……お久しぶりです(小声)
「ていっ!」
おおきくふりかぶる。軸足を安定させることでタメを生み出し、高く掲げた足が力を生む。強靭な足腰は安定した土台となり、上半身が鮮やかに躍動する。強く地面を押し込むと、力を一切のラグなく伝達した。関節を経由するごとに体のバランスが崩れない僅か数ミリ動かすことで威力を増幅させ、やがては指の先端へ。
理想的な投球フォーム。マッハ1.2という超高速で投擲された
ここはアーカラ島のハノハノビ-チ。大試練が終わった後ザオボーさんがお礼に特別な場所に連れて行ってくれるとのことで、期待して合流場所に向かったのだ。でもまだ準備が出来ていなかったらしく、私はここで暇つぶしにナマコブシ投げのアルバイトを受けている。
私はマサラタウンの出身だから、当然イシツブテ投げの経験がある。最後の方ではゴローンも投げていた位にはプロ級だ。そこで培った経験を活かせるうえ、給料も高い理想的なバイト。お金なくなったらまた来よっかな。
それにしても、暫くやってなかったせいでブランクが酷い。全盛期はもうちょっと速度出たし、コントロールも良かった。イメージした自分通りの動きがなかなかうまくいかない。
「すこし肩が痛いかな……」
全力でナマコブシを投げていたら、少し痛みが走った。軽く肩を回して痛みを紛らわせる。イシツブテ投げと同じ要領でやるには、1.2kgはあまりに軽すぎた。せめて20kgくらいの重さは欲しい。あまりに大きすぎる違和感を解消しようとしてどこかに無理が出たのだろう。今のところ問題はないけれど、あまり長く続けると負荷がかかり過ぎる。別に速度にロマンを追い求めているわけでもない。軽く気配を探ると残りは2匹。2~3割程度の力で流そう。それくらいでもナマコブシを遠くまで投げるには十分で、大きな負担もかからない。
……まあ、もし肩が壊れても1週間かそこらで復活するから別に良いんだけど。
ユウキさんは、マサラ人が超人とされているのはこの回復力にあると言っていた。回復力が高いから傷ついてもすぐ復活するし、超回復によって強靭になる。回復力が最も高い幼少期にイシツブテ投げを行うことで、遊ぶ→体が傷つく→超回復する→強靭になる→遊ぶ、というループが完成し、マサラ人という超生命体が完成する、と。
最終的にはイシツブテを軽く感じ、更なる重さを求めてゴローンを投げる
子供を強く育てたいのならイシツブテ投げをさせると良い。イシツブテ投げをしたいならマサラタウンに行くと良い。つまり、強くなりたいならマサラタウンに行けば良いのだ。これで君も立派なマサラ人!キャッチコピーにすれば人も増える……増えない?むしろ全力で距離をとられそう。
そんな益体もないことを考えていると、不意に遠くから悲鳴が聞こえた。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
さて、今の悲鳴について考えてみよう。
ポケモンに襲われた?ナンパが強硬手段に出た?砂に足を取られて転んだ?
それなら良い。いや別に良くはないけれど、それは私の知ったことじゃない。もしナマコブシを踏んでしまって『とびだすなかみ』が発動してしまったとしたら?それによって何らかのダメージを受けてしまったとしたら?それは駆除のバイトを受けていた私の不始末だ。
何にせよ、現場を見ないとどうしようもない。靴が砂に入り込むのも気にせず悲鳴が聞こえた先に向かう。
「うわ、えっちぃ」
向かった先で、思わずつぶやいた。
だって、黒いビキニ姿でスタイルが抜群で超巨乳な美少女がなんかヌルヌルした液体を被っている姿をみたら誰もがそう思うに決まっている。ここが人気のない場所であるのが幸いした。周りには私以外に誰もいない。良かった、目潰しする必要はなさそう。
そばには瀕死状態のナマコブシの姿がある。おそらくはナマコブシの白いブツ*1と一緒に出てきた体液*2を被ってドロドロ*3になってしまったと思われる。
予想が当たってしまったことに舌打ちしたい気持ちを堪える。
「大丈夫ですか!?」
『とびだすなかみ』によってケガしていないかの確認をとる。見た感じ物理的なダメージは負ってなさそうだけど、万が一の可能性を考慮すると放ってはおけない。ポケモンの技や特性が人体に与える影響は未知数だ。ナマコブシの体液に未知の病原菌が入っていたら目も当てられない。
私が声をかけると、彼女はすぐにこちらに気付いた。
「わたしは大丈夫だけど、この子が!今にも倒れちゃいそうだったのに、わたし、それに気づかずに踏んじゃって……。元気の欠片も今は持ってないし……。お願い、助けてください!」
この子――とは、彼女がいま抱えているナマコブシのことだろうか。元気の欠片は大量に買い込んでいるので、1つくらい別に大した消費じゃない。お値段たった1,500円!前言撤回、ちょっと高い。
運が良かったなこのエロポケモン。心の中で呟きながら元気の欠片を与えると、ナマコブシは即座に復活した。
「良かった……!ありがとうございます!」
エロポケモンに欠片を与えてやっただけの私に輝かしい笑顔でお礼を言い、ナマコブシに「今度は気を付けるんだよ」と声をかけて優しく海に返す少女――なんだただの天使か。
ユウキさんの地獄の訓練やこれまでの一人旅で荒んだ心が癒されていくのがわかる。ああ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~。
でも、私は彼女に現実を突きつけなければならない。バッグから手鏡を取り出す。突然の行動をきょとんとしながら見ていた少女だったが、手鏡に映った自分を見た瞬間に表情が固まった。と思ったら顔が真っ赤に染まる。数瞬フリーズしていた彼女だったが、慌てて腰元のホルダーからボールを取り出した。
「ダイケンキ、すっごい弱めのハイドロポンプ!」
そして表れた
……ふーん。
近くに海があるならそれを使えばいいと思うのだが、彼女にとっては自分のポケモンの方が身近な存在らしい。ポケモンとの深い信頼関係が垣間見える場面。先ほどの一件からしても、彼女のポケモンに対する愛情が感じられる。手持ちのポケモンはきっと幸せなんだろうなと思って、
はじめて、彼女の姿を見た。
「……ぇ?」
思わず声が漏れる。
どうして気付かなかったのだろう。
彼女はカントーにいた頃からずっと憧れていた、画面の向こう側の登場人物。すべてのトレーナーの中でもトップクラスの成功者。
曰く、ポケモンを支配しようとした悪の組織『プラズマ団』残党を壊滅。
曰く、街の町長となり、設立されたばかりの街で著しい経済成長を成し遂げた。
曰く、ポケウッドにおけるトップ女優で、不動の頂点の座を勝ち取った。
曰く、全国の超一流トレーナーが集まる
曰く、曰く、曰く、曰く……無数の偉業を成し遂げた少女。
今を生きる伝説がそこにいた。
白と黒。
2つの光が螺旋のように絡み合い、蒼穹を駆ける姿が見えた。
『……メイ?どうしたの?』
「ううん、なんでもないよ!ちょっと意外なものを見つけただけ」
『意外なもの?なんだろう。今アローラにいるんだったよね。うーん、想像つかないや』
「ふふっ。わたしも、なんでここに!?って感じになったから、想像つかなくて当たり前だよ。というか、わたしも昔のことがなきゃわかんなかったし」
本当に、なんでここに!?って感じ。
わたしにチャンピオンを任せておいて、自分は好きな人と世界旅行とか。すっごい羨ましい。
『うーん、気になるなぁ』
「ふふっ。次会う時にいっぱい話すから、今は秘密だよ」
『楽しみにしとくよ。
それにしても、昔のメイか。以前お母さんの方から写真を見せて貰ったけど、とっても可愛かったよ』
何やってんのお母さん!?
不意打ち気味に来た「可愛い」というセリフ。こういうセリフをナチュラルに吐くから心臓に悪い。ライブキャスターに写っている相手の顔を見るとわずかに赤くなっていた。自爆するくらいなら言わなければ良いのに。まったく。
わたしも真っ赤になっちゃったけど、相手の顔も赤いからセーフ、なんてどうでもいい理屈を並べる。
「
『懐かしいな。あの時はどんな人がライブキャスターを拾ってくれたんだろうって緊張してたんだ』
「わたしもだよ。声の感じから同世代かなって思ってたけど、すっごいカッコよかったから驚いちゃった」
『えぇぇっ!?』
やった!
画面の隅でガッツポーズ。ふっふっふ、わたしをからかった仕返しだよ。わたしの顔は少し赤くなったけど、これは必要経費。テツくんの真っ赤になった顔が見えたからOK。
昔のことといっても具体的には2~3年前。テツくんに会ったのはその一年くらい後のことだ。だからちょっとずれてるけど、黙っとこう。
テツくんはテンマという名前で芸能活動をしている。
ライモンシティの遊園地でわたしが拾ったライブキャスターの持ち主がテツくんだったのがきっかけで出会い、頻繁に話したり、一緒に遊園地に行く仲になった。最初はわたしもテツくんも自分の立場を隠してたんだけど、たまたま出席したイベントで"テンマ"くんと共演して、その時相手のことに気付いたんだ。
『と、ところで!メイって来月休みとかは――「テンマさん、そろそろお時間です!」ああもう!
……じゃあ、またね』
「うん、ばいばい」
名残惜しい気持ちを押し殺してライブキャスターの通話を切ると、軽快な音と共にテツくんの姿が掻き消える。
わたしはライブキャスターをデスクの上に置くと、ダブルサイズのベッドにぼふんっ!と飛び込んだ。最高級のベッドがわたしの体を包む。余波でベッド脇に置いていたモンスターボールが床に落ちると、抗議するかのようにガタガタと音を鳴らす。ごめんねダイケンキ。最高級のポケモンフード(水タイプ専用)あげるから許して。
ここはアローラ地方アーカラ島。今回わたしが主演を務める映画は南国が舞台なので、ロケ地として選んだのがここアローラ地方なのだ。それに、この地方にも最近ポケモンリーグが完成するらしいから、イッシュチャンピオンとして興味があったという理由もある。撮影期間は来月の末までの2ヶ月間で、延長は出来ない。あんまり余裕がないのでほぼ缶詰だ。
だから残念なことに、テツくんが来月誘ってくれてもわたしは遊びには行けないのだ。そのぶんライブキャスターで話すから良いんだけど。いや良くないけど、こればっかりはしかたない。
窓から見える景色を除くと、そこには一面の海が広がっている。わたし達の取材の拠点はハノハノリゾートのホテルとなっており、リゾート内の風景が良く見えた。窓を開けると、潮の香りが漂ってきた。同じリゾートなのに、リゾートデザートの差が著しい。変な敗北感を感じてしまう。
先程余裕がないと言っていたけど、わたしは今日撮影がないので一日中オフだ。台本は全部覚えてるから読み直す必要もない。だからのんびりと通話できたし、こうやってベッドぐだっとする余裕もある。
とはいえ、せっかくリゾート地に来たのに丸一日をホテルで過ごすのもつまらない。ダイケンキのためにポケモンフードを買う必要もある。手早く水着に着替えると、念入りに日焼け止めを塗ってパーカーを羽織り、モンスターボールと諸々の必需品をいれた小型のポーチだけ持ってハルハノビーチへ向かう。
ハルハノビーチは観光用に開発されているだけあって、サザナミタウンよりも綺麗な海が広がっていた。なるべく他の人から距離を取り、人気のない所を探す。海に行くから変装はできない。騒ぎになってしまうのを防ぐため、人目に付くのは防ぎたい。
そして着いたのがビーチの最北端にぽっかりと空いたスペース。人気がないし、目に着きにくい理想的な場所。
そこに遠慮なく陣取り、パーカーを脱ぐ。浜辺でゆっくりしたい気持ちもあるけど、今はひとまず泳ぎたい気分だった。
軽く柔軟を済ませる。「撮影中に暇が出来たからってビーチに行ったら溺れた」なんて笑い話にもならない。ただでさえあんまり余裕がないスケジュールなので、他の人に迷惑をかける可能性は出来るだけ削りたい。
そして。
柔軟も終わり、さあ泳ごうと一歩踏み出して。
「ぶっし……(・大・)」
「えっ…?きゃぁぁぁぁぁっ!?」
――――っ!?しまった!
気付かなかった。まさか足元にナマコブシがいたなんて!
踏みつけられたダメージで瀕死になったナマコブシは、口元から白い液体を吐き出して倒れてしまう。わたしそんなに重かったかな…なんて場違いな感慨が数瞬流れ、すぐに正気に戻った。
手元にある小型ポーチを荒っぽい手つきで弄り、"元気の欠片"を探す。だけどいくら探してもみつからない。いつもは手の届くところにしまっているのに、どうして!?
「なんで――なんで見つからないの!?」
疑問の声に応えてくれる人はいない。
リゾート気分で最低限の必需品しかポーチに入れてなかった、という冷静に振り返ればわかることに気付くこともなく、だけど自分で打開することもできず、ただ慌てるばかり。
しかも周囲に人がいないから助けを求めることもできない。当然だ。そういう場所を選んだのだから。
自分の行動の悉くが悪条件に繋がっている。焦燥に駆られるわたしに、救いの声。
「――大丈夫ですか!?」