まだ見ぬ美少女を求めて 作:マリア
「──女性の胸には、夢が詰まってると思うんだよね」
満面の笑みで持論を告げてみるのだが、返ってくるのは呆れた眼差し。
ため息をついて腰に手を当てた長年の相棒は、その姿勢のまま口を開く。
「お前は仕事中に何を言ってるんだ?」
彼女の名は関羽雲長。
巷で軍神などと呼ばれている巨乳美少女だ。柔らかそうなおっぱいを持つ麗人である。
主に私の片腕を勤めており、度々小言を告げる小姑みたいな──
「ふぎゅっ!?」
「今、変な事を考えただろう?」
「叩いてから言わないで欲しいんですけどー」
口を尖らせて文句を言うも、彼女──関羽はふんと鼻を鳴らして取り合わない。
そのまま腕を組むと、片眉を上げて尋ねてくる。
「それで、どうしていきなり変な事を言ったんだ?」
「いやぁ、私の想いを再確認してみたかった的な?」
「……相変わらずだとはいえ、もはや呆れて言葉も出ないな」
サイドテールの黒髪を揺らして、処置なしと言わんばかりに肩を竦めた関羽。
すると、その巨乳と呼ぶべき私の心を惹いて止まないお胸様が揺れる。
うむ。やっぱり、素晴らしいおっぱいだ。
思わず凝視してかぶりついていると、そんな私の視線に気が付いたのか。関羽は顔を赤面させていき、腕で自身の胸を隠す。
「ど、どこを見ている!」
「え、そんなの我が友の肉まんを──」
瞬間、スパンと頭を叩かれ、私は涙目で机に突っ伏した。
うぉぉ……相変わらず容赦がないぜ。我が部下の愛が重い。ま、どんな愛でも度量の広い私は受け止めるけどね!
「いいから、さっさと仕事を終わらせろ」
「……はーい」
「全く、少しは主らしく振舞ってくれ」
「前向きに検討させていただく所存です」
書類を手に持ちながらそう返せば、私の耳に大きなため息が入ってきた。
あらー。ため息をつくと幸せが逃げるって言われているんだけど、関羽は知っているのだろうか。実際はどうなのかわからないけどね。ため息の主な原因が私だというのは、まあ諦めてくれ。こんな変人を主に定めたのが運の尽きだったな!
「おい。その開き直った顔が腹立たしいんだが」
「どうどう、落ち着きたまえ。短気は損気と言うでしょ?」
「……はぁ。これで、仕事は真面目に終わらせるんだから、始末に負えない」
「まあ、責任のある立場になっちゃったからねぇ」
ポツリとそう呟くと、室内がしんみりとした空気に包まれた。
自然と外の喧騒が響き、私達以外にも様々な人が奔走している事が理解できる。
暫く私が書簡をしたためる音しか聴こえず、窓からは憎たらしいほどに明るい太陽が場を照らしていた。
「
「んー?」
「陽は、今の立場が不満か?」
「いやー、別に?」
「えっ?」
驚いた様子で目を瞠る関羽に、私は頬杖をついて微笑む。
「私の性格は知ってるでしょ? 確かに、初めはもう旅ができないのかって落ち込んだけどさ。
こうして、関羽達美少女の主になれたんだから、この立場も案外悪くないよ」
それに、民達に期待されるのも悪くない気持ちだしね……まあ、大まかには関羽のために頑張りたいって思いなんだけども。
こんな思春期男子のような考えを、関羽には教えられないよ。私の墓まで秘密を持っていく予定だ。
ある意味、これが惚れた弱みという事なんだろう。
笑みを苦笑に変えていると、関羽がため息をついて眉尻を下げる。
「相変わらず、お前はお前らしいな」
「まー、どうしても旅がしたかったらこっそり抜け出すつもりだし。表向きの主は私じゃないし、そういうのはよゆーでしょ?」
「ふっ、それもそうだな」
「おお? いつものお固いツンデレ委員長さんじゃないだと? ついに、ツンデレ委員長さんは不良化してしまったかぁ」
「だから、私はつんでれ委員長などではない!」
「まーまー。これは私なりの愛称なんだから、ね?」
「ね? ではない! 大体、お前はいつもそうやって人が嫌がる事ばかり──」
あ、これは説教タイムだ。とりあえず、無視しておこうっと。
目を怒らせた関羽の言葉を受け流しながら、私は書類の続きを捌いていく。
暫く滔々とした声が室内に漂っていると、扉が開いて一人の少女が現れる。
瞳を輝かせていた少女だったが、私の隣にいる人物を見とがめた瞬間、その煌びやかな表情が一瞬にして露骨に歪む。
「あーっ! なんであんたがここにいるのよ!」
「──そもそも、もう少しお淑やかさをだな……ん?」
「この時間なら陽様一人だと思っていたのに。一々間が悪いのよ、このデカ乳軍神が!」
「デ、デカ乳!?」
「そんな事より陽様、手紙です」
愕然とした声を上げたデカ乳軍神を尻目に、ナイ乳少女が私に書簡を渡す。
中を開いて目を通してみると、どうやら幼馴染みからの手紙らしい。
今の状況ではこれを渡すだけでも大変だっただろうに。手勢の間者の情報によれば、やはりこのままだと開戦の火蓋が切られるとか。
……あいつも運がないよな。ただ、自分のやりたいように本を創っていただけなのに。それが気が付けば、諸侯達に目をつけられてこの現状。
まあ、私があいつを作家の道に勧めたのが原因の一部なんだろうけど。後悔はしていないが、やはり罪悪感は抱く。
「どうして、お前はいつもいつも私の悪口を言うんだ!」
「あ、あんたそれを私の口から言わせる気なの!? 信じられない! それぐらい察しなさいよ、この馬鹿!」
「ば、馬鹿とはなんだ馬鹿とは! 言っておくけどな、胸があっても重いだけなんだぞ!」
「はん、だからあんたは胸に頭の栄養が吸われたのよ。胸があっても重いだけって、そんなのは持つ者しか言えない嫌味だわ。……そうだ。あんた、民達の間でなんて言われているか知ってる?」
いつの間にか二人のじゃれ合いが静まり、意地悪そうな顔つきの少女が関羽に目を向けた。
素直に首を横に振る彼女を見て、少女はニヤリと口角を上げて言い放つ。
「“乳神様”ですってよ!」
「なっ!?」
「あーはっはっは! 恥ずかしがり屋のあんたからしてみれば、これほど屈辱的な事はないわよね! しかも、民衆は純粋な褒め言葉として使っているから、正そうにも正せないというね!」
褒め言葉って一体なんだろうか。
いや、確かに関羽の乳は御神体として崇めるほど素晴らしいものだけど。
流石の私でも、この異名が賞賛を表すものだとは思えない。
そもそも、その“乳神様”ってこの目の前の貧乳軍師が広めたんじゃなかったっけ。
……うん、流石軍師はやる事が違うなぁ。
ショックを受けて項垂れている関羽を尻目に、私は高笑いを響かせている少女に声を掛ける。
「そのくらいにしておきなさい。あまりからかうと後が怖いよ?」
「うっ……はい。その、悪かったわね。少し言いすぎたわ」
「い、いや。謝ってくれたらそれでいい」
うんうん。やっぱり皆仲良くが一番だよね。
まあ、いつも口喧嘩をしている二人だけど、休日には一緒に買い物に行ったりしているのを知っている。
まさに、喧嘩するほど仲が良い、という事だろう。
にしても、美少女達が罵り合うのって、こう、なんか良い。
傷ついてシュンとする関羽も可愛いし、胸にコンプレックスを持っている少女の悲しそうな顔といったらねぇ。
これが平和なのだろう。
美少女を愛で、仕事を片付け、巨乳を拝み、諸侯の情勢に耳を傾け、貧乳を慈しむ。
いつまでもこの平穏が続けばいいんだけどなぁ……
「陽ちゃーん、なんか陽ちゃんを倒す連合? みたいなものができたんだって!」
『……はぁ!?』
脳内でフラグを建てたのがいけなかったのか。
部屋に入ってきたふわふわとした笑顔の巨乳美少女が、とんでもない事を告げてきたのだ。
声を揃えて驚く私達を尻目に、彼女はむんっと拳を握って口を開く。
「大丈夫! わたしも手伝うから、一緒に頑張ろ?」
「あー、うん。とりあえず、みんなに集まるよう言っておいて」
「任せて!」
頼られた事が嬉しいのか、パタパタと可愛らしい足取りで少女は去っていった。
いやぁ、ぷるぷる震える巨乳は素晴らしい光景でしたなぁ。
こりゃあ皆に慕われるのもわかりますわ……じゃなくて!
「二人とも! 直ぐに対策を練るよ!」
『はっ!』
拱手の形を取った二人を引き連れ、私も部屋を出て駆け足で会議室へと向かう。
まさか、幼馴染みだけじゃなくて私相手にも連合軍が組まれるとは。いや、ある程度は予想していた事なんだけど。
「どうやら、私はおちおち美少女達を愛でる時間もないらしいね」
思わず悪態が漏れると、隣に並んだ関羽に声を掛けられる。
「お前はいつも間が悪いからな。これも運命だと思って諦めろ」
「……運命、か」
「ん?」
首を傾げた関羽。
さらりとした濡れ羽色の髪が肩に垂れ、彼女から爽やかな良い香りが漂ってくる。
思わず口元を綻ばせながら、私はこの居心地のよい空気を楽しむ。
そうだなぁ……運命がいつから決まったと言うならば、それは関羽と出会った時から決定されたんだろうな。
ただ宛もなくこの国を巡ろうとしていた私に、一つの切っ掛けを与えてくれたあの日から。
耳に入ってくる喧騒に目を細めつつ、私は関羽と出会った日を思い起こすのだった。