ソードアート・オンライン ~天翔る竜騎士~   作:ふとっちょマックス

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episode6:一時の安息

 この世界(ゲーム)の始まりが告げられた日から、翌日。窓の外から差し込む太陽の光に眩しさを感じた俺は、ゆっくりと瞼を開けた。今現在の時刻は七時丁度。

 死の狭間に立たされながら死闘を繰り広げた結果、昨日までは身体には想像を絶する程の疲労感が圧し掛かっていた。しかし今は如何だろう。昨日の出来事が嘘の様に疲労は吹っ飛び、代わりに安心する程に心地よい。

 立ち上がり、固まった体を解す為に一度大きく伸びをした後に俺はふと、視界を背後に移した。其処にはベッドに凭れ掛って寝ていた俺とは違い、古びたベッドに横たわり静かな寝息を漏らす少年――――キリトの姿。

 

 俺とキリトが"友達"になった後、俺達は身体に溜まった疲労を癒す為にこの村 《ホルンカ》に唯一存在する小さな宿屋へと向かった。本当はそれぞれ個室で一夜を過ごす心算だったのだが、生憎先客のプレイヤーが居る為に空いている部屋が一つしかなかったのだ。この現状に対してキリトは冷静に『俺は外で寝るよ』と言って来た為、『それなら一緒に寝ようぜ』とすぐさま俺は提案した。だがキリトは最初は遠慮していた。きっと俺の為を思って言っているのだろうが、彼自身も疲れているのだ。彼を外に追い出して俺だけ部屋を独占して一夜を過ごす気等、更々無かった。最終的には半ば無理やり、彼を部屋に引き摺り込んだ。

 

 しかし部屋に入っても肝心のベットは一つ。此処でもまたキリトは『カインが寝て良いよ』と言い出すので反射的に『いや、キリトが寝ろよ』とまたもや返してしまった。最初はまるで古いコントの如く互いに譲り合いを繰り返していたが、最後は昔から伝わる平等に決める方法の一つ、『じゃんけん』を行使。結果キリトが勝ち俺は負けてしまった為キリトは一人ベットを独占し、俺はベットに凭れ掛る様にして寝た訳なのだ。

 

「………」

 

 今俺の目の前には無防備に眠り続けるキリトの姿がある。朝日の光が差し込んでいると言うのに、その瞼が開く気配は一向にない。もし此処に油性ペンがあれば額に『肉』と書き込んでやりたい所だ。

 しかしずっと彼の顔を見続けていると………一つの感想が心中で生まれた。

 

(………もしキリトがロングヘアーとかしたら、絶対"女"って思われそうだな………)

 

 今の彼の髪型は短髪だ。しかし頭の中で彼のロングヘアーを想像してみると………ホント女性にしか思えない。その理由の殆どは、顔立ちが女性に似ているからか。所謂………"男の()"と言うヤツだな。

 余談だが、俺はその"系統"に関しては興味が無い。絶対に、絶対にだ。

 

「ん……」

 

 俺が絶対本人の目の前では言えそうに無い事を妄想していると、その本人がゆっくりと瞼を開く。幾度か瞬きをすると、ゆっくりと俺の方へ視線を向けた。

 

「……おはよう」

「おぅ、おはよう」

 

 未だに眠たそうな表情を浮かべるキリトに、俺は笑顔で口を開いた。

 

 

 

 

 

「さて、と。今日も一日頑張ろうぜキリト!」

「それは構わないけど………カイン、お前の槍の耐久値、大丈夫なのか?」

「へ?………あ」

 

 宿屋から出ていざレベル上げへ! と一人で昂っていた時、キリトの冷静な言葉が俺の昂っていた精神を一気に消沈させた。そう、俺の両手槍 《スピア》の耐久値は依然減っていたままなのだ。

 

 宿屋で一夜を過ごすと携える武器の耐久値も回復する―――――なんて上手い事は無い。耐久値を回復する為には態々鍛冶屋に赴き、(コル)を払って研磨して貰わなければならない。と言ってもこれはMMORPGでは良くある仕様だ。此処の所、ただストーリーに沿って街や村を転々とするだけの家庭用RPGばかりやっていたから忘れていたが。

 まだ初期武器のままの俺だが、キリトは違う。昨日受けたクエ《森の秘薬》の報酬武器として一本の顔を片手剣 《アーニルブレード》を手に入れている。先祖伝来の長剣らしいが、耐久値は全く減ってはいない。逆に俺の両手槍(あいぼう)の耐久値は既に半分を切っている。

 

「すっかり忘れてたぜ………武器屋に行けば大丈夫かな?」

「あぁ。まぁ鍛冶屋なら《はじまりの街》にもあるけど………如何する?」

「そっか。なら……」

 

 手っ取り早く此処の武器屋で研磨して貰うかと考えていた時、不意に《はじまりの街》と言う言葉が頭に引っ掛かった。そしてその言葉から連想される一人の人物の姿。蹲ってすすり泣く、あの子は――――

 

「――――珪子………」

「………カイン?」

「へっ? あ、あぁいや………」

 

 言葉でそう返しても、心中にはシリカの姿が浮かび続けて消える事は無い。

 今アイツは何をしているのか。今も尚《はじまりの街》の中に居るのか。ちゃんと――――"生きているのか"。様々な不安が頭の中に浮かんでは消え、その度に俺の心は締め付けられる。

 まだ……あれから一日しか経っていない。だけどアイツはこの世界でのたった一人の"家族"。あの子を失えば俺は――――

 

「……悪いキリト。俺一旦、街に戻るよ」

 

 またしても俺の口は勝手に、言葉を紡いでいた。

 "何か思えば直ぐ口に出す"――――俺の昔からの悪い癖だ。キリトと初めて会って同行した際も、キリトと"友達"になろうと言い出したのはこの癖が発端だ。尤も、その癖があるからこそ俺は今此処に居るのだが。

 俺の言葉にキリトは疑問の表情を浮かべる。恐らく、俺の性格から察して直ぐに村の武器屋に向かうだろうと踏んでいたのだろう。

 

「別に此処で―――――いや、別に良いか。俺が如何こう言う訳にもいかないし」

「………!」

 

 意外だった。俺は理由を問われるとだけ思っていたのに、キリトが返した言葉は承諾の言葉。

 何故彼は問い詰めなかったのか………何の確信も無いただの憶測だが、キリトは理解して(・・・・)くれたのかもしれない。俺の、『珪子』と言う呟きから、俺の考えを………。

 

「ほら、さっさと行って来いよ。此処から街まで結構距離あるんだからな」

「あ、あぁ! 終わったら直ぐ戻るよ!」

 

 不自然なまでに急かすキリトの言葉は、『早く妹に会いに行って来い』と言う一つの暗示なのかどうかは定かではない。だけど今は、素直にその言葉に甘えよう。俺はキリトに背を向け猛然と村の出入り口の門へ向けて走り出した。

 出入り口の門に辿り着き鬱蒼と茂る森を前にした時、背後を振り返った。視線の先には微笑を浮かべながら小さく手を振るキリトの姿。

 

「――――有難う、キリト」

 

 俺の為に気遣ってくれた"友人"に一言だけ呟くと、俺は視線を戻して森の中へと飛び込んだ――――。

 

 

 

 

 

 

「………行ったか」

 

 カインを見送った後、一人残された俺はポツリと呟く。

 あの時カインが言った《珪子》と言う名前――――あの名はきっと、昨日の夜カインが話していたアイツの"妹"の名前に違いない。だから俺の《はじまりの街》に反応して言葉を止め、街へ戻ると言ったのだ。

 兄が妹を思う………それは当たり前の事だろう。母が子を心配するように、兄が妹を心配するのは何ら不思議な事ではない。"血の繋がった"仲ならば。

 

「俺は………どうだろ……」

 

 妹………直葉は本当の"妹"ではない。"従妹"なのだ。生まれた時から共に育って来たが、それでも血は繋がっていない。けど彼女はその事実を知らない。それを良い事に俺は知らぬ内に、距離を作っていた。顔を合わせるのも避けていたぐらいに。

 もし………もし、俺もカインと同じ様に妹と共にこのゲームをプレイしていたら、妹が居る場所にのこのこと会いに行けるだろうか?

 いや、それは絶対に出来ない。妹と距離を置き続けた俺にそんな資格は無い。手の平返したように接する事なんて、出来ない………。

 

「―――色んな意味で、お前が羨ましいよ。カイン………」

 

 自分の事よりも"家族"の事を考え行動するカインに、俺は敬意を称しなくてはならない。

 本来俺も彼の様にしなくてはいけないのだ。彼の様に妹の事を考え、しっかりと向き合う事が出来なければならないのだ。でも今までの俺は真逆だった。"血が繋がっていない"――――それを理由として避け続けていた。

 だからこそ俺は、

 

「きちんと………向き合わなきゃな」

 

 生きて還って、ちゃんと向き合って妹の名を――――《スグ》と呼ばなくては。静かに決意し、俺は出入り口の門へと進み始めた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 《はじまりの街》―――――それは全てのはじまりとなる街。この世界に降り立った全てのプレイヤーが此処から自身の物語を始める。だが皮肉にも、この街は俺達に"絶望"を送り届けた。一人の天才プログラマー――――茅場晶彦を現出させて。

 キリトに街へ戻ると告げ此処まで来るのに然程時間は掛からなかった。ただ珪子に会いに行く事だけを抱き無我夢中で走り続けていたら、直ぐに辿り着いてしまったのだ。"思い"とは意外と恐ろしい物だと改めて実感してしまう。

 ゲートを潜り抜けると其処には大量のプレイヤーが溢れ返り街は活気付いてる――――事は無かった。街の軽快なBGMが鳴り響き人も行き交いしているが、それは所詮"偽りの存在"に過ぎない。BGMはシステムによって設定されたものであり、行き交う人もプログラムされた存在(ひと)、《NPC》に過ぎないのだ。意思を持ち行動し、生きようとする《プレイヤー》の姿は………殆ど無い。

 

「―――まぁ、あれからたった一日しか経って無いから、当たり前か」

 

 この世界の創造主、茅場のはじまりと絶望の言葉が言い放たれてまだ一日。この世界から脱出しようと決意し行動する者達は、今現在だとこの世界の知識を多少なり得ている《元βテスター》だろう。(俺の様な例外も存在してると思うが)

 きっと殆どのプレイヤーが茅場の言葉を信じていないのだ。"待っていれば何時かは助かる"――――そう信じ続けているに違いない。

 そんな人達がのこのことフィールドに出て行くとは思えない。幾ら弱いモンスターでもそれは自身の命を奪う"死神"。少しでも焦り、恐慌状態に陥れば死神(モンスター)の容赦ない攻撃が降り注ぎ、HPバーを奪い去る。殆どのプレイヤー達はその結末を迎える事を恐れているのだ。この世界の知識と技術を知る、元βテスターを除いて………。

 

 なら此処に居ないプレイヤー達は一体何処に居るのか。それは至極簡単な事だ。きっと安い宿屋で何時か還れる事を夢見ながら、同時に死の恐怖に怯えながら部屋に籠っているのだろう。幸いこの街は意外と広い。宿屋も幾つか点在する為、一万にも及ぶプレイヤーを収納出来るのは容易い事だろう。

 そして妹も………珪子も、その宿屋の一室で信じ続けているのだろう。何時か還れるその時を――――

 

「………」

 

 大切な妹の姿を思い浮かべながらゲートの前に立ち其処から見える街を見据えながら俺は、再び《はじまりの街》へ足を踏み入れようとする――――のだが、

 

 

「どいたどいたぁぁぁぁ!!」

「…ん? 何だ――――うぉあ!?」

 

 突如背後から響く怒号に気付き、振り返ろうとした瞬間にアバターの身体全体に伝わる衝撃。背後から一方的に加えられた衝撃によって俺の身体は一瞬宙へと浮き、そして一瞬にして地面へとうつ伏せのままダイブする。地面が石畳の所為か、森で転んだ時以上に痛い。

 だがそんな事は如何でも良い。俺は誰かにぶつかられ(・・・・・・・・)、こうなったのだ。その誰かを知る権利が、今の俺にはある筈だ……!

 

「痛つつつ………おい誰だよ! ぶつかったのは!」

「うっせーなぁ……ただぶつかっただけだろ~」

 

 倒れたまま背後に視線を向けると、其処には面倒臭そうな表情を浮かべる"少女"が居た。

 口調から男だと一瞬思ったが、男性とは思えない高い声でやや褐色の肌に茶色の髪色をしたセミロングの人間を、"男性"と思う事等到底出来ない。防具は《はじまりの街》で購入出来る革鎧で見た目はシリカと同じくらいの、12歳程に見える。

「ぶつかっただけって……」彼女の言葉に多少憤りを感じた俺は、顔に伝う痛みも忘れて立ち上がり少女の方へ顔を向けた。視線の向こうに映る少女は偉そうに仁王立ちのまま俺を睨み付けている。……ぶつかって来たのはそっちだと言うのに。

 

「……謝ろうって意思は、君には無いのか?」

「だからぶつかっただけだろ? 別にそんなカッカする事じゃないじゃんか」

「別にカッカしてないけどさ………俺としては、一言でも謝ってくれたらそれで……」

 

 本当は勢い良く吹っ飛ばされて石畳に顔面をぶつけた事により結構憤りを感じているのだが、自身よりも年下に"見える"子にキレる程短気ではない。あくまでも冷静に言葉投げ掛ける。

 少女はうーんと、可愛く首を傾げたまま俺の隣を横切って行く。そして少女は暫く歩き続けた後、クルッと一回転して此方を見つめるとニカッと笑い、

 

「面倒だからまた今度な。じゃあな! ガリ(・・)の兄ちゃん!!」

「ガッ………?!」

 

 衝撃的な言葉を言い残した彼女は再び視線を前方へと向けると、そのまま一目散に駆け出していった。その速度は凄まじく、行き交うNPCの間をアメフト選手の如く避け続け、一瞬にして俺の視界から消え去ってしまった。

 

 しかし、しかしそれよりも衝撃だったのはやはり、

 

「ガリ………。ガリの、兄ちゃん……」

 

 妹にですら言われた事の無かった言葉をポツポツと呟きながら、俺は暫くその場に立ち尽くしていた。大切な妹に会いに行く事も忘れて――――。

 

 

 

 

*

 

 

 

 あの天衣無縫な女の子と遭遇し衝撃を受けまくった後、気を取り直して俺は再び歩き始めた。向かう先は一つ、妹の居る宿屋だ。

 場所が何処は良く覚えている。街の中央にあった広場から直ぐ南――――二階建ての小さな宿屋だ。あの時、茅場晶彦の放った絶望の言葉を聞いて意識を手放した俺は無我夢中で走り出し、人混みを掻き分けながら突き進んだ際に目に入ったのが、その宿屋だった。アイツが落ち着ける場所を確保する為にも俺は一片の迷いなく其処へ突っ込んだ。

 外では未だに茅場の絶望の演説が続いていた為、客は一人として居なかったのが幸いだった。すぐさま二階の小部屋を選び、古びたベットにシリカを寝かせたのだった。

 

「……今頃、何してんのかな。シリカ」

 

 外で宿屋代の(コル)を稼いでいる、とは思えなかった。アイツは気の強い部分もあるが、同時に寂しがり屋な部分もある。その性格がSAO(此処)に来て変わる訳がない。いや、もっと悪化しているのではないかと思う。この先の未来、自身の歩む事となるこれからの道………多くの様々な"不安"がアイツに圧し掛かっている筈だ。それに耐えられる程の精神をアイツは、持ってはいない筈だ。

 

「………」

 

 もしそうならば俺は如何する? 俺はアイツの為に、何が出来る? 俺は――――如何すれば良い?

 大切な妹(珪子)に対して兄である俺は何をすれば良いのか――――悩みながら俺は、静かに歩き続けた。

 

 

 

 中央広場にもやはり、プレイヤーの姿は殆ど無い。初めてログインした際にはまるでお祭りの様にプレイヤー達が集まり、歓喜の表情を浮かべたり他のプレイヤーと嬉しそうに話していた光景は既に夢幻と消えている。広場の所々にNPCが経営する露店の様な店が幾つか点在していたが、俺は何処にも寄る事無く南の宿屋へと向かった。

 

 宿屋に入ると「いらっしゃいませ」とカウンターに立つNPCが丁寧な言葉で挨拶してくる。言葉と声だけでは人と同じだか、中身はプログラムされたデータの塊………そう心中で考えながら、俺は此処に泊まっている人に会いに来たと返した。

 シリカが泊まっている部屋は二階の一室だ。特に障害物も無い為、窓から広場を一望出来る良い部屋。尤も、今は"偽りの現実"の風景を見て感傷に浸る程の余裕はないのだが……。

 古びた階段を上り、廊下の突き当りに位置する木製のドアをノックする。本来ならば部屋の向こうに居る人の承諾があってから入るのがマナーなのだが、俺は答えを待たずに部屋を開けた。

 西洋映画のワンシーンで映し出される様な古びて質素な部屋。家具はベットと傍らにある椅子とライトだけ。そしてそのベットの上に妹が―――――シリカが、静かな寝息を立てながら眠っていた。

 

「………まーだ寝てるなんて、とんだお寝坊さんだな」

 

 呟いて、俺は椅子に腰掛けた。眼前には現実(リアル)と全く変わらない顔つきのまま眠り続ける妹の姿がある。だが、この世界でシリカの寝顔を見たのはこれが初めてではない。

 

 あの茅場の演説の最中に抜け出し此処へシリカを連れて来た俺は、シリカをベットに寝かせた後窓から広場の様子を見続けていた。話が暫く続くと、突如プレイヤー達が下を向き始めた。一体その視線の先には何があるのだろうと目を凝らすと、その先にあったのは《手鏡》だった。

 茅場の言葉の最中に何故《手鏡》が必要だったのか――――その瞬間には理解出来なかった。だがシリカの顔を見た瞬間、俺にも漸く理解出来た。何故ならその時、シリカの顔は最初にアイツが自分自身で創り上げたアバターとは違う顔――――現実の(・・・)顔だったのだ。

 その瞬間に俺の心を支配したのは"驚愕"と"理解"。二つの事実を、俺は改めて知った。

 

 これが紛れも無い、もう一つの"現実"だと言う事を――――。

 

「辛いよな、珪子………」

 

 ほんの、ほんの数日前までのシリカは、何処にでもいる普通の女の子だった。ドジで泣き虫だけど優しいアイツの存在は、小さい頃からかけがえのないものだった。一度も鬱陶しく感じた事も無いし煩いと思った事も無い。近所の人からは"仲良し兄妹"と昔から良く言われていた。

 だけど今となっては………それも儚い"過去"。テレビや雑誌でこれでもかと言う程に掲載されていた"SAO"に二人揃って興味を持ち、親父に無理言って買って貰って来て、プレイした直ぐに――――俺とシリカは、この現実(SAO)の"囚人"となってしまった。今現在の本当の"現実"では社会全体が大騒ぎになり様々なメディアが注目しているだろう。何故なら一つのMMORPGにより、一万人にも及ぶ人間が眠り続けているのだから。

 それに……今頃親父や母さんはどうしているだろう。意識の無い蛻の殻の状態である俺やシリカの身体を揺さぶり、名前を呼び続けているのだろうか。それとも悲しみの余り泣いているのだろうか………。

 

「ッ………!!」

 

 途端に込み上げてくる、後悔と悲しみの念。それから逃げる様に俺は二つの拳を力強く握り締める。

 

「親父……母さん……ごめん、俺の我儘の所為でこんな事になって。本当なら珪子までプレイさせるべきじゃなかったんだ。だけど俺は、それを強引に――――!」

 

 目を瞑り、ポツリと謝罪の言葉を呟く。でも今更後悔しても遅いし、過去の事を悔やんでも後の祭りなのは理解している。だけど俺は呟くしか出来なかった。そうしなければ、俺は後悔の念に押し潰されそうになっていだろうから――――。

 とその時力一杯に握り締めていた手の上に、もう一つの手の感触があった。ハッと目を開きその手の先を見つめる。其処にはベットに横たわったまま、顔を此方に向けるシリカの姿があった。

 

「珪、子………」

「お兄ちゃん………?」

 

 目を見開いたまま俺はシリカを見据える。シリカは心配げな表情で俺を見つめていた。

 自分の都合で彼女を悲しませてはいけない。俺は笑顔を彼女に向け普段通りに振る舞う。

 

「は、はは。漸くお目覚めみたいだな珪子。相変わらずお前は「大丈夫だよ」――――え?」

 

 俺の言葉を遮ったシリカは上掛けを剥いで身体を起こし、俺の手を両手でしっかりと握り締める。

 

「確かに、お父さんやお母さん、ピナや友達とも会えないのは凄く悲しい………。この世界で"死ぬ"のも怖い。だけどあの後、お兄ちゃんが一人で出て行った後、あたし―――――思ったんだ。"お兄ちゃんは、強いな"って。あたしは目の前にある現実から目を逸らして"生きよう"としてるのに、お兄ちゃんはそれを受け入れて"生きよう"としてる。だからあたしも、ちゃんと受け入れなきゃって感じてるんだ」

「珪子………お前……」

 

 その言葉に一切の迷いが無いのは俺にも分かった。だけど彼女の心にもきっとある筈だ、耐え難い"死の恐怖"が。だけど先程のの言葉を聞いて、その恐怖に打ちひしがれている様子は全く無かった。俺はその恐怖に怯えているのだと踏んでいた為、驚きの表情を隠せなかった。

「それにね」付け加える様にシリカは呟く。「"友達"と一緒だから、頑張れる気がするんだ」

 

「"友達"………? まさか、友達でも出来たのか?」

「うん。私と同い年くらいの――――」

 

 シリカが言い掛けた瞬間、バンッ!と後方の扉が開かれる。突然の出来事に俺とシリカはギョッとなり、すぐさま扉の方向に視線を向ける。

 其処に立っていたのは――――

 

「おーいシリカー、戻ったぞー………ってあっ! あん時のガリの兄ちゃん!!」

 

 ………先程会ったばかり、豪快且つ天衣無縫な女の子であった。

 

 

 

*

 

 

 この豪快且つ天衣無縫なこの子の名は、《リベカ》。ばっちりとした丸い目と褐色肌が特徴的な女の子だ。因みに俺の予想通り、シリカと同い年だそうだ。

 シリカとリベカが出会ったのはつい先日の事。昼時に突如言い放たれた"この現実(ゲーム)()幕開け(スタート)"により多くのプレイヤー達が絶望していた広場に、シリカは深夜一人で出向いたらしい。そして中央の噴水で一人落ち込んでいた際、とびっきりの笑顔でリベカが話し掛けて来たのだ。

 当然最初は驚き同時に警戒したのだが、リベカは自分と同い年ぐらいでしかも自身と同じ"女"であるプレイヤーに会えて至上の喜びを感じたのか、次から次へと話題を繰り出し話して来た様だ。それにより警戒や恐れも緩み始め、別れる時には既に"友達"になっていたそうだ。

 話を聞き終わった直後、俺は直ぐに口を開く。

 

「でも何か……ちょっと強引じゃないか? リベカさんよ」

「強引だぁ? オレは別に女の子同士が直ぐに友達同士になるのは普通だと思うぜ? まぁそれに、その場に居なかったガリの兄ちゃんには関係無ェだろ?」

「………それはそうだけどさ。ってか『ガリ』って何度も言うんじゃねぇ」

「お、お兄ちゃん落ち着いて………リベカちゃんもそう言わないで、普通に呼んであげてよ」

 

 リベカの言葉に少々憤りを感じる俺を、シリカは優しく諭す。

 しかし………まさか自分自身を"オレ"と呼称する"女の子"が現実(リアル)に居るとは。この様な性格をしている人物は大抵ゲーム内か、空想上の物語に居るか居ないと思っていたのだが。

 

「……まぁ性格が天衣無縫でがさつで豪快なのは置いといて、この世界で"友達"が出来て良かったな、シリカ」

「うん。最初はびっくりしたけど、リベカちゃん………意外と優しいから」

「意外ってのは余計だぜ。でもそう言って貰えると、何か嬉しいな」

 

 鼻の部分を人差し指で擦りながら、ニカッと笑顔を浮かべるリベカ。恐らくシリカが彼女と友達となった理由には、このまるで太陽の様に明るい彼女の性格も一つの要因として存在するだろう。この様に男の子の様に明るく元気な少女は、現実(リアル)でも結構珍しい。絶望と不安に押し潰されそうだったシリカにとって彼女との出会いは衝撃的であり、同時に一つの"救い"だったのかもしれない。

 

 だが、一つだけ妙に思う事があった。

 リベカがまるで太陽の様に明るい性格なのは認めるが………彼女は"絶望"していないのだろうか? この"偽りの現実"に閉じ込められた事に恐怖と絶望を覚えたり、現実(リアル)に残した大切な"家族"と会えない事に深い悲しみを持ってはいないのだろうか。もしそれ等を抱えているのならば、この明るく振る舞っているのは、その絶望と悲しみを紛らわす為の一つの"強がり"ではないのだろうか。彼女の言葉を聞き続ける内に、俺は自然とそう思い至る様になっていた。

 そして話が途切れた瞬間、俺はさり気無くその疑問をぶつけてみた。

 

「……所で、さ。如何してリベカはこの世界――――SAOに閉じ込められても尚、そんなに明るく居られるんだ? 動揺したり絶望したりするのが普通だと思うんだが」

「ん? あぁそんな事(・・・・)か。そりゃ最初は驚いたぜ? 『クリアするのにすんげー時間が掛かるゲームをクリアしなけれゃ出られない』ってどんなクソゲーだよ! とか考えてたし」

 

 此処に、この世界(ゲーム)に捕われた事を"そんな事(・・・・)"の言葉で済ませたのは少々納得いかないが、恐らく彼女にはこの重大な事実をその言葉で片付けられる程の"理由"があるのだろう。俺はそう決め付け、彼女の言葉に一切の口を挟まず聞き続けた。

 

「でもホントは、凄く嬉しかったんだ。現実とは違うゲームの世界でも、また………思いっ切り走れる(・・・)事が出来るんだって」

「走……れる……?」

 

 不可解な言葉に対し、シリカは言葉の真意を尋ねる。

 「あぁ、そうさ」腰掛けていたベットから立ち上がり、大きく伸びをした後にリベカは言葉を紡ぐ。

 

「オレ、さ。現実じゃ………両足義足なんだ(・・・・・・・)、小っせぇ頃事故っちまって」

 

 ――――"思いっ切り走れる"。その言葉の真意は、残酷で悲しい物。問い掛けたシリカは目を見開き、両手を口に当てる。俺も険しい表情で彼女の顔を見つめた。

 

「そんな……リベカちゃん、義足だなんて………!」

「ははっ、そんなに驚く事も無ェだろ? オレ以外にも義足して生きてる人なんて、オレの通ってる病院に一杯居るからな。それに別に義足でも普通に生活出来るし、生きて行ける。だけど………小さい頃の様に思いっ切り走れないのが、何時も辛くてさ」

 

 今まで自身に存在した足が消え、代わりに偽りの足が着けられる事は――――とても辛かったのだろう。やや顔を俯かせるリベカの表情に、光は無い。

 「だけど!」しかし突如として、顔を上げ先程までの明るい表情に戻ったリベカは、

 

「このゲーム――――SAOには、ちゃんとオレの"足"がある。そりゃアバターの身体なんだけどさ、小さい頃外に出て走り回った感覚が………無性に伝わってくるんだ。だからオレはゲームクリアの時までに一杯冒険して、楽しんで還ろうって考えてんだ!」

「リベカちゃん………」

 

 ――――この子は、強い。強い"心"を持っている。

 彼女は絶望や恐怖に押し潰される事無く、寧ろそれを跳ね除けて生きている。

 ただ"思いっ切り走れる"――――その思いが、彼女の心の強さ。

 

「――――強いんだな、リベカは」

 

 自然と、俺は彼女に向けて賞賛の言葉を贈っていた。

 彼女も俺に視線を向けて、ニカッと笑い返す。

 

「強くなんか無ェよ。オレはただ、嬉しい(・・・)だけさ!」

 

 その言葉に苦悩も迷いも無い。あるのは純粋な"感情"。

 その感情を支えとしてこの世界(ゲーム)を生きて行ける彼女を、俺は多少――――羨ましいと感じた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、此処でお別れだな」

「うん………」

 

 あれから数時間後。オレとシリカ、そしてリベカを加えた三人は、数時間にも及び様々な事を語らい続けた。その時のシリカは、満面の笑みを浮かべ続けていた。この世界に閉じ込められて常に悲しみの表情しか浮かべていなかったシリカに再び笑みが戻った事に、俺は心底喜びを感じた。これも全てリベカの御蔭だと、心中で感謝している。

 そして今現在、俺達は街の北西ゲートの前に立っている。ゲートを背にシリカとリベカに身体を向けたまま、言葉を告げる。

 

「また暫くしたら来るよ。そん時は何かお土産でも持って来るから、楽しみにしとけよ」

「うん。だけど無理して持って来なくていいよ。あたしは、お兄ちゃんが来てくれるだけで充分だから………」

「おっ、嬉しい事言ってくれるねぇ」

 

 恥ずかしげに俯き呟く妹に対し、俺はクシャクシャとその頭を撫でる。現実ではこれをすると嫌がられたが、今は嫌がっている素振りが無い。恐らく現実を思い出し、懐かしく考えているかもしれない。

 シリカの頭をクシャクシャしながら、俺は視線を横に向けた。其処には暇そうな表情を此方に向けている豪快且つ天衣無縫な少女――――リベカが立っていた。

 

「――――リベカ。シリカの事、頼んでも良いか?」

「んぁ? あぁ良いぜ、カインの代わりに傍に居てやるよ」

「………有難う、本当に、助かるよ」

「気にすんなって。オレとシリカは友達だし、友達が友達を支えるのは普通の事だからな。………ってかさ、ちょっと心配し過ぎじゃねぇか?」

「うっせ。兄が妹の身を心配する事に、何か問題があるかよ」

「ふーん。ま、良いけどさー」

 

 何だか怪しく思われているが、兄が妹を心配する事は普通の筈だ。うん、きっとそうだ。そうに違いない。

 一人心中で暗示を続けながら俺は、シリカの頭から手を離した。俯いた顔が上げられ、シリカの瞳が俺の視界に映る。それを捉えながら俺は、静かに言葉を告げた。

 

「………じゃ、元気でなシリカ。リベカと一緒に、これから頑張れよ」

「うん………。あたし、頑張ってみる。リベカちゃんと一緒に、この世界で――――"生きてみる"ね」

「あぁ、それで良い。それで良いよ、珪子(シリカ)………」

 

 言って、俺は彼女達に背を向け歩き始めた。このゲートを通り森を越えれば小さな村《ホルンカ》があり、その付近の森では俺の友人が――――キリトが、一人で"生きている"。この数時間でキリトのレベルも1つや2つは上昇している筈だ。だったらすぐさま戻って、追い越してやる。

 

 暫く歩き続けた後、ふと背後を振り返ってみる。視線の先にはゲートの前に立ち小さく手を振るシリカと、大きく手を振るリベカの姿。二人の手に連れられて俺自身も手を振った。

 ほんの数時間だけだったが、シリカやリベカと過ごした時間は俺にとって"安息の時"であった。だが俺が行く先に待つのは"生と死の狭間"。自身のHPを削る死神(モンスター)が徘徊する大地(フィールド)に、俺は向かおうとしている。

 

 だけど後悔は無い。迷いも無い。逃げた心算も無い。

 何故ならこれが俺の決めた(レール)。何時脱線してもおかしくないレールの上を歩き続け、この世界で――――"生き続ける"。

 

 心に誓い、俺は再び視線を前方に戻すと共に走り出した。

 まだまだ、俺の道は始まったばかりだ―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ、鍛冶屋行くの忘れてたわ」

 

 それを思い出したのはキリトと再び合流した直後。

 無論、キリトからと盛大に突っ込まれたのは言うまでもない………。




新キャラのリベカ登場です。
彼女はリアルでは両足義足と言う設定になっております。……原作内でアバターが両足義足の部分を如何するのか、それについては私自身もちょっと不安です(汗
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