※※※
きっと、お前のやってきたことは全て無かったことにされてしまうのだろう。
お前が作った物も、救った者も、足跡一つに至るまでお前では無い他の誰かがやった事になってしまう。
お前という存在はこの世界から完全に消滅して、誰の記憶にも残ることは無い。
でも、それでも。
俺だけは絶対に忘れない。
なぜなら…
※※※
石畳の道を全速力で走る。
昨日から何も食べていない空きっ腹の体。全身の筋肉が悲鳴を上げ、気を抜いたらそのまま地面に倒れ込んでしまうだろう。
「○○○○!」
後方から一人の男が私には分からない言葉を口にしながら追いかけてくる。その内容は男の表情と声音から察するに恐らく私に向けて罵倒だろう。
「…っ!やば」
視界がぼやけてきた。頭がくらくらし始め足ももつれ始めた。
限界の体に鞭を打ち、人混みをかき分けて建物の間にある細い道に入る。
幸いその男は私が路地裏に入ったことに気が付くこと無く、そのままどこかへと走り去っていった。
それを確認した瞬間、全身からどっと力が抜けその場に倒れ込んだ。
そして私の腕に抱えられていた麻袋がガサッと音を立てて落ちる。
紙袋の中身の一つが転がり、丁度倒れた私の目の前で動きを止めた。
赤い果実、この世界ではどのような名前で呼ばれているかは分からないが私はそれを誰にも分からない言葉でこう言った。
「そっか…私が林檎泥棒ってばれちゃったか。」
目の前にある林檎と呼んだそれを、彼女は手に取り一口囓った。
「…意外にすっぱいのよね。見た目はそのまま林檎なのに。」
そう言いながら彼女は壁にもたれかかり座った。
一口、二口と赤い果実をほおばっているとふと、一粒の水が手の甲に付いた。
雨でも降り始めたのかと空を見上げたが、今日は雲一つ見つからない見事な快晴で雨など降りそうにも無い。
もしかして、と指で頬をなぞると瞳から零れた涙が正体だと気づいた。
「まったく、こんなの何個も食べていれば涙の一つも出るわよね。酸味が強すぎるのよ。」
しかし、その果物を食べるのを止めても彼女は泣き止まなかった。
涙が流れた理由はそんな事が理由じゃない、分かっていても彼女はそう思い込むことにした。
彼女の泣き声は誰にも聞こえずに、騒がしい街の人々の声にかき消された。
※※※
キュウウルルゥと甲高い鳥の鳴き声が聞こえる。
この町で最も高い場所に作られた展望台で観た景色の空と海の美しさに俺は息を飲んだ。
透明な海、それは船が浮いて見えるほどに透き通っていた。
この町は国と国を繋ぐ街。旅人にとっては通過点であるはずのこの町で、訪れた旅人がこの場所にいつまでも居座っていると聞いていたがその理由はこの海だろう。
今日は運良く見事な快晴で、海は波打ち、あちこちで商店が軒を連ねているのがここから見て取れる。
しばらく眺めていたい景色だったが、俺は観光のためにこの展望台に来たわけじゃ無い。
望遠鏡を少し下にずらし、多くの商店が建ち並ぶ場所に焦点を合わせた。
子供やその母親、お年寄りに至るまでの多くに人々が買い物を楽しんでいる。
その商店間にある細い道をしばらく監視する。
依頼主曰く、あの道から出てくる可能性が一番高いと言っていたのだが本当にあんな道から人が出てくるのだろうか?
体を横にして俺がやっと通れるかどうかといった所だ。
「まぁ依頼主が言うのならあの道から出てくるんだろうな」
望遠鏡をのぞき込みながら、俺は今朝のことを思い出していた。
※※※
「はぁ~やべぇ、誰も仕事をくれねぇ。」
街の中心にある公園で俺はベンチに腰掛けながらぼやいていた。
この街に来てから早二日、いろいろな人にひたすら売り込みをしていたが誰も俺に依頼をしてくれないのだ。
このまま毎日を過ごしていればまた貯蓄が無くなり、この町でしばらく定職についてから次の街へ行くことになる。
「身一つで何でもやります、一日店番、家の掃除、浮気調査等々依頼されればどんなことでも。その代わりきちんと給料は現金で…なんて言っても皆自分で大抵のことはできるよなぁ」
旅にはお金が必要だ、しかし旅をする以上一つの土地に長居は出来ない。
だから俺みたいな奴はとにかく短期で出来る仕事が欲しい。
その代わり仕事の内容は問わないといういわゆる”何でも屋”ってやつを俺はやって旅の資金にしているのだが…。
「はぁ、ここでしばらく職に就くのは嫌だ…頼む誰か依頼をくれ。」
売り込みに疲れ、ずっと愚痴をこぼしていた。
ふと、空を見上げる。青い空の中で翼をはためかせ、鳥たちが海へと向かって飛び去っていく様子をぼんやりと眺めていたら。
唐突に俺の視界に三、四十代らしき男の顔が現れ視界を遮った。
「っ!?どちらさまで?」
「依頼をすれば何でもするというのはほんとうか?」
俺は慌ててベンチから立ち上がり、その男の目を見ながら喜びを隠しきれない声で自己紹介をした。
「はい。俺の名前はリーク、依頼されれば体一つで何でもやります!」
「独り言が耳に入ってね。少年、一つ依頼を頼みたい。」
その男性はベルクと名乗った。この町で果物を売ることを生業にしている商人なのだそうだ。
依頼の内容はそう難しい話では無かった。五日ほど前から商品の在庫が不自然に減っていることに気づき、一日中注意深く店の商品を監視していたらあることが分かった。
盗まれていたのは紙袋10袋分、そのどれもがまだ甘くなっていない状態で盗まれ
いつも果物を客が買った後、まだ商品として出すことの出来ない状態のプリクの入った紙袋が一つ無くなっていたという。
昨日ついにその犯人を突き止め、後を追いかけたがいつの間にか見失ってしまったらしい。
恐らく今日もその盗人が現れるから後を付けて居場所を突き止めて欲しいという。
俺はその話を聞いた後、一つ疑問に思うことがあった。
「まだ熟れてない赤いプリクなんて食ってもうまくないだろうに…ないでしょうに、何だってその盗人はそんな物奪ったんだ…ろうか?」
「その全力でなれていない下手な言葉遣いはしなくていい」
確かあの果物は収穫した後に日差しの下でしばらく置かないと甘くならないのだ。
盗んだ後自分で熟れさせるつもりだったのだろうか?
だがどう考えても商品として置かれている甘くなったプリクを盗んだ方がいいだろう。
ベルクは頭をポリポリと掻きながら俺にもよく分からん、と言った後こう言葉を続けた。
「たぶん俺が客に果物を渡している間に一番盗みやすい場所にあった物を…って事じゃ無いのか?」
「というか少し失礼ですが麻袋ごと盗まれていたのに気づくの五日前からって遅くないか?」
俺の言葉に対してベルクはガッハッハと口を大きく開けて笑った。
「ところで俺の店に売っている果物が報酬ってのはダメか?」
ベルクの商品を見たわけでは無いが恐らくこの男が売る物ならおいしいに違いない。正直少し揺らいでしまうが、俺には譲れないポリシーがある。
「あんたの売る果物は魅力的だけれども俺は現金報酬しか受け取らない主義なんだ。」
※※※
後を付けるよりも高台にある展望台でどこに行ったかを追った方が確実だ、という俺の提案を承諾したベルクは先払いで報酬を払ってくれた。
「三万カルスもくれるなんて気前のいいおっちゃんだ。」
きっと中々高級な果物を売っているのだろう。それだけに盗まれた果物の被害総額は想像に難くない。
望遠鏡を眺めてからかれこれ三時間が経った。
本当に現れるのか不安になり始めた頃に見張っていた細い道からフードを被った人影が現れた。
「女…多分俺と同じくらいの年齢のように見える。身長は160位か。」
瞳はフードに隠れてよく見えない。がその表情は…
「なるほど、ベルクの言ったとおりだ。」
そしてその女は人が一番多く混み合っているときに商店が並ぶ道に出た。
ゆっくりと、しかし目立たないように慎重に歩いている。
店まではまだかなり距離がある。けれどもこの道から出るって知っているならばもうベルクは気づいているだろう。
彼女は大柄の人を見つけるとそいつの後ろを付けて歩き、果物屋の近くまで歩くと男のすぐ横を歩いてベルクに見つからないようにやり過ごす。
そして近くにあった店の看板の裏に隠れて身を潜めている。
果物屋に人が来て、品定めののちベルクに金を渡した。彼がその客に話しかけながら商品を袋に入れている間、彼女が動いた。
「うっそ、早すぎだろ…」
看板から飛び出した彼女は一瞬にしてベルクのお店まで走り、商品棚の後ろにある麻袋を持ち去りすぐに裏道へと走り去る。
麻袋ごと持ち去られてその日のうちに気づかないなんてあり得ないと思っていたが、恐ろしいぐらいの足の速さで駆けた彼女は裏道に入ってからもそのスピードを落としていない。
しばらく走った後、何か思うところがあったのか彼女は麻袋の中身を確認した。
その後袋を地面に置き、彼女はその場に倒れ込んだ。
「さーて、んじゃ行くか。」
俺は望遠鏡から目を離して荷物を片付けた後、彼女のいるところに向かった。
※※※
「はぁ、はぁ。」
少女は一週間前と同じように全力で走った後、地面に倒れ込んだ。
走っている間、どうにも麻袋の持っている感覚に違和感があると感じ中身を確認したら中には廃棄予定であろう黒い果物しか入っていなかった。
一つ手に取ってみると遙かに今まで食べていたものより柔らかい感触。
「きっとこれはもう食べられないわね…」
私が盗んでいるのがばれてしまった時から想像はしていたけれども、対策されてしまった以上あの店では果物を盗むことは出来ない。
「…果物を売っているところはあそこしか無かったし、他の食材は生で食べられるのかすら分からないわね。」
そう言った後、急に目頭が熱くなった。
それに気づかないふりをして、今後のことを考える。
「海に近い方の商店街は諦めて、少し遠出して別の商店でも探そうか…、しら。」
途中で言葉に詰まる。嗚咽をかみ殺して、必死に自分を誤魔化してここまで盗みを働いてきた。しかしもう…。
「でもしまったわね、食べられる林檎はもう私の手元には無いし、なによりもう空腹で歩けないわ。」
そうやって自分の気持ちを言葉にしても、私の言葉は誰にも分からない。
「うっ…」
だめ、そんなことは考えちゃいけない。今考えるべきは今後どうやって生きるかだ。それ以外の事なんて余計だ。
「ううっ…あぁ…。」
誰にも必要とされていない世界で生きていて楽しい?
考えるな。
人が一生懸命に作った果物を盗んで生きて、本当にそれでいいの?
考えるな。
あなた(わたし)の気持ちも、それを伝えられる言葉が無ければ何の意味を持たない。
考えるな、考えるな。
自分にいくら暗示をかけても私の思考は止まらない
あなたの家族はこの世界のどこにも居ないあなたは必要とされていない世界のどこにもあなたの味方はいないあなたの言葉は通じないあなたを気に掛けている人なんか一人もいない………
私は何のためにここにいるの?
「う、うう”あ”あああああああああああぁぁぁぁ!」
涙が溢れる、嗚咽はもう止まらない。自分の心を騙すことももう出来ない。
限界だ、もう盗みを働く事だって本当はしたくない。しなければ生きられないからそうしただけでやりたかったわけじゃ無い。
一頻り泣きわめいた後、私は言った。
「もう、疲れた…誰か私を…。」
救ってよ。
最後まで言えたのかどうかは意識がもうろうとしていて分からない。
しかしそれはどうでもいいことだ。私の言葉なんて誰も…。
「その袋に入ってるプリク、食ってみろよ。」
その言葉を聞いた瞬間、時間が止まったようだった。
幻聴かと一瞬思った。しかし足音がこちらに誰かが向かってきていることを証明している。
言葉の聞こえた方向に顔を向け、私は口を開く。
「あなた…私の言葉が分かるの…?」
私の瞳に映った私と同じくらいの身長の少年。
私にとってはこの世界での唯一希望。
「うん?あぁ、お前この国の言語知らないのか。いろいろ納得。」
ほっぺたを力一杯つねってみる。
「痛い…。」
どうやら幻覚を見ているわけでも無いようだ。
「何で私の言葉が分かるの?と言うかここはどこ?あなたの名前はなんて言うの…?」
「一度にそんな質問しないでくれ、一気には応えられない。」
そして彼はコホンと一つ咳払いをしてこう言った。
「俺の名前はリーク、仕事はまぁ“表向き”は何でも屋だ。お前の名前は?」
私の名前。もう口にすることは無いと思っていたその名前をひどく久しぶりに口にした。
「私はハル、名字はミササ。ハルの方が呼ばれなれてるからハルって呼んで」
私にとってこの出会いは今後の人生で最も重要な出会いになるのだけれども。
今の私には知るよしも無かった。
暇になったらまた描いて更新します。評価や感想等は作者の励みになるのでいい評価でも悪い評価でも気軽にどーぞ。