ー冬木市新都・冬木教会ー
夜9時、レイはローグ神父のメモを頼りに冬木教会へ辿り着いた。予定では8時に着く筈だったが、慣れない土地の為道に迷ってしまっていた。
正面の扉をノックすると、30代ほどのカソックを着た男性が出てきた。
「こんな時間に何用かな?」
「初めまして、レイ・キルトと言います。父のローグ・キルトからの紹介で来ました」
「あぁ、きみがレイ君か。私は言峰綺礼、この冬木教会で神父をしている」
そう言って言峰神父は手を差し出してくる。
「これからしばらくよろしくお願いします、言峰神父」
「そういえば、ローグ神父はお元気かな?手紙のやり取りはしていたが、暫く合っていなくてね」
レイは少し言い淀んだが、事実を伝えた。
「父は…、ローグ神父は先日亡くなりました。子供を助けようとして事故に遭い、搬送されたのですが間もなく亡くなって…」
「そうか…、知らなかったとはいえすまなかった」
「いえ、気にしないで下さい。父は最後まで聖職者として生きたのですから。それに父は遺言に『知人には私が亡くなったことを知っても、いつもと変わらず笑顔で過ごしてほしい』と言っていました。それは貴方もですよ、言峰神父」
それを聞いて言峰神父は頷いた。
「わかった。それがローグ神父の意思ならそうしよう」
その時、レイが驚いたように右手を見た。
「どうかしたかね?」
「今、一瞬右手がビリッとした感覚がして…」
そう言って再び右手を見ると、彼の手の甲に3画の赤い紋様が浮かび上がる。その紋様は、まるで血に染まった剣を表したかのようなものだった。
「!レイ君、きみはこの紋様が何なのか知っているかね?」
紋様を見た言峰神父は目を見開き、レイに問いかける。
「いえ、知りませんが…」
「成る程、ローグ神父は教えなかったようだが、これも運命ということか…」
「言峰神父は知っているのですか?」
「ああ。それは令呪、英霊を従える強権であり、聖杯戦争に参加するマスターの証だ」
「聖杯…戦争?」
レイには全く聞き覚えのないものである。言峰神父は説明を続ける。
「万能の願望機・聖杯に選ばれた7人のマスターが、世界に名を刻んだ英霊をサーヴァントとして召喚・使役し、己が願望の為に最後の1人になるまで闘い合う儀式。それが聖杯戦争だ。そしてレイ君、きみが7人目最後のマスターだ」
「自分がマスター…、6組の相手と闘う…」
レイはまだ理解しきれていない様子であった。今まで聖職者として生きてきた彼からすれば、いきなり闘えと言われれば仕方ないことであった。
「因果なものだ。親子ともに聖杯戦争に参加するとは」
「父も参加していたのですか?」
「60年前の事だ。当時、きみと同じように修業として冬木に来ていたローグ神父も、聖杯に選ばれマスターとして参加した。聖杯戦争ではサーヴァントを失っても令呪さえ残っていれば、マスターを失ったはぐれサーヴァントと契約し復帰できる。その為、参加する者達の大半はサーヴァントだけでなくマスターも殺そうとする。しかしローグ神父は、マスターとなった人間を1人も殺さずに聖杯戦争を勝ち抜いていった」
「父は聖杯を手にしたのですか?」
「いや、途中で敗退したマスターの1人が腹いせに、大聖杯を制御する小聖杯を破壊し儀式は破綻して終結したのだ」
そこまで聞いて、レイはある程度理解できたようだ。
「おそらくローグ神父はきみが後々、聖杯戦争に関わることがないようにと話さなかったのだろう。アレは聖職者には忌むべき者だからな」
「でも何故、言峰神父はそこまで知っているのですか?」
ローグ神父がそのような内容を、いくら親しい知人といえども他人に話すような人物ではないことをレイは知っていた。
「聖杯戦争は本来、魔術師達が始めたものだった。しかしかの聖遺物たる聖杯の名を冠しているものを聖堂教会が見逃すわけにもいかない。そのため聖杯戦争には教会から監督役を派遣することになっている。60年前には私の父が、そして今回は私が監督役を務めている。
さて、大方きみに必要な情報は話した。きみはこれからどうする?マスターとして聖杯戦争に参加するかね?監督役権限としてマスター権限を放棄することもできる」
レイは少し考え、決意する。
「父だけでなく私にもこの令呪が現れたというなら、私はこれを天からの試練と捉えます。私、レイ・キルトはマスターとして聖杯戦争に参加します!」
レイの宣言と同時、教会の中で風が吹き荒れる。
「本人の意思によって、聖杯が正式なマスターと認めたか。レイ、これから出てくる者がきみと共に闘うサーヴァントだ」
風が収まると、そこには1人の人物がいた。ドレスに見える、胸元に十字架の意匠があるミニスカートの白い服、青いノンスリーブのジャケットにローブ、そして金色の長髪に晴れ渡る空のような蒼の瞳の女性であった。
「聖杯の招きと貴方の意思に応じ参りました。貴方が私のマスターですか?」
その声は、儚い白百合を思わせるものだった。