PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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不明なファイルchinkomogeroを実行しますか?

「来るぞっ!! 下からだ!」

 

 ブンタの声が針葉樹の森に響く。

 ヤシノキラボとの通信を終え、シンディアたちに転送してもらった装備のチェックをしていると、突如ブンタが敵襲を告げたのだ。

 感覚強化型のスキルで感知し、即座に散開するブンタとシンディア。ブンタの声に人外の速さで対応してみせるショウコとサラーナのAI少女たち。そして「え?」とか「あ?」とかそんな感じの音を口から垂らして呆然とするアーネストは、スラスター全開のショウコにタックルでもされるように抱きかかえられて窮地を脱した。

 

「ぐぇはっ!」

 

 肺から一気に空気を追い出されてアーネストからおかしな声が出るが、ショウコは構わず彼を地面へ放り捨て、今しがた自分達の足元から出現した敵を見る。ぞんざいな扱いだが、アーネスト業界ではご褒美である。

 

「これがジジイが言ってたやつですか……、厄介なもん作ってくれますねぇ」

 

 アーネストが立ち上がって現状を把握する頃には、数秒前にいた場所には壁が出来上がっていた。

 ピンクに肌色、茶色などの色がうねうねと気色悪くうごめく肉の壁。ロザリスによってヤシノキラボから奪取された触手ユニットによる、触手の壁であった。

 目算で高さ一〇メートルほど。その壁の上に一つ人間大の花の蕾のような触手の塊が、花開く。

 

「ようこそ~! 侵入者さん~」

 

 そこから現れたのは、壁のこちら側とあちら側を向いて背中合わせの二人、フィリステルとロザリスであった。アーネストたちの側をみおろしているのは、すでにサブマシンガンをホルスターから抜いたフィリステルだ。

 

「フィリさん!? どうしてこんなに早く……!?」

 

 すでに作戦がバレていた!? 極秘のスニーキングミッションだったはずの作戦が、現地到着早々に崩れ去った。

 

「侵入そうそう悪いのだけど、そこの変態紳士とその奥様はお呼びじゃないので、ラボには行かせないわよ!」

 

 ロザリスが反対側にいるであろうブンタたちへ向けて叫ぶ。

 

「吾輩も嫌われたものであるな。しかし! ここまで来て娘のために何も出来なかったなど紳士の名折れ! 力ずくで押し通らせてもらうぞ!」

 

 それに答えるようにブンタが啖呵を切り、アサルトライフルに初弾を装填する音が聞こえる。

 戦闘の気配を感じ取ったショウコとサラーナが、アーネストを庇うように立ちそれぞれ銃を構える。

 ただでさえ出発時のトラブルで戦力が減っている上に、ここで分断されてはこの先どう考えてもジリ貧なのは明らかだ。そう考えたアーネストは、フィリステルペアを突破してからブンタたちと合流すべきと判断する。

 

「俺たちも突破の援護を!」

「構わん! 行け! ここは吾輩たちがなんとかする!」

 

 しかし、ブンタの判断は違った。

 

 ――「アーネスト隊長、進みましょう!」――

 ――「でも……」――

 

 壁の反対側ではすでに戦闘が始まったようだ。触手が鋭く空を切る音やスラスターを操ってそれを回避する音が聞こえてくる。

 

 ――「たいちょう! フィリステルたちがスキルで見えなくなったら、アタシたちは足手まといだ!」――

 

 相手のスキルは思考加速と光学迷彩。もしも姿を消されてしまえば、フィリステルたちと初めて会った時と同じようにすぐさまアーネストたちは詰んでしまうだろう。ブンタたちの足を引っ張らないためにも、ここは離脱するしかなかった。

 

 ――「ぐぅ……っ。わかった、行こう……」――

 

 壁の反対側が劣勢と見たフィリステルが、半身になってそちらへサブマシンガンで銃撃を仕掛け、アーネストたちから目を離したスキにショウコの展開したマントに乗りダッシーラボ入り口へと向かった。

 フィリステルたちの追撃はなかった。

 

 

 針葉樹の森を数キロ進んだ所に、ダッシーラボの入り口はあった。

 アーネストたちが戦闘エリアから脱すると、ジャミングでも掛けられたようにブンタたちとの通信ができなくなってしまったので、入り口発見の報告は諦める。

 今アーネストたちは、ラボの入り口から少し離れた木の裏に隠れながら、サラーナが鏡を使って様子を見ている。

 

 ――「見張りは……、ツーレッグが二体と……まさか!? こんな所にフィギュアハーツ……!?」――

 

 岩肌に埋め込まれるように作られた鋼鉄の大きな扉の両脇にツーレッグが一体ずつと、扉の正面に堂々と立つのは、紫を基調としたFBDユニットを纏ったフィギュアハーツが一人。

 

 ――「おいおい、誰だよいったい……って、ミランダ……!? いきなりラスボス級じゃねえか」――

 

 どうやら戦闘モードになると口調が変わるショウコが、サラーナの視覚データを拡大分析してフィギュアハーツを特定した。その驚きぶりから、状況が悪いことをアーネストも察する。

 

 フィギュアハーツ、ユータラスモデル CA-03 ミランダ。薄桃色のセミロングヘアー、琥珀色の瞳、肉厚な唇、そして何と言ってもサラーナを超えるほどの巨大な乳房とくびれのダイナマイトボディを持つフィギュアハーツ。大の男好きで、きわどい発言が目立つ性格だったはずだ。ゲーム内で一定以上の課金をしたプレイヤーに配布されたAIキャラクターのため、当時ニート同然だったアーネストには手の届かない存在だった。

 

 ただの見回りや見張り、と言うには様子が違う気がする。装備もFBDユニットのスラスターと、装甲と言うには心もとない最小限のアーマー程度で、武器の類は見当たらない。

 まるで誰かを待っているような……。

 そのミランダがアーネストたちの方に視線を向けてきた。

 

「出てきなさぁい。そこに居るのは分かっているわよぉ!」

 

 一同に緊張が走る。

 ねっとりとした口調でありながら、何処か芯のある声。

 アーネストは直接彼女の脅威を知っているわけではないが、ショウコとサラーナから伝わってくる緊張感は尋常なものではない。

 

「チッ……。行くしか無いか……」

 

 ――FH-U SA-04ショウコがFH-U ZS-01マリィのクロッシングスキルを使用――

 ――FH-U SA-01サラーナがFH-U ZS-01マリィのクロッシングスキルを使用――

 

 舌打ち一つ、ショウコが出て行き、サラーナもそれに続く。一応、アーネストの脳内OSに保存されているマリィのスキルで皮膚を強化するが、二人の緊張感は和らぐことはない。

 

 ――arnestがFH-U ZS-01マリィのクロッシングスキルを使用――

 

 最後にアーネストもマリィのスキルを使って、二人に続く。

 扉の前に立つミランダから十メートルは離れた場所で止まる。

 

「ようこそぉ。待っていたわよぉん」

「どういう、つもりだ?」

「どうもこうもないわぁん。歓迎してるのよぉ?」

 

 ショウコの問に両手に何も持ってないことを示すように肩をすくめて答えるミランダ。

 その動作にすらサラーナはピクリと、銃を構えそうになる。

 

「まぁ、歓迎するのはアーネスト様だけで、あなた達二人には要はないのだけどねぇ」

 

 言いながらクネクネと腰をくねらせながら、アーネストの方へと歩いてくる。

 

「うご――「遅いわぁ」」

 

 ショウコが警告とともにガトリングガンを構える――前にミランダのスラスターがパパッと短い噴射音と光を発し、一瞬でアーネストに肉薄する。ゆったりとした口調と裏腹に動作は瞬速だった。アーネストはすれ違うように踵を踵でコツンと当てられ、それだけで彼は後ろへと倒れそうになる。地面に背を打ち付ける前に、ミランダの白い腕がアーネストの腰と首に廻り、アーネストが状況を把握する頃には、抱き抱えられるような体勢で、彼女の顔が彼の目の前にあった。

 

「……な!?」

「ちょっと失礼するわねぇ」

 

 一言断るとミランダは驚きに目を見開くアーネストの唇に唇を重ね、更に舌をねじ込んでくる。

 ショウコとサラーナが銃を構えるが、ミランダがアーネストを盾にするように立ち位置を変えたため撃てない。

 

 ――FH-U CA-03ミランダの直結接続を確認――

 ――「アーネスト様、わたくしに委ねてくださいませぇ。まずは、こ・こ・に入ってる悪い物を出して差し上げますわぁん」――

 ――「ッ!?」――

 

 ミランダの手がアーネストの股間を弄り、アーネストはビクリとしてしまう。ちなみに正確には不明なファイルがあるのは股間ではないのだが、アーネストはきちんと相手の意向を理解した。

 どの道、選択権はアーネストにはない。

 脳内OSにミランダのアクセスを許可させると、さっそく彼女はアーネストの中にあるファイルを探し始める。

 

「アーネスト隊長! すぐに引き剥がすわッ!」

 

 サラーナがショウコと目配せしてミランダを離そうと近づいてくる。

 しかしアーネストは、それを手で制する。

 

 ――「大丈夫だ。彼女には俺たちに危害を加える意志はない」――

 ――「たいちょう……」――

 

 心配そうにするショウコたちを安心させるために、まずは自分が落ち着くことを心がける。

 するとアーネストは胸元に当たる柔らかい双丘の感触を感じる。ちょっと興奮した。

 

 ――「……たいちょう? 昨日はあんなにアタシのチッパイが最高だって言って吸い付いたりムニムニしたりしてたのに……」――

 ――「ちがっ……、これはっ、あれで、……えっと…………」――

 ――「ふふん♪ やっぱりアーネスト隊長も本能には勝てないわよね」――

 ――「たいちょう、……帰ったら本能から叩き直してあげる……」――

 ――「!?!!♡」――

 ――「見つけたわぁん。まったくあの小娘、ファイル名も拡張子も偽装してたのねぇ。アーネスト様、ちょっとオチンチン苦しくなるけど、我慢して下さいねぇ」――

 

 ――chinkomogeroを解凍――

 

「んんっ!?」

 

 アーネストの股間に快感が走る。先程からミランダに擦られているせいだけではない。もっと奥の方、脊髄の中、脳の中に直接響くような快感に痙攣するようにアーネストが身震いする。思わず腰が浮き股間の肉棒がそそり立つ。

 さらにアーネストの口から声が漏れるが、ミランダに塞がれているためくぐもった声になる。

 

「キャ!!?」

「ふにゃッ!?」

 

 サラーナとショウコにもクロッシングを通して快感が伝わり、二人が腰砕けになりその場にぺたんと座ってしまう。

 

 ――chinkomogeroの展開を完了――

 ――chinkomogeroをFH-U SA-04ショウコとFH-U SA-01サラーナへ送信――

 

 物騒な名前のファイルの解凍が完了し、ミランダの操作でショウコとサラーナにも送信される。

 

 ――「あなたたちもインストールしなさいなぁ」――

 

 ――chinkomogeroを実行――

 

 男としてはできれば実行したくない名前のファイルが実行された。

 

 

 ――生体OS、Husqvarnaのセットアップを開始――

 ――ユーザー設定をkanpachirouOSとの同期を開始――

 ――ユーザー名arnestの確認を完了――

 ――Husqvarnaのインストールを開始――

 ――インストール中……――

 ――インストールを完了――

 ――「Husqvarnaへようこそ!」――

 

 ――FH-U SA-04ショウコのクロッシング接続を確認――

 ――FH-U SA-01サラーナのクロッシング接続を確認――

 ――FH-U CA-03ミランダの直結接続を確認――

 

 ――ハスクバーナ標準ツールセットのセットアップを開始――

 ――カスタマイズ/フルインストール――

 

 ――「フルインストールよぉ」――

 

 ミランダがナビゲートしてくれる。

 

 ――「フルインストール」――

 

 ――ハスクバーナ標準ツールセットのインストールを開始――

 

 axelinaOSとkanpachirouOSをインストールした時と同じような各種ツールがアーネストの中にインストールされていく。

 

 ――ハスクバーナヴィジュアルウィザードのインストールを開始――

 ――すべてのセットアップを完了――

 ――最適化の為、再起動しますか? ――

 ――「はい」――

 

 

 一瞬アーネストの視界がチカリとすると、アーネストの脳内で新しいOSをが機能し始める。

 

 目を開けると夜空が見え、自分が地面に仰向けに寝ているのが分かった。

 いつの間にかミランダもアーネストから体を離し、扉の前へと戻っている。

 

「たいちょう、パスワードをお願いしますぅ」

「え? あ、ああ、ショウコ様を崇めよ」

 

 ――クロッシングパスワード承認――

 ――FH-U SA-04ショウコのクロッシング接続を確認――

 

「アーネスト隊長、こっちもお願いします」

「えっと、サラーナは俺の嫁」

 

 ――クロッシングパスワード承認――

 ――FH-U SA-01サラーナのクロッシング接続を確認――

 

 クロッシングの再接続が完了した。

 

『改めてようこそダッシーラボへ。システム管理をしているハスクバーナだ』

 

 幼い男の子の声に視界を巡らせると、入り口扉の向かって左脇で待機しているツーレッグの肩に腰掛けた、年の頃は十三歳位の少年を見つける。もちろん、さっきまでそんな所に子供などいなかった。となると、あれが本人も言っていた通りこのラボのシステム管理をしているクロッシングチャイルド、ハスクバーナなのだとアーネストも理解する。

 薄く紫がかった銀髪の少年は口の端を吊り上げて嗤ったかと思うと、姿を消し――

 

『とりあえず、君の骨盤内臓神経に寄生したセットアップファイルは、ママが消してくれたから安心していい。その代わりと言っては何だけど、君たちには協力してもらいたいんだ』

 

 一瞬でアーネストの目の前に姿を現す。

 ママ、という言葉通りミランダとハスクバーナは親子である。髪や肌、瞳の色はそっくりで、纏うミステリアスな雰囲気まで似ている。

 Yシャツに黒いベストとサスペンダーで吊った短パン姿というどこかの探偵少年みたいな身なりのハスクバーナは、握手を求めるように右手を差し出す。

 

「あ、ありがとう。協力、と言っても俺たちも任務できているから、そんなに出来ることは多くはないのだけれど、出来る限り協力させてもらうよ」

 

 差し出された手を握ろうとしたが、アーネストの視覚野に直接投影されているハスクバーナには触れるはずもなく、アーネストの右手は空を切る。

 それを見たハスクバーナはまたニヤリと笑みを作り、また消える。

 そして頑丈そうな扉の前に姿を現す。

 

『大したことじゃあないさ。君たちの目的通り動いてくれればいい。そうしてくれれば、こちらの目的も達成できるはずさ』

 

 この人達はアーネストたちの目的を知っている!? 先程のフィリステルたちの襲撃といい、情報が筒抜けすぎる。

 ハスクバーナが大仰な仕草でお辞儀をする後ろで、分厚い鉄の扉が開き始める。

 

『さあ、案内しよう。付いてきてくれるかな?』

 

 疑問形ではあったが、そこに選択肢はなかった。


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