遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep82「覚醒の実感」

 

「天城君!高天ヶ原さん!」

 

 

 

激闘が終息したばかりの大空洞。

 

その、『神』の解放を巡っての激しい戦いを終え、ルキを救い出した遊良と…

 

『赤き竜神』が暴走しかかり、体が『崩壊』しかけているルキの下に…イースト校理事長である【白鯨】、砺波 浜臣が、足早に駆け寄りながらそう声をかけてきた。

 

しかし、彼もまたデュエリア校学長である『逆鱗』、劉玄斎との激しい戦いで体にダメージを負っているのか。腹部を庇いながら、どこかふらつく足取りで遊良達へと近づいてきて…

 

 

 

「砺波先生!」

「一体何が…いえ、それよりも高天ヶ原さんは無事ですか!?」

「はい、何とか…一応、大丈夫そうです。」

「大丈夫…こ、この状態で…?」

 

 

 

遊良からの『大丈夫』だという言葉を聞いても、どこか信じられないモノを見ているかのような声と共に…そう言葉を漏らすしかない様子の【白鯨】、砺波 浜臣。

 

そう、遊良の『大丈夫』だという言葉とは裏腹に、砺波の目に映るのは遊良に抱えられてぐったりとしている、衰弱しきったルキの姿が。

 

…顔には細かな無数のヒビ。右足は膝下辺りから欠けて無くなっていて、指数本欠損し、更には体にも大きな亀裂が入っているのが今のルキの現状。

 

普通の人間であれば死んでいるような体の欠損。そんな、四肢が欠けているのに出血もしていないのはともかく、人間の体がガラス細工のようにひび割れたり壊れたりしている今のルキの姿は…

 

とてもじゃないが、誰がどう見ても『無事』などでは断じてないことだろう。

 

まぁ、昔一度だけこの状態のルキを見たことのある遊良はともかく、砺波はこの状態のルキを見るのは初めてなのだから、ルキがこの状態でも生きていることには驚きを隠せずにいるのだが…

 

 

 

「…昔、一度だけルキが同じ状態になったんです。でも、『神』の暴走が収まったら体も少しずつ元に戻っていきました。だから…多分、今回も大丈夫だと思います。」

 

 

 

それでも、確かにルキは弱々しくもしっかりと呼吸をしていて、目を閉じてはいるが意識は何とか在る様子でもあるのだ。

 

いくら生きているのが不思議なくらいの体の状態とはいえ、目の前の現実は紛れも無い事実でもあるのだから…

 

砺波とて、今は自分の眼に映るモノを信じるしかなく。

 

 

 

「…信じられない…だが、これも『神』のカードの力と言うわけか…ともかく、君たちが無事で良かった。」

 

 

 

それでも驚愕を程々に、先ずは教え子達が『無事』であったと言うことが砺波にとっては何よりも重要なコトなのだろう。

 

…劉玄斎から、この事件には死んだはずの裏決闘界の融合帝、【紫影】が絡んでいると砺波は聞いている。

 

過去の戦いから、【紫影】の屑さ加減を嫌と言うほど知っている砺波からすれば…【紫影】が現れたものの、無事に教え子たちが生還した事に心からの安堵を見せていて。

 

 

 

「それで、一体何があったのですか?」

「それが…【紫影】って奴が、ルキから『神』を解放しようとして…」

 

 

 

そして…

 

遊良は簡潔に手短に、ここで起こった事を砺波へと説明し始めた。

 

 

 

…【紫影】という、得体の知れない捻じれた男が待ち受けていた事。

 

…ルキから神を解放しようとして、【紫影】がルキに『何か』をした事。

 

…ルキの『神』の解放を賭けて、デュエリア校のアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンと命をかけて戦わなくてはならなかった事。

 

 

 

ルキを救い出すために、強敵であったアイナとの激しい戦いを終えたばかりの遊良もまた今にも倒れこんでしまいそうなほどに疲労を感じてはいるものの。

 

それでも息切れする呼吸を堪え、砺波へと事の顛末を伝える遊良の姿はどれほど痛々しいモノとなって砺波の目に映っているのだろう。

 

しかし、そのデュエルの結末は砺波も見ていた通りであるため、【デュエルフェスタ】の優勝者に自分の教え子が勝った事と、ルキが無事であった事が砺波にとっても喜ばしいこと。

 

教え子の必死の訴えを、砺波は邪魔することなく全て聞き入れ…

 

そのまま、遊良の口から出た【紫影】という言葉を聞いて。遊良の手短な説明を聞き終えた後、砺波は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、徐にその口を開き始めた。

 

 

 

「…【紫影】…やはり生きていたのか。」

「砺波先生…【紫影】のこと知ってるんですか?奴は一体…」

「裏決闘界の融合帝。かつて存在した、ならず者の集まる裏の世界…奴はそこの融合召喚の王者でしたが、30年ほど前に憐造…前【紫魔】に敗れ、命を落としたと思われていました。」

「死んだはずの人間が…」

「いえ、性根が腐りきっている奴のことです。死んだと思わせて実は生きていたのでしょう。あの屑は根っからのペテン師…本当に、屑の中の屑…」

 

 

 

いつも冷静な表情を崩さぬ砺波にしては珍しく、【紫影】の事を話す今の砺波の顔は、心から【紫影】の事が嫌いなのだという事が遊良にだって分かるほどに険しい表情。

 

その脳裏に蘇るのは、かつてあった表と裏の決闘界の衝突であり…

 

きっと、砺波だって思いだしたくもないのだろう。心から『屑』だと言い切れるほどの、【紫影】などと言う捻じれた男の事など。

 

…そこでの【紫影】の悪行の数々は、砺波とて思い出すのも憚られるほどに残虐で最低な下種すぎる行為。

 

砺波もまた、親しかった人の命を【紫影】によって奪われているのだから、今【紫影】と対峙したらきっとその怒りが噴出してしまうに違いなく…

 

 

 

「…ともかく、事態は把握できました。とりあえず早くここを出ましょう。高天ヶ原さんも早く医療棟へ運ばなくては。いくら無事だとは言え、彼女の体は衰弱が酷い。」

「はい、砺波先生。」

 

 

 

…しかし、今は子ども達の生還が第一だという事を忘れるほど、砺波は怒りに支配されてはおらず。

 

【紫影】への懸念はある。とは言え今の自分はイースト校の理事長であるのだから、何よりもまずは学生達を守る事こそが第一であるという大人の責務を全うすべく…その痛む体を押して、砺波はゆっくりと立ち上がる。

 

そして遊良もまた、一刻も早くルキを休ませるべく…

 

修復しかけているとはいえ、手荒にすればすぐに崩れてしまいそうなルキを、今ゆっくりと抱きかかえ上げようとした…

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

―!

 

 

 

少しの地鳴りが聞こえたと思ったその瞬間。

 

遊良達の今居る大空洞が、ぐらりと大きく揺れて少しの地響きが空洞内に木霊し始めた。

 

それは立っていられないとか、倒れてしまうとか、そこまで大きな揺れではなかったものの…

 

それでも軽い地震の所為か、それとも先ほどの実体化したデュエルの所為か。大空洞の天井の岩肌がパラパラと剥がれ崩れ始め…

 

 

 

「このままでは崩れてしまいそうですね…早く出なくては。」

 

 

 

冷静に情況を鑑みた砺波が、少しの焦りと共にそう告げる。

 

そう、このままでは砺波の言った通り、確実にこの大空洞は崩れてきてしまうだろう。

 

既に地震は収まったというのに、『ピシピシッ』とした何かが割れる渇いた音は、間違いなく大空洞を構成する岩の壁が割れてきていることの証明であり…

 

…元々、山の中にこんな広い空洞があるコト自体、大自然の御業のようなモノ。

 

それ故、微妙なバランスによって保たれていた大空洞の構成が、先ほどの地震によって崩れたとしても、それは在る意味当たり前のようなモノなのだろうか。

 

 

 

「ま、待ってください、アイツは…」

 

 

 

しかし…

 

すぐにでも大空洞を離れようと踵を返した砺波へと向かって。

 

ふらつく足取りでゆっくりとルキを抱えて立ち上がりながら、少々焦りを含んだ声でそう声を上げた遊良。

 

…そう、遊良の視線の先には、気を失って倒れているアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンの姿が。

 

実体化したモンスターの攻撃の余波を受けて、勢いよく弾かれて壁に叩きつけられたのだろう。

 

うつぶせで地面に倒れこみ、意識を失いぐったりとしている彼女の姿が不意に遊良の目に映り…

 

…いくらルキの命を奪おうとしたとは言え、彼女も在る意味【紫影】に唆されたある意味で被害者。

 

無論、アイナもまた加害者である事には変わりないのだから、遊良とて同情の余地など無いとは言え…

 

それでも、今にも崩壊しそうな大空洞の地鳴りの中で、一人では逃げられないであろう彼女の姿はその初等部の幼い生徒と見間違えそうなほどに小さな体躯と相まって、先ほどまで狂乱していた女性とはとても見えないほどに弱々しく見える事この上なく。

 

…このまま置いていけば、崩落に巻き込まれて確実に彼女は死ぬ。

 

同情の余地は無い。けれども助かる『命』を目の前で見捨てて置いていくことは、ルキの『命』を助けるために戦い抜いた遊良にとっては後味が悪いに違いなく…

 

 

 

 

「…君は高天ヶ原さんを連れて早く逃げなさい。あの子は私が連れて行きましょう。」

「で、でもそんな事したら砺波先生が逃げ遅れて…」

「私の事はいいんです。それより君達は先に…」

「…」

 

 

 

遊良へとそう告げてくる砺波ではあったものの、砺波とて見るからに体を痛めているのが明らかであり…

 

運ぶのがアイナの様な小柄な女性とは言え、とても人を一人抱えて走れるなんて事、今の砺波には出来ないであろうと言うことは誰の目にも明白。

 

また、いくら修復を始めているとは言え。体が崩れかけているために、とてもじゃないが手荒には扱えないのがルキの現状。

 

…これ以上手荒に扱えば、崩壊の余波からルキの体は更に崩れてしまうだろう。

 

もしそうなってしまえば、修復には更に時間がかかる。

 

それ故、これ以上ルキの崩壊が進めば、いくら命が助かったとは言え後はルキの体力が持つかどうかの戦いとなってきてしまうのだから、ここは遊良だけではなく砺波もルキを共にゆっくり丁寧に運ぶ必要があり、とてもじゃないがアイナを運んでいる暇はないのだ。

 

だからこそ、揉めている時間など無いと言うのに、このままでは全員が逃げ送れてしまいそうな問答を遊良と砺波がしていた…

 

 

 

その時―

 

 

 

「…アイは俺が運ぼう。そこの赤髪の嬢ちゃんも…俺が運んだ方が早ぇ。」

 

 

 

今にも崩れていきそうな大空洞の入り口から…

 

そう、遊良と砺波が入ってきた入り口の方から、どこか弱っている一人の男の声が聞こえてきて。

 

 

…それは聞き間違えることなど無い、この世の誰よりも重々しい声。

 

世紀末に生きているのでは無いかと錯覚するほどの体躯に、戦場を散歩でもしてきたのでは無いかと見間違えるほどにその身に刻まれた古傷の数々…

 

 

決闘学園デュエリア校学長、かつては『逆鱗』と呼ばれた元プロデュエリスト…

 

 

 

―劉玄斎

 

 

 

しかし、つい先ほど砺波を足止めするために洞窟の入り口に立ちはだかったこの歴戦の男は、自らを超えた砺波によってすぐには立ち上がる事など出来ないであろうダメージを受けたと言うのに…

 

そんな満身創痍のはずの彼が、一体どうしてこの大空洞まで来られたのか。

 

そのまま劉玄斎は、傷付いているにも関わらず痛んだ体を押して歩いてくると、その丸太のような片腕でアイナを持ち上げるようにして抱え上げ…

 

続けて、ルキを抱き上げている遊良へと向かって足早に歩いて来たかと思うと、再度その重々しい声を発し始めた。

 

 

 

「…テメェらじゃ、ここを出る前に生き埋めになっちまうだろ。さっさとその嬢ちゃんも貸せ。」

「劉玄斎…だが貴様は高天ヶ原さんを…」

「あぁ…謝って済むとは思ってねぇ。けど、今はンな事言ってる場合でもねぇだろうが。安心しろぉ、もうテメェらと争うつもりはねぇからよぉ…つっても、無理かもしれねぇけどなぁ。」

 

 

 

先程とは打って変わって。

 

砺波と争っていた時とはまるで真逆の、全く戦意を感じさせない『逆鱗』、劉玄斎。

 

その言葉は、どこか心からの謝意を含んでいるかのような代物となりて遊良達へと届けられるものの…

 

…そんな『逆鱗』を前にしても、砺波は未だ警戒をしている様子。

 

まぁ、いくら劉玄斎から敵意を感じなくなったとは言え、彼のバックに居たのが宿敵である【紫影】だったというのだから、砺波にその警戒を解けと言うのも在る意味無理ではあるのだろう。

 

…元々敵であった劉玄斎に、アイナはともかくルキを預けると言うのはリスクが高い。

 

もしかしたら劉玄斎の与り知らぬところで、【紫影】が何かまた策を残しているかもしれないという…そんな、拭いきれない懸念が砺波にはあって。

 

…しかし、そんな警戒を解かぬ砺波へと向かって。

 

少々ふらつきながらルキを抱えていた遊良が、徐にその口を開き始めた。

 

 

 

「…砺波先生。ルキは…『逆鱗』に運んで貰っても大丈夫だと思います。」

「しかし…」

「何か、その…上手く言えないんですけど…『逆鱗』になら…ルキを預けても大丈夫な気がして…」

「…」

 

 

 

…まるで確証のない曖昧な核心。

 

単なる『そんな気がする』だけという、とてもじゃないがソレで信頼など出来るはずも無い言葉が砺波の耳へと届けられる。

 

普通であれば、いくら教え子の提案とは言えそんなリスクの高い行為を砺波が了承できるはずがなく…

 

しかし…こんな事態だからなのか。それとも砺波もまた先の戦いで、劉玄斎の『何か』を知ったからなのか。

 

迷っている時間などない砺波は、教え子から発せられたその言葉を一蹴することなく。

 

その思考の、最も深い所で瞬間的に何かを考えている様子を見せ…

 

 

 

「…少しでも変な動きをしてみろ。ただでは済まさんぞ。」

「あぁ、わかってんぜ。今のテメェ相手に、下手な事ぁしねぇよ。」

 

 

 

…そう、これ以上問答をしている時間などない。

 

これ以上ここに留まっていては、全員が助からないという本末転等な結果が待っていると言うことは砺波にだって理解出来ていることであり…

 

あくまでも警戒は緩める事無く、こんな事態だからこそ砺波はソレを了承し、視線は厳しいままながらも劉玄斎の提案を受け入れた。

 

 

そして…

 

 

 

「さっさと出るぜ。もう持たねぇ。」

 

 

 

『逆鱗』はそう言うと、アイナを抱え上げている方とは逆の腕で遊良からルキを受け取り…まるで壊れ物を扱うかのようにして、優しくルキを抱え上げる。

 

それは例えるなら、生まれたての赤子を優しく優しく抱き上げるかの様な柔らかで丁寧な腕使い。しかし少しの揺れもルキに伝えぬ、厳重なりし腕の籠。

 

そのまま一同は、劉玄斎の言葉を皮切りに。崩れ始めた岩肌の雨を浴びながら、急いで大空洞を後にし始めて。

 

 

 

…すると、遊良達が大空洞を出てすぐに。

 

 

 

巨大な岩が落ちてきたような、とてつもなく大きな落音が背後から響いて来たかと思うと…

 

洞窟の狭い外への通路に、一瞬の突風が吹き抜けて行った…

 

 

 

「…危なかった。あと少し遅かったら…」

「クハハ、生き埋めどころか、岩に潰されて圧死してたなぁ。…洒落にもなんねぇぜ。」

「…礼は言わんぞ劉玄斎。貴様のやったことは許される事ではない。」

「…あぁ。別に、許しを請うつもりはねぇよ。」

 

 

 

ギリギリの場面を突破したからか。

 

砺波が再度劉玄斎へと厳しい言葉をかけ始めるものの、それはどこか切羽詰ったものから、いつもの砺波の言葉となっていたことだろう。

 

そう、あと少しでも劉玄斎と揉めていたり、脱出に手間取ったりしていたら…大空洞の中で圧死するか、脱出できずに餓死していたかもしれない。

 

…何せ【紫影】の仕掛けた妨害電波の所為で、デュエルディスクの反応はどこにも届かず。【決島】の中でも、殆ど誰も立ち寄らないこんな山の中なのだから、救助だって来てくれるか怪しいのだ。

 

だからこそ、過程はどうあれこうして助かったという事実は事実。誰も犠牲になっていない今の現状こそが、結果的には最良だったのだという事を…この場に居る誰もが理解している。

 

 

 

(…アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーン…強敵だった…本当に…)

 

 

 

そんな中…

 

洞窟の外へと繋がる長い天然通路を、出口へと向かいながら。全員助かったという少しの安堵からか、遊良は先ほどの激しいデュエルを思い出していた。

 

…実力の『壁』を超えたその『先』の地平に、学生の身でありながら辿り着いていた彼女。

 

その力はあまりに高く、またその勢いは激流の如き激しさとなりて遊良へと襲いかかって来ていたのだ。

 

…ある意味、既に『先』の地平に辿り着いていたアイナを相手に、最後の最後に遊良が勝つことが出来たのは、遊良自身もまた『先』の地平に辿り着いたことももちろんではあるのだが…

 

それ以上に、彼女のデュエルの『スタイル』が直接ぶつかり合う、あまりに攻撃的で直情的なモノだったことが大きいのではないだろうか。

 

…それは自らをわざと傷つけていたとも取れる、自傷にも似た彼女の狂乱の結果。

 

攻撃力を上げ、相手を威圧し、そして直接モンスターをぶつけ合う事で…自らもまた、傷付くことを望んでいたのかもしれない…と、自らもまた『先』の地平に至った事で、アイナの悲嘆にも似た狂乱を遊良も無意識に感じ取れたのだろう。

 

…まぁ、アイナの感情など分かりもしなければ分かりたくもない遊良からすれば、彼女の事情など気に留める必要もなければ気にすることもしないのだが。

 

 

…彼女はルキの命を、自らの願いの為に奪おうとした。それだけは…絶対に、許せない事。

 

 

それは今も、そしてこれから先も―

 

 

 

しかし―

 

 

 

デュエルに負け、気を失っているアイナを見る劉玄斎の目は違う。

 

どこかホッとしたような、それでいて悲嘆を浮かべているような…まるで、自らの学園の生徒であるアイナが、遊良に負けることを望んでいたかのような視線をアイナへと向けているデュエリア校学長、劉玄斎。

 

…その重厚なりし深い瞳は、一体何を考えているのか。

 

それはきっと、ここでは語られぬ『他の誰かの物語』を…劉玄斎は、静かに思い出しているのだろう。

 

…悲しげで、しかしどこか安堵を含ませたその視線。

 

すると劉玄斎は、後方からアイナを見ている遊良の視線にも気がついたのか。

 

重々しくも、敵意の全く含まれていない声で。後ろを歩く遊良へと向かって、背中越しに声をかけてきた。

 

 

 

「…コイツも昔、色々あって壊れちまったんだ。だから、多分誰かに止めて欲しかったんだろうなぁ…自分じゃあ止められない呪いにかかっちまってたからよぉ…」

「…呪い…」

「…『許せ』とは言わねぇよ。アイも、自分が悪い事をしてるって事ぁ自覚していた。誰かに恨まれることを承知で、それでも叶えたい願いってモンがコイツにはあったんだ。…褒められる行為じゃあねぇし、ただ融通の利かねぇガキの我儘みてぇなモンだが…コイツにゃ、ソレに縋るしかなかったんだ。」

「…」

「コイツは…いや、コイツらは…壊れちまってんだよ。許さなくてもいい。けど…それだけは、わかっててやってくれ。」

 

 

 

アイナの事だけではなく、他の誰かの事も含めてどこか悲しげな顔をしている劉玄斎。

 

アイナを含めた他の人間の過去に、一体何があったのだろう。ソレはこの物語では語られる事のない、別の誰かの物語なれど…

 

ソレを知らぬ遊良からすれば、劉玄斎もまた悲痛なのだという事だけが、ただただひしひしと伝わってきて…

 

 

 

 

…そうして―

 

 

 

洞窟内を歩いていた遊良達の目に、ようやく飛び込んできたのは『外』の明るさ。

 

 

…沈殿していない澄んだ空気と、頬を撫でる柔らかい風。

 

そう、長い洞窟内をやっと抜け、ようやく遊良達は外へと戻ってきたのだ。

 

 

すると、短い時間だったとは言え命を賭けたやり取りを行った反動からか。

 

これまでの【決島】での戦いで溜め込んできた疲労が、一気に遊良へと襲いかかってきたのだろう。座り込むことはしないが、張り詰めていた緊張の糸が一瞬緩んだ事で…外へと出た瞬間に、足から力が抜けたのを遊良は感じた様子。

 

…一息ついている暇はない。けれども、これで一応、急を要する事態は突破した。

 

崩壊しかけたとは言え、ルキの命は助かった。【紫影】は逃がしてしまったとは言え、きっと砺波はコレまで以上に警戒レベルを引き上げるだろう。

 

まだ気を緩められるほど安心できる事態ではないものの、どうにか誰の犠牲を出さずに済んだのだから、こういった修羅場の経験値が砺波達と比べれば絶対的に少ない遊良からすれば、少しだけ足の力が抜けてしまってもそれは在る意味当然と言えるのか。

 

そして、そんな遊良の姿を一瞥した後…

 

劉玄斎は優しく抱えていたルキを砺波へと預けると、その場でアイナを抱え直し始めた。

 

 

 

「…ほらよ。この嬢ちゃんは返すぜぇ?後、とりあえずアイは医務室へ運ばせてもらうからよぉ。…ちゃんと、コイツにも罰は受けさせる。…俺も、な。」

「…無論だ。」

 

 

 

ルキを受け取った砺波は、劉玄斎と、未だ気を失っているアイナへと少々厳しい視線と言葉を向けたまま。

 

…そう、見捨てるのではなく、不問に付すのではなく。

 

悪いことをしたその罰は、誰であろうと受けなければならない。いくら劉玄斎やアイナに事情があったとは言え、あくまでも悪事は悪事と言うことであり…

 

劉玄斎は、ルキの命を奪う悪事に加担した。それは絶対に許される事ではないのだし、アイナにしても彼女を見捨てる事は彼女にとっての罰にはならない。

 

そう、生還して罪を償わせる事が、ルキの命を犠牲にしようとしたアイナへの罰。

 

それを、あえて深く言葉にしないことこそがこの場においての砺波の温情なのだという事を、長い付き合いである劉玄斎もまた理解しているからこそ…逃げるのではなく、まずは現状を整えるために動こうとしているだけなのだろう。

 

…また、劉玄斎はこの場を後にする前に。

 

再度遊良へと向かい直したと思うと、そのまま遊良へと向かって再びその口を開いて…

 

 

 

「天城 遊良…すまなかったなぁ、本当に。こんな事、本来なら言う資格なんてねぇんだが…俺を信用してくれて…ありがとうなぁ。」

「…いえ。一応、ルキも無事でしたし…それに、最後に貴方が来てくれなかったら、俺達全員助かりませんでした。…だから…ありがとう、ございました。」

「…クハハ、敵に『ありがとう』はねぇだろ?…けど…あぁ、本当に……………済まなかったなぁ…」

 

 

 

果たして…

 

いつもと変わらぬ『逆鱗』の重々しい声の、その重みの中にどこかくぐもったモノが混ざっている事に…遊良は、気がついただろうか。

 

…敵であったはずの、【紫影】の悪事に加担したはずの、そんな敵である劉玄斎を信用しただけではなく、『礼』まで言う遊良の気持ちは、きっと誰にも理解できるはずの無い遊良だけの感情ではあるものの…

 

それでも、遊良からの『礼』を聞いた瞬間に、劉玄斎はどこか感極まっているかのような言葉が漏れだし…

 

 

そのまま…

 

 

会話を終えた劉玄斎は、アイナを抱えて静かに山を降りていく。

 

 

そんな劉玄斎の姿を…

 

遊良は、ただ静かに見ていたのだった―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…そうだ、あの、砺波先生。」

「はい、何ですか?」

 

 

 

劉玄斎が山を降りていってすぐ。

 

一瞬の安堵の空気から一転。『何か』重要なコトを思い出したかのようにして、砺波へと声をかけた遊良。

 

 

 

「皆が付けてるこのリアル・ダメージルールの装置なんですけど…【紫影】の奴が、この装置のコントロールは自分が握っているって…その気になれば、装着者ごと木っ端微塵に出来るとも…」

 

 

 

少々震える声でそう話す遊良が伝えるのは、大空洞で【紫影】と対峙した時にあの捻じれた男が告げてきた、学生たちにとっての恐怖の事実。

 

そう、デュエルに連動して起こる電流を、あの捻じれた男は自らの意思で自在に操ったのだ。それだけではなく、あの屑は人を爆破するという狂気を、恍惚の表情で遊良へと押し付けてきて…

 

…【紫影】がリアルダメージ装置を操るのを、遊良は実際に喰らったからこその焦り。

 

あの狂気に満ちた捻じれた男なら、本気でソレをやりかねないという危機感から…遊良は少々焦りを含ませながら、砺波へとその事実を告げ…

 

 

 

「…ふむ。」

 

 

 

しかし…

 

遊良から、衝撃の事実を明かされたと言うのにも関わらず。

 

砺波は悠然と落ち着き払い、まるで危機感を感じていないかのような雰囲気を醸し出しているではないか。

 

それはまさか、自分はその装置をつけていないからどうでもいい…

 

などと砺波が言うわけが無いことくらい、遊良にだって始めからわかってはいるものの…

 

 

 

「嘘ですね。」

「…え?」

 

 

 

 

遊良の浮かべる焦りと不安を、一蹴するかのごとく淡々とそう告げた砺波。

 

それは狂気に塗れた【紫影】と言う、あの捻じれた男を遊良よりも理解しているからこその言葉でもあり…

 

 

 

「【紫影】の屑が学生達を木っ端微塵にするつもりなら、もっと早くやっている。それこそ、世界中の注目が最も集まっている時…開戦の瞬間にでも、中継の前で高笑いしながら一斉に学生達を爆破するでしょう。…あの男はそういう奴です。」

「う、嘘?…だって、【紫影】のあの雰囲気は…俺も実際にこの目で…」

「真に受ける必要などありません。あの屑の言動、行動、その全てが『嘘』の塊。奴の行動は全てがペテン、きっと何かトリックがあるんでしょう。確かに奴は【王者】に匹敵する実力を持ってはいますが…その精神は劣悪そのモノ。人の死を持て遊び、血の雨に打たれて快感を得るような…我々には理解できない、あの屑はそういう男なんです。」

「…く、狂ってる…」

 

 

 

【紫影】の行動、思考…

 

かつて勃発した表と裏の戦いで、ソレを嫌という程味わった砺波だからこそこれまでの経験から砺波は予測をつけられるのだろう。

 

…あの男は、命を奪う『脅し』はしない。ただ無慈悲に、己の快楽の為に、ただ他人を絶望させる為に、命をおもちゃにする屑。

 

ただの狂った、常人には理解できるはずもない…そんな最低最悪の嗜好を持った、屑の中の屑。

 

…しかし、だからこそ【紫影】が『脅し』でそんな不安感を遊良へと与えてきたという事は、逆に考えれば遊良へと告げた【紫影】の言葉は口八丁の出任せ出鱈目と言うことを、砺波もまたよく理解している。

 

それ故…いつ爆発するか分からない、目に見えない不安を感じていた教え子へと向かって。

 

砺波は、ゆっくりと力強い言葉で…

 

 

 

「だから大丈夫、爆破などされません。そもそも、そのリアル・ダメージ装置を手配したのは【決闘世界】の綿貫さん。あの人が手配した物に、そんな爆弾を仕込めるほど…【紫影】に力はありませんよ。」

 

 

 

どこまでも力強い砺波の言葉は、遊良の不安を根こそぎ毟り取ってしまう程に頼もしい代物となりて遊良へと届けられるのか。

 

そう、今の砺波からの言葉は、何故か理屈抜きに納得してしまえる様な…何か形容し難い『力』のようなモノが宿っているのを、不意に遊良も感じた様子。

 

…今の砺波がそう言うのならば、きっと大丈夫。

 

上手く説明など出来はしないが、それを言葉ではなく心で理解できるからこそ。遊良もまた、その言葉を理屈抜きで信じられるような感情を感じ…

 

 

 

「さて、そんな事より…もう行きなさい天城君。君の【決島】はまだ終わってはいません。」

「砺波先生、でも…ルキは…折角の祭典だったのに、【紫影】の所為で失格に…」

「…仕方ないでしょう。いくら高天ヶ原さんが失格になったのが【紫影】の所為だとは言え、そもそも『何か』が起こったら彼女はすぐに棄権する約束だったのです。それに今の彼女の状態では、とても【決島】を続ける事はできません。」

「…それは…確かに…」

「けれども、君はまだ失格にはなっていない。幸いデュエルドローンの接続を切られていただけで、先ほどの少女とのデュエルも祭典の範囲内…勝敗も公式なモノとして反映されている。【紫影】が何故君も失格にしなかったのかなどわかりませんが…ともかく、君の祭典はまだ続いています。」

「けど、その…【紫影】のことは…もし奴がまた襲ってきたら…」

 

 

 

そんな中。

 

こんな状態になってしまったルキを見ながらも、遊良に戦いへと戻るように促し始めた砺波 浜臣。

 

…それは在る意味、どこか非情なモノとなりて遊良の耳へと届けられるのか。

 

いくらルキの命が助かったとはいえ、こんな『崩壊』しかけているルキを放って戦いに戻れるほど、今の遊良の意識は祭典へは向かえてはいない。

 

…確かにルキの命は助かり、『逆鱗』の劉玄斎にももう敵意は無くなった。

 

けれども主犯である【紫影】はどこかへと消えたままなのだから、いくらリアルダメージ装置の爆弾への懸念が消えたとは言え、あの屑がいつまた襲ってくるか分からないのならばまだまだ安心は出来ず…

 

…裏決闘界の融合帝。かつて【王者】と争ったというだけで、その力の恐ろしさは言うに及ばず。

 

いくら砺波が元シンクロ王者【白鯨】とは言え、【王者】クラスの敵の存在と言うのはそれだけで恐ろしいというのに…

 

 

 

 

 

「大丈夫です。これ以上、【紫影】に好き勝手はさせません。今後は私が高天ヶ原さんを護衛します。後は【決闘世界】の綿貫さんと協力し、厳戒態勢を敷きましょう。それに…」

 

 

 

 

 

しかし…

 

まだまだ懸念は消えないのだと目で訴えている、一つの修羅場を潜った己の教え子へと向かって。

 

 

砺波は、不敵に笑いつつ―

 

 

 

 

 

「今の私は誰にも負ける気がしない…そう、釈迦堂や鷹峰を相手にしても…ね。」

「ッ…」

 

 

 

 

瞬間―

 

 

そう、砺波が、遊良へと静かに告げたその瞬間。

 

 

…周囲の空気が引き締まり、雄大な大自然が文字通り怯えているかのような気配を広げ始めたのを…その肌で、その毛先で、人間の持つ潜在的な本能の部分で感じとってしまった遊良。

 

 

―砺波の放つ雰囲気が、大空洞に入る前と後とはまるで違う。

 

 

ざわめく木々を黙らせ、靡く風を静まらせるその存在感。およそ人間が放てるような雰囲気ではないソレは、この世のどんなモノとも比較が出来ないであろう不思議かつ不可思議な代物となりて遊良へと伝わり…

 

…一体、『逆鱗』と戦った砺波に何があったのだろう。

 

【王者】であった砺波の力が、人類の到達点である『極』の頂にあった事はもちろん遊良とて分かってはいたものの…

 

…それでも今の砺波の放つ強さは、シンクロ王者【白鯨】と呼ばれていた彼と比べても比べモノにならない程に『深い』。

 

今の砺波の雰囲気…

 

そう、師である【黒翼】や、あの釈迦堂 ランと実際に対峙した事のある遊良だからこそ分かるその違い…

 

 

 

 

それはまるで、彼等と同じ【化物】のような―

 

 

 

 

 

 

「さぁ、わかったならもう行きなさい。くれぐれも…私と李理事長と獅子原理事長を、クビになんてさせないでくださいよ?」

「…はい、砺波先生。」

 

 

 

今の砺波から放たれる強さの、その『深さ』がまるで違うことをこうして理解出来てしまったのは…

 

遊良もまた、実力の『壁』を超えたその『先』の地平に辿り着いたからなのか。

 

『遠すぎて』背中すら見えなかった砺波の『強さ』が、ようやく背中が見えたと思った砺波の『強さ』が…今では『深すぎて』、どの段階に存在しているのかすら分からない。

 

…今この時…昨年のように、砺波が『敵』でなかった事に遊良がどれだけ安堵を覚えたことか。

 

…そう、今の砺波が敵に回っていたら、きっと肉片すら残らず消し飛ばされていただろう。

 

しかし、今では確かな味方となった砺波の存在が、これ程までに遊良に絶対的な安心感を与えているなんて…昨年までの彼らからしたら、絶対に言っても信じられない事。

 

―【白鯨】がいれば、きっと大丈夫

 

【紫影】への恐怖など、最早感じていないほどに…【王者】を超えた今の砺波の存在は、最早絶対的な象徴となりて遊良の戦意を復活させるのか。

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

砺波の強さが分からないという、これ以上ないほどに頼もしい恐怖を改めて感じ取り。

 

これ以上戦いを躊躇うことは、砺波の気遣いを無碍にするという事を心に刻み直した遊良は…

 

短い言葉で、しかしこれ以上ないほどの信頼を砺波へと預け。

 

 

―【決島】を続けるため、この場から勢い良く駆け抜け始めたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―そして…

 

 

 

 

 

 

 

『おーっっとぉ!ここで不調だった天城選手のドローンの映像が復活ぅ!しかし随分とボロボロだぁ!一体、映像が途切れている間にどれだけ激しい戦いを行ったんだぁ!?』

 

 

 

接続を斬られていた遊良のデュエルドローンが、その接続を復活させたのか。

 

突如空から響き渡ったのは、上空を飛ぶヘリから落ちてきた実況の声の大きな塊。

 

…確かに砺波の言っていた通り、自分はまだ『失格』にはなっていないようだ。

 

今の実況の声でソレを理解した遊良は、そのまま止まる事無く山の斜面を駆け下りる。

 

…早く戦いたい。

 

先ほどまでの、戦いに戻る事を戸惑っていた心はどこへやら。

 

砺波への絶対的な信頼感のおかげか、今の遊良の心は未だ見ぬ強者との戦いを求め、デュエルに飢えた獣そのモノ。

 

…アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンとの戦いは、良くも悪くも遊良に与えるモノが大きかった。

 

それは【黒翼】や【白鯨】などの強者から授けられる『修業』とはまた違う。実力の『壁』を超え、その『先』の地平へと辿り着いた高レベルの相手と…正面から鎬を削ったことで、遊良が『何か』を掴んだからに他ならない。

 

それ故…良くも悪くも命のやり取りを経て、一つの修羅場を潜った遊良の精神はこれまで以上に自らの力を試したくてウズウズしているのだろう。

 

『先』の地平に辿り着いたからこそ見える景色…未だ見果てぬ無限の荒野に、彷徨い始めた高揚で今の遊良の心は一杯になっている様子であり…

 

 

…山を駆け下り、森を駆け抜け。

 

 

その勢いのまま、次なる対戦相手を求めて雑草すら生えぬ荒野にまで到達する遊良。

 

そして、荒野に立ち入ったその入った瞬間…

 

一人のデュエリストと、その目を合わせた―

 

 

 

「ほう…お主、天城 遊良だな?…途中経過によれば、先ほどあのアイ先輩を倒したとな…相手にとって不足なし。拙者の糧になってもらうでござる。」

「…拙者?」

「拙者は決闘学園でゅえりあ校3年、決闘順位『5位』のコジロウ・ミヤモトと申す。天城 遊良…アイ先輩を倒したその力、しかと見極めさせてもらおう。拙者とでゅえるでござる。」

 

 

 

お互いに目が合ったその瞬間。

 

遊良の前に立ちはだかった、特徴的な言葉を使うその男は…まるで刀を抜くような動作と共に、自らのデュエルディスクを展開し始めて。

 

それは幅の広い唐傘の帽子を被り、水色の長い羽織を肩から提げた…袴を履いたその腰に、『刀の様な得物』に良く似た、よく分からないモノを差した長身の男。

 

しかし、その特徴的な見た目とは裏腹に。その口から放たれたの『5位』という輝かしい順位が示す通り、彼もまたデュエリア校における強者の一人であるのだろう。

 

纏う雰囲気は紛れも無く強者のソレ。

 

間合いに入ったその瞬間に、一太刀で切り裂かれてしまいそうに研ぎ澄まされたその気配を男は放っていて…

 

 

 

「…5位か…相当な強敵ってことだな。いいぜ、デュエルだ。」

 

 

 

しかし…その強者の気配に臆する事無く。

 

遊良の目もまた、早速出会った強者を前に、嬉々として光を灯し始める。

 

そう、未だ見ぬ強敵は願ったり叶ったり。

 

今の自分の力が、今までよりも強くなった自分の力が、『先』に辿り着いた自分の力が、果たしてどれ程の成長を自らに促しているのかを早く遊良は知りたい。

 

先にデュエルディスクを構えていた、武士のような相手に応じるように。

 

遊良もまた、武器を構えるようにしてデュエルディスクを展開し…

 

 

 

「行くぞ。」

「あいや、いざ尋常に…」

 

 

 

余計な言葉を挟まず。

 

【決島】のルールに則り、お互いに出会った相手との戦いへと臨むため…

 

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…む?」

 

 

 

島の中心に広がった森を、西に抜けた高い高い丘の上。

 

そこを、偶然にも通りかかった鷹矢が…

 

丘の下に広がる荒野で行われていた、一つのデュエルに目を留めたのか。

 

不意にその場に立ち止まったかと思うと、遠目からではあるもののその戦いへと向かって、鷹の様に鋭い眼を凝らしていた。

 

…しかし、これまでノンストップで戦いを続けていた鷹矢にしては珍しいその足止め。

 

他人の戦いには目もくれず、己を高める為だけに【決島】で暴れまわっていた鷹矢が一瞬でも立ち止まる事など丸一日繰り広げられてきたこの祭典でも初めてのことであり…

 

現在の途中経過でも、43戦『全勝』を記録してぶっちぎりの一位をキープしている鷹矢がその足を止めることなど、これまで一度も無かったのだ。

 

とは言え…それは裏を返せば、丘の下の荒野で繰り広げられているその戦いは鷹矢も足を止めて魅入る価値のある戦いであると言うこと。

 

そう、鷹矢がその足を止めてでも観戦に徹する、その戦い…

 

 

 

 

 

「…うむ。ようやくやる気になったようだな、遊良の奴。」

 

 

 

 

 

静かな言葉と共に、鷹矢が見下ろしていた…

 

 

 

 

 

―そこでは…

 

 

 

 

 

 

「ぬぅ!?天城 遊良!よもやここまでとは!?」

「悪いけど、今は誰にも負ける気がしないんだ!バトル!Bloo-DとNEPTUNEで2体の【不退の荒武者】に攻撃ぃ!」

「ぶ、ぶるーでぃの所為で【不退の荒武者】の効果が…ぬぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

あまりに激しい遊良の猛攻。

 

どう足掻いても止められそうにない、自然災害の如き激動。

 

…そう、鷹矢がその足を止めてデュエルに魅入ることなど、遊良のデュエル以外に存在せず。

 

遊良の相手をしている、この決闘学園デュエリア校3年のコジロウ・ミヤモトとて、デュエルランキング第5位の『サムライ』と呼ばれた、ここまで34戦『全勝』を貫いてきた紛れもない強者であるはずだというのに…

 

そんな強者すら相手になっていないかのような今の遊良の怒涛の攻撃は、そっくりそのまま遊良と相手の力量の差となって、容赦なくコジロウ・ミヤモトへと襲い掛かっていて。

 

そのまま…相手の場に居た【クリムゾン・ブレーダー】を喰らったBloo-Dと、攻撃力3300となった波状の暴君たるNEPTUNEがその牙を剥き…

 

―2体の、【不退の荒武者】へと襲い掛かる。

 

 

 

コジロウ・ミヤモト LP:4000→3100→2200

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

「これで終わりだ!【神獣王バルバロス】でダイレクトアタック!天柱の崩壊、ディナイアー・ブレイカー!」

 

 

 

―!

 

 

 

「うぬあぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

コジロウ・ミヤモト LP:2200→0(-800)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

荒野に鳴り響く無機質な機械音は、新たな地平へと足を踏み入れた遊良へと送られる、高らかに奏でられるファンファーレの如く。

 

…全てを壊す獣の王。

 

…他者を圧伏させる運命の英雄。

 

―そして遊良が新たに従えた、暴君なりし『海の星』。

 

その3体を場に揃えた遊良の佇まいは、最早学生の域を超えているであろう相当たる雰囲気。

 

気を失ったコジロウ・ミヤモトの前に堂々と立っている遊良の今の雰囲気は、昨年度の【決闘祭】よりも更に強くなっているという証明でもあり…

 

おそらくプロでも大成するのではないかという期待を、このデュエルを見ていた世界中の見えない観客達へと思い知らせていることだろう。

 

そんな、【決島】が始まる前よりも俄然強くなった遊良の事を…

 

 

 

 

 

―丘の上から、鷹矢が見ていた。

 

 

 

 

 

 

「…どうやら、迷いはなくなったようだな遊良。随分とすっきりした顔になったではないか。始まる前とは大違いだ。」

「…あぁ。お前だけを『先』には行かせないって決めたからな。だから思い切り張り合ってやるよ。…悪いけど、優勝は俺が貰う。」

「何を言っておるのだ。俺が居るのにお前が優勝など出来るわけないだろう、遊良の癖に。」

「お前こそ、俺が居るのに優勝なんて出来ると思うなよな、鷹矢の癖に。」

「ふっ…」

「はっ…」

 

 

 

 

今朝も一緒にいたというのに、どこか久方ぶりに顔を合わせたかのような二人の間だけに流れる…

 

重く、鋭く、そして冷たい意地を張り合う空気。

 

…それは、お互いがこれまで以上に強くなったからこそ生み出される、これまで以上に意地を張り合うという彼らなりの感情のぶつけ合いなのだろう。

 

生まれてからずっと一緒に居た二人なのだ。どちらか片方だけが『先』に行く事など、遊良も鷹矢も容認など出来るはずがない。

 

それは子どものような意地の張り合いが、子どもらしからぬ強さの領域にまで達しても変わらない。

 

遊良が鷹矢の、鷹矢が遊良の強さの領域を、コレまで以上のモノなのだと理解しているからこそ。

 

いつもの二人の空気感の中に、いつものモノ以上の張り合いの精神が混ざっていると言うことは…きっと、遊良と鷹矢にしかわかるはずもなく。

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

「勝負は明日の決勝だ。俺に負けるまで、負けるのは許さんぞ。」

「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ。」

 

 

 

『時間』ではなく、『感情』が久方振りに邂逅したからこそ。

 

生まれた時からずっと隣に居た二人は、あえて今はお互いに近づく事をせず…

 

まだ戦う時ではないのだというお互いの感情のルールに則り…

 

 

 

 

―お互いに背を向けて、この場から立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待て!そう言えばルキが大変な時に何してたんだよお前は!」

「む?何のことだ…何かあったのか!?詳しく話せ!…ぬぉ!?」

 

 

 

…いや、ソレはソレとして。

 

先ほど起こった、ルキに関する『非常事態』の共有の為に。

 

折角の重く鋭い空気から一転。どこか締まらぬ空気感を醸しだしながら、鷹矢は勢い良く丘を駆け下り…

 

いや、滑り落ちたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―混戦の終わりは、もう、すぐ…

 

 

 

 

 

 

 

ー…

 

 

 

 

 

 

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