遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep87「【決島】本選―破王vs.覇道」

暗い…とても暗い、どこかの部屋。

 

扉の小さな窓からしか光が漏れぬ、闇と埃っぽさが充満しているコンクリートの部屋の…

 

その、片隅に…

 

 

 

「…ぐっ…」

 

 

 

痛々しい声を漏らしたことから、たった今意識を取り戻したのであろう、決闘学園デュエリア校学長…『逆鱗』、劉玄斎が倒れていた。

 

…およそ人間を縛るようなモノではないであろう、とても太く頑強な鎖で縛られている『逆鱗』、劉玄斎。

 

その身体を自由に動かす事は叶わず、また昨日の【白鯨】と行った一戦のダメージがまだ残っているのか…

 

それとも【紫影】に痛めつけられた傷がまだ痛むのか、動けぬままで倒れたまま、けれどもどうにか起き上がろうと…

 

声にならぬ声を漏らしながら、喉を鳴らすようにして。痛む体をおして、ゆっくりと起き上がろうとしていて。

 

 

 

「…【紫影】の…野郎ぉ…ぐ…」

 

 

 

その口から漏れだすのは、自分をこんな目に遭わせた【紫影】への怒り。

 

昨日、アイナを医療棟へと運んだ後に砺波達のところに出頭しようとしていたところを不意打ちの如く襲ってきた【紫影】に捕まってしまい…

 

そして予選の終了と同時に気を失うまで、その身に拷問にも似た暴行を劉玄斎は加えられていたのだ。

 

それは、世紀末を生きているのかと錯覚するほどの体躯を持った劉玄斎であっても、耐え切れぬほどの危害の数々。

 

劉玄斎の身体には殴られた痕、叩かれた痕…打たれた痕に擦り切れた痕と、見るも無残な痛々しい傷痕の数々をその身に残しており…

 

人を人とも思わぬ【紫影】の、その性根の腐り具合がこれ以上ない位に表現されていると言っても過言ではないだろう。

 

そんな劉玄斎は、動けないままではあったものの…

 

どこか肌がピリつくような、それでいて歓声に中てられた感覚によって、ようやくその目を覚ましたのか。

 

それは、たった今終わった【決島】本選の第一戦。その激しい戦いの決着に、世界中が沸いているが故の聞こえないはずの歓声をその歴戦を戦った肌で感じ取ったが故の覚醒。

 

世界がデュエルによって興奮している、そのデュエルの熱を肌で感じ取った辺り…流石は歴戦に名を残した、【王者】にもっとも近づいた男と呼ばれていただけはあると言えるだろう。

 

 

しかし…

 

 

 

「ッ…」

 

 

 

昨日の【白鯨】との、野良では許されぬであろう天上の一戦。そして【紫影】から受けた一方的な暴量によって、既に劉玄斎の体は限界を迎えている様子。

 

自分をここまで痛めつけた、そしてどこまでも卑怯な手を取り続ける【紫影】への怒りによってどうにか一度取り戻した意識とは言え。

 

縛られている鎖も引きちぎれぬほどに弱っている今の劉玄斎の体力では、どうにか辛うじて目を開けているのが精一杯であり、その身体を起き上がらせることなんてとてもじゃないが出来ない様子。

 

 

そのまま…

 

 

 

「ゆ…ら…」

 

 

 

どこからともなく聞こえる気がする盛大なる歓声と、無意識にでも理解できたそのデュエルの勝敗を耳鳴りのように感じながら…

 

劉玄斎は、一度は取り戻したその意識を…

 

再び、手放してしまったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「何か申し開きは?」

「ぬぅ…」

 

 

 

たった今終わった一戦に、世界中が沸きあがっているその最中。

 

天空に伸びる白亜の塔の、その一つの通路で正座をさせられている鷹矢を見下ろすようにして…

 

重い…それはそれは重々しく開かれた砺波の口から、そう言葉が漏らされていた。

 

 

 

「クハハハハ。こう見るとマジでジジイそっくりだぜぇ。鷹峰の野郎も、よくこんな馬鹿やってたなぁおい。」

「貴様は黙っていろ。これは私の学園の問題だ。…ともかく、君が割り込んだ映像は幸いにも世界の中継からは切り離されていたため、高天ヶ原さんの所在はバレてはいません。」

「うむ、ならば結果オーライということでだな…」

「何が結果オーライだ!君の行動一つで、高天ヶ原さんがまた危険な目に遭うかもしれなかったんですよ!」

「ぬ…た、確かに軽率だった…すまないと思っている…」

 

 

 

劉玄斎の笑い声を掻き消すように、空気を震わす砺波の怒号が通路の内部で反響する。

 

しかし、砺波の怒りも最もであり…

 

それは先程行われていた【決島】本選第一戦…イースト校2年、天城 遊良vs.デュエリア校3年、リョウ・サエグサの試合の最中に、まさかのイースト校2年、天宮寺 鷹矢が中継モニターを乗っ取ってしまったためだ。

 

しかもその乗っ取った映像には、砺波が秘密裏にこの天空の塔の『特別医務室』に隠した、イースト校2年、高天ヶ原 ルキの姿も映っていたのだから…

 

いくらその映像が偶然にも世界中継から切り離されていたとは言え、一つ間違えればルキと『神』の所在が全世界へと知れ渡ってしまっていたのだから、『敵』が何処から見ているのか分からないことを考えると、砺波だって怒りを感じるなと言う方が無理な話だろう。

 

…けれども、鷹矢の方も謝りこそすれ、自分の取った行動に対して悪いとは全く思って居ない様子。

 

そのまま鷹矢は、何故そんな行動を起こしたのかを説明するが如く…

 

砺波に威嚇されている中で、再度ゆっくりとその口を開き始めた。

 

 

 

「だが理事長、遊良のデュエルがあまりに不甲斐ないモノでだな…」

「はぁ…ソレは確かに一理ありますが…」

「俺があそこで行動を起こさなければ、確実に遊良は負けていただろう。確かにルキを映すのは俺だってどうかとも思ったが、時間が無かったのでああいった強行策しか出来な…」

「全く、口が減らないのも祖父譲りですか。…とにかく、君への罰はおいおい考えます。まだ祭典の途中ですし、次は君の試合なんですからこれ以上絶対に問題を起こさないでください。これ以上馬鹿をすれば庇いきれません。いいですね?」

「罰…いや、俺にだって考えというモノが…」

「いいですね。」

「う、うむ…」

 

 

 

…いくら不甲斐ない戦いを見せる遊良に、渇を入れる目的があったとは言え。

 

それでも己のしでかした行為が褒められたコトではないと言う事を、必要以上に今の砺波に責められては…

 

いくら鷹矢の怖いモノ知らずを持ってしても、【王者】を超えた領域に到達した砺波を前にしては絶対的に逆らう事を許してはもらえないのだろう。

 

そうして―

 

鷹矢は砺波の口から告げられた、『罰』という言葉に寒気を覚えつつ…

 

 

 

「ではもう戻りなさい。次の君の相手も強敵だということを常々忘れないように。他人の心配をする以上に、君も自分のデュエルを心配していなさい。」

「…うむ。」

 

 

 

もうすぐ始まる、自分の戦いへと向けて。

 

鍛え上げられた逞しいはずの背中を、弱々しく丸めながら…すごすごと、引き下がっていくのだった。

 

 

 

「…はぁ。」

「クハハ、あんな馬鹿な生徒が居るんじゃ、さぞ気苦労が多いんだろうなぁ砺波よぉ。」

「…煩い。それより貴様も部屋に戻れ。まだ監視は続いているんだ。」

「へいへい、わかってるぜぇ、理事長先生様。」

「…」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

「Oh my god!HAHAHAHAHA!やられたZE!」

 

 

 

LPが0となり、無機質な機械音がリョウ・サエグサのデュエルディスクから鳴り響き終わった直後の事。

 

負けたというのに、どこまでも底なしに明るいデュエリアの『ギャンブラー』の声が…この天空闘技場に、大きく響き渡っていた。

 

 

 

「…ありがとうございました。」

「おいおい、いきなり敬語とはどうしたBoy?さっきまでタメ口でヤりあってたってぇのに水臭ぇ。」

「いや、デュエルの時はテンション上がってましたけど、あなたの方が年上ですし…」

「んな小せぇ事気にしてんじゃねぇよ!ガチンコでヤりあったんだZE?年上も年下も関係ねぇだろ。」

「はぁ…」

「HAHAHA!俺はお前が気に入ったんだ!そんなヤツが俺に気を使ってんじゃねぇよ!」

 

 

 

それは遺恨も怨恨も何もない、清清しい程のスッキリした声。

 

負けてもなおここまで明るく振舞えると言うのは、並大抵の精神力では決して出来ない事なのだが…

 

それはお互いに全力を出し切り、己の武器と武器を小細工なしの真っ向勝負でぶつけ合ったからこそ生まれた…対戦相手を認めたが故の、楽しいデュエルを行えた証拠とも言えるだろうか。

 

…それは例え、負けた相手がEx適正の無い天城 遊良であったとしても。

 

自分の目で見て、自分のデュエルで戦って、そうして魂と魂をぶつけ合ったからこそリョウの心には遊良とのデュエルに対する満足感で溢れている様子であり…

 

 

 

「けど次は負けねぇよ。俺は先にプロに行って待ってっから、またゾクゾクする勝負をヤろうじゃねーか。」

「…はい。俺も、この一回で勝負がついたとは思ってないですし。またデュエルしましょう。」

 

 

 

また遊良の方も、今の一戦でデュエリア校のトップデュエリストに、完全に勝利を収めたなどとは思い上がっていない様子。

 

 

…そう、確かに勝敗は決したとは言え。

 

 

デュエルとは、『時の運』のほかにも戦術、実力の『相性』がとても大きくかかわってくるのだし、リョウ・サエグサの『運』を含めた実力だって遊良と確実に拮抗していた、相当たる代物であるのだ。

 

…彼もまた、正真正銘本物の『力』を持ったデュエリスト。

 

今回はたまたま遊良に軍配があがっただけ。『運』以外の要素、遊良のスタイルや攻勢に転じたタイミング、更にいえば心を吹っ切った場面などが絶妙に絡み合って、ソレが偶々あのターンにリョウの『運』を超えうるモノとなっただけの事。

 

 

例えデュエルの『相性』が有利でも、『時の運』が悪ければ勝敗など簡単に逆転するのだから、もう一度遊良とリョウがデュエルしたところで…遊良がまた勝てるのかと問われれば、『やってみないとわからない』と言うのが現状なのだから。

 

それ故…

 

この1回のデュエルでリョウ・サエグサというデュエリア校のトップを完全に降したなどと思いあがれるほど…遊良とて、弱者などでは断じてなく。

 

 

 

「まっ、とりあえず今はソレでもいいさ。けど俺がレディじゃなくて野郎を気に入るなんざ珍しいんだぜ?もっと喜べよな。Boyなら抱いてやってもいいんだからYO?」

「ッ…」

「HAHAHAHAHA!冗談だよ冗談!でもまた必ずヤろーぜ!じゃあな、Good byeアマギ・ユーラ!」

 

 

 

そう言って―

 

言葉では冗談とは言いつつも、どこか寒気を感じるような言葉を遊良に与えたと共に。

 

デュエリアの『ギャンブラー』、リョウ・サエグサは今、堂々と胸を張って…

 

天空闘技場を後にしたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

【決島】内の最北端―その、『決勝』に進めなかった学生達が集合している『医療棟』でのこと。

 

決闘市の多くの学生達、そしてデュエリアの多くの生徒達が、たった今終わった【決島】本戦第1戦…天城 遊良とリョウ・サエグサのデュエルの余韻に、盛り上がりを見せている

その医療棟の…

 

…その、医療棟のとある個室に。

 

 

 

「…次は天宮寺 鷹矢のデュエル…相手はあの…歪んだ人…」

 

 

 

決闘学園ウエスト校3年、竜胆 ミズチは居た。

 

…昨日の予選で、天宮寺 鷹矢が発した【紫影】という単語に反応して思わず我を忘れてしまった彼女。

 

しかし予選終了と共に、激戦の疲れと受けたダメージによって気を失う様にしてすぐに就寝した彼女の気持ちは、一晩経って昨日よりはどこか落ち着いている様子であり…

 

今にも腰掛けているベッドに倒れこんでしまいそうな程に気怠げで儚げなミズチの姿ではあるものの、そんな落ち着きを取り戻したミズチの視線の先には、これよりデュエルを始める2人の男が対峙している画面が映っていて。

 

 

 

「…」

 

 

 

昨日の予選で、天宮寺 鷹矢と鍛冶上 刀利、その双方とデュエルを行い…結果的にその2人に敗れはしたものの、逆に言えばその2人にしか敗北していない竜胆 ミズチ。

 

片方はエクシーズ王者【黒翼】の孫にして、世界で彼だけが持つ特別なエクシーズモンスター…自在に姿もランクも変える、『No.』を操る者。

 

他方は学生の身分でありながら、神とも呼ばれることのある【霊神】の一柱を操り…予選でも全く底を見せなかった、全てが謎に包まれた恐るべき者。

 

 

 

「…やっぱり、二人ともおかしい。歪んでるし…押し返してる…」

 

 

 

その二人と実際に対峙し、直にデュエルと言う肌を合わせた彼女の特別な『眼』には、果たして自分に勝ったこの二人の男の行うデュエルは一体どういったモノとして写るのだろうか。

 

その、TV越しとは言え特別な『眼』を持った彼女にしか分からぬ、何か異様な光景を見て…

 

今のミズチの眼と意識は、昨日聞いた【紫影】の事よりも今にも始まりそうな戦いに興味を見出しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…天城 遊良君…」

「え?」

 

 

 

リョウが舞台から去った直後。

 

次なる戦いのために、控え室へと戻ろうと暗い暗い通路へと足を踏み入れた遊良の前に…

 

暗闇の中からどこからともなく現れた、一人の男が声をかけてきた。

 

…それはあまりに透明すぎる、空気の中に消え入りそうな声。

 

そこに居るはずなのに、そこに居ないのでは無いかと錯覚してしまうほどの…まるで空気そのモノのような、消えてしまいそうな儚い雰囲気。

 

居ないと思えるような希薄な気迫と共に、そこに居たのは―

 

 

 

「えっと…鍛冶上さん…でしたよね。デュエリア校の…」

「…うん。デュエリア校の…鍛冶上 刀利です。少し…君と話をしてみたくて。」

「…俺と?」

 

 

 

―決闘学園デュエリア校、鍛冶上 刀利

 

 

次の鷹矢の対戦相手。昨日の予選の結果も、全勝ではあるもののその戦績は30戦のみという、他の3人の結果と比べても異様に少ない戦数で勝ち上がった…前情報も何も無い、全くの謎に包まれた男子生徒。

 

しかし、そんな彼が一体どうして面識の無いはずの彼の方から突然、遊良と話をしてみたかったと言って近づいてきたのだろうか。

 

たった今ひとつの激戦を終えて、疲労感が重く圧し掛かってきている遊良からすれば…その理由など考える事もできなければ、思い浮かび上がってくるはずもないと言うのに。

 

…しかし、そんな遊良の疑問符を感じ取ったかのようにして。

 

静かに流れる風の音にも似た刀利の声が、その口から静かに発せられた。

 

 

 

「…君の事を、蒼人君から聞いてて…」

「え、蒼人先輩から?」

「…だから、一度君に会ってみたかったんだ。蒼人君が楽しそうに君との事を話していたし…それに、アイナを止めてくれたから。謝罪と…それに御礼も言いたくて。」

「え、それってどういう…」

 

 

 

刀利の口から飛び出した、思いもよらぬ人物の名に対し。ますます刀利への疑問とともに、理解の出来ぬまま流れる話に遊良も頭が着いていかず。

 

…何故デュエリア校の鍛冶上 刀利が、昨年度にイースト校を卒業した泉 蒼人から自分の話を聞いているのか。

 

…何故アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンとのデュエルで、彼が自分に謝罪や礼など言うのか。

 

その理由を知らぬ遊良からすれば、刀利の言葉はどこまでも不思議でしかないことだと言うのに…

 

それでも刀利は、まるで見ている世界が違うのでは無いかと思える程に。そのまま続けて、ただただ言葉を続けるのみ。

 

 

 

「…僕の声はアイナには届かないし、蒼人君と哲君の声もアイナには届かなかった。その所為で、君の彼女には迷惑をかけちゃったから…」

「いや、ルキは彼女ってわけじゃ…って言うか、蒼人先輩と知り合いだったんですか?それに哲って…もしかしてウエスト校だった十文字さんの事じゃ…」

「…うん、あの二人がデュエリアに居た頃にね。…僕の…大事な友達だ。」

「あの二人がデュエリアに…」

 

 

 

イースト校の先輩であった蒼人の他に、元ウエスト校の一番の実力者であった十文字 哲が元々デュエリアに居たということにも驚きを感じている遊良ではあるものの…

 

思い返せば、蒼人の『過去』を何も知らないということを、遊良も今になって理解したのか。

 

…確かに昨年度に起こった決闘市での『異変』の時にだって、やけに蒼人は修羅場に慣れており…そして当時ウエスト校3年生だった十文字 哲とも連携を取って、着実に『異変』の解決へと動いていた。

 

それどころか蒼人と哲が居なければ、遊良と鷹矢は先の『異変』の時に中心部まで行く事すら出来なかったのだから、ソレを考えるとあの蒼人や哲と友人だというこの鍛冶上 刀利も、蒼人達と同じ修羅場を潜り抜けてきたのだろうと言う事はもちろん遊良にだって容易に想像でき…

 

 

…それはここでは語られぬ、過去にあった別の誰かの物語。

 

 

その、一つの物語を終えた男…別の物語を紡ぎあげた男が、今再び遊良へと向かって言葉を送る。

 

 

 

「…だから、僕は蒼人君が認めた君とデュエルがしたい。Ex適正が無くても折れずに戦ってきた…君と。」

「…鷹矢は強いですよ?」

「…うん。彼の事も、哲君からよく聞いてる。だから…君たち二人と戦ってみたかったんだ。あの二人が認めたっていう…決闘市の子達に。」

 

 

 

昨年度に高等部を卒業していった泉 蒼人と十文字 哲、その双方を生徒の身分である刀利が『君付け』で呼んでいることや…

 

遊良と鷹矢を、『決闘市の子達』と、どこか遊良達よりもかなり大人びているような雰囲気を醸し出しながら話を続ける鍛冶上 刀利。

 

しかし、ソレに対して疑問を浮かべる事を許されないかのような錯覚が遊良を包み…

 

…その消え入りそうな言葉も、どこか壁を張り巡らせながら話をしているかのような態度も。

 

一見すれば、とてもじゃないがこの猛者ばかりの【決島】で勝ち残れそうとは思えないものの…けれども、そんな懸念すら抱くことを許されないような言葉に出来ない異質な雰囲気を、この鍛冶上 刀利は纏っている。

 

…それは矛盾した感覚の離反。錯視してしまいそうな奇妙な体感。

 

そんな、形容し難い不思議な感覚に包まれている遊良へと…

 

 

 

「じゃあ…またね。」

 

 

 

静かに、一つ言葉を残して。

 

鍛冶上 刀利は、今静かに天空の舞台へと向かっていくのだった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「Hey、Guy。ちょっといいか?」

「む?」

 

 

 

天空闘技場へと繋がる、暗い通路でのこと。

 

次なる戦いの為に、いざ天空闘技場へと入場しようとした鷹矢の前に…第一戦を終えたばかりのデュエリア校3年、リョウ・サエグサが徐に声をかけてきた。

 

 

 

「何か用か?」

「いや、用って程のモンじゃあねぇんだが…一言、忠告しといてやろうと思ってな。」

「…貴様はデュエリア校の者だろう?それが何故俺に忠告など…」

「Ah-…まぁそうだよなぁ。普通、誰だってそう思う。けど、トーリは別だ。アイツと戦う奴にゃ、決闘市もデュエリア校も関係ねぇ。」

「…どういうことだ?」

 

 

 

これから戦いが始まるというのに、意味の分からぬことを鷹矢へと告げてくるリョウ・サエグサ。

 

それは鷹矢に肩入れしたりだとか、刀利に負けて欲しいと思っている…

 

といった感情では決してないと言うことなど、リョウの言葉を聞いている鷹矢にはなんとなくではあるが理解できているものの…

 

しかし、鷹矢の言う通り。デュエリア校の生徒であるはずのリョウ・サエグサが、一体どうして鷹矢に忠告などしてきたのだろうか。

 

普通であれば、敵校の鷹矢に忠告などする意味などない。いくら鍛治上 刀利が得体の知れぬ雰囲気を纏っているとはいえ、そんなことを自分にする義理などリョウ・サエグサにはないはず。

 

そんな、意味の分からぬ行動をしてきたリョウに、疑問符を浮かべ続けている鷹矢へと向かって。

 

続けてリョウは、声をかける。

 

 

 

 

「お前…『王』って分かるか?」

「俺の質問の答えになっておらん。全く意味のわからぬ事を…【王者】の事か?」

「But、お前のグランパみてぇな【王者】の事じゃねぇ。もちろん【(ジェネレイド)】のカードの事でもねぇ…King…そのまんま、王サマって意味さ。」

「キング………だからソレが何だというのだ。あの男が一国の主とでも言いたいのか?」

「HAHA、全然違ぇよ。けど…まっ、今のを聞いて全く理解できねぇってんなら別にいいんだ。【黒翼】の孫だってぇんだから心配はしてねぇけどよ…精々、壊されないように気をつけろって…そう言いたかっただけSA。」

 

 

 

鷹矢には全く理解が出来ぬ、リョウ・サエグサから綴られる言葉。

 

彼の言う『王』が、一体何を指している言葉なのかなど、今の鷹矢には全く持って理解が出来ず…

 

しかし、鷹矢が全く理解出来ていないと言う事を、リョウとて理解はしているのだろう。

 

…そのまま、リョウは最後に戦いへと出陣を始める鷹矢へと向かって。

 

最も分かりやすい言葉を選び、こう言葉を漏らした。

 

 

 

「…トーリは強いぜ?多分、デュエリアで一番…But、もしかしたら、世界で一番かも…な。」

「…」

 

 

 

リョウから続けられた言葉に、思わず言葉を失った鷹矢。

 

…それは、とてもじゃないがすぐには理解できなかったのではないだろうか。

 

何せ決闘学園デュエリア校の、デュエルランキング『第1位』の男が…

 

他人を、同じ学校の者を、そして世界中にいる他の強者と比べてそう言ったのだから。

 

…この男をしてこう言わしめる鍛冶上 刀利という男とは、果たして一体何モノなのか。

 

元々感じていた得体の知れない雰囲気、強さの匂いを感じない強さ。そんな謎に包まれた強者へと向かう鷹矢の心境は、決して他人には理解できないモノではあるのだが…

 

しかし、一瞬の後。

 

形容でもなんでもない、嘘とも思えぬリョウ・サエグサのそんな言葉を聞いてもなお、鷹矢は何を思ったのか。

 

 

リョウへと背を向け、ゆっくりと歩き始めながら…

 

 

そのまま、不敵に笑いながら―

 

 

 

 

「…ふっ、望むところだ。相手にとって不足は無い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ!第2試合の開戦です!第1試合では驚くべき結果となりましたが、果たして第2戦ではどんな波乱が待ち受けているのでしょうか!選手入場!』

 

 

 

全世界へと向けて叫ばれた、耳を劈く実況の声と共に。

 

導かれるようにして東ゲートからまず入ってきたのは…大胆不敵を絵に描いたような、あまりに堂々とした一人の男。

 

 

 

『世界に名立たる王者【黒翼】の!その血筋を正しく受け継いだのはこの男!堂々の予選第1位通過!天才の名を欲しいままにしている、この次代の【王者】候補の溢れる才能は留まる事を知らないのでしょうか!』

 

 

 

過大とも思える実況の叫びだと言うのに、ソレがあまりに当て嵌まっていると言うことを…この中継を見ている誰もが、『そう』思ってしまったに違いないと思える程に。

 

今の鷹矢のその姿は、まるで若き日の【黒翼】の姿を思い出させるかのような振る舞いとなりて、全世界へと向けて届けられていて。

 

 

…【決闘祭】の準優勝者、【決島】予選第1位。

 

 

その他にも、幼少の頃から決闘市を含めた様々な場所で行われた大会で好成績を残し…

 

最近ではまるで道場破りのように、若手プロ達に混ざって大会を荒しまわっていたのだから、現在中継に映しだされている男は紛れもなく、今世界で最も有名な学生と言ってもソレは過言ではないだろう。

 

 

―才華蓋世、才気煥発

 

 

鷹矢の最も嫌う呼び名…王者【黒翼】の孫という称号を、惜しみもなく実況が叫んだとしても。

 

それでも勝手に貼られたレッテルなど、この瞬間においては全く持って耳に届いていないかのように…ただただ目の前の恐るべき相手だけに、その意識を向けているのみ。

 

 

 

今、威風堂々と…

 

 

 

覇道を歩むかの如く―

 

 

 

 

 

『決闘学園イースト校2年、天宮寺 鷹矢選手!』

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

『続いては…あっ…え?ほ、ホントに?』

 

 

 

一瞬…詰まってしまった実況の声と共に入ってきたのは…

 

 

 

『…し、失礼しました!続くのは予選第4位通過!デュエルランキング…け、圏外でありながらも、全勝で本戦へと勝ち上がったダークホース!これまでの戦績は全てが謎!そんな謎につつまれた彼は、一体どんなデュエルを見せてくれるのでしょうか!』

 

 

 

デュエルランキング圏外…

 

それは通常であれば『ありえない』称号。

 

だってそうだろう。全校生徒が己の実力と戦績に応じたデュエルランキングの順位を与えら得るはずのデュエリア校で、その枠組みの中に入っていない『圏外』となっている者が存在するなど。

 

けれども、確かに彼の所在は決闘学園デュエリア校高等部で間違いはなく…

 

だからこそ、実況が感じた疑問はそのまま全世界の人々の疑問となりて、世界中へと向けて中継されていて。

 

 

―しかし、そんな世界中からの疑問の視線など全く届いていないようにして。

 

 

今、この天空闘技場の上に広がる遥かな空へと、吸い込まれていってしまいそうなほどに透明な気配を纏って現れたのは―

 

 

 

 

 

『決闘学園デュエリア校…鍛冶上 刀利選手!』

 

 

 

 

 

先程の第1戦とはまるで真逆。

 

見えない観客達から送られるエールは、その全てが決闘市の代表へと送られ…素性も成績も何もかもが謎の、デュエリア校の代表へはただただ厳しい疑惑の目だけ。

 

しかし、ソレも当然で…

 

…76戦も行った鷹矢に対し、刀利の戦績はたった30戦。

 

刀利の結果がいくら『全勝』であっても、最後まで生き残ったとは言え本戦に昇れなかった他の参加者達と比べてもあまりに少ないその戦数では…

 

極力戦いから逃げていて、運よく決勝に進んだと思われたとしても、それはある意味で当然の結果と言えるだろう。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「…ジジイ、あのガキは何者なんだい?学生の癖に【霊神】を持ってるなんて、はっきり言って異常さよ。」

「フォッフォッフォ、以前、ちと関わりがあってのぅ…ま、見てたらわかるわい。」

 

 

 

世界の観客達とはまた、別の視点を持ってこのデュエルを観覧しようとしている、歴戦の決闘者である女傑、『烈火』。

 

それは刀利の予選のデュエル…たった一度だけ、ほとんどの観客達に全く注目されていない中で、彼が神にも等しいモンスターの召喚をしたのを『烈火』は見ていたから。

 

けれども、長らく決闘界を深いところで見守ってきた『妖怪』、綿貫 景虎は、デュエリア校の鍛冶上 刀利と何やら関わりがある旨を零すものの…

 

もうすぐ始まる戦いの前に、これ以上余計な事を言うつもりなどないのか。

 

静かに戦いの舞台を見据え、その皺だらけの瞼の奥でただただ優しい目をしていて。

 

 

 

 

そして…世界中の視線を浴びている当人二人は…

 

 

 

 

 

「…」

「…」

 

 

 

言葉を発せず、視線を外さず。ただただお互い向かい合い、静かに開戦の時を待っていた。

 

その、鷹矢と刀利の間にある空気は、すぐにでも爆発しそうな危うさを持って天空闘技場に満ち始めており…

 

そう、鷹矢とて、目の前の謎に包まれた男の戦績が少ないからと言って油断など微塵もしておらず。

 

…予選の結果がどうであれ、他人の評価がどうであれ。

 

それでも己の眼で見た鍛冶上 刀利という男は、自分が今まで戦ってきた誰とも異なった異質な雰囲気を持っていると鷹矢は感じているのだから。

 

 

 

「ゆくぞ。」

「…うん。」

 

 

 

だからこそ、余計な言葉はいらない。

 

デュエルディスクを静かに構え、デッキが現れ手札を揃え…

 

世界中に見られている中で、ディスクがデュエルモードに切り替わった時…

 

 

 

それは―

 

 

 

 

 

 

『それではぁぁぁぁあ!決勝戦第二試合、開始ぃぃぃぃぃぃい!』

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

今、始まる。

 

先攻はイースト校2年、天宮寺 鷹矢。

 

 

 

「俺のターン!【ゴールド・ガジェット】を召喚し、ゴールドの効果で【シルバー・ガジェット】を!シルバーの効果で【無限起動ロックアンカー】を!ロックアンカーの効果で【イエロー・ガジェット】を!それぞれ特殊召喚!」

 

 

 

―!!!!

 

 

 

【ゴールド・ガジェット】レベル4

ATK/1700 DEF/ 800

 

【シルバー・ガジェット】レベル4

ATK/1500 DEF/1000

 

【無限起動ロックアンカー】レベル4

ATK/1800 DEF/ 500

 

【イエロー・ガジェット】レベル4

ATK/1200 DEF/1200

 

 

 

開戦直後。

 

お得意のガジェットモンスター達による効果の連鎖で、即座に4体ものレベル4モンスターを場に揃えた鷹矢。

 

…いつもの様に、いつもの如く。

 

どんな時でも崩れない、鷹矢の立ち振舞いをそのままに。まだ始まったばかりだと言うのに、手札を使いきるかの様な激しい展開を世界中へと見せながら…

 

そのまま鷹矢はいつもの様に、その手を天に掲げるのみ。

 

 

 

「イエローの効果で【グリーン・ガジェット】を手札に!ゆくぞ!ゴールドとシルバー、2体のガジェットでオーバーレイ!」

 

 

 

…レベル4のモンスターが、2体。

 

そう、己の持つ、エクシーズのEx適正の赴くままに。

 

エクシーズ名家、天宮寺一族の名の下に。あれだけ激しい展開の後に、鷹矢は手札も整えつつ。

 

そのまま手を天に掲げ…

 

 

 

「エクシーズ召喚、来い、ランク4!【ギアギガントX】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ギアギガントX】ランク4

ATK/2300 DEF/1500

 

 

 

「まだだ!続けてロックアンカーとイエロー、2体の機械族でオーバーレイ!エクシーズ召喚!ランク4、【ギアギガントX】!そして【ギアギガントX】2体の効果発動!オーバーレイユニットを一つずつ使い、デッキから2体目のゴールドとシルバー、2体のガジェットを手札に加える!更に【アイアンドロー】発動!俺はこのターン、後1度しか特殊召喚できなくなる代わりに2枚ドロー!」

 

 

 

鷹矢の場に聳える、2体の鋼鉄の巨兵達。

 

それは予選の時から世界中が散々見てきた、全く変わらぬ見慣れた景観。【王者】の孫のいつもの展開、鷹矢の崩れぬいつもの形。

 

…崩れないという事は、それだけ確実な安定感を持っていると言うこと。

 

あれだけの展開を行って、既に2体ものエクシーズモンスターを場に揃えたと言うのにも関わらず…

 

いつもの様に展開しながら手札消費を実質的に0枚で押さえつつ、鷹矢はどこまでも厳しい目で刀利を見据えているのか。

 

 

 

「【エクシーズ・ギフト】も発動。【ギアギガントX】2体のオーバーレイユニットを1つずつ使って2枚ドロー。…俺はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ。」

 

 

 

鷹矢 LP:4000

手札:5→4枚

場:【ギアギガントX】ランク4

【ギアギガントX】ランク4

伏せ:2枚

 

 

 

そうして…

 

得体の知れぬ力を持った、鍛冶上 刀利に微塵も油断することなく。

 

初動から万全を期したであろう鷹矢が、今堂々とそのターンを終え―

 

 

 

 

 

「…僕のターン、ドロー。モンスターをセット。カードを1枚伏せてターンエンド。」

「何!?」

 

 

 

刀利 LP:4000

手札:6→4枚

場:セットモンスター1体

伏せ:1枚

 

 

 

しかし―

 

そんな鷹矢を前にして、ほとんど行動を起こさずあまりに早くそのターンを終えた鍛冶上 刀利。

 

…カードをたった2枚セットしただけでそのターンを終えてしまうだなんて、【決島】の本戦に勝ち残った選手としては些か消極的かつ消沈的にも見える立ち振る舞い。

 

…この程度のモノで、【黒翼】の孫に勝てるはずが無い。

 

世界中の観客達がそう思ってしまうほどに、デュエリア校代表の鍛冶上 刀利の短すぎるターンはどこまでも刀利の実力への疑惑となりて歓声とは逆の声となって世界で響いているのか。

 

…もしここに、実際に観客達がいたらブーイングの嵐だっただろう、

 

何せ先程の第一試合でも、遊良やリョウは最初のターンから連続して全力の展開を見せたのだ。本戦まで勝ち上がった選手ともなれば、先の鷹矢のターンに負けず劣らずの何か行動を見せるはずだと言うのに…

 

ソレを期待していた世界中の見えない観客達や刀利に対して油断なく身構えていた鷹矢からすれば、どこか拍子抜けのように感じたとしてもそれはある意味当然と言えるのだから。

 

 

 

「…何を考えているのだこの男…だが油断はせん!俺のターン、ドロー!」

 

 

 

とは言え、世界が刀利を見くびってはいても。

 

逆の思考との元、鷹矢は油断など見せずに刀利へと向かい直すのか。

 

―油断大敵

 

そう、昨年度の彼とは違う、他人を見くびらない事を覚えた鷹矢。

 

そんな鷹矢にとっては、いくら刀利の展開が拍子抜けを誘うモノであったとしても…少しの油断もする事なく、気を緩める事もなく。

 

 

 

「【ゴールド・ガジェット】を召喚し、その効果でシルバーを!シルバーの効果でグリーンをそれぞれ特殊召喚!【レッド・ガジェット】を手札に!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【ゴールド・ガジェット】レベル4

ATK/1700 DEF/ 800

 

【シルバー・ガジェット】レベル4

ATK/1500 DEF/1000

 

【グリーン・ガジェット】レベル4

ATK/1400 DEF/ 600

 

 

 

「…レベル4のモンスターが3体…」

「何を企んでいようと捻じ伏せる!俺はゴールド、シルバー、グリーンの…3体のガジェットで、オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

5つの場を埋めるほどの、容赦の無い鷹矢の展開。先のターンから全く衰えない勢いで、続けて響くは鷹矢の咆哮。

 

 

―オーバーレイネットワークを、構築

 

 

それは、およそこの世界のエクシーズ召喚のためのモノではない口上。

 

そう、この世界においては、鷹矢にのみ許されたその宣言の導くままに…

 

己の頭の中に浮かび上がるイメージと、天に怪しく輝き始めるその数字が生み出すのは果たして一体どんなモンスターなのか。

 

予選のときから群を抜いていた、王者【黒翼】の孫である天宮寺 鷹矢の…覇道を突き進むその姿が、今形となりて…

 

 

 

 

 

「現れろ、『No.10』!煌かせしは白き鎧!大地を駆ける蹄を響かせ…疾風を切り裂き姿を現せぇ!エクシーズ召喚!」

 

 

 

 

 

ここに、現れる―

 

 

 

 

 

「来い、ランク4!【No.10 白輝士イルミネーター】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【No.10白輝士イルミネーター】ランク4

ATK/2400 DEF/2400

 

 

 

現れしは巨馬を駆りし、光り輝く白き騎士。

 

その右肩に、『No.』の証である数字…『10』を刻んだ、勇敢にも敵陣に意気揚々と向かっていきそうなほどに猛るその姿。

 

それは頂点をその手に掴み取らんとする鷹矢の意気が、そのまま形となったかのようでもあり…

 

 

 

「…それが噂の『No.』…君だけが持つカード。」

「ゆくぞ、『No.10』の効果発動!オーバーレイユニットを1つ使い、手札を1枚墓地へ送りデッキから1枚ドローする!まだだ!続けて魔法カード、【死者蘇生】発動!墓地から【無限起動ロックアンカー】を特殊召喚!その効果で手札から【レッド・ガジェット】を特殊召喚し、イエローを手札に!そして俺はロックアンカーとレッド…2体のモンスターでオーバーレイ!」

 

 

 

止まらぬ展開、終わらぬ回転。

 

その身を光へと変え続け、天に舞い続ける鷹矢のガジェット達。

 

依然として【王者】たる祖父から受け継いだその才能を、これ以上無いくらいに発揮する鷹矢のデュエルに…世界の誰もが歓声を上げているのは、最早言うに及ばず。

 

その、己の持つエクシーズのEx適正によって、更に鷹矢の場に現れるは…

 

 

 

「エクシーズ召喚、ランク4!【竜巻竜】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【竜巻竜】ランク4

ATK/2100 DEF/2000

 

 

 

現れしは暴風纏いし、旋嵐を呼ぶ突風の竜。

 

速攻魔法、【サイクロン】がそのままモンスターとなったかの様なその姿は…

 

まさしく相手の仕掛けた罠を一陣の疾風の下に蹴散らしてしまう、まさに展開と除去を同時に兼ね備えた微塵も油断なき鷹矢の態度の表れでもあって。

 

…刀利の伏せたモンスターとカードからは、正直『嫌な感じ』は全くしない。

 

ソレは既に『先』の地平に至っている鷹矢からすれば、取るに足らない警戒心でもあるのだが…

 

それでも強さの気配を感じない鍛冶上 刀利という男に対し、完全かつ完璧に不安要素を消す為にとった鷹矢のこの展開は、戦略としては決して間違ってはいないはず。

 

そのまま鷹矢は、勝利へと向かって無慈悲にも竜巻の竜へとその命を下し…

 

 

 

「【竜巻竜】の効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い…貴様の伏せカードを破壊する!」

 

 

 

そして、暴風纏う嵐旋の竜から放たれた、一陣の疾風が刀利の1枚しかない伏せカードを無慈悲にも破壊した…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「…破壊されたのは【やぶ蛇】。効果発動。Exデッキから【スクラップ・ドラゴン】を特殊召喚する。」

「なっ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

【スクラップ・ドラゴン】レベル8

ATK/2800 DEF/2000

 

 

 

突如―

 

轟く叫びと共に姿を現したのは、蒸気を纏いし鉄屑の虚竜であった。

 

それは天を裂く咆哮を轟かせ、弾ける電光をその身に宿し…歪な命をその身に宿した、打ち磨かれた歴戦の刀。

 

錆びついた体の悲鳴を、耳を劈く程に軋ませているというのにも関わらず…どこか必死に生きる竜を思わせる、悲しげな咆哮を上げており…

 

 

 

…早計だった。

 

 

 

万全を期したつもりで刀利の伏せカードを破壊したつもりだったのに、その行動が裏目に出てしまったなんて。

 

そう、場を整えてから攻撃に転じるのではなく、先に【竜巻竜】をエクシーズ召喚してその効果で伏せカードを破壊しておけば…もう1度のエクシーズ召喚による展開で、少なくとも【スクラップ・ドラゴン】は簡単に除去できていたと言うのに。

 

 

 

―『…気を抜くんじゃねーぞ。誰が最初の相手かわからないんだ。特にお前は、昔っから肝心なとこで要らないミスするんだから。』

 

 

 

第一試合が始まる前に、遊良に言われていたことを思い出しながら…そんな先に立たない後悔が、今になって鷹矢を襲う。

 

一つのミスが取り返しのつかない事になりやすい強者同士の戦いでは、こんな凡ミスなどしている場合ではないと言うのに。

 

…しかし、『先』の地平に立っている自分が、よもや相手の罠を読み違えるだなんて。

 

そう、いくら相手が強さを感じさせない透明な存在感に包まれているとは言え、それでも相手がデュエリストであるならば、多少なりともその感情に起伏が生まれ『匂い』を感じさせるはずなのだ。

 

だからこそ、全く危険性を感じなかったはずのソレを読み間違えた事は、鷹矢にとっても予想外だったのだろう。

 

確信を持っていた判断を裏切られた…まさに藪を突いたら蛇が飛び出してきたという、余計な事をしたばっかりに…

 

 

 

「くっ…だがソレがどうした!2枚目の【エクシーズ・ギフト】を発動し、『No.10』のオーバーレイユニットを2つ使い2枚ドロー!…よし!バトルだ!まずは『No.10』でセットモンスターに攻撃!」

 

 

 

それでも突然現れた、鉄屑の虚竜に怯む事無く。

 

たった今デッキから引っ張ってきた、【スクラップ・ドラゴン】を超えられるカード…【リミッター解除】へと一瞬だけ目を落とした鷹矢は、そのまま巨大なる手の『No.』へと攻撃を命じ始めるのか。

 

…そう、いくら虚を突かれたとは言え。

 

突然大型モンスターが現れたのだとしても、それでも自分は間違いなくソレを乗り越えられる勝機を持って攻撃に転じるのだから、ここで慄く選択をするなどそのプライドが許さないのだと言わんばかりに。

 

鷹矢は、勝機を持ってバトルを宣言するだけ。

 

 

 

 

 

「叩き伏せろ!疾風怒濤、シャイン・デュランダー!」

 

 

 

 

 

そのまま巨大なる馬が鷹矢の宣言と共に、天空闘技場を駆け抜ける。

 

そして天に飛び上がりし巨馬が落ちてくるその時、騎士の剣は光を纏いてソレを貫きにかかるのか。

 

ソレはまさに蛮勇の振るう豪剣の持つ、恐ろしいまでの勢い。光を纏った『No.10』が、今まさに刀利のセットモンスターへと襲いかかり…

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「…セットモンスターは【メタモルポット】。」

「なっ!?」

「リバース効果が発動するよ。お互いに手札を…」

 

 

 

…剣とセットカードがぶつかったその瞬間。

 

次なる手を手札に控えていた鷹矢の虚を、死角から突くようにひっくり返ったのは…

 

奥底から目を除かせた奇妙なる壷のモンスターだった。

 

その怪しげな一つ目が鈍く輝く時、自分も相手も全ての手札を無理矢理に捨てさせられると言う…

 

ダメージステップであることから、止められるタイミングが極端に限られると言う、まさに鷹矢にとっては虚を突かれたにも等しい予想外のモンスター。

 

 

 

「くそっ!ならばダメージ計算前に速攻魔法、【リミッター解除】発動!【ギアギガントX】2体の攻撃力を倍にする!」

 

 

 

【ギアギガントX】ランク4

ATK/2300→4600

 

【ギアギガントX】ランク4

ATK/2300→4600

 

 

 

「…ダメージ計算後のタイミングにリバース効果発動。お互いに手札を全て捨てて5枚ドロー。」

 

 

 

ソレ故、焦りながらも手札が捨て去られる前に次なる攻撃の一手を発動する鷹矢。

 

…ここで手を撃たなかったら、いくら新たに5枚ドローしたからとは言えバトルフェイズであるが故に【スクラップ・ドラゴン】を超えることは至難となる。

 

しかし焦りを感じたとは言え、タイミングを見失わなかった鷹矢が発動した速攻魔法によって、2体の機械兵がそのリミッターを外して暴走寸前まで力を上昇させ…

 

そしてお互いの手札が入れ替わった後、奇妙な壷のモンスターが破壊されていく。

 

 

 

「この程度で意表を突いたつもりならば甘い!続けて【ギアギガントX】で、【スクラップ・ドラゴン】に攻撃だ!」

 

 

 

そして間髪入れず。

 

このターンに決着を着ける勢いで命令を下した鋼鉄の機械兵の一体が、刀利の虚竜へと襲い掛かって。

 

…どこか気が抜けているような刀利のデュエルも、どこか惰性のように感じられる刀利の態度も自分にとっては関係ない事。

 

まるで鷹矢のその心情を感じ取ったかのような【ギアギガントX】が、暴走したその力の限り鉄屑の虚竜へとその拳を走らせ―

 

 

 

 

 

「鉄機爆砕!マグナム・ストレー…」

「…墓地の【超電磁タートル】の効果発動。除外してバトルフェイズを終了する。」

「ぬ!?」

 

 

 

 

 

それでも、その攻撃を淡々と。

 

攻勢に転じた鷹矢の勢いを、いとも簡単に止めにかかる刀利。

 

刀利の墓地から飛び出して、寸前で攻撃を止めたのは…目に見える程の磁力を帯びた、機械仕掛けの電磁亀であり…

 

―反発し、相殺する…その有り余る斥力で。

 

その、まるで放電と見間違えるような超電磁力の解放によって、鷹矢の【ギアギガントX】が天空闘技場の端まで勢い良く弾き返されてしまったではないか。

 

 

 

「超電磁…くっ、【メタモルポット】か…」

「…」

 

 

 

それは鷹矢も用いる事のある、絶対的なる防御のカード。

 

しかし、先程の【メタモルポット】でこのカードを墓地に送ったのならば、なんと大胆かつ最低限の守りだけでターンを終えたのだろう。

 

何せセットモンスターが【メタモルポット】とは知らなかったとは言え、もし鷹矢がセットモンスターを戦闘以外の方法で除去していたとしたら。もし鷹矢が伏せカードの方ではなく、セットモンスターを危険視していたら…

 

…刀利はこのターン何もせずに、何もさせてもらえずに鷹矢に負けていたのだ。

 

だからこそ刀利の取った手は、よもや【黒翼】の孫を相手にするにはあまりに消極的でありつつも、どこか高みから見透かしているかのような立ち振る舞いではないか。

 

そう、まるで鷹矢の攻めてくるパターンが分かっていたかのような必要最小限の立ち振る舞いは、どこまでもどこまでも薄いその存在感と混ざってより一層刀利の雰囲気を透明にしていき…

 

 

 

「仕方ない、俺はカードを1枚伏せ、エンドフェイズに【ギアギガントX】2体は破壊される…ターンエンドだ。」

 

 

 

鷹矢 LP:4000

手札:5→4枚

場:【竜巻竜】

【No.10 白輝士イルミネーター】

伏せ:3枚

 

 

 

どこか手玉に取るように、鷹矢の攻めを難なく防ぎ。

 

あまつさえ最小限の動きで、相手ターンに鷹矢のモンスターを2体も破壊した鍛冶上 刀利の怖さを…世界中の見えない観客達は未だ気付いてはいないものの、ソレと実際に対峙している鷹矢は何かを感じたのだろう。

 

…このターンで決着を着けるつもりではいたものの攻め切れずに止められ、たかだか2体のモンスターを破壊されただけ。

 

状況的にはそうだと言うのに、しかして意図せず額に浮かび上がってくる冷や汗は…『No.』で牽制しているとは言え、鷹矢にとっては警笛とも思える代物となりて刀利への警戒心を更に上昇させているのか。

 

 

 

「…僕のターン、ドロー。」

 

 

 

そんな彼は先程と同じく、デッキから一枚のカードをドローしたかと思うと…

 

その手を止め、何かを考える素振りを見せ始め…

 

 

 

「また少ない動きでターンエンドする気か?」

「…それも考えたけど…」

「そんなモノが何度も通用すると思うな。もし貴様が先ほどと同じような動きでターンを終えたならば…次のターン、確実に俺が勝つ。」

「…うん、そうなるだろうね。」

「随分と余裕だな。何を企んでいる?様子を見るつもりか、それとも俺を見くびっているつもりならば…」

「…別に、見くびっているつもりはないよ…ちょっと、考え事をしていたんだ。大丈夫かどうか…」

 

 

 

強がりではない。本気でそう思っている鷹矢の言葉が、鍛冶上 刀利へと届けられる。

 

…状況的には、鷹矢が圧倒的に有利のはず。

 

何せ鷹矢は、刀利を最初から見くびらず。必ず次の手を用意しながらデュエルを進めて、先のターンに決着を着けるつもりではいたものの、もし止められたときの為に次なる手を確かに残しながらデュエルを進めていて。

 

だからこそ…もし刀利が先のターンと同じような最小限以下の少なすぎる手でそのターンをもし終えたならば、その時こそ鷹矢は刀利の手を全て打ち壊し次のターンこそトドメを刺せる確信があるのだ。

 

そして刀利の方も、これ以上は鷹矢を止めきれないと踏んだのか…それとも、ソレすら最初から織り込み済みだったのか…

 

 

 

「…でも、もう纏まったから。君なら多分…大丈夫かな。」

 

 

 

天宮寺 鷹矢を相手にしているにも関わらず、刀利はその言葉にどこか余裕を残したまま…

 

 

 

「…行くよ。墓地から【ブレイクスルー・スキル】を除外して効果発動。【竜巻竜】の効果を無効に。」

「ブレイクスルー…それも【メタモルポット】か!だが【竜巻竜】を無効にして何を…」

「…続いてフィールド魔法、【スクラップ・ファクトリー】と永続魔法、【補給部隊】を発動して、【スクラップ・ドラゴン】の効果発動。【スクラップ・ドラゴン】と君の伏せカード…【エクシーズ・リボーン】を破壊する。」

「む!?」

 

 

 

簡単に―

 

そう、まるでこうなる事が最初から決まっていたかのように、いとも簡単に【竜巻竜】を無力化してきた鍛冶上 刀利。

 

そして彼は何が伏せられているかわからないはずの、鷹矢の仕掛けた罠カードの名前を言い当てたかと思うと…

 

何とその宣言の通りに、鉄屑の竜の崩壊の咆哮によって、言い当てた通り【エクシーズ・リボーン】が崩壊を始めてしまったではないか。

 

 

 

「くっ!ならば破壊される前に【エクシーズ・リボーン】を発動!墓地より【ギアギガントX】を守備表示で特殊召喚し、このカードをオーバーレイユニットに!」

「…だけど【スクラップ・ドラゴン】は破壊される。そしてスクラップモンスターが破壊されたことにより、【スクラップ・ファクトリー】の効果発動。デッキから【スクラップ・ゴーレム】を特殊召喚。【補給部隊】の効果で1枚ドローし…ゴーレムの効果も発動。墓地から【スクラップ・ビースト】を特殊召喚。」

 

 

 

―!!

 

 

 

【スクラップ・ゴーレム】レベル5

ATK/2300→2500 DEF/1400→1600

 

【スクラップ・ビースト】レベル4

ATK/1600→1800 DEF/1300→1500

 

 

 

先程までの消極的な彼とは打って変わった、流れるような刀利の展開。

 

先のターンは一体なんだったのかと思える程の、その淀みなく滞りない流れは…まるで、最初からこういう流れになるのが決まっていたかのようにさえ思える、あまりに流麗で滑らかなカード捌き。

 

そして…

 

 

 

「…レベル5のゴーレムに、レベル4のビーストをチューニング。…打ち鍛えられし玉鋼(たまはがね)、その慟哭で大地を砕け!シンクロ召喚、レベル9!【スクラップ・ツイン・ドラゴン】!」

 

 

 

【スクラップ・ツイン・ドラゴン】レベル9

ATK/3000→3200 DEF/2200→2400

 

 

 

現れしは双頭なりし、虚影積み重なった鉄屑の暴竜。

 

頭が一つ増えただけではない。刀利のエースであろう【スクラップ・ドラゴン】をも超える力を見せ付ける進化したその姿は…

 

打ち磨かれた玉鋼(たまはがね)が、一つ段階を上がったとさえ思える代物にも見えることだろう。

 

 

 

「攻撃力3200…」

「…まだだよ。【死者蘇生】発動。墓地から【スクラップ・ゴーレム】を蘇生。そして再びゴーレムの効果発動。墓地から【スクラップ・ビースト】を特殊召喚して…【スクラップ・ツイン・ドラゴン】のモンスター効果。ビーストを破壊して、『No.10』と【竜巻竜】をExデッキに戻す。」

「ぐっ!」

「…まだだ。ビーストの効果は発動せず、速攻魔法、【スクラップ・スコール】発動。ゴーレムを選択し、デッキから【スクラップ・ゴブリン】を墓地に送って1枚ドロー。その後、ゴーレムを破壊する。…そして今、僕の墓地の地属性モンスターはスクラップ・ドラゴン、ゴーレム、ビースト、ゴブリン、そしてメタモルポットの5体。このカードは、墓地の地属性モンスターが5体の時にのみ特殊召喚できる。」

「ッ、その召喚条件は!」

 

 

 

…しかし、まだ終わらない。

 

鷹矢の場を荒しつつ、展開を止めない刀利が口にしたのは、あまりに特徴的な召喚条件。

 

…ソレを聞いて、鷹矢も思わず自分の耳を疑ってしまうのか。

 

だってそうだろう。刀利が今宣言した条件は、あまりに個性的かつ限定的な、所有する者の限られる『6体』のモンスターの召喚条件であり…

 

その条件の難しさと、偏に『神』とも呼ばれるそのカードは超巨大決闘者育成機関【決闘世界】が許可した者にしか…そう、【王者】クラスの者にしかその所有を許されない、あまりに危険なカードであって。

 

 

 

 

 

今ここに、現れしは―

 

 

 

 

 

「…大地を…引き裂け!【地霊神グランソイル】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【地霊神グランソイル】レベル8

ATK/2800 DEF/2200

 

 

 

地脈を砕いて現れし、古の眠りから目覚めし大地。

 

下手な者では扱う事すら出来ず。にわかに手を出せば神にも等しい自然の霊から、災害の如き罰が与えられてしまうそのカードは…

 

偏に『神』とも呼ばれることのある代物であり、通常であればその使用を硬く禁じられている、紛れも無くこの世界に現存している『神』のカードの一種類。

 

 

 

 

「霊神だと!理事長と同じ…何故貴様がソレを!」

 

 

 

…だからこそ、鷹矢は信じられない。

 

一応、鷹矢とて修業と称して数回【白鯨】である砺波に霊神の一柱である【氷霊神】を繰り出された事がある。

 

…その時に感じたのは紛れも無い神圧。

 

ルキの持つ『赤き竜神』や、釈迦堂 ランの繰り出した【邪神】ほど高圧的で高次的ではなかったものの…

 

それでも神と対峙した経験が常人よりも多いであろう鷹矢からすれば、この【霊神】とて嘘偽り無い神性を持った存在であるとハッキリと理解できたのだ。

 

まさか、よもや、そんな存在を【王者】でも何でもない、一生徒がこんな学生の『祭典』で繰り出してくるだなんて。

 

 

 

「…グランソイルの効果発動。特殊召喚成功時、墓地からモンスターを1体蘇生できる。僕は【スクラップ・ゴーレム】を蘇生。」

「ぬぅ!?」

「…そして再びゴーレムの効果で、墓地から【スクラップ・ゴブリン】を特殊召喚。…レベル5のゴーレムに、レベル3のゴブリンをチューニング。」

 

 

 

そして古来より誰もが使用しているであろう、命を司る魔術と同じ効果を轟かせし【地霊神】の力によって。

 

あまりに圧倒的な威圧感と共に、再び刀利の場に蘇った屑鉄で形作られた巨人がその真価を再度発揮し始め…

 

 

 

「…打ち磨かれし玉鋼(たまはがね)、その咆哮で天を撃て!シンクロ召喚!羽ばたけ…レベル8!【スクラップ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【スクラップ・ドラゴン】レベル8

ATK/2800→3000 DEF/2000→2200

 

 

 

「また現れたか!」

「…【スクラップ・ドラゴン】の効果発動。【補給部隊】と…君の左の伏せカード、【和睦の使者】を破壊する。」

「くそっ!さっきから何なのだ!破壊される前に罠カード、【和睦の使者】を発動する!俺のモンスターはこのターン戦闘で破壊されず、戦闘ダメージも受けない!」

 

 

 

…これで、2度目。

 

そう、2度も鷹矢の伏せカードを見透かしたように宣言した刀利の、そのどこまでも侵食してくる破壊の波が悉く鷹矢の場へと襲い掛かる。

 

…それはあくまでも、鷹矢のリソースを削りにかかる抉り取るような刀利の攻め。

 

ダメージを与えられない事を最初からわかっていて、それでいてダメージを与えるのではなく鷹矢の用意していた策を見透かしながら一つ一つ削り取っていく刀利のデュエルの進め方は…

 

ある種の怖さすら感じさせるモノとなりて、鷹矢へとひしひしと襲いかかるのか。

 

 

 

「…【補給部隊】は破壊される。【貪欲な壷】を発動。メタモルポット、スクラップ・ドラゴン、ビースト、ゴブリン、ゴーレムを戻して2枚ドロー。…カードを4枚伏せてターンエンド。」

 

 

 

刀利 LP:4000

手札:6→0枚

場:【スクラップ・ツイン・ドラゴン】

【地霊神グランソイル】

【スクラップ・ドラゴン】

伏せ:4枚

フィールド:【スクラップ・ファクトリー】

 

 

 

そうして…

 

鷹矢の場を散々荒しながらも、0からこれ程の場を構築してそのターンを終えた鍛冶上 刀利。

 

その淡々としつつも容赦の無い、鋭いモノで抉り取ってくるかのような刀利のデュエルは、デュエルが始まる前の彼の印象とはまるで真逆で正反対の代物であり…

 

…バトルフェイズも行っておらず、メインフェイズ1を終えただけでターンエンドしたと言うのに。

 

あれだけ頑強に整えられた鷹矢の場を、展開しながら荒しに荒らした刀利のデュエルの進展は、まさに容赦の無い強者の撃。

 

 

 

「貴様…どうして俺の伏せカードがわかる。」

「…なんとなく。」

「ふざけるな!弱者ならばいざ知らず、この俺を前にしてそんな狂言を…」

「…本当に、なんとなくなんだ。なんとなく、君が何を伏せて、何を狙ってるのか…なんとなく、わかってしまう。」

「ぐ…貴様…」

 

 

 

…用意していた守りの手を、悉く消費させられ。

 

更にはダメージを与えられない事を最初からわかっていたかのような刀利の、その鷹矢のリソースを削る事に焦点を当てた今のターンは、まさしく次のターンに攻め込む用意をこのターンに終えたという態度の表れとも言えるだろうか。

 

…普通、無限とも思えるカードの組み合わせから構築されるデッキから、何か特定のカードを言い当てる事など不可能に近い芸当であると言うのにも関わらず…

 

確かにソレを行った刀利のその態度に、鷹矢の記憶にはあまりに苦い思い出が沸々と蘇ってきて。

 

そう、立っているステージが違う場合に起こりえるソレは、鷹矢も過去に一度経験しているからこそ余計に苛立つ事でもあり…

 

 

 

―『なに、造作も無いコトだよ。伏せカードだけではない、君の手札も…なんなら、君がこれから引くカードも、私には全てが既に見えているだけだ。』

 

 

 

それは夏休みに―『No.』の導きによって邂逅を果たした、あの釈迦堂 ランの芸当と同じ部類のモノ。

 

…この男は、釈迦堂 ランと同じ【化物】だとでも言うのだろうか。

 

いや、アレほどの人外さは感じないものの、それでも【白鯨】からの修業によってプロのトップランカーにも引けを取らぬ実力を身につけた、『先』の地平に至った自分を前にして…

 

希薄すぎる気配のこの男の放った言葉は、ソレに近いモノを自分へとぶつけてきたのだ。

 

それは幾ら彼が【霊神】を操っているとは言え。いくら得体の知れぬ強さをまだまだ画しているとは言え。刀利のその態度は、果たしてどれだけ鷹矢のプライドを傷つけたのだろう。

 

それ故…あの時ランに敗北を喫した屈辱と、自分とさほど変わらない年代に居るのに自分よりも高みに立っているかもしれない刀利に対し…

 

鷹矢の苛立ちが、ますます強く募ってきて…

 

 

 

「俺のターン、ドロー!【ギアギガントX】の効果発動!オーバーレイユニットを1つ使い、デッキから【ゴールド・ガジェット】を手札に…」

「…その前に速攻魔法、【相乗り】を発動。君がデッキからカードを手札に加えるたびに1枚ドローするよ。【ゴールド・ガジェット】を手札に加えたため1枚ドロー。」

「ッ!…だが止まるわけにはいかんのだ!そのまま【ゴールド・ガジェット】を召喚し、その効果で【無限起動ロックアンカー】を特殊召喚!そしてロックアンカーの効果で【グリーン・ガジェット】も特殊召喚!」

 

 

 

【ゴールド・ガジェット】レベル4

ATK/1700 DEF/ 800

 

【無限起動ロックアンカー】レベル4

ATK/1800 DEF/ 500

 

【グリーン・ガジェット】レベル4

ATK/1400 DEF/ 600

 

 

 

刀利の発動した魔法に怯む事無く。

 

先のターンから全く衰えない、連続して現れる鷹矢のモンスター達。

 

そう、どれだけターンが進もうとも、この安定性と持久性に長けた展開をずっと続けられるからこそ天宮寺 鷹矢の強さは崩れぬ牙城の如き分厚さを持って、昨日から全世界へと発信されているのだろう。

 

…どんな時も、どんな情況も。

 

どんな場面からでも勝利を狙える、その大空を舞う鷹のような自由なデュエルに世界中が再度沸き始め…

 

 

 

「そしてグリーンの効果でレッドを手札に!」

「…1枚ドロー。」

「かまわん!ゴールドとグリーン、2体のガジェットでオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク4!【鳥銃士カステル】!」

 

 

 

【鳥銃士カステル】ランク4

ATK/2000 DEF/1500

 

 

 

「霊神を操ろうと関係ない!そのままカステルの効果発動!オーバーレイユニットを2つ使い、【地霊神グランソイル】をデッキに戻す!」

「…罠発動、【巨神封じの矢(ティタノサイダー)】。カステルの攻撃力を0にして効果を無効に。」

「チィ!ならば【貪欲な壷】を発動!ゴールド、シルバー、グリーン、レッド、イエロー・ガジェットをデッキに戻して2枚ドロー!そして【モンスター・スロット】も発動!レベル4のロックアンカーを選択し、墓地の【イエロー・ガジェット】を除外して1枚ドロー!…俺がドローしたのはレベル4の【シルバー・ガジェット】!そのままシルバーを特殊召喚し、その効果で、手札から【レッド・ガジェット】を特殊召喚!イエローを手札に!」

「…1枚ドロー。…レベル4のモンスターが3体…いや…」

「ゆくぞ!俺はシルバーとレッド…2体のガジェットでオーバーレイ!」

 

 

 

割り込むような刀利のカードの発動を意に介さず。

 

…一度エクシーズ召喚を行っていると言うのにも関わらず、次々と現れるはレベル4のモンスターの群れ。

 

それは刀利のモンスターがどれだけ強大であろうとも、例え神に等しいモンスターを前にしても変わらない…天上天下に喧嘩を売りし、覇道を突き進む唯我独尊。

 

 

…そう、まるでレベル4のモンスターを揃える事など、どんな事よりも簡単なのだと言わんばかりに。

 

 

天に手を掲げるその立ち姿は、天宮寺一族の筆頭である祖父、王者【黒翼】の姿に倣うかの様に…

 

 

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれぇ!」

 

 

 

 

 

世界に轟くその口上。【王者】から受け継いだその牙。

 

高らかに天に反響せしは、覇道を突き進む男の雄叫び。

 

祖父である王者【黒翼】から受け継ぎし、世界に轟くその口上とともに…誰が相手でも決して退かぬ自分のデュエルの『砦』となるべく存在、己の『切り札』たる黒き翼を、鷹矢は今ここに呼び出そうとしているのか。

 

それは己を舐めた男へと、自分を力を思い知らせてやるかのように。神にも等しいモンスターを、己の獲物と見定めるかのように…

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚!現れろ、ランク4!」

 

 

 

 

 

今ここに、現れる―

 

 

 

 

 

 

「【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

 

 

天に羽ばたく雄雄しき翼と、神をも切り裂く鋭き牙が天空闘技場に輝いて。

 

その佇まいはまさに王の風格。未だ未熟さを感じさせる鷹矢の場に現れても、その存在感は正真正銘歴戦の代物となりて天に咆哮を轟かせるのか。

 

刀利の場に鎮座せし、大地の神を前にしてもなお慄かぬ…世界に知られる王者【黒翼】の、文字通りその『名』となった天に吼えし黒翼牙竜。

 

いよいよ現れた【黒翼】に、世界中がアツく湧く。

 

 

 

「…懐かしい。おじさんのカードだ。」

「ダーク・リベリオンの効果発動!オーバーレイユニットを2つ使い…【スクラップ・ツイン・ドラゴン】の攻撃力を半分にし、その数値分ダーク・リベリオンの攻撃力をアップする!吸い尽くせ、紫電吸雷!」

 

 

 

【スクラップ・ツイン・ドラゴン】レベル9

ATK/3200→1600

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500→4100

 

 

 

そして…

 

牙竜の【黒翼】から放たれしは、神をも縛る紫電の雷鎖。

 

双頭の鉄竜を縛り上げ、その力を半減し…自分に楯突く愚かな竜に、身の程を知らしめようとでも言いたいのか。

 

猛々しく吼える黒き竜の咆哮が、天空闘技場から全世界へと映し出され…ソレを受けて、双頭の鉄竜は苦しげな鳴き声を漏らしたかと思うと力を奪われ地に伏してしまったではないか。

 

 

 

「まだだ!俺のプライドを賭け…全力で貴様を倒す!【アイアンコール】発動!墓地から【グリーン・ガジェット】を効果を無効にして特殊召喚!そしてロックアンカーの効果発動!ロックアンカーとグリーン・ガジェットの…元々のレベルを合成する!」

 

 

 

【無限起動ロックアンカー】レベル4→8

ATK/1800 DEF/ 500

 

【グリーン・ガジェット】レベル4→8

ATK/1400 DEF/ 600

 

 

 

しかし、まだ終わらない。

 

続いて叫ばれし鷹矢の宣言によって、2体の機械族がそのレベルを4から8へと上昇させていく。

 

…それはこの【決島】において確信を得た、鷹矢の『No.』の新たな戦術。

 

遊良との決戦の為に取っておくつもりではあったものの、この強敵相手では出し惜しみしている場合ではないと悟ったからこそ。

 

あくまでも全力で、どこまでも全開で。得体の知れない鍛冶上 刀利を、真っ向から降しにかかるのか。

 

 

 

 

 

「…今度はレベル8のモンスターが2体…」

「ゆくぞ!俺はレベル8となったロックアンカーとグリーン・ガジェットで…オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

2度、天空闘技場に響き渡るは、およそこの世界のモノではないエクシーズ召喚の為の口上。

 

 

―オーバーレイネットワークを、構築

 

 

果たして、その言葉が導き出すのは一体何か。

 

ランク4にのみ頼るのでは無い。無限とも思える変化を齎す、異界より出でし『No.』の変化を最大限に活かさんとして…

 

 

 

「来い、『No.38』!希望を齎す銀河の竜よ!遥か星雲の彼方から…光纏いて降臨せよ!」

 

 

 

叫ぶは心。己の心に浮かび上がった、変化せし数字を白紙に焼き付け。

 

呼び出すはイメージ。己の頭の中に映し出された、目の前の男をも超え得る力の化身を、白紙に戻った『No.』へと押し付けるかのように。

 

Exデッキに戻る度に『白紙』へと還る、異界より出でし『No.』の新たな姿を…

 

 

 

「エクシーズ召喚!来い、ランク8!」

 

 

 

 

 

―ここに、呼び出す

 

 

 

 

 

 

「【No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー】ランク8

ATK/3000 DEF/2500

 

 

 

煌く星々を追い抜いて、光速を超えこの場に降臨せしはその目に銀河を宿した宙の竜。

 

その左肩に、『No.』の証である数字、『38』を宿した…先程の『No.10』からまた姿を変えた、ランクをも変えた更なる真価。

 

この世界にも存在する、【銀河眼】のカードの竜にも似たその姿ではあるものの…この世界のモノとは、存在からして異質なる雰囲気を纏った存在であって。

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「…数字と一緒にランクも変わった…その『No.』のカードは危険だね。罠発動、【強制脱出装置】。『No.38』をExデッキに戻す。」

「何!?」

 

 

 

鷹矢の全身全霊を、いとも簡単に躱すように。

 

こんな情況すら先見していたかのような、刀利の発動した1枚の罠の宣言によって…鷹矢が折角呼び出したランク8の『No.』が、何の役割も果たせずに無慈悲にExデッキへと戻されてしまったではないか。

 

 

…何の手心も無い。少しの配慮も無い。

 

 

折角姿を変えて現れた『No.』の、見せ場も無くあまりに早すぎる退場に全世界の人間が落胆と刀利への憤りを見せ…

 

…いや、刀利に『手心が無い』とか『配慮が無い』と感じてしまった時点で、その思考が大いに間違っていると同時に感じてはいけなかったモノだと言うことに…果たして、自力で気付けた者は一体何人いるのか。

 

ソレはある意味、王者【黒翼】の孫を相手にしている、鍛冶上 刀利という『デュエリア校の一生徒』の異常性を今まさに思い知らせたにも等しいことなのだが…

 

 

 

「…くそっ、だが止まるわけにはいかん!バトル!ダーク・リベリオンで、【地霊神グランソイル】に攻撃!」

 

 

 

それでも鷹矢とて、怯むわけにはいかず。

 

そう、折角のランク8に変化させた『No.』を、何の抵抗もさせてもらえずに除去されても。ここで怯んで止まってしまうことは、敗北を認めた事と同義であるからこそ…

 

少しでも流れを手繰り寄せようとして、鷹矢は己の切り札へと即座に攻撃を命じるのか。

 

 

…好戦的なる牙竜の狙いは、ただただ大地の神一択。

 

 

そう、倒せば次のバトルフェイズを強制スキップさせる【霊神】を、その神をも貫く牙を持ってして…一撃の下に葬り去り、【黒翼】は己の好戦的な渇望を満たそうとしているのだろう。

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

「斬魔黒刃!ニルヴァー・ストライ…」

 

 

 

 

 

天空に羽ばたいた【黒翼】が、神をも貫くその牙を持ってして怒れる大地の神へと襲い掛かった…

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「…カウンター罠、【攻撃の無力化】発動。攻撃を無効に。」

「なっ!?」

 

 

 

大地の神に、反旗の牙が突き刺さったと思われたその瞬間。

 

割って入るかの様にして発動された罠カードによって、神にも楯突く【黒翼】の牙が異次元の渦に阻まれ…

 

その牙が大地の化身に届く事はなく、そのまま渦から発生した衝撃波によって【黒翼】が弾き返されてしまったではないか。

 

 

 

「…そしてバトルフェイズを終了するよ。」

「くそっ!これでも届かんのか!…2枚目の【貪欲な壷】を発動。ギアギガントX、ロックアンカー、グリーン、ゴールド、シルバー・ガジェットをデッキとExデッキに戻して2枚ドロー!…【ギアギガントX】を守備表示に変更し、カードを2枚伏せターンエンドだ。」

 

 

 

鷹矢 LP:4000

手札:5→2枚

場:【鳥銃士カステル】

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】

【ギアギガントX】

伏せ:3枚

 

 

 

…おかしい。

 

きっと、このデュエル中継を見ている見えない観客達も、薄々ではあるがそう思い始めてきたのではないか。

 

何せ、先程から鷹矢も刀利もお互いに展開してはいるものの…あの【黒翼】の孫相手に、押しているように見えるのはデュエリア校の鍛冶上 刀利の方なのだ。

 

…予選でも圧倒的強さを誇った天宮寺 鷹矢が、どこか手玉に取られているかのようなデュエルの進行。

 

その、鷹矢のデュエルを先の先まで予見しているかのような罠の仕掛け方と掻い潜り方は…とてもじゃないが、決して拮抗していると言えるような展開では絶対になく…

 

また、これ程までに悉く最低限の守りで攻撃を防がれ続けた鷹矢の脳裏には、一体どれほどまでの苛立ちが募ってきているのだろう。

 

…手玉に取られる事を、何よりも嫌う鷹矢だからこそのその怒り。

 

そんな、確かなイラつきを感じているであろう鷹矢へと向かって…

 

刀利は、静かにその口を開き始めた。

 

 

 

「…うん、強いね。流石は予選をトップで通過しただけのことはある。」

「貴様…どういうつもりだ!そんな見え透いた世辞などいらん!この情況を見てそんな台詞を吐くなど、俺を馬鹿にしているのか!」

「…別に…馬鹿になんてしてないよ。ただ、…君とデュエルするのが、少し楽しみだったから。哲君が話してくれた…哲君に勝ったっていう、君と。」

「哲…十文字(じゅうもんじ)の事か?…」

「十文字…うん、そうだね。あの哲君に、そこまで太鼓判を押された君なら…多分、全力でデュエルしても大丈夫かなって。」

「ふん、去年の【決闘祭】のデュエルのことなら、アレで十文字に勝ったなどと思ってはおらん。アレはまた別だ。…しかし引っかかる言い方をするな…何が『大丈夫』なのだ。」

「…僕とデュエルした子は…下手をすると、壊れちゃうから。」

「何?」

 

 

 

消え入りそうなほどにか細い刀利の声から、にわかには信じがたい言葉が鷹矢へと届けられ。

 

今…この男は何と言ったのか。

 

デュエルをすると、壊れる―確かに、そう言った。

 

それは一体どういう意味なのか。刀利の言った言葉の意味を、全く理解出来ない鷹矢の脳裏には、彼の事をよく知っている風だった『ギャンブラー』の先程の言葉が蘇りつつ…

 

 

 

―『…精々、壊されないように気をつけろって…そう言いたかっただけSA。…トーリは強いぜ?多分、デュエリアで一番…いや、もしかしたら世界で一番かも…な。』

 

 

 

「壊れ…『ギャンブラー』の男が言っていた事か?まるで意味がわからん…」

「…あぁ、でもあの子は違った。予選で戦った中で一番強かったウエスト校の子…あの子は僕の事をボンヤリとだけど『視る』事が出来てたし、それでいて壊れなかった。だからあの子に勝って本戦まで来た君も…壊れないと思う。…うん、きっと、君なら大丈夫。」

「ぬぅ…」

 

 

 

しかし…

 

何を言っているのか良く理解できないはずの刀利の言葉を、頭ではなく心が無意識に理解してしまうかのように。

 

先程までの、透明なまでの刀利の雰囲気が、段々と心に直接恐怖を与えるような圧倒的な重さを持つモノへと…そう、圧倒的強者の持つ、他の追随を許さぬモノへと変わり始め…

 

それに応じて、刀利の存在感が希薄なモノから、どこか歴戦の者達が持つ絢爛としたモノへと変化し始めたではないか。

 

…それは屈服する以外に行動が許されないかのような、高い位の者だけが持つ異次元の威光。

 

まるで王様から声を賜っているかのような錯覚が、徐々に鷹矢の脳裏へと刻まれていき…

 

 

そして―

 

 

 

「…それに、さっきリョウに勝った天城君。あの子も強い心を持っている。…きっと、想像を絶する体験をしてきて、それでも生き抜いてきたんだろうね。」

「ッ!貴様が!何も知らぬ貴様が!軽々しく遊良を語るな!」

「…うん、何も知らない。僕は天城君の事を何も…だから、僕は彼と決勝で戦いたい。デュエルを通して、彼の生きてきた道を聞いてみたい…だから…」

 

 

 

先程までの、勝つ気を感じなかった刀利から一転。

 

今、はっきりと『勝利』を欲する言葉を漏らした、今まで透明なまでに気配のなかった鍛冶上 刀利という男の…

 

 

 

 

 

 

 

纏うオーラが…

 

 

 

 

 

 

 

 

変わる―

 

 

 

 

 

 

「…このデュエルは、僕が勝つよ。」

「なっ!?」

「…僕のターン、ドロー。…【手札抹殺】を発動。お互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする。僕は3枚捨てて3枚ドロー。」

 

 

 

―!

 

 

 

刀利がカードをドローした刹那。

 

重力が倍になったのではないかと錯覚するほどの威圧感が鷹矢へと容赦なく襲い掛かる。

 

…それは潰されはしないものの、急に襲ってきたその寒気すら覚える威圧感は鍛冶上 刀利という男の雰囲気を根底から覆す代物となりて…

 

身構えていた鷹矢へと頭上へと、勢いよく落ちてくるのか。

 

 

 

「ぐっ!?に、2枚ドローだ!」

「…続いて【スクラップ・ツイン・ドラゴン】の効果発ど…」

「ッ…させん!永続罠、【デモンズ・チェーン】!【スクラップ・ツイン・ドラゴン】の効果を無効にする!」

「…うん。そう来るのはわかってた。次は【スクラップ・ドラゴン】の効果発動。【スクラップ・ツイン・ドラゴン】と…ダーク・リベリオンを破壊する。」

「それもさせん!墓地から罠カード、【スキル・プリズナー】を除外して効果発動!ダーク・リベリオンを対象にした、【スクラップ・ドラゴン】の効果は無効だ!」

 

 

 

しかし、豹変した刀利の波状のような戦意に飲み込まれまいとして。

 

一つ一つの刀利の行為を、両断せんとした場から墓地から次々と展開される鷹矢の2枚の罠カード。

 

…いくらこの男が纏うオーラを豹変させたからと言っても、いくらこの男が勝利を宣言したからと言っても。

 

それで『はいそうですか』と言って負けてやるほど、鷹矢のプライドは脆くない。

 

…このターンをキッチリ止めて、次のターンに必ずトドメを刺してやる。

 

それだけの準備を整えた自負が、天宮寺 鷹矢にはあるからこそ。刀利がどれだけ動いてこようと、その全てに鷹矢は照準を合わせていて…

 

 

 

 

 

それでも…

 

 

 

 

 

「…いいね、じゃあ次は永続魔法、【補給部隊】を発動してから速攻魔法、【スクラップ・スコール】を発動。【スクラップ・ツイン・ドラゴン】を選択し、デッキから【スクラップ・サーチャー】を墓地に送って1枚ドロー。その後、【スクラップ・ツイン・ドラゴン】を破壊。」

「くそっ、まだ止まらんのか!」

「…【補給部隊】の効果で1枚ドローして、【スクラップ・ファクトリー】の効果でデッキから【スクラップ・ゴーレム】を特殊召喚するよ。」

 

 

 

【スクラップ・ゴーレム】レベル5

ATK/2300→2500 DEF/1400→1600

 

 

 

「くっ、またソイツが…」

「ゴーレムの効果発動。墓地から【スクラップ・サーチャー】を君のフィールドに…」

「やらせるかぁ!罠カード、【蟲惑の落とし穴】発動!【スクラップ・ゴーレム】の効果を無効にして破壊する!」

 

 

 

何度でも、何度でも。

 

刀利の激しい展開に負けじと、鷹矢の妨害が火花を散らす。

 

…なんて激しい効果の応酬。

 

よもやプロではない学生の祭典で、ここまでレベルの高い戦いを観る事が出来るなんて世界中の観客達にとっても幸運とも言えるだろう。

 

どちらも一歩も引かぬこの応酬は、この戦いを観ている現役のプロデュエリスト達にとっても冷や汗を感じさせる戦いとなりて…

 

いずれ来るであろう新人に対し、現役の若きプロデュエリスト達の肝を、これ以上ないくらいに冷やし続けているのか。

 

しかし、普通であれば…いや、それなりの力をもった猛者であっても、鷹矢にここまで悉く行動を妨害されては少しはその手を止めてしまってもいいはず。

 

そうだと言うのに、【黒翼】の孫の抵抗を受けてもなお止まる気配を見せぬ鍛冶上 刀利の異常性は、更にその凄みを増していくだけであり…

 

 

 

「…これで止める物は何もなくなったね。魔法カード、【ポンコツの意地】を発動。墓地の【スクラップ・ゴーレム】、【スクラップ・サーチャー】、【スクラップ・コング】を選択し…相手が選んだモンスターを、僕か君の場に特殊召喚する。」

「ッ!?」

 

 

 

鍛冶上 刀利は止まらない。

 

どれだけ鷹矢が邪魔をしようと、どれだけ鷹矢が行く手を阻もうと。

 

それでも刀利の展開は終わらず、ただただ淡々と勝利へと向かってカードを発動し続ける、デュエリア校の鍛冶上 刀利。

 

 

…一体、彼にはどれだけ鷹矢の先が視えているのだろうか。

 

 

それはまるで、鷹矢の行動を先読みしていると言うよりは、鷹矢の行動を誘導しているかのような鍔迫り合い。

 

蘇生効果を持った【スクラップ・ゴーレム】を選べば言わずもがな、【スクラップ・サーチャー】を選んだところで自分フィールドに出されれば…【黒翼】を含めた全てのモンスターが破壊されてしまうことは、鷹矢だって説明されずとも理解している事。

 

ソレ故、鷹矢にとっては最初から選択肢は一つしか与えられておらず…

 

 

 

「俺は…【スクラップ・コング】を選択する。」

「…ゴーレムとサーチャーを除外して、選ばれた【スクラップ・コング】を僕の場に特殊召喚。そして僕はまだ通常召喚を行っていない。【スクラップ・キマイラ】を通常召喚。その効果で墓地からチューナーモンスター、【スクラップ・ワーム】を特殊召喚するよ。…レベル4のキマイラとコングに…レベル2のワームをチューニング!」

 

 

 

天に昇るは鉄屑の、剛猿と歪な合成獣。

 

ソレを追う様にして、その身を2つの光輪へと変えた屑鉄の蟲蛇が天への道を導く時…

 

歴戦を感じさせる鉄屑の幻獣達は、一体この地に何を齎そうとしているのか。

 

 

 

 

 

「…打ち造られし玉鋼、その咆哮で天地を断ち切り…滅んだ世界で叫び狂え!…シンクロ召喚!」

 

 

 

 

 

世界へと叫ばれしその口上は、どこか刀利の心の深奥がそのまま顕現したかのよう。

 

そのまま刀利は、僅かに悲痛な顔を浮かべるように…

 

 

 

 

 

 

「…飛び立て、レベル10!【アトミック・スクラップ・ドラゴン】!」

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

【アトミック・スクラップ・ドラゴン】レベル10

ATK/3200→3400 DEF/2400→2600

 

 

 

現れしは巨大なる遺物。

 

原子の力をその身に宿した、三頭蠢く先史の虚竜。

 

…核熱を血に、核光を意思に。

 

暴走寸前の叫びを上げし、命を奪う光を放つ…先史の時代に打ち造られた、世界を滅ぼす鋼の一刀。

 

 

 

「今度は三つ首…」

「…【アトミック・スクラップ・ドラゴン】の効果発動。【補給部隊】を破壊して…君の墓地の【ゴールド・ガジェット】と【無限起動ロックアンカー】…そして、【超電磁タートル】をデッキに戻す!」

「ぬぅ!」

「…奪え、【アトミック・スクラップ・ドラゴン】!」

 

 

 

そして…

 

原子力の鉄竜が、暴れし三頭から咆哮を轟かせたその刹那―

 

墓地より呼び出せば後続によって防壁を作れる、【ゴールド・ガジェット】と【無限起動ロックアンカー】だけでは飽き足らず…

 

―なんと鷹矢が『No.10』の効果で墓地に用意していた、最後の守りの手である【超電磁タートル】までもが

 

何の役割も果たす事が出来ずに、無慈悲にもデッキに戻っていってしまったではないか。

 

 

 

…まさか、ここまでの力を隠していたのか。

 

 

 

その、鷹矢の全ての抵抗を奪い去らんとしている刀利のその佇まいは、先のターンまでの彼とは全くの別物。

 

予選の対戦数の少なさの異常性が、今になって際立ってくるほどに…

 

今の刀利の持つ雰囲気は、とてもじゃないが常人などでは決して受けきれないほどに重々しい代物であり、先程までの彼は一体何だったのかと疑いたくなるような、ソレはあまりに無慈悲で理不尽な強さ。

 

 

 

 

そうして―

 

 

 

 

 

 

「…【貪欲な壷】を発動。スクラップ・コング、キマイラ、ワーム、シャーク、ツイン・ドラゴンを戻して2枚ドロー。…これで最後だ。【地砕き】発動。ダーク・リベリオンを破壊する。」

「ッ!?」

 

 

 

【スキル・プリズナー】によって守られた【黒翼】を、無感情に飲み込むかのように。

 

攻撃力において刀利のモンスターの全てを超えていた、鷹矢にとっての最後の砦を…

 

そう、世界に轟く【王者】の名、鷹矢が祖父より受け継いだその『切り札』までもが、無慈悲にも簡単に破壊されていく。

 

 

 

…そろそろ、このデュエルを見ている世界中の観客達も気付き始めた。

 

 

 

…鷹矢の全力をいとも簡単に受け止め、鷹矢の全力をいとも簡単に乗り越え。

 

力の差を思い知らせるかのようなこのデュエルの展開は、まさしく刀利と鷹矢の実力にそのまま大きな開きがあると言う事であり…

 

そう、あの天宮寺 鷹矢が。

 

王者【黒翼】の孫、天宮寺 鷹矢が。

 

昨年度【決闘祭】準優勝者、天宮寺 鷹矢が。

 

夏にプロの大会を荒しまわった、天宮寺 鷹矢が。

 

昨日の【決島】予選第1位通過の、天宮寺 鷹矢が。

 

 

 

 

まさか…

 

まさかこんな無名の選手に、全く歯がたたないなんて―

 

 

 

 

 

「クハハ、どうだぁ砺波ぃ。アイツはウチでも特別な奴でよぉ。」

「鍛冶上 刀利…あの子、学生の身で『極』の頂に…」

 

 

 

 

 

この戦いを天空の塔の下階の一室で見守っていたイースト校理事長、【白鯨】である砺波 浜臣もまた、このデュエルを見ていてとうとうソレに気がついたのか。

 

 

…鷹矢の仕掛けた罠を見極め。ソレを確実に超える手を揃え。

 

 

鷹矢の抵抗の一つ一つを確実に潰しながら、それでもなお勝利するまで止まらぬその圧倒的な腕前は、学生の枠には到底収まらぬ洗練された天上の実力。

 

そう、学生の身でありながら『先』の地平にまで到達した天宮寺 鷹矢の全てを見極め…

 

そして猪突猛進ながらも確かな力を持って向かってくる天宮寺 鷹矢を、こうまでして簡単に、そして難なくあしらう事など【王者】やそれに次ぐ『異名』を持った天上の者達の実力がないと根本からして不可能なこと。

 

今やプロのトップランカー達を相手にしても渡り合えるであろう実力を持った天宮寺 鷹矢を前に、ここまで力の差を見せつけてくるというのは…よほどの『実力差』と『先見』が無ければ、そもそも不可能だというのに。

 

 

 

「鍛冶上 刀利…ハッ、面白い奴さね。」

 

 

 

呟かれるように零れた『烈火』の言葉は、1人の学生を見ているような台詞ではない。

 

それは新たに『極』の頂きに現れた、自分のライバルを見ているかのような視線であり…

 

…歴戦に名を残せし女傑、『烈火』と呼ばれた獅子原 トウコがこのデュエルを見れば、鍛冶上 刀利の実力がプロのトップランカー達と比べても頭一つ抜きん出ているどころか、ソレより更に高い場所に立っているであろう事は最早明確なこと。

 

そう、プロのトップランカー達が身を置く『先』の地平…

 

その段階に至った天宮寺 鷹矢と、よもやこれ程までに開いた実力差を持った鍛冶上 刀利の力は、学生どころかプロどころか、そういった強者・猛者達とは比べることすらおこがましい高みに至っているのだから。

 

 

…歴戦に名を残す者のみが到達できる、最強と呼ばれることもある決闘者の棲む『極』の頂。

 

 

到達すれば、決闘界の歴史に未来永劫にその名が残ると約束された…この世のデュエリスト達の頂点であり、【王者】になれる可能性だってある、世界最高峰のデュエリストの証。

 

 

そこに、まさかこんなにも若くして到達した者が学生に現れるだなんて。

 

 

 

「琥珀の馬鹿以外に、学生で『極』まで到達できる奴なんて居たんだねぇ。鍛冶上ってガキも中々ぶっ壊れてんじゃないか。」

 

 

 

学生の年代で『極』の頂に到達できた者など、この長い長い決闘界の歴史を見てもたった1人だけ。

 

そう、世界に名立たる現シンクロ王者【白竜】…新堂 琥珀の存在しか、学生の年代で『極』の頂に到達した者は、世界中探しても他には誰一人として確認されてはおらず。

 

だからこそ…こんなにも若い年代で『極』の頂に到達するには、現シンクロ王者【白竜】新堂 琥珀のような、世界のバグのようなイレギュラーが必要だということ。

 

…彼もまた、想像を絶する過去を持つのか。それとも彼もまた、世界にとってのバグなのか。

 

新堂 琥珀を良く知るサウス校理事長、『烈火』と呼ばれた獅子原 トウコには、鍛冶上 刀利のソレが容易に想像でき…

 

 

 

「ッ!何だ…何なのだ貴様のその力は!」

 

 

 

だからこそ、自分とさほど歳の変わらないこの鍛冶上 刀利の実力の凄まじさが、容赦なく鷹矢の目に映し出される。

 

―壊される…

 

あの何があっても折れない鷹矢が、無意識にそう思ってしまうほど。刀利から発せられる圧倒的強者の重すぎるオーラは、未だ『先』の地平にいる鷹矢も到底支えきれないほどに、容赦なく鷹矢の心を潰しにきており…

 

 

―圧倒的強者とは、他人を導く事もあれば…他人を、いとも簡単に壊してしまう場合もある。

 

 

刀利は、後者。

 

ソレは、彼がまだ若いからこそ制御できていないのか、それともまた別の要因なのか…

 

そのデュエルは、『極』の頂にあっても後進を教え導く立場にある【白鯨】や『逆鱗』、『烈火』とは…そして立場の違いから遊良に対しても手心があった【白竜】と比べても、根本からして戦い方が違う。

 

…容赦がない。手心などない。配慮などない。本気で相手を潰しにきている。本気で相手が壊れる可能性がある。

 

それを、形容ではなく実際にやってしまう可能性があるからこそ。普段ならば絶対に他人に畏怖など意地でも感じない鷹矢も、その覆せない絶対的な恐怖心を植えつけられそうになっているのか。

 

 

果たして…

 

 

刀利が予選でも極力戦っても潰れないであろう強者を選んで、潰れないよう願いながら戦っていたことを…知っている者は居るのだろうか。

 

刀利が想像を絶する過去を生き抜き、嫌々この段階に早々に昇ってしまった事を…知っている者は居るのだろうか。

 

刀利がどれだけデュエリア校で『デュエルをしないデュエリスト』だとか、ソレが祟って『雑魚上』などと呼ばれても抵抗を見せず…ソレが果てしない強者からの温情だということを、【決島】に参加していないデュエリア校の生徒達の中に、理解している者は居るのだろうか。

 

 

 

 

 

いや、居ない。

 

 

 

 

 

 

彼が別の物語では、この世界にいる6人の王の1人…

 

 

 

世界を壊す、【地の破王】と呼ばれている事を…

 

 

 

 

刀利の最も親しい友以外に、この世界では…

 

 

 

 

 

―誰も、知らないこと

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

「鷹矢ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

こんな予想外の決着の仕方が、こんなあっけない相棒の敗北が。

 

どうしても許せなかったのか、控え室に戻っていなかった遊良の叫びが、暗い通路からただただ無情に天に消え…

 

 

 

 

 

「…僕の攻撃力の総合は9000。君の残った伏せカードじゃ…もう止められないね。」

「ぐっ…まさか…こんな…」

「…これで終わりだ。バトル。【アトミック・スクラップ・ドラゴン】で、【鳥銃士カステル】に攻撃!」

 

 

 

原子の力をその身に宿した、核熱の虚竜が天に舞う。

 

…刀利の力の根源たるモノ。刀利の王たる姿を守るモノ。

 

かつて世界を、文字通り『壊しかけた』その古の遺物の竜は、果たして果敢にも抵抗を見せた【王者】の孫に対して慈悲は見せてくれるのか。

 

 

否…

 

 

慈悲などあるわけもない。これはデュエル…いや、『決闘』。

 

お互いに戦ると決めた男同士の争いに、慈悲など挟まる隙はなく。

 

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

 

「ぐ…ぐぐっ……俺が……こんな、ところで…」

 

 

 

許容できない悔しさから、血が滴るまで唇を噛み締めた鷹矢の姿など意に介さず。

 

 

 

三つ首に収束せし崩壊の荷電粒子が、鷹矢のエクシーズモンスターを貫かんと…

 

 

 

今―

 

 

 

 

 

 

 

 

光り、輝く―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アルティメット…デストロイ・ブラスター!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「認めるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!【ワンダー・エクシーズ】発動!」

 

 

 

―!

 

 

 

刀利の崩壊の三つ首竜の放った、終わりを告げる核雷から。

 

まるで自分のモンスターを守るかのように、鷹矢の喚きが反響して。

 

その鷹矢の宣言によって発動されたのは、刀利も、そしてソレを伏せた鷹矢も無駄だとわかっていたはずの、全く無意味なる1枚の罠カード。

 

 

 

―それは決して、こんな情況を見越して伏せられたカードではない。

 

 

 

…ただ手札で余っていたから、とりあえず伏せていただけの罠。

 

…もしかしたら追撃になるかもしれぬ、もしかしたらブラフになるかもしれぬと、一応前もって伏せてあった使い所など無かったはずの罠。

 

 

だからこそ、刀利とてこのカードの事は全く気になど留めていなかった。

 

 

何せ鷹矢自身が、この伏せカードはこの情況では使い所が無いと感じていたのだから…

 

ソレを見抜いていた刀利自身も、このカードの事など気に留める必要などなかったのだ。

 

 

それ故、それは確信を持って発動された罠ではなく―

 

 

ただ何も出来ずに負けることを、何よりも嫌う鷹矢が喚き散らす子どものように叫び…

 

無駄と分かっていながらも、無理だとわかっていながらも。

 

それでも何か行動しなければ心が潰れてしまうのだと言わんばかりに発動を宣言した、ただの条件を満たしていないはずの1枚の罠であって。

 

 

 

 

 

「…ッ!?な、何を…」

「こんな所で終わるわけにはいかんのだ!遊良が待っている場所に…俺が行かないわけには絶対にぃ!俺は『ランク4』のカステルとギアギガントXで、オーバーレイィ!」

 

 

 

馬鹿げた鷹矢の宣言が、世界中へと響き渡る。

 

…それは決してありえない事象。それは絶対に出来ないはずの事象。

 

一縷の望みに託すのではなく、無理な事を無理矢理にでも押し通すかのような鷹矢の…ソレは子どもの我が侭のような、癇癪にも似た喚きの叫び。

 

 

けれど―

 

 

 

けれども―

 

 

 

まさか―

 

 

 

その、鷹矢のありえない宣言によって―

 

 

 

2体の『エクシーズモンスター』が宙を舞う。

 

 

 

 

 

「…エクシーズモンスター2体でエクシーズ召喚!?そんな事出来るわけが!」

「うるさい!無茶は承知、無理なのは分かっている…だが俺は!これが無駄なことだとしても!負けるのだけは絶対に嫌なのだぁぁぁぁあ!俺はランク4のモンスター2体で、オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

…縋るように、ではない。

 

…賭けるように、でもない。

 

何かをしなければならないという、己への強迫観念にも似た焦りと憤りから、ただただ行動を起こした鷹矢の起こした奇跡と言うにもおこがましいただの我儘。

 

それはエクシーズ召喚を、カードの効果で誘発するという罠カード。

 

だが同じレベルのモンスターが居ないという、エクシーズ召喚を行う為の罠の発動条件を満たしていないのだから、銀河のエフェクトどころかカードは発動すらしないはずだというのに。

 

 

 

「ぐっ!?うぐっ…が…体が…千切れそうだ…」

 

 

 

出来ない無駄を、ありえない無茶を。

 

決して発動しないはずの罠を、無理矢理に発動させたが故の反動か。

 

身体が、文字通り真っ二つに引き裂かれそうなほどの痛み。

 

そんな痛みが鷹矢の身体の内で、まるでこの世界自体が『ソレ』を拒んでいるかのような衝動となりて暴れ周り…

 

 

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉお!異界救いし希望の勇者よ!交わらぬ世界の扉をこじ開け…」

 

 

 

先に行って自分を待っている遊良の居る場所に、自分がいかないわけには絶対にいかない。

 

鷹矢にあるのは、ただそれだけ。

 

しかしそんな一つの思いで、無茶をぶん殴り無理を蹴飛ばし、無駄を投げ飛ばして鷹矢は叫ぶのか。

 

そして頭の中に浮かび上がった、光り輝く勇者の姿と。意図せず漏れ出す無意識の言葉が、鷹矢の意識と共鳴し…

 

ソレは果たして何なのか。そのイメージはどこから来るのだろう。

 

そんなモノ、考える暇も無ければ考えるつもりも無い鷹矢の頭の中に。

 

『何か』とてつもなく大きく強大で巨大な顔を持った『門』のイメージが浮かび上がった…

 

 

 

 

 

その瞬間―

 

 

 

 

 

 

「自由の翼で天を舞えぇ!エクシーズしょうかぁぁぁぁぁぁあん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランク0!未来皇ホープ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…それは、誰も見たことが無い光景だった。

 

天空を踊るように駆け抜けるは、赫炎の如き紅の勇者。

 

その姿はまるで、本当に『世界を救った勇者』とも思える程に…

 

煌びやかなるも絶対なる赤き存在感を纏いて、天空に神々しく光り輝いていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

【FNo.0 未来皇ホープ】ランク0

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

 

 

 

 

 

―『ランク0』

 

 

 

そんなモノは絶対にありえないコト。

 

 

 

だってそうだろう。同じ『レべル』を持つモンスター達によって生み出される『ランク』は、『レベル』と『レベル』を混ぜ合わせる事によって生まれるモノなのだ。

 

…『レベル』は決して『0』にはならない。

 

…『ランク』とはすなわち『レベル』ではない。

 

 

 

そんな事、この世界に生きる者にとっては赤ん坊の頃から知っていること。

 

 

 

…だからこそ、誰もがこの光景を信じられない。

 

 

 

 

まさか…まさかまさかまさか―

 

 

 

レベルを持たないエクシーズモンスターを重ね合わせた、『ランク0』のモンスターがこの世に姿を現しただなんて。

 

 

 

「ッ…なんだいあのエクシーズモンスターは!おい木蓮、あんなモンスター、アンタ知って…」

「ランク0!?レ、レベルを持たないエクシーズモンスター同士で!ランクが0のモンスターなんて作れたのか!?そんなモノ考えもしなかった!」

 

 

 

理事長達のいる特別観覧席―

 

歴戦の決闘者達ですら、その存在に対して声を荒げずにはいられないのか。

 

それは元カードデザイナーであったウエスト校理事長である李 木蓮の、巨木の如き知識を持ってしても常識と知識と閃きの範疇を超えているモノ。

 

…当たり前だ。

 

この世界に生きる、常識を持った人間ならば、『ランク』が『レベル』ではない事など、生まれた時から知っている事。

 

そして『ランク』を持つエクシーズモンスターが、『レベル』と『レベル』を重ね合わせたことにより超越して現れる事も、赤ん坊だって理解している事なのだ。

 

だからこそ、長年カードデザイナーとしてこの世に数多のカードを生み出してきた李 木蓮を持ってしても…あの『No.0』の事は、理解出来ない。

 

 

 

「ランク0なんて作れたのか!?くそっ、何で俺が先に思いつかなかったんだ!くそっ!あんなガキに先を越されるなんて!何で俺がもっと早く思いつかなかったんだクソが!」

「ッ…木蓮の奴、久々に我を忘れて素が出てるさね…おいジジイ!アレは一体………ッ!?」

 

 

 

また、『烈火』が視線を横にやった…

 

 

 

そこには―

 

 

 

「な…なな…なななななんじゃアレは…」

 

 

 

およそ今世紀の間には誰も見たことが無いであろう、あんぐりと口を開け驚愕のため大きく口を開けていた…

 

心の底から驚愕を顕にしている『妖怪』、綿貫 景虎の姿があった。

 

 

 

「ジジイのこんな間抜けな顔初めて見たさね…ッ、それほど『ありえない』事象ってわけかい…鷹峰の孫…奴は一体…」

 

 

 

この世界における生き字引、悠久を生きる『妖怪』の、心の底から驚愕している顔なんて今の時代に生きる人間は絶対に見たことなどないだろう。

 

それほどのことが、たった今起こった。それだけのことを、あの子どもはやらかした。

 

…王者【黒翼】の孫とは言え、こんな事が出来るなんて誰だって信じられない。

 

そう、これは歴史が変わる大事件。

 

これまでの学術、学説、研究が、根底から覆る大惨事。

 

学生達の教科書が、この世にある全ての論文が、歴史に刻まれたエクシーズ召喚の定義が。

 

一から書き直しになる現実が、今こうして全世界の人間達の目の前で巻き起こったのだ。

 

きっと今この瞬間にも、デュエル学者達が悲鳴を上げていることだろう。何せ数世紀にも亘るデュエルの研究が、全てひっくり返るほどの事象がたった今全世界の目の前で起こったのだから。

 

…けれども、デュエルディスクの判定は絶対で、デュエルディスクが『ランク0』のあのカードを正規のモノだと認めている限り…

 

ソレは紛れもなく、この世界に現実のモノとして存在していると言うこと。

 

故に、世界中の誰もがその現実を信じられないのに信じるしかないという、理解できない大いなる矛盾に襲われていて…全世界の人間がこのありえない現実に、ただただ驚愕を顕にしていて…

 

 

 

 

 

「…ランク…ゼロ…?…そんな事が…き、君は…何を…」

 

 

 

だからこそ、まさに勝利寸前だった鍛冶上 刀利も、己の眼で見た間違えようのない現実をただただ疑うことしか出来ないのか。

 

絶対にありえない、『ランク0』という概念を持ったエクシーズモンスター。

 

その、絶対に『ありえない』事象が、確実に現界しているその姿に…このデュエルが始まって初めて、心からの驚きの表情を浮かべており…

 

 

 

「…わからない…あの『No.』のテキストが…読めない…」

 

 

 

そして…

 

鷹矢の召喚した『No.0』のカードのテキストを、デュエルディスクで確認しようとした刀利が…その表情に、困惑の色を見せ始めたではないか。

 

…しかし、それもそのはず。

 

そう、ランク0の『No.』…未来皇に刻まれたそのテキストは、これまで鷹矢が召喚した『No.』とは異なる…否、この世界の言語とは、根本的な部分から異なる…

 

丸みと棘を帯びたような、全く見た事もない文字でテキストが構成されていたのだ。

 

ソレ故…

 

 

 

「…ランクと効果が変わるだけじゃなくて、こんなカードまで生み出すなんて…ッ、Exデッキからモンスターが特殊召喚されたことで、僕は墓地から【巨神封じの矢】をセットする…カ、カードを1枚伏せて…ターン…エンド…」

 

 

 

刀利 LP:4000

手札:4→0

場:【スクラップ・ドラゴン】

【地霊神グランソイル】

【アトミック・スクラップ・ドラゴン】

伏せ:2枚

フィールド:【スクラップ・ファクトリー】

 

 

存在しないはずの『ランク0』。効果も読めず、攻撃力も守備力も0。

 

…そんな得体の知れぬモンスターに、下手に攻撃を仕掛けるわけには絶対にいかない。

 

絶対に何かある―

 

刀利の持つ嗅覚がソレを感じたのか、それとも元々の用心深い性格のブレーキか。

 

そんなコトは刀利自身にもわからぬことではあるものの、少なくともこの瞬間に攻勢に転じることがどれほど危険なのかを感じ取った様子を見せた刀利は…

 

今、焦りを浮かべながらそのターンを終え…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…だ、だめだ…長くは持たん…お、俺のターン…ドロォーッ!」

 

 

 

そしてターンが移り変わった直後。あまりに苦しそうな声を漏らしながら、震える手でどうにかカードをドローした鷹矢。

 

それはまるで、心臓を直接手で握りつぶされているかのような苦しみ方。

 

脂汗を浮かべ、呼吸を荒くし…いつも崩れぬ鉄仮面がどこか苦しげに見えることから、ソレは相等たる苦しみなのではないか。

 

更に、『ランク0のNo.』もまた、今にも消えてしまいそうなほどにその存在感が希薄であり…それは、今消えてしまったらもう二度とこのランク0の勇者を呼び出す事などできないのではと思える程に…

 

…いや、実際に『そう』なのだろう。

 

何せこの『ランク0のNo.』は、本来ならば『この世界』には姿を現す事など絶対に出来ないはずの存在。

 

それが鷹矢の叫びと、鷹矢の持つ『No.』との何らかの共鳴によって、一時的に、断片的に…そう、文字通り、奇跡的に一瞬だけ姿を現したに過ぎない奇跡の存在。

 

 

…だからこそ、このターンが自分に与えられた最後のチャンス。

 

 

ソレを過ぎれば、いくらデュエルが途中であっても『No.0』は姿を消してしまうだろう。いや、下手をすればターンが終わる前にも鷹矢の命は千切り飛んでしまうのではないか。

 

…一瞬だけとは言え、『世界』に『穴』を開けるというのはそういうこと。

 

それを言われるまでもなく感覚で理解している鷹矢も、コレを保つ事によって発生する自分の命の限界をなんとなく感じ取っており…

 

 

 

「…ッ!このカードは…」

 

 

 

だからこそ、鷹矢はたった今ドローしたカードを一瞥した後…

 

瞬間的に、『何か』の覚悟とイメージを固めたのか。千切れ飛びそうな身体に更に鞭打って、どこか意を決したかのように…

 

 

 

「…鍛冶上 刀利…お、覚えたぞ…しかとこの頭に!ッ、き、貴様は強い…今の俺より圧倒的に!だが…」

 

 

 

絞り出される鷹矢の声は、心臓を直接握りつぶされているかのような『No.0』からの痛みを我慢すると同時に…

 

刀利と開きすぎている己の力の無さを悔やんでいるかのような言葉となって、その口から零れるように漏らされる。

 

果たして…

 

唯我独尊を地で行く鷹矢が、他人よりも自分が劣っていると認めることがどれだけ彼に苦痛を与えるのだろう。

 

これまでも出会ってきた【白鯨】や【化物】達とはまた違う。同じような年代、同じような年齢の、あまりに歳が近い者との実力差が…あまりに遠すぎることなど。

 

けれど…

 

 

 

「遊良が待っているのだ…次のターンが無いのならば…俺は必ず、このターンで絶対に貴様を倒す!魔法カード、【ナイト・ショット】発動!【巨神封じの矢】を、使わせずに破壊!」

 

 

 

そんな自分への苦行など、今の鷹矢にとっては些細な事なのか。

 

…鷹矢の放ったソレは、勝利宣言などでは断じてない。

 

今にも消えそうな『No.0』。削られていく自分の命。

 

このターンで決着を着けられなければ、間違いなく自分は負けるだろう。

 

いや、このターンを超えて『ランク0』をこの世界に維持しようとすれば、間違いなくターンエンドとともに自分の命は尽きてしまう。

 

ソレ故…

 

自分に残されたターンが、命が。このターンで限界なのだという事を、苦しげながらも理解している鷹矢は…

 

 

―今、覚悟を決めて。

 

 

死角からの弾丸を、一発放ったかと思うと…

 

デュエルディスクのExデッキを開くと、その中から1枚の『白紙』のカードを取り出し始めた。

 

 

 

「…ッ、それは君の『No.』!?…なんで…じゃあここにいる『No.0』は…」

「コイツは…この『No.0』は俺の『No.』ではない。どこかから一時的に俺の場に現れただけの、デッキ外のカードだ…」

「…『No.』のカードが2枚…でも、それで一体何を…」

「鍛冶上 刀利…貴様は強い…俺がこれまで戦ってきた誰よりも…今の…俺よりも…」

「…」

「ッ…だが!それがどうしたというのだ!他人に至れる境地ならば、この俺が至れぬわけがない!今ここで、一瞬でもいい!一瞬でも貴様の喉元に牙が届く可能性があるのならば…この『ランク0』が俺の力でなくても…俺は何を利用してでも、絶対に貴様を倒さなければならんのだ!だから…」

 

 

 

悲痛を纏いし鷹矢の叫び。それは学生の身分でありながらも、『極』の頂に存在している刀利への羨望。

 

果たしてソレは『No.0』を維持しているだけの痛みではないはず。

 

…自分よりも遥か高みに居るこの男に。普通であれば手も脚もでないであろうこの相手に。

 

絶対に勝ちたいと願うのならば…否、願うのではない。絶対に勝ちたいと強く思うのならば、たとえプライドを投げ打ってでも、ソレが自分の力でなくとも…使えるモノは全て使ってでも、勝利をもぎ取らなければならない。

 

…何でもいい、どうなってもいい。

 

…『約束』の舞台で、遊良が先に待っている。

 

そこに、自分が行かないわけにはいかないのだ…と。そう、強く心に決意して。

 

そして―

 

 

 

 

 

「…だから俺の…俺達の未来の…邪魔をするなぁぁぁぁあ!俺は『ランク0』の未来皇1体で、オーバーレェェイッ!」

「…ッ!?」

 

 

 

今、再び高らかに、鷹矢の叫びが空を裂く。

 

…ソレはあまりに予想外な宣言。

 

ただでさえ『ランク0』のエクシーズモンスターが現れたというだけでも理解が追いついていない者達の理解を、更に混乱させるような宣言が今再び世界中へと放たれて。

 

 

 

「…こ、今度は何を!?」

「こうするのだ!俺は未来皇1体で、オーバーレイネットワークを再構築!」

 

 

 

―オーバーレイネットワークを、再構築

 

およそこの世界では、決して叫ばれることのないその宣言。

 

今ココに、『No.0』がいるというのに…鷹矢の手に握られているソレは、紛れもなく彼がこれまで使用していた『No』のカードの原型、白紙。

 

世界中で鷹矢しか持っていないはずの、世界で1枚しかないはずの『No.』のカード。

 

ソレが2枚あるというのは、果たしてこの世界に何が起こっているというのか。

 

 

 

「来い、『FNo.0』!縦横無尽に世界をかっ飛ぶ、世界を救いし希望の勇者よ!今ここに…天地開闢の光となれぇ!」

 

 

 

…変幻自在に姿を変える、謎のエクシーズモンスター『No.』。

 

…絶対にありえない『ランク0』という、突如この世に現れた謎の『No.0』。

 

この世界と、別の世界の、その2枚の『No.』。

 

ソレが鷹矢の宣言によって共鳴、共光し…

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「エクシーズチェェェェンジ!現れろ、ランク0!」

 

 

 

 

 

ここに、重なるー

 

 

 

 

 

 

 

 

「【FNo.0 未来龍皇ホープ】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

【FNo.0 未来龍皇ホープ】ランク0

ATK/3000 DEF/2000

 

 

 

現れしは龍を纏いし、希望の化身たる輝きの勇者。

 

…それは世界を幾度となく救ってきたかのような、歴戦を戦い抜いた王者の風格。

 

決して現れるはずのなかった奇跡の存在。ソレが必死の叫びと微かな希望、そして命をも削った鷹矢の意思によって…

 

この世界に呼び出された、ほんの小さな奇跡の欠片そのモノのよう。

 

 

 

「…未来皇が…姿を変えた…」

「そして…これが勝利への鍵だ!速攻魔法【フューチャー・ドライブ】発動!」

「…ッ!?また知らないカード…駄目だ、ソレも読めない…」

「うむ!これも『No.0』と共にこの世界に現界した、今この時だけの力!…だがそれでも良い!これが俺の力でなくとも、俺は俺の持てる全てを賭け…遊良との約束の為に、貴様に勝ってみせる!バトルだ!未来龍皇で、【スクラップ・ドラゴン】に攻撃!」

 

 

 

 

そして間髪いれず。

 

鷹矢が再度読めない謎のカードを発動したかと思うと、龍を纏いし希望の勇者が先史の屑鉄の虚竜へと翔る。

 

…それはあまりに迷いなき、純粋なまでの美しき飛翔。

 

全てが謎のモンスターと、全てが謎の魔法カード。そんなモノと対峙するのは、誰だって恐怖を覚えるだろう。

 

しかし、共に攻撃力3000。このままでは、鷹矢とて勝利をもぎ取るところでは…

 

 

 

 

 

「…相打ち狙い!?」

「相打ちなどせん!未来龍皇は戦闘では破壊されず…そして【フューチャー・ドライブ】の効果は、戦闘で破壊した相手モンスターの…元々の攻撃力分のダメージを、相手に与える!」

「…ッ!?…だったら罠カード、【聖なるバリア―ミラーフォース―】発動!攻撃して来た、未来龍王を破壊するよ!」

「無駄だ!未来龍王は効果でも破壊されん!」

「…なっ!?」

 

 

 

しかし、刀利の浮かべたその焦りの、その全てを超えるかのように。

 

敵の全てを打ち砕く聖なるバリアを、銀に煌めく双剣の剣閃によって未来皇は切り裂くのか。

 

そのまま、鷹矢は高らかに…

 

 

 

 

 

「ゆけ、未来皇!天地両断!フューチャー・ブレイドォ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

刀利 LP:4000→1200

 

 

 

 

そしてー

 

この時ーこの時初めて、鍛治上 刀利が傷ついた。

 

それはこのデュエル始まっての初めてのダメージ。

 

ここまでの攻防で、まさかこのデュエルで最初にダメージを与えたのが勝利目前だった刀利ではなく…

 

敗北寸前まで追い込まれたはずの、天宮寺 鷹矢だなんて。

 

 

攻撃力は同じでも、一方的に切り刻まれ破壊された鉄屑の龍の、その纏っていた電流の余波が刀利を襲う。

 

 

…それは何もかもが不明という、何もわからない効果故の奇襲の猛襲。

 

いくら『極』の頂にある刀利の力を持ってしても、ソレが鷹矢の力ではないからこそ。

 

ソレが読めぬテキスト、読めない文字で描かれた、全くもって何もわからないカードだからこそ、刀利も防ぐ事が叶わぬのか。

 

 

 

「…くっ…だけど破壊された【スクラップ・ドラゴン】の効…」

「まだだ!【フューチャー・ドライブ】の更なる効果!ダメージステップの間、相手のモンスター効果を封じる!」

「…なっ…」

「そしてこれが最後の効果だ!【フューチャー・ドライブ】の効果を得た未来龍皇は…相手モンスター、全てに攻撃出来る!」

「…!?」

 

 

 

そうしてー

 

 

 

「今一度飛べ、未来龍皇よ!今こそ天に踊り…大地の化身を切り裂けぇ!」

 

 

 

奇跡の化身たる希望の未来が、今再び天に舞う。

 

大地の化身たる神を前に、世界を救って未来を守った一人の勇者が…今この時、一人の男の更なる未来を作ろうとしているのか。

 

…けれども、例えコレがこの瞬間にのみ現れた儚き奇跡なのだとしても。

 

それでも鷹矢はただひたすらに、強者へと向かって吠えるのみ。

 

 

未来を紡ぎし希望の勇者の、その双剣が光を纏う。

 

 

そう、それは鷹矢の、最も大切な『約束』のため…

 

先で自分を待っている、遊良との『約束』のために…

 

 

 

 

 

ここに、轟くー

 

 

 

 

 

「天地開闢!フューチャー…ドラァァァァァァイブッ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「…ッ、うわぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

刀利 LP:1200→0

 

 

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか…刀利君が負けるなんてね。」

「…あぁ。」

 

 

 

終了後ー

 

天空の塔の上階の一室…選手控え室の一室に…

 

プロデュエリスト、泉 蒼人と十文字 哲の姿はあった。

 

…いや、蒼人と哲だけではない。

 

この部屋にはもう一人…そう、先程まで天空闘技場でデュエルをしていた、鍛治上 刀利の姿もあり…

 

…明かりもつけていない暗い部屋で、椅子に座り項垂れている刀利へと向かう蒼人と哲。

 

刀利と同じ歳の友として、中等部の時から一緒に色々な体験をしてきた彼らの目には、たった今終わったばかりのデュエルの、そのあまりに予想外だった結末に果たして何を思うのだろう。

 

 

 

「…哲君…彼は…天宮寺君は何者なの?」

「さぁな。それは俺にもよくわからない。去年の俺とのデュエルの時も、何やら不思議な力を行使していたようだったが…だがこれだけははっきりしている。アイツは、誰が相手でも勝利を掴もうとする…どこまでも、底なしの奴だ。」

「そうだね。ただの才能だけじゃない。もっとそれ以外の…『何か』が、天宮寺君にはあるんだよ。そうでなきゃ、【地の破王】には絶対に勝てない…勝っちゃいけないはずだから…ね。」

 

 

 

…別に、彼らは鷹矢のデュエルを否定しているわけではない。

 

蒼人はイースト校の後輩として。哲は【決闘祭】で戦った経験として。もう十分に鷹矢の力を認めており、その才能も認めている。

 

けれど…蒼人と哲、そして刀利が不思議に思っているのは、『そういった』普通のことではないのだ。

 

【地の破王】…この世界に6人いるという、来るべき終末に対するこの星の王達の…その内の、一人。

 

過去に彼らが体験した、別の物語でその力に覚醒した刀利には…最期の時まで、負けられない定めが…いや、『呪い』にも似た、負けてはならない運命が纏わりついてしまった。

 

…だからこそ、刀利は負けないはずで、負けてはならないはずで、そう『世界』が決めていたはずだったのだ。

 

刀利が背負った、王としての定め。彼等が紡いできた別の物語…ソレに関係するであろう、まだ幼かった少年が背負わされた、世界の『命運』と己の『運命』。

 

…一つの物語を終えたとは言え。己の運命を乗り越えたとは言え。

 

それでも残ってしまった『強さ』と、負けられない戦いを繰り返した所為で…負けられない身体になってしまった刀利の、背負い込んでしまった増幅した呪い。

 

そんな中でも、刀利も壊れかけた自分の心を取り戻すために、長い沈黙から覚めようやく先に進もうとして祭典に参加した。選ばれた強者の中から、さらに選ばれた猛者しか出場しない【決島】ならば、きっと自分の力を受け止めてくれる者が、一人は現れるだろうと、そう信じて。

 

 

 

そうだと言うのに…

 

 

 

 

「だが久々に見たな、お前の負ける姿は。」

「ふふっ、どうだい刀利君、久しぶりの敗北の味は。」

「…うん…ずっと、負けたいと思ってた。本気で戦って、負けたいって。…でも、僕は負けちゃいけないんだって…僕が負けることは、世界の最後の時だから…だから、僕は負けちゃ駄目なんだって、ずっとずっと思ってた…」

 

 

 

自分の力を受け止めるどころか、自分を降す者が現れるだなんて。

 

…まだ、世界は壊れない。

 

…まだ、自分の最後の時ではない。

 

だから、まだ負けないつもりだった。また、負けないと思っていた。

 

そんな風に『世界』が決めたのだから、また自分は『勝ってしまう』のだ…と、そうやって、諦めてもいた。そうやって、許容もしていた。

 

 

 

「でも…」

 

 

 

それでも…

 

 

 

 

「…あぁ…悔しいなぁ…負けるのって…やっぱり…」

 

 

 

 

負けるつもりもなく、負けないと思っていて、勝つと思っていて、勝つのが当たり前で、それでも心では『負けたい』と思ってはいても。

 

それでも、いざ負けた時に感じる感情は、あろうことか『悔しさ』だったなんて。

 

そんな、いざそうなった時に浮かんできた、自分の中にあった決闘者としての感情に刀利は驚きつつも…

 

 

 

「…そうだろう。やっと思い出せたようだな。」

「うん、ようやく君の呪いも解けた…おかえり、刀利君。」

 

 

 

世界はまだ壊れない。

 

だからこそ、この敗北には意味がある。

 

かつて、負け続けた少年が…その身に背負った呪いの所為で、勝つことしか出来なくなった青年が…

 

久方ぶりの敗北を思い出したとき、果たしてその目には世界がどう写るのだろうか。

 

生まれる時代を間違えた、1000年早く生まれてしまった一人の王は…

 

今、静かに…

 

 

 

 

「…思い出したよ。デュエルって、こんなに…楽しかったんだよね。」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか鷹峰の孫が刀利に勝つたぁなぁ。」

 

 

 

天空闘技場の下層、コンクリートに囲まれた重々しい一室。

 

そこに、決闘学園デュエリア校学長…『逆鱗』と呼ばれた男、劉玄斎の重い声が静かに零されていた。

 

…それはたった今終わったばかりの、『極』の頂に到達していた鍛治上 刀利と…『先』の地平に立っていた、天宮寺 鷹矢とのデュエルについての率直なる感想。

 

別に、プロの世界でだって『先』の地平にいるトップランカーに、『極』の頂にいる者が負けることだって稀にある。

 

そう、それはその時の体調だったり運だったり、相性だったり調子だったり、その『先』の者が相当たる強者であったりという、色々な要素が複雑に絡み合った末に、何かの拍子で『先』の地平の者が勝ちを拾うことだってあるのだ。

 

…まぁ、そんなことはよっぽどのことが無いと起こるはずもなく、先程の刀利と鷹矢のデュエルはそんな『間違い』が起こる可能性だってなかったのだから、なおさら歴戦の者達からすれば鷹矢の勝利は予想外中の予想外として映ってはいるのだが。

 

歴戦に名を残す『極』の頂…その場所は、到達しようと思って到達できるところではない。

 

永遠に語り継がれる『極』の頂…その場所に踏み入った者の強さは、生半可な強さで喰らいつけるモノではない。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「しかしあのガキ、中々面白ぇ中身してんじゃねぇか。…だから夏休みの間、あのガキをプロの大会に放り込んで揉んでたのかぁ?」

「…あぁ。あの子の持つ『モノ』を腐らせない為には、ああいった荒療治が必要だったからな。」

「クハハ。あのガキのこたぁ、デュエリアでもちっと話題になってたぜぇ。【黒翼】の孫がプロに混ざって、あっちこっちの大会荒らしてるってよぉ。それがまさか、刀利に勝つたぁな。予選のデュエルからは想像もできなかったぜ。」

「あぁ。」

 

 

 

先程の、予想外が続いたデュエル…

 

学生が【霊神】を使ったこと。学生が『極』の頂に到達していたこと…そして、世界がひっくり返るほどの衝撃、ランク0の『No.』がこの世界に現れたこと。

 

その全てに世界が驚き、その全てに世界が目を離せなかった。

 

ソレはそのまま、この星にいる全てのデュエリストが【決島】へと注目したということ。

 

…残すは、決勝戦のみ。

 

世界中でただ一人、Ex適正がない天城 遊良。

 

世界中でただ一人、『No.』と【黒翼】を持つ天宮寺 鷹矢。

 

その、世界で2人といない学生達の戦いに…

 

今再び、世界中が注目を集め…

 

 

 

そして…

 

 

迫る最後の決戦へと向けて。

 

 

 

最後に、劉玄斎は―

 

 

 

いや、『劉玄斎の姿をしたソレ』は。

 

 

 

小さく…砺波には決して聞こえないような、とてもとても小さい声で…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ホント…面白いガキ共ですねぇ………えぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…うぐっ…」

 

 

 

デュエルが終わった直後。

 

その、控え室へと続く暗い通路で…

 

 

 

「鷹矢!おい、鷹矢!しっかりしろ!」

「くっ…うぐぅっ…」

 

 

 

勝利したはずのイースト校2年、天宮寺 鷹矢は苦しみにのたうち回っていた。

 

それはデュエルが終わった後…

 

勝者となった鷹矢は、無機質な機械音が聞こえたと思った瞬間に、緊張の糸が切れてしまったかのようにその場に倒れ込んでしまったのだ。

 

それを見て、緊迫しながらデュエルを見ていた遊良かすぐさま駆け寄り、どうにか暗い通路まで戻ってきたはいいものの…

 

…できないはずの無茶を無理して発動させた影響か、それとも『世界』に逆らったら罰か…

 

今にも潰されてしまいそうな苦しさに襲われながら、鷹矢はのたうち回っていて。

 

 

 

「ぐっ!ぐぉ…ぁ…」

「っ!おい、ふざけんな!決勝はどうするんだ!しっかりしろ!」

 

 

 

悲痛を漏らす鷹矢の呻きと、必死な遊良の声が暗い通路に木霊する。

 

…どうしたらいい。

 

ルキを狙う『敵』を遠ざけるため、この天空の『塔』には参加者とルキと砺波、そして劉玄斎しか居ない。

 

そう、他のスタッフすらスパイになり得る可能性があることから、この『塔』には遊良たち以外には誰もいないのだ。

 

助けを呼ばない、このままでは、本当に鷹矢は死んでしまう。

 

ここまで来て、折角2人して決勝に上がって。ようやく戦えると思った矢先にそんなことになるなんて、遊良には絶対に許せるはずもないというのに。

 

 

 

「ッ、そうだ!『No.0』のカード!…これか!?」

 

 

 

そんな時、ふと遊良の脳裏に思いついたことがあった。

 

…そう、それは鷹矢にこの苦しみを与えているのが、他ならぬ『No.0』のカードかもしれないということ。

 

…昨年、遊良も【堕天使】達から似たような『罰』を受けたことがあるからこその勘。

 

この世界に存在しないはずのカードを持っていることが、鷹矢への『罰』なのかもしれない…と、そう思って。

 

鷹矢からデュエルディスクを外し、Exデッキの部分を開け…いや、遊良にはEx適正がないことから、Exデッキの部分を開けられないため…鷹矢の指を認証させ、無理矢理にExデッキを開けてソレを探す。

 

 

 

「…あった、これだ!…ソレともう一枚メインデッキに…」

 

 

そして『No.0』だけではなく、鷹矢が最後に使った速攻魔法…

 

これもまた読めない文字で書かれた、【フューチャー・ドライブ】と鷹矢が叫んでいたソレを見つけると、遊良は急いでソレを投げ捨てるように鷹矢から引き離す。

 

 

 

すると…

 

 

 

廊下に落ちた、読めぬ文字で構成された『No.0』と…『No.0』と共に鷹矢のデッキに現れたであろう一枚の速攻魔法が、光の粒子と共に消えていく。

 

そして、完全に『No.0』のカードが消えたとき…

 

 

 

「ぶはっ!…はぁー…はぁー…」

「鷹矢!だ、大丈夫か!?」

 

 

 

苦しみから解放されたように。

 

鷹矢が、その意識を取り戻した。

 

 

 

 

「うむ…も、もう大丈夫だ…しかし、なんだったのだ、あのカードは…」

「知るかよ!お前が出したんだろ!?ってかホントに大丈夫なのかお前!」

「うむ…あのカードが消えたら楽になった…しかし、心臓を直接握りつぶされている感覚だったぞ…」

「…なんだよそれ…」

 

 

 

荒い呼吸を整えながら、どうにか起き上がろうとする鷹矢。

 

ソレを支えながら起き上がらせる遊良も、鷹矢が意識を取り戻した事に安堵しつつ、しかしまだ油断を切らずに鷹矢へも声をかけ…

 

…しかし、一体あの『No.0』は何だったのだろうか。

 

ソレをこの世界に呼び出した鷹矢でさえ全く理解できてはいないこの現実に、遊良も鷹矢もただただ頭に疑問符を浮かべているばかりであり…

 

にわかには信じがたい…しかし信じるしかない体験をした鷹矢と…鷹矢が負けるかもしれない場面を目の当たりにして、居ても立ってもいられなかった遊良。

 

あんな危ないカードを…いや、危ないのは『カードの方』なのか『この世界の方』なのか…

 

ともかく、勝てたから良かったとはいえ。あと少しで手遅れになっていたかも知れないのだから、遊良も鷹矢の勝利を手放しで喜んでいいものか悩みどころなのだろう。

 

まぁ、既に『先』の地平よりも高い場所…『極』の頂に到達していた鍛冶上 刀利に、今の鷹矢が勝てたのは紛れもなくランク0を呼び出したという『奇跡』が起こったから。

 

普通に戦っていれば、勝ち目など無かった相手。少なくとも現状の鷹矢の力では、どう足掻いても刀利にかすり傷すら負わすことは出来なかっただろう。

 

…もしあの場面で、刀利のターンがもう一度来ていたら。

 

きっと今度こそ鷹矢は成す術なく蹂躙され、決勝に進む事が出来ずに完全なる敗北を喫していた。

 

それを覆す事が出来たのは、偏にこの世界のモノではないランク0という『No.0』のカードと…ソレと共に現れたであろう、異なる世界の速攻魔法のおかげであり…

 

また、『No.0』のカードに書かれた文字が丸みと棘のようなモノで形成された読めぬ『異界の文字』で構成されていたことによって、必要以上に刀利が『No.0』を警戒し…

 

そして刀利とて手探りをするしかなかったあの場面で、刀利の知らぬカードを使用してギリギリで鷹矢が競り勝っただけという…

 

鷹矢が勝てたのは、そんな奇跡に偶然が幾重にも重なった、幸運のような稀有なる軌跡。

 

 

 

 

…もう、二度とあの『No.0』を呼び出すことは出来ないだろう。

 

 

 

ソレを、はっきりと自覚できてしまうほどに。あの瞬間に現れた『No.0』は、この世界には現れるはずのなかった…異なる世界の交わらぬ点であったと言うことを、鷹矢とてはっきりと理解している。

 

また、ソレに答えた鷹矢の持つ『No.』…今は再び『白紙』へと戻って眠ってはいるものの、あの瞬間に鷹矢の叫びに呼応してその姿を『No.0』と似たモノ…そう、ランク0へと変化させた鷹矢の『No.』もまた、人知を超えたカードに違いないのだが…

 

 

 

「…ふっ、だが、俺は勝ったぞ遊良。」

 

 

 

ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる鷹矢。

 

 

…鍛冶上 刀利に勝てたのは、自分自身の力ではない。

 

ソレを履き違えるほど、鷹矢は馬鹿では断じてない。

 

けれども、今の自分の力では到底勝てなかった相手に、しかしそれでも勝つ為に。一瞬でも掴む事が出来た力を使い倒してでも、それでも鷹矢は勝った。

 

 

…過程はどうあれ、結果が全て。

 

 

ソレを、この場にいる誰よりも理解しているであろう鷹矢は、その身に負ったダメージなど感じていないかのように…

 

 

 

「さぁ、決戦だ。去年の借りは倍にして返してやるから覚悟しておけ。」

「…わかったよ。けどやらせるもんか。今回も勝つのは俺だ。」

「何を言っている!勝つのは俺だ!遊良の癖に!」

「いや俺だって!鷹矢の癖に!」

「何だと!?」

「何だよ!」

 

 

 

昨年とは真逆…己の力で決勝へと進んだ遊良と、己以外の力で決勝へと進んだ鷹矢。

 

けれども去年と同じなのは、二人が決勝で戦うにあたり何のしがらみも障害も無いということ。

 

これが今年の、『約束』の舞台。

 

遊良と鷹矢、二人で作り上げた『約束』の舞台で、昨年よりも多くの人間に見られながら、果たして彼らはどんな戦いを繰り広げようとしているのか。

 

いよいよ最後の決戦の時。今年の二人の『約束』の舞台。

 

昨年とは規模が違う、今度は世界中に見られながら行う戦いは、話してどんな結末となるのだろうか。

 

 

誰もが待つ、何より遊良と鷹矢自身が待ち焦がれる…

 

 

 

最後の戦いの時は…

 

 

 

 

もう、すぐー

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 


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