勇者エリちゃん(憑依)勇者の旅へ出ます。 作:小指の爪手入れ師
まぁ時間が経っても皆待っていてくれると信じていますよ、信じていますよ!!
ㅤ私は現在椅子に座っている。正しくは座る事を強制されている。毎度飽きもなく拘束されている訳だが、私としてはテンプレ化する前に止めたい所だ。
「さて、答えてくれますよね?」
「何を?」
ㅤいや、確かに彼女の性格や性質を理解している私ならば、聞かれている内容も予想できる。できるが、私は敢えて問うてみる。
ㅤ間違えたら恥ずかしいからとかそういうのではない。
「私たちが会えなかった空白の時間についてです。誰にあったか、何を話し、何をされて何をしたかを一語一句違えず、私に教えてください。それだけでいいのですよ。さぁ、嘘を吐かず話せたら
ㅤやけに強調されたご褒美とやらが非常に気になる。果たして誰にとってご褒美なのか分かったものでは無い。
「子ジカたちが来て、交戦して、ちょっとお喋りしたわ。あと、ヘクトールが離反したくらいね」
「…カルデアの方々と話したのは大目に見るとしても、ヘクトールさんの事を、ついでのように扱うのは無理があると思うのですが…」
ㅤ清姫の指摘にハッとする。予想通りだったとはいえ何気に裏切られた事実を鑑みるとついでの扱いは相応しくないかもしれない。
ㅤ慢心はいけないと金ピカを思い出しながら念じた。
「それで、まだ終わってないですよね?」
「ほえ?」
ㅤ清姫は私の目を見定めたまま投げ掛けてくる。蛇を連想させる瞳は私と言う獲物を離すつもりが無いようだ。
「さぁ、立香さんとは具体的には何をしたのです?」
ㅤ清姫の囁く声が私のエリちゃん
「
ㅤ──だから誰にとってのご褒美!?
ㅤ内心叫ばざるを得ない。
ㅤ勿論私は正直に話そう。清姫相手に嘘を吐くとか安珍で十分だからね。私は焼き殺されるのは嫌だ。
ㅤいや、私ならば案外耐えられる気もするけれど!
「うーん、ハグ?」
ㅤそう口にしたら清姫が凍り付いたように停止した。持っていた扇子を落としてしまう程に衝撃的だった様だ。
「…ハグ? それはアレですよね、所謂その、抱擁と言う事ですよね? う、浮気ですか? 妾を取ることに理解があるからと言っても悲しいものは悲しい。それが分からないのですか? あれほど私を見てと言っていたのにも関わらず…エリザは意地が悪いのですね。私が悲しむと理解した上でそのような行動をなさるのでしょう? 至らない所がお有りでしたら仰ってください、必ず直しますから、それでも考え直してくださらないと仰るのであれば腹さえ斬ります。ですから──どうかお考え直し下さい!」
ㅤ徐々に語調を強くしてアドリブとは思えない長台詞を読み上げていく彼女の顔は先程から強気だった少女とは思えない程弱弱しいものだった。
「馬鹿ね、ただのファンサービスに決まってるじゃない。そもそも私結婚何て考えられないし」
「本当ですか?」
ㅤ鷹揚に頷けば、清姫は薄く微笑んだ。
ㅤ本当に良かった。ドラゴンステーキとか冗談でも聞きたくないし、成りたくない。
「じゃあ証明を…」
ㅤそう言ったっきり彼女は俯いてしまった。
「ちょっ近いんですけど…」
ㅤ強引な感じでは無いが、無言の圧力と、じわじわ迫ってこられるのは少々怖い。
「誓いをする時には接吻をすると聞きます…ちゅー」
「海外文化の履き違え方が可笑しいわ! 離せェ!キス顔やめろォ! 」
ㅤ「ガオォー」と吼えてみても吹き飛ぶだけ、綺麗な着地を見せたあとでテケテケの如く迫るホラー付き。今ならキス顔と言うオプション迄付いちゃうスペシャルプライス。
「デュフフ。聞こえますぞォ…」
ㅤ扉の外から不気味な声が響いた。彼女から舌打ちが漏れる。その直後に不意をついた口付けを彼女は繰り出した。ソレは舌を絡めようとして来るのでもなく、舐め回してくるのでも無い。ただただ優しい口付けだった。
ㅤその後、猛々しい赤いオーラを纏った清姫は声のした扉目掛けて着物とは思えない速度で飛蹴りを放ち、ダイナミック退出をした。
ㅤ取り残された私は深呼吸を繰り返すのみ。
「結局キスして行ったじゃない…」
ㅤ彼女はキス以上をしてこない。知らない訳では無いだろう、寧ろ何処ぞの巫女狐のおかげで其の手の知識を溜め込んでいる節がある。
ㅤ恐らく、キスをすると言う行為に慣れ始めた。彼女とて純粋な乙女だ。愛や嘘で暴走するだけで、それだけは確かなのだ。
ㅤ故に、彼女が次のステップを跨ぎかけていると私は推測する。
ㅤつまりこれは拙い事態というのは確かだろう。
「わ、私はアイドルに成るって決めたのだしぃ。思い切って拒否してみるのも有り、よね?」
ㅤいや、正直不安しかない。別段嫌という訳でもないのに拒否するのは嘘だと判断されても可笑しくないからだ。
「千日手なのだわ…」
ㅤという事で私は考えるのをやめた。
ㅤ船室から出た私は生き残ったアンとメアリーに駆け寄った。二人とも目立った外傷も見られず、問題も無いように見える。
「ねぇエリザベート。結局私たちは何で生きてるの? 殺られそうになったと思ったら船内にいたのだけれど…」
ㅤアンが小首を傾げて問うて来た。
ㅤ私は満面の笑みを湛えてアンのマスケット銃を指差した。そこには薄い光が灯っている。
「あれ、さっきは無かった筈よねコレ?」
「僕のにも付いてたよ」
「借りた時に仕組んでおいたのよ! こっそり陣地を作ってショートワープさせたの、凄いでしょ?」
ㅤ「おぉ─」と二人は拍手を贈ってくれた。実は原理などさっぱりだったりするのだが、何となくで出来てしまったので結果オーライだと思う。
「でももっと凄いのはこれからよ!」
ㅤ
ㅤそれはまるで城のようだ。と言うか巨大船に城を置いただけに見えるのはきっと気のせいではない。
「
「重くて進めないんじゃ…」
「飛ぶから良いのよ」
「え?」
「と言うわけで、船出の歌を歌っていきましょう! カリブっぽいのね!──ミュージックスタートォ!!」
ㅤ海のパワーを
ㅤ
ㅤ高度を加速度的に上昇させて行き、空を掻き分けて前進する。歌が歌い終わる頃には魔力供給も安定化しており、落ちる心配はしなくともいいだろう。
「それでヘクトールは追えるの?」
「マントにマーキングしてあるから何処に居たって無駄よ。空から追跡して首魁諸共倒してやるわ」
ㅤアルゴー船に居るメディアならば直ぐにでもマーキングに気付き、消してしまうだろう。だが、その時には私たちは上空に待機中、勝ったも同然だ。
ㅤ
ㅤそもそもこのような回りくどい方法を採用したのはメディアが行使しているだろう隠蔽系統の魔術を考慮しているからだ。黒髭とドレイクの鬼ごっこ中に察知されずにひっそりスタンバッて居られるのは、目視不可や認識阻害の魔術でも無ければ説明がつかない。
ㅤ神代の魔術師である彼女なら時間を数分与えただけで現代魔術師が血反吐を吐く程の完璧な術式を構築する事だろう。
ㅤ現在はこれらを考慮して作戦実行中なのだ。
「フフフ、自分の無限の可能性が恐ろしいわぁ。軍師なんて名乗ったら過労死の未来が見えてくるから自称する事は躊躇うけれどね!」
「随分と御機嫌のようですねエリザ」
「パズルのピースが過不足なく用意出来た感じよ。後は全部嵌めれば終了! 清姫も気を引き締め…」
ㅤ振り向いて見たら居るのは清姫と黒髭、だった物。時折跳ねる炭は恐らくきっとたぶん黒髭。
「生きてるの?」
「表面を焦がしただけですので、
ㅤ体表面を満遍なく焦がされるのはソレなんて拷問なのだろうと私は思う。私の性質上拷問は得意なのだが、正直趣味とかそう言う範疇に収まっていいものではない。
ㅤ清姫のその後が心配でたまりません。
「っと、そろそろ敵上空よ!」
ㅤマーキングの反応はこれより真下を示した。やがてその反応さえ途切れたが、それもこの場所を示していた。
ㅤさて、奇襲は完全な不意打ちでなくては意味は無い。何度も同じ手は通用しないし、在り来りな作戦の結果も芳しいものでは無いだろう。
ㅤなればこそ、私の様な奇策を立案する者が必要だと考える。何事にも
「船ごと突貫! これがベストな回答よ!!」
「何もベストじゃないと思うなぁ!?」
「もう遅いわメアリー」
「え?」
「──もう落ち始めてるもの」
ㅤ船首を下へと傾け、気分で取り付けた両翼から魔力を放出してブースト。自由落下以外のエネルギーを得たチェイテ号はまさにステラ。
「落ちろォォッ──チェイテェェ!!!」
「自分の城を落とすなァ!」
ㅤ最もな意見過ぎて私の心が軋んだ、気がした。
ㅤ派手な登場こそ
「おいおいおいおい、おいぃい!? もう既にいるって上だったのか? どんな無能が指揮官になればあんな馬鹿な真似ができるんだ」
ㅤそう言っているのは殴りたい英雄筆頭候補のイアソンだ。殴りたい、具体的にグーで腕を振り抜きたい。
「言っている場合では無いのでは? このままではイアソン様
「未来の旦那に対して辛辣過ぎィ。いや待て、元はと言えば逆探知をもっと手早く済ませておけばいいものを見逃したお前が悪いんだろ!」
「えぇそうでしょうとも。イアソン様がそう仰られるのならそれが真実なのでしょう。…それともう対処不可の様ですが?」
ㅤチェイテ号の船首はアルゴー船のマストをへし折って突き刺さる。重さゆえに船体も大きく揺れ、イアソン
ㅤそれと幼いメディアに「愛しい」だとか「私の」とか言うとロリコンのソレにしか見えないので事情を知っている者の前でしかやらない方がいいと思う。
「うぅ…酷い目あった。メディア、メディア!」
「ハイハイ此処に居ますよ」
ㅤ呼び戻されたメディアはイアソンに助けなかった理由や、チェイテ号の対応の不満を撒き散らしている。
ㅤあれでケイローンの教え子だと言うのだから世の中分からない。
ㅤぁ、言い負かされて泣いてる。
「うるさいうるさい、うるさーい!! 全て打ちのめせヘラクレスゥ!!」
ㅤイアソンの手より赤が弾けた。
ㅤ…え、アレって令呪よね? 令呪と言う事は、詰まるところ「やっちゃえバーサーカー」って事でいいのだろうか?
「──■■■■■■ーーーーッ!!!」
ㅤいいみたい。
「って夢想してる場合じゃ無いわァ!」
ㅤ
ㅤ呆気に取られて機能が停止していたわ。ヘラクレス何て子ジカに丸投げして、鬼ごっこして、アークにインして倒してもらう気満々だった。と言うか、その前にイアソンを退場させる気しか無かった。
ㅤ前に私TUEEEEと言ったわね。アレはヘラクレスには通用しないからね。攻撃に耐性を持った上に何度も倒すとか無理だから、そもそも技量で負ける予感しか無いから。
ㅤアレなの、邪眼に目覚めて邪王炎殺黒龍波でも打ち込めば良いのかしら? 個人的に次元刀の方が好きだわ!!
ㅤ野獣の様なけたたましい咆哮が迫る。鉛色の巨人の圧力は距離が近付くにつれて増してゆく様だ。
「清姫!」
「何時でもどうぞ」
ㅤヘラクレス相手に攻めは死を意味する。レトロニアで弾き、エイティーンで逸らし、危なくなったら清姫の援護でバックステップ!!
ㅤこれを繰り返して、子ジカに助けて貰うしかない。大丈夫よエリザ、アッチにはヘクトールと竜牙兵しか行ってないはずだもの。直ぐにでも子ジカが助けて、くれる…
ㅤ斧剣と大剣の切り結びは私の腕には重すぎた。体重や身長を比べても倍以上ある。相手がそのアドバンテージを手放す訳もなく、全身を使って私を押さえ込み、子供が蟻を踏み潰す様に地面に叩きつけようとして来る。
「離しなさい!」
ㅤ接吻の残り香でオーラを纏った清姫はニトロの匂いを撒きながら、ヘラクレスの背後より上半身を焼いた。
「そりゃあァ!!」
ㅤ意識が清姫に逸れている間に刀身を滑らせて抜け出す。これには私も安堵の息を漏らす他ない。
ㅤその束の間だ。私の眼前に足が映ったのは。
「おぼわァ!?」
ㅤスキルによる頑健さに助けられた為に死にはしない。だが、派手に甲板に転がされる。起き上がるのにはかなりの隙を生む。
ㅤつまりヘラクレスは跳躍から振り下ろしで私を一刀両断しにかかる事実は致し方ないね。
「
ㅤ着弾。
ㅤ顎あたりから煙が登っているあたり、アンが撃って、メアリーと黒髭が砲弾を詰めているのだろうと何となしに理解した。
ㅤそして、ヘラクレスの凄まじさも理解した。
「令呪込みでも頑丈過ぎるでしょ。まるでゾンビみたいなタフさ! 少しくらい怯みなさいよ!!」
ㅤ
ㅤ悪態を吐いたところで状況が好転するわけもない。
ㅤマジ辛い! 取り敢えず──
「──早く来てよォ子ジカァ!!!」
ヘラクレスは強いと主張したいだけの一話でした申し訳ありません。清エリ成分は入れたのでどうかご容赦頂きたく…
ァ、それとエリザニウムならぬエリザ粒子があったみたいですね。正直、フッと笑っちゃいましたよ…