BIOHAZARD エージェント E   作:あまてら

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「ダイアナ、良かった生きて──」

 

 此処に来て初めてわたしは緊張した。BSAAの隊服を身につけた彼は、紛れもない存在。あの日を最後にして以来だ。でも、動揺は表に決して見せない。見せちゃいけないんだ。ダイアナは死んだ、もういない。冷静でいろ。

 そして彼の言葉を遮った。

 

「ダイアナ? 見間違いでは? わたしはアメリカ国家安全保障局のエヴァ・グレイディです。先程から信じてもらえないようなので、何なら確認を取っていただけても結構ですが?」

 

 そんな。見間違いなんかじゃない。信じられない。否定したわたしに困惑しているクリス。そんな彼を避ける様に、わたしはひとり前に出た。

 

「危ない!」

 

 警戒もせずに堂々と道の真ん中を歩くわたしに驚いてか、クリスが慌てながら周りを警戒して付いて来る。

 

「敵が潜んでいるかもしれないんだぞ!」

 

 真横に並ぶクリスは、わたしへと吠える様に言う。残りのBSAAの隊員はというと、クリスに合わせてなのだろう、先程の偉そうな態度の若い男がハンドサインをし、道の端、左右に分かれて警戒しながら同じく付いて来た。

 

「気配が無いし平気よ。今、はね」

 

 わたしはクリスの呼び止めを一切無視し、橋を抜けた先の中心地へと出て、周りに目を向けながら耳を澄ませた。

 

「だからって! 此処も橋と同じく危険に!」

 

 何とか止めようとしたのか、冷静に欠けたクリスが、咄嗟にわたしの左肩を掴んだ。掴まれたわたしはというと、条件反射で彼の手を振り払う。

 

「なら静かにして。貴方が大声上げたら来るでしょ?」

 

 わたしはレッグホルスターのナイフを手に取り、斜め前の二階建ての建物から現れた傭兵ジュアヴォの眼を狙って素早く投げつけた。皆は一斉に視線を其方へと向け、燃え尽きて消えたジュアヴォからわたしへと移して息を呑む。

 

「ダイアナ、お前……」

「違う」

「しかし間違える筈は!」

「人違いよ」

「ダイアナ!」

「違う」

 

 いくら否定してもクリスが諦めようとしない。BSAAの隊員達は空気を読んでいるのか誰も止めようとはしないし、辛くなってきたわたしは早くこの場から逃げたくなって、苛立ちを露わにして、その場に立ち止まってクリスを睨みつけてしまった。

 

「しつこい男に用は無い。ナンパは他でやって」

「オイ! アンタ!」

 

 わたしの言葉に異議を唱えるかの如く、堪えられないといち早く反応した例の若い男は、まるで番犬の様に噛み付く勢いで此方へと向かって来る。

 

「ピアーズ!」

「隊長! 何で!」

 

 クリスに呼び止められたその男は、ピアーズという名前らしい。何故言い返さないのかと不満そうなピアーズは、わたしを睨みながら指を指す。

 

「やめろ。俺が人違いをしてしまったんだ。彼女を責めるな」

 

 クリスはピアーズからわたしへと向き直り、『しつこくして申し訳なかった』と謝ってきた。

 ごめんなさい。クリス──。心の中で彼に謝るしか出来ない。わたしは敢えて何も応えずに、クリスから顔を逸らして歩みを進めた。

 

「国家安全保障局のシェリー・バーキンです!!」

 

 目的地までもう少しというところ、反対側から見知った相手が、エージェント手帳を見せながら此方へと歩いて来た。

 

「エヴァ!」

 

 目が合って気付いたシェリーは、緊張から解けた様に僅かな笑みを滲ませると、わたしを目指して小走りにやって来る。

 

「こんな所でエヴァに会えるなんて! 任務でイドニアへ?」

「ええ。まさかあなたもイドニアだったとは。知らなかったわ』

 

 私もよ。と、緩んだ表情のシェリーはその顔を一変させた。わたしの後ろにいた、クリスとピアーズに気付いたからだ。

 

「失礼しました! シェリー・バーキンです!」

 

 シェリーが冷静を装って彼等に向き直った。クリスはシェリーという名前を聞いて何かを思い出したらしく、彼女に『ラクーン事件の?』と、問いかける。

 

「どうして、それを?」

「クレアから聞いている」

 

 確かクリスの妹の名前だ。シェリーはその名前を聞いて直ぐに理解出来たようで、目の前の相手が"クリス"であるとわかった。どうやらクリスの妹とシェリーは面識があるらしい。

 

「隊長、後ろの奴は反政府軍です」

 

 ピアーズが誰かを見つめながらクリスに報告する。視線の先にいたのは、離れてひとり、放置された車にもたれながら怠そうにして立つ男。坊主頭で長身、左頬に斜めの深い傷跡がある青年だった。ピアーズが彼を反政府軍だと見たのは、腕にそのエンブレムが付いていたからだ。

 

「た、……確かに彼は傭兵です! 理由があって合衆国政府が保護しましたが、BSAAの敵ではありません!」

 

 事を穏便に済ませたいのだろう、緊張を含んだ顔をしたシェリーは、何とか今の状況をクリスに理解してもらおうとした。しかし何故だかわからないけれど、シェリーはクリスに向かって言いながらも、私に何度も何度も視線を送っていたのだ。その意味は全くもって意味不明だ。何かを気にしている様にも見えたけど、ワケを聞くのは任務後でも別に良い。

 それよりも──。

 

「金次第で化け物どもと隊列だって組むぜ」

 

 わざとなのか、挑発気味に鼻で笑いながら青年が呟く。

 

「何だと? 今何て言った!?」

 

 聞き捨てならないと反応したのはピアーズだ。それに応えてやろうとした青年は、車から離れてクリス達と睨み合った。

 

 ──早く此処から去りたいんだけど。

 

 溜息が出た。男同士のくだらない争い勃発か。しかし互いを見つめ合った青年とクリスには、妙な間が感じられた。

 

「……何だよ?」

 

 変に思ったのは青年の方で、クリスは先に目を逸らして『何でもない』と返した。

 さあ、わたしはそろそろ。一連の流れで嫌気がさし、任務の為に先に抜けようとした時だった。耳に入る軍用機の音。その音は、わたしの目を空へと向けた。そして周りには無数の気配。ジュアヴォだ。

 

「来る……」

 

 警戒態勢。連絡を受けたらしいクリス達BSAAの隊員らは左耳を押さえ、彼等もまた空に顔を向ける。すると、何処からともなく現れたジュアヴォらがそれぞれ配置に着き、高射砲を使って空にいるBSAAのヘリに撃っていた。

 そしてもう一つ。それは、反政府軍の輸送機によって運ばれて来た。超巨大な人型B.O.W.。

 前に立ち塞がる壁の如く、そのB.O.W.は地上に落とされる。御伽噺に出てくる巨人よりも悍ましい姿だ。目に付いたのは、背中に露出している赤い部分。巨大なチューブが刺さっている。牽引の為のモノか。

 

「話は後にしよう。隠れているんだ」

 

 クリスはシェリーとわたし、それと青年に向けて言う。隊員達はクリスに従うように装備していた短機関銃を手にし、一斉に銃口を巨大なB.O.W.へと向けた。

 一方でわたし達は踏み潰されないように距離を取りつつ、其々に拳銃を構える。馬鹿だと思うけど、ほんの一瞬、『足で踏み潰されたら死ねるかも』なんて過った。本当、馬鹿ね。

 シェリーは隠れるつもりなんて考えてないらしく、『一緒に戦わせて。守られるのはもう卒業したんだから』とクリスに言っていた。子供の時から政府のあの施設でずっと軟禁生活を送っていたシェリーにとって、わたしとは違った何かしらの思いがあるのだろう。

 

「傭兵のがよっぽど楽だったじゃねぇのか?」

 

 1人戦う意志の強いシェリーを放って置けない青年は、やれやれとボヤきながらも参戦。わたしは"ついで"だ。この巨人を放って置けば任務の邪魔になるし。

 クリスは仕方がないと諦めたのか、それ以上はわたし達に何も言ってはこなかった。それにBSAAはBSAAの任務遂行の為に忙しいらしい。ジュアヴォが放つ三機の高射砲を早急に対処すべく、巨人に警戒しながら爆破の準備をし始めていたから。

 巨人は闇雲に撃っても効かない。ただ、チューブが刺さっている赤い部分に一発当ててみると、巨人は痛がる様な大きな動作をしていた。わたしは巨人の振り回す腕を避けながら、剥き出しに崩れた建物の上の階から巨人を狙っていたシェリーに近寄る。

 

「シェリー、赤い部分が弱点みたいよ」

「オーケー、エヴァ!」

 

 わたしとシェリーが赤い部分を狙って撃てば、『口ん中も、だ』と、近くにいた青年も同じくそれらを重点的に狙い出した。

 

「はっ、デケェのだけ相手してる場合じゃねーな!」

 

 一方だけに集中は許されないようだ。 BSAAの隊員やわたし達を阻止する為、次々と傭兵ジュアヴォが現れる。青年はそれらに蹴り技を繰り出し、また、巨人を攻撃した。

 

 ──弾が。

 

 切れた。代わりは持ってない。周りを見て、青年やBSAAの隊員が倒したジュアヴォの側に短機関銃を発見。それを手に取ろうとした時、右からジュアヴォが襲って来た。わたしはそいつからのナイフ攻撃を避けて脚を折り、ナイフを奪ってトドメを刺す。

 次は後ろ──。背後に気配を感じ、肘鉄で対応しようと左腕を後ろに突き出した瞬間、知った痛みが走った。

 

「……ぐっ!」

 

 わたしの上腕辺りには、サバイバルナイフが突き刺さっている。背後から来たジュアヴォが刺したのだ。

 

「──っ邪魔よ!!」

 

 刺された怒り。わたしは決して逃すまいと右手でジュアヴォの顔面を鷲掴み、そのまま近くの壁にぶち当てて、更に力を込めて頭を押し潰した。壁は衝撃により当てられた部分から上が半分ひび割れて崩れ落ち、潰された頭の持ち主は燃えカスとなって消えていった。

 

「脆い壁だな。ヤワそうな腕したアンタに当てられたぐらいで」

 

 先程の光景を偶然目に入れていた青年が、ジュアヴォを倒しながら隣りで皮肉る。この時点でやっと、わたしは初めて青年と目が合った。時間にすれば数秒間。青年は一瞬だけ驚いていたようにも感じたけど、その理由なんて別に知りたくもないし、きっと、わたしの上腕に刺さったままのナイフに驚いただけよね。……という事にしておいた。

 

「う……っ!」

 

 ナイフを引き抜いて地面へと投げ捨てたわたしは、ジュアヴォのせいで拾い損ねていた短機関銃を掴み取り、巨人への攻撃を再開した。

 

「やった!」

 

 今のはシェリーの喜んだ声。BSAA以外のわたしとシェリー。そして青年の3人で急所を狙い続けた結果、巨人は倒れると同時に、ヘドロの様な色をして溶けていった。

 

「一機爆破!』

 

 同じくしてBSAAの隊員達は高射砲の一機目の爆破に成功。二機目に取りかかっている。

 残りのジュアヴォも始末しようと皆が動く中、巨人の邪魔が入らないお陰で二機目をすんなり爆破させたその時、わたしは先程倒した巨大B.O.W.と同じ気配を近くで感じ取った。

 

「あ、あれは!」

 

 シェリーが指を指した方向、建物によじ登って来たのはもう1体の巨人。どうやらBSAAが別の場所で逃したヤツらしい。

 

「まだいんのかよ!」

「さっきと同じところを狙うだけ!」

 

 わたしがそう言うと、シェリーも頷く。BSAAは高射砲の爆破や邪魔するジュアヴォで忙しいし、手の空いたわたし達が巨人を相手すれば良い。

 

「まどろっこしい!」

 

 青年が巨人の顔面を狙い撃ち、怯んで倒れた隙に巨人の肩に上る。何をするのかと見れば、刺さっているチューブを限界まで引っ張り出したのだ。

 

「これで狙い易くなっただろ」

 

 直ぐさま飛び降りた青年は巨人に向かって嘲笑った。大胆で命知らずな奴とは思ったけど、確かに彼の言う通り狙い易い。

 

「高射砲の爆破準備完了!」

 

 いよいよ最後の一機。爆破までの時間を稼ぎつつ、巨人やジュアヴォの相手をする。

 

「爆破!」

 

 高射砲は三機全てが爆破に成功。邪魔なジュアヴォを殲滅後、全員で巨大B.O.W.に一斉攻撃。簡単に敗れ、巨人は溶けていった。

 

「シェリー、さっきは助かった。礼を言うよ」

「そんな。クリスやBSAAの皆さんのお役に立てて良かった」

 

 BSAAの増援部隊が無事に着陸。それぞれに任務再開という事で、やっと解散となった。シェリーは任務で青年と共にイドニアから出る話をクリスとし、協力の礼としてBSAAのヘリで行くという。

 

「行き先は伝えてある」

「ご協力頂きありがとうございます!」

 

 シェリーとクリスは握手を交わす。

 

「エヴァ、任務が終わったら連絡するわ!」

「別にしなくてもいいわよ」

「またね! エヴァ!」

 

 手を振ってヘリへと乗り込もうとするシェリーに軽く手を振りながら、わたしはまた青年と目が合った。

 

 ──何よ。

 

 目つきが鋭いだけなのか睨んでるのか知らないけど、取り敢えずわたしも彼を睨み返してみる。

 

「オイ」

 

 突然、クリスが青年を呼ぶ。青年は少しだけ苛つきながら『何の用だよ』と、わたしからクリスへと目を移動させた。

 

「何処かで会ったか?」

「ハ、阿保面に見分けなんかつくワケねぇだろ」

「テメェいい加減にし……!」

 

 悪態を最後にヘリに乗り込んだ青年に対し、許せないと熱くキレたピアーズをクリスがまたも止める。

 

「引きとめて悪かった」

 

 此処はもう良い、行ってくれ。シェリーはクリスの言葉に頷くと、青年が待つヘリと乗り。そして上空へと飛んで行った。

 

「キミはどうする? 乗って行かなくて良いのか?」

 

 ヘリの飛んで行く空を見上げていると、背後からクリスの声が。わたしへの問いかけだ。

 

「別の任務がある。……では、先を急ぐので」

 

 顔は見たくない。これ以上話したくない。わたしはクリスや他のBSAAの隊員らに背を向けたまま、この場から去ろうとした。

 

「まだジュアヴォは潜んでいるかもしれない。気を付けて」

 

 去り際にクリスが言った。でもわたしは何も返さず、振り向きもせずに行く。

 

 ──もう、出来れば彼に会いませんように。

 

 そこから少し離れた場所まで歩き、図書館らしき建物の前に立つ。此処が一応の目的地のようだ。

 

「誰もいないけど?」

 

 BSAAやジュアヴォ、人間すら周りにはいなかった。時間も指定されてないし、取り敢えず待っていれば良いかと暫く待機していたけど、エイダ・ウォンは一向に現れない。いつまで待てば良いのか。すると、わたしの携帯情報端末が音を鳴らして着信を知らせた。……非通知だ。

 

『初めまして、エヴァ・グレイディ』

「……あなた、エイダ・ウォンね? 何処にいるの?」

『ああ、待ち合わせ場所にまだいたのね』

「『まだいたのね』って、一体どういう意味?」

「ごめんなさい、エヴァ。残念だけど、デートはキャンセルよ。それじゃあシモンズによろしく』

 

 滑らかな笑い声を最後に、エイダ・ウォンから通話が切れた。

 

 

 

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