終末世界ぶらり旅2   作:イーストプリースト

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『Log0:旅の足跡』

「それにしても本当にいろいろなことがあったね、トト」

 棺桶を背負った少女が廊下を歩いている。棺桶が重いのか、彼女が重いのか彼女が歩むたびにみしりと廊下が音を立てるが、彼女自身の足取りは軽く負担になってはいないようだ。

 彼女が歩くたびに、修繕されたティディベアの人形が腰で揺れる。

「ドロシーはトラブルを引き寄せる体質でありますからね。むしろ、ドロシー自体がトラブルといいますか」

 その後ろを少女がついて歩く。自らの体躯より大きな鍵爪が廊下の壁を傷つけ、不快な音を鳴らしているが気にしない。こうでもしないと、施設内を歩けないのである。

 少女はリボンがついた犬耳をぴくりと、2度ほど、不快そうに揺らした。

「そんなことはないよう。……それにしても本当に長かったね」

「ええ、目覚めてすぐにドロシーが襲われてたので、助けに入ってからいままで長かったでありますね」

「あれ、トトも目覚めてすぐだったんだ」

「はい、状況は判りませんでしたが何をするかわかりませんでしたので」

「…………、わからないですまし顔してたのね」

 棺桶を背負ったままドロシーがトトに呆れたような視線を向ける。

 トトはすました顔をしたまま、目線を横に逸らしてごまかした。

「まったく。迷宮の時も本当はよくわかってなかったんじゃない?」

「自分はドロシーと違って、自らの記憶を保持しており、何をするかはわかってたでありますから」

 トトが犬耳を動かして周囲の音を探る。作業用のアンデッドが歩いている音、何かの薬品をマニピュレーターで掴んだ機械が天井近くのレールを通ってどこかへ薬を運んでいた。

 リボンが動きに合わせて耳の周囲でひらひらと揺れた。

「まぁ、あの迷宮はドロシー以外に攻略するのは無理でありましょう。隠し通路が無数にありましたが、ヒントがない上にどれも隠されておりましたので見つかりませんし」

「そのあとも酷かったね。あれ、魔女じゃなくて蟲の女王だったよ」

「アンデッドに巣食う寄生昆虫たちの森でありましたね。まったくお菓子に化けるとはひどい話であります」

「食べたそうにしてたトトが言う事じゃないよね」

「まぁ、最後の光景で食欲も失せたでありますが」

「あれはしょうがないんじゃないかなー」

 魔女の家に踏み入れた時の脚に感じた違和感。さくさくとしたお菓子をつぶしたような感触に灯を近づけてみると、そこにはお菓子に擬態した寄生昆虫の姿が。

 恐る恐る灯で家の中を確認すると、至る所にお菓子と不快な害虫が合体したかのような蟲がところ狭しと蠢いていた。

 蜘蛛の巣をのそるのそると動くキャンディーに、とぐろ上に巻いていたケーキのような百足、板チョコレートの形をした黒光りする害虫などなど、言葉では言い表せない悪夢のようなお菓子の家であった。

「正直、いまでも夢に出るのでありますが……」

「あ、たまに夜中にベッドに入ってくるの、そういう理由だったんだ」

「恥ずかしながら……」

「もう、トト。かわいい」

 トトの頭をドロシーが撫でる。トトはそっぽを向いて、犬耳をふりふりと揺らした。

「それから遊園地……あれを遊園地と言っていいのでありましょうか?」

「さぁ、遊園地に行ったことないからわかんない。けど、夜になるまでは楽しかったよね」

「はい、できればもう一度行きたいでありますね」

「だねぇ……」

 狭い廊下を抜ける。振り返ってみるとトトの鍵爪で壁にひどい傷がついていた。

 ここから先の道は複数人が通れるような広い道であるため、壁をひっかく心配はなかった。

 トトは鍵爪で廊下をひっかかないように注意して歩く。なにせ、彼女の鍵爪は巨大すぎるので普通に腕を下ろすと、廊下に突き刺さってしまうのである。

「それから、遊園地を抜けて、この研究所について、記憶を取り戻して」

「そして、管理用生体コンピューターと戦ったのでありますね……。最後は本当にダメかと思ったであります」

「わたしも駄目かと思ったけど。まぁ、なんとかなったね」

「ドロシーの楽観的なところはうらやましく……もないでありますね。楽観的過ぎるでありますし」

「酷いなぁ、トト」

 二人は広い廊下を抜けて、ある部屋の前に立つ。

 ドロシーが名前を見て嫌そうな顔をした。トトは相変わらずの無表情、感情のともらないカメラアイでその部屋名を見ている。

 部屋の名前は「ネクロマンシー室」。

 

 

 

「トト、本当にこれを使うの? わたし、できれば使いたいくないんだけど……」

「ウィンキーを探すのであるのなら、まず死んでる確認しないと、無駄になる可能性があるであります」

 それに、自分も使いたくはないであります。とトトが付け加える。

 二人の目の前にはアンデッド自動作成機械があった。即ち、死者蘇生術(ネクロマンシー)を全自動で行ってくれる機械である。

 ネクロマンシーとは魔術や神秘ではない、れっきとした科学である。

 アンデッドとは死者の身体を用いて粘菌を培養し、その粘菌を用いて自我次元に接続することで、自我を持たせて稼働する一種の生体機械であった。

 死体やパーツはというのはルーターやモデムの役割を果たし、粘菌を培養。培養された粘菌はプロバイダの役割を果たして、自我次元というネットワークに接続する、というべきだろうか。

 ネットワークと自我次元の違う点をあげるなら、ネットワークなら1つのサーバーに複数人がアクセスすることができるが、自我次元には1人までしか接続することが出来ない点である。

 即ち、その自我次元から誰から個人の人格に接続されている場合、他の人間がその個人の人格を用いてアンデッドを作成しようとしても、自我が宿らないのである。

 どれほどはっきりとした自我を持っているかを測る話には自我強度というものがあり、それらは自我次元とどのぐらいの大きさ接続してるかで変わるのであるが、今回は割愛する。

 低級のアンデッドほど自我次元に接続している面積は低く、ドロシーたちドールようなはっきりとした自我を持っているアンデッドは自我次元に接続している面積がかなり大きく作られている。

「それはそうだけど、納得いかない……かな」

「ドロシーがここで安全に暮らすというなら使わなくもいいのでありますが」

「うーん、それも納得いかないかな」

「わがままでありますな」

「うん、ごめんね」

 ドロシーが困ったような笑顔を浮かべる。それを見たトトが仕方なさそう鼻を鳴らした。

 その間にも、ガラス超しに作業が進んでいく。

 本来、ドールのような一品もののものはネクロマンサーの手作業で細やかな調整を行い、つくられる工芸品に近いものであるが、この機械は違う。

 あくまで一定の成果のものの量産を主とした工業品の作成用である。

 そのため、性能はドロシーやトトのように高くはならないが、人格を持った人間の作成ならばこれでも十分である。

 ガラスを隔てた先で、人体が"組み立て"られていく。

 生体コンピューターに音声入力で選んだパーツと同じ冷蔵されたパーツが、マニピュレーターに摘まれてくる。

 皺くちゃに干からびミイラ化されたそれは、十数分の解凍&活性化作業を行うことで、みずみずしい人間の身体へと戻っていく。

 恐らくは先にアンデッド化したパーツを乾燥させ、中の粘菌を休眠させ冷凍することで長時間の保存を可能としているのだろう。

 すでにアンデッド化している手足と胴体をマニピュレーターが糸で縫合していく。

 作業を始めて数十分、首のない少女の身体がそこにあった。

 顔の作成に少し時間がかかっているようだが、作業そのものに滞りはない。

 ドロシーの割とあいまいな証言を元に作られたモンタージュであるが、記憶にあるウィンキーの顔にとても似ていた。

 骨の必要な部分をドリルで削り、クーパーが開かれた皮膚を固定、その上から筋肉を手術糸と針で縫い付けている。

 文字通り機械的な動作であっという間にウィンキーの顔が造られていた。

「………」

「………」

 それを気持ちが悪そうに二人は見つめていた。

 文字通り製造される人間に気分が悪そうだった。 

「ねぇ、トト。人間ってこんなに簡単に作られていいのかな」

「正直なところ肯定はしたくないでありますね」

「うん」

 その間にも工程は進んでいき、目の前にはつぎはぎされたウィンキーと瓜二つの簡易ドールが造られていた。

 粘菌の培養を含めて時間にして2時間足らず、ドロシーがウィンキーの外見にこだわらなければもっと短い時間で作成されただろう。

 次の工程として、自我次元への接続を行おうとして『すでに別のアンデッドが使用しているため接続できません』と生体コンピューターの画面に表示される。

「……これって」

「つまり、この世界でウィンキーの自我がどこかで使用されているという事でありましょうな」

「よかった……生きてた。生きてたよ」

「……果たして幸運であったのでしょうか」

「え?」

 安堵の吐息を漏らすドロシーとは対照的に沈痛なトト。

 トトのカメラアイは何も語らない。

「この広い世界の中で、どこにいるかもしれないウィンキーを探すことになったであります。それは本当に幸運なことでしょうか?」

「あー、そういえばそうだね」

 今更気づいたようにドロシーが目をそらして頬を掻く。

「ま、けど、どうにかなるよ。わたしたちも会えたじゃない。大丈夫だよ、トト」

 根拠が全くない楽観的な言葉。

 しかし、ドロシーの笑顔に何も言えずに、トトは溜息を一つ吐いた。

 

 

「うん、これで全部だね」

「もう一度、確認しましょう」

「トトは心配性だなぁ」

「ドロシーが楽観的過ぎるのであります。旅立ってから足りないものに気付いてもどうしようもないでありますよ」

 肩に掛けた狙撃ライフルを外し、渋々、合金製のトランクや棺桶を開いて中身を確認する。

 予備の着替え、武器の整備道具、ロープ、ナイフ、etc……それを2人で1つ1つ確認した。

 今までの旅の経験から必要そうなものを棺桶とトランクに詰めたが、不足はなさそうである。

 ドロシーの腰につられた傷だらけのアンデッドガンとティデイベアが揺れる。

 リボンのついた犬耳をピクピク動かしながら、真剣にトトが荷物を吟味していた。

「あ、戸締りはした?」

「生体コンピューターに命令しているであります」

 車など何らかの移動手段を使うことも考えたが、トトの鍵爪が大きすぎるため断念した。

 ドロシーが1つ1つものを取り出し、説明するとトトがうなずく。

 やがてすべての荷物が検品し終えた。

「はい。問題はないであります」

「それじゃ、行こうか」

 ドロシーが棺桶を背負い、合金トランクを持つと、出口へと歩いていく。

 行く先に根拠も当てもない。ただ、ウィンキーが脱走した当時の方角へとりあえず、歩いていってみるだけだ。

 まるで砂漠に落ちた針を探し出せというようなものであった。

 それでもドロシーの足取りに不安はない。

「ドロシーは不安じゃないのでありますか?」

「うん? 不安はあるよ。探し出せるかわからないし」

「それじゃあ、何故……」

「けど、やってみないと分からないじゃない。それにトトと一緒なら、どんな旅も楽しいよ」

「…………、まったく」

 トトが溜息を吐く。犬の尻尾がぱたぱたと振られた。

「ドロシーはしょうがないでありますね。ついていってあげますよ」

 そして、ドロシーの差し出された手をトトが鍵爪をそっと乗せて。

 二人は歩き出した。

 

 

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