カンタイシティには二つのホテルがある。ハルハノリゾートにあるハルハノリゾートホテルと、中心部からやや外れた所に位置するホテルしおさいだ。前者は富裕層をメインにすえ、極めて質の高いサービスを誇り、後者は誰もが使えるリーズナブルなお値段と、ほのぼのとした暖かな雰囲気が売りである。
今回僕が向かうのはホテルしおさいだ。とはいえ目的は宿泊などではなく単なる待ち合わせに過ぎないのだが。
ホテルしおさいの方角を見てみると、街の中心から少し離れているにも関わらず、遠くを意識するだけで容易く見える威容に些かの驚きを覚える――が、考えてみれば当然か。交通の要所にホテルが二つしかないのだから、その大きさは推して測るべきだった。
「――――ん?」
そんなホテルしおさいのすぐ手前――噴水の付近で違和感を覚える。いや、違和感というよりは既知感か。軽く周囲を見渡すと、見知った人影を発見。思わず声が漏れる。
「…………デクシオとジーナ?なんであの2人がアローラに」
そこにいたのはカロス地方でプラターヌ博士の助手をしている筈の2人組――デクシオとジーナだ。服装はこの地方に合わせた装いへと変えられているが、僕が知り合いを見過ごすワケがない。
先程の呟きが聞こえたのか、2人が振り返ってこちらを見る。その表情には明らかな驚きが浮かんでいた。まさかホウエンとカロスのどちらからも遠く離れたアローラの地でで会うとは思いもしなかった。苦笑を浮かべてそちらへと歩み――――僅かな違和感を覚える。
「ユウキじゃないですか!奇遇ですね、まさかこんな所で会うなんて」
「ああ……最初はそっくりさんか、とも思ったがな。幾ら似ていようが知人を間違える訳もないし。
お前らはどうしてここに?プラターヌ博士の研究の手伝いにしても、
そう、彼等はプラターヌ博士――カロス地方で
そんな彼等がどうしてここに?疑問を持って聞くと、ジーナが笑みを浮かべて答える。
「ええ。ここに来たのも単純に観光目的ですわ。あたくしはどこでも良かったのですけど、デクシオがせっかくならアローラにしよう、と」
「はい、そうなりますね。カロス地方とは遠く離れたアローラ独特の風習に興味を引かれてしまいまして。一応要件はもう一つありますが……それは
「ああ、僕は――――」
と、答えようとして――――
「…………その前に1つ聞きたいんだが」
「別に良いんですが……どうしたんですか?様子がおかしいですけど」
「問題ない、直ぐに終わる。デクシオ、ジーナ。
――――
失礼にも程がある質問にも特に嫌な顔をすることもなく、2人はアイコンタクトを取る。あまりに突拍子もない質問の意図を探るための確認だろう。
1秒にも満たぬやり取りを終え、デクシオが当然の事実を告げるように答えた。
「プラターヌ博士による、
***
自然と吐かれるため息に、
…………な訳ないか。それに、考えようによってはこれは良い機会とも言えるだろう。これまで特に関心を持っていなかった
あの2人は僕があの質問をして程なく去っていった。ご丁寧に、「コンテストと研究の両立は難しいだろうけど、それが原因で体調を崩さないように」というダメ押しの言葉を残して。
そもそも
やはりメガシンカの有無は2つの世界を分ける重要なファクターといえるだろう。メガシンカ――それは人とポケモンの絆によって生み出された、本来の進化とは異なる想定されていない進化。
――――そんなことはどうでもいい。
余計な方向へと進む思考を無理矢理に断ち切って途絶させる。世界規模の話などどうでもいい。一トレーナーには過ぎた話だ。そこに
そんなことよりも問題はこの世界の
ここから導き出される結論は、この世界における僕とハルカの立場は逆だということである。ハルカはセンリの娘であり、ユウキはオダマキ博士の息子だと。それだけではなく、才能関係もすべて。カロス2人組とは研究発表の場で邂逅し、交友関係を持っているのだと。
頭の中でサラッと仮説を立てたが、我ながら言ってる事の突拍子のなさに呆れが先に来てしまう。そもそも、
そこに壁があるんだぞ、どうして超えないんだ?不可能なんてほざく前に本気を出せ、覚醒しろ。
勝利を妥協した時点で、
それこそが自分であるのだと自負するために、これ以上はただただ不毛なだけだと結論付ける。大体僕に深く考えることを求めるのが間違っているのだ。とっとと割り切る。だいぶ時間をロスしてしまったことを反省し、止まっていた足をホテルへと向けた。
***
漸くたどり着いたホテルしおさい。待ち合わせ場所であるロビーには、既に全員が揃っていた。考え事に時間を使い過ぎたと反省し、彼等に声をかける。
「すまない、少し遅れたか」
「いや、ぼくたちもいま来た所さ。意外にもリーリエが一番早かったんだぜ」
「…………この方向音痴が?」
「う、方向音痴じゃないですよ……。スカル団みたいな人を見かけたので、見つからないようにしてたらいつの間にか着いてたんです」
「いつの間にかって時点で結構ヤバいんだが…………。もし隠れてるうちに迷ったらどうするつもりだったんだか。発信機つけてないんだぞ」
「なんで発信機なんですか!?そこは普通携帯電話とかでしょう!?」
ぷんすか、という擬音が聞こえてくるような極めてわかりやすい感情表現に思わず頬が緩む。メレメレ島ではほとんど
コロコロ変わる表情をみて、メレメレ島の大試練前に彼女に抱いた苛立ちも、トレーナーではない相手への無関心も吹き飛んでしまいそうになる。
「――っと、自己紹介が遅れました。
「…………やっぱり一方的に知られてるってのは違和感があるわね。始めまして。わたしはバーネットよ。空間研究所でウルトラホールに関する研究をしているわ」
「……空間研究所?
「ゆめのはざまって……また随分と懐かしい名前ね。
昔の話よ、今は旦那がいるアローラで研究しているの」
向こうでは接触しているものの、こちらの世界では初対面にあたるバーネット博士と挨拶を交わす。この世界で始めて名前を聞いた時に既婚者だと知った時の驚愕を思い出した。付き合いはそれなりに長いが、旦那がいたとはその時が初耳だ。――いや、結婚したからアローラで空間研究所を設立したのだと考えると、単純に向こうではまだ結婚していなかっただけか。僕はゆめのはざまでの彼女しか知らないのだから。
それにしても、この世界の僕はバーネット博士とは知り合っていなかったのか……。ゆめのはざまでの彼女は希少なポケモンや道具、そして夢特性についての研究をしていたため、研究者の助手の癖に接触していないなどハッキリ言って失望ものだが、そこはひとまず置いておくとしよう。
問題なのはそこで思わぬものを見たとばかりにフリーズしている2名だ。軽く闘気を叩きつけると、彼等は意識を取り戻して口を開いた。
「ユウキさん…………敬語、話せたんですね」
「?当然だろう。自分では叶わないと確信する実績のある相手には敬意を持って会話するべきだ。勿論ポケモンバトルの分野であるのならば超えるべき壁としか認識しないが、他の分野であれば話は別だ」
「なあ、ぼくも博士号を持っているんだけどさ」
「何を言っているんだククイ博士。第一印象が
何を当然なことを、と首を傾げてやると、ククイ博士は若干のショックを受けたようだ。その様子を見たバーネット博士がカラカラと笑い、自分に対しても素の口調で良いと言ったため、ここは素直に言葉に甘えることにする。
それからは少しばかり世間話をした後、本題に入る。この話し合いの主題は向こうの世界について現時点でわかっていることの説明と、今後についての打ち合わせである。
必然的に口火を切る役目を担ったのは唯一の手掛かり――ウルトラホールに関して専門に研究を重ねているバーネット博士だ。
彼女はいっそ冷徹にも聞こえてしまう口調で断定する
「向こうの世界についてだけど……結論から言うわね。――――コンタクトを取る手段はないわ」
「――そんな!?」
「…………やはり、か」
ガタリ、と椅子の音を響かせてリーリエが立ち上がる。本来無関係な筈なのにそんな姿を見せる彼女とは裏腹に、僕は特になんの感慨も抱かず呟きを漏らした。
「リーリエ。落ち着いて、まずは席につきなさい。そしてユウキは全く動揺していないのね。もしかして、予想が付いてたのかしら?」
「――当然だろう。この世界に来た最初に、ククイ博士がウルトラホールは様々な可能性世界に通じているのかもしれないと言っていたんだ。ならば限りなく無限に近い可能性世界の中から一つを特定するなんて殆ど不可能だと思っていたからな」
「…………それはそれで、初めから信用されていなかったみたいでプライドが傷つくわね。要するにそれって、わたしたちの苦労はあなたにとってただの確認程度の認識だったってことでしょう?」
「申し訳ないが否定はしない。勿論確率はゼロじゃないため、見つかればそれで良いと思っていたがな。過度な期待を抱くのは論外だってだけで。命中率90%の技だって割と頻繁に外れるのだから、絶無に等しい確率に期待する方が間違っている」
――――それに、最終手段も残っている事だし。
向こうの世界とこの世界にどの程度の差異があるのかはハッキリしていないが、最初の一ヶ月間に文献を漁ってみたところ、伝説のポケモンの伝承については全く同じだった。
伝説のポケモンは圧倒的なまでに格が違う。
その中で僕が求めるのはシンオウ地方の伝説――――ディアルガとパルキアである。
アルセウスでもいいのかも知れないが、生息地不明のかのポケモンとは異なり、ディアルガとパルキアは――少なくとも向こうの世界では――シンオウチャンピオンであるコウキが所持している。わざわざ天界の笛を探してアルセウスと謁見するよりも、この世界におけるコウキに協力してもらう方がよっぽど楽だ。
「少しドライ過ぎるけれど、まあそんなものなのかも知れないわね。実際問題、10年前に別世界から表れた
「なら尚更だな。だが、ゼロに近いとゼロは酷似しているようで全くの別物だ。研究のついででも良いから調べてくれると幸いだ」
「ええ、勿論よ。ウルトラホールは元々わたしの研究分野なんだから」
バーネット博士はひらひらと手を振って了承の意を見せた。とりあえず依頼料として1千万円ほどを支払おうとするも、そっけなくつっ返される。再度渡しても返されたため、これは意地になってるなと結論付け、諦めて金を懐に戻す。
それを話の終わる動作だと認識したのか、ククイ博士が口を開いた。
「ところでユウキ、きみに頼みがあるんだが…………」
だが――どうしてだろうか。僕はククイ博士のその様子になんとも言いようのない不安を抱いた。