バイクの後ろに当麻を乗せて夜の学園都市を駆ける。
電磁波で回っている風車の先、そこに美琴がいる。
しばらくバイクを走らせると、大きな橋の上に誰かが佇んでいるのが見えた。
「いた、美琴だ!」
「あぁ、やっと見つけたぜ!」
橋の下にバイクを停める。美琴はまだ俺達には気付いていないようだ。
美琴の元へ向かおうとした時、当麻がずっと抱いていた子猫を俺に渡してきた。
「悪い。ここからは1人で行かせてくれないか?」
俺も行こうとしたが、当麻の見た事もない強い意志の籠った目を見て自然と足が止まった。
「……それはいいけど。で、俺にペットのお守しろってか?」
「ははっ、この子猫はさ御坂妹が見つけた子なんだ。だから、頼む」
そう言い残して当麻は美琴の方へと走って行った。
何か考えがあるのか、それとも何も考えていないのか……絶対後者だな。
確かに俺がいると話ややこしくなりそうだしな。
科学者って事は知っているから、下手すりゃ実験関係者って事で美琴に襲われそうだ。
『何やってんだよおまえ』
ヘルメットのスピーカーから声が聞こえてくる。
これはこっそり当麻に付けたマイクのおかげだ。
『何よいきなり。何してようが私の勝手でしょ』
美琴は当麻が夜遊びしている自分を説教に来た、と思っているようだ。
しかし、当麻が出した自分の部屋に隠したはずのレポート用紙を見た瞬間、全てを悟った。
『で、結局アンタは私が心配だと思ったの? 私を許せないと思ったの?』
美琴はずっと自分を責め続けていた。だからきっと誰かに断罪されたかったのだろう。
その役を当麻に任せようとしている。けれども、当麻はそんな事はしない。
『心配したに決まってんだろ』
『えっ?……』
当麻は迷いもなくそう言いきった。心の底から美琴を心配してる。
それが逆に突き刺さるようで、美琴はかなり動揺している。
『う、嘘でもそう言ってくれる人がいるだけ……』『ウソじゃねぇっつってんだろ!!』
当麻の大絶叫に思わずヘルメットを脱いだ。
アイツがここまでになるなんて、少なくとも俺が知りあってからは初めてだ。
同じ感情的になるのでも、俺とは雲泥の差だな。
『あの子達ね。平気な顔で自分達の事を実験動物って言うのよ』
そして、美琴は静かに語り始めた。
どうやら妹達との出会い方は俺と似たような物みたいだな。
美琴はやはり妹達の原因は自分にあると考え、今夜も行われる実験に乱入して一方通行と決着を付けると言い去ろうとしたが。
『勝てるのか?』
当麻がそれを止めた。
実験のレポートを読んだ当麻なら分かる事だろう。
美琴じゃ一方通行には絶対に勝てない事を。
そうでなくても美琴は以前一方通行と交戦して手も足も出なかった。
今やってもあの時と同じ結果になるのは目に見えている。
それでも一方通行に挑もうとする理由……
『おまえ、死ぬ気なのか』
そう。美琴は死ぬ気だ。死んで、実験を止める気だ。
美琴が一方通行に何も出来ずに最初の一手で死ぬ事になれば、【樹形図の設計者】の演算のミスと言う事で実験の見直しになる。そう美琴は見立てていた。
樹形図の設計者は数週間前、暴走したインデックスとの戦闘で破壊された。
だから再演算は出来ず、実験の根本が崩れ去り中止に追い込まれる。
筋は通っているようには見えたが、俺には実験が中止になるとは思えなかった。
これくらいで止まるような簡単な実験には思えない。
この実験の裏には、レベル6とはまた違った意図が隠されているとしか思えない。
それにそもそも自殺しに行く奴を前にして、当麻が黙っているはずもない。
『最初から死のうとしてるヤツを行かせられない』
立ち塞がった当麻に対して、美琴は電撃を放ちレポートを焼き払った。
精神的に追い詰められて実験を止める方法が他には思いつかない美琴には、今の当麻は感情論や綺麗事だけで動く甘ちゃんにしか見えない。
『今回ばかりは負けるわけにはいかない! だからアンタも本気できなさい。さもなくば死ぬわよ!』
負けられない……か。違う、そうじゃない。それは負けじゃないぜ、美琴。
美琴は本気で電撃を放とうとしている。当麻は仕方がないと言う顔をして右手を……あげた。
「『何のマネ?』」
思わず美琴と同じセリフが口から出た。
てっきり美琴を止める為に戦うのかと思ったが、当麻は両手を上げだけだ。どうみても戦う姿勢じゃない。
『俺はおまえとは戦わない』
どう言うつもりだ? なぜ戦わない? 言葉で説得するつもりか?
いつもの美琴ならともかく、今のアイツはかなり追い込まれている。下手をすれば本気でお前を殺しに来るぞ?
『フザけんなっ! 戦う気があるなら拳を握れ! 戦う気がないなら立ち塞がるな!』
美琴が叫びながら全身から紫電を放つ。それでも当麻は一歩も動かず、右手をかざして打ち消す事もしない。
そして、ついに電撃の槍が当麻を撃ち抜いた。
「『っ!?』」
当麻の体がビクンと撥ねて、地面に叩きつけられた。と同時に隠しマイクが弾け飛んだ。
一番困惑しているのは槍を放った美琴本人だろう。
きっと、当麻は防御する。最後には自分の命を守るために電撃を打ち消すに決まっている。
そう思っていた美琴だったが、現実は違った。
「ちっ!」
これ以上は待っていられない。当麻を死なせる事も、美琴に人殺しをさせる事も俺は絶対に嫌だ。
猫を抱えて美琴へと走り、幻想支配で能力を停止させようとした。
「なっ……んで」
けれども、それより先に動く影があった。
当麻は電撃が直撃したはずなのに、ゆっくりと起き上がり 【左手】 を突き出した。
まるで俺に手を出すなと言っているかのようだ。
「た、戦いたくない理由なんて、わからねぇよ……けど、お前を止める理由ははっきりしてる」
「なんでよ! こんなイカれた実験を止める唯一の方法じゃない! 私が原因で始まった実験なのよ!? なら、私が止めるしかないじゃない!」
「だからだ! そんな方法で実験を止めたって、御坂妹達は喜ばねぇ、お前も、御坂妹も、誰も救われない」
「うっ……ぁ、うわぁぁ~!!!」
再び美琴を中心に辺り一面に電撃が迸った。
当麻の周りの地面がえぐれて、こっちまで電撃が走ってきた。
とっさに幻想支配で美琴の力を使い、電撃を曲げて防いだが腕の中の子猫が爪をたててきてそっちの方が痛い。
「これが最後よ……私が死ねばあの子達だって、少しは気が晴れるでしょ……だから!」
美琴は涙を流しながら懇願するように叫んだ。
まずいっ、さっきまでは無意識に手加減していたようだけど、これは違う。
「どかない」
「っ!……どいて、どいてよぉ!」
「やばっ!? 当麻!」
能力停止は間に合わない。急いで周囲に電撃のバリアを作り、身をかがめる。
と同時に橋全体をこれまでにないほどの紫電がかけめぐった。
「……当麻っ!?」
電撃の嵐が止み、当麻がいた場所からは土煙が立ち籠っている。
アイツが無事かどうかは分からない。
その時、子猫が腕からすり抜け、土煙の中を駆けていった。
――にゃぁぉ
子猫が心配そうな鳴き声を駆ける先に、当麻が倒れていた。
「……ね、こ?……あ、あんたは!」
その向こう側で茫然と座り込んでいた美琴だったが、子猫と俺の存在にようやく気付いたようだ。
「よっ、随分派手に暴れたもんだな、美琴」
「アンタ、一体何の用? ってこんな所にこんな時に来るなんて理由は1つだけよね」
少しは頭冷えたかと思ったけれど、まだみたいだな。
美琴は俺を見てすぐに実験の止めようとする自分達の妨害に来たと思った。
でも、姿見た瞬間に電撃撃たれないだけましか。
「落ちつけ、俺は確かに実験の事は知っている。だけど、俺は実験を止めたい側だ」
「……本当なんでしょうね?」
「あぁ、俺も……妹達に会った」
今までの事を簡単に話すと、どうにか美琴は一応信じたようだ。
「って、そんな事より当麻をほっといていいのか?」
「っ!? そうだった!」
倒れた当麻に駆けより脈などを確認するが、特に異常はなかった。
美琴が無意識に当麻周辺のみ電流を下げていたからだ。
俺の方へ飛んできた電撃は電圧も電流もすごく高いものだったけど……
「……なんで、こいつはこうまでして私なんかの為に……」
当麻を膝枕しながら美琴はぽつりと呟いた。
「さぁな。明確な理由なんてないだろ、当麻が正真正銘の馬鹿なだけだ。それでももし理由があるとすれば、それが上条当麻だから、だろ」
「っ!!」
俺がそういうと美琴は何かに気付いたように、ハッとした顔になった。
当麻が記憶喪失になった事は俺と冥土帰ししか知らない。
美琴は記憶喪失前からの知り合いだが、全く気付いていない。
それもそのはず、上条当麻は記憶を失っても何も変わらなかったからだ。
目の前に困っている人がいれば進んで助けに行き、自分が出来る事をする。
謝礼も見返りも求めず、誰かが助かった事実を見てそっとその場を後にする、究極のお人好し。
そに理由はない。ただ体が勝手に動く、それだけだ。
「……本当に、おおばかよね」
美琴の瞳から涙がこぼれ、当麻の顔に落ちる。
子猫が側に寄り一鳴きすると、当麻はゆっくりと目を開けた。
「なにやってんのよ、アンタ。こんなにボロボロになって……なんでアンタは笑っていられるのよ」
当麻は笑っていた。泣いてる美琴を見上げて、笑っていた。
「おまえの味方でよかったと思ったからさ。だから、泣くなよ」
当麻は軽い火傷をおった手を伸ばし、そっと泣いてる美琴の頭を撫でた。
美琴はじっと目を閉じ、黙ってされるがままだ。
それを見て俺は、当麻には一生勝てないし、届かない。
そんな場違いすぎる事を考えていた。
「分かったんだ。実験を止める方法」
当麻が呟いたその言葉の意味が、俺も美琴もすぐには理解できなかった。
「実験は一方通行が最強って事を前提としてるけどさ、もしもソイツが学園都市歳弱の無能力者にすら負けるほど弱かったら?」
それを聞いて俺は電撃を撃ち込まれたような感覚が走った。
「えっ、まさか……」
「俺が、戦う」
そうだ。なんでこれに気付かなかった。
当麻の右手、幻想殺しなら一方通行の反射も無効化出来る。
一方通行に唯一触って、殴れる存在だ。
もしも、一方通行が無能力者の当麻に破れる事になれば、実験は中止になる可能性が高い。
「むっ、無理よ! アイツは私なんかとは次元が違う。正真正銘の化け物なのよ!」
「いや、それでも当麻なら……アイツに届く」
「ユウキ、あんたも何言ってるのよ!? あんたコイツを死なせる気なの!?」
さっきまで自分が死ぬ気だったのに、まぁこれが美琴の本当の姿だ。
やっと元に戻ったみたいだな。
「当麻、言っておくけど俺は力を貸せないぞ? 俺が力を貸せば、実験は継続される……だから俺は一方通行に手が出せなかった。それでも?」
「あぁ、行くよ。一方通行は俺が止める。だから待っていてくれ」
当麻はボロボロの体で起き上がりながらも、すっきりとした笑顔で美琴にふり返った。
「御坂妹は、お前の妹は必ず俺が連れて帰ってくる。約束するよ」
一片の迷いも躊躇いもなく、当麻ははっきりとそう言いきった。
それを見て、美琴はまた涙を流し、俺は自然と笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、急ぐか。次の実験まで時間があまりないぜ」
橋の時計はさっきまでの電撃の嵐で止まっていた。
携帯の時間を確認すると、次の実験開始時間までもう数分しかない。
「あぁ、場所は分かっているのか、ユウキ?」
「任せろ。ほれ、さっさと乗れ」
当麻にヘルメットを投げ渡し、呼び寄せたバイクへと跨った。
「その子猫、御坂妹が拾ったんだ。だから、預かっててくれないか?」
「……うんっ」
「じゃ、行ってくる、御坂」
「えっ、あんた今……名前」
当麻が美琴の事をビリビリ以外で呼ぶのは、これが初めてだ。
それは呼ばれた美琴にとっても初めてのことのようで、驚いた顔をしている。
そんな美琴を置いて、俺はバイクを飛ばした。
今夜行われる実験は10032、つまり10032号の妹達が殺される。
それまでになんとしても実験場に行く。
それにしても、どうして実験の計画書には幻想支配の事が書かれているのに、幻想殺しの事が書かれていなかったんだ?
続く
後2回で過去編Ⅱが終了です。
なんかユウキほったらかしでほぼ空気ですけど……ね?