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いつもと同じように目覚めてシャワー浴び、錠剤を水で流しむ。着替えはブルゾンにタイトめのジーンズとロングブーツ。レザーグローブも手にしての黒一色だ。ミディアムヘアにした髪は一つにまとめ上げて動き易く、面倒な化粧は程々にして終了。
ここまでは、この施設でのいつもの日常の始まりだった。でも、今回からは違う。
「君の装備品だ」
施設から出発する前に渡された武器は自動式拳銃が一丁、ダガータイプのナイフが二本。わたしはそれらを手にし、ショルダーホルスターに拳銃を。ナイフはレッグホルスターに装備した。
施設地下から地上、何年ぶりかの外へ。久しぶりの風を頬に感じる間もなく政府が用意してきた車に乗り込んで空港を目指し、民間機に乗り換えてイドニア共和国へと飛んだ。
生まれて初めて見たイドニアの空は曇っていた。世間ではクリスマス色に染まっているだろうに、この地にはそれが無い。それどころではない情勢だからだろうか。
1980年代後半に民主化を果たしたイドニアは、軍部によるクーデター事件の内政混乱を政府の結束で収めたものの、僅かに残った過激派が反政府軍となって抵抗を続け、周辺諸国の不安定な状況に便乗した。加えてイドニアの貧困層の人間が暴徒化し、2010年には内戦状態になったという。
静かだ。空港近くでは人気は無く、戦いの跡は少なかった。今から向かおうとしている場所は、一体どんな状況になっているのだろうか。
取り敢えず持っていた携帯情報端末を取り出し、シモンズが送って来たメールでの座標を端末機で入力する。今いる位置から目的地が表示され、それを確認し終えると、一台だけ見つけたタクシー運転手に声をかけた。でも直ぐに『道が封鎖されてるから無理だ』と断られてしまった。
──仕方ないわね。
車での移動が無理なら歩くしかない。わたしは暫く道沿いに歩いた。
タクシー運転手が言っていた封鎖された道を抜けて進み続けていると、前方にやっとまともな街並みらしき建物が見えてきた。真新しいビルなんてのは見当たらず、古めかしい景色というか、歴史ある建造物が建ち並んでいる。人の姿は変わらず無く、何処か安全な場所に避難しているのかもしれない。よく見れば、爆撃か銃撃戦の跡なのか、所々崩れた家や建物が目立つ。それに、何かが焼けたであろう臭いが強烈に鼻についた。
──人?
第一村人発見か。人が歩く気配に気付いたわたしは、息を潜めて身を壁に隠しながら様子を伺って見た。
1人、2人か。会話をしながら急いで何処かへと走って行く。その手には散弾銃を持って。腕にはイドニア反政府軍のエンブレムが。彼等は雇われた傭兵らしい。
何処に向かっているのか。傭兵2人組が走り去る方向を見つめていると、遠くで爆撃音がした。今現在の戦場を把握しつつ、再び携帯情報端末を開いて溜息を吐く。
「……最高だわ」
戦場が目的地になっている表示から目を逸らし、携帯情報端末を閉じてブルゾンの胸ポケットに仕舞い込む。──とほぼ同時、わたしは反射的に背後からの銃弾を避けた。もう1人傭兵がいたのだ。微かな歩みの音が耳に入り、わたしを狙っているのは直ぐに察知出来ていた。
わたしは再度撃ってくる銃弾を避け、素早くホルスターから拳銃を取り出して傭兵の腕を狙う。
「わたしはアメリカ合衆国の!」
手帳を出す暇は与えられない。相手はひたすらにわたしを狙っている。敵認定されてるならと、撃ち返して頭を狙い、二発目で仕留めた。
「聞いてくれないからよ」
仰向けに倒れた傭兵に捨て台詞みたいなのを吐いたわたしは、拳銃をホルスターに装着し、踵を返して目的地に進もうとした。けれど死んだ筈の傭兵は、何事も無かったかの様に立ち上がったのだ。
いや、何事もなくなんか無い。傭兵の顔は、目が無数にあった。損傷している筈の頭からは湯気の様な、火の煙のようなものが少し出ている。
──回復した?
人間じゃ、ないのか。確かこの地に来る前、反政府軍のバックについているという謎の組織の存在と、そいつらによって傭兵が【ジュアヴォ】というB.O.W.に変異させられているという報告資料を見せられた事を思い起こす。
その最悪なバイオ
何がネオアンブレラだ。ふざけんな、くだらない、くだらな過ぎる。
わたしは頭の傷を異常な速さで回復させた傭兵ジュアヴォからの銃撃を避けて近付き、怒りを持って回し蹴りで頭を蹴り割った。頭を割られた傭兵ジュアヴォはというと、ジュウと焼け付くような音を立てて発火し、その場で燃え尽きて消えてしまった。
その様子を見終えたわたしは、伸びた髪を気にしながら目的地へと走った。
道中、遭遇した傭兵ジュアヴォを何人か倒しながら進んでいると、やがて戦場で荒れ果てた街並みが姿を現す。何もかもが滅茶苦茶だ。身近にありながら身近ではない光景。空には軍用機が飛び交い、道は爆撃やらでガタガタ。燃えた車と戦車、それに建物の破壊によって彼方此方から煙が上がっているし、前方で何かが飛んで来て爆発した。
──BSAA?
通りすがりに目に入るのは、死体となった兵士。腕にはBSAAのエンブレム。イドニア反政府軍対BSAAか。わたしはこの戦争真っ只中に突っ込んでいかなくてはならないらしい。どうやって此処から進もう。橋を渡れば目的地までショートカット出来るのでは等と、酷く冷静に考える。
「オイ、そこの!」
反政府軍が陣を張ってるであろう橋を落とそうする苦戦中のBSAAを傍観していれば、バリケードの向こうでそのBSAAの隊員の1人に声をかけられた。
「わたしは、アメリカ合衆国政府のエヴァ・グレイディ! 任務の為、此処を通りたい!」
動じずにエージェント手帳を相手に見せる。
「此処は戦場だ! 危険過ぎる! 独断では許可出来ない!」
でしょうね。息を漏らしながらわたしは、バリケードを軽く駆け登ってその隊員の前に飛び降りた。
「ちょ、危険だと言っただろ!」
「許可は必要無い。任務だからあの橋を通りたいだけなの。空気だと思ってくれて良いわ。絶対にBSAAの邪魔にはならないから」
作り笑顔を向けて真横を通れば、相手は焦りながらわたし阻止しようと前に出て来た。
「これ以上進めば任務の妨害と見做して拘束せざるを得ない!」
「そっちこそ、こっちの任務の妨害と見做して全力で抵抗するけど?」
引き下がろうとしないわたしと相手が暫く押し問答している中、橋では戦いが繰り広げられている。また何かが爆発し、反乱軍の軍用機が上空を飛んで橋に向かっていた。
「あなた、戦わなくて良いの? 苦戦してるみたいだけど」
「言われなくても行くさ! わかってる!!」
わかっている。の部分は、わたしへじゃない。片耳を押さえながら誰かに向けて応えたから。
「……わかったわ。ごめんなさい。此処からは動かない。だから、向かって?」
観念したかの様に溜息混じりに伝えてみると、焦っていた隊員は此方を何度か振り返って確認しつつ、攻防し合っている橋へと駆け走って行った。
──今、だけは、ね。
はい、待つの終わり。こんな所でじっと立っている訳にはいかないの。残りの隊員達も皆が橋に集中していて、わたしを気にも留めてない。今なら橋に近付ける筈だ。
わたしは拳銃を取り出して走った。傭兵ジュアヴォ達と戦うBSAAの端で見えない様に下側に飛び降り、放置された車の陰に隠れつつ前を進む。意外にもジュアヴォ達には気付かれない。
よし、このまま行けば先周り出来る。と思っていたけど、わたしには見えた。ううん、見えてしまった。ジュアヴォがBSAAの隊員を背後から撃とうとしているのが。
──関係ない。
そうよ、関係ない。どうでも良い。わたしがやられてるんじゃないし。狙われている隊員がどうなろうと知ったことか。
そのまま進めば良かった。見なかった事にすればって。でも身体が勝手に動いた。拳銃を持つ手が。指が。
ジュアヴォの頭を撃ち抜いた瞬間、助けた隊員にわたしは気付かれてしまった。しかもジュアヴォ側にも。
「手が勝手に動いた」
何度目の溜息だろうか。
バレたら仕方がない。わたしは助けた隊員に軽く手を振った。よく見れば、さっき押し問答した相手だった。『さっきの!』と口が動いている。今はそれは置いといて、先へ進む為にジュアヴォを倒さなくては。
直ぐには死なないジュアヴォ相手に怯ませる為に銃を放ち、脚や手を使って完全なる致命傷を与えて走る。狙撃を避けながらその飛び散る破片で頬に傷が付いたけど、気付かぬ間に消えは付きを繰り返した。
「こっちだ!」
彼が崩れた上の橋側から手を伸ばす。
「必要無い!」
わたしはその手を取らずに、自力で壊れた車を台にして駆け上がった。
「動かないと言った!」
「別にずっとなんて言ってない。任務だから仕方ないでしょ? それに邪魔にはならなかったわ。むしろ貴方を助けてあげた」
突如現れたわたしに、他のBSAAの隊員もやっと気付き始めたらしく、『おい、何で民間人が』とか『誰だ!』なんて言い始めた。でもわたしは名前も知らない助けた隊員と向き合っていて、後の隊員達には背を向けて立っていた。
「本当に合衆国政府の人間か?」
「だったらどうぞ聞いてみて」
埒があかないとばかりにいれば、『何やってる!』と背後から若い男の怒鳴り声が。声の主は此方へと走って来た。
「す、すみません! こ、この女性が、合衆国政府の人間だと言って勝手に!」
目の前の助けた隊員が慌ててその相手に直るので、わたしはその人物に向けてエージェント手帳を突き出すようにして見せた。
「申し訳ありません。BSAAの邪魔になるつもりはありませんでした。こちらもたまたま任務の為にどうしても橋を通りたくて」
「合衆国政府の人間なのは分かったが……」
男はわたしの差し出した手帳を自分の手で退けると、眉間に皺を寄せて言った。
「此処はただいま絶賛戦場中でね、お宅ら合衆国政府の人間に気軽にフラフラっと立ち寄られちゃあ良い迷惑なんだよ。状況を弁えてもらおうか?」
「ちょっと待って。まさか観光に来てるとでも? 地図広げて大きなキャリーケース引きずってるように見える?」
上官だかなんだか知らないけど、こっちを目の敵みたいにして偉そうなのよ態度が。黙って反省していれば流せたかもしれないけど、苛立ちからか、言い返せざるを得なかった。
「任務で仕方なく通りたかった。邪魔にはならなかった。迷惑にも。しかも彼、わたしが助けた。感謝して欲しいくらい。以上。退いて下さる?」
相手に詰め寄りながら威嚇の如くすり抜ける様に前を向けば、わたしの前にまた、誰かが立った。
──また?
こういうやり取りはいつまで続くのよ。見上げた相手を視界に入れた瞬間、わたしは驚いた。
「ダイアナ……」
とても信じられないという表情の彼──。もう二度と会いたくなかった相手、クリス・レッドフィールドが、わたしの目の前に立っていたのだった。