おーばーろーど ~無縁浪人の異世界風流記~   作:水野城

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少年担ぎ

 うららかな日差しが降り注ぎ、心地よい風が吹いていた。こんな日はとても過ごし易い。人々は家に籠るのを嫌い街に出かけ、商人たちはこんな日こそ稼ぎ時だと意気込む。肉を焼いた匂いを風に乗せ、腹を空かせた者達を誘導する。冒険者は依頼の前の腹ごしらえとばかりに、串に刺さった肉を五本ほどペロリと平らげてしまう。身体が資本だ。食って体力を付けなくてはいけない。

 

 こんな日だというのに、良い歳をした男二人は働きもせずにエ・ランテルから出掛ける。昨晩、何事もなかったかのようにゴンベエは釣りに出かけ、ブレインはそれに付いてゆく。

 エ・ランテルから少し離れた川辺に陣取り、ゴンベエは地べたに胡坐を掻いて釣りを始める。ブレインは五歩ほど後ろに離れ、手頃な岩に腰掛けて刀を握っている。いつもように刃の手入れをするではなく、手に持って振るでもない。ただ、左手に握っていつでも抜けるように待機していた。

 

 吹いた風がゴンベエの裾を通り、胸元から抜けていく。早朝だったためか少し肌寒く感じた。ここで、ゴンベエが欠伸を一つ。

 

「くぁ~」

 

 ブレインがそれに反応するかのように肩を小さく振るわせた。明らかに警戒の色を出している。

 

 くるり。

 

 ゴンベエが後ろを向いた。二人の背の方角から鳥が飛んで来ていた。全身を白く染め抜いたかのような体色で、翼を広げた姿はその鳥を倍の大きさに錯覚させる。

 つぅーー、と白い鳥が川辺に降り立つとそのまま川の中に歩を進めた。中ほどで立ち止まると何かに狙いを定めたように嘴を水面に向け、鋭く突いた。引き上げたその嘴には小ぶりの魚が銜えられており、空を見上げてゴクゴクと飲み込むように胃袋に入れた。どうやら鳥は朝食を食べに来たようだった。

 

 素晴らしいものを観られたと、ゴンベエは心を震わせた。初めて自然界の弱肉強食の構図を観ることが出来た。食する白鳥の美しさたるや、何か歌でも詠みたい気分にでもなってしまう。食された魚も、食われてたまるか、と身体を暴れさせて抵抗する様には生き物としての意地を感じた。

 

 世界を織りなす無数の理の一つを垣間見た。これだけで、遠出をした甲斐があった。

 

 二人は、昨晩の女を警戒してわざわざ町から離れた場所まで来ていた。ここならば周りに被害が出ることも無いし、誰かに見られる心配もない。襲ってこられても大立ち回りを繰り広げられるだろう。だが、誰か付けてきている気配も無ければ、待ち伏せされていたことも無かった。杞憂だったかと思われたが、こういった荒事ならブレインの方が良く知っている。彼のアドバイスの下、暫くは警戒を任せることにした。

 

(しかし、美しいな)

 

 昔話に出てくる鳥を思い出す。名前は何だったか覚えてはいないが、異世界だ。違う名前だろうから無理に思い出す必要もないかとゴンベエは思考を放棄し、暫しの間その美に酔いしれた。

 

「おい、旦那」

 

 背後からブレインがその背に声を掛けたが、ゴンベエは自分の世界に入っていたためにその声には気が付かなかった。

 

「旦那!」

 

 少し言葉尻を強めて、彼はもう一度言った。ゴンベエが振り返る。

 

「かかってるぞ!」

 

「ん?」

 

 釣竿が大きくしなっていた。慌てて竿を引っ張り、獲物に針を食い込ませる。手応えがあったので、勢い良く上半身を反らせて釣り上げた。

 

「おっ!?」

 

 ブレインから仰天の声を上げる。二人の間に釣り上げた魚が横になってピチピチと跳ねていた。魚の尾が上下に動くと、跳ねた上げた石ころがゴンベエの足下まで飛んでくるほど力強く、そしてかなりの大振りである。二人で食べても十分に腹が膨れるほど身を付けていた。

 

 目から鱗が落ちるブレイン。初めて釣り上げた魚を持ち上げて純粋に子どもの様に喜んでいるゴンベエ。傍から見れば何とも奇妙な光景に見えたことだろう。

 

 ゴンベエが興奮の面持ちで言った。

 

「火は?」

 

「いや、用意してねえな」

 

「生で食らうのか!? それはそれでありだな……」

 

「腹壊すぞ!? 分かった落ち着け、すぐに用意するから」

 

「おいおい、俺も手伝うぞ」

 

 時に忍び笑いを漏らしながらゴンベエはブレインと共に火を熾した。川辺に流れ着いていた枝を口から突き刺し、火で魚を焼いていく。至福の一時であった。焼き色が付き、良い匂いが鼻を刺激する。

 

「うふふ」

 

 ゴンベエが楽しみといった感じに笑った。正直、気色悪かった。だが何とも楽しそうにしているので、ブレインはからかうような事は言わない。

 

 敵襲の警戒などすっかり忘れて二人は火を囲み、談笑に耽った。

 

「なんだか、今日は良いことがありそうだ」

 

 ゴンベエは魚の腹に噛り付いた。ホタホタ、と膝を打って感無量と味を噛み締めている。そしてブレインに渡す。代わりばんこに食べていこうというのだ。

 

「そうか? 俺は悪いことが起こりそうだと思うが………」

 

 ブレインはそれを受け取ると、ホクホクと口の中で熱い身を転がしながら味わう。何とも旨く感じたので、彼はもう一度齧り付いた。これで酒でもあれば申し分ないが、今は我慢しておくしかない

 

「何故だ? これほどの大物を釣り上げて罰でも当たるというのか?」

 

「今まで釣れなかったんだ。突然おかしいだろ?」

 

「いやいや、信心深い俺に神様が褒美をくれたのかもしれない」

 

「は?」

 

 旨い物は宵に食えと言う。それからはもう二人でガツガツと夢中で噛り付いた。最後の食事とでもいうのか、二度と釣り上げた魚を食えないとでも思ったのか、余すところなく食し、残った骨を土に埋めてやった。

 

 

 斜陽となった時分。夕陽を浴びながら、二人は町に戻って来た。心配していたような事は全く起きず。ブレインは何だか遣り切れない気持ちを胸に、トボトボと歩く。事の張本人は、悠揚迫らぬ態度であった。もうすっかり忘れているのか、すれ違う者たちに、やれ今日の釣った魚はデカかった、やれあれは川のぬしだ、と大きな口で語っている。

 

 聞かされる者たちも、ほとほと参ったと聞くしかなかった。

 

 中には、虚言、と言い返した女もいた。鳥の巣のような赤い髪形をした身嗜みに気を遣わない典型的な女冒険者である。昨晩行った依頼で、野盗化した傭兵団が全滅していたのを発見したらしく、眼の下に隈が出来ていた。

 

 彼女は、よく桶が空のまま帰ってくることを見ている。ゴンベエの釣り下手は知られたことであった。それが突然、川のぬしを釣ったと言われても信じられたものではない。

 

「いや、俺の桶が空なのは訳がある」

 

 その訳とは、銀の冒険者が訊いた。

 

「俺の剣の腕は『古桶』と例えられる」

 

 そう言ってゴンベエは腰の刀に手を掛けた。周りの冒険者たちは興味深く、その動きを見る。刀を差しているのだから、そこそこの腕はあると噂される男である。

 

「古桶ってどういう意味だい?」

 

 鳥の巣が訊いた。

 

「その腕前、水もたまらぬ」

 

 どっと周りが湧いた。もうブレインも笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 陽が完全に落ち、街を永続光(コンティニュアル・ライト)が照らし始めた。トブの大森林に行っていた漆黒の剣はアインズとナーベラル、依頼主のンフィーレアと共に帰って来ていた。馬車には草やら木の実やら、一般人が見たら何に使用されるのか見当も付かない物ばかりであるが、薬師にしてみればそれは宝の山であった。

 そして、やたらと人々の眼を引く存在が居た。森の賢王と称される魔獣、銀の体毛に英知を感じさせる眼差し、強大な図体。アインズはそれを服従させて、街の中まで連れてきたのである。

 

 アインズとナーベラルは漆黒の剣と一旦分かれて森の賢王こと、大きなハムスターに乗って組合に向かう。もう、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がないが、威厳溢れる姿を崩さず、魔獣の登録に赴いた。

 

 

 漆黒の剣はンフィーレアと戦利品を載せた馬車を連れ、バレアレ薬品店に向かう。その道中で騒がしい一団を見つけたので、良く観察してみると見知った顔を何人かいた。冒険者が道端で固まって話し込んでいる。その中心に、変わった風体の男が何やら話して彼らを笑わせていた。

 

「ありゃ、ゴンベエさん達じゃないか?」

 

「本当だ。いつの間にあんなに仲良くなったんだろう?」

 

 野伏(レンジャー)のルクルットがやはり一番に気が付いた。

 冒険者に囲まれているのを不思議そうにペテルが見ている。釣りばかりしていて、誰かと仲良くしているのは余り見たことが無かったのだが、何とも楽しそうに話しているではないか。あれでいて、意外と交友関係が広いのだろう。

 

「おう、あんた達か。帰って来たみたいだな」

 

 その一団から少し離れた場所に壁に凭れて立っていたブレインが彼らに話しかけてきた。騒がしいのは余り好かない性格なのだろうか。ペテルがそう思ったが、何やら呆れた顔をしていた。

 

「疲れて帰ってきたとこ悪いけどよ、旦那を止めてきてくれないか? ずっと話し込んでやがる。馬車の荷卸し手伝うからよ」

 

 馬車にはいくつか重い荷も積まれている。ゴンベエとブレインが手伝ってくれればかなり楽になると考えた。ペテルがリーダーとして先陣を切る。

 

「あの、ゴンベエさん?」

 

「おお、ペテル! 帰って来ていたか。よしよし、お前の話も聞かせてくれ。今回の依頼で何か武勇伝の一つでも出来たのではないか?」

 

 輪に近づいたペテルは、そのままゴンベエに手首を捕まれ中に引き摺られると、姿を消した。

 

「ペテルが食われた!?」

 

「救うのである!」

 

 ルクルット、ダインが服に付いた塵をまき散らして救いに掛かる。ルクルットが男達の隙間に身体を捻じ込ませて侵入する。ダインは大柄の身体を活かして押し退けていく。

 ニニャが冷たい視線で彼らを見ていた。暫くしても出てこないので、やむをえないと近づくとペテルの声がした。彼らに何か話しているらしいく、耳を澄ませた。

 

「森の賢王と呼ばれる魔獣をモモンさんが打ち倒し、使役する偉業を成し遂げたんです」

 

「おお~! それは素晴らしい。その魔獣は今どこに?」

 

 ゴンベエはよく分かっていないが、仰天の声を上げる。

 

「今組合で魔獣登録しています」

 

「森の賢王と称される魔獣か、ぜひ見たいものだな」

 

 うんうんと、顎に手を当ててゴンベエが頷く。

 覗いてみるとルクルットとダインも、他の冒険者と話に耽っているではないか。ニニャのこめかみがピクピクと震えた。

 

「三人とも、まだ依頼は完了してないですよ。早く行かないと、ンフィーレアさんを困らせてしまいます! 皆さんもこんな所で集まってないで早く宿にでも戻って明日の準備でもした方が良いと思いますよ!」

 

 怒号が冒険者たちの耳を劈く。彼らは軽くニニャを囃し立てるが、怖い顔をしていたのでばつが悪そうに互いの顔を見回すと蜘蛛の子を散らすように去って行った。残ったのはゴンベエと三人の男。彼らは苦笑いを浮かべて何とか誤魔化そうと努力するが、ニニャの前では無駄のようだ。

 

「早く行きましょう。ゴンベエさんも手伝ってくれますね」

 

「あ、ああ」

 

 ゴンベエは、笑って誤魔化した。

 

 

 

 

 

 バレアレ薬品店の脇道に馬車を入れる。裏口に続く道を彼らは進んだ。大きな月が彼らを照らしていた。何か不気味な雰囲気が辺りに漂っているが、暗闇に対して本能的に危うさを感じただけかもしれない。

 

 馬車を裏口に付けて、ンフィーレアがランプを片手に裏口から中に入った。

 

「では皆さん。こちらに運んでもらえますか」

 

 中から声がした。ゴンベエは一際重そうな木箱を楽々と持ち上げた。ステータスが反映して力持ちにもなっているのだろう。ブレインがそれに対抗してか、同じ大きなほどの木箱を持ち上げる。

 

 ンフィーレアが、祖母であるリイジーに声をかけても姿を現さないので、また何かに集中して声が耳に入っていないのだろうと思っていると、奥の扉が開いた。その隙間から、可愛げのある女の顔が覗いてきたではないか、女は怪しげな雰囲気を漂わせている。何やら吹っ切れたような、覚悟を決めた人間の意志が垣間見えた。

 

 それが殺気のように女から漂っている。ンフィーレアは堪らず、驚いて声を上げた。

 

「ど、どなたですか!?」

 

 ンフィーレアが後ろに下がるよりも早く、女が飛び付いて動きを封じる。左手を首に回し、右手の刺突武器がンフィーレアの首元に突き付けられた。ランプが床に落ち、店内は闇へと戻る。

 

「ンフィーレアさん!?」

 

 事態に気付いたペテルが荷物をほっぽり出して助けに入ろうとしたが、ブレインが腕で制止した。彼の顔が厳しい面持ちに変わっている。

 

「お前らはそこにいろ! 旦那!」

 

 ブレインが漆黒の剣に指示を飛ばし、隣のゴンベエに声をかける。

 

 ゴンベエ、怖い顔である。

 

 ブレインでさえ怖気づいてしまうほど鬼気迫るものがあった。ズカズカと店の中に踏み入れ、ゴンベエはンフィーレアを人質のように取ったクレマンティーヌと向き合った。手は腰の位置にある。

 

「や~ぱり、何でもお見通しだったんだね。私がこの子を攫うことも」

 

 これはクレマンティーヌの勘違いである。ゴンベエが店に来たのは偶然でしかない。ゴンベエは何も語らず、慎重に間合いを測っている。いくら腕が立とうと人質を取られれば迂闊に動くどころか、刀を抜くことも出来ない。

 気付けばブレインが回り込むように動いていた。柄に手を当て、いつでも抜ける準備をしている。狭い部屋だ。二人で囲めば逃げられないが、ンフィーレアを助けるのが何よりも優先だ。

 

「近づかない方が良いよぉ。手が滑っちゃうかもしれないから」

 

 ハッタリである。彼女にンフィーレアを殺すことは出来ない。儀式には彼のタレントが絶対に必要なのだ。それに、儀式を行った方が僅かな勝機があるとクレマンティーヌは睨んでいる。

 死者の軍勢(アンデスアーミー)。第7位階の魔法であるが、叡者の額冠を用いれば唱えることが出来る。大量のアンデッドと共に戦えば、1%ほどの勝機はあるのではないかと考えていた。だから何ともしても、クレマンティーヌはここから逃げる必要があった。

 

「あんたたちが居なかったら、後ろの彼らで鬱憤でも晴らそうとしたんだけど……そんな暇は無いみたい」

 

「その子を連れたままじゃ逃げられないぞ。諦めろ」

 

「そうかな? 私が何も用意せずにのこのことやって来たとでも思ってるの? 意外と馬鹿なんだねぇ」

 

 クレマンティーヌが嘲笑う。すると、ゴンベエの背後から誰かの甲高い悲鳴が聞こえた。彼は後ろを振り返った。

 

 そこにはアンデッドに囲まれている漆黒の剣がいた。馬車の荷台に昇ってニニャが魔法を唱えようとしている。他の三人は馬車を囲んで防陣を構成して立ち向かっているが、明らかに劣勢の色が見えた。奇襲を受け、それぞれが上手く立ち回れていない様子だ。

 

「先にあっちを助けた方が良いよ?」

 

 クレマンティーヌがそう提案する。確かにこの状態なら先に助けられる方を助ける方が賢明ではあるが、ここでクレマンティーヌを逃がせば取り返しの付かないことになるのではと、ゴンベエは危惧していた。

 

「俺が行く」

 

 ブレインが裏口から飛び出してアンデッドの囲いを突破して漆黒の剣と合流したが、それによりクレマンティーヌに対する包囲が解けてしまう。

 

「ふふふ。じゃーねー、待ってるから」

 

 スティレットを持った手を振りながら、ひび割れたような笑みを浮かべてクレマンティーヌは店の奥に消えていった。ゴンベエは追いかけることが出来ず、悔しさに身を震わせた。

 

「クソ!」

 

 後ろを振り向いて、その衝動のままに動死体(ゾンビ)を背後から真っ二つに両断した。次いで骸骨(スケルトン)の頭が飛ぶ、食屍鬼(グール)が細切れになる。気が付けば、あれだけいたアンデッドの群れは消滅していた。

 ゴンベエの刀に張り付いた血肉が露によって洗い流され、まるで鞘から抜いたばかりのように綺麗に輝いている。まだ百でも二百でも斬れそうであった。

 

 ブレインは刀を懐から出した布で拭い、辺りに散らばっているアンデッドだった物を見て疑問を浮かべている。どうしてこんな街中にアンデッドが湧いたのか、クレマンティーヌの口振りからすると用意していたように窺える。ネクロマンサーの仲間でも辺りに潜んでいるのではないかと辺りを見渡すが、彼女が逃げたのを確認して一緒に逃げたのだろう。

 

「こりゃあ、ただ事じゃないぞ。どうする?」

 

 裏で強大な何かが蠢いている。ブレインは、漸く自分達がとんでもない事件の中心にいることを自覚した。

 漆黒の剣は大した怪我はしていないようだ。ダインが軽傷治療(ライト・ヒール)をかけて治療に励んでいる。

 

「追いかけるしかないが、どこに行ったのか見当も付かんな」

 

 ブレインの問いかけにゴンベエが答える。探知系の魔法を唱えられれば見つけることは容易かもしれないが、魔法詠唱者(マジックキャスター)のクラスを取得していないゴンベエはもちろん覚えていないし、使えないのなら巻物(スクロール)も当然持ってはいない。持っていればニニャにでも使わせてどうにか出来たかもしれないが。

 

 どうするか、そう思案に暮れていると正面入り口の方から女性の声がした。ンフィーレアを呼ぶ声である。店主のリイジーが帰って来たのだ。

 ゴンベエはぶん殴られる覚悟で声のする方に向かった。

 

 

 

 

 

 当然、リイジーは可愛い孫を攫われて怒りを露わにした。ゴンベエと漆黒の剣はただ頭を下げる。冒険者が依頼主を危険に晒せてはいけない。

 

「落ち着け、リイジー・バレアレ。彼が攫われたのは魔獣登録で離れていた私の責任でもある。私が傍にいれば誘拐は防げたかもしれない」

 

 魔獣登録を終えて、組合から出てきたところを偶然出会ったアインズとナーベラルはリイジーと共に店に来ていた。

 

「モモンさ――んに責任はございません。そこの者たちが貧弱だっただけです」

 

「なっ!?」

 

 事情も知らずに、とブレインが何か言いたげに口を開くがゴンベエがそれを止め、静かな顔で首を振る。あの夜、自分が逃がした責任が何よりも大きいと自覚していた。何を言おうが無駄なのだ。

 

「全ては俺の責任だ。あんたたちが謝る必要はない」

 

 ゴンベエがそう言った。アインズはなぜ彼がここにいるのか疑問に思ったが、深くは追及しなかった。この誘拐に関わっているかもしれないと一案を頭で浮かべるが、まだ仮説に過ぎないので片隅に置いておく。

 

「ほう、責任か。なら誘拐犯を自分達で捕まえると言うのか?」

 

「そうしたいのは山々だが、どこに行ったのやら皆目見当も付かん。分かっているのは刺突武器を持った金髪の女が、ネクロマンサーの力を借りて少年を攫ったことだけだ。目的もその他のことは一切分からない」

 

「ネクロマンサーか、その根拠は?」

 

「裏でアンデッドに襲われた。まだ転がっていると思うが」

 

「案内を」

 

 ゴンベエは、アインズとナーベラルを連れて裏口に向かう。裏の少し開けた場所には馬車とそれを引く馬、その周りにいくつもの肉片や骨が転がっている。アインズはそれらを抓むように持ち上げてじっくりと観察した。

 

(残骸がいくつか残っているって事は、召喚されたアンデッドじゃないな)

 

 どこかで死体を用意して、わざわざここまで運んできたのだろうか。その出所が分かれば解決の糸口が見付かるかもしれない。

 

「何か分かるか?」

 

 ゴンベエが声をかけた。

 

「ええ、どうやら死体を用いて作られたアンデッドのようだ」

 

「それだけじゃ、場所は特定できないのか?」

 

「いや、十分だ。ナーベ、リイジー・バレアレに地図の用意をしておくように伝えてくれ」

 

「畏まりました」

 

 そう言うとナーベラルは店に入っていた。ゴンベエはその背を目で追い、訝し気な顔をしていた。

 

「二人はどういう関係なんだ? いやに堅苦しいが」

 

「ただのパートナーさ。それより、貴方は魔法を使えるか?」

 

「いや、多少の回復魔法なら使えないこともないが。探知系ならあの子に任せたらいい」

 

「力を貸してもらおうと思ってだな。となると巻物(スクロール)も使用できないと?」

 

「たぶんそうじゃないか?」

 

 僅かながら、ゴンベエの情報を聞き出せただけでもアインズには収穫と言えた。生粋の戦士職か、一つか二つの神官系クラスを取得して小細工の利く準神官戦士かもしれないと踏む。

 

(レベルはどの位だろうか、大雑把でも分かればいいんだけど……)

 

 アインズがゴンベエの相手を想定していると、地図の準備が出来たようでナーベラルが戻ってきた。まずは目先のことから片付けようと、彼は頭を切り替えた。

 

 

 

 

 

「皆さん。まずこの町の墓場の場所を教えて頂けますか?」

 

 地図を広げた机の周りを全員で囲んでいる中、アインズが言った。リイジーが地図の一部、エ・ランテル外周部の城壁内の西側に指を置いた。城壁内のおおよそ四分の一を占める何かが描かれている。

 

「ここじゃ。この町の共同墓地、ここならば素材には困らんじゃろう」

 

「相手はネクロマンサーと思われる。なら死体が簡単に集まる場所の付近にアジトを作ると思われるが」

 

「共同墓地は高い壁で囲まれていて簡単には入れません。門は衛兵がいつも守っていて一般の方は入れないようになっています」

 

 ニニャが鋭く指摘する。死体を回収するのに毎回命懸けでは堪ったものじゃないし、それなら噂になっていても不思議ではない。

 

「なら、こうならどうだ。そのネクロマンサーは共同墓地の中にアジトを作っていると」

 

 アインズの言葉に、ゴンベエとナーベラル以外が反応した。驚愕の声を上げ、顔色が曇る。もしも、その言葉通りならとんでもないことだ。共同墓地には沢山の遺体がある。毎年行われている戦争で出た戦死者は王国や帝国関係なくここで丁寧に埋葬される事になっていた。

 それでもアンデッドは墓場で良く発生している。頻繁に発生することもあれば、全く発生にしないこともあった。それがそのネクロマンサーたちの企みであったのなら、アインズの言葉には説得力があった。

 

 アインズは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)からいくつかの巻物(スクロール)を出すと机に積み上げていく。十はあるだろうか、それを対面に立っていたナーベラルに渡した。

 

「ナーベよ、言わなくても分かるな」

 

 探知系の魔法を使う時は相手に察知されないように気を付ける必要がある。偽りの情報(フェイクカバー)発見探知(ディテクト・ロケート)といった魔法も唱えて幾重にも警戒する必要がある。ユグドラシルでPKをする時の基本だ。

 

 ゴンベエはその様子をどこか懐かし気に見ていた。ユグドラシルで傭兵として雇われたときに、雇い主のギルドが同じようなことをしていたのを記憶している。あの時の戦闘は非常に楽だった覚えがあった。事前に情報をある程度知っているだけで楽になるのだなと、古い記憶に思いを寄せた。

 

 気が付けば、水晶の画面(クリスタル・モニタ-)が地図の上に浮かんでいた。皆がそこに目を向けて恐怖に慄いていた。声にもならない悲鳴を上げる者もいる。何だろうかと、ゴンベエも目を凝らした。

 

 そこにはギクシャクと動く何かが画面を覆い尽くしていた。

 

 骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)はさることながら、もう少し上位のアンデッドも見受けられる。その中心にンフィーレアが冠を被り、透けるほど薄い衣を身に纏いながら突っ立っていた。

 

「ンフィーレア!?」

 

 リイジーが嘆き崩れた。

 ンフィーレアは尋常な状態ではないと見て取れる。自我が無いかのように立ち尽くしているのを見るに何らかの魅了状態に陥っているのか、そもそもアンデッドに襲われていないのが疑問だ。

 

(これは、せっかくだな)

 

 アインズはよからぬ考えを思い浮かべた。あれほど大軍を用意したのだから、何か大きな事を成そうとしていると考えた。ンフィーレアを救出するついでにその一件を解決すれば、自分たちの冒険者としての名が上がるのではと期待する。

 

 それに、とアインズはゴンベエの方を見る。

 

(奴の実力を探るには絶好の機会だ)

 

 この一件でゴンベエの強さが脅威となるか、もしくはプレイヤーなのか知ることが出来れば一石二鳥にもなる。

 

 これ以上は情報を得る時間が無いと、アインズはリイジーに提案した。

 

「依頼したらどうだ。冒険者ならここにいる」

 

「お主を雇えと言うのか?」

 

 確かに彼は銅ながら、あの森の賢王を自らの魔獣として登録するほどの力量を持っている。モモンならばこの件を解決できるかもしれないと、淡い希望がリイジーの胸が芽生えた。

 

「雇おうとも。孫を、孫を救ってくれるのならば幾らでも用意する」

 

 震える膝を動かして、リイジーはアインズの膝に縋り付いて懇願した。愛する孫の為ならば、どのような要望でも叶える覚悟している。

 

「全てだ」

 

 アインズは冷淡に告げた。

 

「な!? す、全てじゃと!?」

 

「そうだ。お前は孫を助けたいのだろう? ならば答えは決まっているはずだ」

 

 漆黒の剣は、リイジーがどう答えるか固唾を呑んで見守った。かの名高いバレアレだ。その全てと言えば莫大な物であり、とんでもない価値がある。まるで悪魔と契約する一場面のように思えた。切羽詰まったリイジーに考える時間はない。その、悪魔の手を握るしかなかった。

 

「汝らを雇う。だからンフィーレアを助けてくだされ」

 

 

 

 

 

 その光景をブレインは少し離れた場所から見ていた。壁に凭れて、気に食わなそうに鼻を小さく鳴らした。アインズのことが少し信用ならないのだ。ゴンベエがその様子を察して、彼の傍に立った。

 

「どうした?」

 

「いや、少しな………」

 

「言わんとすることは分かるが、今は口にするな」

 

 ゴンベエも何となくだが、アインズの闇の一面に気付き始めていた。もう少し気楽に居たかったのだが、そう言っていられる状況ではない アンデッドの軍勢が今にも墓地の外に溢れ出すかもしれない。町に溢れかえれば取り返しの付かない事態となる。今このことを知っているのは、恐らくここにいる者たちだけだろう。

 

「リイジーはこの話を組合や町の人々に伝えてくれ。漆黒の剣の方々は念のために彼女の護衛を」

 

「分かりました。それはお任せください」

 

 ペテルは力強くそう答えた。本心から言えば、自分たちも墓地に行ってンフィーレアを救いたいが足手纏いにしかならない事だろう。

 

「ゴンベエ――さん」

 

 アインズが甲冑を鳴らしながらゴンベエに歩み寄って来た。申さんとすることは何となく察し付く。

 

「それにブレインさんでしたか? 出来れば力を貸して頂きたいのだが?」

 

 後ろでナーベラルが一見涼し気な顔をしているが、頭の中ではそんな奴らは不要だと考えていた。だが、何か自分では及ばない考えがあるのだろうと口をつぐんでいる。

 

「ああ、力をお貸ししよう。それで良いなブレイン?」

 

「旦那に付いて行くさ」

 

 ブレインは仕方がないという風に言うが、内心でとても喜んでいた。アンデッドの大群に挑む、それもゴンベエの隣で。十二分にその腕前を見られることだろう。

 

「ならば急ぎましょう。時間がありません」

 

 全員がそれぞれの役割を果たそうと店から出たると、店先には大きな毛の塊が置かれていた。

 ゴンベエはそれに惹かれた。

 

(こいつがペテルの言っていた魔獣に違いない)

 

 そう直感する。身体は大きく、良く肥えていた。一度も刈られたことのない毛を伸ばし、太くて長い尻尾を左右に揺らしている。脚は逞しく、足首はきりっとしまっていた。だがこれは、馬ではない。これはハムスターだ。

 

(なんて大きなハムスターだ…)

 

 これがこの世界の魔獣と呼ばれる存在なのだろう。そう思い込めばおかしな感じはしなくなった。

 

「素晴らしいなこいつぁ!」

 

 声に出して言った。そのままゴンベエは魔獣の毛に手を沈み込ませていく。

 

「殿!? だ、誰でござるかこの方は?」

 

「あ~、協力してもらう方だ」

 

 ゴンベエの様子にアインズは、こいつはプレイヤーではないのではないかと考えを改めようとするが、少し感性が違うというものもある。呆れながら自らの魔獣、ハムスケにそう言った。

 

「ハムスケ。これから私たちは墓地に向かう。お前は彼らと一緒に付いてリイジー・バレアレを護衛してやれ」

 

「何と!? 某も殿と共に行くでござる!」

 

「これは命令だぞ?」

 

「むむむ、言う通りにするでござるよぉ」

 

 言葉尻が弱々しくなった。よほどアインズと居られないのが嫌なのだろうが、そんなハムスケを元気付けるかのようにゴンベエが喚いた。

 

「お前、喋れるのか!?」

 

 丹念にハムスケの身体を愛撫していたゴンベエが飛び退き、感嘆の声を上げていた。ハムスケが誇らしげに答えた。

 

「そうでござるよ。この森の賢王を嘗めないでほしいでござるな」

 

「ほほぅ。お前みたいな素晴らしい奴は初めて見たよ」

 

 アインズには、大男と大きなハムスターが会話を交わす光景が奇妙に見えて仕方がない。もしも人間だったのなら、忍び笑いでも漏らしていたのではないだろうか。

 

 時間が無いので話もそれほどに、二手に分かれてンフィーレアの救出作戦に乗り出した。真紅のマントを翻すアインズの後ろにナーベラル、ゴンベエ、ブレインが続いた。

 

 心地よく吹いた風がゴンベエの頬を撫でた。思わず、頬が緩む。

 笑うのはまずいと、ゴンベエは歯を食いしばった。隣で歩いていたブレインが怯えたように歩幅を狭めた。ゴンベエは、怖気づいてしまったのかと考えたが答えはおのずと分かった。かなり凶悪な面になっていたようだ。

 仕様がない。あの水晶の画面(クリスタル・モニター)に映っていたアンデッドの軍勢を見て、このアバターに流れる武辺者としての血が滾るのだ。

 

 この世界で、婆娑羅に風流尽くす絶好の機会を楽しまなくてどうする。

 

 ゴンベエの胸に湧く熱は、まさに天を裂く勢いであった。


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