勇者エリちゃん(憑依)勇者の旅へ出ます。 作:小指の爪手入れ師
いやぁクリスマスにあげようと思って書いたらいつの間にか過ぎ去り。
じゃあ年明け前までにと思っていたら過ぎ去り。
ならば三賀日中にと思っていたら今日まで来ました。
皆様の益々のご多幸を切に願いながら、今年もよろしくお願いします。
ㅤ私が思うエリザベートという少女は優秀である。
ㅤ頭の回転は早く、教えられた事を直ぐに記憶し実践へと移り、完璧に熟してみせる素養があるのだ。一言で言えば彼女は天才肌なのだと言えよう。
ㅤだが一方、エリザベートは純粋すぎるきらいがある。よく言えば純粋無垢で素直な綺麗な心の持ち主だと言えるが、悪く言えば単純で単細胞な自身の素養を生かしきれない可哀想な少女とも捉えられる。
ㅤ物事を冷静に俯瞰し考えられる力があるのに、悪と断定される様な行為を一度善と思い込めば他に止められるまで悪だと認識出来ない。
ㅤ故にエリザベート・バートリーを全肯定してはいけない。彼女は思い込みが激しいのだ。
ㅤつまり、私が声を大にして言いたいことは──
「──アンタの歌下手過ぎなのよ!!」
ㅤこれに尽きる。
「ハァ!? 何処がよ!」
「全部よ全部。私は一体お姉様の為に何回防音術式を補修しなきゃならないの?」
「アンタの魔術が貧弱なだけでしょ!」
「普通は歌で剥がれる様な魔術じゃないのよ。まず歌うだけでソニックブームなんて起こらない!」
ㅤ我が愚姉は歌が下手だ。最早下手と言う言葉さえ生温いくらいには音痴。しかも無自覚である所がより一層のたちの悪さを演出している。
ㅤまぁ音痴なのは私も人の事を言えたことではないけれど、自覚はあったし何より事前に対処法を心得ていたので愚姉より賢いのは確定的です。
「まずアイドルとは如何にしてアイドルたらしめるのか、お姉様は知ってるかしら?」
「アイドルの根底への問って事ね。それはキラキラしてて歌えて踊れて他を魅了するって事じゃない? つまりそれが出来ない者はアイドルじゃない。その点
「うんそうね」
ㅤ確かに何も間違えてないな。
「じゃあステージに上がったアイドルはファンに向けてどう言う態度で接するべき?」
「態度?」
「アイドルがステージに上がったならファンは私たちに期待をするのよ。これからどんなパフォーマンスが目の前に行われるかってね。そんなファンにアンタはどう言う感情を抱くの?」
「いや当然の事でしょ。ファンはそういうもの……アタシがどう思うか?」
ㅤ思わず頭を両手で覆った。やはりこの姉は圧倒的に足りない物がある。それは至って単純でパフォーマー全てが持って然るべき物。
ㅤそれはファンを大事にする心だ。
「私が思うアイドルはファン有りきなのよ。ファンが居るからアイドルが居るの。オーディエンスの居ない孤独なステージにアイドルは似合わない」
「ステージに立てば子ブタたちが居るでしょ?」
「満員御礼なんてものが当たり前なはずないでしょう」
ㅤ私はアタシの鼻先に指を突き付ける。
「まず来てくれた事に感謝し、期待してくれた事に感謝し、愛してくれる事に感謝する。その思いを身体に乗せてオーディエンスに返すの」
ㅤ誰かの為に歌い舞う事で私たちのアイドルとしての質は宇宙を跨ぐ。なんで愛され上手なのにそこだけが抜けるのか不思議でならないが、目の前の愚姉を見る限り理解不能だと脳が回答しているらしい。
ㅤ顔を右往左往させてあーでもないこーでもないと解答を中空に求めているのを見て小休憩でも入れるかと思案するタイミングでレッスンルームの扉が開いた。
「どうですか進捗の程は?」
「見ての通りよ」
ㅤあらあらと笑う清姫。
「先は長そうですね」
「他人の為に歌うって事がそんなに複雑かしら?」
ㅤ唇に扇子を押し付けた彼女は少しばかり困ったように笑っている。どうにも彼女たちにとってはこの問は難問らしい。精神が男性であるところの私では気付かない何かがあるのか?
「誰かのためになんて、そうそう出来るものじゃないですよ。いつだって人は自分の事で精一杯ですから」
「そういうものかしら?」
「そういうものです」
ㅤ手渡されるエリクサーで回復しつつ未だ四苦八苦する愚姉を見る。
「( ・᷄ὢ・᷅ )」
「ぶっさ」「あら可愛い」
「ん?」
ㅤこいつ最早エリザベートなら何でもいいのでは?
「一番は勿論貴女ですよ。安心して下さいね」
ㅤなんでナチュラルに心を読んで来るのか。正直問い質したら最後、精神をゴリっと削り取られる予感がするので聞かないでおくがそれとは関係なく怖いのでやめて欲しい。
「ところで答えは出たの?」
「うーん取り敢えずあれよねライブ開始時の『みんなー、今日はアタシの為に来てくれてありがとうー』みたいなものよね」
「当たらずとも遠からずってとこね。まぁ及第点ってとこでしょ」
ㅤ心構えさえしっかりとしていれば大丈夫だし。コツさえ掴んでしまえば普通に歌いきれる──と思いたい。
「じゃあその思いを念頭にダンスレッスンよ!」
ㅤそこからはトントン拍子。元よりエリザベート同士互いの息は自然と揃うし歌以外はそこそこ優秀なアタシは覚えが早かった。サーヴァントとしてのスペックで魅せる超絶ダンスは他の追随を許さないものに仕上がった筈。
ㅤ現にこのレッスンで発生したエリザ粒子の総量は私が一人で踊った時の10倍はあった。物理的なものに換算すれば超弩級メカエリチャンの武装であるミサイル150基(対城宝具相当)にあたる。勿論ちゃっかり回収したので150のミサイルは既に運用可能です。
ㅤこれでライブを成功出来たならばこの特異点は修復したも同義。
「ぐへへへ」
「あら可愛い」
「妹の将来が不安だわ」
ㅤおっと勇者らしからぬ悪どい笑いが漏れた。
ㅤ基礎が出来たならあとは走り抜けるだけ。まぁ歌で合格の判を押しても地獄のリハを残しているから決して平坦な道程ではなかったけれど、と言うか何リテイクしたか忘れる程にはトライアンドエラーだった。
ㅤ歌のキーが外れたらリテイク。パートを分けた箇所を間違えて歌ってもリテイク。歌と踊りがズレてもリテイク。互いの息が合わなくてもリテイク。笑顔が絶えたらリテイク。喧嘩してもリテイク。清姫が茶々を入れてきてもリテイク。
「まずなんで『リテイク』なのよ! これリハーサルよね!?」
「このモーションデータを加工してMV作るからに決まってんでしょうが。あとこれも映像に残ってるから、初回ライブムービーコンプリートBOXを売り出す際に封入特典として使うから」
「マジか!?」
「マジよ」
ㅤ編集すんの私だからこれ以上回数を重ねないで欲しい。──切実に!
ㅤだが虚しく響くリテイクの嵐。
ㅤ演出が気に入らなくてもリテイクだし、細かい調整を入れる度にリテイクだから終わりが見えない。
ㅤ仮に精根尽き果てて倒れようとも頭からエリクサーで強制的にリテイクである。つまり24時間働けますね。残念だったな愚姉よ、サーヴァントには労協やら労基はノータッチだ。
ㅤドツボにはまって来た微調整とリテイクの波涛の中にアラームが鳴る。これは敵が超弩級メカエリチャンの近くまで接近したという事。量産型メカエリチャンが哨戒してる中を突っ切って来たという事はただのケルト兵や改造ヘルタースケルターなんかじゃない。──つまりサーヴァント!
「アタシは休憩してなさい。清姫!」
「此処に」
ㅤ霊体化して直ぐに駆け付けた清姫は緊張した顔で私を見た。それ程のサーヴァントという事か。アルジュナとかカルナだったら計画が丸潰れよ【
「『どりる』でした」
ㅤその言葉で思わず固まった。
「ドリルですって!?」
「量産型が最後に情報を送信して来ましたが……殆どが一突きだったと記録に残っています。一瞬だったとも」
ㅤ私の口から短い悲鳴が漏れる。真に恐るはアルジュナやカルナ、クー・フーリンでも無かった事に今気付いた。
ㅤ忘れていたのだあの男を。
ㅤ時に子どもに恐怖の声を上げさせる歯医者。
ㅤ時に監獄塔で現れた色欲の罪人。
ㅤ時に山を割り島を砕くドリルを携えた戦士。
ㅤその漢の名は──
「──フェルグス・マック・ロイ」
ㅤよりにもよって奴の存在を寸前まで忘れていただなんて艦長失格だ。フェルグスの持つ剣はランクで言えばかの聖剣エクスカリバーに勝るとも劣らない破壊力を秘めた宝具。
ㅤその真名を
「最悪だわ。まだステージ準備中だってのにゴジラが来た」
「ふぇるぐすという英霊はそれほどに厄介なのですか? 今までにも強大な英霊を相手取った気がしますが?」
「確かにアルテラやヘラクレスは強かった。でもどんなものでも相性ってものがあるのよ」
ㅤジークフリートと龍とか、信長に神とか、ジャックに女とか、スパルタクスに圧政者とか、黒ひげにドレイクとか。
「エリザとふぇるぐすの相性が悪いと?」
「まぁ女性を見たら直ぐに口説き出す気質は正直好かないけど、線引きした上での相性はそこそこよ。戦士としては実直だし、油断なく相手取れば辛勝ってとこでしょう」
「そんな軟派な方をエリザと会わせる? それはちょっと私許せませんね」
「あぁそこに反応しちゃうのね。でも大丈夫よあれは成人に満たない女性にまでは一定の節度を持ってるし」
ㅤまぁ節度を持ってるだけでその気なら部屋を予約してお持ち帰り準備をするんだけどね。私は勿論ノーです。清い体でいたいんだい!!
「それでもダメですよ!」
「いやでも──」
「ダメです!!」
「えぇ……」
ㅤ何故そこまで意固地になるのか分からない。今までは不本意にも前線で戦ってきたし、相応の修羅場()を潜り抜けて来たという自負もある。
「なんでダメなの?」
「……襲われたら傷になります」
「いや私がそう易々と辱めを受けるとかナイナイ」
ㅤ事に及ぼうものなら去勢拳よ去勢拳。安心させようと華麗な蹴りを見せてやっても清姫の表情は依然芳しくない。明らかに不満ですって感じ。
「気付いていらっしゃらないようなので、ハッキリきっちりちゃんと言わせて頂きます」
「あ、うん」
「私は知ってるんですこういう状況の事をお約束だと、そしてエリザの発言が『ふらぐ』なるものなんだと」
ㅤん? 雲行きが怪しいな。既に誰かがウチの清姫に入れ知恵したって勘のいいエリザベートは分かっちゃうんだよ。
ㅤタマモ?
ㅤキャット?
ㅤおっきー?
ㅤそれとも他の日本英霊?
ㅤ会ったらきちんと罪を精算させてやると心に決めて清姫に先を促す。笑顔を貼り付けながら。私は冷静、私ハ冷静ダ。
「これによるとですね」
ㅤそう言って取り出したブツは薄い冊子。表紙にはビキニアーマーを着た女戦士が居る。ビキニアーマーと言ってもなんかいい感じにズレていて、女戦士の表情は羞恥とそれ以外の理由で頬が赤い。そして僅かに顔には反抗の色が残っている様に見える。
ㅤそれは紛うことなき破廉恥な本であった。それもかなり際どい内容とみた。そしてその手の本の入手経路を持ち、清姫と親交がある存在はあいつしか居ない。
「またなのおっきー」
ㅤいや資料と称して幾つか漫画等を貸し出して居るとは聞いたけど、ここまで行き過ぎた内容とは思わなかったわ。
ㅤあと真面目な顔で同人誌を読んでるあたり本当に資料だと思っているのか、それとも慣れるほど読み込んだのか。
「いえいえこれはおっきーから借りたものではありませんよ」
「あれ、そうなの?」
「借りようと問い合わせてみたんですが持っていないと即答されまして」
ㅤ流石にメル友とはいえ性癖公開するのはまぁアレよね。それに清姫だし。現に鵜呑みにしてるし。おっきーナイスよ。減刑してあげましょう。
「でも、じゃあ一体誰が?」
「くろひーです」
「あんの汚物がァ!!」
ㅤ彼奴は超えちゃいけないラインを超えた。タマモ並の大罪人へと駆け上がりやがった。
ㅤ良い笑顔でサムズアップをしやがる脳内のくろひーにエイティーンをぶっ刺し、如何わしいブツを清姫から取り上げるがそんな事は関係ないとばかりにもう一冊取り出す清姫を見て目眩がする。
「何冊貸し出されてるのよ!?」
「ベッドの下に丁度収まる程度です」
「それは私の?」
「そうですが? そこに仕舞うのが習わしだと聞き及んでいます。それと私
「私アイドル何ですけど!?」
ㅤ清純派アイドルなのだけれど、清楚が売りの勇者系アイドルなのだけれど!
「とにかく! そんな物を鵜呑みにしない事よ清姫」
ㅤなしてそこで不満顔なの?
「絶対に絶っ対その手の本の知識を現実に流用しない事! いいわね!」
「私なりに努力してみたのですが……」
「ぅ……」
ㅤややツヤツヤした清姫が私に問いかけた。
「結局相性が悪いとはどう言った意味だったのでしょう?」
「ドリルは『メカ特攻』だからよ」
ㅤ自分で思ったより疲れた声が超弩級メカエリチャンの巨体に溶けるように消えた。
閑話休題が全く仕事しないな!
やっぱりノリと勢いでしか書けない我が身が恨めしいです。
でもしょうがないの、清エリが勝手に暴走するから!
次回でアメリカはおしまい……の予定です。内容は考えてない。
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評価も嬉しいですが感想の方を熱望してます。皆様とのやり取りが好きなんで。