ソードアート・オンライン ~天翔る竜騎士~   作:ふとっちょマックス

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episode1:始まりの時(前編)

 

 

 咆哮が、大地と空に響き渡る。

 だがそれは闘いの始まりを告げる雄叫びではない、その真逆……敗北した者が上げる断末魔だ。

 その声の主は飛竜(ワイバーン)。魚の様にぬめりとした鱗を持ち、言葉ではとても形容し難い尾を持った飛竜は断末魔を上げながら地面へと崩れ去る。

 

 倒れた《Wivern of avarice》――――"貪欲の飛竜"の名前の下に表示されていたHPバーは、その時既に空。口から大量の涎を地面に巻き散らしながら伏していたその飛竜はやがて、微小なポリゴンの塊となりて消滅した。

 

「―――って、何も落とさないのかよ! 折角ポップするまで一時間も待ったってのによぉ~……チッ、これも物欲センサーの所為か……」

 

 紫色のフォントで浮かび上がる獲得経験値とドロップリストを見ながら、怒鳴り声を上げたり急に冷静な面持ちとなったり忙しいのは、一人の青年だった。

 防御は低いが身軽である革鎧―――しかし一部一部が紫色の金属板で補強されている―――身に纏う青年。また彼の背に《槍》が着けられている所から察すれば、彼は一人の《槍使い》であり、同時に先程の飛竜を倒したのも彼に違いない。

 

「《アンノウンモンスター》でも出ない時には出ない………まぁ、MMORPGじゃそんな事は当たり前か」

 

 彼以外誰もその場に存在していないのに彼は呟き、やれやれと手を振る。

 《アンノウンモンスター》とは、固有の名前を持つ「未知なる(unknown)」モンスターの事を示す。略称として『UM』と他プレイヤーから言われ、先程の飛竜もその一個体であった。 

 通常のMob以上のステータスを持つUMは一撃一撃が強烈であり、中にはその階層以上のレベルのモンスターが存在するとさえ言われている。故に低下層でもレベルが高い場合がある為、ソロや低レベルで討伐するのは大変危険な行為である。

 しかしそのモンスターと闘う見返りは大きい。

 ドロップ率に左右されるが、フラグMob並みの固有ドロップアイテムを持っており、それを目当てに幾度も闘いに臨む者も多いのは確かだ。現にこの青年も、それを目当てに赴いたのだから。

 だがUMにはフラグMob同様、出現条件・出現場所が決まっている。

 出現場所はその出現する階層に存在するNPCや目撃情報等で大体は分かる。がしかし、条件を満たさない限りそのモンスターは出現しない。

 出現条件は様々だ。

 あるモンスターを一定数倒して決められた場所へ向かうと出現する場合や、決められた場所に身を置き、時間を掛ける―――数時間、最長で数日間に及ぶ事も―――事により出現する場合等、条件を満たすだけでも一苦労と噂されている。

 また、姿は同じでもステータスが異常に高いUMも存在する。それ等は《ハイレベルアンノウンモンスター(HUM)》と呼ばれ湧出(ポップ)する確率は極僅かだが、ソロで討伐するのはほぼ不可能と言われている。

 

「……しゃーない。帰るか」

 

 時は既に午後五時。やがて夜の闇がこの峡谷の地に訪れ、昼時よりも多くのモンスターが徘徊する事だろう。

 そうなる前に彼は街に戻るべく、踵を返して足早に駆け始めた。

 

 とその時、一羽の鳥が彼の視界に映った。

 優雅に空を舞う姿。しかし所詮はプログラムで設定された物。

 だがその姿はかつて――――二年前に初めてこの"世界"、《ソードアート・オンライン》で見た鳥の姿を甦らせた。地に縛られぬ事無く空を舞うその姿は現実(リアル)の鳥と何ら変わりはせず、美しい事もまた同じであると、以前と同じ感想を彼は再び胸に抱いた。

 

 だがもう一つ、思い出す事もあった。

 それは――――全ての始まりと全ての終わり。

 

 この世界に閉じ込められた自分と妹の、この世界での全てが始まった、あの日の事を――――。

 

 

 

*

 

 

 

 2022年 十一月六日 日曜日。

 『S(ソード)A(アート・)O(オンライン)』正式サービス開始。

 

 この日が迫るその時までのメディアの殆どが、この話題で埋め尽くされていたのは記憶に新しい。

 真の仮想世界を構築する『ナーヴギア』。その性能を最大限まで生かしたとも言える世界初のVR(仮想大規模)MMO(オンラインロ)RPG (ールプレイングゲーム)の発売。

 戦闘システムや構造とは従来のMMORPGにと通ずる部分があるが、最も違う所が一つある。

 ナーヴギアによる仮想空間(VR)への接続――――即ち、『完全(フル)ダイブ』だ。

 

 それは現実との完全なる隔離を示す。ユーザーは仮想の五感を与えられ、脳から自身の身体へ向けて放たれる命令を遮断・回収する事も可能となる。

 簡単言ってしまえば、『仮想の世界(ゲーム)の中に行ける』と言う事だ。

 この事実が発表された瞬間、ゲームの世界に憧れを持つ人、或いは世間から『ゲーマー』と呼ばれる人間達を一瞬にして虜にした。

 

 平凡な日常を生きて来た俺と妹も、例外ではなかった―――――。

 

 

 

 

「てい! やぁ!」

 

 掛け声と共に放たれる短剣の連撃は、確実に青い肉体の猪の身体に喰らい付く。それと同時に《フレンジーボア》の名の下に表示されるHPバーも着実に減っていた。

 しかし相手もそのままやられる気は無い様で、時折彼女の剣撃の間に反撃の突進を繰り出そうとするが、彼女の方は華麗なバックステップでそれを回避。そして再び一方的な攻撃を繰り返す。

 

「おー……中々やるなぁ。全然当たらずにダメージばかり喰らってたさっきまでとは、まるで別人だぜ」

 

 俊敏な動きに適する革鎧に身を包んだ金色のツインテールの少女――――シリカは、俺の賞賛の言葉にも耳を貸す無く、ただ目の前のモンスターに集中している。どうやらこの世界での、闘いのコツを掴んだ様だ。

 

 シリカ――――もとい、綾野 珪子(けいこ)は俺の妹だ。

 フリーのルポライターである親父が俺達の為に買って来た二台の《ナーヴギア》とこのVRMMORPG《ソードアート・オンライン》。後者の方は並んで―――しかも徹夜通しで―――買って来たらしく、現実(リアル)では今も尚疲労を癒す為に眠っている事だろう……。

 

 だけど俺と珪子はテレビやゲーム雑誌で大々的に報じられていたゲームが何日、何週間も待つ事無く発売直ぐにプレイ出来る事に大喜びしていた。珪子なんかペットの猫の『ピナ』を抱いて跳び回っていた程だ。

 昼食をほんの数分で平らげた俺達は、サービス開始となる午後一時を今か今かと待ち続け、時計の針が一時を指した瞬間にログインしたのだった――――。

 

 

「やああああっ!」

 

 数分前の過去を思い出していた時、シリカの放った短剣基本技 《スティング》が猪の躯体に直撃した。

 放った際に発生したと思われる白き閃光の残光が俺の視界に映り、同時に3分の1程であった《フレンジーボア》のHPバーを一気にゼロとさせた。

 ぶひぃと微かな声を上げた直後に猪の身体はポリゴンの塊に変換され、やがて砕け散った。

 そして「やった!」と喜びの余り加算経験値に目も暮れず、満面の笑顔でジャンプするシリカの姿が其処にあった。

 

「良くやったなぁシリカ。最初は如何なるかと心配したけど、無事に一人で倒せて良かった良かった」

「そ、そんな事ないよ。お兄ちゃんの方が凄いよ」

「おっ? そう言ってくれるのは嬉しいねぇ~。まぁでも実際、俺はMMORPG経験者だけどな」

 

 シリカはこのSAOが人生初のMMORPGになるのだが、俺はそうではない。数年程前にあるゲームシリーズから発売された一つのMMORPGをやり込んでいた経験があるからだ。

 典型的なレベル制MMORPGだったのだが、ストーリーを追う要素が非常に充実しており、他のゲームとは似ても似つかぬ幻想的な世界観を創り上げていた。まだ幼かった俺は一瞬にしてそのゲームの虜になり、寝る時間も惜しんでプレイしたのは記憶に新しい。

 今回のSAOはストーリー性は無い様だが、恐らく従来のMMORPGで存在した設定・要素は含まれているだに違いない。幾ら世界初のVRMMORPGとは言え、現存するMMORPGから色々と要素を取っている筈だ。現にこのゲームの中枢的存在である《剣技(ソードスキル)》も他のMMORPGで似た様な物があったのを覚えている。

 

「と……そろそろ落ちないと不味いかも」

「え? 如何して?」

「あぁいや、だって時間時間。見たいアニメが始まる時間までもう直ぐだからさ~」

 

 このゲームでは視界の右側に、現在時刻が表示される様に設定されている。今現在の時刻は五時半頃。もう直ぐしたら母親が夕食の準備を始める頃だろう。

 「そんなの録画すれば良いのに……」シリカは不満そうに頬を膨らめ、「私一人じゃ、心細いよ」

 

「って言われてもなぁ……今まで一話も見逃さずに見てるし、しかも物語の最終章だから楽し――――」

 

 と言い終わろうした時、チラっとシリカを見つめる。俯く表情に光は無い。余程俺と一緒にまだまだ遊びたいと思っている様だ。

 最近はシリカ―――珪子と一緒に遊ぶ事は少なくなっている。小さい頃は珪子の手を握って色んな所に遊びに連れていたが、今となっては俺は15で珪子は12。高校入学等で色々と忙しくなっているこの時期、俺は余った時間をゲームに潰していた。珪子が時折俺と一緒に何かやろうと言い掛けても、俺は彼女の気も知らずにゲームを優先していた。

 けど、このゲーム……SAOは違う。現実では違う部屋でPCの目の前に居るが、ゲームの中で俺と珪子は一緒に居るのだ。きっと珪子がSAOを買って貰って以上に喜んでいた理由は、俺と一緒にゲームが出来ると思ったからかもしれない。

 

 そう思うと、たかがアニメの一話を見逃す事等ほんとの些細な事で、妹と一緒に居られる時間を無駄にしてまで見る物ではないと思えてしまった。

「……わーったよ」フッと柄にも無く微笑を浮かべた俺は、俯く珪子―――シリカの頭の上に手を置きクシャクシャと乱暴に撫でる。「夕食の時間まで、付き合ってやる」

 

「………良いの?」

「まぁな。俺もログアウト寸前には1レベルぐらい上げたいと思ってた所だし、それにシリカ一人だと心配だからな。直ぐ泣くし」

「そ、そんな事ないよ! 私泣かないもん!」

「大丈夫大丈夫。強がり言わなくても大丈夫」

「強がりじゃないもん! 本当の事だもん!」

 

 まるで現実の様に会話する俺とシリカ。こう言うゲームの中でも他人と他愛の無い会話が出来ると言う事も、MMORPGの魅力の一つだ。

 このゲームを通して、もっと珪子と"絆"が深められたら良いな………そんな平和な未来を案じていた時、

 

 

 リンゴーン、リンゴーン――――――

 

 

 突如として、巨大な鐘の音が大地に響き渡る。

  

 それが全ての幕開けだと知るのは、それから数分後の事であった。

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