第7話 「紅霧」
――アソボ? ネェ、アソボウヨ??
「……っ!? 夢、か?」
何かとても不気味な夢を見ていた気がする。
まだはっきりしない意識で周りを見渡す。ここは、寺子屋の空き部屋を借りた俺の個室。
と言っても、まだここを借りてほんの2日しか経っていないので机と蝋燭台以外は何もない。
「霧は、まだ晴れていないか」
窓を開けると、外はまだ赤い霧で覆われたままだ。
この霧が人里を覆い始めるのと、俺がここに世話になったのは同じ日。
俺が厄介事を引き連れてきたのかとも思ったが、そんな事はないようだ。
「ユウキ君、起きてるかい?」
「あぁ、起きてるよ慧音」
「おはよう、ユウキ君。」
襖の向こうから慧音の声がした。2日前からここで世話になって以来、食事は慧音の家で一緒に食べている。寺子屋の裏に慧音の家があり、繋がっているので移動はすぐだ。
最初はそこまで厄介になるつもりはないと断ったのだが、一瞬だけとても悲しそうな顔をして、少し躊躇った所を半ば強引に誘われて……今に至る。
意外に策士な所があるな、慧音は。
「ん? 私の顔に何かついてるのか?」
「あぁ、目と耳と鼻と口がついてる」
「そうか、今日も私は健康だな」
と言う風に嫌味なども全く通用しない。
「御馳走様でした」
「お粗末さまでした」
朝飯が終わり、午前いっぱいは慧音と2人で寺子屋の掃除と資料作りをする。
人里、と言うより幻想郷一体を覆っている紅の霧は、人間には長時間耐えられないものらしく、寺子屋はお休み中だ。
なので、こうして2人で掃除をしたりするしかない。慧音は半人半獣の獣人という種族で、この霧の中でも問題なく動けるので、人里の様子を見まわったりしている。
「いつ晴れるんだろうな、この霧。自然現象じゃないんだろ?」
「そうだ。間違いなく誰かの仕業、異変だ。」
異変、幻想郷に住む妖怪達が何らかの理由、もしくは暇つぶしのきまぐれで怪現象や怪事件を起こすというもの。
博麗の巫女である霊夢が解決に乗り出すのが普通らしく、そろそろ動きだすだろうとの事。
「あぁ、そうだ。これを渡しておこう」
昼食の後、そう言って慧音は一枚の御札を俺に渡してきた。
「霊夢から預かったものだ。これを持っていれば霧の影響を受けずに動ける。念の為持っていてくれ」
見た目は難しい字が書かれた御札だが、幻想支配の眼で見ると霊夢の霊力が注ぎ込まれているのがわかる。
「だからと言って無暗に外に出る事はやめた方がいいぞ? 何かあれば私が代わりに行こう」
ならこれは何の為に渡したんだ?
「何があるか分からないからな。さっきも言ったが念の為だ。では、私は里を見まわってくる。」
人里が霧で覆われてから、慧音は少し離れた竹林に住む親友と一緒にこれに乗じて人里でバカ騒ぎしようとする妖精や妖怪を監視する為と、外に自由に出られない人里の皆の様子を見て回っている。
「夕方には戻ってくるよ」
「いってらっしゃい、気を付けてな」
いってらっしゃい……か、この言葉初めて使った気がする。学園都市じゃほとんど1人暮らしだったしな。
それからしばらくは、寺子屋の本を読んでいたりしたが、ここにある本はもう何度も読んでしまったからすぐに飽きた。
「いつになったら晴れるのかなこの霧、早く香霖堂と言う所に行きたいんだけどな」
慧音から聞いたが、幻想郷に流れ着いた外の世界の品物を売っていたり、珍しい品物を買い取ってくれる香霖堂という店が人里から少し離れた場所にあるという。
幻想郷には手ぶらで来たので、売れそうな物はあまり持っていないが、学園都市での通貨を換金してもらうつもりだ。
学園都市で使っていたお金を慧音に見せると、幻想郷の外の世界で使っているお金と変わらないらしく、香霖堂の店主に交渉すれば換金してもらえるか、物々交換してくれるかもしれないらしい。
他に売れそうなものは携帯電話があるけど、これは太陽光さえあてれば半永久的に使える最新型で、電話やメールが使えなくても色々暇つぶしや便利な機能がついているので、少し勿体ない。
「せっかく御札もらったんだから、これで行くかな」
と思ったがやめた。霧が無害になるとはいえ、見通しの悪い道を行く気にはなれない。
慧音に頼めば連れて行ってくれるだろうが、そこまで世話になる気はない。
香霖堂の話を聞いた時も案内すると言われたけど、断ったし。
「……少し、寝るか」
ずっと本を読んでいたせいか、少し眠くなったので座布団を枕代わりに寝転がる。
よほど眠かったのか、すぐに眠りについた。
――ネェ、アソボウヨ?
誰だ?
――アソボウ?
子供の声? 夢?
――ズット、声ヲカケテタンダヨ。ヤット聞コエタ!
何を言っているんだ?
――ワタシハ、ココニイルヨ?
宝石のような羽をした、女の子?
――ダカラ、早ク会イニ来テネ?
ここは、紅魔館?
――ワタシノ名前ハ、フランドール・スカーレットダヨ
フランドール・スカーレット?
――今日ノ夜、紅イ月ノ下デ、マッテルカラネ
「待て!」
そこで夢が終わり、俺は飛び起きた。
「夢、だけど。夢じゃないよな……ん? このタオルケット、慧音か」
寝る前になかったタオルケットがかけられている。
「……やっぱこういうのは落ち着かないな」
外を見るとすっかり日が暮れていて、紅い霧の向こうから霧よりもさらに紅い月が見える。
「フランドール・スカーレット……そう言ってたな」
『それからですね、フランドール様という……「美鈴!」…あ、咲夜さん!』
あの時、美鈴が言いかけた名前だ。と言う事はやはりフランドールは紅魔館にいるのか。
それにスカーレットと言う姓。おそらく紅魔館の主、レミリアの妹か家族だな。
「吸血鬼に明るいうちに会いに行くのは失礼か」
吸血鬼に会った事はないが、夜行性なのはあっちの伝承と変わらないだろうし。
なら、夜に会いに行くのが普通だろうな。
「ユウキ君、起きているかい?」
朝と全く同じ事を言いながら、慧音がやってきた。
「あぁ、これ、慧音がかけてくれたんだろう? ありがとう」
「昼寝は良いが、ちゃんと布団で寝た方がいいぞ? 冬も終わりに近づいたとはいえこの霧のせいでまだ寒いんだし。さ、夕食が出来たぞ」
ご飯を食べる間、慧音は人里にはあまり混乱は見られないが、外に自由に出れないのが不便だと言う事、今日一緒に回った親友である藤原 妹紅の話などなど、色々な話をしてくれる。
人に話をするのが好きなのか、それとも単に俺を気遣ってくれるのか、両方だな。
「御馳走様でしたっと。慧音、俺ちょっと出かけて来るから、多分遅くなると思う」
「こんな時間にか? 一体どこに行くんだ?」
「ちょっと紅魔館まで、吸血鬼に誘われたから遊んでくる」
「そうか、誘われたなら行って来ると……って紅魔館だと!?」
あ、ノリツッコミ。
「ダメだ! ただでさえ今は霧と異変中で妖精達が興奮して危ないのに、よりにも寄って紅魔館、しかもこんな満月の夜に行くなんて自殺行為以外の何物でもないぞ!」
「そうか、今日は満月だったのか、霧でぼやけてみえていたから気付かなかった」
「っ~!! 君は、全く……とにかくダメだ! あそこの住民は危険だ!」
なぜそこまで慧音が紅魔館を危険視するのかは分からないが、俺を心配してくれているのは分かる。
「そんな心配しなくても、あそこの門番やメイドと話はしたし悪い人達じゃなかったぞ?」
「会った事があるのか!? だ、だがあそこの吸血鬼はとても危険だ。血を吸われたいのか?」
「そう簡単にやられる程弱いつもりはない。それに、今日行くと約束したからな……破るわけにはいかないだろ」
一方的な約束だけど、フランドールは待っているだろうからな。
「ユウキ君、なぜ嬉しそうな顔をしているんだ?」
「ん? そうか? 別に嬉しいとかはないけど、そうだ。慧音にはまだ俺の力、幻想支配を見せてなかったな」
試したい事もあるし、ちょうどいい機会だ。
「君の能力の事か? それならば霊夢から聞いているが……」
眼を閉じ能力を使用するイメージ、そして、ゆっくりと瞼を開け慧音を見つめる。
すると、全身に力が巡り巡ってくる感覚が、学園都市で能力者を相手にしていた時や、魔術師相手に戦った時と同じ感覚。
「なっ!? 君の瞳が青くなっている?」
慧音の力、やっぱり霊夢と同じような力だ。紫と戦った時はうまくいかなかった。多分、紫は妖怪で人間と違う力を持っているからうまく出来なかったんだと思う。半分は人間の慧音なら、力を使えるんじゃないかと思ったけど大正解だ。
幻想支配の発動条件は何となく体で分かっているけど、実際はどうなっているのかは分かってない。
今度はチルノや大ちゃんのような妖精に使えるか、試してみるか。
「これが、幻想支配?」
「あぁ、俺は今慧音の力を身に宿しているようけど、何か身体に不都合はあるか?」
「いや、何も異常はないが、確かに君から私の霊力を感じるな」
霊夢も確か霊力を使うんだったな。この世界の人間が使う力は霊力と言うのか、AIM拡散力場のようなものか。
ともかく、これで慧音の力をコピーできた。なら次は……
「よしっ!」
「ユウキ君の身体が、浮いている?」
「慧音が飛んでいるのを見て、ひょっとしたらと思ったんだけど、うまくいった」
幻想支配で相手を見ると、相手が使う能力と全く同じ能力が使えるようになる。
相手が出来る事なら何でもできる、が、相手が出来ない事は出来ない。
だから、俺は慧音が飛んでいるのを見て、慧音の力を使えば俺も飛べるんじゃないかと思った。
「だから君は霊夢の弾幕を使えたわけか。私の弾幕も使えるのか?」
「それも試してみるか……それ!」
窓を開け、空に向けて右手を突き出すと、赤い弾がいくつか発射出来た。
霊夢の時は半ば無我夢中だったから感覚よく覚えていなかったけど、こんな感じで弾幕を撃てばいいのか。
後ろで慧音が口を開けて、あ然としているのが笑えた。
「……す、すごいな、君は」
「幻想支配で一度見た力は、他の力を上書きしない限り1日ほど使える。それに元の世界に居た時、昔から体も鍛えていたし、それなりに訓練もされたから肉弾戦にも自信がある、これで俺の強さは分かったか?」
学園都市ではもっと小さい時からナイフや拳銃や重火器の訓練も受けたし、アイツから格闘術も教わったしな。あまり思い出したくないけど。
能力者以外にもスキルアウトとか天草式やアニューゼ隊など、幻想支配があまり意味のない戦いでも負けなかったし。
流石に聖人には無理だったけど。
「はぁ、これ以上言ってこっそり抜けだされるよりは、見送った方がマシだな。本当は私も同行したいのだが……」
「慧音は人里を守るって言う大事な仕事があるだろ。これは俺の私用だ、付き合う必要はない」
「……なら、少しだけ待っていてくれ」
そう言って慧音は自分の家へと戻って行き、少し大きめの風呂敷を持ってやってきた。
「これは、なんだ?」
「実はご飯を多く炊き過ぎてしまってな。おにぎりを作ったんだ」
いや、今夕食終わったばかりなんだけど? まぁ、幻想支配使い続けていると無性にお腹がすく事はあるけど、それでもしばらくは大丈夫だ。
「お腹が空いたら食べても構わないが、正確には君用ではないな」
「? 俺の為じゃない?」
「君が食べる為に用意したわけじゃない、と言う意味だ。ともかくこれを持って行ってくれ、きっと役に立つと思う」
「慧音がそう言うなら……」
いまいち釈然としないが、おにぎりの入った風呂敷を受け取る。
結構入っているのか、少し重い。どれだけ作ったんだ?
「まぁいいか。それじゃ、行ってくる」
「気を付けてな、危ないと思ったらすぐに戻ってくるんだぞ?」
「分かってる……じゃあな慧音、本当に色々ありがとう」
「? あ、あぁ……」
まだ借りを返していないが、いい機会だ。
「寺子屋のみんなによろしくな……さようなら、慧音」
「っ!? ま、待つんだユウキ君!」
慧音が俺に手を伸ばすが、それよりも早く窓から空へと飛び上がった。
背後からは慧音の叫び声が聞こえるけど、無視する。
「これでいい。これ以上世話になりたくはない」
俺は1人の方が性に合っている、今までずっとそうだったんだ、これからもずっとそうすればいいだけだ。
少し後ろ髪が引かれたが、紅い霧の中を俺は紅魔館に向かって一直線に飛んだ。
続く
慧音は半人半獣だから、人の時は霊力、獣人の時は妖力を使っている……という設定です。
基本的に人間は霊力、魔法使いは魔力、妖怪は妖力、神様は神力、妖精は自然エネルギーと同質の力を使う。
と言う区別をしています。