まだ見ぬ美少女を求めて 作:マリア
凪達と別れた私達は、またぶらぶらと国を巡っていた。
すると、何度か賊を討伐していく内に、私達に異名がつくようになったのだ。
関羽の異名は、“黒髪の山賊狩り”。
どうやら、冷徹な眼差しで匪賊を討つ関羽の凄まじさから、そのような異名がつけられたらしい。
なお、本人は凄く落ち込んでいたので、指を差して笑ってやったら一日中追いかけ回された。
うん、関羽をからかうのは命懸けだよ。まあ、やめるつもりはないんだけどね!
あ、そうそう。もう一つ“美髪公”なんて洒落た通り名もつけられていたな。なんでも、艶やかなサイドテールと、その凛とした美貌がそのような名を持つ経緯になったとか。
これに関しては、私も諸手を挙げて賛同できると関羽に言ったのだが、何故か顔を真っ赤にした彼女に追いかけられた。素直に褒めただけなのに、なんでだろう?
……それで、私にも光栄な事に、異名がつけられたらしい。
珍しくニヤけた表情の関羽が言うには、“変態紳士”や“愛の伝道師”、“女性の味方”等といった、どう考えてもふざけているとしか思えない名。
なんでだよ! どうして、私は関羽みたいなカッコイイ異名がないんですかねぇ!?
あれか。村の先々で女性の素晴らしさについて説いたのがいけなかったのか。それとも、改心させた賊達を紳士へとジョブチェンジさせたのが駄目だったのか?
結局、あの日は関羽にからかわれたあまりのショックに寝込み、一日中不貞腐れてしまった。
まあその際、流石に悪いと思ったのか、関羽が私の世話をしてくれたんだけどね。
いやぁ、あの時は嬉しかったなぁ。ツンデレ委員長の面目躍如といった感じだったし。
ともかく、こうして私達は順風満帆……うん、順風満帆に旅をしていたのだった。
♦♦♦
現在、私は関羽と別れて街を散策している。
今日はこの街に泊まる事になり、せっかくだからと自分の時間を創ったのだ。
関羽は鍛錬するとか言っていたけど、あの顔は可愛い物を探しに行っているに違いない。
尾行して関羽の悶え顔を拝んでも良かったんだけどね。私もやりたい事があったので、苦渋の決断の末、こうして一人寂しくいるというわけだ。
「にしても、本当に色々とあるよなぁ」
街並みや治安や衛生面と、挙げれば現代日本と比べ物にならないほど低いが、料理やオシャレな装飾品など一部の存在は、現代日本の文明と遜色がない。
今私が手に持っている肉まんだって、前世のこの時代にはなさそうな料理だし。
まあ、料理に関しては美味しければそれでいいと思う。……あー、味噌と醤油が食べたい。穴あきの前世の知識を使って創ろうと挑戦していたけど、結局実現できなかったんだよなぁ。一応、僅かに形にはなってきているから、いつか完成すると……いいなぁ。
故郷の味を憂いながら、私は肉まんを口に含む。あ、この肉まん美味しい。外はふんわりで、中はもっちり。しかも、具材のお肉もいいのを使っているな。
うん、日本食も捨て難いけど。中華料理が美味しいからまあいいや。
あっさりと憂鬱な感情を吹き飛ばした私は、目的の店の前で足を止める。
「よし、あってるな」
店に入った私を迎えたのは、本の群れ。
そう。私は本屋さんに用事があったのだ。
この時代での紙は竹筒などが主流で、現代のような白い紙なんてない。
創ろうにも創り方は知らないし、とりあえずこれも作成を頑張ってみたけど、やはりと言うべきか成果は奮わなかった。
また、活版印刷なんて物もあるわけないので、自然と本の増産は写本になる。
一から手作業でやるからか、本という存在は凄く高級品だ。ただ、阿蘇阿蘇に関しては……うんまぁ、あれは例外中の例外だよね。
庶民にも手が出しやすい雑誌とか、編集者って私と同じ転生者だったりして。
一度、編集者について調べようと思い至った事があるのだが、何故か取り返しのつかない事になる気がしたので、断腸の思いで諦めた経緯がある。
はぁ……色々と聞いてみたい事があったんだけどなぁ。
「まあ、仕方ないよね」
ため息一つで気持ちを切り替えた私は、目的の本を探すために店を回る。
チラホラと興味が引かれる本を見つけながら、無事に目当ての本を手に取った。
「よし、阿蘇阿蘇の最新号……っと、これは?」
隣に見覚えのある本が置いてあり、ページを捲って中身を確認していく。
うん、やっぱり。これは私の幼馴染みが書いている雑誌だ。
月刊女性用美容雑誌、“綺羅綺羅”。
主に女性の肌と髪を綺麗にする方法が書かれている本である。
「懐かしいなぁ」
無意識に笑みを浮かべた私は、相変わらず頑張っている幼馴染みに思いを馳せた。
ある出来事が切っ掛けで、私は本を書こうと思い立っていたのだが、私一人の力では上手くいかないと考えていた。
そんな時、当時訳あってこちらに来ていた幼馴染み。
彼女も暇そうにしていたから巻き込み、二人で我武者羅に雑誌を創っていたのだ。
私の前世の知識を使い、この時代でも使えるのか実践をしていき、やがてできた私達の合作がこの綺羅綺羅である。
いやぁ、予想以上に幼馴染みが雑誌の編集者にハマったから、私はメインの部分は彼女に譲る事にして、主に知識を提供して一部を記載して貰っている形にしているんだよね。
私が流行らせた胸を大きくする方法が思ったより反響を呼び、一部の貧乳達からはファンレターなんて物もいただいたし。もちろん、私も実践済みであり、結果として貧乳から美乳まで大きくできた実績がある。
……元気かなぁ。いつも通り、もう一人の幼馴染みを振り回しながら、作家人生を楽しんでいるんだろうなぁ。
と、いけない。感傷的になり過ぎたかな。
綺羅綺羅の方も手に取り、会計の方へと向かっていく。
「──ねぇ、馬鹿なの? 馬鹿なんでしょ? どうして、こんな簡単な計算もできないの? あんたの頭には蛆虫でも湧いているわけ?」
「も、申し訳ありません!」
レジの前にたどり着いた私は、何やら店員と揉めている少女を見つける。
彼女は露骨に嫌悪で顔を歪め、ゴキブリでも見たかのように口を開く。
「はぁ? 申し訳ありません? 謝れば許されると思っているの? 明らかに、私が出したお金より多くお釣りが返ってきているじゃない! しかも、同じ間違いを毎回毎回毎回……!」
「も、申し訳ありません……ハァハァ」
瞳を潤ませて謝る店員だったが、最後に漏れた息継ぎには、明らかに興奮の色が含まれていた。
ドン引き必至な対応を見て、少女は半泣きになりながら叫ぶ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ! やっぱりこいつ気持ち悪いわよぉぉぉぉっ! これだから男は卑猥で変態で下品で下半身で物事考えていて嫌いなのよっ!」
「いい、いい!」
「死ね! イナゴの群れの海で溺れて溺死しろ!」
「もっとお願いします! ろくに計算できない卑しいわたしめをどうかもっと!」
鼻息荒く頼み込む店員に、口元を抑えて吐き気を堪えている少女。
「ど、どうしてこの街には本屋がここにしかないのよぉ……おぇっ」
「これはいけない! ささ、早くこの袋に嘔吐するのです!」
店員が辛そうにしている少女を見ると、笑顔で一つの袋を渡す。
「あんたなんかの手なんて借りたくないわよっ! いい加減にしないと、あんたを官軍に突き出すわよ!?」
「貴女様がそこまでわたしの事を……!」
「感動するな! その気色悪い目で見るな! うぅ……視線で犯されたわ。妊娠したらどうしてくれるのよぉ」
もう怒る気力もないのか、涙目で項垂れる少女。
彼女に併せて、被っている猫耳フードの耳がへにょりと垂れている。
……うん。これは、関わりになっちゃいけない人達だよね。
いくら美少女が大好きな私でも、流石にあそこまで自分を曝け出す事はできない。
自然と頬を引き攣らせながら、私は店員に本を渡す。
「お、お会計お願いします」
「あ、はい。かしこまりました」
先ほどまでの醜態がなかったかのように、店員は澄ました顔だ。
提示されたお金を渡すも、やはりしっかりとお釣りを渡されて特に問題がなかった。
そんな私達のやり取りを見ていた少女は、徐々に目を虚ろにさせていく。
「おかしいおかしいわなんでこいつ相手では普通なの私の時だけ頭がイカれているのよそもそもどいつもこいつも私をこの下衆と合わせようとするの全員頭がおかしいんじゃないていうかなんで私が我慢しなきゃいけないわけそうよみんな消せば解決するじゃないフフフフフフフフ──」
この中にお医者様はいらっしゃいませんかー!?
目の前の人が急患なんです! 早くしないと手遅れになってしまいます!
星の彼方まで意識を飛ばしている少女に、私はいたたまれない思いで首を振る。
どうやら彼女は極度の男嫌いのようだが、それ以上に運がないと思う。
よりにもよって、こんな変態と知己になってしまうとは。
まあ、ちょっと危なそうな人なので、私はこのままお暇させていただきま──
「……」
店員から本を受け取った私を、目を見開いて凝視している少女。
瞳孔が完全に開いているその表情は、猫耳フードと合わさって、なんというか凄く恐ろしい。蛇に睨まれた蛙……いや、この場合は虎に睨まれた草食動物?
すすすっと横にズレていくのだが、少女は瞬きもしないまま私の方に視線を向けてくる。
「……」
一歩下がると、それに呼応して足を踏み出す少女。
不気味な雰囲気を漂わせている少女を、熱が篭った眼差しで観察している店員を尻目に、私はできるだけ爽やかな笑みを浮かべて口を開く。
「うん、趣味は人それぞれだよね!」
「フシャァァァァァァァァッ!」
言語能力を失った少女が、瞳に危ない光を湛えて私に飛びかかってきた。
身を翻して素早く回避すると、彼女は本棚にぶつかって目を回す。
うん、ごめん。少しからかい過ぎた。まさか、理性を失って攻撃してくるとは。
世の理不尽さを憂うように泣き始めた少女に駆け寄りながら、私は新たな教訓を胸に刻み込むのだった。
──人が嫌がる事をするのは止めましょう。
♦♦♦
「足りない! 次!」
「こちらです!」
「遅い! 早く次のを持ってきなさい!」
「は、はいただいま!」
目の前で高く積み上げられた、様々な料理。
それ等が掃除機に吸い込まれるように、一人の少女の胃袋に収められていく。
圧倒的な速度で、しかし上品さが漂う楚々とした手つきで、彼女は不機嫌そうに眉根を寄せながら、とにかく食べまくる。
明らかに許容量が超えている量を見た私は、内心で呆れつつ自分の料理を口に含む。
初め見た時は何事かと思ったけど、どうやらヤケ食いでもしないとやっていられないようだ。
なんていうか、典型的なストレスで太る人間の考えだよなぁ。ストレス解消にご飯を食べまくり、それがお腹に余分な脂肪がつくという……。
まあ、私は気のお蔭か太りづらい体質なので、好きなだけ食べられるんだけどね。
なお、関羽にバレた時は、めちゃくちゃ理不尽に怒られたのは余談だろう。
そんな事を考えていると、少女はキッと眦を吊り上げて店員を睨む。
「不味い! 焼き加減が甘いわ! 客に出すのなら、もっとしっかりと調理しなさいっ!」
「は、はいぃ!」
「この店はお客一人満足させられないの!? あんた達には料理人としての誇りというものがないのかしら!?」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
ペコペコと何度も頭を下げる従業員を、冷たい目で一瞥した後。
少女は口を動かしながらジト目を私に向ける。
言外に先ほどの出来事を批難しているのがわかり、私は苦笑いを浮かべて口を開く。
「さっきはごめんね? なんか、貴女を見ているとからかいたくなって」
「んぐっ!?」
「あー、そんなに食べまくるから喉に詰まったんだよ。ほら、水を飲んで」
私からコップを奪い取って喉を潤した少女は、ドンッとそれを机の上に叩きつけて。
「あんた……世の中には、やっていい事と悪い事があるのを知らないの? それとも、子供でもわかる分別がつかないほど馬鹿なの? ねぇ、そうなの? 人として最低限の心もない正真正銘のクズなの?」
うっ!?
本屋の時から薄々感じていたけど、この子めちゃくちゃ口が悪い。
据わらせた目でザクザクと心を抉るように、的確に私の心の弱い所を突いてくる。
しかも、言葉の節々から漂う知性の高さが、少女の発言が正しいと思わせる物があるのだ。
端的に言うと、ドS教師のような恐ろしさを感じる。
……はっ、これはこれでありなのではないか?
いやいやいや! 待て。これでは、私もさっきの変態と同じ所まで堕ちてしまうではないか!
私は正常。私は女の子が好き。私はMではない。よし、自己暗示完了。
鋼の理性で最後の砦を護りきった私は、ため息をついて笑みを向ける。
「喧嘩するほど仲が良いって言うから、あれは貴女なりの付き合いなのかと思ったのよ」
うむ、完璧な対応だ。
これなら少女も「あ、だったら仕方ないわね。もー、陽ちゃんのお茶目さん。勘違いしたお詫びに、良い事をしてあげる」と言ってくれるかも!
……そんな都合の良い事があるわけないよね。
ほら、現実の少女は慈愛の微笑みを浮かべて……笑っている!?
こ、これは私の思いが伝わってくれたのかな?
自然と期待に満ちた顔になる私を尻目に、少女は慈しむように目を細めて手元のナイフを……ナイフ?
「ごめんなさい。どうやら、貴女の目は腐敗して駄目になっているようね。だから、今から私がその目を摘出してあげるわ」
「ステイステイステイ! 一旦、落ち着こうじゃないか!」
「あら、私はいつも通り絶好調よ?」
そういうのは、瞳から光を取り戻してから言ってください!
俗に言うヤンデレ的目でナイフを振りかぶる少女。咄嗟に彼女の腕を掴み、私達は力の押し合い圧し合いを繰り広げていく。
「ほーら、いい子ちゃんはそのナイフを机に戻しまちょうねー」
「ふふっ。赤ん坊に言い聞かせる言葉で話すなんて、随分と私の事が小さく見えているようね。やっぱり、その腐り落ちて蛆虫が沸いている目をなんとかしてあげなきゃいけないわ!」
「大丈夫だから! 今からかったのは謝るから、そのナイフを置いて!」
ていうか、見てるなら誰か止めてくれよ!
おい、そこの従業員……仲が良いですねだと!? お前の目は腐ってんのか!? ていうか、さっき少女に意地悪されたから、私が慌てている姿を見て溜飲を下ろそうとしているだけじゃん!
そこにいる客……寝てんじゃねー! 日の陽気に誘われて眠ってしまったじゃないよ! 眠っていないで私を助けてー!
うぅ……なら隣にいるあんた……はっ!? なんでいきなり鼻血を噴き出したの!? どこに興奮する要素があったんですか!?
駄目だこの店。私が終始ツッコミに回されるなんて。誰かがなんとかしないとお先真っ暗だよ。
密かに戦慄しながら耐えていると、それはもう深いため息を漏らした少女が、ゆっくりと席に座り直してナイフを置く。
「わかったわよ。本気にしないで、流石に冗談だから…………一割は」
聴こえているんですけど! え、九割はマジだったという事ですか?
内心でビクビクしている私など露知らず、少女は布巾で手元を拭って告げる。
「本当に、男なんかと仲が良いと思われるのは、不愉快を通り越して死にたくなるからやめてちょうだい」
切実な響きが乗る声色に、私は無言で頷く。
そんな私の姿を見て、初めて柔らかく微笑んでみせた少女が。
「ねぇ。あんたは男をどう思っているの?」
「うーん、私もあんまり好きじゃないかもなぁ」
やっぱり、むさい臭い暑苦しいが揃っている男なんかより、柔らかい可愛いおっぱいが完備されている女性の方が好きだ。
特に、この世界の女性は美女美少女美幼女と美人率が非常に高い。
私を初め母さんや、関羽や凪達、目の前の少女や客にいる鼻血ちゃんだって可愛い。……私が可愛いのはナルシストだからではないのです。客観的に見て、美少女の部類に入るからなのです。決して、鏡の前で自分の美しさに少し見惚れた事なんかないのです。
と、話を戻そう。
つまり、私としても男嫌いまでとはいかないが、充分に少女の思いに共感できてしまうのである。
そんな旨を伝えてみたところ、彼女は嬉しそうに相好を崩す。
「あら、あんたも中々わかっているじゃない。そう、男なんて歩く下半身って言われているぐらいどうしようもない生き物なのよ。同じ人間として情けないくらいのね」
そ、そこまで言ってないんだけど……。
しかし、当然そんな私の訴えなど届くわけもなく、今までの鬱憤を晴らすかのように、少女は日頃から常々思っていた男の駄目な所を話していく。
いつも私に厭らしい目を向けてくる。脳味噌まで精液で染まっている。息遣いが荒くて気持ち悪い。無駄に見栄だけはあって理解不能。鼻の穴を膨らませて私の匂いを嗅ごうとしてきて失神しかけた。頭が悪い癖に私を論破しようとしてきて不愉快。私が怒るとむしろ恍惚な顔をして寒気がする等々……出るわ出るわ男への不満の数々。
内容のほとんどがあの店員の事だと思うのだが、それを男と一纏めにするのは、なんというか男に少し同情してしまう。
まあ、男運がなかったと思って諦めるしかないのではないだろうか。
憎々しげな表情で愚痴を零していた少女は、今度はそこに可憐な花を吐き誇らせる。
「それに対して、女性は有能な人ばかりで同じ女性として誇らしいわ」
「ほー、例えば?」
「そうねぇ……まずはやっぱり、曹孟徳様よね。あの方の勇名は、ここまで伝わってくるぐらいだし」
おお、その名前なら私でも知っている。
この世界で耳にした限りだと、曹孟徳はつまり曹操の事らしい。
曹操と言えば、前世でも有名な人……だよね?
すんごい強くてめちゃくちゃ偉くてかなーり有名という事しか知らないけど。まあ、この世界では少女の言う通り凄いのだろう。
それに、曹操にはなんとなくシンパシーを感じるんだよなぁ。同時に、私の直感が割と大きな警鐘も鳴らしているけどね。
「それで、他には?」
「あんたが買った綺羅綺羅の編集者。あの方も尊敬に値すると思うわ」
「ああ、
日夜とは、私と幼馴染みが使っているペンネームだ。
それぞれの真名をもじった名前なので、知る人には正体が割と知られている。
まあ、あまり詳しくない人は、日夜を一人だと思っているようだけど。
そんな風に考えていると、少女は興奮からか頬を赤らめていく。
「そうよ! あの方は絶望に身を浸していた私に希望を見せてくれたの!」
「ほぉ、そうなんだ」
随分と興味深い話だな。
幼馴染みが人を救った事に、私は誇らしい気持ちになる。
私や関羽と違って、こういう形で人を救える幼馴染みは、やっぱり凄いと思う。
笑顔で続きを促す私を見て、少女は誇らしげに胸を張って口を開く。
「あの方が雑誌に記載してくれた“ばすとあっぷ体操”。あれを実践した私は、なんと胸囲が少し大きくなったの!」
「おお! それはめでたいじゃ……ん?」
「しかも、雑誌には“めじゃー”という画期的な採寸道具も付属されていて、“せんちめーとる”という便利な単位まで書かれているのよ! それだけで、あの方の智謀の深さと、それを惜しみなく教える器の広さが伺えるでしょう?」
「……アー、ウン。ソウダネ」
「私、将来はあの方の元につきたいって考えているの。世の中で絶望に包まれている
キラキラと、純粋な眼差しで虚空を眺める少女。
彼女の小さな胸には、将来の大きな展望が描かれているのだろう。
対して、私はもう色々と混乱しすぎて、どんな顔をすればいいのかと頭を悩ませていた。
えーっと、ごめん。その記事を書いたの、私なんです。
以前、幼馴染みと何を雑誌に書こうかと議論していた時、せっかく女性として産まれたんだから、私は美容に気を遣った記事を書きたいと考えたのだ。
阿蘇阿蘇も美容に関して記載される時もあるが、基本はオシャレ関係なのは知っているし、私達は服飾関係よりも髪や肌、胸に関して重きを置いていた。
それに、私達に花を持たせてくれたのか、阿蘇阿蘇での美容の記事は徐々に減っていたので、自然とそういう関係では他の追随を許していない。
本当、阿蘇阿蘇の編集者さんには頭が上がらないよ。いつかは会いたいと思っているのだけど、どこにいるか不明で謎に包まれているんだよなぁ。
ともかく、それから私と幼馴染みの間で書くべき記事は棲み分けされていき、胸や美容関係は私が。雑誌に載る他の記事や小説や詩や絵と多岐に渡る事をしているのが、幼馴染み担当となった。
巷の噂では、天子様も幼馴染みの記事の大ファンだとかそうではないとか。
対して、今の私は幼馴染みにほとんど雑誌を任せ、定期的に手紙で記事を送っているぐらいだ。
なので、やはり綺羅綺羅の編集者と言えば、幼馴染みという事になるだろう。
……うーん、素直に伝えても良いのだろうか。
いやまぁ、私がその記者だと教えるのは別に吝かでもないんだけども。
なんていうか、今のところの私は誰かの主になるつもりはないから、少女の想いを踏みにじってしまうというか。
そんな事を考えながら少女を見ていると、不意にある既視感を覚える。
綺羅綺羅の事を思い出したからだろうか。私の元に届いたファンレターの内、何か今の少女が言ったような手紙が来たような気が……
「巨乳猫耳」
ポツリと呟いた瞬間、少女の動きが止まった。
油が切れたロボットのような動作で顔を向け、ひくひくと頬を痙攣させて尋ねてくる。
「ね、ねぇ。どうして、あんたの口からその言葉が出てくるのかしら?」
「えぇと……」
言い淀む私を見て、徐々に目を見開いていく少女。
何か重大な事実に気が付いたかのように、表情をコロコロと百面相に彩らせる。
ガタンと勢いよく立ち上がり、危ない薬を投与しているかの如く手を震わせながら、少女は口を大きく開閉していく。
「あ、あ、あ、ああああ貴女様は!?」
「あー、うん。いつもお手紙ありがとう」
「──!」
「ちょっ!?」
私が曖昧な笑みを浮かべた瞬間、少女は声なき絶叫を上げて駆け出した。
慌てて呼び止める私の声が耳に入っていないのか、風のような速度で少女は店内を後にする。
自然と辺りには微妙な空気が流れ落ち、店中の視線が私に集中していく。
え、え? 私、どう反応すればいいの? いきなり置いていかれても困るんだけど!?
右往左往して辺りを見渡していると、妙に爽やかな笑顔の店員がやってくる。
「ありがとうございました!」
「へ?」
「お会計はこちらですッ!」
渡された竹簡には、この店で食べた料理の値段が書かれていた。
えぇと……はぇ!?
「う、嘘でしょ!? なんでこんなに高いの!?」
思わず立ち上がって問い詰める私に、店員は笑顔のまま先ほどまで少女がいた場所を指差す。
「お連れ様が退去されたので、お客様にお支払いいただければと」
「……ツケじゃあ、駄目?」
「駄目です」
ホクホク顔で料金の催促をしてくる店員へと、私は項垂れながら言葉を返す。
「…………今から働いて返します」
「
くぅ、覚えていろよ!
次会ったら、この料金分を身体で払って貰うからなぁっ!
襟首を掴まれて店員に引きずられていた私は、来たる日のために密かに闘志を燃やすのだった。