遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep83「交錯する過去」

「…戻りました。」

 

 

理事長・学長たちの為に特別に作られた、『特別観覧席』のある大型クルーザー。

 

そこの医療室の、砺波が個人的に雇った信頼をおく医師へとルキを預けた砺波は…長く留守にしていた特別観覧席へと、痛む体を押して戻っていた。

 

 

 

「浜臣!アンタどこ行ってたんだい!?…って、戻ってこないと思ったら何さその有様は?そんなボロボロで一体何してたってのさ!」

「…少々ゴタゴタに巻き込まれましてね。」

「はぁ?…まぁいい。それよりアンタ、随分と勝手な真似してくれるじゃないさ。」

 

 

 

すると、砺波が戻ってきたその瞬間。

 

サウス校理事長である獅子原 トウコが、攻め寄るようにして砺波へと詰め寄ってきて。

 

…ソレも当然。普段から規則がどうこう立場があれこれ口煩く言っている砺波が、まさか自らソレを破って長らく席を外していたのだ。

 

いくら戻ってきた砺波の姿が、激闘をこなしてきたかのような汚れた姿であろうとも…

 

いつも砺波に色々とぼやかれているトウコからすれば、砺波の自己中心的な立ち振る舞いは相当頭に来ているに違いなく。

 

しかし…

 

 

 

「失礼、獅子原理事長。お叱りならば後で…。綿貫さん、少々二人で話したい事があるのですが…」

「フォ?なんじゃい藪から棒に。ここで話せんことか?」

「えぇ。少々急を要する事態でして…」

 

 

 

怒るトウコを躱しつつ。

 

部屋の中に入ったかと思うと、そのまま置物のように静かに鎮座していた超巨大決闘者育成機関【決闘世界】最高幹部…『妖怪』と呼ばれる翁、綿貫 景虎へと向かって話しかけた砺波。

 

…それは砺波の言葉の通り、本当に急を要する緊急の事態。

 

つい先ほど判明した、イースト校の高天ヶ原 ルキを狙う『敵』の正体…その、30年以上前に死んだと思われていた性根の腐った捻じれた男に、迅速に対応しなければならないためであり…

 

急いだ砺波のその態度は、その屑と過去に正面からやり合って、あの男の危険性を痛いほど知っている砺波だからこその焦り。

 

モタモタしている場合ではないことを、経験から理解しているために。プロ時代からの先輩であるはずのトウコの怒りを他所にしてまでも、綿貫と話を進めようとしているのか。

 

…けれども、そんな砺波へと向かって。

 

未だ怒り治まらぬ…いや、こんな態度を取られて治まるはずもない怒りのまま、トウコが後ろから再度砺波へと声をかけてきた。

 

 

 

「おい浜臣、戻ってきて早々それはないんじゃないかい?先ずはアタシたちに一言言うべきことがあるだろう。なぁ木蓮、アンタもそう思うだろ?」

「いえ、私は別に…」

「ほら、木蓮もこう言ってるさね。」

「…人の話を聞かない…」

「…すみませんトウコさん、少々急を要する事でして。」

「なら尚更アタシ達のいる前で説明したらいいさね。随分と立派な言い訳があるみたいだからねぇ。」

「しかし…」

 

 

 

時間をかけている暇は無いというのに、怒りで話しを聞かないトウコはどんどんと砺波を追い詰めていく。

 

まぁ、彼女からしてもこれだけ苛立っていると言うのに、当の砺波は先輩である自分を軽くあしらおうとしているのだから、いくら砺波が元【王者】とは言え後輩に舐められる事が何よりも嫌いなトウコからすれば、砺波の態度はまさに生意気なガキの態度ともとれるのだろう。

 

…だからこそ、トウコは怒りを収めない。

 

例え、砺波にどんな理由があろうとも。自分が納得できるような態度を取らない砺波の姿には、トウコとて賛同する事が出来ないのだから。

 

 

…そして、そんなトウコの放つ圧力の前では、流石の砺波も沈黙を貫けないのか。

 

 

若輩だった過去、トウコに幾度と無く痛い目に遭わされ…もとい、上下関係をきっちりと教えられた砺波からすれば、トウコの怒りをスルーする事はこの世の何よりも怖い事なのだが…

 

それでも今、『こんな態度』を取っていることでソレを察してくれないトウコの、悪い意味での勘の鈍さには少々砺波も苛立ちを覚えそうになっているのか。

 

 

―すると、トウコと砺波の間に割って入るようにして。

 

 

綿貫 景虎が、その皺だらけの細腕を伸ばしてトウコを制しつつ。徐に、その髭の奥から言葉を発し始めた。

 

 

 

「まぁまぁ、落ち着かんかいガキ共。…浜臣、ここはトウコちゃんの言う通りじゃろうて。急を要する話なら、尚更この場にいる全員がを共有しておいた方が話が早かろう。」

「ですが…」

「時間をかけている暇などないんじゃろう?お主がここまで切羽詰まっておるのも珍しいしのぅ…じゃったら、一刻も早く儂らの間で情報共有しておいた方が後手後手にも回らんじゃろ。」

「…」

 

 

 

確かに綿貫の言う通り、迅速な対応が必要なのだとしたら決闘学園の理事長達が揃っているかの場で、全員に相談を持ちかけた方が対応は早いだろう。

 

しかし、どうにも腑に落ちていない砺波の顔は、言うか言うまいかまだ悩みの中にある様子を見せており…

 

そう、決闘学園の理事長…決闘界の重鎮とも言える者たちの協力があれば、確かにこの件に対する心持ちも強くなる。

 

けれども、そんな事は砺波とて最初からわかっていた事であり、それでもなおトウコを無視して綿貫にだけ話を持ちかけたのにも勿論『理由』があるのだ。

 

…この緊急事態であっても、それでも砺波が綿貫以外には話すのを渋るその理由。

 

コレを言ったらどうなるのか、ソレが簡単に想像できてしまう砺波は苦い顔を崩さず…

 

 

ーけれども、一瞬の後に

 

 

もう時間がないのだとして、砺波はどこか意を決したように。

 

今ゆっくりと、その重たい口を開き…

 

 

 

「…わかりました。トウコさんの居るまでは特に言いたくはなかったのですが…」

「…何さその言い方は。腹立つねぇ、アタシに聞かせたくない事ってのは一体…」

「…【紫影】が現れました。」

「なっ!?」

 

 

 

砺波の口から飛び出した、【紫影】というその名を耳に入れたその瞬間。

 

…驚きの声と共に、その声とあまりにリンクした驚愕した顔をみせたサウス校理事長、獅子原 トウコ。

 

それは、彼女が心の底から驚いているのが誰の目にも明らかなほどに…

 

人間がこれ程までに『驚愕』を表せるのかと思える程の、あまりにあっけに取られていると言える表情だったことだろう。

 

 

 

「【紫影】…裏決闘界の融合帝でしたね。しかし確か、彼は随分と昔に憐造氏や砺波理事長達が…」

「えぇ、当時の【王者】が【紫影】、【白夜】、【黒獣】を倒し、彼らは命を落としたはずでした。しかし私の学園の子が【紫影】と劉玄斎に攫われ…」

「え!?り、劉義兄さんが!?」

 

 

 

そして、トウコとは別のベクトルで更なる驚きを見せたのは…ウエスト校理事長、李 木蓮。

 

彼もまた、砺波の口から突然放たれた義兄の名に心から驚きを感じてしまったのか。信じられないことを聞いたかの様な表情で、砺波へと詰め寄ってきて…

 

 

 

「ど、どういう事ですか砺波理事長!劉義兄さんが…い、いえ、劉玄斎学長が学生を攫ったと!?な、何かの間違いでしょう!?」

「何やら劉玄斎の方も【紫影】に逆らえない事情があったようですが…私はイースト校の高天ヶ原さんが攫われた為、同じく当校の天城君と共に救出に向かいました。そこで私は劉玄斎と出くわし…奴と戦った…」

「そ、そんな…」

「そして私と劉玄斎が戦っている間に、先に進んだ天城君が【紫影】と対峙したそうです。…【紫影】の事など知らぬはずの彼の口から、【紫影】と自ら名乗る男が現れたと…その特徴も一致していたことから、先ず間違いありません。」

 

 

 

しかし、淡々と何があったのかを話し始める砺波とは対照的に…

 

義理とはいえ兄弟として、劉玄斎の事をこの場にいる誰よりも知っている木蓮の表情はみるみると曇っていく。

 

…どんな理由があれ、劉玄斎が学生を攫ったという事実を木蓮は信じたくないのか。

 

以前から、義兄の様子がおかしい事を感じていた李 木蓮。その彼の、当たって欲しくない嫌な予感が的中してしまったことは…義弟である彼にとっても、相当ショックなことに違いなく…

 

すると、少々溜息を吐きながら。

 

砺波の話を聞いていた綿貫が、やれやれといった様子で。その皺だらけの口を、ゆっくりと開き始めた。

 

 

 

「…やっぱりのぅ。そんな気がしてたんじゃ。」

「綿貫さん、知っていたのですか?【紫影】が生きていた事を…」

「いいや、小龍の裏にいたのが【紫影】と言うのは儂も流石に知らんかった。…けど、最近の小龍の様子がおかしいと、前々から木蓮に相談されとってのぅ…儂の方でもちょこっと調べとったんじゃが、まさかソレが【紫影】の所為じゃったとは…生きておったとはのぅ、あの屑…」

 

 

 

決闘界の重鎮として表と裏の戦争にも深く関わった綿貫も、その口から【紫影】の名を出す度にどこか苦い顔を見せるのは…彼もまた、【紫影】の仕出かした悪行を許していないことの証明。

 

【紫影】の業…その深さは、到底一人の人間が背負えるモノを超えている。

 

それは例え、この30年近くもの間死んだと思われていたからといって…【紫影】への恨みを持つ人間たちが、彼を許しているはずもない。

 

数え切れない程の人数の命を奪い、それ以上の人間からの恨みを嬉々として嘲笑い…命を命とも思わない、正真正銘真性の屑。

 

 

 

そして…

 

 

 

砺波が先ほど【紫影】の名を出した時から、怖いくらいに静かになったサウス校理事長の獅子原 トウコの方へと向くと…

 

 

 

そこにはー

 

 

 

「…」

「…ト、トウコさん?」

 

 

 

―真顔。

 

それは、疑う余地の無い程に完璧な『真顔』だった。

 

まるで死人のように感情の無い、固まったような無表情。

 

しかしソレは様々な感情がぶつかりすぎて、互いに他の感情を打ち消しあっているからこそ生み出されている複雑怪奇な感情の混成。

 

…普通であれば、生きている人間がここまで完璧な『真顔』になれることなどありえない。

 

目を見開き、表情筋が強張り、瞳孔が縮瞳して呼吸が重い、サウス校理事長の獅子原 トウコ。

 

それでもなおトウコがここまで感情を感情で打ち消しあっているのは、偏に【紫影】という捻れた男がトウコにとっては絶対に無視できない存在という事であり…

 

 

…トウコがこうなる事を、砺波は予測していた。

 

 

だからこそ綿貫に二人きりで話せないか持ちかけた砺波だというのに、それが叶わず話してしまったことに対して砺波はどう思っているのか。

 

まぁ、トウコにはいずれバレる事なのだから、こうなるのが遅いか早いかな違いしかないことではあるのだが…

 

 

そして、しばしの沈黙の後…

 

 

一つの『感情』が勝ったのか。その表情を『真顔』から変化させ始めた獅子原 トウコは、徐にその口を開き始め…

 

 

 

 

「…ハッ、生きてたのかい、あの屑ヤロー…」

 

 

 

 

―冷たい

 

 

それは、この世のモノとは思えない程に冷たい声だった。

 

…これは『怨嗟』。それも燃え上がるような復讐心と、凍るような無慈悲が混ざり合って生まれる…純粋なりし憎しみと、純然たりし嫌悪の声。

 

よもや『烈火』と呼ばれた女性が、こんなにも冷たい声を出せたのか。

 

あらゆる感情を淘汰した、その純粋なる『怨嗟』のみから発せられた声に…この場に居た砺波も木蓮も、思わず本能的な身震いを感じてしまい…

 

しかし、そんな弟分達など意に介さず。トウコは更に、言葉を続ける。

 

 

 

「…嬉しいねぇ…憐造に取られた時はあのガキも殺したくなったけど…どうやら、天はアタシにチャンスを与えてくれたようさねぇ…」

「トウコさん…やはり、烈火先輩の仇を…」

「当たり前さ…旦那の仇だ、今度こそ逃がさないさ…【紫影】の屑は…アタシが殺す。」

 

 

 

形容ではない、本当にソレを行いそうなほどに憎悪のこもったトウコの声。

 

30年前…そう、『表』と『裏』の戦争時。

 

『烈火』と呼ばれた獅子原 トウコの、その夫だった人物…『獅子原 烈火』という男の命を、よもやトウコの目の前で奪い去ったのが裏決闘界の融合帝、【紫影】。

 

…その時の光景は、今もなおトウコの目に焼き付いて離れない。いや、忘れたくても絶対に忘れられない光景となりて、トウコの脳裏に深く刻まれているのだ。

 

…後一歩のところまで追い詰めたはずの、【紫影】の屑に嘲笑われながら…首から上が爆散した夫の姿が―

 

 

 

 

―獅子原 烈火

 

 

 

 

それは『烈火』に【白鯨】、【黒翼】や『逆鱗』と言った、今では伝説となっている歴戦の決闘者達がまだルーキーと言われた時代に…

 

その、ルーキー達の筆頭に立っていた、彼ら歴戦の決闘者達の兄貴分的存在と言える男が、その『獅子原 烈火』という人物であった。

 

今では『烈火』と呼ばれる女傑、獅子原 トウコが駆る【星態龍】も、元々は彼女の夫である獅子原 烈火が扱っていたモンスター。遥か過去に亡くなった人物であるため、今では獅子原 烈火というプロデュエリストの活躍など覚えている者の方が少ないとは言え…

 

それでも夫を殺された獅子原 トウコや、『獅子原 烈火』に大恩ある砺波 浜臣やその世代の歴戦の決闘者達からすれば。『獅子原 烈火』の命を奪った【紫影】の事は、絶対に許せるはずもなく。

 

 

 

「しかし【紫影】はどこかへと消えました。島中の監視カメラにも映らないところを見ると、もう島の中には居ないのかも…」

「うむ、儂の敷いた厳戒態勢の網にも引っかからんことを考えると、警備をすり抜けて逃げたと考えるのが妥当かのぅ。…生きておる事が儂らにバレたのに、のうのうと島の中に留まってはおらんじゃろうて。あの屑小僧、昔から逃げ足だけは速かったからのぅ。」

「ハッ、あの屑は見つけ次第、絶対にアタシが殺す。浜臣にジジイ…もし隠したりなんかしたら…アンタらも殺すからね。」

「なんだか…昔のトウコちゃんに戻ってきたのぅ。」

「だからトウコさんには言いたくなかったんです。…ともかく今は祭典の途中。警戒網を広げ【紫影】の捜索を進めますが、【決島】の進行に影響がないよう配慮はいたしましょう。」

「…そうじゃな。子供達とて、【紫影】の屑の所為でせっかくの祭りを止められたかはなかろうて。…トウコちゃんもそれでよかろう?」

「あぁ…」

 

 

 

沸々と蘇る過去の因縁。

 

その、大人達の過去から続くその憎しみは…この子供達の祭典にはとても似つかわしくない、決して明るみに出てはならない過去の遺物。

 

それが、その因縁が、今このタイミングで蘇ったことももしかしたら【紫影】の策略なのかもしれない。

 

そう思えるほどに、そう思ってしまうほどに…過去、【紫影】に苦しめられた大人達の感情は、到底この場ですんなりと収まるような煙管ではないのだ。

 

…けれども、【紫影】の事はあくまでも砺波達『大人』の世代の問題。

 

今はあくまでも、子供達が主役の祭典の途中なのだとして…怒りに燃えるトウコを宥めるように、砺波も綿貫も考えられる状況から最善手を導き出そうとしているのか。

 

それは子ども達にまで余計な負担をかけないよう、ここからは大人達が動くつもりなのだという、絶対的かつ不変的な砺波達大人の意地であって。

 

 

 

「あ、あの、砺波理事長…それより劉義兄さんは今どこに…」

「あぁ、劉玄斎なら…今頃はデュエリア校の生徒を医療棟に運んでいるでしょう。」

「え?」

 

 

 

すると、話が一区切りするまで空気を読んでいた李 木蓮が、ようやく自分の聞きたいことを聞くために砺波へと声をかけてきた。

 

しかし、砺波からの返答があまりに意外だったのか…砺波の告げた劉玄斎の所在に、どこかあっけにとられている様子を見せ始めたではないか。

 

…まぁ、義兄が悪行を仕出かして逃げたのではないかという心配をしていた木蓮からしたら、義兄は逃げも隠れもしていない上に砺波がその所在を知っていたのだ。

 

それ故、【紫影】のこともよく知らず、義兄の真意も不明確となって見通せない木蓮は、何が起こっているのか少々頭が混乱している様子でもあり…

 

そして、そんな混乱しているウエスト校理事長へと向かって。

 

イースト校理事長である砺波は、落ち着かせるようにしてゆっくりとその口を開いた。

 

 

 

「心配せずとも劉玄斎は逃げません。…そんなに弱い奴ではありませんからね、あの男は。」

「うむ…それに小龍には、事の次第を聞きださねばならぬしのぅ。とりあえず、処分はその後じゃ。」

「綿貫様、劉義兄さんの処分はいかなるモノに…」

「わからん。けど、何かしらの事情はあったのじゃろうし…そこは儂に任せておけ。悪いようにはせん。」

「ハッ、相変わらず小龍に甘いジジイさね。」

「フォッフォッフォ、皆儂の大事な可愛い子達じゃからのぅ。」

 

 

 

 

 

 

 

ー…

 

 

 

 

 

 

 

島の外れ、【決島】の範囲外である、海を背にした高台の上に…急ごしらえで建てられた、その建物はあった。

 

白を基調とした、清潔さが外観から滲み出ているようなその造り。

 

急ピッチで建てられたが故に、堅牢とは言い難いものの…それでも、およそ200人程度なら例え重症でも延命・治療できる用意・設備がしっかりと施された、4階建ての大きな建物。

 

…そう、ここは【決島】でのリアル・ダメージルールによって、気絶してしまった学生達が運ばれてくる場所。

 

それ以外にも島中を使ったサバイバルであるために、崖から滑り落ちてしまい怪我をした生徒など…およそデュエルを続けられなくなって、『失格』となった者たちが治療を受けている場所…

 

 

ー医療棟

 

 

その、4階建ての最上階…まだ誰も搬送されていない、静かで人の居ないその廊下に…

 

 

 

ー決闘学園デュエリア校学長、劉玄斎は居た。

 

 

 

否、劉玄斎だけではない。

 

アイナを医療班に預け、自らにも治療を受けるように提案してきた医師を無理やり振り切って、少々医師から逃げるように廊下を歩いていた劉玄斎の前には…

 

…【決島】の参加者ではない、二人の男が居たのだ。

 

そして、その二人を見た劉玄斎が…どこか懐かしそうに、ゆっくりとその口を開く。

 

 

 

「森神ぃ、一文字ぃ…いぃや、今は…泉と十文字だったか。久しぶりだなぁおい。」

「劉玄斎学長、お久しぶりです。」

 

 

 

劉玄斎の言葉に反応した一人の男と、それとは対照的にそっぽを向くように顔を背けている一人の男。

 

一人はあまりに爽やかな容姿に、透き通るように青い髪がよく映える…穏やかな雰囲気を醸し出す、『清流』の如きデュエリスト。

 

 

―プロデュエリスト、『泉 蒼人』

 

 

一人は屈強な体つきに。黒い髪を短く切り揃えた…絶対防御と謳われる、『鋼鉄』の如きデュエリスト。

 

 

―プロデュエリスト、『十文字 哲』

 

 

しかし、昨年度に決闘市の決闘学園を卒業して、今年度からプロとなったはずのこの2人が、一体どうして【決島】の医療棟に来ているのか。

 

それもデュエリア校の学長である劉玄斎とこんなにも親しく…いや、どこか確執があるような雰囲気ではあるものの、それでも『部外者』であるはずの2人が【決島】に来ていることははっきり言って普通では許されないことだと言うのに。

 

その理由など、きっとこの場にいる3人にしかわからない事とは言え…

 

 

 

「哲、君も挨拶くらいしなよ。」

「…」

「いや、無理しなくていいぜぇ。いち…いや十文字、お前はまだ、俺を許してはいねぇだろうか…」

「…劉玄斎学長。アイを止めてくれたことは感謝する。アイを…焔の二の舞にしなかったことだけは…」

 

 

 

劉玄斎の言葉に被せるようにして、目線を合わせないようにしながらそう声を発した十文字 哲。

 

その言葉には、どこか深い悲しみが籠っており…

 

その悲しみの『理由』を、劉玄斎も知っているからこそ。余計な言葉や慰めなどはかけずに、ただありのままの事実を話す。

 

 

 

「…違うぜ。アイを止めたのは俺じゃねぇ…俺でも刀利でも無理だった。アイを止めたのは…」

「…遊良君ですね。【決島】の経過を見ました。映像はありませんでしたが、遊良君がアイに勝っていましたから。」

「…あぁ。」

「…僕達じゃあ、アイは止まってくれなかった…だから僕らには関係ない、全く関係ない赤の他人がアイを止める必要があった…それもアイを止められるほどの力を持った、そしてアイの『呪い』を全否定出来るような心の持ち主が…」

「…焔の『願い』がアイの『呪い』となってしまった。それを赤の他人に止めてもらうのは…」

「うん、悔しいよね。でもアイを止めてくれたのも遊良君でよかった。…流石は僕の後輩だ、彼には感謝してもしきれないよ。」

 

 

 

彼等の過去に、一体何があったのか。

 

それはこの場では語られぬ、彼等が中等部の時に経験した『別の誰かの物語』なれど…

 

彼らの言葉からして、複雑に絡み合い縛られた過去の鎖が、今こうして解放に向かっていると言うことだけは確かな事なのだろう。

 

 

 

 

「哲…今のアイなら、きっと僕達の声が聞こえているはずだ。アイの目が覚めたら、君と僕と刀利君と…三人でアイに会いに行こう。焔の最期の言葉が『呪い』になっちゃってたけど…きっと、もう大丈夫だろうから。」

「あぁ、わかっている。」

 

 

 

もうすぐ沈むであろう陽の光が、医療棟の窓から中を照らす。

 

その光は果たして、過去に縛られた大人達への戒めとなるのか。それとも、過去を乗り越えつつある若者達への祝福となるのか。

 

窓の外を眺めるようにして、島全体を見通すように放たれた蒼人の視線が【決島】を翔ける…

 

それは未だ止まぬ後輩達の、終わらぬ戦いの終わりを見据えて。

 

 

 

激闘の終わりは…

 

 

 

もう、すぐ―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 






『別の誰かの物語』について、活動報告を更新しました。

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