誤字、設定祖語が目立つかもしれませんが、そこら辺は報告してくれたらちょくちょく修正していきたいと思っています。でも二次創作なんて大体設定ガバガバだからね。仕方ないね(戒め)
追記
誤字・誤表現などを微修正しました。
人生とは長いモノだ。そして人はその中で大なり小なり様々な経験をすることになる。
だが、その経験が必ずしも良い物とは限らない。勿論宝くじが当たったり気の合う友人が作れたり等々良いこともあるだろうが、現実、悪いことの方が訪れやすい物だ。例えば事故で知人か身内を失ったり、周囲の期待に応えること叶わず落ち込んでしまったり、好きな食べ物を何かの拍子で床にぶちまけてしまったり。
些細な事から重大な事、どんなことが何時起きても可笑しくない。それが現実。
故に自身にとって最悪なことがいつ起きても不思議ではない、と言えるのではなかろうか。
そんな時はどうすればいいのか。溜まりに溜まった不安や不満、鬱憤などをどこに吐き出せばいいのか。答えは簡単、他人に話を聞いてもらい、対話し、苦悩を理解され、同じ感情を共に分かち合う。
それだけで人間は大分楽になれるものだ。
が、そんなことを一体誰に相談すればいいのだろう。まず一番に上がるのが家族、なのだが……一定の年齢層ではこの家族、つまり両親そのものが不満の原因であるパターンが多々ある。故にこの選択はあまりお勧めできない。
では友人? ……これもまた同じ理由だ。
人は自分に親しい人ほど、己の心の闇を隠したがるものだ。嫌われたくない、そんな単純な気持ちで。
それが悪いこととは言わない。だが溜まった物を吐き出さねば、いずれ破裂し取り返しのつかない事態になる可能性が高まってしまう。それはいけない。
では誰を相手すればいいのか? ――――その道の専門家、これに尽きる。
何事もその事に詳しいスペシャリストを頼れば大抵上手く行くものだ。少なくともズブの素人や中途半端に親しい知人を頼るよりは藪蛇を突かずに済むので痛い目は見ないだろう。
問題はそのスペシャリストを探すことなのだが、此処で少しだけ耳寄りな情報がある。
北セルフォード大陸北西端に位置するアルザーノ帝国の南部、ヨクシャー地方にある都市、フェジテ。
アルザーノ帝国魔術学院が設置されているという特色を持った北セルフォード大陸でも有数の学究都市。その始まりは魔術学院の設立と同時と伝えられ、共に発展してきた町。――――そんな町では小さな噂が流れ始めていた。
――――会話をするだけで悩みを解決してくれる店が、この町にあるらしい。
そんな噂はやがて、とある二人の女子の耳にも届くことになった。
▽▲▽▲▽▲▽
「あ――――っもう! あんの男はぁぁぁぁぁ……ッ!!」
「シ、システィ、落ち着いて。ね?」
「これが落ち着いていられるもんですか!!」
夕暮れの街道。
もうすぐ地平線の向こうに隠れようとしている夕日がフェジテの町を赤く照らしている。そんな幻想的とも思える光景の中、二人の女子生徒が下校している。
それだけならば普通の日常的な光景なのだろうが……その片方、純銀のように輝く銀髪のロングヘアにやや吊り気味の翠玉色の瞳が特徴的な少女――――システィーナ=フィーベルは、凄まじい激怒の感情で染まっていた。
具体的には薄く血管が浮かび上がるくらいの、乙女がしてはいけない顔になるくらいに。
そして、その隣を歩くミディアムの金髪と大きな青玉色の瞳が特徴の少女、ルミア=ティンジェルはその様子を見て苦笑しているのみ。隣に凄まじい憤怒の化身が居るせいで怒るに怒れないのか、それとも単純にシスティーナが怒りっぽいだけなのか……恐らく後者だろうが。
「非常勤講師とはいえ就いた初日からいきなり遅刻! 挙句一時限目は『眠いから』自習! 頭を叩いて再起動させたと思ったらこれ以上無い最低最悪の授業! 止めに生徒が質問したのに『ふっ、俺にもわからん』ンンンン――――ッ!?!? 馬ッ鹿じゃないの!? 馬ッ鹿じゃないの!?」
「システィ、そんなに大きな声を出すと……」
「何!? ルミア!?」
「……周りのみんなの視線がなぁ、って…………」
「…………あっ」
気づいた時には時すでに遅し。周囲の通行人は皆システィーナの方を向いていた。
街中で怒りのまま大声をまき散らしていれば視線くらい集めるのも当然。やってしまった、とシスティーナは顔を赤くしながら足早にこの場所を通り過ぎようとする。
「こ、これも全部あの男のせいよ……うぐぐぅっ……!」
「あはは……そう言えばシスティ、最近学校で有名な噂は知ってる?」
「へ? 噂?」
「うん。ええと、確か――――話すだけでどんな悩みも解決してくれる人生相談室、だったかなぁ?」
文面だけ見れば凄まじく胡散臭い。少なくともシスティーナはそう思ってしまう。
実際、信じている人はフェジテの中でも数パーセントにも満たない数だ。だがどうやらルミアは信じている様子。期待半分でシスティーナはその事について聞いてみることにする。
「ふ~ん……本当にあるのかしら、そんな店」
「うん、リンに教えてもらったんだ。ほら、同じクラスの」
「知ってるわよ。……そう言えば、あの子最近妙に自信が付いていたわね。前は普段からおどおどする小動物系だったのに。――――まさか!?」
「相談して、自信を付けてもらったのかもしれないね」
「……実例がある以上、信じてみる価値はある、のかしら」
効果があるという証拠が身近にある以上、その存在は認めよう。が、やはりシスティーナは半信半疑と言った様子だ。
まぁこんな都市伝説じみた話を直ぐに信じろという方が酷な話だろう。
「システィ、よかったら行ってみる? 場所は学院からあんまり離れていないみたいだし」
「そうね。まぁ……どうせ時間は余ってるし、行ってみましょうか」
「うん!」
折角友人が勧めてくれたことを無下に断ることは憚れるし、どうせ時間など有り余っているのだから少しぐらい寄り道しても構わないか。そう思い、システィーナはルミアに連れられるまま件の店のある場所まで歩いていく。
歩く。歩く。歩く。
その度に不思議な空気が周りに満ちていく。虫を誘う花の香りのように、魅惑的な芳香が鼻腔を撫でる。だからだろうか、次第に足がふらついているのは。
ああ、これ以上行っては駄目だ。そう思っても体が魅かれてしまう。この香りの源泉に。そして、――――
狭い裏路地の奥に、ポツンと小さな看板の吊り下げられた扉があった。
看板に書かれているのは『
「……この店、ホントに大丈夫なの?」
「たぶん……大丈夫?」
凄く先が不安になりそうな返事である。が、折角ここまで来たのだ。今更引き返すのも気が引けよう。
「先っちょだけ、先っちょだけ……」
恐る恐るシスティーナは店の扉を開いていく。ギギギと扉が軋む音が謎の恐怖を加速させるのは、気のせいだと、思いたい。
そして、扉が開かれた奥に遭ったのは――――
「…………へ?」
「あれ……?」
予想に反した、極めて丁寧な造りのアンティークな雰囲気が漂う喫茶店であった。
直前までの不気味な雰囲気は何処に行ったか、店内はただただ穏やかな様子を見せている。耳を澄ませばどこからかピアノの音が聞こえ、鼻を擽るのは天然の植物由来の優しい匂い。光源である蝋燭もこの空間の雰囲気と実にマッチしている。
素晴らしい店だ。開いている位置次第ではフェジテの中でもかなりの名店として名を馳せただろう。
「凄いね、システィ……」
「ええ、本当に……。あの、誰かいませんか~?」
二人は店内を端から端まで見渡してみるが、人影どころか蟻んこ一匹の気配すらつかめない。だがこの店は明らかに最近まで人の手が入れられた痕跡がある。一体どういうことなのか――――そう訝しんでいると、二人の方に音もなく手が乗せられた。
「「え?」」
反射的に振り返ると――――フードの付いた漆黒のロングマントで身を包む人間が、いつの間にかそこに佇んでいたではないか。
突然すぎるエントリーに思わずシスティーナは悲鳴を上げそうになった。ルミアがとっさに口を塞いだことでそれは未然に防がれたが。
「んんん~~~~~~!?!?」
「あ、あの、その、私たち、この店に用があって!」
「――――あらあら、ごめんなさいね。お友達を驚かせちゃったみたいで」
柔らかい女性の声だった。聞くだけで何か温かいものに包まれているような魅力に満ちた声。よく熟れた果実の甘味のように、骨の芯まで魅惑的な音は響き渡る。
システィーナもその声を聴いて多少落ち着きを取り戻したのか、うめき声を止める。
代わりに、彼女の声に聞きほれてそのまま惚けてしまうのだが。
「ふふっ、噂でも聞いてわざわざこんな店に来てくれたのかしら。其処の席に座って少し待っていなさい。お茶と菓子を持ってきます」
「え、あの」
「大丈夫。お金なんて取りません」
そう言って女性は買い物袋を揺らしながらカウンターの奥にある厨房の奥へと消えてしまった。残されたシスティーナとルミアの二人は息をのみ、言われた通りにカウンターの席に座って待つ。
数分ほどして、女性は様々な菓子を乗せた皿とティーセットを乗せたトレイを持って出てきた。
更に乗った贅沢な菓子群は、帝国でも最高級の代物ばかり。しかも入手が難しい異国の代物すら混じっている。また、ティーセットからは香る紅茶の匂いは爽やかで芳醇な芳香はエクール産の特級茶葉。
どちらもそう簡単に手に入るものではないし、代金もなしにもらっていいものでもない。少なくとも貴族級の客が来訪した時にようやく日の目を見るくらいの超高級品である。
その価値が分かるからこそ二人は委縮した。「後でお金請求されたらどうしよう」、と。
「あら、代金は貰わないって言いませんでしたか?」
「で、でもこれ……すごく高いんじゃ」
「いいんです。私が出したくて出したのですから。……さぁ、どうぞ」
茶越しを通しながら、すでに温められていたティーカップに深紅に澄んだ紅茶が注がれる。
ほのかに立ち上がる湯気。伊達に特級紅茶の名を冠していないと言ってるかのように、深い香りが二人の食欲を刺激する。当然だ、学生の身のままならば十数年に一度飲めるかどうかの代物。飲みたくない筈がない。
女性は砂糖壺から砂糖を一匙掬い上げ、それを紅茶に入れてかき混ぜる。それをもう一方のカップにも同様に行い、二つのティーカップはついに二人の前へと差し出された。
口に溜まった唾をのみ、恐る恐ると二人はカップに口をつける。――――瞬間、言い知れぬ香ばしさとまろやかさ、風味が口の中に広がるのを確かに感じる。
数々の高級品を口にしてきたシスティーナでもこれほどの衝撃は初めて感じるほど、その旨さは優しく、そして激烈なものであった。
「凄く、美味しい……です。こんなに美味しい紅茶、飲んだことない……!」
「っ……茶葉だけじゃない、淹れ方も丁寧よ。そのおかげで紅茶の旨さがこれ以上ないまでに引き出されている……! こんな店がフェジテにあったなんて…………ッ!」
因みに菓子の方も大変美味だったのは言うまでもないだろう。帝国最高峰のメーカー品が不味いわけあるまい。ついでに異国の菓子もまた別ベクトルで二人の舌を躍らせる。
間違いない、今自分たちはフェジテ一の喫茶店にいる。そんな確信が、奇しくも二人の間で共有されていた。
――――が、忘れていないだろうか。この場所に来た理由を。
「そういえばシスティ、私たち悩みを相談しにこの店に来たはずなんだけど……」
「……あっ!? 私ったらすっかり忘れていたわ!」
「相談?」
「その、実は――――」
ようやくこの場所に来た目的を思い出した二人。とりあえず一息ついて、システィーナはこの店に来た敬意と、そして今自分が悩んでいる事――――あの魔術師の風上にも置けない非常勤講師のことを話す。
「……なるほど、前の講師が突然やめてしまい、その穴を埋めるために入った講師が真面目な授業をやってくれない、と」
「そうなんですっ! あの男ったら最初から最後まで不真面目な態度で、目も死んでるし、魔術師のローブは着崩してるし、言葉遣いはなってないし! 魔術を馬鹿にしているとしか思えないわ!」
「それはそれは……。しかし、困りましたね。そもそも私は来てくださったお客様と会話をすることはあっても、悩みを解決している覚えはなかったのですが……」
「えっ?」
ここで衝撃の真実が投下される。思わずシスティーナが間抜けな声を出すぐらいには衝撃的な。
「一応、お客様の愚痴などを聞いたりはしますが……特に特別なことはしていませんよ?」
「で、でもリンはここにきて悩みが解決したみたいですよ!?」
「リン……ああ、数日前に店に来た少女ですね。ええ、自分に自信が持てないそうなので、簡単な自己暗示によるメンタルケア法を教えただけなのですが」
「解決してませんそれ!?」
まさかの無自覚相談室状態である。これにはルミアも苦笑い。
女性はしばらく考え込んで、無言で口角を吊り上げる。もしかしたら、彼女らの悩みについて何か妙案でも思いついたのかもしれない。それに気づいたシスティーナは期待に満ちた様子で女性の言葉を待った。
「わかりました。せっかくこのような店まで足を運んでくださったのです、私にできることならば協力しましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます! ええと……」
「――――セレスファル=スタグネイト。セレス、とお呼びください」
「セレスさん……素敵な名前ですね。……あ、私の名前はルミア=ティンジェルと言います」
「私はシスティーナ=フィーベルです。それでセレスさん、何か思いつきましたか?」
システィーナがそう聞くと、セレスはニコリと笑顔を返した。同じ女だというのに、不意打ちのような笑みについ胸をときめかせてしまうシスティーナ。しかし彼女はノーマルであり、変な性癖保持者ではない……はずである。
「方法としては校長や教授あたりに相談するのが最適ですが、話を聞く限りその講師は教授の推薦で入ってきた……そして校長は教授に説得されている。そうなると正攻法で矯正するのはほぼ不可能ですね」
「じゃあどうすれば……」
「ふむ……では、その講師がなぜそんな不適切な態度を取っているのかを、少し考えてみましょう」
ここでセレスは論点を少し変えることにした。
どうやれば話のダメ講師にまともな授業をさせるのか、ではなく『なぜその講師がそのような態度』なのかを。正攻法で無理ならば、その裏から回るしかないということだろうか。
「どうして……って、魔術をくだらない物として見ているから、とかですか?」
「私もルミアと同意見です。あの男は魔術というものを根本的に馬鹿にしています!」
「……知っていますか? お二方。人間、本当に嫌悪している物には興味すら向けないのですよ?」
「「???」」
「本当にその講師が魔術を嫌悪しているのならば、そもそも魔術そのものに関わりません。あなた方も蜘蛛や蛇に触れるのは嫌ですよね? つまりその講師は嫌だ嫌だと言いながらその蜘蛛や蛇に触れている状態、と言えるでしょう」
確かに、言われてみればそうだ。強制されたとはいえあの男は魔術を馬鹿にしている上で講師の立場に収まっている。本気で嫌いならば、講師という役目を押し付けられても学院に入りすらしないだろう。
それに――――魔術が本当に嫌いならば、心底嫌悪している魔術など修めているわけがない。それはつまり、一度は魔術に憧れや敬意を抱き、懸命に学んでいた証拠ではなかろうか。
「私が推測するに……彼は何らかの形で挫折し、絶望しています。折れたのが羨望なのか、それとも希望なのかはわかりませんが、魔術に関係することで心に深い傷を負った可能性が非常に高いでしょう」
「ど、どうしてそう言い切れるんですか?」
「嫌悪する事柄を人前で誇示する。それは、一種の自己暗示です。明確に言葉を使って拒絶の意を表し、それを自身の心へと刻み付ける。要は、好きなものを嫌いだと自分に言い聞かせているわけです。魔術に対して中途半端に関わっているのも、その好意を捨てきれていない影響なのかもしれません。まぁ、結局は推測の域を出ないのですが」
「そんな……グレン先生が……」
「――――ん? グレン……? ……なるほど、類似点が多いと思いきや、本人でしたか……。全く、セリカはグレンだけには甘いんですから」
何やら意味深な発言をするセレス。口ぶりから彼女らの言う「グレン」を知っているらしいということは判断できるが、残念ながら小さな呟きだったために二人の耳にその言葉が届くことはなかった。ルミアの方は少しだけ何かを感づいたような反応をしたが、結局気づくことはできなかったようだ。
一方で、システィーナは考えていた。今のセレスの言葉が真実だと仮定したとして、件の講師――――グレンは一体魔術の何に絶望したというのか。それが、今のシスティーナには皆目見当がつかない。
「セレスさん……その、魔術に絶望した、というのは?」
「簡単なことです。光に憧れた少年は、その裏の闇を見て挫けた。好きだったからこそ、その実態を見て深く嘆き悲しんだのです」
「魔術の闇……? で、でもセレスさん、魔術は世界の真理を追究する学問です。この世界の起源、構造、法則を解き明かし、自分や世界が何のために存在するのかという永遠の謎に答えを導き出し、人がより高次の存在になるための未知を探す手段。そんな魔術に闇なんて――――」
「……システィーナ、それは勘違いです。若き魔術師にとって魔術とは確かに素晴らしく崇高なものでしょう。ですが――――帝国にとって魔術とは、強力な兵器でしかないのです」
システィーナは言う。魔術は偉大な学問だと。実態は異なる。
魔術とは、いわば個人が所有できる最強にして最大の『武器』。である。剣は一振りで一人を殺すのがやっとだが、魔術は一度唱えれば術者にもよるが数十人が物言わぬ屍と化す。これを兵器と言わずになんという。
故にセレスはシスティーナの間違った認識を正す。その考えは、盲信だと。
「そんなっ! そんな、こと……!」
「確かに、摩訶不思議な力を崇拝したい気持ちもわかります。きっと、あなたも魔術に『憧憬』を抱いているのでしょう。ですが、その恩恵が大衆に還元されていない以上、一般人にとっては魔術とは悪魔の扱う外法とさほど変わらないものであり、恐れるべき対象なのです。……魔術が悪用された結果どんな惨状を呼び寄せることになったのかは、二百年前の『魔導大戦』と四十年前の『奉神戦争』という歴史が物語っています。また、帝国内で起こっている外道魔術師たちが起こす凶悪犯罪も、揺るがぬ証拠です」
「っ…………!」
全く言い返せない。それが事実であるが故に。
魔術は一見華々しく素晴らしい物だと思いがちだが、その恩恵を受けることができるのは魔術師「だけ」。一般人は恩恵を受けるどころかよほどのことがない限り目にすることはほとんどない未知の塊である。
当然のようだが、魔術が人の世で全く役に立っていない最大の原因だ。魔術そのものが直接的に人の益になるような技術ではないことも原因ではあるが。
それに、その強大さゆえに犯罪に使用されれば大惨事になる可能性が高いのもまた事実。ここ最近で頻発している魔術犯罪とその凄惨な内容を見れば嫌でも理解できてしまう。
――――だが、
「しかし……だからといって帝国が魔術によって守られていることを忘れてはいけません」
「……どういうこと、ですか?」
「魔術は強い力です。だからこそ我々の住む帝国は宗教国家レザリア王国の侵略行為から身を守れているのであり、内側で起こるテロなどの様々な非常事態にも瞬時に対応できている。まぁ、その非常事態の大半が同じ魔術絡みなのは何とも言えなのですが……」
帝国の通称は『魔導大国』。恐らくこと魔術に関しては大陸一のアドバンテージを得ているだろう巨大国家であり、だからこそ周りに位置する小国などは下手に手出しせずに友好的な対応をしている。いわば、魔術は外敵に対する抑止力であり力の象徴なのだ。
今こうして侵略行為を受けているにも関わらず帝国に平穏や安心が広がっているのも、魔術という抑止力を大きく発展させてきたからこそ。強力な軍事力を保有している故に、帝国の民は安心して暮らせている。
そういう意味では、帝国の民は魔術に守護されていると言えるのではなかろうか。
「私から詳しいことはあまり話せませんが、その講師は長らく魔術の『闇』ばかり見ていたから、突然『光』を見て動揺しているだけです。もし何らかの形で彼にもう一度『希望』を抱かせられれば、授業態度も改善されるかもしれませんね」
「希望を……抱かせる」
「その方法は流石に分かりませんので、模索してもらうほかないですね。……申し訳ございません、お二方」
セレスは心底申し訳なさそうに二人へと頭を下げた。きっと二人の悩みを根本的な解決に導けていないのが申し訳ないのだろう。が、システィーナやルミアはそれを精一杯妨げた。
「ちょっ、ストップストップ! どうして謝罪なんてするんですか!?」
「セ、セレスさん。むしろ話を聞いていただけた上に解決方法まで出して、お茶と菓子までご馳走になって頭まで下げられると……流石に罪悪感が……っ!」
「あら、そういうものなのですか……」
二人の決死の説得により頭をあげるセレス。もしかしたら彼女は生粋の奉仕体質なのではなかろうか。
「ごめんなさいね~、年を取るとどうしても謝り癖がついてしまいまして」
「えっ!? でも、声や肌はかなりお若いよう見えるんですけど……」
「ふふっ、お世辞でも嬉しいです。これでももうお婆ちゃんと言われてもおかしくない年齢ですから」
お世辞も何も、セレスの声は誰がどう聞いても二十代前半、長く見積もっても三十路前のそれ。本人が言うには「お婆ちゃん」だそうだが、二人はその言葉が全く信じられなかった。
何せフードで隠れているとはいえ微かに見える口元や、最高級の絹のように白く柔らかそうな手はとても老齢のものとは思えない若々しさを持っている。十人中十人が「美人」だと評しそうな見た目だというのに、誰が彼女を老婆だと信じようか。
「さて、もうすぐ日も暮れますし、早めにお帰りになられた方が良いのでは? ご両親もきっとご心配なされているでしょうし」
「あー……両親は今出張中で、今は誰も……」
「仕方ないよ、システィ。お義父様もお義母様も、仕事が詰まって忙しいみたいだし」
「だとしても年端もいかない少女が夜遅くまで出歩いていてはダメでしょう? 家にいないとはいえ、貴方達に何かあればご両親も悲しみます。残りのお菓子は包みますから、まだ日が暮れないうちにお帰りなさいな」
駄々を捏ねる子供をあやす様に、セレスは二人にそう言い聞かせた。
いくら二人が魔術という力を持っていようと、所詮それは子供の持つナイフと大差ない。彼女らに『覚悟』がない以上、切羽詰まった状況でもなければその刃を人に向けることはできない。
そのためにも面倒ごとに巻き語まれないうちに早く帰宅するのが最適解である。
「その、色々とありがとうございます、セレスさん」
「お茶屋お菓子も貰ってしまって……本当にタダでいいんですか?」
「ご心配には及びません。この店は趣味で開いているようなものですから。……また何か悩みができたなら、いつでもご来店ください。いつでも、お茶と菓子を用意してお二人を歓迎しますので」
「「はい!」」
店の扉を開けば、空にはまだ沈んでいない夕日が輝いている。この赤い光が消えないうちに帰らなければ。
セレスは言ったとおりに残ったお菓子と、おまけに少々の茶葉を包んで二人に手渡した。ここまで優しくされると裏に何かあるのでは、と思うが……フードから覗く笑みにはそんなものなどない。ただ温かみのある笑みがあるだけだ。
だからこそシスティーナとルミアは心から彼女に尊敬の念を感じる。きっとこれが、大人の女というものであるのだと。自分たちが目標にしても恥ずかしくない大人なのだと。
「――――最後に、システィーナ。魔術とは無色の力であり、道具です。善き者が扱えば善き力に、悪しき者が扱えば悪しき力に容易く染まる。努々忘れないでください、貴女が学ぶその力は、貴女の意思次第で誰かを傷つけることにも、守ることにも使えるということを」
「っ、はい。その言葉、絶対に忘れません!」
「そして、ルミア。貴女が胸の内に何を秘めているのかは分かりません。ですが老婆心として助言を送りましょう。……一人だけで全てを抱えないで、誰かを頼ることを覚えなさい。貴女は、独りではないのですから」
「……助言、ありがとうございます。善処は、してみます」
最後に贈る言葉は、忠告と助言。二人の苦悩を的確に突いたその言葉は、一体どうやって紡ぎ出されたのか。セレスの観察眼が優れているのか、それとも元々事情をある程度知っていたのか、はたまたそのどちらもか。
答えは、彼女しか知らない。
今だ謎だらけの彼女に見送られながら、二人は来た道を辿っていつもの通学路へ戻る。
変わらぬ景色。変わらぬ雰囲気。先ほどまで全く新しい体験をしてきたというのに、世界は変わらずいつもの色だ。それは、喜ぶべきことなのか。
「色々凄かったね、システィ」
「全くよ。あの店のことを教えてくれたリンには感謝しないとね! よーし、明日こそあのロクでなし講師の命日よ! 首を洗って待ってなさい、グレン=レーダス!」
「あはは……システィ、荒っぽいことは程々にね?」
夕日の下を歩く二人の少女。その背に背負っているのは未来か、過去か。
それでも、時間は流れ続ける。
▽▲▽▲▽▲▽
二人の少女が店を去った後、入れ違いになるように一人の女が来店した。
長く豪奢な金髪に艶美な線を描く肢体、その上を絢爛な黒いドレスで包んだ二十歳ほどの女性。魔性を秘めている深紅の瞳を蠟燭の光で輝かせながら、薄笑いを浮かべる女は酒を軽く煽る。
「全く、一年ぶりに合ったと思ったら、第一声が『酒をくれ』って……一応ここ、喫茶店なんだけど?」
「こんな薄暗くて人の全く来ない喫茶店があってたまるか。それに、どうせお前上等なものを沢山貯めこんでるだろ? その割には全然飲まないみたいだが」
「お酒はあんまり口に合わないんだ。それに、誰かさんが昔『こんな安酒しか用意できないのか』とか言ってたからね。その意趣返しかな、セリカ?」
その女性の名は、セリカ=アルフォネア。二百年前の戦争で外宇宙から召喚された邪神の眷属を殺害した伝説を持つ、人外と評される
更に、見た目こそ若々しい美女そのものだが、実態は四百という歳月を過ごしてきた身であり、原因不明の不老不死体質の保有者――――『
そんな彼女と対峙するセレスは、先ほどまでかぶっていたフードを脱いでその素顔を曝していた。同時にその太もも辺りにまで伸びている、夜の色で染まったような黒紫色の髪と双眸も光の下に出される。
――――大量の歯車のような文様が左半分に刻まれた顔も、そっと光と熱風に撫でられる。
それは『呪い』だった。一つの国を救うための、神の一柱を屠るための代償。
恒久なる時を死ぬこともできずに生かされ続けるという無間地獄に落とされた、『神殺し』という大罪を働いた咎人の烙印。
「しかし意外だな? お前のことだからあの娘たちと世間話だけしてさっさと家に返すと思っていたんだが」
「うん、まぁ……傍観者でありたいとは思ったけど、このくらいは別にいいかなって。こうも年を取ると、若者には気を使いたくなるんだ」
「はっはっは、まだまだ現役だろうに。アリスが愚痴ってたぞ? 『どうして問題児を残したまま辞めたんですか』って」
「次の時代は、次の時代の若者に任せるものだよ。私たちみたいな老害がしゃしゃり出てどうするのさ」
「わかってるよ。だがせめて、私たちの時代が残した『
「……そっか」
クックッ、と笑いながらの談笑。
二人は一体何度こんなやり取りをしてきたのだろう。恐らく、数える気も失せるぐらい膨大な回数だろうということは容易に想像できる。
悠久の時の中を生き続けるという地獄を共有できるというのは、果たして幸福か不幸か。
「そういえばセリカ。グレンを非常勤講師にしたようだけど、随分な荒療治だね」
「ん? あぁ、確かにそうだな。だが一年も待って全く変わらなかったんだ、このぐらい発破をかけにゃ梃子でも動かんよあいつは。あーもう、あの頑固さは誰に似たんだか!」
「絶対に貴女が原因だと思う。ま、親バカなのはいいけど、教授として生徒も大切にしなさいな?」
「わーってる。……ったく、なぁセレス――――」
自嘲と苛立ちの混じった声音で、
「――――私たちは、何時になったら死ねるのかなぁ」
「――――何時か死ねるよ、きっと」
夕日が沈み、夜が訪れる。
だが、永遠を強いられた女たちの心に、真の夜明けは未だに来ない。
――――現実という醜悪な煉獄を、私たちは何時まで彷徨い続けるのだろう。
答えは、誰も返してはくれない。
タイトルはギャグ風味だが、内容がシリアスじゃないとは言ってない(白目)