おーばーろーど ~無縁浪人の異世界風流記~   作:水野城

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釣り

 知っての通りだがゴンベエ、またを名無しの権兵衛はユグドラシルのプレイヤーである。

 

 果し合いで負かしたブレイン・アングラウスから色々と情報を訊き出させ、今自分の身に起こっている現象に答えを見出し始めていた。

 異世界に転移、または可笑しな夢を見ていてそこに閉じ込められている。このどちらかと判断するに至った。もはや、五感で感じる現実を受け入れるしかゴンベエには道はなかった。

 

 だが望まずとも果たされたもう一つの人生続き。自由気ままにさすらい、時には奔放にして苛烈に精一杯生き抜いてやろう、そうゴンベエは誓うのであった。

 

 

 

 

 

 ブレインは次々と質問してくるゴンベエに多少の違和感を覚えながらも、それは仕方がないものと考えた。武術や魔術に逸脱した者はどこかしらおかしいのだ。一般常識に欠けていたり、常軌を逸した考えや物事の捉え方。

 十三英雄や口だけの賢者と呼ばれた者たちも同じような人物像が伝えられており、現在ではフールーダ・パラダインといった逸脱者の代名詞と呼ばれる人物も、魔術に関しては深い興味を示すが他の事に関しては頓着しない浮世離れした性格をしていることで有名だ。

 

 ブレインは、ゴンベエを彼らと似た型破りな異色の人物だろうと推測した。

 

「しかし、自分がどこから来たか分からないなんて、旦那は余程散々な目に会ったんだな」

 

 ブレインはゴンベエを、旦那、と呼んだ。

 

 掠り傷一つ与えられずに負かされた尊敬と畏怖の念を込めてそう呼んでいる。それに自分のことを名無しの権兵衛と呼んでいたのも関係していた。

 明らかに偽名、いや偽名と呼べる物ですらないだろう。名無しの権兵衛は身元不明の人物に付けられる名前だと言っていたのを覚えている。王国や帝国にも似たような俗語があるが、基本的に生きている人物に使われるものではない。

 何か訳があるのだと思えるが、それを気軽に尋ねるほどブレインは馬鹿ではない。下手に質問して今度こそ本当に殺されるのは不本意で戦士として恥だ。だから名前ではなく、愛称で呼ぼうと決めた。

 

「そうか、何とも面白い話だ。ありがとうアングラウス、ならエ・ランテルとやらに行ってみようかね。こいつは返しておくよ」

 

 ゴンベエはそう言って、肩にかけていたブレインの刀を返すと立ち上がり、教えられた街道の方向を向いた。

 

「ちょ、ま、待ってくれ旦那!」

 

 返してもらった刀を腰に携えながら、まだおぼつかない脚を動かしてゴンベエの背を追いかけるブレイン。

 自分の身に起きた現象の考察と、久しぶりの果し合いをしたかっただけのゴンベエは彼への関心を既に失っていた。やや煩わし気に振り返り足を止めた。

 

「何だ?」

 

「なあ、付いて行っていいか? もちろん旦那には迷惑はかけない。あんたの強さを学ばせて、ほしい………」

 

 絶対的な自信を無くした今、彼にあるのは更なる強さへの探究。瞼の裏にしっかりと焼け付いているガゼフ・ストロノーフでさえもゴンベエには勝てないと断言できた。そんな万夫不当の戦士が目の前にいるのだ。これを機と取らずして何である。

 気が優しくて力持ち、なんて言いたくはないがお伽噺の登場人物のような男。ブレインが目指すべき人物、師事するに値する戦士としてこれほどの者はいない。

 

「はぁ? 付いてくるって………俺に付いてきて何をする気なんだ?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔でゴンベエは反応した。

 

「旦那が何をしたくて何を得たいか知らないし興味はない。ただ、あんたのその強さに惚れた」

 

(惚れたって、こいつホモか?)

 

 ゴンベエは呆れながら思った。ここはゲームの世界ではないから、人は感情や頭で考え行動と発言をするが、まさか時代劇みたいな台詞を言われるとは思いもしなかった。

 頭を下げるブレインの姿を見つめ、ゴンベエは少々馬鹿らしく思えてくる。強くなりたいのは分かるが、自分はゲームで得た偽りの強さとも呼べるものしか持たない。教えてやれることなど無いに等しい。

 だが、ブレインの真摯な口上の響きに騙そうという意思は感じられない。旅の仲間としてこの世界の住人を旅のパーティに加えるのは申し分ない。それにブレインはこの世界ではかなりの強者に入る人物だと話の中で分かった。それを踏まえれば益々申し分ない。

 

「俺はこの国じゃ無縁だが、アングラウスには家族や友と呼べる者がいるだろう? どこの馬の骨とも知れない男に付いて行っても、何も面白いことは無いと思うが………」

 

「戦塵の中に身を置くようになってから、ある縁は切った。身を置いてる傭兵団から抜けるのも何の悔いも無い」

 

「つまり、無縁って訳か」

 

 旅をするつもりだが、どこかの町に身を置いて伸び伸びと自由に過ごすのも良い。いつ死んでも悔いは無いのだ。こんな道に誰かを同行させるのは忍びないが、縁も所縁もない者が付いて行きたいと願うのなら、何もそこまで拒む必要はなかった。

 

「つまらない旅になると思うが付いてくるだけなら自由だ。アングラウス、いやブレインと呼ばせてもらう。お互いに縁の無い寂しい男同士、生きていこうじゃないか」

 

「だ、旦那ぁ………」

 

 これからどのような数奇な人生をこの二人が送ることになるのか、それを知るにはまだ時は浅く、ゴンベエは中々の食わせ者であった。ブレインが呆れ返り、付いて来たのを後悔するほどに最初の内は酷く退屈でつまらないものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の剣の一団は異様な男二人組と遭遇した。

 

 

 それは街道に現れるモンスターを退治する依頼を終えた帰り道の事であった。拠点としているエ・ランテルへと伸びる川沿いの街道を、四人で軽い談笑を交えながら歩いていた時だ。

 川辺で釣りをしている男を見つけた。正確には二人だが、もう一人は釣りをしている男の後ろに座り込み、武器の手入れに励んでいた。それも珍しい刀と呼ばれる剣の一種であったのも彼らの目を引いた一因かもしれない。

 

 この街道には、オーガやゴブリンといったモンスターが頻繁に現れる。今日も彼らは何度か襲撃を受け、何とか撃退していた。そんな危険な街道なのにその男は黙々と釣りに興じ、もう一人は火にかけた鍋の隣で刀を丹念に磨いている。釣った魚を食らおうとでもしているのだろう。

 

 今日、この街道を担当しているのは漆黒の剣だけである。もしも死者が出れば自分たちが要らぬ批判を受けることになってしまう可能性があった。四人がそれを無視できるほど態度の悪い冒険者ではない。仕事はきっちりとこなす、冒険者としては当たり前のことをやる者たちだ。

 

 声をかけたのはリーダーのペテル・モークであった。

 

「あの、冒険者の方であれば申し訳ないのですが、ここで釣りをするのは少々危ないと思いますよ」

 

 首に冒険者を示すプレートが無いことを確認した上で、念の為にそう言った。

 彼の後方では野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブが辺りを警戒して危険があればいち早く知らせるようになっている。他の二人、ニニャとダイン・ウッドワンダーもルクルットには劣るが辺りを警戒していた。

 

「お? 冒険者か。お仕事ご苦労さん。俺たちのことは気にしなくてもいいぞ。多少の腕はあるからな」

 

 応じたのは青い髪を雑多に伸ばした無精髭の男。その男の纏っている雰囲気から自分たちを軽く凌駕する強者の気配を感じた。彼の言う通り要らぬお節介だったのかもしれない。

 

 もう一人の釣りに興じる男の方も、異様な空気を放っている。後姿から分かるのは黒髪の馬の尻尾(ポニーテール)。紺色の着流し一枚の薄着。青髪の男は軽装ながら防具を着込んではいるが、こちらの男は流石に不用心と言わざるを得ない。それか身の守りは彼に一任しているのか、金持ちの道楽に付き合う傭兵みたいな間柄なのかもしれない。倒木に腰を下ろして足元に刀を転がしている様子を見るに、戦えない訳ではないようだが。

 

「まったくよ。こんな所で釣りをするなんてお二人さん命知らずもいいところだぜ」

 

 後ろでルクルットが空気の読まない発言をかます。ニニャが慌て、ダインがそれを咎めるが、釣り人はカラカラと笑った。

 

「ハハッ。確かに変わってはいるかもしれないが、俺は釣りが好きなんだ。魚が住んでいる水辺があれば釣らなくては気が済まない性分でな。趣味みたいなものさ」

 

 このゴンベエ。

 彼はユグドラシルにて経験値稼ぎの次に釣りに時間をかけていた。釣れる魚をコンプリートするほどの玄人だが、現実の世界では海は汚れ魚釣りという行為、そういった文化自体が廃れていた時代であった。

 ユグドラシルにて魚釣りをする者は少ない。リアルを求めた結果、魚がかかるのに一時間二時間は余裕で待たなければならない。もしも釣ったところでレア素材になる訳でもなかった。何よりも、魚釣りの何が面白いのか理解できない者が多かったのだ。

 

 ゴンベエは、本当に釣りをただの趣味として行ってきた。

 

「ハッ! そう言って二時間経つが一匹も釣れてないがな。用意した火が無駄にならなきゃいいが」

 

 青髪の男、ブレインが軽口を吐いた。

 

「ま、そう言うな。おっ? 亀だ! 食えるだろうか?」

 

 すると、川の中から人の顔ほどの亀が這いあがって来た。甲羅を乾かすために日に何度か陸に上がる生態を持っている。今日は絶好の天日干し日和だ。

 

「おいおい。亀を食うのかよ」

 

「食えない訳ではないだろう。ほれ」

 

 ゴンベエが素早く亀に駆け寄り、ひょいと持ち上げるとブレインに向かって放り投げる。

 投げてこられた方は慌てる様子も無く、手入れをしていた刀をちゃんと握ると軽く腕を動かすといった風に、宙に浮いていた亀が甲羅と身に分けられる。亀はそのまま湯の煮立った鍋の中に放り込まれた。

 

 その一瞬の動きに漆黒の剣の四人は驚愕した。中でも、ペテルが特に驚いていた様子であった。彼は戦士として冒険者をしている。その中で色んな戦士を見てきたが、その記憶の中にあるどんな者よりも卓越していた。ミスリルやオリハルコン級の腕前かもしれない事に軽く興奮するペテルを尻目に、二人は鍋を囲んで亀を煮始めた。

 

「そうだ。四人もどうだろう、冒険者の仕事とやらで腹が空いているなら一緒に」

 

 漆黒の剣にとっては悪くない誘いであった。

 朝から歩き続け、モンスターと命懸けで戦いそろそろ休憩でもして空かした小腹を満たそうとしていた所であった。だが二人が手に入れた亀を食べる気にはなれない。六人で食べるには少なすぎるのもあるが、何より亀という未知の味への恐怖があった。

 

「お言葉に甘えさせていただきます。ですがお二人の食事を邪魔するのは悪いので、こちらはこちらで用意した食事があります。亀はお二人でどうぞ」

 

 漆黒の剣のメンバーはこれほどリーダーのペテルに感謝したことがあっただろうか。今だけはペテルが神様のように思えた。

 二人と軽い会話を交えながら漆黒の剣は隣で準備を整え、一息付いた頃にお互いに改めて自己紹介をすることになった。

 

「私たちは漆黒の剣というチームです。もう既に知っていると思いますが全員銀級の冒険者をしています」

 

 確かに四人の首にはシルバープレートがぶら下がっている。

 ブレインから冒険者の情報は余り出てこなかったが、強さのランクがあるようだ。下から(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白銀(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトの順。

 漆黒の剣はその銀級の冒険者だと言うが、ゴンベエにはいまいち強さの目安が分からなかった。

 

「私はリーダーのペテル・モーク。こっちは野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ、彼は森司祭(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。最後に魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャ――『術者(スペルキャスター)』」

 

 名前を呼ばれるごとにそれぞれが軽く挨拶をする。

 

 鍋を混ぜながらゴンベエが喚く。

 

「俺は名無しの権兵衛。ゴンベエと呼んでくれ、漆黒の剣の方々。ほれブレイン」

 

「分かってるよ。ブレイン・アングラウスだ」

 

 ブレインと名乗った男は悪態を付きながら亀の身を刀で切り分けている。せっかく綺麗に磨いた刀身が瞬く間に汚れていく中、ペテルが喚き返した。

 

「ブレイン・アングラウス!? あの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと御前試合で戦った。あのブレイン・アングラウスですか!?」

 

「あんた俺のこと知ってるのか。暫く表から身を引いてたが覚えてる奴がいるなんてな」

 

「忘れるわけありませんよ。お二人の戦いはまさに歴史に残る一戦と聞き及んでいます―――」

 

「もう、ペテル」

 

 興奮してペラペラとまくしたてるペテルをニニャが宥める。

 身が柔らかくなってきた亀肉を、手に持ったナイフではふはふと噛り付いていたゴンベエが、ニニャに何気なく訊ねた。

 

「確かニニャ――『術者(スペルキャスター)』といったか? 大層な名前を付けてるのを見るに腕の良い魔法詠唱者(マジックキャスター)だと思われるが」

 

「いやそれはペテルが勝手に付けた二つ名で………」

 

 ニニャが言いよどむ。どうやら自分から望んで名乗っている訳ではない様子だ。リーダーのペテルが付けたらしいが、彼はロマンを知る男なのだろう。

 うんうんと、頷きながらゴンベエは亀肉を食す。

 

「この硬い筋のとこ美味いな」

 

 ブレインが予想外の美味しさに喉をうならし舌鼓を打っているのを余所に、ペテルが話を引き継いだ。

 

「ニニャはタレント持ちなんです。習熟に八年掛かる魔法が四年で済む魔法適正というもので」

 

「そりゃ凄い」

 

 タレントの話はブレインから聞いていたので、具体的にどういうものなのか良く理解していた。タレント持ちは珍しいようで、ブレインも剣術に関するタレントを持っていると言っていたのを覚えている。

 

「ゴンベエさんはさ、名無しとか名乗ってたけど同じような二つ名? それとも素性を知られたくないみたいな?」

 

 ルクルットが硬そうなパンを手にそう言う。確かに名無しなんて名乗られれば気になるのは仕方がない。他の三人も気にはなっていた様子だった。

 

「二つ名というか『縁も所縁もない者』という意味と考えてくれ。俺は旅人でな、こいつともついさっき知り合ったばかりなんだ」

 

 こいつとは、ブレインの事だろうかと四人が互いに顔を見合わせる。疑問に思うのも無理はない。二人は長年連れ添った友人のように接していた。とてもついさっき知り合った仲には見えないのだ。

 

 二人に何があったかは想像が付かないが、剣を持った男同士。何か通じる物が合って意気投合したのだろうと、捉えるしかなかった。なら、ゴンベエもブレインと同じ程度の腕前なのだろうと、自ずとそういう考えに行き付いた。銀級冒険者の四人がアダマンタイト級と思われる二人のことを心配していたのだと気付くと、本当に要らない心配だったとため息をついた。

 

「ゴンベエ殿は旅人と申したが、どちらから来たのであるか?」

 

「あっちさ」

 

 ダインの問いにゴンベエは彼らの背後の森を指差した。先ほどまで二人が剣を交えていた森である。ダインは何だか謀られているように思うが、ニニャが継いで訪ねる。

 

「ではどちらに?」

 

「こっちさ」

 

 そう言って指差したのはエ・ランテルに続く街道の方角。それは確かに旅人らしさのある物言いだった。他人の詮索をするのは良くない事だが、旅人とは各地の面白い話を持っている。それにアダマンタイト級の腕前を持つと思われる人物だ。漆黒の剣は強い興味が湧いた。

 

「エ・ランテルに行くのでしたらご一緒してもよろしいですか? お二人の話も聞きたいですし、道中危険も多いです」

 

「そうだなぁ。飢えも満たしたことだし、ブレインは異論無いか?」

 

「俺は旦那に付いていくだけだ」

 

 ブレインは刀を磨きながらぶっきら棒に答えた。

 

「そうか。じゃあ、少し休んでから行こうか。漆黒の剣の皆は疲れているだろうし」

 

 空になった鍋を片付けながらゴンベエは提案を呑んだ。

 冒険者がどういう職業なのか気になっていたこともあったが、ゴンベエはこの世界の貨幣を持っていない。ユグドラシルの金貨なら山ほどあるのだが使えないだろうと予想していた。何か稼ぐ手段が必要だろうと考えての事だった。

 だが、違う世界に来てまで金のことで辟易したくないのがゴンベエの本心である。

 

 道中、それとなく冒険者のことを尋ねてみると何とも夢の無い職業だと察せられる。社会不適合者の受け皿でもあるのだろうか。堅実に生きられない者や何か大きな夢がある者、真っ当なことで生活できない者たちが冒険者となって生きていく。

 これなら、ならない方がいいと結論を付けた。そもそも何かに属するという行為をしたくなかったのだ。ゴンベエが今後冒険者組合に属することはないだろう。

 

 

 

 

 後日。

 

 エ・ランテル近郊の川辺で変わった釣り人が頻繁に目撃され、軽い噂話となった。


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