二年前。
森番になるための試練のために、私とアリサはこの森に来ていた。
いつもより少し緊張したアリサの顔は、今でもよく覚えている。
「大丈夫、今日の試練のために、これまで頑張ってきたんだから…!」
気丈に振る舞ってはいるが、少しだけ震えた声で自分に言い聞かせている彼女を見て、少しだけ愛おしさを感じる。
アリサの背中を、軽く叩くと、ふぇ!?と素っ頓狂な声を上げながらこちらを振り返った。
「気合を入れるのもいいけど、あんまり緊張してると良いことないわよ、アリサ。」
「んんー…だってぇ…。」
「大丈夫よ。アリサが頑張っているのは、私が一番知っているもの。二人で一緒に森番になるんでしょ?」
「…うん、そうだね。ありがとうロザリア。いつも私ばっかり助けてもらってて…。」
「何を言ってるの、アリサ。私だっていつもあなたに助けられているわよ?」
「そうかなぁ…?」
「どうしたの?珍しく弱気じゃない。アリサらしくないわよ。」
少しだけ憂い表情を見せるアリサに、私も少しだけ不安になる。
それを感じ取ったのか、私にいつもの笑顔を見せてくれる。
「そうね、やっと待ち望んだ森番の試練なんだもん。精一杯やるだけだもんね!」
よかった、いつものアリサだ。そう思うと、私も心が軽くなるようだった。
「ええ、一緒に頑張りましょうね、アリサ!」
互いに微笑みを交わし、私達は森番の試練が行われる森へと足を運んだ。
森番の試練の壁は高く、鍛錬を積んだ私達でも容易ではなかった。
それでも力を合わせて、私達は出されていく試練を一つずつ突破していった。
「アリサ!大丈夫?」
「うん、ロザリア。なんとかね!」
互いの無事を確認し、ほんの少しだけ安堵する。
意識は次の試練に向けられており、いよいよ最後とあって、私とアリサも気を張り詰めていた。
森番の試練の内容は事前に知らされておらず、試練の内容は順次矢文で送られてくる。
そのはずなのだが、先程から矢文が送られてくる様子がない。
私達は違和感を覚え、首を傾げた。
「どうしちゃったんだろう。私達さっきの試練は終えたはずよね?」
「ええ、そのはずだけど…様子が変ね。」
時間が経つに連れ、不安が高まって行く。
すると、一人のエルフがこちらに向かってくるのが見えた。
その表情は焦りに満ちており、全力で向かってきたのだろう、息も上がっていた。
「お前達、試験は一時中止だ!先程正体不明の侵入者が現れた。詳しくは分からんがかなり危険だ。すぐに集落に向かうのだ!」
息を整える暇もなく、森番の1人であるエルフは叫んだ。
戸惑いを覚えながらも、非常事態だということは明確だった。私達は急いで引き返すことにした。
「急げ!来るぞ!」
森の奥から、おぞましい鳴き声が聞こえてくる。
何かを磨り潰しているような、金切り声に近い何かが聞こえてくる。
その声は、少しずつ、少しずつ近づいているように感じた。
「何をしている!早く行け!」
未知なる存在の気配に気を取られていたところ、一喝で意識が現実に戻る。
「アリサ、早く行くわよ!」
気圧されているアリサの手を取り、退却を促す。
「ま、まってロザリア!せ、先輩たちの手伝いを…」
「馬鹿!先輩が退けって言ったということは、私達が敵う相手じゃないってことよ!」
強引に腕を引き、共に走り出す。
今の自分達に出来ることは、とにかく未知の何かから、逃げ出すことだけだった。
どれだけ走っただろうか。
全力で逃げているはずなのだが、未だに後ろから聞こえてくる鳴き声は、離れるどころか少しずつ近づいているように思えた。
「ロザリア、ダメ…追い付かれちゃう…!」
「ッ…!」
木々の間を抜け、少し開けた場所に出る。
後ろから聞こえてくる音が大きくなり、木々を薙ぎ倒す音と共に近づいてくる。
急激に襲いかかるおぞましい気配に、二人は思わず振り返る。
木々を引き裂きつつ現れたソレは、分厚い甲殻に覆われた昆虫のようで、しかしその大きさは悠に5メートルを越えているように思えた。
鋭い前足は刃のごとく、巨大な体躯で全てを薙ぎ倒さんとするソレは、私達二人に明確な殺意を向けていた。
逃げられない。
その思考が全身を支配する。
しかし、まだ絶望するわけにはいかない。まだ、アリサがいる。
「…アリサ、あなただけでも逃げて。どこまでやれるか分からないけど、私が足止めするから。」
「な、何言ってるのロザリア!そんなの嫌!ロザリアが戦うなら、私だって戦うよ!」
分かっていた。アリサは自分を見捨てはしない。
出来れば逃げて欲しかった。なら、せめて…。
「…分かったわ。私がアレを引き付ける。アリサは、隙を見て遊撃を。目を狙えば、少しは凌げるかもしれないわ。」
「…うん、やってみる。気をつけてね、ロザリア。」
「あなたもね、アリサ。幸運を。」
私達は、未知なる怪物に向き合った。
絶体絶命の中でも、微かな希望があると信じて、その弓を力強く握り、構える。