おーばーろーど ~無縁浪人の異世界風流記~   作:水野城

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新たな日常

 ブレインは刀を腰に帯びると、その場で瞳を閉じ、瞑想する。左手を鍔元に置き、軽く膝を曲げて腰を落とし、右足を一歩前に出す動作を行うと武技〈領域〉を発動した。空気が僅かに流れていたのを感じた。足元では小さな物体が数匹動いている、蟻だろうか。半径3メートル、この狭い宇宙の内でなら万象が手に取れて知れる。そして、静かに瞼を開けた。

 刹那、右手が刀の柄に掛かり抜かれたかと思ったら、既に鞘の内に戻っていた。目に見えぬ速さ、並の者では抜いた事にも気付かないであろうが、ブレインは納得していない様子であった。もう一度腰を落とし、抜刀すると今度は上段に構えた。これも見事な速さであったがそれでも満足してはいなかった。

 

 ブレインは、エ・ランテルの貧民街での出来事を思い出す。ゴンベエがクレマンティーヌを脅そうと抜いたあの場面、その秒にも満たない一瞬の出来事を何度も頭の中で繰り返した。あれに比べれば、自分の抜刀など遅すぎて欠伸が出てしまう。瞬刻の速さのその上、神速に達したと思っていたが、まざまざと見せつけられ、思い知らされた。自分などまだまだと。

 ブレインはもう一度、瞳を瞑ると〈領域〉の内に身を置いた。集中力を高める、今まで限界と考えていたその上に昇ろうと深い瞑想に入った。自ずと腰が落ちる、身体に染み付いた自然とした動作は、自分で動いたとさえ認識しない。

 すると悠久の時を感じてくる。永遠がこの一瞬にあたり、一瞬が永遠に続くような感覚を行ったり来たりして、神経が研ぎ澄まされていく。瞼を開けると右手を柄に掛け、今度はゆっくりと抜いた。ゆっくり過ぎて手が震え、鞘の内を何度も叩いてしまう。ほんの少しの間だったが、一つの季節が過ぎたかの如く、長く感じた。

 

 今度は、正眼に構えると幾度か振ってみる。速すぎず遅すぎず。刃が空を斬り、滑らかな体捌きで数歩移動した。何気ない動きであったが、そこには想像もつかない大きな世界が生まれている。それをクレマンティーヌは、ぼっーと眺めていた。ブレインが体を動かしている空き地は宿の隣にある。宿の主人が洗濯物の干し場所や、脚の折れた椅子などの要らない荷物の置き場所として使用されていた。クレマンティーヌは二階の窓から、ブレインの事を暇つぶしに眺めていたのだった。

 

 こんな朝早くからよくやるな。鍛錬が大事なのは分かるがこうも早くからする必要も無いだろう、とクレマンティーヌが思った。

 

「まだ神様だって寝てるよ」

 

 そう呟いて部屋の方を振り返る。室内は安宿だけあって狭く、ベッドと小さな机だけが置かれていた。そのベッドの上では、もろ肌脱いだ男がいびきを立てている。そこに居るのは神様などではない、ゴンベエであった。解いた髪の毛がシーツの上で波のようにうねり、ゴンベエはその上で揺られるようにぐっすりと眠っている。酒の香りがまだほのかに漂っていた。

 

 気配に気付いたのだろう、ブレインが二階のクレマンティーヌに声をかけた。

 

「おい、そこは旦那の部屋だろ。何をしている」

 

「起こしに来ただけだよ~」

 

 クレマンティーヌは窓枠から顔を出して答えた。とても信じられたものではない。

 

「嘘つけ、何かしたらタダじゃおかねえぞ」

 

 と、言いつつもブレインはそれほど心配してはいない。戦ったからこそ分かるが、クレマンティーヌの腕では万に一つも勝てはしないだろうと読んでいた。彼女の願望は正しく無謀なのだ。

 

「はいは~い、と……」

 

 ブレインの喚き声もこうなると慣れてきたものであった。何事も無かったかのように振る舞いゴンベエの方を見ると、まだ気持ちよさそうに寝ていた。まるで寝首をかいて下さいと申しているようではないか。ならば望みを叶えてやろうとばかりに、クレマンティーヌはベッドの淵に膝を乗せて寝顔を覗いた。

 

(こんな男が、ほんとにぷれいやー?)

 

 六大神や八欲王といった過去にプレイヤーと確認されている者は、神や大罰者として歴史に名を残していた。神は人類を救済し、大罰者は世の理を乱し、大乱の傷跡は未だ各所に見られる。そんな者達と、眼の前で眠りこけている男が同一の存在だとは思えなかった。だが、一度剣を抜けばあの大立ち回りである。

 おまけに、この宿の代金を払っているのはこの男ではなく、ブレインだということ。さらにその金の出所は、戦利品として得たスティレットを売ったものらしい。つまり、巡り巡って彼らの宿代を払っているのはクレマンティーヌ自身だということに気が付いた。

 

 ―――とんだろくでなしの神も居たものだ。人に金を集るなど、乞食のやり方ではないか。

 

 もう十分に寝顔を見られたのでベッドから降りようとして身体を回すと、足が何かを引っ掛けてしまった。

 

「あら?」

 

 ゆくりなく立て掛けていた刀を引っ掛け倒してしまったらしい。倒れたくらいで傷が付いたりはしないと思うが、ゴンベエが愛用している得物だ。まずいと思ったが、無造作にそんな物を置いている方も悪いと開き直る。クレマンティーヌは、やれやれと悪態つきながら落ちている刀を拾ってやった。

 

「スゴ……」

 

 鞘の内に収まっていようと、見事な一振りと持っただけで理解できた。鞘から鍔、柄まで黒一色である。鞘は独特のてかりを見せており、まるで今日昨日に色を付けられたかのように目新しく見えた。鞘だけ新しく作られたのだろうか、そう考えてしまうほど長年の劣化というものが無い。鍔は金縁に四つ葉を模ったもので、これといって模様は彫られていない。外見でいうなら、ブレインの持つ神刀の方が無骨なカッコよさがあるが、こちらは洗練されたという印象を受ける。それに荒々しいゴンベエが持っていると思えば、より深みが醸し出されて見えた。

 恍惚としていると、不意に悪い考えが頭に過る。これで寝込みを襲えば、ゴンベエの首を取れるのではないだろうか。クレマンティーヌはもう一度彼の方を振り向いて相手を確認すると、相変わらず気持ち良く眠っている姿があった。暫く起きてくる様子はない。

 ぬるりと白刃が鞘から顔を出した。外見とは対照的に刀身が眩しく、刀文が水のように波打っている。そして、特徴的なのが付け根の部分から露が染み出していること。まるで、クレマンティーヌの殺意に呼応するかのように迸っていた。

 

 もう冗談では済まなくなっている。いつの間にか、頭上に振りかぶっていた。

 

「冷たっ!?」

 

 今まさに振り下ろさんと柄を握っていた手が、凍えた。何事かと目を向けてみると、溢れる露が指に零れているらしい。何て扱い難い剣だ。使用者にダメージを与えてくるなど酷い欠点である、とクレマンティーヌがただの刀に憤慨していたその刹那だった。ゴンベエの手が、凄絶に振り抜かれたのである。クレマンティーヌが見たのは、眉間目掛けて迫りくる軌跡だけだったろう。それ程までに凄まじい突きであった。

 ピタリと拳が眉間の前で止まった。ゴンベエは依然寝たままである、感覚だけで寸止めしたのだ。もう少し伸びていれば、クレマンティーヌの額はかち割れていた事だろう。彼女はあまりの出来事に戦慄したまま、立ち尽くして膝を小さく震わせていた。

 

 ゴンベエがゆっくりと起き上がった。伸ばした腕を引っ込めるとそれで目を擦り、仏頂面でじろりとクレマンティーヌを見てから、ようやく事態に気付いたらしい。クレマンティーヌの頭上には抜かれた刀、それも自分のであった。

 

「何だお前か、人の部屋で何をしているんだ」

 

 どうやらゴンベエは殺気を感じ取り、反射的に殴ろうとしたらしい。クレマンティーヌの企ては、やはり恐ろしい男だと再確認するだけに終わった。

 

「怪我はしていないか? 朝早いのに元気な奴だな、お前は」

 

 自分を殺そうとした刺客の心配をしてから、陽気に笑ってみせた。男にしてみれば、寝込みを女に襲われるのは遊びであり、命のやり取りなど存在していない。

 そんな顔をされれば、襲い掛かる気が静まり返ってしまった。クレマンティーヌは刀を鞘に収めると、ゴンベエに差し出した。彼は素直に受け取り、それをまじまじと見詰める。

 

「まだ遊びたいのなら、貸しておいてやってもよいぞ」

 

 突然そう言われたので、クレマンティーヌは少し遅れて反応した。

 

「……本気で言ってる?」

 

 鬼に金棒、虎に翼。こんな物を彼女が持てば、切れ味を試そうとして血を見るのは明らかである。ゴンベエは顎に手を当てて、やはりと考えを改めた。

 

「やっぱダメだな。ブレインにどやされてしまう」

 

「な~んだぁ、期待して損した」

 

「そんな事より、俺はまだ眠りたい。遊びたいのなら、部屋から出ていってはくれんか?」

 

「えぇー、起きてどこかに出かけない? ひまぁ~」

 

「ブレインに構ってもらえよ」

 

「ブレインちゃんは私のこと嫌ってるから遊んでくれな~い」

 

「そんな事はなかろう、あいつは立派な戦士だよ。お前の事は認めていると思うがね」

 

「えぇ、一応殺し合った仲だよ?」

 

「それなら俺とお前もそうだろう。奇妙な縁と申したのはお前ではないか、もう忘れたか? それにブレインは強い奴を好く気がある」

 

「なんかそういうの、すっごく気持ち悪い」

 

 突如として部屋の扉が開かれ、二人の意識がそちらに向いた。額に流れた汗を拭いながら、ブレインが入ってきたのだ。

 

「旦那、変な事されていないか?」

 

 入ってくなり、呑気にそう言った。

 

「おはよう、ブレイン。朝の鍛錬か?」

 

「ああ、いつ何があるか分からないからな。身体が鈍るとろくに剣も振れなくなる」

 

 そう言っているブレインの視線は、クレマンティーヌを向いている。冷汗をかいていたので、恐らく何か仕掛けたのだろうと察していた。とりあえず、懲りるまでは放置しておこうと決めた。ゴンベエには勝てないだろうと、自分で分からせるのが一番の方法だ。

 

「旦那もたまには身体を動かしたらどうだ?」

 

「そうだな」

 

 と、言ってもゴンベエはレベル100のカンストプレイヤーである。これ以上の成長は見込めないが、運動不足になってしまうのは確かに不摂生だとは思うが、

 

「いや、もう少し寝よう」

 

 眠くてしょうがない。そう素っ気無く言うなり、ゴンベエはベッドに寝転んでしまった。残された二人は互いに目配せし、ブレインが顎をクイッと上げた。外に出ろ、であろう。対してクレマンティーヌは、目を瞑りながら首を左右に振ってみせた。

 

 そこからはブレインがクレマンティーヌの手足を取り、癇癪を起した子供を引き摺るようにして部屋から退出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 宿屋の一階は酒場になっている。二階が主な客室となっており、一階のと合わせて十も無い。ここの経営者は背が低く人懐っこい顔した男で、仕立ての悪そうな服に古い前掛け結んだ姿は、どこかうだつの上がらない男に見えた。今も酒場のテーブルを拭いているがのろのろと遅く、全て拭き終わるのに一日掛かりそうである。

 

 クレマンティーヌは、乱雑に並べられた机の一つに突っ伏し、退屈に喘いでいた。酒場の惨状は、彼女の心情と主人のいい加減さを良く表していた。

 誰も彼女の相手をしてくれない。唯一構ってくれそうな相手が寝ているのだ。本来は殺伐とした世界で生きてきた身である彼女には、こういった平穏な日々は耐え難いものでしかない。ブレインはクレマンティーヌを席に座らせるなり、また身体を動かしに戻って行った。自分も習って運動でもしようかと思うが、そんな気分じゃない。

 

 うだうだしていても仕様がない。クレマンティーヌは立ち上がると宿の外に飛び出た。路地だけあって朝日が入ってこないが、空を見上げると眩しいくらいに青かった。

 正面口の前で左右を見てみる。右の路地は通りに通じており、左はもっと奥に行けるが、行ったところで碌なことはないであろう。楽しいことでも探しに行こうか、とクレマンティーヌが通りに出ようと歩を進めた。ちょうど路地に小さな影が見えた。エプロンを巻いた人形のような少女であった。小さな両手に力を込め、水に揺れる大きな桶を運んでは休んで、また運んでは休んでを繰り返している最中だった。

 つい癖で、辺りに誰の目も無い事を確認すると、クレマンティーヌはにんまりと笑う。笑顔を保ったまま、少女に近付き声をかけた。

 

「お嬢ちゃん偉いねぇ~。親のお手伝い?」

 

 ガラス玉を思わせる大きな瞳は、突然話しかけてきた女に対して警戒の色を見せていたが、か細い首を折ってうんと頷いた。

 

「そお、大変だね。いくつなの?」

 

 少女は掌を差し出して、見慣れない女に小枝のような指を目一杯に広げてみせた。

 

「五つかー。そんなに小さいのに水運びなんて頑張るねぇ。家はどこなの?」

 

 すると少女はクレマンティーヌが出てきた宿を指差した。なるほど、そこの娘だったらしい。

 

「うーん、ちょっと貸して」

 

 クレマンティーヌは少女の桶に手を伸ばすと、片手でひょいと持ち上げた。手ぶらになった少女は、引っくり返りそうになるまで反って、丸い顔を上向けていた。不思議なものを見る目と、子供らしい遠慮のなさで、口をぽかんと開けてクレマンティーヌの顔を眺め回していた。

 

「どうしたの? 帰らないの?」

 

「お姉さん。お名前は? お父さんが知らない人に付いて行くなって」

 

「私の名前? クレマンティーヌ、お嬢ちゃんの宿に泊まってるお客様だよ」

 

「そうなの。ありがとうお姉さん、これでもう知らない人じゃない」

 

「………」

 

 無垢な子だ。自分も昔はこんな頃があっただろうかと記憶を頼りに思い返すが、覚えているのも苦痛という記憶しか出てこなかった。育ってきた環境が違い過ぎる。争いとは縁もなさそうな男に育てられた子で、このままクレマンティーヌが言葉巧みに路地裏まで連れて行こうと思えば連れていけるだろう。

 はっとして、クレマンティーヌは頭を振った。暫くそういった事は自重しなくてはならない。

 

 宿に入るとすぐに酒場である。少女はクレマンティーヌに再度礼を言ってここで待っていて欲しいと伝えると、運んでもらった水桶を手に奥へと消えた。酒場には鍛錬を切り上げたブレインが一人、失った水分を補給しつつ刀の点検を行っている。クレマンティーヌはその傍に座ると、机に置かれていた水を取り上げて一気に飲み干してしまった。

 

「俺の――」

 

 ブレインの言葉は彼女には聞こえていない。空になったグラスを置くと、天井を仰ぐように椅子を傾ける。もう何を言っても無駄だと悟り、ブレインは刀の手入れに戻った。

 二人の間に会話など存在しなかった。彼らはゴンベエを慕ってここにいる、きっかけは似たようなものだが目的は別であったので、仲良くしようとは思っていない。ブレインにしてみれば、尊敬する人を狙う刺客が懐に潜り込んできているのだ。仲良くしろなど言う方が無理であろう。

 暫くすると、奥の方から少女がとてとて駆けてきた。まだ短い脚ではこちら来るのでもやっといった感じであったが、それが二人の目には微笑ましく映る。少女は皿に乗ったサンドイッチをクレマンティーヌの前に置くと、八重歯を見せて笑った。

 

「これお礼に」

 

「あ、ありがとう」

 

 そういえば朝から何も食べていない。ここは少女の厚意に甘えようと手に持って噛り付いた。中の具は至ってシンプルである、野菜や肉など少し小さく口内でパンが余ってしまうがマズイという訳ではなかったので、ペロリと平らげた。

 

「ごちそうさま」

 

 クレマンティーヌがそう言うと、少女は満面の笑みで空になった皿を手にまた奥へと消えていった。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

 刀を鞘にしまいつつ、ブレインはそう訊いた。

 

「何のこと?」

 

「人助けをするような女だとは思わなかったな」

 

 残忍で冷酷、人を殺すのが大好きな女。それが少女の仕事を手伝うなど意外であった。

 

「ただの気紛れ」

 

「ほお、そうか。それはそれで良い事だな」

 

「ふーん………」

 

 暫しの沈黙。クレマンティーヌは椅子を傾け天井を見上げていた。そして、隣に座る男に意識を向けた。

 ブレイン・アングラウス。王国最強のガゼフ・ストロノーフに並ぶ実力を持つ武人。かつて二人は壮絶に戦い、ブレインは敗れ姿を眩ましたと聞いた。それがなぜゴンベエと行動を共にしているのだろう。よくよく考えてみれば違和感があったので、思い切ってブレインに尋ねてみる。

 

「そういやさぁ、ブレインちゃんって何でゴンベエちゃんと一緒にいるの?」

 

「唐突だな」

 

「今思い付いたからね」

 

 予想は付いていた。おそらくは勝負に負けたからであろうが、ブレインはガゼフに敗れてから姿を眩ませたその間、武者修行として野盗に身を落として人を斬り続けていたという。その理屈でいえば、今回も人斬りを続ける筈だ。

 

「そうだな……簡単に言うなら惚れたのさ」

 

「ええ………」

 

 クレマンティーヌの顔から血の気が引いた。この世に存在してはならないものを見るかの目付きに変わる。

 

「ブレインちゃんってそっちなの?」

 

「おい、変な誤解をしているみたいだが俺は普通に女が好きだぞ」

 

「ええ、惚れたんじゃないのぉ?」

 

「まあ、女には分からんか」

 

 あの日の戦いは昨日のように思い出せた。ガゼフに敗れたという前例があったからこそ、気をしっかりと保てたのだろう。あの芯を衝くかのような剣先、飛燕の如き身のこなし。どれも求めていた武そのものに、憧れてしまった。

 

「ん~………」

 

 正直に申すのなら、分からなくはなかった。クレマンティーヌは墓場での出来事を思い返した。あの時、胸の内側から沸き上がった炎のように熱い何か。過去、幾度となく戦ってきたがあれほどまでに気持ちが昂ったことなど無かった。間違いなく原因はゴンベエであろう。あの男は、不思議と戦士の血を昂らせる能力、存在感があったのだ。ブレインと戦っている最中でも、彼の後方で剣を振るう姿を見ただけで身が焦げる思いであった。スティレットを突けば心臓が鼓動を強め、ブレインに勝とうかという瞬間は歓喜に震えてしまいそうになった。光を齎した姿の神々しさには、心惹かれてしまった。

 

 彼に怯えて震えた夜も、最終的には戦うことを選択したのは今にして思えば何故だろうか。兄や両親を見返してやる為、それもあるだろうが最終的に踏み出したのは自分の意思であった。あの男と全力で戦ってみたい、あの男を殺せるのなら自分の手で殺してみたい。だからブレインに阻まれた時には、腹の底から怒りが湧いた。

 

(そうかこれか……)

 

 ある意味で惚れたというのは、こういう事なのか。クレマンティーヌは二人の語った戦士としての真理、強き相手を気に入り惚れる仕組みが理解できた。今まで自分より強い者には敵愾心しか湧かなかったが、散々に打ちのめされ、彼と関わり、焚火を囲って何気ない話をして、その人柄に触れた。

 彼を殺したいのは今でも本当だ。どう殺そうか考えただけで心が沸き上がる。だが、共に旅をしてみたいのも本心であった。あの男に付いて行けば、きっと味わったことの無い体験を得られるだろうと想像してしまう。

 

「どうした?」

 

 ブレインの問い掛けに、クレマンティーヌは自分の顔が強張っていることに気が付いた。口元など、裂けたように笑っている。

 

「変なこと考えてないか?」

 

「いんやぁ、とても楽しいことだよー」

 

「本当かよ」

 

「例えば、ゴンベエちゃんをどうやって殺すかーとか」

 

「ほお……」

 

 クレマンティーヌがこう言うものならきつい目で睨んでくるものだが、今日のブレインはどこか落ち着き払っていた。

 

「まあ、分からなくもないな。俺もいつかは再戦を挑みたいもんさ」

 

「へぇー……」

 

 ブレインもまた腹に一物抱えていた戦士であった。考えてみればそうである、彼はその強さに惚れこみ付いてきた質だ。腕を磨き、いつかもう一度剣を交えてみようと考えるのは必然といえた。

 

 つくづくろくでもない男だな、とクレマンティーヌは思った。自分でもいうのもなんだが、周りに物騒な者が多い。そんな者達に好かれるなど命がいくつあっても足りないのではないだろうか。

 

「そろそろ旦那が起きてくるだろうな」

 

「分かるの?」

 

「慣れたもんさ。その内降りてくるなり―――」

 

 天井がドタドタと音を立て揺れた。客は三人以外泊まっていない、間違いないだろう。

 

「二人共、散歩か釣りにゆかぬか?」

 

 階段の踊り場からゴンベエが顔を覗かせた。顔も洗い、髪形も整えて外出の準備をばっちりと整えていた。クレマンティーヌは驚いて椅子と共に後ろに倒れそうになったが足でバランスを取り、絶妙な釣り合いで制止したまま感心するように、ブレインを見た。

 

 彼は肩を竦めて、手のひらを上に向けていた。その境地に至った姿は、どこか未来の自分を見ているような気がしてならなかった。


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