美少女になって生まれ変わったら周りが全員美少女な件について 作:生後一ヶ月で課長になった男
ふと書かなきゃ(使命感)ってなって一気に書き上げたらいつもより長くなるという不思議。多分、所々文章がおかしいです。
沈黙が痛い、というのはこういう事だろう。
事情を聞くに、どうやら香澄がギターを落としたということらしいが、ケースを見ると取っ手が付いていなかったので、おそらく持ち上げた拍子にケースが壊れたと言うのが正しいだろうか。
香澄は相当ショックだったらしく、いつもでは考えられないほどに口数が少ない。
その結果がこの沈黙である。
流石にこの空気の中、初対面の市ヶ谷さんと親交を深めるというのは中々に難しいであろう。
何かこう、気の利いた言葉を香澄に掛けられれば良いのだが、生憎と他人を励ました事など、数えるまでも無い。
私は弦を買いに来ただけなのに、どうしてこうなった。
「……ごめん」
香澄がそう呟いた。
ケースの状態的に、香澄に非は無いと思うが、単純にギターを壊したという事が響いたのだろう。
「大丈夫でしょ」
市ヶ谷さんがあっさりとした風で返すが、実際そこまで深刻な事にはなっていないだろう。弦が切れただけのようだし、今すぐにでも終わるはずである。
などと考えていたら、ちょうど鵜沢さんの声がした。
どうやら、無事に終わったようだ。
代金を払って二人と店を出る。
香澄はギターを大事そうに抱き抱え、実に安心した表情をしている。余程気に入っていたらしい。
「良かったね、ギター」
「うん!ホントに……」
「さて……じゃ、そろそろ帰るよ」
「あ……ごめん、付き合ってもらっちゃって……」
「大丈夫、放っておくのもアレだし」
あのまま帰るのは少々寝覚めが悪いというものだろう。
「じゃあまた明日、市ヶ谷さんも」
「は、はい」
「さとりんありがとー!」
香澄に手を振り返しながら安堵する。
あの調子ならば、きっと明日にはいつも通りになっている筈だ。やはり彼女は笑っていた方が良い。
「市ヶ谷さん?」
今朝、紗綾と一緒に教室へ行くと、市ヶ谷さんが居た。香澄の様子を見に来たのだろうか。
「昨日ぶりだね」
「げ……ご、ごきげんよう」
昨日の言動とは打って変わって上品な挨拶をすると、そそくさと歩き去ってしまった。
「知り合い?」
「昨日ちょっと……そういえば香澄は」
カーテン越しに誰かへ抱きついていた。声から察するに牛込さんだと思われる。
「……いつも通りか」
「だね」
この行動をいつも通りで済ませるというのはどうかと思わないでもない。しかしまぁ、この場合は彼女が元気になった事を喜ばしく思うべきだろう。
それにしても、一体どうしてこんな珍妙な事になっているのか。
などと思いながら様子を見ていると、牛込さんが目を回して倒れていた。
「りみりん!?」
「牛込さん!?」
「大丈夫?」
「ごめんなひゃい……」
結局、本当に目を回しただけらしく、大事は無かったのだが……
「牛込さん、来ないね」
「むぅ……」
何処へ行ったのか、昼休みに彼女の姿は無かった。
どうも香澄を避けているように見えるが、彼女自身は腑に落ちない風である。
「なに唸ってんの?」
聞こえてきたのは今朝も聞いた声だった。
「ありさ!」
香澄は嬉しそうにそう呼ぶと、満面の笑みで自身の隣を手で叩き、露骨に示す。
対する市ヶ谷さんは、この誘いを完全にスルーして私の隣に座ってしまった。それは少しばかり可哀想じゃなかろうか。
「契約結んだんで」
「ありさが一緒に食べたいって」
「言ってねぇ」
「言った」
「そういう言い方はしてねぇ」
ふむ、なんというかこれは、思ったよりも……
「仲良いんだね」
「へぇ……」
「仲良くないです!」
ツンデレかな?
「ありさどうしよぉ!」
「なんだよ……」
「りみりんだよ。なんでバンド駄目なんだろ……」
つまり、牛込さんは何かしらの理由でバンドが出来ず、その理由が関係しているのか、単純に断るのが後ろめたいのか、香澄を避けているのはそういう事なのだろう。
しかし、香澄によるとはっきりと断られた訳ではないらしく、どうすればバンド加入してくれるかを市ヶ谷さんに相談していた。
が、ドライな反応で返された香澄は、どれだけ案が欲しかったのだろう。ソレを箸でつかみ、
「卵焼きあげるから!」
よく分からない交換条件を持ち出した。
「これは……よくあるおかずの交換ってヤツ……?」
「ぷふっ」
紗綾は吹き込んだが、私としては気持ちが分からなくもない。友達というものが少ない身分としては、そういった小さなイベントにこそ憧れてしまうのだ。
「交換してもいいよ?」
「しない!」
「なんで?」
「しねーよ!」
「あげないよー?」
「いらねーし!」
しかし、彼女はそう素直に喜べないらしい。
「ふふっ……ごめん、カワイイ」
「うん」
「可愛くないです!」
市ヶ谷さんには悪いが紗綾と同意見である。
結局、牛込さんを上手く誘えたのかは定かでない。しかし、翌日の彼女らの様子を見るに、上手くは行かなかったのではなかろうか。
流石にバンドをしないまでは行かないだろうが、あれだけ熱心に誘っていたのだ、多少堪えているかもしれない。
少しだけ彼女を心配していると、当の本人からとある誘いが来た。
一緒にライブを見に行かないか、というものだ。
「今日、出掛けるから」
「珍しい。何しに行くの?」
「友達とちょっと」
何故そこで愕然とするのか。
「……友達?」
「うん」
「友達……そっかぁ……母さん嬉しい!」
「大袈裟」
何故友達が出来たくらいでそこまで喜ばれなければならぬ。
別に中学時代に友達が全く居なかった訳ではない。が、確かに荒んでた時期には全然だったか。
中学の娘が友達も作らず、毎日ギターに執心している様は、親としては気が気でなかっただろう。
あの時は、ただひたすらに逃れようとしていた。今でも、時々その感覚を思い出す事がある。
おそらく、そこからだっただろうか、はっきりと姉が嫌いであると感じたのは。
「智?」
「あ、うん」
「大丈夫?」
「大丈夫……」
要らない事を考えてしまった。
折角友達と出掛けるという時に、こんな事を考えずともいいだろうに。
「そうだ」
今日は珍しく外出するのだし、思い切ってアレを試してみるとしよう。
二階に上がり、自室へ入る。遂に、長年クローゼットで眠っていたアイツを解き放つ時だ。
それは、そう、スカートである。
姉から押し付けられて以来、手を触れてすらいない。まず、私服でスカートを履いた事も無かった。
正直、制服は仕方ないとして、私服でスカートを履くのは少しばかり抵抗を感じるのだが、一度も触れないというのも勿体ない気がした。
周りがいちいち美形なのであまり実感が湧かないが、私は曲がりなりにも美少女である。きっと見苦しい事にはならないと思いたい。
一応、鏡で身嗜みをチェックする。
「よし」
表情以外、特に問題は無い筈だ。これで支度は整ったが、待ち合わせまではまだ少し時間が余っていた。
「……アニメ見よ」
当然の帰結である。
ちなみに、母にこの格好を見せた所、再度愕然とされた。娘がスカートを履いただけで、何故そんな反応をするのか。これがわからない。
調べた所によると、ライブハウス「SPACE」とはガールズバンド界隈では聖地と呼ばれる程有名であるらしい。
さて、そんな場所の入口に今私は立っている訳だが、知らない店に入るというのはどうにも緊張してしまう。それに、ライブハウスなどという施設とは一切縁がなかったので、少し恐怖さえ感じる。
取り敢えず入店してみると、受付らしき所に老齢らしき女性が座っていた。バイトにしては威厳が満ち溢れているので、店長だろうか。
「すみません。ライブ見に来たんですけど」
「高校生かい?」
「はい」
「600円」
安いかどうかは比較する対象が無いので何とも言えないが、この値段でドリンクチケットも付いているというのは、おそらくかなり良心的ではなかろうか。
無事にライブチケットも買えたので、早速香澄を探す事にする。
「さとりーん!」
が、その必要はすぐに無くなった。
「ちょっと遅れた?」
「全然!」
「つーか、香澄が早すぎだっつーの」
なんでも、二時にはもう市ヶ谷さんの家に来ていたとかなんとか。らしいと言えばらしい行動である。
「あ、さーや結局ダメなんだって」
「そうなんだ」
やはり休日のパン屋は忙しいのだろう。
「牛込さんは来るんだっけ?」
「うん。りみりんのお姉さんがやってるバンドが来るんだよ!」
「へぇ」
「Glitter greenっていうバンドなんだけど……」
「グリグリ?」
「知ってるの?」
姉が良く話をしてきたが、私は殆ど名前しか知らない。
「姉の友達がそのバンドのメンバーで」
「へー……そういえばさとりんって楽器店に居たよね?」
「あぁ、うん」
「もしかして……楽器、やってたり?」
「まぁ……一応、ギターを」
なんだろう。香澄の次の言葉がはっきり分かってしまうのだが。
「じゃあ!一緒にバンドやらない!?」
「節操ねぇなお前……」
やはりか。誘い自体は嬉しくないこともないのだが、残念ながら既に答えは決まっている。
「お断りします」
「そんなぁ……」
「まぁ、前にも断ってるし、それに……」
そう大した理由ではない。
「それに?」
「あのギター、元々私のじゃないんだ」
未だに私が執着しているというだけだ。
ライブというのは初めて経験するが、確かに普通に曲を聴くのとはまた違った魅力が有るように感じる。
「イエーイ!」
しかしまぁ、隣の彼女程は盛り上がれそうにない。
「ありさありさ!イエーイ!」
「はいはい」
「ほら、さとりんも!」
「そこまではちょっと」
「えー……」
私にそのテンションを要求するのはちょっと勘弁して欲しい。それにしても、そろそろ牛込さんが現れてもおかしくないと思うのだが、姿が見えない。
「りみりんどうしたんだろうね?次グリグリだよ?」
「姉ちゃんの所にでもいんじゃねぇの?」
結局、牛込さんの姿は無いまま、次のバンドが出てきた。が、そこに鵜沢さんの姿は無い。
「あれ?」
「ちがくね?」
二人の反応を見るに、やはりあのバンドはグリグリではないのだろう。
香澄達はどうやら様子を見に行くらしいので、ついて行く事にした。
「りみりん!」
楽屋へ向かうと、牛込さんが入口のすぐ横で不安そうに佇んでいた。
「お姉ちゃん達、まだ来てなくて……」
「えぇ!?」
「昨日まで修学旅行で、台風で飛行機遅れて……今向かってるけどライブにはもう……」
なんとも間の悪い話があったものだ。
「来るまで待つのは?」
「駄目!」
後ろからそう言ってきたのはあの時、受付に居た老齢らしき女性だった。
「何があろうとお客さんを待たせるのは駄目!それだけは……やっちゃいけないんだよ」
確かに、長く客を待たせてしまえば、元の盛り上がりを取り戻すのは難しいだろう。結局、後残っているバンドでどれだけ引き延ばせるかという話になるのだが……
「SPACE!最後までありがとー!」
本命はやって来ないまま、遂に最後の演奏が終わってしまった。
客が困惑しているのを見る限り、それなりに人気は高いのだろう。だが、その分不満も大きい。
今回は、運が悪かった。仕方ないと言うのが当然であるが、彼女は、そう言うつもりは無いらしい。
流石に緊張しているらしく、いつになく硬い歩調でステージのマイクまで歩き、口を開く。
「こんに……」
マイクに近すぎたか、声が大きすぎたのだろう。会場中に高い音がハウリングした。
間を置き、彼女が再び口を開く。
「こんにちは、戸山香澄です」
こんな時にも自己紹介から入る辺りが彼女らしい。
体の震えを止めるように深く呼吸して、次に彼女の口から出てきたのは……
「キーラーキーラーひーかーるーおーそーらーのーほーしーよー」
そんな、歌だった。まさかのきらきら星である。
「ちょっとっ……何やってんだよ……!」
見かねた市ヶ谷さんが止めようとするが、今の彼女には逆効果ではないだろうか。
「ありさ!」
案の定、香澄は笑顔で市ヶ谷さんの元へ行き、あるモノを手渡した。青と赤の二色に分かれ、子気味良い音を響かせるソレは、ずばりカスタネットである。
「はぁ!?カスタネッ……」
「ありさも!」
驚いている内に、無残にも市ヶ谷さんは引っ張られていってしまった。
結果、きらきら星にカスタネットの音が一つ加わったが、静けさも合わさって絵面がシュールだ。
その内香澄が歌い終わってしまったが、すぐまた同じ様に歌い始める。今度は市ヶ谷さんの声も合わさり、微笑ましくなってきたのか笑い混じりに応援する客まで出てきた。
そんな彼女らを見て何を思ったのだろう。
「すみません!ベース、貸してもらえませんか!」
牛込さんが真剣な表情でそう言った。
「牛込さん、行くんだ?」
「うん……」
ベースを持つ彼女の体は、まだ少し震えている。
「大丈夫」
「え?」
「恰好いいよ、頑張って」
「うん……!」
我ながら助言というにも烏滸がましい言葉であるが、まぁ、お節介というのは自分がしたいからするものだ。
彼女なら、私の言葉など無くても前へ進めただろう。
それに嘘は言っていない。現にああしてベースを弾く彼女が、きっと今この場で最も輝いている。
ベースが加わると途端に音楽らしくなるのだなと、少し感心した。単純に三つの音が重なっただけなのだが、バンドの魅力というのは存外、そういう所にあるのかもしれない。
そうして三回目のきらきら星が終わった直後である。
「お待たせ!」
ようやく、本命のご到着らしい。
そこからは、グリグリのライブにあの三人を加えたまま本日四回目のきらきら星が始まり、会場は大きな盛り上がりを見せた。
何故か私も行くかと聞かれたが、それはあまりにも無粋であろう。
あれは完全に彼女達の舞台であって、私が入れるような物では無かった。別にそこに不満はない。ただ、あの心の底から楽しんでいるような表情は、少し羨ましく思う。
「お疲れ……どういう状況?」
「えへへー」
「重い……」
「ご、ごめんね有咲ちゃん!」
様子を見に来たら三人とも床に倒れていた件について。まぁ体勢的に、市ヶ谷さんに二人が抱きついたまま崩れ落ちたといった所だろうが、どういう流れでそうなったやら。
「SPACE」を出た後も興奮冷めやらぬ様子で、香澄はライブの感想を語ってくれた。牛込さんもメンバーに加わったらしく、今の彼女は実に順風満帆という感じだろう。
「よぉーし!次は文化祭だー!」
「「え?」」
しかし、今後の予定ぐらいはメンバー間で共有しておいた方が良いのではなかろうか。
4話とか5話は殆ど出番無いから、まぁ、多少はね?