ロクでなし天才少女と禁忌教典   作:“人”

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サブタイ詐欺。



お気に入り数が減ったのを見て、「ああ、やっぱり心優しい読者の皆様方はリーナが可愛いほのぼのをご所望なんだな」と悟り、書き始めた。


———そのはず、だった。


どうしてこうなった。


転入生

リーナが完全復帰した、その数日後。2年2組の教室に転入生がやって来た。

 

リィエル=レイフォード。(グレン)が特務分室に在籍していた頃の同僚。背は低く胸は小さく、またどこか常識を欠いた言動から幼子にも見える少女。その容姿はまるで妖精のように美しく、愛らしい。常に無表情であることもあって、まるで人形のようだ。転入早々、クラス中の注目を集めるのも致し方ない。

 

————正直、それは良いのだ。

 

問題は、『四六時中(グレン)について回っている』という事だ。幼い容姿、転入してからの『グレンは私の全て』宣言、さらにはハー……ハードボイルド先生への制裁。これでは、まるで。

 

————兄様の妹みたいじゃないっ!

 

冗談ではない。自分こそが彼の唯一にして絶対の妹。そのポジションを奪い去るなど、決して許せることではない—————と、そこまで考えてから、ふと気づく。

 

 

 

 

(あれ、……わたしって、もしかして妹らしくない?)

 

 

そもそも元来、妹の定義とは何だ?—————同じ親から、後に生まれた女の子の事だ。

 

だがしかし、それはアルフォネア家、もしくはレーダス家には当てはまらない。グレンもリーナも本当の親はおらず、家族は血の繋がりではなく絆のみによって成り立っている。

 

 

 

—————だが、それなら家族であっても『兄妹』ではないのでは?

 

 

 

 

 

 

—————家族であっても兄妹ではない?兄妹でないならどう呼ぶのが相応しいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————……ふ、………夫婦、とか。

 

 

 

 

 

 

—————……馬鹿?

 

 

 

 

そもそもの話、血縁が無くとも世間一般に義理の兄妹というものは存在しているのでリーナの『妹の定義』には例外もあるのだが、迷走のために彼女は全く気づかない。

 

 

「…なあ、リーナちゃんの様子おかしくないか?」

 

「リィエルちゃんにグレン先生取られて妬いてんじゃないの?」

 

 

リーナの様子を伺うクラスメイトたちは、リーナの脳内で繰り広げられる頭の悪い自問自答など、知る由もない。

現在は授業の合間の休憩時間。クラス中から『大丈夫かこいつ?』とでも言いたげな視線が向けられるが、案の定リーナは気づかない。普段ならばシスティーナやルミアと会話しているところだが、あいにくと二人はグレンに頼まれてリィエルの相手をしている。結果として、異様な雰囲気を放つリーナには誰も近寄らず、彼女は悶々と無益な思索に耽るのだ。

 

 

 

(……考えれば考えるほど、わたしって何なのかしら?本当に兄様の妹?)

 

 

 

……誰も止めない結果、思考は徐々にネガティブな方向へ進む。

 

 

(今朝だってそう。兄様はなぜかあのリィエルって子をわたしから遠ざけようとするし、今だってシスティーナとルミアにはあの子の相手を頼む癖にわたしには何も言わない。……なんで仲間外れなのかしら?)

 

 

この心の声をグレンが聞いたなら、泣きながら謝罪して必死に弁明する事だろう。リーナを悲しませるのはグレンとしても本意ではないのだ。しかしながら、まさか声にも出さない言葉を聞くことができるはずもない。

 

リーナ=レーダスは天才である。魔術において発揮される高度な演算能力は普段の生活においても遺憾無く発揮されており、他者と会話をしながら兄の方から聞こえる微かな物音を聞き分けて『兄が今何をやっているのか』を完全に近いクオリティで推測することなど朝飯前だ。

 

————ではそのアホみたいな脳のリソースの全てを、思考と推理に費やすとどうなるか。

 

 

(……兄様には嫌われていない。それは間違いないはず)

 

 

 

—————妹の事になると血相を変えることは日頃の盗聴で分かっている。

 

 

 

(……では、本当の妹じゃないとか、そんなのは関係ない?『妹』として、兄様はわたしを愛してくれている?)

 

 

 

—————否定する根拠なし。日頃の言動から、それは疑う余地もない。

 

 

 

(じゃあ、今朝から仲間はずれにされていると感じるのはなぜ?)

 

 

 

————彼が連れてきた、リィエルという少女に自分だけ関われていないからだ。

 

 

 

————なぜかシスティーナとルミアは積極的に交友を深めようとしているのに。

 

 

 

————そしてなぜか、彼女たち2人もリィエルを自分から遠ざけようとしている節がある。

 

 

 

 

(……どうして、あの2人まで?)

 

 

————猛烈な、違和感。友達想いのあの2人が、訳もなく仲間外れにするとはとても思えない。

 

 

 

(では、訳があるとしたら?……友達想いなのに、ではなく。友達想い()()()こその行動だとするなら?)

 

その原因は、誰にある?

 

 

 

リィエル?……否。彼女は自分(リーナ)から遠ざけられているだけだ。自発的に避けているわけでもない。

 

 

 

(……じゃあ、わたし?)

 

 

原因は自分にあるのだろうか。だが、そんな心当たりなどなにも……。

 

 

(……いいえ)

 

 

 

—————リィエルと会ったのは、魔術競技祭の時の事件の時。その時、よく思い出せないが、何か(・・)があったはずなのだ。それに、今朝少しだけ顔を合わせた時。

 

 

 

「リーナ、覚えてないの?」

 

リィエルは、悲しげな顔でそう言った。『覚えてない』、すなわちリィエルと自分との間には、過去になんらかの理由で面識があったのだろうか。

 

 

 

 

 

—————ならば、説明がつく。

 

 

 

 

リィエルは、特務分室所属の軍人。当然、その生活は危険と隣り合わせ。それなのに面識があるということは、『自分がなんらかの事件に巻き込まれた』可能性が高い、ということだ。

 

 

特務分室に任される任務は、他の部署では太刀打ちできない、危険な外道魔術師の始末や対処が主なのだという。もしも特務分室が関わる事件に巻き込まれた結果、今の状態につながるとするならば。

 

 

 

 

 

 

(………わたし、何かされたの?)

 

 

 

リーナの魔術の知識には、善悪問わず様々なものがある。神聖な儀式の末に超常的存在を降臨させる召喚系のものから、動物の命を弄んで殺害し、呪詛を作り出すものまで、様々。

 

その中には、女子供を攫って拷問した後、人為的に作り出した怪物の苗床にするような外道魔術師もいるらしい、という情報もある。

 

 

 

 

なら。

 

 

もしも自分が、そんな目にいつの間にか遭っていて。

 

 

 

 

———精神の安定を保つ為に、意図的にセリカが記憶を消していて。

 

 

 

 

————万が一にも思い出さないよう、みんなが協力してその記憶に関わるものを遠ざけようとしていたなら?

 

 

 

 

……ゾクッと、背筋が凍った。

 

 

 

 

自分の知らない間に、何者かに何かをされていたかもしれないという恐怖。

 

 

 

 

 

(…いいえ、落ち着きなさい、わたし。拷問の跡も何もない。これはただの妄想。年頃の娘が陥りやすい症状よ。現にシスティーナだってこっそり小説を書いたりしているし、だいたいわたしがそんな壮絶な目に遭っていたなら兄様とかセリカが平然としているわけないでしょう!)

 

 

 

そもそも、事件に巻き込まれる経緯が想像できない。基本的に周りにはルミアやシスティーナがいるし、担任が変わってからは常日頃からグレンに盗聴されている。

 

 

もしも事件に関わることがあるとするならば、セリカやグレンの目を盗んで行動するしかないが……。

 

 

 

(まさかわたしがくだらない好奇心とかで自発的に外道魔術師に関わった、なんてこともないでしょうし、ええ。問題なし。オールクリアよ)

 

アルテリーナのことを忘れているが故に真実には至らないが、それでも短時間の思考でリーナは事実に近い推測を立てている。

 

 

フフフフフフ、と無理やり笑い、リーナは元気を出した。確証もない事に思考を費やすだけ無駄、と開き直ったのだ。

 

————自分がそんな目に遭っていないという確証もない事には目を逸らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべえよ、なんかいきなり笑い出したんだけど」

 

「転入生ちゃん抹殺計画でも思いついたのかな……?」

 

「…おい、やめろ。縁起でもないことを言うんじゃない」

 

「なんかあの子、最近情緒不安定すぎじゃない?」

 

「療養期間が長かったからストレス溜まってんだろ。そっとしておいてやれよ」

 

 

教室の中を覗きながら、ボソボソ話す他クラスの生徒達の存在に、リーナは最後まで気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日一日どうだったんだ?グレン」

 

放課後。学院の屋上には、セリカとグレンの姿があった。

 

「…特に問題はない、な」

 

「過保護すぎるんじゃないか?確かにあのリィエルって子がきっかけで記憶が蘇る可能性がないわけじゃないが……」

 

「…………」

 

グレンだって、分かっている。

学院で生活し、またリィエルが任務で同じクラスに在籍する以上、全く接点を持たないことなど不可能だ。そもそも、普段とは違う態度を見せれば、抱かなくていい疑いを抱かれる可能性もある。

 

 

だが。

それでもグレンは、何もせずにはいられなかった。

システィーナとルミアには心配を掛けぬように出来るだけ情報を伏せながらリィエルをリーナから遠ざけさせ、自分は盗聴器でリーナの様子を探りつつ、遠見の魔術で監視した。魔導器を用いていたとはいえ、流石に魔力の消費が激しかったものの、それでもグレンはリーナの様子を探り続けた。

 

 

「お前の気持ちは分かるよ、グレン。私だって気付かなかった者の1人だ。…あの子が自分の知らない間に酷い目に遭っていたなんて聞いて、平気なわけがない」

 

 

グレンはかつて、天使から特務分室の任務でリーナが48回も命を落としたことを聞いている。そしてその情報はセリカも共有済みだ。だから彼ら2人は、自分自身が腹立たしくて仕方がない。

 

————そしてそれ以上に、自分の知らない所で家族が失われるのを恐れていた。

 

 

「…なあ、グレン。数年前のことを覚えているか」

 

「……ああ」

 

忘れるわけがない。

 

 

「あの時以来、リーナは記憶を封印され、天使の事なんか完全に忘れたはずだった。……でも私は思うんだよ。もしかしたらあの子は、後になって天使の事を思い出したんじゃないかって」

 

「————な、に?」

 

グレンの認識が崩れる。

 

 

「考えてもみろ。あの子なら、たとえ認識を弄られていたとしても自分の魔術特性だけじゃ『福音』を使えない事に気付けるはずだ。なのに、自分が死亡する可能性のある任務に行った、ということは」

 

「……天使の事を思い出していた可能性が高い、ってことか?」

 

「確証はないがな」

 

————もっとも、思い出すのには相当な時間がかかった事だろう。既に『発動できる』固有魔術を、『なぜ使えるのか』というテーマに絞って理論検討するような真似は、いくらリーナでも短時間で済むとは思えない。

 

「そして仮に思い出していたとしたら……あの天使は私たちにそれを黙っていた挙句、再びあの子の記憶を封じた、という事だ」

 

「……っ!」

 

確証はないが、疑いはある。

あの天使(アルテリーナ)がリーナを大切に思っているのは間違いない。————だが、その価値観は人間とどこまで共有され得るものなのか。

 

「まあ、何度も言うようにこれは確証のない事だ。話が逸れたな」

 

「……そういえば、リィエルをリーナに近づけてもいいのかって話だったな」

 

結局、不安の種は『リィエルによってリーナの記憶が蘇らないか』というこの一点に尽きる。

 

「リィエル……あいつお馬鹿だからな。本当に大丈夫か?」

 

おそらく、訳を話しても半分も理解できないに違いない。

 

「もしも私の推測が正しかったのなら」

 

セリカは告げる。

 

「おそらく、リーナが記憶を取り戻しても、リーナ本人は無事だ。少なくとも命に関わることにはならないだろう。問題は……」

 

その後、セリカとグレンは1時間ほど議論を重ね。

そして、リィエルとリーナを引き離すのを止める事に決定した。




不穏な感じにしてしまって本当にすまない。


サブタイに反し、リィエルが全然出てこない件について。

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