初夏の朝
日本に設立されたIS学園、
女性にしか反応しない兵器、IS、インフィニットストラトスを運営するために設立された学園の
学生寮のプールで一人の少女が泳いでいた。
ゆったりとしたクロールのフォームでゆっくり泳いでいく、
三つあみにたばねられた金髪がクロールの動きに合わせて水の中で左右に揺れている。
休日の土曜の朝の準備運動だった。
彼女の名前はセシリア・オルコット。
IS乗りとしてイギリスから日本のIS学園に留学してきている留学生である。
イギリスからのIS学園への1つしかない留学枠を与えられるだけある優秀なIS乗りである。
30分ほど泳いだあと、プールからあがり、
IS学園寮のシャワールームに向かってシャワーを浴びる。
食堂で食事をとる前に談話室に向かった。
談話室に入るとオフィスビルの一室のような広い部屋の中に
観賞用の植物やソファーがいくつも置かれている。
彼女は備え付けの棚から今日の新聞を手にとってソファーに腰掛けた。
ソファーの隣の大きな窓からはIS寮の外の庭が一望でき、
窓から太陽光がやわらかく差し込んでいる。
背中のなかほどまである金髪の少女は新聞に目を落としてつぶやいた
「中東情勢があまりよろしくありませんわね」
新聞の内容は多岐にわたる。
ヨーロッパの経済状況やアメリカの兵器動向、中東では国家間の小規模な武力衝突が起こっている。
ヨーロッパでは複雑に絡みあった経済の相互依存が一箇所のクラッシュからシステミックにひずみを生みはじめているらしく、
アメリカでは世界最大の軍事予算を背景にした兵器開発が進んでいるようだった。まぁ新聞の内容も話半分だが。
セシリアが新聞の記事を読んでいると彼女の右から声が聞こえた。
「おはようセシリアさん。今日は早いわね」
声の方向に振り向くと、談話室の入り口から同級生が入ってきていた。
彼女は軽くあいさつをかわした。
「おはようございます。せっかくの休日ですから、いつまでも寝ていてはもったいありませんわ」
同級生から紅茶を入れようかといわれて、それに応じると、
同級生は談話室の一角にある棚からティーセットを取り出して紅茶を準備し、
セシリアの座っているソファーの向かいのソファーに腰かけた。
「どうぞセシリアさん。アールグレイでよかったわよね」
同級生がテーブルの上のカップに紅茶を注ぐ。
朝の日差しがやわらかく射すテーブルに紅茶の湯気がのぼる。
「いい香りですわね。ありがとうございます」
笑顔で礼を言ってから、紅茶を口に含むと、アールグレイの香りと茶葉のやわらかい味が口腔内に広がった。
同級生がセシリアの手元の新聞を見て言った。
「今朝の新聞を読んでいたのね。新聞に何か面白い記事はあった?」
聞かれて、新聞の記事を反芻する。
「そうですわね。中東の武力衝突が少し激しくなってるようですわね。
エルサレフやカザールなどの宗教原理主義団体の動きも激化しているようですわ」
「中東にはイギリスの軍隊も介入したことがあるんでしょう?」
と、同級生。
紅茶を飲んで、セシリアがうなずく。
「ええ、我がイギリスも先進国のひとつとして世界秩序の形成に責任があります。
イギリスのIS師団も介入しています。中東ではISはほとんど使用されていませんから、IS師団のプレゼンスは非常に高いといわれています」
IS技術が発達しても、戦火の火種はなくなってはいない。
食料難、資源高騰、思想対立、特に後進国がひしめきあう中東は戦火のるつぼだった。
「それでも問題の根本的な解決にはいたっていませんわね。これは単に戦力的な問題というわけにはまいりませんわね。
あとはアメリカの標準ISナインボールが第三世代の試験運転に入ったそうですわよ」
「第三世代!?」
セシリアの向かいで紅茶を飲んでいた同級生は目を丸くした。
「ずいぶんと進んでるわね。日本なんて標準ISのチハ38式がやっと第二世代標準形に入ったばかりなのに。チハも早く第三世代に入らないかなぁ」
チハ38式とはIS学園でも運用されている標準ISで高性能の志向性榴弾ライフルや複合装甲ブレードなどの兵装を備えている。
「その点はさすが軍事的先進国のアメリカですわね。しかし専用ISは日本がぬきんでていますし、イギリスの標準ISも第三世代をにらんではおりますが、まけてはいられませんわね」と、セシリア。
「そもそも予算に差がありすぎるわよ。アメリカのIS開発予算は日本とイギリスを合わせても足りないわよ。日本もこれでよく開発が進むものよね」
同級生がため息をつきながらつぶやいた。
「日本の技術力と独創性には驚かされますわね。しかしそれでこそ日本に留学してきているかいもあるというものですわ」
同級生としばらく談笑したあと。セシリアは新聞をたたんで席を立った。
「セシリアさん」
同級生が声をかける。
「今日はどう過ごす予定なの?もしよかったら私のISの模擬訓練につきあってもらえないかしら。あ、もちろんセシリアさんのブルーティアーズは出力1/3で」
「申し訳ありません。午前はIS学園都市に向かおうと思ってますの」とセシリア。
IS学園都市はIS学園の近隣に位置しており、IS開発のための企業が集中し、アミューズメントや文化施設がひしめいている。
彼女は断りを入れてから、談話室を出て食堂に向かい、食堂で軽く食事をとってから、着替えるために自室に向かった。
自室への廊下を歩いていると、廊下の曲がり角にIS学園の教官、織斑千冬(おりむら ちふゆ)がたっているのを見つけた。
「あら教官、おはようございます。今日もお早いんですのね」
千冬がセシリアを確認すると。セシリアのほうに歩いてくる。いつもの抜け目のない目つきをしている。
「オルコット、お前を探していたんだ」
「え、わたくしをですの?」とセシリアが少し驚く。
「ああ、お前には悪いが今日の休日はなしだ」と千冬。
「そうなんですの?」
セシリアが少し残念そうにして続ける。
「それでご用件はどのようなもので?」
千冬が続ける。
「ああ、オルコット含めAクラスのみなのものには今からヨーロッパのシチリアに向かってもらう」
「えぇ?ヨーロッパの、シチリアですの?」セシリアが驚いて目を丸くする。
千冬が抜け目のない表情のままで言う。
「そうだ。一応形式としては授業の一環ということになっている。Aクラスの学生は全員0900時までに飛空学園艦アレキサンダーに搭乗するように」
それを聞いてセシリアはさらに驚いた。
「アレキサンダーまで出しますの?ずいぶんと思い切った決定ですわね」
今朝にヨーロッパに行くことが決定して、0900には出発するということである。
ずいぶん急な計画で、セシリアが驚くのも無理はなかった。
それに日本にたった3隻しかない飛行艦まで出すというのだからどうもただごとではなかった。
飛空学園艦アレキサンダーとは日本が所有する3つの飛空艦のひとつで、
全長700m、IS技術の転用により浮遊動力を獲得しており、この浮遊動力により特定空間に安定的に浮遊、飛行することが可能になっている。
学園艦には艦全部の200Mに及ぶIS射出用カタパルト甲板をはじめ、授業用の教室や生徒の寝室、食堂、兵器ドッグ、屋上の空中庭園、学園艦後部のIS訓練ドームと
学園生活に必要な施設が広範囲に設置されている。
「なにぶん急な決定でな。学園艦への登場はスケジュールどおりに行うように」
千冬が少しつかれたようにこぼしてセシリアを見ると、セシリアが青ざめた表情をしていることに気づいた。
「Aクラス!?シチリアに向かうのはAクラスだけですの!?」
IS学園に在籍する専用IS乗りで、Aクラスに在籍するのは二名。
セシリア=オルコットとラウラ=ボーデヴィッヒのみである。
つまりそのほかのメンバーは日本に残るということだ。
千冬はそれを聞いて、あわてるセシリアにためいきをついてから言った。
「落ち着けオルコット、IS学園は日本の防衛拠点としても重要な意味合いを持っている。ある程度の防衛能力を確保しておくというのが委員会の決定だ。ほかのやつらには抜け駆けせんように言っておくから。速やかに搭乗準備をすませろ」
さらに念を押すセシリアを説得してセシリアが自室に入るのを見送ると、千冬はポケットから携帯電話を取り出した。
「・・・これでいいのか?」
携帯電話の向こうから陽気な声が返ってくる。
『オッケーオッケー、迅速な対応に感謝だよー。これも二人の愛のなせる技だねぇ♪』
千冬がためいきをついて答える。
「そんな愛は微塵も存在しない。それに私単独の力ではない。委員会を抑えるのもお前の名前を出せばそう難しいことではないしな」
携帯電話の向こうの声の主は、世界有数の天才科学者といわれるしののの束である。
ISのコアを世界で唯一設計できる人間であり。今は独自の科学力で世界中が血眼になって探しても見つからずに隠れているらしい。
千冬が通話をきろうとすると電話から声が続いた。
「何もなく郊外授業がすむことを祈っているよ。あ、あと中東地域を横切るときは注意しておいてね。最近ぶっそうだからぁ」
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IS学園都市
IS学園都市。高層ビルがひしめき自動車がビルの間を縫うように走っていく。
初夏の涼しい風が歩道をゆく人をなでていく。
と、そのビルやその間の道をいく車や人を大きく黒い影が覆った。
道を歩く人たちが上空を見ると、全長700メートルの巨大な艦体が都市上空を横切っていくのが見えた。
艦体前部の200メートルのカタパルト甲板からはじまり艦体中部の空中庭園の緑の木々が通り過ぎ、
艦体後部の吹き抜けで中央部が中空の訓練用ドームと続く。
飛空学園艦アレキサンダーの姿である。普段はセキュリティ上の理由で海中をランダムに航行しているアレキサンダーが
IS学園の生徒を搭乗させ、上空を浮遊しつつ航行していた。
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飛行学園艦アレキサンダー内
セシリアはアレキサンダーに搭乗したあと、荷物を自室に収容すると、
生徒の寝室へつながる通路の手前の談話室のソファーに座り、
Aクラスの生徒たちの話に耳を傾けていた。
談話室の窓から外を見ると、飛空艦はすでに海上に出たらしく、波打つ海が横切るのが見える。
セシリアの近くの生徒が言う。
「それにしても急だったわよね、今日の朝に通達があってすぐ搭乗よ?」
「なんでもシチリアIS学園からの要請もあったみたいよ。上のことはよくわかんないね」と、別の少女が言う。
「シチリアっていうとヨーロッパの南部でしょ?」
そういうと少女がソファの前にある机に設置されたインターフェイスに手を伸ばして操作した。
すると机の上に立体映像でシチリア付近の地図が映された。
「温暖な気候、青いエーゲ海、A組の私たちだけシチリア旅行なんて運がいいわね。自由時間なんてあるのかしら?海上クルーズなんてしてみたいわね」
セシリアは紅茶を口に運びながら立体映像をながめた。
長靴のような形のイタリア半島からつながるシチリア半島は、ヨーロッパの要衝であり、
温暖な気候と美しいエーゲ海に面したリゾート地でもある。
「シチリアIS学園っていうと、標準ISってなんだっけ?」
たずねられて少女がインターフェイスを操作して情報を呼び出す。
「シチリアIS学園っていうと、第二世代型ISユーロガイツⅡを標準運用してるみたいね」
「そういえばシチリア学園からホストとして生徒さんがここに来てるらしいわよ」
「あ、そういえば黒髪の外国人がいたけどあの人かな。すっごい美人の」
セシリアはソファに一緒に座っている女生徒たちの話を聞いていたが、
まわりを見回すと、談話室にラウラ=ボーデヴィッヒがいないことに気づいた。
彼女もこの学園艦に搭乗しているはずである。
「どなたかラウラさんがどちらにいらっしゃるかご存知ありませんこと?」
セシリアがたずねると、一人の少女が言った。
「ラウラさんならたしか兵器ドッグにいたと思うわよ。アルバニに合えるのが久しぶりだから」
学園艦の兵器ドッグか、セシリアは礼をいうと、ソファを立って談話室を出た。
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長い廊下を歩いて兵器ドッグの扉のハッチを開けると、ブシュッと音がして扉が開き、
広い兵器ドッグが開ける。
中央部ではISが設置されており、巨大な柱の周りを囲むようにISがおかれている。
ここからISを装着して、中央の柱のエレベーターからその真上にあるカタパルトに移動させ、
そのカタパルトから高速でISを射出することができる。
セシリアがラウラを探してドッグを歩いていると、機械音が聞こえた。
「アーッ、セシリアちゃんじゃないか、ひっさしぶり~」
セシリアが声のするほうを振り返ると、全長2メートルほどの自律歩行戦車アルバニがガシャンガシャンと音をたてて近づいてきているのがわかった。
「ごきげんよう。お久しぶりですわね。お体にお変わりはなくって?」セシリアが尋ねる。
「セシリアちゃん、それはいわゆるブルティッシュジョークってやつかい?機械の体の僕たちが体調に変化があるわけないじゃないかー」
「フフフ、そうでしたわね」セシリアが小さく笑った。
アルバニとは飛行学園艦アレキサンダーの兵器ドッグに6体搭載されている自律思考戦車である。
全長2メートルの体躯に、二本の機関銃付きの両腕と四本の足とその足から出るホイールで移動する。
体には戦車砲の火力を搭載しており、電子制御にもすぐれる。
「ラウラさん、やはりこちらにいらっしゃいましたのね」
アルバニとドッグ内を探していると一体のアルバニと話し込むラウラの姿を見つけた。
さらりと伸びた銀髪に、褐色の瞳の片方には眼帯をしている。抜け目のないドイツの代表候補生の少女である。
彼女は彼女の教官であり千冬をほとんど信仰しており、そのせいで多少のごたごたはあったものの今はそれらのわだかまりもとけていた。
「ああ、セシリア。来たのか」ラウラがセシリアに気づいて言った。
ラウラは隣で話していたアルバニの青い車体に手を置いた。
「しばらく合わないうちに、こいつらはまたかしこくなったようだ。それに同期しているはずなのに個性のようなものまで伸びてきている。
まったく興味深い戦車だ」
「個性、ですか?」とセシリア。ラウラが手をおいたアルバニに目をやる。
車体に5とナンバリングされたアルバニ5号がセシリアにあいさつした。
「やぁセシリアさん久しぶり、ラウラさんとも話していたんだけど最近の世界情勢は混乱を極めてきているね。以前は核抑止力により大国間の戦争はもうないものと思われてたけど、
今やISによって核ミサイルの攻撃力がほとんど無力化されてしまったのは、白騎士事件についても示唆しているところのものだと思う」
アルバニ5号が続ける。
「そこで思い出したいのがポランニーのエントロピーテーゼだよ。各国の抑止力が薄まり、戦争の可能性が強まるってことさ。まぁISが抑止力の代替をある程度はたしているし、
正体不明の脅威や各国のある程度の経済依存が抑止力にもなっているとは思うけどね。それにしたってISの機体は絶対数が少ないし、僕たち戦車の重要性もまだまだ捨てたもんじゃないよね」
アルバニ5号が右腕をくるくるまわす。
「しかし昨今のグローバリゼーションによってひとつのリスクがシステミックにほかの国までクラッシュさせるという弊害は指摘されるとおりさ。
その反省と、世界が以前の資本移動の規制時代の繁栄をかんがみて、ある程度の国家的な枠組みが見直されるというのはおもしろい検討材料だと思うんだよ」
自律思考戦車の話を聞いてセシリアは目を丸くした。
「驚きましたわ。自律思考するといってもこんなに人間らしくしゃべることができるんですのね」
セシリアの隣にアルバニ2号が歩いてきていった。
「自律思考型たるわれわれはISみたいに戦闘力こそ上昇しないものの、思考能力は常に進歩するのさ。ねぇラウラちゃん」
アルバニ2号がラウラにたずねる。
「そのー、僕たち人間の仲間入りってできたかな?」
ラウラはアルバニにたずねられて、少し考えていった。
「どうかな、人によってはやはり機械は機械だというものもいるだろう。いくら人間のようにしゃべっても、人権が認められるわけではない」
「そっかー」とアルバニ2号。アルバニたちが車体を前のめりにして残念そうにする。
「だが」
ラウラが言って続ける。
「お前たちの多重的思考回路が人間のものと違うのかという問いについては私は否定できないな。少なくとも私はお前たちをただの機械だとは思っていないよ」
それを聞いてアルバニたちが両腕を上げて喜ぶ。
「やったー!戦車の夜明けだー!」
自律思考戦車たちが盛り上がっていると、艦内放送で千冬の声が聞こえてきた。
『IS学園指導教官の織斑千冬だ。A組の学生は1145時までに0102教室に集合するように』