ソードアート・オンライン ~天翔る竜騎士~   作:ふとっちょマックス

8 / 8
仕事やリアルに阻まれ執筆する時間と気力が全く無くなっていました………申し訳御座いません。


episode7;アベル

 

 

《誰かを助けるのに、理由はいらない》。

 

 アニメの主人公が言いそうなセリフを現実で聞いたのは、まだまだガキンチョだった八歳の頃だった。

 家族で山にキャンプに行った際、やんちゃだった俺は両親に何も告げず、自分一人で森の奥へと足を踏み入れた。鬱蒼と茂る森には鳥の囀りが響き渡り、木の葉から差し込む太陽の光が身体を照らす。そんな自然の美しさに興奮し、時が経つのも忘れ奥へ奥へと走り続けた。

 しかし段々と空の色が紅に染まり始めた頃。その瞬間まで俺を魅了していた森が突如として一変した。まるで侵入者を拒むかの様に木々が揺れ、耳に入るのは風の音と葉の揺れる音。興奮の熱は一気に冷め代わりに不安と恐怖が芽生え始める。すぐさま家族の下へ戻ろうとした時―――――気付く。今自分が何処に居るのか、分からない事に。

 其処からはもう必死だった。吹く風によって妖しく揺れる木々を幾度も避けながらただ走り続ける。走る方向が正しい道なのかどうか等分かる筈も無く、ただ只管に走り続けた。

 しかし走っても走っても景色は変わらず、太陽は着々と沈んで行くばかり。体力も精神も限界だった俺は、一本の巨木の根元に座り込み、そのまま蹲って泣き喚いた。

 如何して自分一人で森の中に入って行こうと思ったのか。如何して後先考えず森の中を進んでしまったのか……心中に浮かぶのは数々の後悔の念。それが一つ一つ浮かぶ度に心が締め付けられ、涙が止まらなかった。

 

 そんな時だ、誰かの足音が耳に入ったのは。

 その音に気が付きふと顔を上げると目の前に、一人の黒髪の少女(・・)が立っていた。もう記憶が曖昧で服装などは思い出せないが、長い髪で白い肌の少女だった事は覚えている。

 その少女は何も告げず、ただ此方に手を差し伸ばしていた。最初は如何してこんな所に女の子が? と思っていた……のだが、精神的に限界だった俺はこれで助かると思い込み、戸惑う事無くその手を握った。少女はそれを確認した後、ゆっくりと森の中を進み始めた。

 俺の手を引き歩き続ける少女は道中自分から喋る事は無く、俺自身も不安で心が一杯だった為、話し掛ける事も無かった。だが最初に見た森の出入り口が見えたその時に俺は心から安堵し、それによって心に余裕が出来た為静かに問い掛けた。「どうして助けたの?」と。

 問いに対し少女は歩みを止め、ゆっくりと振り返ると共に呟いた一言が―――――

 

 

『誰かを助けるのに、理由はいらない』

 

 

 この言葉と一字一句とも違わない言葉を、俺はまた耳にする。

 それは現実では無く、VRが創り出す夢幻の奥底………《SAO》の中でだった。

 

 

 

 

 

* 

 

 

 

 

 

 この世界(SAO)が産声を上げてから既に三週間が経とうとしていた頃。第一層の迷宮区に俺は立っていた。荒い息遣いのまま眼前に立ち塞がる二体の《ルインコボルト・ウォーリアー》を睨み付ける。

 レベル上昇の為に迷宮区に潜り込んだのは良いものの、運悪くコボルトの集団とエンカウントしたのが事の始まりだった。一対一の状況ならまだしも、一対複数の戦闘は困難且つ厳しいものだ。無駄な攻撃を仕掛け痛烈な反撃を喰らうのは不味いと判断した俺は、コボルトの攻撃を躱し反撃を狙う基本的な戦法を取った。時折ダメージを喰らう事もあったが、HPが危険域に達するギリギリの所で複数のコボルトの撃退に成功したのだった。

 無事勝負を着けられた事に安堵し、一旦安全地帯へと引き返そうとした矢先―――――眼前に湧出(ポップ)する二体のコボルト。相手は無論全快のHP、だが此方はHP危険域に達するギリギリの所。加え回復アイテムのポーションはポーチには無くストレージの中だ。態々戦闘中にストレージを開いて取り出す行為は無謀であり危険過ぎる。

 このままHP危険域ギリギリの状態を維持したまま闘う事も可能だ………しかし、そいつは危険な賭けだ。反撃(カウンター)を受けたら最後、その先に待つのは『死』のみ。後戻り等出来る筈も無い。

 

 ならば如何するか、選択肢は一つ。

 安全を期す為に最も最良の選択―――――『撤退』だ。

 

 コボルト二体を見据えながらジリジリと後方へ足を進ませ………コボルト達が動き始めた瞬間、一気に身を翻し地面を蹴った。

 其処からはもう必死で、決して振り向かずただ走り続ける。

 このSAOは《もう一つの現実》。HPがゼロになれば自身の命の灯もまた消える。あと残り僅かとなってしまったHPに舌打ちながらも俺は走るのを止めない。安全地帯まで逃げ込み其処でHPを回復させてから闘ってやる………直ぐに訪れるであろう未来を想像しながら、コボルト達から逃げ続ける。

 

 撤退を始めてからものの数分後。漸く安全地帯付近に辿り着く。

 あと少しだ、と荒い息遣いのまま思考する。安全地帯まで撤退すれば、体勢を立て直すと共にHPも回復出来る。其処から再び挑めば良いだけの話………そうなる筈だった。

 突如視界に、一つのカーソルが浮かぶ。モンスターでは無い、プレイヤーのカーソルだ。

 俺と同じ様に此処へレベル上げにしに赴いたプレイヤーなのだろうか………徐々にそのプレイヤーと俺の距離は縮まって行き、やがてその姿を視認する事が出来た。

 細身で茶色のマントで顔と身を隠すプレイヤーは武器を携える事無く、此方を見たまま何故か微動だにしない。ただ此方をじっと見つめるだけであり、まるで俺の身を案じているかの様な気がした。

 何故動かない? 何故此方を見る? 何故―――?

 地面を駆けると共に、数多の疑問が心中でも幾度ととなく駆け続ける。そしてやがて俺の身体はそのプレイヤーの直ぐ近くにまで達し、やがて擦れ違った。

 

 擦れ違った刹那、俺はそのプレイヤーに視線を向けた。

 フードを被っていた為プレイヤーの顔全てを見る事は出来なかったが、代わりに少しだけ見えていた口が動いたのを視認する。その声を聞く事は出来なかったが、口の動きで何を言ったのかは分かった。

 ただ一言。"任せろ"と言う言葉だ。

 

 そのプレイヤーと擦れ違った直ぐ後俺は足を止め、撤退してから初めて背後を振り返った。

 眼前に見えるのは先程のプレイヤーとそのプレイヤーの前方から猛然と迫り来る二体のコボルト。その距離はほぼ零と言っても過言では無い。このまま何時までも突っ立ていたら確実に二匹の攻撃を喰らってしまう。

 避けろ、と俺が叫ぼうとするが――――その直前、マントのプレイヤーは動き出していた。

 

 その手には何時の間にか武器が握られている。刃渡りが使用者の身長近くもある大型の剣………《両手用大剣》を携えるプレイヤーは、迫り来るコボルトとぶつかり合う形で突撃する。

 SAO内で両手用大剣の使用者の闘いぶりを未だに見た事が無かった為、そのプレイヤーの闘い方が大剣使いとして相応しいのかどうか分からないが、その大剣使いの闘いぶりに戦慄を感じられずにはいられなかった。

 

 まず片方のコボルトに接近し、振り下ろされる手斧を紙一重で回避。攻撃が外れた事により隙の出来たコボルトに対し、大剣使いは擦れ違いざまにコボルトの首を叩っ切っる。赤色のライトエフェクトが宙に浮かんでいる事から、先程の一撃が両手用大剣のソードスキルだと把握出来た。唯一武装していない喉元に直撃を喰らったコボルトの首は生々しい音を立てると共に宙へと舞い、やがてポリゴンの塊となりて、残された胴体と共に消え去った。

 しかし一匹を屠ったばかりの大剣使いの背後から、残されたもう一体のコボルトが手斧を振り上げて猛然と襲い掛かろうとしていた。

 だが大剣使いはそれを予測していたかの様に、僅かに右に身体を逸らして手斧を回避。身を翻し、続くコボルトの二連撃を紙一重で回避した直後、がら空きとなったコボルトの首を先程と同様にソードスキルで叩っ切り、戦闘を終了した。

 

「―――スゲェ……」

 

 二体を屠るのに要した時間は僅か一分程度。威力の高い大剣のソードスキルでクリティカルポイントを一点集中で攻撃したとはいえ………此処まで優雅且つ華麗に撃破するとは。まるでアクション映画の様な動きに、俺は知らぬ間に感嘆の声を上げていた。

 大剣使いは二体のコボルトを屠った剣を肩に担ぎ、大きな溜息を着くと、

 

 

「大丈夫か? 少年」

 

 

 振り向くと共に大剣使いは告げる。

 そして同時に知る。この大剣使いが、女性プレイヤー(・・・・・・・)である事に。

 

 

 

 

*

 

 

 

「しかし驚いたよ、休憩を終えた直後に君と君を追うコボルトが視界に入ったのだからね。一瞬如何したら良いのかと、戸惑ってしまった」

 

 安全地帯に辿り着き漸くポーションを取り出した所で、俺を助けてくれた女性は小さく呟いた。

 彼女の事も気になるが、今は自身のHPを回復するのが先決だ。そう悟りポーションの蓋を開きながら言葉を返す。

 

「―――けど、それでも俺を助けてくれた。感謝してるよ」

 

 『例え些細な危機でも油断すれば、命を失う』。

 やり直しのきかないこの世界において、小さな危機でも蔑ろにしてはいけない。油断大敵と言う言葉がある様に小さな危険でも大きな事故に繋がる可能性があり、最悪の場合『死』も有り得る。

 そう教わった。今此処にはいない――――親友(・・)から。

 

「気にする必要などないさ。誰かを助けるのに理由はいらない。私が勝手に、自分の意思でやった事なのだからな」

 

 だから恩を感じなくて良い、と女性は言葉を続ける。

 ………驚きを隠せなかった。このSAOに彼女の様な女性が居るとは、想像もしていなかった。

 その立ち振る舞いはまるで物語の主人公そのもの。そして幼い頃に聞いた見返りを求めはせず冷静に佇む彼女の姿に、多少の羨望と驚きの念を心中に抱く。

 「しかし」その念を遮るかのように女性は不意に呟き、俺に問い掛ける。

 

「君もレベル上げなのかな? 此処に居ると言う事は」

「御名答。一層で一番EXPが稼げる所って、俺が知る限り此処ぐらいだからなぁ」

「成程………しかし先程見た限りでは、無茶してる様な感じに見えたよ。ソロでの戦闘で無茶するのは大変危険だと私は思うのだが」

「――――まぁちょっと前までは、あんなに肝を冷やす事は無かったんだけどね」

 

 二週間前まで、俺の隣には一人の"相棒"である親友が居た。共闘してモンスターと対峙したり、彼から情報を貰ったり、共に現実での話をしたりして、この世界を共に生きていた。

 そんな彼が隣からいきなり姿を消したのが、最初は理解出来なかった。

 無論この世界からログアウト(死んだ)訳では無い。ある日宿屋で一泊し、夜が明けた時には彼の姿は無く、代わりに『俺とお前は、違う道を歩んだ方が良い』と言う短いメッセージだけが残されていた。

 彼が何故俺と別れたのか、それを知る理由は彼に聞かなければ分かりはしないだろう。だけどあのメッセージ………あれから察するに、彼は俺の為を思って別れたのかもしれない。"違う道"とは恐らく彼の歩む道が普通のプレイヤーが歩む道と違う事なのかもしれない、と勝手に自分の中で解釈している。

 そうでもしなければ受け止められなかったのだ。彼が、《キリト》が、自分の隣から居なくなってしまった事実を。

 

「………どうやら、訳ありの様だな」

「そーいう事。つーかそんな事言うアンタも、一人じゃないか。しかも立派な女の人だってのに」

「ソロプレイに男も女も関係ないさ。性別よりも求められるのは力――――即ちレベル。それだけが優劣を競う。レベル制MMORPGは、それが基本だと思うが?」

「そりゃあ……そうかもしんねーけど」

 

 確かにこの世界―――レベル制MMOでは、性別とその者の強さは直接関係はしない。

 性別以前に、レベルの数字だけが優劣を競う。数字が増えただけでも差が生まれる。1ならまだしも、20や30も増えたら正しく天と地の差とも言える。その様な理不尽な壁が、この世界には存在してる。

 けど、

 

「でも……違うと思う」

 

 俺は短く、だけど強く答えた。

 

「この世界においてレベルは大切だって事は分かるさ。けど大切な物もあると思うんだ」

「ほう………大切な物か。例えば?」

「え、それは、えっーと………」

 

 まさか逆に問い返されるとは思いもしなかった為、慌てふためきながらその"大切な物"に該当する存在を思い浮かべる。

 真っ先に浮かんだのは、一人の妹の姿。

 

「――――大切な人、とか?」

「ふむ、大切な人か………生憎ながら今の私には、その"大切な人"に該当する人は、まだ居ないかな」

「ありゃ、さいですか」

 

 フードから覗かせる漆黒の瞳が静かに伏せられると同時に、彼女は呟く。

 

「まぁ尤も、私にとって大切な人は………もう居ないのだがな」

 

 彼女は凭れていた壁から身を離すと、視線を出口がある方向へと移し、何の別れの挨拶も無く彼女はゆっくりと歩き始めた。

 

 もしかして此処から出るつもりなのだろうか。しかし此処からだと出口まで一時間以上は掛かる筈。しかも其処から近くの町まで多少距離がある。それに彼女は俺と同じ、ソロプレイヤーだ。小さなミスも命取りになる………先程の俺の様に。

 

「――――今から戻るのか?」

 

 気付けば俺は何の戸惑いもなく、彼女に問い掛けていた。

 彼女は立ち止まり此方に視線を向けて来る。フードの下から除かせる漆黒の瞳が俺を貫く。答えはしないがどうやら今から戻ると言う事は確かなようだ。

 

 しかし……昔からの"世話焼きでお節介"な性分はSAOでもしっかり反映されてるらしい。困ってる人を見過ごせない、何か手助けになればと、良く見知らぬ人でも問い掛けてしまう事が多々あった。それでトラブルに発展した事もしばしば………全く後先考えない馬鹿だよ、俺は。

 だが問い掛け彼女の歩みを止めてしまった以上、このまま何も告げない訳にもいかない。意を決し、口を開く。

 

「ひ、一人で………大丈夫か?」

「………」

 

 彼女は答える事無く無言を貫く。視線を此方に向いたまま微動だにしない。

 てっきり何かしら反応するかと思った俺は彼女の無反応さに慌てふためき、更に言葉続ける。

 

「えーっと……こ、此処から迷宮区の出口まで結構掛かるし……それに最寄りの町までも時間掛かるし……それにもう夕方時。夜まで街に着いとかないと色々面倒だ。アンタはソロだし余計に注意を――――」

 

 此処まで口を動かした時、漸く彼女は反応を見せた。手を口元に抑えククッと笑い肩を震わせる………こっちは結構真面目に話してるのだが。

 

「ふふっ………つまり君はこう言いたいのかな?『君が心配だから一緒に行こうか?』と」

「い、いや、そう言う訳じゃ」

「ほう? ならどう言う訳なのかな? まさか道中で私にあーんな事やこーんな事でもさせようと言う魂胆でも?」

「そ、それは違う! 断じて違う!!」

「ならどう言う訳なのか………きっちり説明させてくれるかな?」

「うっ………」

 

 怒涛の質問にこれ以上言い逃れする事は出来ない。今は彼女のターンだ、下手な言い逃れは更なる誤解を招くかもしれない。単なるナンパ野郎と思われない為にも、此処はしっかり答えなくては。

 

「―――――心配なんだよ、やっぱり」

 

 そっぽを向き、彼女を視界から外すと共に告げる。

 

「変な理由は無いよ。ただ単に心配だから言っただけ……勿論余計なお世話って言うなら、これ以上は何も言わな「では頼もうかな」………え?」

 

 言葉の最中に入って来た彼女の言葉に疑問を浮かべ、視線を戻した時――――彼女は俺の直ぐ隣に屈み、至近距離でじっと俺の顔を見つめていた。

 突然の展開に驚き硬直する俺を気にする事も無く、彼女は苦笑する。

 

「恥ずかしい話だが、実は買い込んでいたボーションが後僅かで無くなりそうでね………帰りの事を考えると多少厳しいなと感じていた。モンスターと遭遇せず、無傷の状態で街に戻るのは不可能だからね。だから――――」

 

 彼女は其処で一旦言葉を止めると、ゆっくりと手を差し伸ばしてきた。

 その行動が意味するのはたった一つ。  

 

「最寄りの街まで、共に来てくれないだろうか?」

 

 その言葉に、俺は迷う事無く深く頷く。

 彼女は俺を助けてくれた。見ず知らずの他者だった俺を、彼女は何の見返りも求める事無く助けてくれた。その礼を、今此処で返さなくては。

 差し出された手を握り、彼女の瞳を見据えながら静かに答える。

 

「勿論―――――いいですとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女と二人で迷宮区を出た時には既に、世界は紅色に染まっていた。ただ只管に紅い太陽に眩しさを覚えながら、俺は歩き続ける。その直ぐ隣で歩くのは他の誰でも無い、先程の彼女だ。

 彼女は言葉を発する事無く無言のまま歩き続け、俺もまた無言を貫き続ける――――が、

 

(……何か、気まずい……)

 

 隣に居るのは一人の女性。しかも互いに無言で、空気は何処となく重い。何か話題を振るべきか否か。しかし下手に話したら更に空気が重くなる可能性もある。

 「心配だから一緒に行こう」と先程は言ったものの……こうも空気が重いと息苦しくて堪らない。何か話題をと頭の中で模索し始めた――――その瞬間。

 

「『神は天にいまし、全て世は事もなし』」

「………へ?」

 

 風の音と共に聞こえた彼女の突然の言葉に、俺の思考は動きを止めた。

 

「『世の中の出来事は全て神の予定に従って動いており、そして今の所全て神の予定どおりに進み、何ら神の予定に狂いはなく、進行している』と言う意味だ。………今のSAOの現状を見ているとこの言葉が似合うと思っている。尤も、この言葉には他にも様々な解釈があるのだが」

「………」

 

 "神"と言う言葉から察するに、何処ぞの宗教の言葉だと思われるが………中々に考えさせる言葉だ。

 この世界での"神"として該当する者は唯一人――――『茅場晶彦』。この世界の創造主であり、この世界をもう一つの"現実"へと変えさせた存在。

 今茅場が何処に居るか等、誰も知らない。神として俺達を何処からか見ているのか、或いは俺達と同じく一人のプレイヤーとして居るのか。どちらにせよ、今の現状の最大の原因は彼に違いない。一層が未だにクリアされず、更には千八百人もの人間が死んだのも………彼の《予定》していた事なのだろうか……?

 だけど俺は、

 

「あんまそう思いたくは無いなー……」

「? 君はそう考えるのか?」

「だってよ、『未来』ってのは何が起こるか分からないんだぜ? 一寸先は真っ暗闇とも言うし」

「……真っ暗は要らないと思うが」

「細かい事は良いんだよ。とにかく未来ってのは多少の《予測》は出来ても、《予測外》の事だって起こるかもしれない。だから茅場の思惑通りに世界が進むとは思えない………と個人的には思うね」

 

 『未来を完全に予測する事は出来ない』。

 だから気を付けなさい、とよく親父はまだ小さかった俺と珪子(シリカ)に口癖のように言い聞かせていた。怪我とか事故とかしないように気を付けなさいとその時は簡単に解釈していたのだが………今となってはその言葉を痛感している。

 先の未来を《予測》し回避出来る出来事ならば問題無いだろう。しかし今回の様な――――『SAOに閉じ込められた出来事』等、誰が予測出来たであろうか。世界初のVRMMORPGが二万人ものプレイヤーを幽閉した出来事を予測出来る術等、当然ありはしない。

 今の現状が茅場の思惑通りに進んでいたとしても、いつか必ずその思惑は崩れるのではないだろうか。所謂不確定因子(イレギュラー)的な存在によって。でもまぁ………そんなヤツが現れるとは思えないけど。

 

「何が起こるか分からない………か、確かにそうかもしれないな。今私がこうして君と共に居る事も、迷宮区に入る直前までは思いもしなかった」

「……えーと、まぁそれも予測出来なかった未来と言う事でお願いします」

「ふふっ、そういう事にしておくよ」

 

 クスクスと笑う彼女から視線を外し、空を仰ぐ。

 紅色に染まった空の半分は蒼へと変化しつつあり、夜が近付いている事を感じさせる。このままのペースで行けばあと数十分と言った所で最寄りの町である《トールバーナ》に辿り着く。まぁそう上手く行くとは限らないだろう、《モンスター》と言う行く手を阻む障害がある限り。

 

「――――そう言えばまだ、君の名を聞いていないな」

「え? あぁそう言えば、確かに」

 

 ふと、隣の彼女は思い出したかの様に問い掛ける。

 確かに出会ってから一度も、互いに自分の名を明かしてはいない。パーティを組めば名を知る事も出来たが、今の俺達はパーティを組まずにただ共に行動しているだけだ。口頭で名を言わない限り名を知る事は出来やしない。

 ゴホンと咳払いし、

 

「えと、俺は《カイン》。しがない槍使いだ」

「《カイン》――――か。そうか《カイン》か……ふふっ」

 

 彼女は《カイン》と言う名に対し何か納得した様な感じで復唱する。《カイン》と言う名が気に入ったのか、或いは俺のネーミングセンスの無さに失望して笑っているのかは分からない。

 では私も名乗らなくては、そう彼女が告げたのはそれから少し時間の経った後だった。

 

「《アベル》――――それが私の名だ」

 

 

 

 《カイン》と《アベル》。

 《竜騎士カイン》と《撃剣士アベル》と他の者から呼ばれるのは、まだまだ先の事。

 

 そしてその二つの名が意味する、真実を知るのは―――――遠い未来の事だ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。