今回使わせて頂いた曲は、物語シリーズの猫物語(黒)OPとしても使用された、羽川翼(声優:堀江由衣)の「perfect slumbers」です。歌詞の世界観に合っていなかったら、大変申し訳ありません。
短い駄文ですが、読んでいただければ幸いです。
※著作権の切れていない歌詞の転載は違反だというありがたい報告をいただいたので、歌詞を削除しました。歌詞が気になる方は、一度この曲を聞いていただけると助かります。
無知な私に忠告していただいた方、本当にありがとうございました。
「ひゃっはろー!」
ああ。
また今日も君に会えた。
私を見て露骨にしかめたその顔も。
その特徴的な腐った目も。
すべてが私の中に沁みこんでいく。
いつからだろうか。
こんなに君に惹かれるようになったのは。
私の仮面の下を見抜いてくれるその洞察力に。
達観していながらも傷つきやすいその脆さに。
分かりにくいけれどあたたかく確かなその優しさに。
初めて会った時から惹かれていたのだろう。
でもきっと。
黒い私の中に、はじめて、そっと咲いたこの心を。
君はきっと知らないだろう。
* * *
私は、臆病な人間だった。
幼いころから両親に付いて大人の世界を見てきた。取り繕われた建前と、黒々しい本音の渦巻く世界。全員が、笑顔を浮かべながら腹の探り合いをしている。そんな世界を見ているうちに、人を信じることが怖くなった。自分をさらけ出すことも怖くなった。そうしてできたのが、自分を守るための仮面。だれもが認めてくれる人格を演じることで、私はずっと生きてきた。
もう、自分の意志では外すことができないくらい。「自分」というものもわからなくなってしまった。
そんな時、比企谷君に出会った。
比企谷君と話して。接して。知って。
時を経るごとに、「自分」の気持ちを知っていった。初めて、「私」の気持ちが生まれた。初めて、「雪ノ下陽乃」を知ることができた瞬間だった。
* * *
曇った空に夜の帳が降りつつあるこの時間。
下校中の君に会えただけで私は嬉しくなってしまう。
「なんか用ですか雪ノ下さん。用がないなら早々にご退場をお願いします」
「もー、つれないなあ比企谷君はー」
今日こそ君にこの心を伝えられるだろうか。
ああ。でも。
「雪乃ちゃんの様子を聞きに来ただけなのにー」
素直になれない私が嫌いだ。
* * *
「雪ノ下の様子って…。別に変わりませんよ。毒舌に氷の眼差しの平常運転です」
「またまたー。何か雪乃ちゃんと進展あったんじゃないのー?」
私の心にかかわらず、会話はいつものように進んでいく。私が雪乃ちゃんを口実に君に絡んで、君が面倒くさそうに返す。
本当に話したいことはこんなことじゃないのに。私の口は止まらない。
私の顔にはいつもの仮面。無意識に浮かべてしまう薄っぺらな笑顔。
心と体が離れていく。
こんなことでは、君に伝わるはずもない。
だからこそ。
「……雪ノ下さん。何か無理してないっすか?」
君の唐突な問いに、私は息をのんだ。
「…い、いきなり何を言い出すのかな比企谷君は。お姉さんがそんなに変に見える?」
「いや、なんか雰囲気がいつもと違うように感じたんで。俺の言葉に対する反応も若干遅いですし…何かあったんなら聞きますよ。後からもっと厄介になった頃に持ち出されても面倒なんで」
目をそらしながらぶっきらぼうに言う君。
いつもどおりの捻くれた言葉。
でも、そこにあるのは確かな優しさ。
自分のささいな違いに気付いて心配してくれた。その事実だけで、たまらなくうれしくなってしまう。
君は今、不器用な私に手を差し伸べてくれているのだろう。
自分の気持ちも満足に伝えられない私を、助けようとしてくれている。
でも。
「あはは。心配してくれるのは嬉しいけど、別に何もないよ」
臆病な私は、その手をつかめない。
そのくせに。臆病でわがままな私は。
あと少し。もう少し。
君が私の気持ちの核心に近づいてきてくれたら…。
そう願い。君にもっと求めることしかできない。
自分から動けない私は、君のくれたひとすじの光にすがれない。
今、心を伝えてしまったら。
どうなってしまうのかがわからなくて。怖くて。
この心の行方を。
今はまだ知りたくない。
* * *
「……そうですか。俺の杞憂ならいいんですけど」
黒い私の心の中。はじめて、そっと咲いたこの心。
「そうそう。何もないから」
今日も、言えないままで。
心は、いつまでも心のままで。
言葉にも、形にもなってはくれない。
こんな私のままじゃ、いつまでも君に届かない。
伝えられない私が悪いんだ。どうしようもない。
そうやって。
あきらめたふりをして。
君なら、その私の大好きな目で心の中まで見透かして。いつか気付いてくれるのではないだろうか、と。
そんなことあるわけないとわかっているのに。
根拠もなく、期待してしまっている。
君になら。君となら。
私も本当の自分をさらけ出せるかもしれない。
私の思いも受け止めてもらえるかもしれない。
私も、君と「本物」のなにかをつかめるかもしれない。
だからこそ。
間違いが怖くて。取り返しがつかなくなることを恐れて。君が離れていくことに、息ができなくなるほど怯えて。
私は、縛り付けられるように何もできない。
これは、もう呪いだ。
君というあたたかな光がどうしようもなく欲しくて。
でも、見られなくなるほどに失うこともどうしようもなく怖くて。
進むことも戻ることもできないで、ただ立ったままで縛られている。
ああ。
多分、今はまだ。
きっと、夜明け前なんだろう。
君のとなりで。微睡みながらまた明日を待ってるこの時間がたまらなく愛おしい。
君の腕の中には行けなくても。特別にはなれなくても。それでも、今の優しい関係が心地いいのだ。
今のままでも、十分なのだ。
そう思っているはずなのに。どこかで、心が悲鳴を上げる。君のことをあきらめるなんて……………………
「雪ノ下さん…雪ノ下さん!」
「えっ!?」
「どうかしたんですか?さっきからよびかけても反応しなかったですけど」
どうやら、考えに没頭していたらしい。
「あはは。ごめんごめん。ちょっと考え事をね」
「…俺じゃ役に立たないかもしれないっすけど、話ぐらいは聞きますよ。無理には聞き出しませんけど」
君は、本当にやさしいね。
素直になれない私に、また、手を差し伸べてくれる。
私の心に去来する、たまらない嬉しさとどうしようもないほどの恐怖。
君の手をつかんでいいのか。迷って。迷って。
差し伸べてくれた手を、つかめずにいる私は。
あと少し。もう少し。
君にばかり。求めている。
でも。
「…本当に、話していいの?」
君のくれたそれは、ひとすじの光。
私が怯えて引きこもっていた、黒い闇の中まで届くような。
確かで、あたたかな光。
ここでつかまなかったら。光にすがらなかったら。
私は永遠に、この闇から出られない。
「いいですよ。聞くだけなら別に。聞いてどうにかできるかは保証できませんけど」
私の気持ち。受け入れてもらえるかはわからないけれど。
今伝えなきゃ。
どんなに怖くても。
これからの私の歩む道を変えるのなら。
今なんだ。
「…ずっと。比企谷君に伝えたかったことがあるんだ」
私の、はじめての心。
「私は、ずっと前から君のことが…」
君に気付いてほしくて。