昨年度の【決闘祭】や『異変』の時もどうにか再度まで戦い抜く事ができたと言っても過言では無いのだから…

 

追い詰められている遊良にとって、段々と痺れていく頭の中で、もう縋る事すら出来ないその失ってしまった希望に手を伸ばしかけてしまうのは仕方のない事なのか。

 

 

 

 

―それ故…

 

 

 

 

 

(くそっ…なんで…なんで俺はこんなにも弱…)

 

 

 

 

 

その手を動かせなくなった遊良へと襲い掛かる、苛立つアイナの怒声すらも耳に届かず。

 

 

ルキを助けなければならないと言うのに、もう打つ手を見つけられない苦悩。そして【堕天使】の無い、『自分だけの力』の弱さに…

 

 

とうとう、遊良が押し潰されそうになった…

 

 

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

―突如

 

 

目を閉じ、自分の力の無さを憎みうなだれ肩を震わせていた遊良の体に、得体の知れない『浮遊感』が襲ってきた。

 

…それは急に地面が無くなったかのような、落下にも似た不思議な感覚。

 

そう、足元が不安定になり、ぐらりと揺れるような気持ちの悪い感覚が、不意に遊良の体全体を包み込んだのだ。

 

 

その為、反射的にその目を開けるものの…

 

 

 

―その先には何も見えず、ただただ暗い黒い空虚な空間が目の前には広がっていて。

 

 

 

「なっ…こ、これって…」

 

 

 

戦いの真っ最中だったはずの、あの絶望的なアイナの盤面はどこへ行ったのか。

 

何も見えないだけではない。実体化したモンスター達の唸り声すら聞こえない、ただの暗闇の空間。

 

…一体、何が起こったのか。

 

普通であれば、この何もない暗闇の空間と、上下の感覚が無くなる気色の悪い浮遊感に取り乱すはずだろう。

 

 

…しかし遊良には、コレに似た感覚と空間に確かに見覚えと身に覚えがあった。

 

 

そう、ソレは昨年の事…

 

 

 

―『力が…欲しいか?この場を収められる力が…』

―『貴様が遠い未来に手に入れられるはずだったこの力を捨てても…貴様は今、力が欲しいと願うか?』

―『貴様は今、力を得る代償に…これから得られたであろうこの力の一切を捨てる…よいな。』

―『では、神と決別する貴様に与えるのは…』

 

 

 

鷹矢とルキを人質に取って、デュエルで二人の命を賭けて戦いを挑んできた、あの人形のような謎の男との戦いの最中に自分の身に起こった…

 

 

―『力が欲しいか』と自分に問いかけてきた、あの『不思議な声』の響いてきた空間と良く似たモノ。

 

 

この浮遊感も、何も聞こえず何も見えないこの空間も、ソレが追い詰められたこの絶望的な情況で起こったというのも何もかもが『あの時』と似通っている。

 

…まさかルキの命がかかったこの情況で、以前と同じような『謎の現象』が起こったとでも言うのか。いや、ルキの命がかかっているこの情況だからこそ、同じような現象が起こったのかもしれないという淡い希望が、不意に遊良の中に生まれ始めて。

 

もしそうなら、こんな絶望的な情況でも希望が生まれるではないか。もしもここで【堕天使】が、もしくは何かこの場を突破できる『力』がまた手に入るのなら…

 

 

―ルキを、助けられる

 

 

儚い希望と淡い期待。未来に得られたはずの『Ex適正』意外にも捨てられるモノなど、今の自分には何も思いつかないというのにも関わらず。

 

そんな不確かなモノへ縋りつきたい気持ちが、一瞬で遊良の心の中に生じ始め…

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

 

 

絶望の中で、遊良の中に微かに生まれた極僅かな『希望』を掻き消すかのように…

 

 

 

 

 

 

 

 

―それは、聞こえてきた

 

 

 

 

 

 

 

―『遊良…』

―『遊良…』

「ッ!?」

 

 

 

突然…

 

儚い希望と淡い期待に、藁にもしがみ付く勢いで縋りつきかけた遊良の耳に…

 

不意に飛び込んできたのは、この何も無い『闇』のどこかから響いてきた『2つの声』だった。

 

 

 

「そんな…こ、この声…」

 

 

 

…それはあの時の『謎の声』では無い

 

確かに聞いたことのある、紛れも無い誰か『男』の声。

 

確かにどこか聞き覚えのある、紛れも無い誰か『女』の声。

 

 

…いや、聞き覚えがあるとかの話ではない。

 

 

その『2つの声』を、遊良が聞き間違えるはずもなく。

 

何せ聞き間違えでは無いのなら、もう二度と聞くことが出来ないであろう『男』の声が…もう二度と聞くことが出来ないであろう『女』の声が、今確かに『闇』の中から聞こえてきたのだ。

 

その突然聞こえてきた、もう聞く事のなかったはずの『2つの声』に対し…遊良の心臓の鼓動が一瞬で高鳴りを超え、今にもはち切れんばかりにバクバクと胸の内側で暴れ始める。

 

 

―まさか…そんな…この声は…

 

 

その声を認識してしまった瞬間、遊良の頭の中は真っ白になり…

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

―『遊良…』

―『遊良…』

 

 

 

その二つの男女の声が、徐所に大きくはっきりと遊良の耳に届き始めたことに連動し。この暗闇の空間の中に、次第に遊良の目の前に大人の姿が二つ、浮かび上がってきて…

 

 

 

そこに、居たのは―

 

 

 

 

 

「と、父さん…母さん…」

 

 

 

 

 

どこか潤んだような声で、涙が零れてきそうな声で。思わず言葉を漏らした遊良の声は、今にも泣き崩れてしまいそうな声質となりて、力なくその口から零れていて。

 

…そう、遊良の言葉の示すとおり。

 

―そこに居たのは紛れも無く、約10年前にその姿を消した『父』と『母』の姿だったのだ。

 

 

…忘れるわけが無い。

 

 

…遊良が『Ex適正』を持たないと宣告されてから、突如としてその行方を晦ませた…父『天城 竜一』と、母『天城 スミレ』。

 

虚ろな目で宙に浮かび、暗黒の世界の中でゆっくりとこちらへと近づいてくるその姿は、今も遊良の記憶の中にある紛れも無い父と母の『当時』の姿そのモノ。

 

しかし警察の捜査でも見つからず、師【黒翼】の情報網にもひっかからず、今ではもう公的に『死亡』扱いされている両親が、一体どうして今この瞬間に目の前に現れたのか。その、あまりに突拍子も無い突然の再開に、遊良の頭がますます混乱を極め…

 

 

 

「何で…とーさん…かーさん…」

 

 

 

そしてあまりの事に思考が追いつかず、意図せずその口から漏れだす言葉。

 

その、父と母の事を呼ぶ遊良の声は…どこか幼い子どものような…

 

いや、確かにソレは幼い子どもが、感情のままに親を呼ぶ時のような声そのモノではないだろうか。縋りつきたい衝動と、ずっと会いたかったという思いが今にも溢れ出していそうな、小さい子どものような声。

 

…しかし、それも当たり前だろう。

 

何せ両親が姿を消したのは、遊良がまだ5歳の時だったのだ。

 

世界の全てが敵になったあの日、絶対に味方で居てくれるはずの両親の突然の失踪。それは幼すぎた遊良にとっては、一体どれだけの絶望となって襲いかかってきたというのだろうか。

 

両親に捨てられたのだと、心無い言葉で囃し立てる周囲に傷つけられても…それでも、きっと、いつか、戻ってくる…そう信じていた幼い自分の思いも、遠い昔に忘れていたと言うのに…

 

…そうだと言うのに、まさかその両親とこんな時にこんな場所で邂逅するだなんて。

 

しかし、そんな戸惑いと驚きと、そして事態を何も飲み込めていない遊良へと向かって。

 

遊良の両親は虚ろな瞳のまま、今、ゆっくりと息子へと向かって…

 

 

 

 

―『お前さえ居なければ…』

「…え?」

―『お前に、Ex適正があれば今も幸せに暮らせてたんだ…それなのに…』

―『お前なんて産まなければよかった。本当は産みたくなんてなかった…』

「なっ!?か、かあ…さん…?」

 

 

 

…虚ろな目をした父の口から、確かに告げられた存在の否定。

 

…消え入りそうな母の口から、言い放たれた存在の拒絶。

 

その理解できない突然の言葉に、遊良の思考が停止する。両親の言った言葉が上手く頭に入らず、頭の中が真っ白となってしまい…

 

今も記憶の中にある、あの優しかった両親からは考えられない冷たい言葉が遊良へと降りかかり…あまりに突然放たれた両親からの否定と拒絶が、遊良から更に思考を奪う。

 

 

…今、両親は何と言ったのだろう

 

 

再開を望んでいた両親から浴びせられる否定の数々に、益々遊良の頭は混乱を極め…しかし、そんな遊良の事など、全く見えていないかのように。

 

遊良の両親は虚ろな目のまま、更にその言葉を続けて…

 

 

 

―『何で生まれてきたんだ。お前ができた所為で俺はプロを諦めなくちゃいけなくなったのに…』

―『妊娠したから仕方なく産んでやったのに…こんな…こんな出来損ないだなんて…』

―『Ex適正が無いなんて…これなら堕ろした方がよかった…』

―『こんな出来損ないの所為で私は家を追い出されたの?だったら始めから産まなかったのに…』

「な、何言って…と、父さん!母さ…」

―『こんな奴が自分のガキだなんて冗談だろ…気持ち悪い…』

―『気持ち悪い…こんなの、私の子じゃないわ…』

―『なんで俺の子どもにEx適正が無いんだ…それならお前なんて産まれなくてよかった…』

―『産みたくなかった…こんなの、生まれてほしくなかった…』

「あ…あぁ…」

 

 

 

…何か事情があるのだと思っていた。両親が姿を消した理由には。

 

これが…今見えている両親が、本物なのか偽物なのかなど今の遊良には到底分かりはしないものの…

 

それでも10年以上も切望していた、そして再開などもう出来ないのだと子供ながらに理解をしていた、そんな会いたくて会いたくてたまらなかった両親にこんな言葉を浴びせられるなど一体誰が耐えられようか。

 

…約10年ぶりに聞くことが出来た両親の、その再会の言葉がまさかこんなモノだなんて。

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

―『生まれてこなくてよかったのに…』

―『始めからいらなかったのに…』

―『お前さえいなければ…』

―『お前さえ産まなければ…』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

―『お前さえ』

 

「やめろ!やめてくれぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 

 

 

―…

 

 

 

「何や?急に叫びだして…」

 

 

 

デュエルの最中に突然俯いて固まってしまったと思えば、突然発狂したようにして叫びだした遊良へと向かって。

 

その突然の奇行に、少々驚いた様子のアイナが…訝しげな顔をして、目の前の男の狂乱をただ見ていた。

 

まぁ、追い詰められて心を折られたのだと思ったら、急に対戦相手が喚き始めたのだから…それは例えアイナでなくとも、誰だって驚く事なのだろうが。

 

歳のわりに、『神』だとか実体化したデュエルに、少々場慣れしているようではあったものの…それでも実力の差を見せ付けられ、目の前で親しい人間の崩壊を目の当たりにしたことで発狂したのだろう。とは言え、自分だって『願い』を叶える為に容赦などしないつもりではあるが。

 

―デュエルを続けられない人間に、ターンは回ってこない。後はこのまま、この男のデュエルディスクが自動的にターンを強制終了させればデュエルは終わる。

 

頭を抱えて蹲ってしまった遊良へと向かって、アイナはそう酷評を下し…

 

 

 

また…

 

 

 

「ふふ…ふふふ…いい叫び声ですねぇ天城 遊良。…さて、もう一押しですかねぇ?」

 

 

 

大空洞の天井に開いた穴から、捻じれた笑みでこちらを見下ろしている【紫影】の…

 

歪に捻じれたその言葉は、誰にも聞こえることなく…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「あぁ…うぁぁぁ…」

 

 

 

父と母からの、聞きたくも無かった言葉を受け…

 

嗚咽を漏らす遊良の膝は折れ、気持ちの悪い浮遊感の中で蹲ったように頭を抱え耳を塞ぐその姿は、小さい子どもが反射的に身を守っている姿にも似たモノにも見えることだろう。

 

しかし、ルキを救うために絶対に負けられないと言うのに、アイナとの実力差に心が折れかけ、そこに追い討ちのようにして両親からあんな言葉を浴びせられたのだ。それ故、今の遊良の感情は負に包まれた傷だらけの代物であり…

 

心が折れかかっているかのような、今にも壊れてしまいそうな。消耗に消耗を重ねた遊良の心は、既に背負えるストレスの限界を軽々と超えているかのよう。

 

 

 

 

 

―そんな、今にも泣き崩れてしまいそうな遊良へと…

 

 

 

 

 

―『遊良』

―『遊良…』

 

 

 

 

 

今度は、別の男女の声が聞こえてきて―

 

 

 

 

「鷹矢ぁ…ルキぃ…」

 

 

 

そこに居たのは紛れも無い、大切な幼馴染2人の姿。

 

しかし鷹矢は今も【決島】で戦っている最中で、ルキにいたっては今にでも『神』が解放しかけていて『崩壊』をしかけている。

 

それ故、今現れた鷹矢とルキは紛れも無い偽物か幻覚に違いないと言うのに…

 

それでも悲痛に塗れた声で幼馴染達の名を零す遊良の姿は、ソレを全く理解出来ていないかのように弱々しいではないか。

 

鷹矢とルキが、今ここに現れるわけが無い。そうだと言うのに、今の遊良の精神状況では突然現れた幼馴染2人への情況判断すら行う事すらままならないのか。

 

ただただ悲嘆な目線と声で、力なくうなだれているだけ。

 

 

―そして、父と母と同じく。鷹矢とルキもまた、蹲っている遊良へと向かって…

 

 

 

 

 

―『何故お前なんぞと一緒にいなけれんばならんのだ。お前の存在が目障りでならん。お前さえいなければ、俺はもっと自由でいられたと言うのに。』

―『正直、遊良が居なかったら私ももっと気楽なんだよね。遊良と一緒にいる所為で変な噂もされるし、居ないほうがマシだよ。』

「…ッ!?…お前等も…そうなのかよぉ…」

 

 

 

それは父と母と同じく、最愛の人物達からの否定と拒絶。

 

両親と違い、これまでずっと共に過ごして来た幼馴染達は絶対にこんな事を言わないはずだというのにも関わらず…

 

…今の遊良の精神状況では、鷹矢とルキが絶対に言わないであろう拒絶の言葉にすら傷をうけてしまうのか。

 

しかし、蹲って悲嘆に襲われている遊良へと追い討ちをかけるかのように。

 

淡々と拒絶の言葉を紡ぐ鷹矢とルキの幻影は、遊良を見ているのに見ていないかのような虚ろな視線で、そのまま次々と言葉を放ち続けるだけ。

 

 

 

―『お前が一緒に居る所為で俺の評価がさがるのだ。お前など居なければ良かったのだ。』

―『遊良が声かけてくるせいで彼氏も出来ないなんて最悪だよ。遊良なんて居なければよかったんだよ。』

―『初めからお前など居なければよかったのだ。』

―『最初から遊良なんていなければよかったんだよ。』

―『お前などいらん。』

―『遊良なんていらない。』

―『目障りだ』

―『消えてよ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

―『お前さえ』

―『遊良さえ』

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」

 

 

 

鷹矢とルキの幻影が、遊良の心を容赦なく踏みにじる。

 

…果たして、両親からの言葉によって傷つけられた遊良の心に、追い討ちをかける幼馴染達の拒絶の言葉はどれほどの力を持って遊良の心を抉るのだろう。

 

世界の全てが敵になっても、それでも味方で居てくれた鷹矢とルキが…両親と同じく、自分など居ないほうが良いと言ってくるだなんて、遊良に耐えられるわけがないと言うのに。

 

また、遊良が何故発狂しているのかなど、目の前に対峙しているアイナにわかるはずもないのだが…

 

大空洞の天井に開いた穴から下を見下ろしている、この幻影を操っているであろう【紫影】だけは遊良の発狂を見てニヤつきながら、仕上げだといわんばかりにその異常に細長い捻じれた指をパチンッと鳴らし…

 

 

 

 

 

…そして―

 

 

 

 

 

 

―『死ね。』

―『死んじゃえ。』

「あ…」

 

 

 

―静かに…

 

しかしあまりにはっきりと、幼馴染達からの非常なる拒絶が放たれた。

 

…いや、これを拒絶と言ってもいいのだろうか。

 

存在の否定や拒絶などではなく、直接的な生への否定。

 

およそ他人から放たれる同じ言葉よりも、確かな威力を持っているその言葉が…静かに、そして重く、容赦なく遊良へと向かって撃ち放たれたのだ。

 

ソレを聞いて…悲痛な目で膝を着いて頭を抱えていた遊良が、力を抜いて頭を落とし始める。

 

…とうとう、心が折れてしまったのか。

 

誰の目から見ても、遊良の心が壊れてしまったのだろうという事は最早明らかなこと。まぁ、この場には今の遊良の状況を理解出来る者など、天井の穴から意地悪く眼下を見下ろしている、捻じれた笑いを浮かべる【紫影】しかいないのだが…

 

しかし、その【紫影】からしてもこの情況は想定どおりの終着点なのだろう。

 

これで、遊良の全ての支えが折れたと思われ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な…」

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

怪訝な目で見ていたアイナを他所に。

 

蹲っていた遊良が、肩を震わせながらゆっくりと立ち上がり始め…

 

 

 

 

 

そう、ゆっくりと―

 

 

 

 

 

それは―

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

突如―

 

 

大空洞に、大気の全てが振動するほどの『音』が轟いた。

 

 

―それは間違えることなどない『怒号』。

 

 

そう、ありえない声量から放たれた、大気を揺らす遊良の『怒号』が突如として折れたはずの遊良から轟いたのだ。

 

大空洞の中で反響しているとはいえ、およそ人間に出せるとは思えない程の声の振動が大気を揺らし…耳を劈く咆哮が、山ごと揺らしているかの如く。

 

―地を震わせて響き渡る。

 

 

 

「かっ!?…な、なんやこの声!?」

 

 

 

それ故、思わず自分の耳を反射的に塞いだアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーン。

 

しかし彼女のその行動は当然の行為であり、そうしなければ確実にアイナの鼓膜は破られていたのだろうから、たった今遊良から放たれたモノがどれほど巨大な音の塊だったのかがアイナのその行為だけでわかることだろう。

 

…何せ、下手をすれば鼓膜をやられるほどの声量。

 

もしもアイナがもっと近い距離で遊良とデュエルをしていたら、確実にしばらくは耳の機能が停止していたであろう。そんな人間の耐えられる限界以上の声量が、突然うなだれていた男から発せられ…

 

 

 

 

 

 

―それでも…

 

 

 

 

 

「っざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 

 

 

 

 

喉が切れても、声に血が混ざっても。それでも遊良の叫びは止まず。

 

 

 

しかし、それもそのはずで―

 

 

 

…Ex適正が無い所為で周囲から蔑まれてきた。

 

…Ex適正が無い所為で周囲から馬鹿にされてきた。

 

…Ex適正が無い所為で周囲から貶されてきた。

 

…Ex適正が無い…ただそれだけの理由で、周囲の人々は…いやこの世界は、いとも簡単に自分の事を見放した。

 

 

だから―

 

両親が自分の事を見限って、自分を捨てて行方を晦ましていたのだとしても、それは当然といえば当然だという一種の諦めが遊良の中にあったのはまた事実。

 

Ex適正が無いと宣告され、居なくなってしまった両親に恨まれていたとしても…両親への恨みよりも、Ex適正が無い自分が悪かったのだという両親への懺悔の方が遊良の中には大きいのだから。

 

そう、行方不明となり、音信不通となり、生きているのか死んでいるのかわからない両親に…先程のような拒絶をされていたとしても、それは遊良もある意味当然だと思ってしまっている部分がある。

 

―Ex適正が無い

 

それはこの世界においてはどうしようもない『出来損ない』の証。

 

…誰だって嫌だろう。自分の子どもに、Ex適正が無いだなんて。できて当たり前、持っていて当たり前のソレを、まさか自分の子どもだけが『持っていない』だなんて。

 

だからこそ、両親に本当に捨てられていたのだとしても、遊良の心はそれはある意味『当然』だと思い込んでしまっている。

 

 

 

 

―でも、鷹矢とルキは違う

 

 

 

…別に、心意の分からぬ両親に恨まれていてもいい。

 

だって、Ex適正が無い自分が悪いのだから。Ex適正が無かったせいで、両親に見捨てられたのだとしても…ソレは自分が悪い事で、仕方のない事なのだから。

 

しかし、いくら血の繋がった両親でも、『たった5年』しか一緒に居なかった親と『10年以上』も傍に居続けてくれている幼馴染とでは、自分の中での存在の大きさはまるで違う。

 

 

…Ex適正が無いと宣告され、全てを諦めていた幼少の頃。

 

 

その絶望に塗れていた地獄の時期に、自分を傷つけようとしてくる『敵』の全てに牙を剥き、己の身を傷つけながらも守ってくれた鷹矢と…

 

生きるのを諦め、ただただ死を待つだけだった自分の命を繋げ、傍にいて救ってくれたルキ。

 

両親が居なくなり、世界の全てが敵となり、あまりの絶望から鷹矢とルキさえ拒絶していても。それでも傍に居てくれた幼馴染達は、自ら命を絶とうとしていた自分に『死ぬな』と言った。

 

 

だからこそ―

 

 

『あんなモノ』を見せられて、『あんなモノ』を聞かせられて。それで遊良が我慢できるがない。

 

それは例えこの幻覚の言った通り、自分の存在が幼馴染二人の迷惑になっていたとしても。二人の為に、自分など本当は居ないほうが良かったのだとしても…

 

それでも、世界の全てを敵に回してでも自分と『一緒』に『生きてくれた』二人が…

 

鷹矢と、ルキが…

 

 

 

 

 

―『死ね』と、言うはずがない。

 

 

 

 

 

「鷹矢とルキを…馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

もし鷹矢にどれだけ否定されても、もしもルキにどれだけ拒絶されても。

 

 

―それでも鷹矢とルキは絶対に、自分に『死ね』とは断じて言わない。

 

 

それだけの自負が遊良にはある。それだけは確信出来る誇りがある。

 

だからこそこの幻覚は、あろうことかよりにもよって、鷹矢とルキに『言わせてはいけない事』を言わせたのだ。

 

…その怒りは空を裂き、大気を揺らし。闇に囚われ沈みかけていた自らの意識を、憤怒によって遊良は無理矢理に覚醒させる。

 

それは、よりにもよって自分以外が、鷹矢とルキを語るなど笑止千万なのだと言わんばかりに。

 

そのありえない『鷹矢』と『ルキ』の幻覚を、遊良は怒りの咆哮で消し飛ばし…

 

 

 

「あぁぁぁぁあ!手札を5枚捨てて永続魔法、【守護神の宝札】発動ぉ!デッキから2枚ドローッ!【貪欲な壷】発動!【サクリボー】2体、【D-HERO Bloo-D】、【イービル・ソーン】2体をデッキに戻して2枚ドロー!【成金ゴブリン】発動!LPを1000与えて1枚ドロー!」

 

 

 

あまりの怒りの奔流が、遊良を本能のままに動かすように。

 

デュエルの最中だという事すら放棄しそうだったというのに、まるで自然に、かつ流れるようにしてデュエルを続行し始める遊良の動きは…

 

まさに本能のまま体が勝手にカードを発動しているようでもあり、鷹矢とルキに『あんな事』を言わせた幻覚への怒りと共に、遊良は弱音を浮かべた自分への怒り更に強く震わし始めているかのよう。

 

…脈絡の無いカードを組み合わせ、我武者羅になってドローをし続ける遊良の回転は嵐そのモノ。

 

一体、どうしてこんなデッキがこれ程までに回るのかなど誰にも分からない。少なくとも、デッキの無駄をなくして洗練を重ね続ける『普通の感性』を持ったデュエリストには絶対に。

 

そのまま、遊良は唸りを上げてルキの体から漏れ出している『神』の力の奔流と、文字通り『崩壊』しかけているルキの身体をその眼に映し…

 

―怒りのままに、更に轟く

 

 

 

 

 

「【死者蘇生】発動!【サクリボー】を蘇生し、速攻魔法【地獄の暴走召喚】発動!デッキから【サクリボー】2体を特殊召喚!」

「またそのカードか!いい加減しつこいわ!」

「うるせぇぇぇぇぇぇえ!【サクリボー】3体をリリース!【D-HERO Bloo-D】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【D-HERO Bloo-D】レベル8

ATK/1900 DEF/ 600

 

 

 

そうして…

 

再び場に呼び出されしは、竜頭纏いし運命の英雄。

 

鮮血に塗れたその姿は、およそ英雄の姿とはかけ離れたモノなれど…遊良の怒りを感じたのか、先ほどよりも強い圧を放っている。

 

 

 

「また【紫魔】のカード…お前程度が使ぉたとこで無駄や言うたやろ!特殊召喚成功時に罠カード、【迷い風】発動!Bloo-Dの効果を無効化し、元々の攻撃力を半分にする!」

 

 

 

しかし―

 

再びこの場から飛び立とうとした運命の英雄の羽ばたきを、いとも簡単に奪い去ったアイナが発動した一陣の風によって。

 

運命の英雄は再び天に羽ばたく事なく、地へと思い切り叩きつけられてしまったではないか。

 

…そう、いくら憤怒によって叫びを上げようとも。

 

遊良の動きは先のターンと同じであり、これで先のターンと同様、遊良は2回も切り札を止められたことになる。

 

先のターンでは、これ以上遊良に打つ手はなかったというのに…

 

 

 

「こ、これは!?」

 

 

 

そんな遊良の背後から、聞こえてきたのはようやく到着した砺波の声であった。

 

…彼の目飛び込んできたのは、追い詰められている教え子の姿。

 

縛られた獣の王。地に落とされた運命の英雄。そしてその対面には4体もの巨大な不浄なる玩具と、紛う事無き【紫影】の竜の姿があり…

 

それ故、この場を一目見ただけでも、きっと砺波の目には戦況がはっきりと映ったに違いなく…

 

 

 

「あれは【紫影】のスターヴ・ヴェノム!なぜアレをあの少女が…」

「まだだぁ!【サクリボー】3体の効果で3枚ドローッ!そして3枚目の【貪欲な壷】を発動!【サクリボー】3体、【モザイク・マンティコア】、【デモニック・モーターΩ】をデッキに戻して2枚ドローッ!」

 

 

 

しかし背後に到着した砺波の事など、まるで気がついていないかのように。

 

怒りに任せた咆哮で、遊良はカードをドローし続けるのみ。

 

…そう、獣の王は通用せず、運命の英雄すらも通用しない、この先のターンと同じ情況でも。

 

それでも、先のターンよりもその勢いを増して動き続ける遊良の叫びは、これまでのような迷いなど微塵も感じられず。

 

ドローし、ドローし、ドローし…

 

 

 

「【モンスター・スロット】発動!場の【神獣王バルバロス】を選択し、墓地の【鉄鋼装甲虫】を除外し1枚ドローッ!」

 

 

 

ここで引かなきゃ勝てない。

 

 

バルバロスは通用しない、Bloo-Dだけでも立ち向かえない。それは先のターンの攻防でも、そしてこのターンのここまでの猛攻でも証明されている事。逆転への『破壊』は通用せず、そして【王者】のカードでも未熟な自分が扱うのではアイナ相手には勝てはしない。

 

ならば…

 

例え相手が、『今』の自分より強くともそれでも勝ちたいと願うのならば、今ここで『今』の自分よりも強くなるしか道は無いのだ。

 

 

 

「俺が引いたのは【大欲な壷】!そのまま速攻魔法、【大欲な壷】を発動!除外されているファーニマル・ドッグ、キャット、オウルをお前のデッキに戻し…」

 

 

 

…これが正真正銘、手札にある最後のドローカード。

 

ここでアイナを超えうる『何か』、実力の『壁』を超えた『先』の地平に辿り着けるような、遊良にとっての『何か』をドローできなければ…先のターンの二の舞となり、ルキも助けられず自分も死ぬ事は確実で。

 

だからこそ、今この時、この瞬間に、実力の『壁』を超えた『先』の地平に、無理矢理にでも到達するしか遊良にはルキを救う可能性はなく…

 

そう、バルバロスは通用せず、Bloo-Dだけでも立ち向かえないのならば。必死になってでも、這いつくばってでも、泥に塗れてでも…

 

 

―そう、例えExデッキが使えなくとも、例えEx適正が無くとも。

 

 

それでも命を削って、無理矢理に、力ずくにでも、自分のデッキの『限界』を超え得る、その『先』へと到達し得るモノを呼び出すしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

―必要なカードは、引けばいいだけ。

 

 

 

 

 

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!ドローッ!」

 

 

 

 

 

 

―引いた、カードは…

 

 

 

 

 

 

「ッ!?…ぐっ、あ…」

 

 

 

 

 

―ソレを手にした瞬間に、文字通りの『重力』が遊良を襲う。

 

それは言葉では例えようのない、今にも押し潰されてしまいそうな重圧そのモノ。そう、今にも押し潰されてしまいそうな『圧』が、遊良へと容赦なく圧し掛かってきたのだ。

 

その容赦なく圧し掛かってくるコレは、まるでまだ自分にはソレを扱う資格が無いのだと、ドローしたそのカード自身に言われているかのようでもあり…

 

…ただドローしただけでこれ程までに『押し潰され』かかっていると言うことは、まだ自分にはコレを扱う資格が足りないということなのだろう。

 

 

 

―しかし、遊良もソレを直感で理解してもなお。

 

 

 

 

「ぐあぁぁぁあ!魔法発動、【二重召喚】!召喚権を1回増やす!」

「あ!?【二重召喚】やと!?そんなカードをまだ隠しとって…けど、今更お前に何が出せ…」

「俺は【神獣王バルバロス】と…【D-HERO Bloo-D】をリリィィィィス!」

 

 

 

アイナの言葉を遮って、その重さに抗うようにして。

 

『崩壊』によって悲鳴を上げる、ルキの声を自らの怒りへと変え。容赦なく圧し掛かるソレを維持と力だけで押し返しながら、遊良は無理矢理に、そして思い切り叫びを上げ続ける。

 

 

…そう、引いたのは、これまでのデュエルでただの一度も引けた事の無かったカード。

 

 

【化物】たる釈迦堂 ランから預けられた、この世の誰も見たことのないであろう…全く言う事を聞かぬ、主にすら牙を剥く得体の知れぬソレ。

 

…普通であれば、こんな何か分からぬモノに未来を賭けようだなんて思えるはずが無いと言うのに…

 

しかし、今この瞬間に己の限界を超えようと誓うのならば、コレを押し返すしか残された道はないのだと言わんばかりに。

 

全く言う事を聞かぬソレを、遊良は己の憤怒によって無理矢理に屈服させるかの如く…その叫びに呼応して、獣の王と運命の英雄がその身を天に捧げ始め…

 

 

 

 

 

 

 

「現れろ!レベル10!」

 

 

 

 

 

 

 

 

…果たして。己のデッキの切り札たるその『2体』を生贄に捧げ、今この場において遊良は一体『何』を呼び出そうとしているのだろう。

 

天が震え、地が揺れ。それはまるで、この星そのモノがその『何か』によって震えているようでもあり…

 

 

―今から呼び出そうとしているソレは、己を超えられるモノなのか否か。

 

 

遊良の怒りによって、無理矢理に引き出され今ここに呼び出されるは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【The tyrant NEPTUNE】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その時…

 

 

 

『何か』が、宙から降ってきた―

 

 

 

それは深海よりも深きモノ、海嘯よりも豪きモノ。

 

荒ぶる激浪をその身に纏い、四海すら凌駕する海闊の化身。

 

空を映し、天を彩り、宙すら飲み込むまさに『海の星』。

 

それはたゆたう星の荒ぶりを、一体のモンスターに押しとどめているようであって。

 

 

 

 

【The tyrant NEPTUNE】レベル10

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

それは釈迦堂 ランから預った、この星のモノではないカード。

 

途方もない力と途轍もない圧力、下手をすれば相手の心を完膚なきまでに折ってしまう、間違えれば自分すら折られてしまう危ない代物。

 

 

 

 

「ぐっ…お、重い…このカード…」

 

 

 

その為、ソレを呼び出した瞬間に、ドローした時よりも更に重い『何か』が遊良へと襲い掛かってきて…

 

―いや、『何か』ではない

 

これは『星』の重さ。『海の星』を操るということは、これ程の重圧と重力と重責を背負うと言うことなのだろう。

 

…こんなモノを、ランも蒼人も平気な顔をして従えていたのか。いや、主にすら容赦なく圧し掛かってくるのは、まだ自分自身が未熟である証明なのか。

 

 

…まだ、足りない。

 

 

そう、無理矢理にデッキからこのカードを引っ張り出してきたとは言え、まだ自分にはコレを扱う資格が足りないとプラネット自身がそう言っているのだ。

 

寧ろ、まだ資格が無いと言うのに、無理矢理にデッキから引っ張り出してきた事によって【The tyrant NEPTUNE】のカードはアイナではなく遊良へと牙を向けており…

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

「…さ、燦然と輝くプラネットの一球…【The tyrant NEPTUNE】のモンスター効果ぁ!NEPTUNEの攻守は、リリースしたモンスターの攻守の合計となる!」

 

 

 

【The tyrant NEPTUNE】レベル10

ATK/ 0→4900 DEF/ 0→1800

 

 

 

「ソイツはプラネット!?なんでお前がプラネットを持っとるんや!?蒼ちゃん以外にプラネット持っとる奴がなんで…お前ぇ!ソイツが何なんか分かっとんのか!?」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇっ!NEPTUNEの更なる効果ぁ!アドバンス召喚に成功した時、リ、リリースしたモンスター1体と同名となり…同じ効果を得る!俺が選択するのは【D-HERO Bloo-D】!Bloo-Dの効果を得たNEPTUNEが場にいる限り、お前のモンスターの効果は無効となる!」

「なっ!?」

 

 

 

【デストーイ・チェーン・シープ】レベル5

ATK/3600→2000

 

【デストーイ・サーベル・タイガー】レベル8

ATK/4000→2400

 

【デストーイ・シザー・タイガー】レベル6

ATK/3500→1900

 

【デストーイ・デアデビル】レベル8

ATK/4600→3000

 

 

 

 

まだ、自分は『先』の地平に辿り着いてはいない事を、重力と直感で理解しつつも。

 

それでも今この現状では、こんな『重さ』に負けている暇など無いのだと言わんばかりに…遊良は意地と自棄だけで、その重力を押し返す。

 

…そして無理矢理だったとはいえ、この星に呼び出された果て無き海の奔流は捧げられた運命の英雄の力すらも再びこの世に呼び覚ますのか。

 

それは何度止められようとも、何度邪魔されようとも、何度食い止められても阻まれても遮られても。それでも執念のように意地を通す、遊良の進撃を写し取ったかの如く…

 

『海の星』が更なる重さと共に天に吼え、それによってアイナの不浄の玩具達は到頭その力を押し返されて縮んでいく。

 

 

 

「ぐっ…なんでこんな奴がプラネットを…け、けどいくらプラネットやからって、潰されかけとるお前じゃ…」

「そうだ!まだ、これじゃあお前には届かないっ!…だから…俺は絶対に!絶対にお前を超えてみせる!行くぞ!【冥界の宝札】の効果発動!」

 

 

 

そして―

 

 

未だ認めぬ『その意思』を、力ずくで押し返すかのように。

 

飲み込まれそうな海の奔流に抗いつつ叫びを続ける遊良の言葉に、先ほどよりも更なる強さが宿っていたのはきっと気のせいではないだろう。

 

そう…

 

まだ、自分は『先』の地平には辿り着いていない。怒りによって無理矢理にプラネットをデッキから引きずり出したはいいものの、ソレだけではまだ『先』に立っているアイナには勝てはしないのだ。

 

 

だからこそ―

 

 

遊良は己のデッキに指をかける。

 

最後のドローから繋がった、更なるドローへと未来を賭けて。己を超えると自ら誓った、その決意の言葉の下に…

 

 

…今、遊良に問われているのは、実力の『壁』を超えた『先』の地平に到達し得る、己にとっての『何か』を『決められる』かどうか。

 

 

実力の『壁』を超えるために必要だったのは、己を越えるモノをデッキが指し示してくれるか、デッキが答えるかどうかだった。

 

けれども、今求められている事は前とは違う。『先』の地平に足を踏み入れるということを決めた自分が、ここから更に進むには『何』をすればいいのか…ソレを決めるのは最早デッキではなく、誰でもない遊良自身。

 

 

未だ見果てぬ『先』の地平―

 

 

そこに至れる資格があるか。そこに踏み入る決意があるか。ルキを救いたいという気持ちが、不純物のない本心なのかどうか…その気持ちが、自らを超えうるに値するのか…

 

 

 

 

 

 

 

「2枚…ドローッ!」

 

 

 

 

 

 

ソレを、明らかにするために…

 

 

 

―遊良は、引く

 

 

 

ただ、己を超えるため…

 

 

 

ただ、ルキを救うために―

 

 

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

「俺は墓地の【神獣王バルバロス】と【クラッキング・ドラゴン】を除外!」

 

 

 

 

 

 

間髪入れず。

 

迷いなくカードをドローして、そのまま高らかに宣言した遊良。

 

…天に掲げた手に握られしは、たった今ドローしたカードの一枚。

 

そして遊良の宣言により、深き眠りについていた獣の王と機電の黒竜がその身をこの世から消し始め…

 

 

 

―否

 

 

 

この世から消え始めたのではない。

 

獣の王が吼える時、機鉄の竜はその身を散開させたかと思うと、2体のモンスターの姿が重なり始めたではないか。

 

 

…融合召喚ではない。シンクロ召喚でもない。エクシーズ召喚でもない。

 

 

それは単なる特殊召喚のエフェクト。しかし更なる力を求めた遊良に応える、獣の王の新たなる力。

 

 

 

「来い、レベル8!」

 

 

 

 

 

―今、己を超えた遊良の前に現れしは…

 

 

 

 

 

 

「【獣神機王バルバロスUr】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

【獣神機王バルバロスUr】レベル8

ATK/3800 DEF/1200

 

 

 

 

それは機電の鎧を新たに纏いし、神をも打ち抜く獣の王。

 

…これまでの遊良のデッキには、入っていなかったはずのカード。

 

しかし獣の王が主と共に、己を超えたという証となり得る、更なる力と新たな姿に違いなく。

 

…別に、ルール違反ではない。

 

デュエル中に、今までデッキに無かったはずのカードが新たに創造されることは、この世界においては稀にあること。

 

それは誰も知らない全く新しいモンスターであったり、既にこの世に生まれていたカードであったり…

 

…このカードは後者。

 

既にこの世に存在している、しかして使い手の少ない、大多数には見向きもされないであろうカードの一枚。

 

しかし…今この限界ギリギリの状況で、このカードが自分にとって必要なのだという答えを導き出した遊良の、文字通り己が『先』に進む為に必要であった、たった一枚の魂のカード。

 

…獣の王の破壊の咆哮も、運命の英雄の威圧も、確かに遊良には必要で。

 

けれども、後一つ。どうしても遊良には足りなかったのだ。

 

そう、立ち塞がる敵を突破し、前に前に進撃するための、敵を上から圧倒するような…

 

遊良に足りなかったのは、純粋なる『力』。

 

 

 

だからこそ―

 

 

 

 

 

「攻撃力3800!?…ま、まだそんなモンスターを…けど知っとるわ!ソイツの攻撃やと、ウチはダメージは喰らわへん!」

「あぁ!だからこうするんだ!速攻魔法、【禁じられた聖杯】発動!バルバロスUrの攻撃力を400アップし効果を無効にする!…これでバルバロスUrの、『ダメージを与えられない』効果も無効となる!」

「あ!?」

 

 

 

【獣神機王バルバロスUr】レベル8

ATK/3800→4200

 

 

 

獣の王の制約を、即座に無に帰す遊良の叫びが当たり一面に木霊する。

 

神をも撃ち抜く力を得た代償に呪われた、神によって縛られたその『枷』を…神に禁じられた天上の雫によって打ち消すその行為は、まさに背徳と言えるのではないだろうか。

 

 

 

「ッ、攻撃力4200…けどまだ…」

「そう、まだだ!これが最後のカード!魔法カード、【一騎加勢】発動!バルバロスUrの攻撃力を、更に1500アップさせる!

「攻撃力5700!?」

「行くぞ、バルバロスUr!【デストーイ・シザー・タイガー】に攻撃!」

 

 

 

 

そして砲塔を前へと構える、機鉄を纏いし獣の王。

 

そこに収束せしは純然なりし『力』。これまでの遊良に『足りなかった』、進撃の為の純粋なる『力』の集約であり…

 

天を撃ち抜き、神を撃ち抜き、立ちはだかる全てを撃ち抜かんとする獣の王の咆哮が今、解き放たれ―

 

 

 

 

 

 

「天蓋の粉砕…ディナイアー・ブラスタァァァァァァァ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「ぐっ…あぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

アイナ LP:5000→1200

 

 

 

 

大空洞に反響する、LPが大きく削れたその音は紛れも無く、長き拮抗が崩れ去った証。

 

そう、狂乱していたアイナの怒涛と、ギリギリで耐えていた遊良が織り成していた攻防が…到頭その限界を超え、ダムが決壊するかのようにしてデュエルのバランスが崩れ始めたのだ。

 

 

―もう、遊良に『海の星』の重圧は圧し掛かってはおらず

 

 

それは紛れも無い。『海の星』の強すぎる我を、遊良が己の我で押し返したという事。自らの維持と力、そして指し示された遊良の『答え』である機鉄を纏った獣の王の君臨によって、外なる『星』の圧力を遊良は思い切り空へと押し返したのだ。

 

…遂に、遊良は見果てぬ『先』の地平へとその足を踏み入れた。

 

それはアイナと同じ高さの地平ではあるものの、しかしアイナとは『別の景色』を見ているが為に、今ここにデュエルのバランスは大きく崩れ去り…

 

 

 

 

 

 

―そして…

 

 

 

 

 

「…ゆ……ら…」

 

 

 

―獣の王の咆哮が、今にも崩壊してしまいそうなルキに届いたのか。

 

一瞬…一瞬だけその意識を戻しただろうルキから漏れた、自分を呼ぶその声を耳に入れ…

 

 

 

「ッ、ルキィィィイ!今助ける…俺が絶対に!お前を助ける!」

「うぐっ…な、なんなんやお前ぇ!なんでウチの邪魔するんや!ウチはただ、死んだアイツにもう一度…」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!お前が何をしたがってようと…ルキを犠牲になんてしていいわけがねぇだろうがぁ!【The tyrant NEPTUNE】!【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】を攻撃ぃ!」

 

 

 

アイナの嘆願を遮って、更に遊良は怒り猛る。

 

…死んだ人間は生き返らない。それはこの世界に定められた、どうやっても変えようの無い絶対の決まり。

 

…昨年度の決闘市で起こった『異変』の、前【紫魔】である紫魔 憐造の例とはまた別。アレは謎の『闇』の塊が、紫魔 憐造の魂を包んでいただけと言うのは遊良には知る由も無いのだが…

 

 

―それでも。一度死んだ者がこの世に完全に『生き返る』事など、絶対にありえない事。

 

 

それを子どものような癇癪で認めようとせず、挙句の果てにルキを犠牲にしてまでそんな絵空事を叶えようだなんて…そんな馬鹿なことでルキの命を奪おうだなんて、遊良が許せるわけがない。

 

 

 

 

 

…海を纏いし暴君が、その大鎌を宙に振るう。

 

 

 

 

 

形容し難い星の重力を纏ったソレは、回転を増す毎に暴力性を上昇させ…

 

…それはまるで慈悲無き海鳴りの狂濤。全てを飲み込む暴食の、破滅を齎す孤高の高波。

 

今、神の来迎、神の解放、神の暴走を押し返すため…

 

そう、『この星の神』に逆らう為に、遊良はこの星のモノではない、外なる『星』の圧力を持って…

 

 

 

「ウチはただ…アイツに…謝りたかっただけなんや…」

 

 

 

悲しげに呟かれたアイナの言葉が、遊良の耳に届く前に。

 

抵抗すら許さぬ、『海の星』の化身に相応しき圧力が…

 

 

 

 

 

―今、放たれる

 

 

 

 

 

「喰らえぇぇぇぇぇえ!断海の凶刃!オーラ…トリトォォォォォォン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

 

暴君なりし破滅の鎌より、放たれるは絶対零度の斬撃の波動。それは怪しく佇む【紫影】の竜を、一刃の元に切り捨てるのか。

 

無言のままに切り捨てられた、【紫影】の竜が爆散するのと同時に。

 

アイナのLPが0を刻み、その巨大なる爆発に巻き込まれたアイナが勢いよく後ろへと吹き飛ばされていき…

 

 

 

 

 

アイナ LP:1200→0(-900)

 

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

それに応じて、無機質な機械音が大空洞の中に響き渡ったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

―夢を、見ていた…

 

いや、ソレが夢なのだという事が、ルキには確かにはっきりと自覚できていたと言った方が正しいだろうか。

 

意思だけの感覚。身体など存在しないのではないかと思えるような、ただ『見ている』しか出来ない感覚の中…

 

第三者のような視点…まるで古い映画を見ているかのような、色褪せた眼前にルキが見るは…

 

 

 

―『とーさんがエクシーズでー、かーさんが融合だからー、俺はシンクロだったら丁度いいなー。ルキは何だと思う?俺のEx適正。』

―『んーとねー…わかんないや。…あ、でもシンクロだったらいいなー。私と一緒だもん。』

 

 

 

―幼い頃の、懐かしい光景。

 

楽しかった子どもの頃…未来に何の不安もなく、ただ過ぎるだけの毎日がキラキラと光り輝いていた、遊良と過ごした幼少期。

 

 

 

―『俺さ、おっきくなったらプロになるんだ!』

―『ゆーらならなれるよ。だって強いもん。』

―『ルキもなるだろ?』

―『え?』

―『ルキだってすっごい強いんだからさ!一緒にプロになろうぜ!鷹矢とルキと俺とさ、3人で!』

―『うん!』

 

 

 

この、あまりに懐かしい、けれどもとても大切だった日々の記憶を見て…ルキは、思い出す。

 

 

―果たして…毎日が楽しく煌いていたのは、ただ自分が子どもだったからなのだろうか、と。

 

 

まだ『神』の力を押さえる事が出来ず、デュエルが出来なかった幼少の頃…

 

周囲から変わり者だと言われていた自分を、この世で最初に認めてくれた少年と毎日一緒に居られたことは、自分にとっては何にも変えがたい大切な毎日だったのだ。

 

…それは他の誰でもない、遊良が居たからこその日々。

 

いつも皆の中心に居て、強くて優しかった遊良だからこそ…

 

誘拐された時…命を賭けて助けてくれた、そんな遊良だったからこそ…

 

 

 

 

 

 

(あ…そっか…私、遊良のこと…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…う…」

「ルキッ!?あ…よかっ、た…ルキィ…」

「ゆ…ら…」

 

 

 

目を覚ましたルキの視界に、先ず始めに飛び込んできたのは、涙を浮かべている幼馴染の少年の顔。

 

…遊良の眼から零れた雫が、ひび割れたルキの頬を伝う。

 

何があったのかは覚えていない。しかし自分の状態を感じれば、自分の身に『何』が起こったのかはルキにも簡単に想像が付くのだろう。

 

…今にも途切れそうな虚ろな意識、しかし取り戻した自我がルキを意識を覚醒させる。

 

そんな彼女は…果たして目を覚まして最初に飛び込んできた幼馴染の少年の顔を見て、一体何を思うのか。

 

 

 

「…泣、か…ない、で…」

 

 

 

片足は膝から下が欠け、指も折れ落ち、体中がひび割れているルキ。

 

それでも、苦しみや痛みではなく、微笑むようにして遊良を見つめるルキの表情はどこまでも穏やかであり…

 

―子どもの頃…命を賭けて救ってくれた少年が、また命を賭けて救ってくれた。

 

その思いは、子どもから大人へと変わりつつある少女の中で、一体どれほどの変化となって育っているというのか。

 

大人へと続く階段の途中、複雑になりすぎた感情の所為で、遊良への思いを曲解しそうになったこともあった。

 

 

…けれども、昔の夢を見たことでルキは思い出した。

 

 

幼少の頃…遊良と過ごした日々は毎日が特別で、毎日が大切な日々だったという事を。

 

世界の全てが遊良の敵になった幼少の頃に、遊良にEx適正がなくとも彼と一緒に居たいと思った気持ちに…嘘は、ないと言う事を。

 

 

…ルキの体に、徐々に集まる光の粒子。

 

 

それは『神』の暴走が収まった証拠であり、彼女の体が静かに修復を始めていると言うこと。

 

つまり、もう『神』の解放は収まったのだ。昔、一度だけ『神』が暴走しかけた時も、師が『神』を抑え込んだら同じ現象が起こった。それを、過去の経験から知っている遊良だからこそ…

 

目を覚ましたルキを見て、その表情は今にも泣き出しそうな安堵に包まれていて…

 

 

 

 

 

 

 

―神の解放は…

 

 

 

 

 

 

ここに、終息したのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いやはや、やはり失敗しましたか。…いえ、成功した…と言ったほうがいいですねぇ、えぇ。」

 

 

 

騒乱が過ぎた大空洞の上―

 

その天上に開いた穴から、下を見下ろしながらポツリとそう言葉を漏らした…裏決闘界の融合帝、【紫影】。

 

それは目的であったはずの、『神』の解放が阻まれたというのにも関わらず。口を緩ませ、目線を捻じらせ、気味の悪い笑みを零していて…

 

 

 

「少々予定とはズレましたが、ふふ、少し解釈違いしてしまいましたねぇ。…まっ、結果オーライと言いますか。これはこれで無事に一つ段階を昇れたようで何より何より…あの子が『神』の解放を止めたのは誤算でしたが…後は予定通り、【決島】が終わったその時に…」

 

 

 

そして―

 

自らが余興だと言い捨てた遊良とアイナの戦いを見終え、【紫影】は静かにその場から立ち去り始める。

 

島中には、イースト校理事長である【白鯨】、砺波 浜臣が仕掛けた監視カメラがあると言うのに。まるで散歩でも始めるかのようにしてゆらゆらと歩き始める【紫影】の足取りには、まるで人の重さと言うモノがないかのよう。

 

軽い…軽すぎる。

 

人が一人死ぬところだった。下手をすれば実体化したデュエルと『神』の解放により、あの場に居た全員が死ぬところだったのだ。

 

そうだと言うのに、どこまでも【紫影】は笑いを混じらせた捻じれた声のまま…

 

大空洞の方…眼下を、一瞬だけ一瞥したかと思うと―

 

 

 

 

「…さて、私の『仕事』も後少しで終わりですねぇ、えぇ。」

 

 

 

 

 

―霧散するかのように…

 

 

 

文字通り、その場から消え失せたのだった…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

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