まだ見ぬ美少女を求めて 作:マリア
「──全く、お前は少し目を離すとこれだ」
「はい、すみません」
「いつもいつも女の尻ばかり追いかけて。お前は発情期の獣か?」
「そんな、滅相もございません」
「本気にわかっているのか、ん?」
「わかってますから! だから、その武器を仕舞ってください!」
半泣きになりながらそう叫ぶと、嘆息した関羽が私に突きつけていた青龍刀を離す。
陽光をキラリと反射するそれが地面に刺さるのを見て、私は安堵から深く胸を撫で下ろしていた。
私が目を覚ましたかと思えば、突然関羽に正座をさせられ、その勢いでありがたーい説教を受ける事になったのだ。
うぅ……足が痺れて痛い。あの、もう足を崩しても良いです……あ、はい。駄目ですよねそうですよね。
ジト目で監視する関羽に怯えつつ、私は師匠の背中に隠れている爆乳さんに声を掛ける。
「そ、そのぉ。さっきはごめんなさい」
「だ、大丈夫や。うん、平気平気」
「じゃあ、私の目を見てくださいよ」
「あ、あんな。ウチ、初対面の人とは目を合わせられないんや」
嘘だ!
明らかに、さっきの私の醜態に引いている。
師匠の背中に隠れたまま、顔を出さないでボソボソ喋っているし。
く、くそぉ。これがコミュ力の差というやつなのか。
私はただ、そのご立派なお胸様の御利益にあやかろうとしただけなのに。
悔しさで地面を拳で撃ち抜くと、足の痺れが全身に回って悶えてしまう。
「ぐぉぉぉ……!」
「馬鹿だな」
「流石にこれは……」
関羽も師匠も好き勝手言ってくれるよね。そんな可哀想な人を見る目で私を見るなんて。
プルプル震えながら、涙目で意地悪な二人を睨んでいる私を見たからか、師匠の背中に張りついていた爆……少女が、いそいそと身体を出してきた。
瞬間、ぶるんと震える縞柄の服に包まれた大きな胸。圧倒的質量を誇りつつも、傍からでもその柔らかさは窺える。
こ、これが持つ者だと言うのか。一部の選ばれし人しか手に入れる事ができない、母性の象徴。
ここまでの巨大さを見せられれば、幾らか男性の性質が残っている私と言えども、女性としての敗北感を抱かざるを得ない。
……ぶっちゃけ、すげー悔しいっ!
「だらしなく笑ったり、歯ぎしりをして睨んできたり。随分と忙しいやっちゃなぁ」
「どうせ、一人で勝手に盛り上がっているだけだろう」
「ぐぬぬ……わ、私だってまだまだ成長するし! 今回は負けを認めてあげるけど、次は勝ってみせるから!」
私は服を叩いて立ち上がり、キメ顔で少女を指して堂々と言い放った。
正座の痺れで足が産まれたての小鹿のように震えているので、いまいち締まらなかったが。
呆れた表情で首を横に振った関羽は、青龍刀の柄で地面を叩く。
「さて。そろそろ本題に入ろうか」
「ああ。そういえば、元々は気の講座をするんだった」
思い出したように頷いた師匠の言葉に、私はここぞと言わんばかりに関羽を指差す。
「そう! そうなのよ! 気の講座をする事が目的だったのに、どこかの誰かさんが! 戦闘大好きな誰かさんが横道に逸れたのよね!」
「そ、その件に関しては本当にすまなかったと思っている」
申し訳ない顔で頭を下げる関羽へと、私は厭らしい笑みを向けて。
「だったら、私にそれなりの誠意を見せて貰おうじゃない」
「……具体的には?」
「そんなん決まってますがな、お嬢ちゃん。その魅惑的な大肉まん二つを私にですね。うぇっへっへっへ!」
「調子に乗るな!」
「はぅっ!」
スパンと小気味よく頭を叩かれてしまった。叩かれた部分を擦りながら、私は口を尖らせる。
「なによー。ちょっとした冗談だったのにさー。もー、関羽は硬いよねー」
「劉和の冗談はタチが悪いからな。それに、口から垂れている涎が説得力に欠けるぞ」
「おっと、いけないいけない」
慌てて口元を拭う私の姿を尻目に、師匠と爆乳少女はコソコソと囁き合う。
「凪。あの頭が残念な人は誰なん?」
「一応、私の弟子という事になっているが」
「……今からでも断った方が良いやろ」
「……正直、少し思った」
全部、聞こえていますから!
私に聞こえないようにしているようだけど、ぜーんぶ耳に入ってるよ!
お願いだから、そんな私の心を抉るような言葉を突きつけないで。私の心はガラスのハートでできているんだから。結構引かれて、ちょっと涙でてきたし。
一体、どうしてこうなった。
「はぁ……」
思わず遠い目をする私を見て、関羽はため息をついてぼんやりと虚空を眺めるのだった。
♦♦♦
あれから、時間も遅いし気の講座は明日にしようという話になり、私達は村に戻る事となった。
男の夢へと遠のいた事に若干の悲しさを抱いちゃうけど、まあ仕方ないよね。
なんだかんだ言って、迷惑をかけている関羽が楽しそうで良かったし。ついでに、素晴らしい光景を見られて私も満足したし。
いやぁ、二人のおっぱ……戦闘は見応えがあったなぁ。
関羽の太刀捌きの鋭さは凄かったし、師匠の格闘技術も見ていて惹き込まれた。
改めて、ああいうのが英雄と言うんだろうな、と一人感嘆したものだ。
「ふあぁ〜」
夕御飯を摂り終えた私は、寝る前の散歩を欠伸混じりにしていた。
明日からは師匠に気を教えて貰える以上、早めに寝て次の日に備えた方がいいのだろう。
だけど、なんとなく私の直感センサーが反応したんだよね。今外にいれば良い事があるよって。
それを信じた結果、こうして私は一人寂しく村をぶらついているというわけだ。
ちなみに、既に関羽はそれはもう気持ちよさそうに眠っていた。
「とは言っても、ここは現代日本じゃないからなぁ」
凄く、暗いです。
いやまぁ、この身体のスペックが良いからか、夜目が効く私は月明かりだけでも歩けるのだけども。
それにしたって、もうほとんどの家は静まり返っており、音がする場所なんて左方向にあるところしか──
「あれ?」
ポツンと建っている一つの家から、僅かに光が漏れている。
こ、これはもしや。真夜中での禁断の逢い引き?
村の人達に知られないように、隠れて逢う二人のラブロマンス。
妄想は際限なく膨らんでいき、同時に胸中から湧き上がる好奇心。
一度気になってしまえば我慢できず、私は逸る気持ちを抑えて家へと近寄っていく。
近づくにつれて聞こえていた音が鮮明になり、キュインキュインとまるでドリルで掘削しているような……
「えっ、なにこの音」
時代を間違っている気がする。
こ、ここって古代中国だよね……だよね?
あれ、古代中国って現代日本のような機械とか存在していたの?
よくよく考えてみれば、私が着ている下着とか広く名が知られている雑誌とか、明らかにこの時代にあるはずがないものがあった。
今までは便利だなー、と楽観的に捉えていたぐらいだったけど、普通にこれってもっと気にするべき物だったのではないだろうか。
もしかして、ここって古代中国じゃない?
古代中国に似た異世界とか、そもそも中国ではない別の国?
まあ確かに、女性が強いとか気があるとかは私の前世では有り得なかったもんね。隠蔽されていただけで、実際は私の前世にも超能力などはあったかもしれないけど。
新たな事実を知って驚いた私は、忍び足で扉の隙間から中を覗く。
そこには、ドリルで床を削っている立派なお胸様……もとい、李典がいた。
「な、なにしてんの?」
「ん、あぁ。えっと、変……じゃなかった。劉和やないか」
「ねぇ、今なんて言おうとした?」
追求する私を無視して、かけていたゴーグルを下ろした李典がにっと笑う。
「まあまあ。細かい事はいいやん。小さな事に拘っていると、モテないで?」
「オッケー、わかった。懐の広い私は、李典の失言も鷹揚に見逃してあげる」
自慢の黒髪を払ってそう告げた私に、李典は僅かに呆れた様子で眉尻を下げた。
「相変わらず、扱いやすい人やなぁ。会ってまだ少ししか経ってないけど、ウチでもわかるわ」
「ん? なんか言った?」
「なーんも言うてへんで」
ニコニコと邪気のない笑顔の李典。
いまいち納得がいかないのだけど、李典の可愛い顔を見たらどうでもよくなった。
それより、私は李典が手に持つ素晴らしい物の方が興味がそそられるんだけども!
恐らく、自然と目を輝かせていたのだろう。私の視線の先に気が付いた李典は、どこか誇らしげに胸を張って口を開く。
「ふふん、どうや? カッコイイやろ?」
「うん! すっごいぱない!」
「ぱ、ぱない?」
「めちゃくちゃイカス! て事だよ、多分。って、そんな事はどうでもよくて! それ、ドリルだよね!?」
鼻息荒く告げた私の言葉に、李典はおおっと目を見開いて。
「よく知ってるやん! そうや、これはウチが開発した螺旋槍の試作や!」
李典がドヤ顔でドリルを掲げるのに併せ、武器の方もどこかどうだ、と言わんばかりにキラリと光る。
対して、私は李典が告げた二つの事柄に様々な感情を湧き起こしていく。
ま、マジモンのドリルだよ! ふぉぉぉぉ! なんだこの村、私を夢で圧死させる気ですか!?
ただでさえ、師匠から気弾を習えて感無量なのに、更に男のロマン武装までここで見られるとは! 本当にこの村に来て良かった!
「すご、凄いよ李典! こんなカッコイイ物を創れるとか、マジで天才じゃない?」
「そ、そんな褒めんでもいいって。照れちゃうんよ」
頬を赤らめてモジモジする李典。
ちょいちょいちょい待って待って待って!
なに、この子。私を悶え殺す気ですか?
可愛くて爆乳で天才でおっぱいが凄くて男のロマンもわかるとか、李典って最強じゃない?
あれ、なんだか最近も同じような感想を持ったような気が。ま、それはどうでもいいか。それより、私の前世の知識と、李典の発明力があれば、今まで諦めていたあれやこれを実現できるのでは。
「李典!」
「な、なんや?」
「貴女のその螺旋槍にかける情熱、私もよくわかるよ!」
「ほんまか!?」
驚いた様子で身を乗り出す李典へと、私は笑みを浮かべて大仰に頷く。
「もちろん。私がどこかの当主だったら、貴女を最上位の待遇で迎え入れていたよ」
「そ、そこまで絶賛されると、背中がムズ痒いなぁ」
「いや、これは目端が利く人なら全員が同じ事をするはずだよ。それほど、貴女には多大なる価値があるという事だって!」
興奮で頬を熱くする私を見て、李典は戸惑い気味に目を彷徨わせる。
どうやら、私のは過大評価だと思っているらしい。まあ、いきなりそんな事を言われても無理はないか。
室内を見回してみれば、何に使うのかわからないガラクタがあちこちに転がっている。
今までそれらしい発明品を造れなかったのだろう。で、あの螺旋槍が初めての成功作。まだ自身の才能を受け入れられないって感じかな。まあ、この作品を見るだけで、李典の卓越した頭脳は窺えるだろうけど。
「とにかく! 李典はもっと自信を持っていいって事! 誰がなんて言おうと、私が貴女の凄さは保証する!」
目を丸くしている李典の手を取り、私はありったけの思いを込めてそう告げた。
「……ぅ、うぅ」
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
目を伏せて身体を震わせたかと思えば、李典から嗚咽が漏れた声が聞こえてきた。
何かしてしまったかと右往左往していた私だったが、何度も首を横に振っている李典を見て動きを止める。
「ち、違うんや、違うんよ……。今まで、そこまで真剣に肯定された事がなくてな、感激してしまったんよ」
「え、そうなの?」
「せや。村の人達はまたウチが何かしてんなーって感じだし、凪達もよくわからない顔だったし。ウチの事を理解してくれた人は、アンタが初めてや」
顔を上げた李典が、潤んだ瞳を細めて嬉しげに微笑んだ。
先ほどまでの快活な李典とは違う突然のギャップ攻撃に、私は不覚にもときめき、あうあうと口をパクパクさせるしかない。
うぇーっと、李典が嬉しくて私も嬉しい。ハッピーで皆が幸せ。可愛い李典マジ最高。脳内でミニ李典のサンバが開かれ、私の頭は大丈夫か……はっ!?
なんだか、随分と頭が愉快な事になっていたような気がする。ふと意識を戻すと、ニヤニヤとした李典の表情が目に入る。
「なんや。劉和もそんな可愛らしい顔ができるんやな」
「あ、いや、これは違くて!」
「普段はあんなに積極的なのに、攻められると弱いんやねー」
「そ、そんな事ないから!」
「ホント?」
李典から離れて顔を背けるも、厭らしい笑みを浮かべた彼女が下から覗き込んできた。
うっ……このままでは、私の数少ない弱点がバレてしまう。なんとか誤魔化して話をそらさなければ。にしても、上目遣いにそのお胸様は目に毒です!
鋼の意志で目線を上げた私は、李典の両肩に手を置いて口を開く。
「そ、それより! 今まで考えていた私の発想があるんだけど、実現できるか一緒に考えない?」
「え!? なんやその面白そうな話! 詳しく聞かせて!」
ほっ。どうにか李典の注意を他に向ける事ができたみたいだ。これで、後は李典と楽しい楽しい夢を語り合えられる。まずは、李典の螺旋槍の改造案からが良いだろうか。あーでも、カメラや他にも色々と私的に欲しい物も多いんだよなぁ。ま、とりあえず話せるだけ話せば問題ないよね!
「螺旋をもっと効率よく使うために──」
少年のように目をキラキラとさせる彼女に、私は微笑を零して前世の知識を教えていくのだっだ。